中華民国の海事法
志 津 田 氏 治
海上の活動は船舶を媒介として展開される。船舶ならびに運航に関する事項を「海事」
と称するが、この海事は法規制の立場から、海上危険の特殊性、国際的統一性、慣習的起 源性、高度の技術性などの傾向をもつものである。この海事に関する法の体係を海事法と いうが、なかでも、その一部門を占ある海商法は、海上における企業取引活動つまり海上 運送営業を中心課題とするものである。ところで、このような海商法は、一方において営 利の目的をもって船舶を航海の用に供する企業、つまり海上企業に関する法として民法と 異なった特色を有すると同時に、他方では海上運送契約に関する法として、商法の他の部 門の法に対しても、独自の地位を有するものである。
ところで本稿で考察の対象とする中華民国海商法は、通則、船舶、海員、運送契約、船 舶衝突、救助、共同海損および海上保険の八章に分たれている。全体的にみてわが国商法 第五編「海商」の体系に類似する。しかしその規定の内容を分析検討するとき、そこには 非常に広範囲にわたって、わが国商法との相違点をみいだすのである。すなわち中華民国 海商法の船主責任制限、船舶先取特権および海難i救助に関する規定は、統一条約の国際的 な成果を参酌したものであって、最もめを惹くところである。そのほかに総則・海員・海 難救助等の規定のなかにも、公法的規定を多分に含めていることも、わが国の海商法と異 り著しい特異性をもつものといえよう。以下わが国海商法との比較で、中華民国海商法の 全貌を捉えてみよう。
(1) 船舶法 航海企業は船舶という用具を手段として行われる。従って、船舶は航海 企業における絶対的不可欠の重要性をもつものであり、かつ技術的に諸々の特異性を有す るものである。されば船舶の意義および地位は、海商法の中心点であって、航海企業の法 的基礎をなすものということができる。
では中華民国海商法では、船舶をどのように定義づけをしているだろうか。まず第一条
で「本法において船舶と称する.は海上及び海と相通じて海船の行験に供し得べき水上を航
行する船舶をいう」ものと概念規定する(本法称船舶者謂海上航行及温海相通三好海船行
駿之水上航行之船舶)。いまこれを分説すると、第一に海商法上の船舶は、海上を航行す
る船舶のほかに、海船が航行できる海と相通ずる水上を航行できる船舶を包含している点
に著しい特色がみうけられる。かくて海船の範囲は頗る拡大されているが、しかしそうか
といって海船と内水船との区別が全然否認されたわけではない。すなわち海と相通じない
水上もしくは海と相通ずるも海船の航行に供することのできない水上を航行する船舶は、
海商法上の船舶ではなく、やはり内水船にとどまるのである。つぎに中華民国の海商法上 の船舶は、右のような水上を航行する船舶である限り、その航行目的の如何を問わない点 に注目すべきである。従って運送船、漁猟船のような営利のための船舶だけではなく、
探険船,快遊船のような非営利船舶をも含めることになるのである。この見地よりみると 中華民国の海商法は、むしろ海商法として表現されるべきではなく、「海法」もしくは「
海上航行法」としての名称を適切とするものではなかろうか。第三に中華民国海商法上の 船舶た関する規定は、商法の適用をうけるべき範囲を示したまでのことであって、船舶が 何であるかは一州の社会観念にもとづき解親されるべきものとしている。従って通常の観 念において船舶とは、層物の浮乏性を利用して水上を航行するの用に供するものということ ができよう(但し製造中の船舶は、未だ船舶ではないが、海商法の適用をみることがあ
る。中華民国海商法35条参照)。
いま、すこしく日本商法との関連で比較法的にこれを考察してみよう。一まずわが国の商 法によれば、湖川港湾を航行する船舶を内水船とし、湖川港湾における運送を陸上運送と なしている(569条)。これはフランス商法(内水航行法は陸上運送の一部とされ、海商 法より区別されている。IO7条・190条参照)あるいはドイツ商法の立場を踏襲したもので
あろう。とりわけドイヅ商法では海船のみを規整対象とし、内水船に関しては別個に内水 航行法(Binnenschiffahrtsqezetz)が存在する。ところで海と内水との区別に関しては 平水航路の区域によらて定まるとなすのが通説であるが、この通説に対して「平水区域と
して法律の定める範囲内において海難救助もしくは共同海損が疑もなく成立しうるごと く、商法上の海は平水区域の線内深く存しうるのであって」要するに海と内水との限界は 社会見解によって決定すべきであるとの有力な考え方もある。要するに、それはともあれ 中華民国海商法が、海商法の適用をうけるべき船舶の範囲を拡張し、内水船と航行船との 法律関係の紛糾の解決に努力していることは特筆に値いしよう。参考までにオランダ(商 748条以下)、イギリス(商船法742条)にありては、原則として法的に内水船を航行船と 同列に置いており、また船舶衝突統一条約および救援救助統一条約は、航海船間のみなら ず航海船・内水船間にも適用がある旨を明示している(各条約一条参照)。近時わが国の 海商法学説としても、この場合海商法を適用すべきであるとする立場もあることは注目し
だい。『
づぎにわが国の商法によると、上述のように海商法上の船舶は、商行為をなす目的をも って航行する船舶つまり商船でなければならない。従って漁船・スポーツ船・練習船・学 術研究または探険用船舶などはここにいう船舶に該当しない。そこで、わが国の場合は、
船舶法36条により、海商法を一般私船(官庁または公署の所有に属しない船舶で、商行為
をなす目的を有しない船舶)に準用する旨を定めている。このためわが国の海商法は、一
般私海法にその適用範囲を拡張するに至った訳であって竃ここに伝統的な商行為中心主義
が大きな破徒を示し、実質上商行為の概念は無用となっているのである。これに対して中
華民国の海商法では、最初から船舶の航行目的の如何を問わず、営利船・非営利船の区別 を撤廃しているのは大いに趣きを異にする。しかし実質的には両国の法典は同じ結論に到 達するが、立法主義としては中華民国海商法の方が一層すぐれているものといえよう。こ のことに関連して、ソ聯海法(1条)をはじめ、船舶衝突統一条約(11条)、救援救助統 一条約(14条)、船主責任制限条約(13条)、船舶先取特権条約(15条)も、軍艦および 公用船以外の一切の船舶を、その規整対象としている。またわが国の商法改正要綱219条
においても、航海の用に供する船舶は、公用にかかるものを除き、商行為をなす目的を有 しないものといえども海商法上の船舶とみなすべき趨勢にあることを認識すべきであろ
う。
中華民国海商法2条によると、左の船舶には船舶衝突を除くほかに本法の規定を適用し ないものとしている。すなわち1号で総屯数20屯未満または積量200担未満の船舶(総:屯 数不及20笹野容量不及200担之船舶)、2号で専ら公務に使用する船舶(専用於公務之船 舶)、3号で櫓濯をもって主たる運転方法となす船舶(以醗酵為主要運転方法之船舶)を あげている。この規定はわが国商法の684条2項に相当するものである。まず1号の規定 を置いたのは、けだしこれらの船舶は、きわめて小規模で、航海の目的に適せず、積載量 も吟歩であって、海商法の複雑な規定を適用することはかえって不便であり、船舶所有者 にとっても苛酷だからである。
つぎに2号の規定を置いたのは、公用船を私法の適用外に置くことが、その公の目的を 達成するのに必要と認めたためである。ところでこの2号で注意を要するのは、公務に使 用する船舶とあるために、あくまでも用途の点に重要性があり、所有の点は別段重要視さ れていないことである。従って御用船のように所有は私人に属していても、国家が賃借し てこれを公用に供する船舶は、本条により本法の適用外に置かれるのに対して、たとい所 有は官庁または公署に属するものであっても、たとえば営利の用に供する船舶のように公 務に使用しないものは、完全に海商法の適用をうけることとなる。この点で指摘しなけれ ばならないことは、船舶法35条で官庁または公署の所有に属する船舶としてわが国では表 現されておるも、法解釈論的には、中華民国海商法の場合と同じく用途に重点が置かれ
「所有が官署公署に属するや否やではなく、それが公用に供せられるや否やを標準として 海商法の準用の有無を決すべきものとしている」ことであろう。
中華民国海商法4条によると船舶に具備すべき書類について規定している。すなわち
「国籍証書」、「通行証書」、「海員名簿」、「旅客名簿」、「属具目録」、「航海記事
簿」の六書類のものを要求している。ところがさらにおなじく海商法の45条では、船長に
対する公法上の義務として、船舶書類と積荷に関する書類とを掲げている。これに対して
わが国では、海商法709条にて船長は属具目録および運送契約に関する書類を船中に備え
置くことを要求しており、また船員法の18条では、船長に対して5項目の書類つまり(1)船
舶国籍証書または命令の定める証書、(2)海員名簿、(3)航海日誌、(4)旅客名簿、(5)積荷に関
する書類を船内に保持することを命じている。いま両国法を考察する限り結論的には大差 はないが、とかく立法形式の面では海商法より特別法としての船員法へ移行するのが望ま しいのではなかろうか。しかして中華民国海商法でめをひくのは、その第S条で船舶の登 記と国籍証書の領有とを航行の条件として明示していることであろう(船舶非経登記領有 国籍証書不得航行但法令別丁規定者不在此限)。この規定は、まさしくわが国船舶法の 第6条と軌を一つにするものである。たゴ異るのは登記の文字を挿入していないこと.にあ る。この登記制度については、わが国のいわゆる登記登録の二元主義を採用しないで、航 政官署における登記だけをもって、私法上ならびに公法上の機能を営ましめ、登録手続を 省略し、手続上の煩雑を予防していることに注意すべきである。なお、この中華民国海商 法第5条の規定も、元来公法的な性質のものであるから特別法である海事行政法に移すこ
とを適当としよう。
つぎに船舶の性質に関連して問題となるのは、中華民国海商法8条の規定つまり「船舶 には本法に特別の規定あるものを除くの外民法の動産に関する規定を適用する」と明示し ていることである(船舶除本法有特別規定外適用民法関於動産規産之規定)。ここに船舶の 動産性がうちだされている。もちろん中華民国の民法でも、土地およびその定著物を不動 産となし、それ以外のものを動産となしているために(中野66条i項67条)船舶がもとも
と動産である性質を具有するものであることは他言を要しないところである。しかし船舶 は、その価格が比較的に高価である点において、またそれを個別化できる点で不動産と同 じ位置づけをなすことを要する場合がすくなくない。したがって中華民国海商法も船舶の 譲渡には書面の作成を要求し(中墨10条、甲唄760条)、その移転には登記をもって対抗 要件となし(卸商ll条、中民758条)、またそのうえに抵当権の設定を認めている(中商 34条、町民860条)。しかしこの8条は、船舶の本質が動産であることを、これによって 否定しないで、本法に特別の規定がない場合には、民法の動産に関する規定が適用される
ものとなしたのである。従って、この場合には船舶にも動産に関する善意取得の規定(中 民801条)を適用することになるが、しかし公示方法として登記の認められる船舶につい て、通常の動産のように占有のみを標準として善意取得を許すことは適当であろうか。参 考までにわが国の学説ならびに判例(明36・12・1大判民・大4・10・8大阪地帯民)に よると、登記すべき船舶に対しては、動産における取引安全の保護を必要としないから、
民法192条の動産の善意取得の規定は適用がないと解されている。ところで、このように 船舶を動産視する思想は、ローマ法に由来するものであるが(ゲルマン法では船舶を不動 産視する傾向にある)、中華民国海商法以外の外国法つまりフランス商法190条などでも
これを明示している。馳しかしながら今日では、沿革上の注意的な意味を有するにすぎない ものとされている。
いまわが国商法との関連で考察してみよう。わが国では船舶を動産と明示する規定を置
いていない。しかし船舶が本来動産であって、不動産でないことは明瞭である。それにも
かかわらず船舶は不動産と同一の規定に従う場合がある。すなわち強制執行および競売に 関しては大体不動産と同一規定によって同様に取扱われる(民訴法717条・競売法39条)。
つぎに不動産と同一の制度が認められる場合がある。つまり総トン数20トン未満の船舶を 登記船とし、それ以上を登記船とする、いわゆる登記制度を認め(686条・687条)あるい『
は抵当権の設定を採用し(848条)、かつ賃借権を登記して、これを第三者に対抗できる 途を開いている(703条)。このようにわが国の商法では、登記船を法的に不動産取扱い としているが、やはりその本質は動産であるという見解にたっている点では、中国海商法 と異るものではない。
船舶はまた、単なる物の集合ではなく、船体・汽罐・馬橋・甲板・客室・船槍などの各 部分が有機的に結合されてなりたつ、それ自体一個の独立した物すなわち合成物である。
そこで中華民国海商法9条によれば「給養品を除く外設備上および営業上必要なる一切の 成文および属具はすべて船舶の一部と看卜す」 (除給養品外凡於設備上馬営業上菅要之一 切成文甲唄坦々視為船舶之一部)としている。ここでいう設備上の成文とは、船体・帆橋
・汽罐・甲板のようなものを意味し、また営業上の成文とは、客室・船槍・その他内部の 諸設備を意味するものであろう。これらのものが船舶の一部であることは当然であって、
別段規定をなしても殆ど実益のないところである。これに対し属具の場合には多少異る意 味を有している。すなわち属具は、船舶の部分と違って、それ自体独立の物であり、特定 の目的をもって、航海をなすにつき船舶の常用に供されるものである(端舟・帆・碇錨・
海図・羅針盤i・救命袋)。ゆえに一時的消耗品である食料・燃料・石炭などは属具たるも
り り り り