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地域の調査 の指導方法

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高等学校「地理B」

地域の調査 の指導方法

社会科教育研究室 中 川 浩 一

昭和48年度から実施期に入った現行学習指導要領では,「地理B」が装いを新にして登場した。 馳 理B」とよばれる学科目は,昭和34年公示の高等学校学習指導要領でも存在するが,内容的には全く異

なったものである。

ところで,現行の「地理B」は,俗にく世界地誌〉とよばれている。内容は,(1)人間と地球,(2)世 界の諸地域,(3)世界の結合に大別されるが,主たるものは,第2項であり,視点としては, 世界をい

くつかの地域に区分し,それぞれの地域で取り扱う内容については,以下の諸項目を考慮して適切に構成 すること と指定したうえで,位置・領域と歴史的背景,自然環境の特色,住民と人口,産業・経済の現 状と動向,日本との関係に対する考察が要求されてきた。また,内容の取り扱いに関連して, 日本につ いては,下記のオの㈲の趣旨に留意して,内容を構成すること と言及したうえで, 最初から世界を細 分した取り扱いは避けるとともに,主要な地域や国については,それを含む広域圏の一環もしくは中核と

して取り扱うこと と指示している。

このような記述にてらして考えれば,地理Bが,その対象地域のひとつとして日本を取り上げた場合に も,中学校地理的分野においてなされたような地方別学習とはなりえないことになる。また,一般に,世 界地誌という用語は,日本地誌に対置する用語と解されている。それゆえ,場合によっては,世界地誌の 内容からは,日本の事象に対する地理的な考察は取り除くという考え方もでてくることになろう。

さて,これだけの前提を設けた後に,高等学校学習指導要領に再度目を向けてみよう。内容の(1)人間 と地球の中には,地域の調査の実施が盛りこまれている。だが,このことについては,これまで多くの疑 問が孝されてきた。実施の方法が非常にむずかしいと考えられるからである。

地理学習が,教師を主体とした教科書の内容解説に終始してはならぬということは,早くから指摘され てきた。教師による知識の教えこみと生徒の側でのやみくもな暗記とが,本来は科学的な内容であるべき 地理学習を,非科学的なそれへと転化させる主要な原因となってきたと指摘されている。

暗記の地理学習から脱脚するためには,教室の内にあっては,資料学習の強化が要望されたし・教室の 外に澄いては,野外観察や野外調査の必要性が叫ばれてきた。そのことと関連して・現行の「地理A」(

系統地理)では,内容の中に,野外調査の実施が義務づけられるほか, 野外調査・見学などの際に直接 触れる具体的な事象に対する考察力を育成して,地理的事象を科学的,総合的に探究していこうとする態 度とそれに必要な能力を養う 必要が述べられてきたのである。

一15一

(2)

1. 「地理B」における地域の調査の意義と効用

高等学校に於ける地理学習に齢いて,野外調査の実施が義務づけられたのは・昭和34年公示の「地理 A」「地理B」以後のことである。そうして公示から実施にかけての時点では,どのような内容の指導が 妥当であるかが,大いに論じられてきた。バスを仕立てて実施する見学を企画する学校もあったし・いや それでは野外観察にすぎず,中学校地理的分野で実施するものと質的にみて異なるところがなく,高等学 校では妥当性を欠いているとする反論がなされたりもした。

だが,実施内容が調査である力観察であるのかは二の次にしても,対象地域として日本国内でのいずれ かの地域を選ぶことができる場合には,まだよいというべきだろう。対象地域が世界となり,日本を取り

上げる場合にも,巨視的な観点が要求される地理Bにおいて,学校教育の内容として,野外調査の実施が 要求されたとしたら,教師はどのような指導を試みたらよいのであろうか。対象地域を日本以外の土地に

とることなど全く不可能であるとする考え方が,拾頭することにもなるわけである。

確かに現状では, 「地理B」(世界地誌)に齢いて,外国を対象とする野外調査を実施することは不可 能といえる。また,学習指導要領においても・地域の調査の実施が要望されているのであって・野外調査

ではないのである。

このように書いてくると,地域の調査と野外調査の間には,どのような相違点が存在するのかという疑 問が生じることになろう。

一般的にいって,地理事象と目されることがらの中には,文献を調べることによって,事態の究明が可 能な事例が少なくない。とくに歴更的なことがらについては,過去にさかのぼって実地に確かめてみると いう作業がきわめて困難であるだけに,文献による調査にたよる方法が一般化されてきた。

これに対して,現在の事象については,できる限り野外調査を実施する必要が説かれているのは・文献 の信頼度とらう問題が存在するほかに,文献が全ての事例についてカパーしているかどうかという問題が 介在するからである。一般的事例については,文献による調査が可能であっても・特殊な事例についてま で言及しているとは限らないし,事象について究明する視点が全ての調査者について同一であるという保 証はどこにもないことにも,注意しなければならない。

だが,このように考えてきた場合に,そのことが,「地理B」(世界地誌)に論ける地域の調査の内容 を,関連的に規定するとも考えられよう。

確かに「地理B」に澄いては,野外調査の実施は不可能というほかない。しかし,野外調査のための前 提条件となる文献にもとつく地域の調査を実施することは可能である。また・「地理A」における野外調 査に齢いても,問題の所在を発見するたあには,文献を利用する予備調査が必要となってくるであろう。

それゆえ,「地理B」における野外調査のための予備調査としての地域の調査を,作業学習の形式をと って実施する方法が考えられるわけである。

以下の実践事例は,筆者が東京教育大学附属中・高等学校に在職した当時の学習指導にもとつく報告で

ある。

2・ホンコンを対象とした 地域の調査 の実践

地域の調査の対象地域として,イギリス領直轄植民地としてのホンコン(香港)を選んだことには・当 然のことながら一いくつかの理由が存在する。

学習活動としての地域の調査のために,生徒がホンコンに出向くことはもとより無理な話である。しか

一16一      卸

(3)

し指導者としての教師の場合には,対象地域についてある程度の実地見学の体験があることが望まれる。

そう考えた場合に,対象地域としてホンコンを選んだならば,学習指導に当たる教師が,それまでに5回       ド

の旅行経験をもつ事実がここでは役立ち得たのである。これが第一の理由といえるだろう。〆

第二の理由としては・ホンコンの場合には,相当たくさんの文献を用意できることが予想されていた。

筆者自身も・ホンコンに関する内外の文献を集めるように前から心がけてきたし,学校図書館の蔵書の中 にも,ホンコンについて記述した書物がかなりあるように見受けられたのである。

第三の理由としては,亦ンコンが日本にとって有力な貿易市場となっている事実に加えて・シヨッピン グ,ギャンブリングなどを目的とした日本人観光客が著しく増加した結果,日本を有利な外貨獲得地に見 たてて・ホンコンの各種機関が・在日事務所を設置し,活発な活動を実施するようになった事情があげら れる。それらの中で,帝国ホテル(東京都千代田区)内に事務所を設けた香港観光協会は,日本語で書か れた公式ガイドブ・クを毎月刊行し,無料で配布してきた。このルートを使えぱ,ホンコンに関する各種 の資料がさしたる苦労もなく集められるという予想がたてられもした。事実,香港観光協会を訪問した生 徒の中には,在日香港商工会議所の東京事務所あてに紹介状を書いてもらい,工業化に関する詳細な資料

(英文)を手に入れてきたものがいたほどである。

第四には,将来,外国旅行をしてみようという気持になった場合,ホンコンは最も手近かな外国のひと つであり,旅行実現の可能性が高いという事情も考えてみた。

さらに加えて第五として,イギリス領植民地としてのホンコンは,ヨーロッパ的な内容とアジア的な内 容が混在するほか,貧富の格差がきわだち,実態究明への興味が喚起されやすいからである。

このように,地域の調査の対象地としてホンコンを選んだのは,指導する教師の側の立場であった。そ れゆえ,学習に参加した生徒は,受身の形で地域に対したことになる。とはいっても,全く受動的な受け

とめ方をしたとはいいきれない。

ところで,ホンコンを対象地とした 地域の調査 に参加したのは,附属中学校の第2学年の生徒であ る。また,この学習活動は必修教科の内容として実施されたものではなく,選択必修の形式をとった「特 別学習」の一環であった。いまここで「特別学習」の詳細について記すことはできないが,本来的な狙い からいえば,大学における演習ないしは特講に相当するといえるだろう。学習活動としては,教師による 一方的な講義を狙ったものではなく,生徒が自分なりに資料を集めて事象を究明していぐことが要求され

ている。

毎週2時間の割合で設けられた「特別学習」に論いては,10テーマ前後が教師団によって提示され,

その中のひとつを生徒が選択する中で,学習活動が展開してきた。1テーマについての参加生徒は平均す ると20名である。

①予備的な学習活動一基礎的文献の探索

ある特定の地域に対する概括的な知識を得るためには,百科事典をひいてみるのが,最も手ごろな方法 である。いやそれよりも,専門事典のひとつである地名事典について検索したほうが,よりよい結果を得

ることができるのではないかという考え方もあるだろう。しかし実際には,和文の地名事典である「世界 地名大事典」(1973年)の記述は,同じく和文の大百科事典としての「世界大百科事典」(1972年改 訂)の記述に比べると簡略である。範囲を英文にまで拡大するならば・The Encyclopaedia

       ,

?盾秩@the Businessman of the Wor1d と銘うつThe Statesman s Year一

1300k が,より詳しい情報を提供してくれるのだが,これの完全な読解を中学校2年生に要求すること

一17一

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は・もとよりむりな相談となる。

このように考えてくると,ホンコンを主題とした 地域の調査 が・大百科事典に代表される参考図書 の閲覧から始ったのは・当然の結果ということになる。

この場合,集団学習の形式をとる「特別学習」としては・学校図書館の書物を有効に活用する方法が積 極的に考えられよう。もっとも・学習に参加する生徒の数に比して・学校図書館が所蔵する参考図書の種 類が少なすぎるというなやみはあるのだが,そのあたりは1冊の書物を数人で輪読するという方法で・便

宜的に解決することにした。

さて,百科事典を主体にする基礎的な文献が読了され,各人がホンコンに対してある程度まで具体的な イメージをえがいた段階で,教師による講義を行なった。その方法は・スライドを用いて・ホンコンの種 々相を視覚的に明ら噛 ゥにした後に,ホンコンに関係するやや専門的な文献の紹介を行なうものである。こ れらの過程で,最も手ごろな,しかも今日でも入手が容易な書物として,姫宮栄一「香港」(1964年 中公新書)を紹介したが,この書物は,ほとんどの生徒によって購入されていた。また,その中から各人 の研究テーマを見出した事例が多いように思われた。

教師による講義の第三の段階は,いくつかの文書資料を使用したホンコンの歴史に対する解説であった。

ホンコンが,アヘン戦争の結果として,清朝からイギリスに割譲された土地であることは,よく知られて いる。もっとも正確にいえば,アヘン戦争が契機となってイギリスの直轄植民地となったのは・ホンコン 島とその付属島喚であり,ビクトリア港をはさんで対岸に位置するカオルン(九竜)半島は,北京条約

(1860年)によってイギリス領となり,さらにその後背地を形成するニュー・テリトリーズ(新界)は,

1898年以来,99年の期限をかぎってイギリスが租借した地域である。

このような事情を始めとして,人口の変遷,人口構成の特色とその歴史的な経過・産業・貿易の特色な どについて,9 サのアウトラインを示すことが,講義の目的であった。

講義は,先に実施した基礎的な文献の閲読とあわせて・生徒が各個にホンコンを対象地域とする研究テ 一マを発見するためのガイダンスとなることを期待していた。それゆえ・講義に際しては・次に実施する 年表つくりの作業にあわせて,専門的な文献を見出すことができるようにするため・閲読可能な文献につ

いて,その一部分をコピーして全員に配布した。念のために付け加えて詮くと,閲読可能という意味は,

学校図書館(教師用図書を含めて)が所蔵するか,指導に当たる教師の蔵書として必要に応じて生徒に提 示しうるものをさしている。

文書資料として生徒に配布したプリントは,次にかかげる書物の一部分である。

暑内田正雄「輿地誌略」巻二(1870年)大学南校 苦香港日報社「香港案内」(1924年)香港日報社 曽新光社編「世界地理風俗大系」3(1928年)新光社 芸小椋広勝「香港」(1942年)岩波書店

甚The Statesman s Year Book 1932;Macmillan,London.

これらはいずれも,ホンコンの歴史を調べる場合に基礎的なデーターを与えてくれる書物である。とく に「輿地誌略」は,日本人の手になる世界地誌としては,最初に刊行された大冊であろう・明治初年のホ

ンコンのアウトラインを示すものとして貴重であるレ 「日本教科書大系」地理篇に収載という形式をと って,復刻作業が行なわれている点にも注意すべきだろう。内容的には簡単な記述であるから・次にその 全文を引用しておこう。

一18一

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香港ハ広東ノ河ロニ在ル所ノ小島ニシテ長サ四里余幅三里二満タズ全島岩石多シ北岸二傍テ港アリ港内 広深ニシテ地勢亜細亜第一ノ碇泊場トス府ヲ維多利亜ト名ク人口十二万五千大略支那人ナリ其四分ノーハ 舩居ス此地鴉片戦争ノ和議ノ後永ク英領二帰シ英国ヨリ鎮台ヲ置テ之レヲ管轄ス常二多数ノ軍艦ヲ繋ギ支 那海警衛ノ要地トナス長崎ヨリ海路大凡五百里余(同書十五丁)

②ホンコンの年表をつくる

地域の現状を調べるためには,歴更的な背景を知る必要がある。それでなければ,事象は静態的な把握 におわってしまう。

このように考えてみると,・・ホンコンを調べる ための具体的な作業は,ホンコン史の年表をつくるこ とから始めることが望しい。もっとも,目的それ自体は,ホンコン史の研究ではないのだから,現状を把 握するために必要と思われる範囲で,歴史的な事実を拾いだしてゆけばよいことになる。

ホンコンの年表作成作業は,生徒をいくつかのグループに編成し,その構成員が資料を収集する過程を 通して実施された。

まず最初に規範を示すために,教師がごく概略的な年表を作成し,その余白部分を生徒が資料を探索し ながらうめていくように指示している(第1表参照)。その際には,個々の歴史的な事実を,どのような 資料によって確認したかを明記させることにした。このような措置は,文献利用にあたっての基本的な配 慮を体得させる目的のほかに,完成した年表を手がかりとして,より専門的な調査を行なうための手がか

りを得ることを狙ったからである。

第1表 ホンコセ歴史年表(教師作製)

1810

1816−7 イギリス大使がペキン訪問の途中,ホンコンにたちよる①

1820

1830

1834−8 中国に滞在中のイギリス官吏がホンコン占領を外務大臣に申しでる①

1840 1841 U幣謄灘親3献に弓1き隙とを承認①(南京条約)

1845   マカオから4人の日本人漂流者が移住②

1850

1860 ・86・ T撫繍鰯灘罐劉灘①(北京条約)

、865 香韻廟渠会社H。ng−K。ngW㎞P。aD。,kCα設立① 1870

1880

一19一

(6)

1887  Green Island Cement Cα設立①

、88g Queen・、 C。11。g。(後の香港大学)創設①

1890

1900

      ① P898  カオルン半島の99か年租借が決定,実施は1899−4となる

1910

1920

1930

1940 1941_12日本軍がホンコンを占領⑱

1950

1960

1970

1980

  

P990

2000

①小椋広勝「香港」(1942)岩波新書  ② 「香港案内」(1924)

③姫宮栄一「香港」(1964)中公新書  ④芳賀徹「大君の使節」(1968)中公新書

一20一

(7)

第2表 香港の歴史年表(生徒作成)

西  暦 政治・経済・社会 文  化 人  口 世    界

10世紀 新界に初めて村落ができる。②

11世紀 海賊のかくれ家として漁村が使わ

  ②れる。

1278 蒙古の侵攻を受けて宋の皇帝が香 港に避難。②

1557          ②ポルトガル,マカオを開く。

1783 長州島に此帝寺建立。②

1816 7月英大使が北京訪問の途中,香 港にたちよそb⑦

1839 一42第_次阿職争(川鼻納曾 第欽阿片戦争。④

1841

      ④        最初の郵便局が英に占領される。

740q人 開局。②

1842 南京条約で香港を英に割譲④ ク 南京条約。④

インズ・一ド完成、②土地埋立が開始②

1843 英が植民地経営に乗り出す。④ 南京条約批准。

1844 1万9000人       ④米と望厘条約。

仏横埴条約。④

1845 マカオから4人の日本人漂流者到着 2万400Q人

(香港案内による)。ハッピーバレー 整地。②

1850 中国人が香港に移住。② 太平天国の乱。

1851 船会社の利益404隻,105万U sドルの運賃収入。⑥

1852 中国人の移住者3万人。 4万人

1856 7万3000人 アロー号事件(第二次阿片

戦争)英仏と中国。

1858 天津条約によ朔片貿易合法化璽 英,仏,ロ,米と天津条

1859 約批准交換のための使節

1860 北京条約により九竜半島と昂船洲 9万5000人 清軍に阻止。

が鄭割評幕府遣米使節が9日間 北京占領(英)

滞在勲

1861 ガスの生産が始まる。②

1865 香港,広東,漢門気船会社,黄塙 11万5000《

船渠会社が法定企業に璽香港,上海 銀行創設。②

一21一

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西 暦 政治・経済・社会 文   化 人  口 世   界

1880 香港の政晴安定。多数の中国人が 移住してきた。

1888 ピーハラム(登蝿車)営業開始曾 クインズカレジ創設⑤

1889 香鵜燈会社設立。②

1894 大古精糖会社設立。⑥

1898 7月1日 新界と香港周辺の島が99 年間イ判スに租借鮎ターフ。 一

    ②営業開始。

1907 技術研修所ができる

1909        ②阿片取り引きが非合法化される

1910 九広鉄道完成。②⑥

1911 中国からの移住者ふえる。⑥ 香港大学創立.⑧

1913 教育条例耀きる⑧ 14〜18第一次世界大戦

1917『 特許状に依居して総督,行政局,

立法局によって統治される。⑥

1920 教育委員会の設立63万人

1922 香港海員ストライキ。⑥

1925 不平等条纏凛香港上海銀行の 香港ドル発行(貨幣制度の改正)。

1926 6月反英剥コ。ト9ゼネラルスト

ライキ(1年4ケ月間)。⑥ 蒋介石が中国の権力を

1928 最初のラジオ放送

ェ行なわれる。②

にぎる。

p国がリースロスを中国 ノ送り中国の伝統的銀

1930  このころ啓徳国際空港飛行場がで

ォる(24年ころかも?)③ 蝶講矯刷

1935 84万人

1936 都市部に協議会ができ狸栄養失 調死745人.⑥

1937 中国人の移住が10万人に。⑦

103万人 日華事変。

1938 50万人が移住。⑦ 広東省が日本軍に占領

1939 、5万人耀住.⑦ 第二次世界大戦〜45。

1940 76万人が栄養失調死。⑥

1941 日本軍が香港を占領。〜45ρ⑤

1942       A 坙{軍の軍政が始まる。④ 159万人

1945 躰軍占領が終為④ 60万人 大戦が終る。

1946 民政の復活(文官行政)。④⑥

露型澱灘欝

一22一

(9)

i西暦 政治 ・経済 ・社会 文   化 人  口 世   界

1947 180万人

1948 難民翻しよせる。⑥ 1949 79万人の難民。⑥.

中国に中華人民共和国 が設立。

1950 中国の新政権を承認望中国からの

236万人

移住の入国統制勲

1951 中国貿易大幅に減少。

1952 予算5億8400万ドル9

1954 中国からの大量の移住者のための 住宅用ビルの建設曾新代理大使の交 換。英の権益が保障2

1955       ⑥後漢の漢人の墓が発見。

1957 中国に対する輸出禁制緩和。 258万人

1958 啓徳空港の現在の滑走路が完成曾 教育条例が修翻

1959 商業ラジオ放送開

1960 予算が・7億500・万ド,・9以トラン 始。① 東京が開店璽

1961 空港ターミナルゆ・が完成望

313万人

1962 P963

シティホ_ル完成50年祭曾

蜍サ島にダム建設璽政党がa3結      ⑧②

″̀中文大学創立 成空

1964 法例集修正。政府医療支出一1億 3姻万ドル①

1966 オーツ。ンターミナル澱豊中国本

372万人

土香港間に給水管完鯉マ_ガレット 王女香港訪鯉輸出入・75億ドル9

1967  九竜市のホンコンフラワー工場の労 ュ争議璽九竜と新界を結ぶライオンロ

白黒とカラーテレビ

@     ① 咜翌 同時に開始

383万人

。外ンネル完成2灘喋出版.轍

入一・9・億ドル9

,1968 高層住宅用ビルの収容人員が100 学生生徒の数が 万人台庵P輸出入一229億ドル。① 100万人台。

1969 プ。バコープ貯水池続成飯府 医撤出一2億6・・万・ル9輸出入一

279億・ル。①

一23一

(10)

西 暦 政治 ・経済・社会 文   化 人  口 世    界

1970 ヘリポート完成。 パウロ6世が香 ・」・学生76万5397 395万人

港を最初に訪問した法皇となるρ 人①

、72。。の工場が登録9銀行7。に9

中学生27万9318 フェリーを2億3800万人以上の人が利 人①

用喜)1日8時間,週48時間の労働

時間に!})輸出入328億ドルぎD

1971 アン王女香港訪問。② 406万人

1972 7月に海底トンネルが完成勲

資料  香港概況①  公式ガイドブック②  世界地理風俗大系③ 世界大百科事典④  国民百科事典⑤  香港(姫宮)⑥ 香港(・」・椋)⑦  世界の中等教育⑧  大君の使節⑨

④一一「世界」は香港の歴史に関係のあるものを採用。

さてこうした過程をたどって完成した年表の一例を,第2表として示して澄いた。歴史的な事実を,政 治・経済・社会,文化,人口,世界の各項目にわけたのは,生徒が歴史学習のために使用してきた「日本 史年表」:豊田武編(1964年初版中教出版)の影響であろう。

内容的にみると,もち論充分とはいいえないが,中学校2年生の作品という事実を考慮すれば,まずま       、

クの成果といえるように思われる。

③個別研究の実施

①と②に示した学習が完成した段階で・学習活動は・各人がより専門的なテーマを設けて実施する個別 研究に移行した。この場合にどのようなテーマについて調べるかは,生徒の自主的な判断にゆだねている。

またそれぞれのテーマについて,各人が文献を集めてレポートをつくることになる。

とはいっても,中学生のことであるから,それほど高度の内容が期待できるわけではないし,実際に出 来上ったものは,数冊の書物を読んで要点をまとめるとか,英文で書かれた香港の小・中学佼用地理教科 書の和訳をつくるといった段階にとどまったものが大部分であった。

生徒のテーマは,実に多種多様なものとなった。いくつかの例をあげると,ホンコンの工業の現状と工 業化の推移,ホンコンの水上生活者,ホンコンの水道事情などとなる。

工業を主題に選んだのは,ホンコン・フラーワーに代表されるプラスチック工業とその製品の対日進出 について分析しようという動機によるのであろう。水上生活者にっいては,ホンコンの観光名所のひとつ になっている蛋民の集合地に興味をひきつけられた結果と思われる。水道事情という一見特異な題材を選 んだのは・ホンコンの水道事情が極度に悪く,かつて一週間に数時間という極端な給水制限が実施された という事実があるほか・中華人民共和国からパイプラインによって給水を受けていること,湾口を〆切っ て淡水湖を作り,水道用貯水池にしている現実を知って,より詳しく調べてみたいという気持になったた めと考えられる。

このような各人で異ったテーマに対して,教師の側でも,もち論ある程度までの指示を行なった。工業

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化に関しては・和文による文献がいくつか刊行されているので,それらの閲読を指示し,さらに在日香港 商工会議所を訪問して・統計資料や英文の印刷物を入手するようにしたらどうかと指導した。

水上生活者にっいては・可児弘明「香港の水上居民」(1970年岩波新書)という適切な書物がある ことを指摘すると同時に,ホンコンの小学校用地理教科書の中から,水産業に関する部分を抜きだしてコ ピーしたものを与えてお・いた。

水道事情については・和文の適切なものを見出しにくかったので・香港政庁発行の年報(英文)の中の 水道事情に関する報告をコピーし・辞書と首っ引きで判る範囲でまとめるように,指示している。このこ とは・中学校2年生にとっては・非常に過酷な要求のようにも思えたが,結果は,父兄の手助けもあった と思われるものの・なんとかレボートに仕上げた努力を,指導者としては高く評価したい作品となったの である。

レボートつくりは・毎週2時間ずつの「特別学習」の中で作業を進めるほか,状況によっては社会教育 施設・関係機関訪問などを・放課後に実施して進められた。作品の中には,自宅学習をもまじえて完成さ せた事例が少なくないように思われる。

個々のレボートにっいては・具体的な結果を示すことが望ましいが,紙数の都合上,割愛することをお 許し願いたい。

結  論

以上の論述は,高等学校「地理B」における 地域の調査 のあり方に関するひとつの具体例を示した ものである。現実にはこのほかにも,いろいろな学習方法が存在すると思われる。地域の調査の実施を前 提として,調査(観察)計画を作成し,それらを具体的な旅行(行動)日程に組み立てるという学習を,

地域の調査 に代置する方法も考えられよう。

とりわげ・旅行を想定して・具体的な日程を作成することは,プロジェクト学習の際たるものであり,

推奨に値するという見解は,梅樟忠夫氏によって,雑誌「図書」において発表されてきた。注1

筆者自身にも,作業地理学習としての外国旅行計画作成についてのレポ_トがある。注2な壮,本号で 報告した実践事例は・中学校2年生を対象としたものであるが・一般的にいうと,生徒の質が相対的に揃 い・中学校ぱなれのした題材をも消化しうる国立大学附属学校での学習であることから,実際的には,一 般の高等学校にふさわしいと筆者は考えている。

注1 梅樟忠夫:続・知的生産の技術一第2回・「しらべる」ということまたは文献探索 図書1972 年6月 12〜20ページ

注2 中川浩一・渡辺むつみ:作業学習としての外国旅行計画の作成 地図VoL 12 NO.1(1974)

30〜35ページ

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参照

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