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辻 山 栄 子

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(1)

一変動する企業利益概念によせて一

辻 山 栄 子

目 次 1 序

豆 直接原価計算論争の概観

ω反対論一伝統的会計理論の擁護

(2}支持論一伝統的会計理論への挑戦

(3}両説の検討

皿 直接原価計算論争の遺産

一変動する企業利益概念の確認一 W結びにかえて

〔注〕

〔参考文献〕

1 序

直接原価計算の外部報告機能をめぐる誌上論争(以下「論争」と略記)は,

(注1)

1930年代のHarris〔1936〕対Cooper〔1936〕およびGilmourをはじめとし,

1950年代のNeilsen〔1954〕対Hepworth〔1954〕, Marple〔1955,1956〕対 Brummet〔1955,1957〕および1960年代のHorngren and Sorter〔1961,1962〕

(注碧)

対Fess〔1963〕, Ferrara〔1963〕の対立という形で跡づけることができる。

論争の過程で,資産にかんするサービス・ポテンシャルズ(service poten一 tials)概念に与えられた従来からの解釈一収益産出力説(revenue production concept)一に対抗し,新たに登場してきた解釈,論争の最大の産物とも云う べき,コスト・オプヴィエイション説(cost obviation concept)は, Marpleに

(注3)

よって着想され,Greenによって名付けられ, HorngrenおよびSorterによっ て発展せしめられるという経過を辿ることになる。その過程で,Homgren&

(2)

2

Sorterは彼等の説を関連原価計算(relevant costing)と呼び替え,彼等の考え 方が直接原価計算とは別個Dものであることを強調するに至るのであるが,こ の議論は直接原価計算からやや離れた議論の場で,一定の評価を獲得すること

(注4)

になった。そして一方で,アメリカ内国歳入法が,1973年9.月のTD.(Trea−      」

sury Decision)7285に従い,製造業は棚卸資産評価にあたって全部原価計算方

(注5)

式を用いる旨定めた連邦税規則第1.471−11を導入するにおよび,「伝統的な 財務会計理論の中に,新たに拾頭してきた管理会計の計算理論を持ち込み」

(岡本〔1965〕43頁〉「損益計算制度に従属するものとしての原価計算の立場か ら,一挙に,原価計算に規制されたものとしての損益計算制度へと,損益計算 内容の変革を意図した」(山下〔1956〕23頁)論争は,支持者たちの切望した 制度的承認をもたらさずに終ろうとしている。すなわち,固定的製造原価の期 間原価性を主張し,これを裏面から支えるべく登場した資産概念  原価回避 説は,関連原価説へと承継され,自らの理論整備を図ってゆく中で,次第に外 部報告機能をめぐる議論から乖離してゆき,他方で直接原価計算に対する制度 側の拒絶反応は,遂に一貫して変らなかったということである。

(注6)

NAA報告書第37号は,「当協会は会計実務について特定の判断を下すもので はない。」(p・2)としながらも,直接原価計算方式による損益計算の外部報告 における役立ちを実地調査にもとずいて示すとともに,当該計算方式が一般に 承認されるか否かは,その方式による報告の有用性に依存すると指摘してい

(注7)

た。しかし,順序はまさにこの逆であって,「実務においては,有用性の指標が 外部報告に適用される場合は,一般的承認という形で理解されている」(Frem一 gen〔1964〕p・43)とみるべきである。長期平均思考か短期限界思考かという 立脚点の相違により,全部原価計算と直接原価計算の各々が,その枠内で整合 性をもちうるというのが,本稿の基本的認識である。しかし直接原価計算は,

その多くの有用性にも拘らず,一般的承認を得られずに終ってしまった。それ はまさに,単一価値報告を主眼とした伝統的制度会計における二者択一の論理 の中での敗北として特徴づけられよう。

だとすれば,20有余年という年月を費して展開されてきたこの論争が遺した ものは,何であったのか。

(注8)

周知のように,1910年代のDickinson等の時価主義にたいする強い主張は,

彼等の意図に反し,皮肉にも純財産増加説を離れ,損益法的思考との結びつき で,こんにちの会計学における議論の主流をなすに至っている。本稿は「論争」

(3)

(注9)

が・まさにこの「変動する企業利益概念」の流れの中に遺した遺産を模索しよ うとするものである。

∬ 直接原価計算論争の概観

直接原価計算は,CVP(Cost−Volume−Pro丘t)関係に関する情報を,補助的

資料を介在させずに損益計算書から直接得たいという経営者の要求から出発し       (注1の

ていた。そこにおける計算思考的特質は,限界利益および貢献利益の導入と,

固定製造間接費の期間原価処理にある。そして後者の固定製造間接費の期間原 価処理は,外部報告機能とのかかわりで論ずる時,棚卸資産の貸借対照表価額 から固定製造間接費を排除することと不可分に結びついている。論争の初期の 段階からみられる特徴は,支持論者が,企業会計の当面の課題に注目し,それ が企業利益の算定にあるとして,もっぱら前者の有用性を強調することによっ て固定費の期間原価性を強調していたのに対し,一方の反対論者は後者の棚卸 資産評価問題に焦点をあて,伝統的評価論に立脚しながら固定製造間接費の期 間原価性を否定してゆくというように,必ずしも咬み合った議論となっていな かったということである。その分析の鋭さから50年代の代表的論者の一人と目

されたGreer〔1954〕は,直接原価計算の本質を原価分析と原価割当管iむると 云い,「直接原価計算において善いところ(すなわち原価分析一一筆者)は新

しくなく,新しいところ(原価割当一筆者)は善くない。」と結論した。こ のGreer〔1954〕の指摘は,直接原価計算反対論者の批判が原価割当一棚卸 資産評価問題に集中していたことを端的にあらわしている。

かつて・AAA会計諸概念および会計基準委員会は,資産を次のように定義 した。すなわち,「資産とは,特定の会計実体(accounting entity)において 経営目的に用いられる経済資源のことであり,期待される営業活動にとって 利用可能な,もしくは有益なサービス・ポテンシャルズの総和である」(AAA

〔1957〕P・583)。周知のように,この概念は,資産にたいする従来の未償却原価 という発想が,貨幣項目の説明として十分な説得力をもちえないことから,取 得原価主義の枠内で,貨幣項目をも含めた資産を統一的に説明すべく,Canning

〔1929〕,Paton&Littleton〔1940〕, Vatter〔1947〕等によって導入されてきた

のであるが,その後Sprouse&Moonitz〔1962〕, AAA〔1964〕によっても基       (注12)

本的に受け継がれているとみることができる。

(4)

4

(注13)

Fremgen〔1964〕によれば,「論争」はこのサービス・ポテンシャルズ概念 をめぐる二説,すなわち収益産出力説を主張する反対論と,原価回避説(cost obviation concept)を主張する支持論に二分できるのであるが,ここでは「論 争」をやや先取りし,外部報告機能論争を棚卸資産評価論争とみるFremgen のこの図式にのっとって「論争」を概観することにしよう。

ω 反対論一伝統的会計理論の擁護

すでに触れたように,原価回避説をはじめて着想したと言われるMarpleの 論文「先生あなたのクラスでこれを試してこちんなさい」に対する8rummet の応酬は,伝統的財務会計論の立場からする直接原価計算批判であった。では,

伝統的財務会計論における資産概念とはいかなるものであるのか,以下,アメ リカ各界の見解に依拠しつつ,その内容を検討してみよう。

AAA会計諸概念および会計基準委員会は,「会社の財務諸表における会計処 理および報告基準」(AAA〔1957〕)において,先に掲げた資産の概念にたいす

る定義に続けて次のように指摘している。

「取得資産および用役を,市場に出荷するための製品に転嫁する過程におい て,企業内で起った事象を計量するためには,市場取引に基づいて確立され た価格による取得原価を用いる。したがって,製造された製品の原価は,

その製品に合理的に跡づけされうる取得原価の総計であって,直接的要素

(factors)および間接的要素の両方を含むべきである。どのような製造原価要 素であっても,除外することは認められない。」 (p539)

これに対しHillおよびVatterは,直接原価計算にもとずく棚卸資産は,サ

●   ●

一ビス・ポテンシャルズ概念によりなじむものとして擁護する見解を表明し た。すなわち,「資産とは正に,期待される営業活動にたいし,利用可能か,

もしくは有益なサービス・ポテンシャルズである。そしてこの定義に基づいた 資産を測定するにあたっては,生産又は販売にかかわりなく発生する原価を含 める必要はない」。しかし,多数意見は,「製造原価の(上記の)定義は,公 表財務諸表においては,『直接原価計算』として知られている手続を用いるこ

とを認めないよう定めてある。」(p545)とし,彼等の意見を退けている。

その拠り所は,原材料の購入から製品を市場に出荷するまでに企業内で生じた すぺての原価は,製品自身に賦課されるべきであるという指摘に示されるよ

(注14)

うな,いわゆる「原価凝着」の考え方であったと理解される。よく用いられる

(5)

表現を借りれば,「各製品はあたかも一種の海綿のようなものであって,工場 のなかを通過する際に,それ自体のうちに.コストのいかなるものをも吸収す

る。」という見解である。(山辺〔1975〕17頁参照)

しかし,この「原価凝着」は収益産出力説と同義ではない。既に指摘したよ うに,収益産出力説は,元来,繰延資産,前払費用という,いわば動態論の産 物ともいうべき貸借対照表資産項目の説明原理として用いられてきた「未費消 原価」説をもっては,貨幣項目をも含めた資産を統一的に説明できないところ から導入されてきたサービス。ポテンシャルズ概念の解釈をめぐる見解であっ た。一方,原価凝着概念は,貸借対照表は損益計算書の「連結環」であると表 現される貸借対照表にあっても,その資産価額は出来うる限り価値客観主義に よる値に近くなければならないという,伝統的財務会計の立場を代弁している ものと理解できる。何故なら,原価の製品への凝着性は,観点を変えれば「直 接原価のみにある」ということも出来るにもかかわらず,上記で用いられてい

るような意味での「原価凝着」概念は,網羅性を自明のこととしている一そ こには価値客観主義が潜在的に横たわっているとみることができる一と思わ れるのである。

やや強引に整理すれば,収益産出力説および未来原価回避説は,長期平均思 考,短期限界思考という決定項を,各々期間損益計算に挿入した結果としての 貸借対照表  それはまさに「損益計算書の連結環」として意義づけられる一 一資産項目の説明原理という形で理解できるのに対し,原価凝着は,製品自身 に内在する特性にたいする一定の仮定に立脚した概念であると云うことができ る。すなわち,収益産出力によって導き出される資産概念は,原価凝着にもと ずくそれに,あくまでも結果として近似しているに過ぎないということに注意 すぺきである。この点についての立ち入った検討は皿一{3}においてなされよう が,以下でAAA以外の諸機関の見解についても簡単に触れておこう。

1953年,AICPA会計手続委員会(Committee on Accounting Procedure)お よび会計用語委員会(Committee on Terminology)は,両委員会が従来発表し てきた一連の会計研究公報(Accounting Research Bulletin)の集大成として

(注15)

ARB第43号を発表した。その第4章棚卸資産評価から,棚卸資産にたいする 原価配分についてのAICPAの見解を抜葦すると,

「ステートメント3

棚卸資産会計の基本的な基準は原価であり,それは一般に資産を取得するた

(6)

6

めに支払われた価額または対価として定義されている。棚卸資産に適用され るときは,原価は原則として物品をその現在の状態と場所にもたらされるま

(討論)

5.会計は基本的に原価に基づくという原則に基づき,棚卸資産は原価で記 載されなければならないという仮定がある。棚卸資産に適用される原価の意 味は,取得原価および製造原価であると理解されている(原文注②  省略)

が,その決定に関しては多くの問題が含まれている。棚卸資産原価の決定に たいする諸原則を述べるのはたやすいことであるが,それらの,とりわけ仕 掛品・製品という棚卸資産項目への適用は,その原価および費用を配分する うえで惹きおこされる様々な問題があり,困難である。例えば一定の状況の もとでは,遊休設備費用,過剰仕損費,二重運賃,手直し費用等の項目は,

棚卸資産原価の一部としてより,むしろ当期の期間費用として扱うことが要 求されるほど異常である場合もあろう。また,一般管理費は,明らかに生産 に関係し,従って棚卸資産原価(製品原価)の一部を構成する部分を除いて は,期間費用に含まれるぺきである。販売費は棚卸資産原価のいかなる部分 をも構成しない。すぺての製造間接費を棚卸資産原価から除外することは,

一般に認められた会計原則とはならないことも認識すべきである。個々の状 況において判断を下すにあたっては,現行の原価会計制度における手続の当 否,その原則の妥当性およびその継続的適用等に考慮を払うべきである。

ステートメント4

棚卸資産目的の原価は,原価要素の流れについてのいくつかの仮定(たとえ ば先入先出,平均,後入先出のような)のうちの一つの仮定の下で決定され る。一つの方法を選択する場合の主要な目的は,一定の状況の下での期間損 益を最も明瞭に表示する方法を選ぶということでなければならない。」

(AICPA〔1953〕−CCH〔1976〕PP.16−17)ということになる。

Traver〔1960〕によれば、このAICPAの見解が直接原価計算を否定するも

(注16)

のではないと解釈する人々の主張として,次の3点を挙げることができる。す

●  ●  o  ■

なわち,「ωすべての製造間接費を棚卸資産から除外することは認められない

o   ●   ●

と特に言明している。したがって直接原価計算はすべての製造間接費を除外す るものではないから,この計算が明白に排除されているわけではない。(2)ARB 第43号の方法の選択(そしてこの場合にはそれはある原価計算方法を意味し

(7)

ているという一般的解釈がなりたつ)は,期間損益を最も明確に反映する方法 の選択を意味している。(3)したがって,直接原価計算は期間損益を明瞭に反 映する唯一の方法であるから,これは採用さるべき真実一つの方法である。」

(p383一傍点筆者)

これに対し,Traverは,(1)期間損益を最も明確に反映する方法を選択すると いう一句は,先入先出・平均・後入先出等の,原価の流れに関するいくつかの 仮定を述ぺた続きのところにある。(2}一定の状況のもとでは間接費から除外す る例を注意して読めば,その中には固定費が入っていないことが分る。(p383 参照)と反論する。確かに,すでにみたAAAの見解も,またこのAICPAの 見解も,直接原価計算を否定していなかったと解釈するのには無理がある。

それは,AAAがHiUおよびVatterの見解を退けるために行った解説,また TraverがAICPA〔1953〕に対する希望的解釈を否定して指摘した第2点によ

って,とりわけ明らかである。

しかし,AAAのサービス・ポテンシャルズ概念にのっとって, Hil1および Vatterが直接原価計算による棚卸評価に優位性を認め, AICPAの(たとえそ れが原価配分とは別の項目で述ぺられているものであろうと)「方法の選択は 期間損益を明確に反映する方法の選択を意味している」という指摘にのっとっ て,直接原価計算肯定説が生まれたということも見逃がされてはならない。そ れは,逆に,直接原価計算による棚卸資産評価が「サービス・ポテンシャルズ 概念」に合致し,この方法にもとつく損益計算が「期間損益を明瞭に反映する」

ことさえ立証されれば,AAA〔1957〕, AICPA〔1953〕そのものの見直しを要 求する根拠となりうるのである。ともあれ,このAICPAの見解は, SEC(証       (注17)

博謌 委員会)によっても概ね受け入れられてきた。

(注18)

以上みてきたアメリカにおける諸機関は,いずれも伝統的財務会計論を擁護 する立場をとっていたが,「論争」における反対論者も,各々その対立者の議 論の方向によって若干の差異は認められるとしても,基本的には同様の立場に 立っていたと言える。その要点だけを拾えぱ,Neilsen〔1954〕が,もっぱら直 接原価計算による「損益計算」の利点を強調していたのに対し,Hepworth〔19 54〕は,その結果としての「棚卸資産評価額」が,「実現可能価値となんら特 定の関係をもたない金額」(P・96)になってしまうことになると指摘していた

      (注19)

オ,Marple〔1956〕の未来原価回避説に対するBrulnmet〔1957〕の反論は,

「全部原価計算は製品が現在の状態にまでなる間にかかったすべての原価を認

(8)

8       0

(注20)

識するものであり,そのうちの一部分だけを認識するものではない」(p484)

という主張を繰り返していた。そして,Horngren&Sorter〔1961,1962〕の関

(注21)

連原価説の「主要な弱点」についてFerrara〔1963〕は,「製品に固有で正味実 現価値で評価されるサービス・ポテンシャルズは,利益の産出にとって不可欠 な資源の再獲得に利用しうるような貨幣資産に転換できる棚卸資産の能力であ る」(P・720)という解釈と矛盾すると指摘していたし,Fess〔1963〕は,関連 原価説は資産の定義においてサービス・ポテンシャルズ概念のみに注目してい

るが,AAA基準1957年版の定義としてこの他に,(1)原価凝着,(2)収益原価対 応という概念が付け加えられるぺきである,と指摘していた。いま,その「差 異」のみを敢えてとりあげるとすれば,Hepworthの実現可能価値, Brummet の原価凝着,Ferraraの収益産出力説, Fessの原価凝着(および収益原価対応 説)の主張という形で整理できよう。

さて,以上「論争」の反対論者の見解を,Fremgenの図式に従いながらも,

やや意識的に収益産出力説そのものではなく,原価凝着に焦点をあてて検討を 行なってきた。それは,うえでみたAAAの見解を含め,「論争」における反 対論者の拠り所が,主として,「収益産出力説」よりはむしろ「原価凝着」に

(注22)

あったのではないかという理解にもとついている。そこで,次項における未来 原価回避説の検討に先立ち,Paton&Httleton〔1940〕における収益産出力説 および原価凝着概念を本項の最後に引用しておこう。

「どのような型の原価であろうと,正当な支出にもとづき,それから生ずる 将来の利点または貢献の要因を示すものであれば『繰延』ぺられてもよい。」

(p.65)(本稿末尾24頁に3行つづく)

(2)支持論一伝統的会計理論への挑戦

繰り返し述ぺるように,「論争」の過程で支持論者が棚卸資産評価問題につい て案出した新しい説「未来原価回避説」は,Marpleによって着想され, Gr甲n によって名付けられ,Horngren&Sorterによって発展させられたと言われる。

以下3者の所説に拠りながら,その内容を検討してみよう。

(注23)

1955年の論文「直接原価計算と原価資料の利用」で固定費を製品原価から除 外することを直接原価計算の定義から外すことを提唱し,いわゆる「修正直 接原価計算」を打ち出したMarpleは,皮肉にも翌56年の論文「先生あなたの

(注24)

クラスでこれを試してごらんなさい」では,変動費のみの棚卸資産評価方法の

(9)

根拠を明らかにし,注目されることになった。Marpleはそこで全部固定費会社 と準固定費会社という仮設会社のモデルを用い,先生と学生との一問一答とい う形で議論を展開してゆく。以下,全部固定費会社における議論の概要を,未来

      原価回避説を中心に追ってみよう。〔第1表〕 1ケ月目の資料

全部固定費会社(創業1975年)は.

売上高…° 一゜…一   匿…10・0000トン 合成肥料の製造業を営む会社であ

1    生産高…   …………   20,0000トン      る。その販売は長期固定価格契約に     売 価………    …トン当リ30ドル

@       もとづき,原価はすべて固定費であ     原価(固定費のみ)

製造原価_  ………  280,000ドル る。少数からなる従業員はすべて年 一般管理費…      …40・000ドル 俸契約で雇われ,工場の生産量は制

       御盤のダイヤルの簡単な修正で増減Marple〔1956〕P.492

できる。

〔第2表〕 1ケ月目の損益計算書     第1表はこの会社の1ケ月目の資料

売上高一・−       300,000ドル であり,この資料にもとついて学 売上原価…  ……  ……140・000  生に伝統的全部原価計算による損益 総利益・ ……    160・000ドル 計算書を作成させれば第2表のよう 搬管理費………°°@4°・塑  になる.2ケ朋に入ると,この会

純利益 @……°° 12°・°堕ドル社の縮韻製品の質が臓中に

・ Marple〔1956〕P・493 やや低下することに気付き,以後販

〔第3表〕 2ケ月目の損益計算書    売に見合うだけしか生産しないこと とした。このため2ケ月目は1ケ月

売上高……一一…−     300,000ドル

@      目の繰越商品を販売するだけで,生売上原価… ……      140,000

総利益..       160,000ドル 産は行なわなかった。その結果2ケ 未回収製造原価・−280,000ドル     月目の損益計算書は第3表に示す通 一般管理費…………40,000遇20・000  りになる。そこでMarpleはこのモ レ失一一   ・6α・99ド・レデルにもとづき次のよう錨題提起

Marple〔1956〕p.493  をする。

ω 損益計算における直接原価計算の優位性一全部原価計算による場合に は,1ケ月目,2ケ月目の売上高が等しく300,000ドルであるにも拘らず,

利益は120,000ドル,△160,000ドルというように大幅に変動している。しか し固定費を期間原価として扱う直接原価計算によれば,両月とも,20,000ドル の損失となり,しかもこれは損益分岐点分析の結果(第1図参照)と一致する。

(10)

10

〔第1図〕全部固定費会社の損益分岐点図表       (2)棚卸資産は,未 来原価の回避につなが

300,000 \損益分岐点  る金額のみで評価する

1α667トン ー固定費をすべて期

200,000 間原価として処理する

100,000 とすれば1ケ月目の末

の在庫10,000トンは評

4,000  8,000

       価額ゼロとなるが,こ12,000

〔トン〕      の点はどのように理解

(280,000ドル+40,000ドル)÷30ドル=10,667トン    すべきであろうか。こ ・

の点に関するMarple

Marple〔1956〕P.493       の叙述を引用すれば,

「多分それらはいずれ売ることができる。しかし時が経過すれば,新たな固定 費が発生する。肥料の在庫10,000トンは,全部固定費会社にとっては価値が

ないものとするのが論理的ではなかろうか,1ケ月目にそれを製造するのに追 加原価はかからなかったし,またそれを1ケ月目に製造しておいたからと云っ て,2ケ月目の原価は全然節約されていない。会社にとって,棚卸資産がもつ 唯一の価値は,将来発生する原価がそれによって節約できるような原価によっ て測定されるのが,論理的ではなかろうか。」(p.495)

(3)未来原価回避説の論理は,低価主義に適用される論理と同じである一

「もし我々が棚卸資産である原材料を買い入れたとして,その期末市場価格が 買入価格を下廻ったとしたら,我々はその棚卸資産の評価額を時価まで引き下 げる。この引き下げ時の時価は,その原材料を利用することによって節約され るであろう未来原価を意味する。」

以上の問題提起のうち第3点に対し,Brumlnet〔1957〕は次のように応酬す る。 「低価主義と未来原価回避説は,棚卸資産の評価を最小にするという保守 主義の点で共通点があるが,両者の類似性はその限りである。・…・低価主義の 適用はその原材料の利用によって節約される価額にまで棚卸資産評価額を引き 下げることにもとつくものではない。低価主義は単に,原価または原価プラス 合理的利益を回収できない部分を示すことである。」(p.484)

この主張が,伝統的会計理論に照らして適切なものであることは言うまでもな い。しかし,Marpleの着想は,この低価主義の解釈をも含め,一貫して「機

(11)

会原価」の論理であり,「経済的」属性に根ざした論理であったことに注意す べきである。さらに,Marpleの主張のこの第3点は,彼の未来原価回避説の 着想が,将来回収できる原価(収益産出力)は将来回避できる原価に「原則と

して」等しい,と考えることから生まれたのではないかという類推を可能にし

ている。

Marpleの問題提起第1点および第2点は云うまでもなく,互いに関連しあっ ていわゆる未来原価回避説を形作っている。Green〔1960〕は, Marpleのこの

(注26)

見解を原価回避説と名付けるとともに,次のような興味深い指摘を行なってい る。「原価回避説は2つの意味で重要である。第1に,それは,将来の利益に対 応する支出という資産の実体を明らかにするのに役立つ。資産の実体は,次の ような質問に対する答えによって明らかとなる。すなわち『これらのある用役

●   ●

に関連してなされる特定の投資の結果,将来の原価の発生を減じることができ るか?』。第2に,そしてより重要なことは,原価回避説は,資産の測定もし くは評価手段(device)として機能するということである。資産の測定値は,

過去の原価の発生を反映した未来原価回避額ということになる。これは,歴史 的取得原価を上限とすることになろうが,現行会計慣行に合致する。他方,会 計が取得原価を貸借対照表評価額として用いない時がきたとしても,原価回避 による測定値は未来原価の期待価値(expected value)にもとつくこともでき る。」(P223)すなわち, Greenによれば,原価回避説は,時価主義による会 計システムにたいしても適用可能な概念であり,Fremgen〔1964〕の見解「直 i接原価計算は,歴史的原価による計算方式である。」(P.44)と顕著な対立を示

(注27)

すことになる。

さて,Horngren&Sorterは,この原価回避説を承継し,次第にMarpleの 未来原価回避説と異った議論を展開していった。次にHorgren&Sorterのい わゆる「関連原価説」について簡単な検討を加えてみよう。次節でみるHorn一 grenおよびSorterの主張と照らし合わせてみるとむしろ意外な感を否めない が,両者の着想は,実はMarple以上に伝統的会計制度に忠実であろうとする ところから出発していた。彼等の1961年の論文「外部報告のための『直接』

原価計算」は,同稿の目的として次の2点を掲げている。すなわち, 「(イ)変動 原価計算概念は,伝統的原価計算概念よりも現行の『一般に認められた会計原 則』に合致している。(ロ)変動原価計算は外部報告の利用者に,現在よりもより 有用な情報を提供する。」(P84)このため,彼等の議論は,既にみたAAA,

(12)

12

AICPAおよびPaton&Littletonの資産の定義のもとで,変動原価計算が いかに矛盾なく受け入れられるかということを示す方向で展開されることにな る。そこにおいて述べられる伝統的会計の枠組みとは,資産にかんする「サー ビス・ポテンシャルズ概念」とこの概念の前提となる「継続企業の仮定」にほ かならない。彼等は,サービス・ポテンシャルズ概念が受け入れられるために は「継続企業の仮定」が不可欠なことを指摘するとともに,同概念は「期待」

に多くを依存していると述べる。すなわち,「期待(expectation)もしくは予 期(anticipation)は,ある原価をある資産に留め,あるいは他の資産に転換 し,あるいは費用または損失として落とすか否かの意思決定において重要な部 分をなしている。」(Horngren&Sorter〔1961〕P・85)この「期待」と「継続 企業の仮定」にもとづき,Horngren&Sorterは,「資産は関連原価でなけれ ばならない」と結論する。

では関連原価とは何か。Horngren&Sorterは次のように表現する。「関連 原価とは,2つもしくはそれ以上の行為を選択することによって,各々異なっ てくる原価のことであり,一定の代替的行為をなさないことによって回避され る原価である。非関連原価とは,代替的行為のうちどの1つを選択してもその 結果は同一となり,従って,意思決定に何ら影響を及ぼさない原価である・」

(P.86)具体的には,非関連原価とは固定製造間接費を指しているものと解さ れ,関連原価とは,「もしある原価を発生させることによっで,企業の未来発 生原価の総額を減じることになれば,そのような原価は未来に関連することに なり,資産となる。……したがって,一定の原価の発生は次の二種類の方法で 未来原価を減じることになる。すなわち,(1洞一種類の原価の再発生を避ける ことによって,あるいは,(2)未来における異なる種類の原価(たぶんそれは機 会原価)を減じることによって。」(P・86)

Horngren&Sorterの以上の議論は,非関連原価は固定製造間接費,関連原 価は変動製造原価という結論を先取りしつつ展開されていると解されるが,関 連原価概念自体を展開してゆく中でいくつかの例外に行き当たることになる・

すなわち,固定製造間接費であっても「今期に生産しておかなかったことが未 来の追加原価を惹き起こすような場合」(P88)には,当然関連原価の一部を 構成することになってくる。具体的には,(1}未来の生産が最大操業度のもとで なされ,かつ未来の売上高が当期末棚卸高の増加額だけ最大操業度を超過して いる場合,(2)未来の生産において変動製造原価が上昇する場合,がこれに該当

(13)

すると云える。そこでHomgren&Sorterのこの関連原価概念は,当然のこ ととして,固定製造間接費を製品原価と期間原価とに振り分ける際,未来の不 確定要素が既知のものとなっていなければならないという矛盾を含むことにな

(注28)

り,非現実的であるという批判を受けることになる。が,彼等もこの難点を当 初から意識していない訳ではなかった。それは,その後の彼等の議論が外部報 告機能から次第に離れ,「意思決定のための原価情報の提供」という方向に傾

(注29)

斜していったことからも明らかである。

以上,もっぱら「棚卸資産評価」論争に焦点をあて,その検討を試みてきた が,「論争」自体必ずしもこのように絞られた形で展開されてきた訳ではなく,

直接原価計算による損益計算の有用性のみを主張し続ける支持論者も少なくは なかった。その意味ではここで取り上げたMarple, Horngren, Sorterもけっし て例外ではない。そこで,支持論者の挙げた有用性のうち,以上の検討で取り 上げられなかったもののいくつかを以下に挙げておこう。

{1》直接原価計算にもとつく損益計算は,景気変動時にこれを抑制し,利潤を 平準化することができる。

(2)また,全部原価計算による場合には通常繰り越されてしまう,在庫増分中 に含まれる固定費を,好景気時の利益から控除できることにより,資本蓄積 が可能になる。

以上の2点は,租税目的の財務諸表に直接原価計算を用いようとした企業の

(注30)

動機をなしていた点でもあると思われる。

(3)両説の検討

長期平均思考か短期限界思考かという立脚点の相違により,全部原価計算と 直接原価計算の各々が,その枠内で整合性をもちうるということは,すでに繰

り返し主張してきたところである。ここでさらに付言すぺきは,以上∬を通じ て検討してきた両説のうち,どちらがよりサービス・ポテンシャルズ概念の本 質を捉えたものであるかということに対する答えは,棚卸資産概念そのものを めぐる議論のうちにはないということである。

近代会計学の理論的支柱をなす動態論は,基本的には価値主観主義の効用理 論に立脚しているとみることができる。青柳〔1961⊃は,伝統的な財務会計論 には,依然価値客観主義の立場を堅持する古典派理論が,価値主観主義の効用 理論とならんで余栄をとどめており,これが直接原価計算にもとつく棚卸資産

(14)

14

評価を拒否する一因となっている(64頁参照),と指摘している。

すでにみたように,「原価凝着」概念はいわば製品に内在する価値を扱って いた。そこにおいては,原価には本来,製品にたいし凝集力あるいは親和力が あるという仮定が横たわっている。換言すれば,原価のそしてまた製品の物理 的属性を問題にしているとみることができる。他方,将来収益を産出する潜在 的能力,あるいは将来原価を回避しうる能力という概念は,一種の経済的属性 をもって資産の本質とみようというものである。したがって後者のいわゆる収 益産出力説が,たとえ結果として原価凝着の概念になじんだとしても,各々が 背景とするところは全く異っているとみなければならない。すなわち,収益産 出力説・原価回避説は,一定の計算思考にもとつく期間損益計算の結果導き出 された資産価額の説明原理であり,同時に,双方ともに価値主観主義によって はじめて容認されうる概念である。そしてこの点こそがまさに動態論の立脚基 盤でもあった。そこにおける貸借対照表は,損益計算書の連結環であると解釈 されている。それ故に,両者は,長期平均思考,および短期限界思考から各々 出発した計算体系として,ともに整合性を保証されているのである。

(注31)

したがって「論争」は,Fremgen〔1964〕の言うような,収益産出力説対原 価回避説としてあったのではなく,価値客観主義の立場を堅持する古典学派が 原価凝着概念を盾として,価値主観主義の効用理論に依拠した原価回避説を排

斥するものであったと解釈できる。すなわち,伝統的会計制度が負わされてき       (注23)た「果実の額と公正なる分前」の決定という要請の前にあっては,価値客観主

義にもとつく資産評価が,たとえそれが結果としてもたらされるものであった としても,不可欠なものであり,情報の有用性,整合性はそれのみでは何らの 意味も持ちえないということに注意すぺきである。したがって,収益産出力説 が受け入れられたのは,その情報の有用性と論理整合性が原価回避説に優って いたためでなく,それらが結果として価値客観主義にもとつく場合の近似値を 示しているという暗黙の前提に背かなかったからに他ならない。

だとすれば,当初から制度的承認を拒否されるべく運命づけられていたとも 解される直接原価計算をめぐる「論争」の意義は何であったのか。

皿 直接原価計算論争の遺産 一変動する企業利益概念の確認一

(15)

かつてMayは,「所得会計における公準(Postulates of Income Accoun一 ting)」と題する論文の中で,「企業会計は唯一無二の概念ではなく,異なる時 代,異なる国,異なる目的によって,異なる意味を与えられうる,そして事実 与えられている,知的概念である。」(May〔1948〕P.108)と述ぺていた。こ のMayの見解は,彼自身がその設立の提唱者となり,研究顧問ともなった

ロックフェラー財団後援の研究グループーStudy Group on Bus三ness Income 一の研究成果「変動する企業利益概念(Changing Concepts of Bus量ness Inco一 me)」(AIA〔1952〕)に色濃く反映されている。

そこにおいては,企業利益概念の変遷が主としてインフレーション問題を契 機としていることは否めないとしながらも,それとは別個に期間計算における 利益概念の理論的究明それ自体がもつ困難性に注目している。そして,企業利 益概念の究明にあたっては,その相互の複雑な絡み合いを見据えるぺきである

と指摘するのである(AIA〔1952〕Ch.1)。いまその再部にわたって再論する ことは控えなければならないが,今世紀に入りアメリカにおいて生成発展をみ た損益法的思考一動態論的思考は,その発展経過においても,そしてまたそ の解釈においても,必ずしも単一目的指向的なものではなかったということを この研究報告から知るのである。

アメリカ会計学会「基礎的会計理論」は,「多元的評価による情報,とりわ け歴史的原価と時価とによる情報を提供」(AAA〔1966〕P.19)することを勧 告した。そして「会計情報は財産管理について報告するための重要な手段であ ると同時に,外部利用者が行動する場合の不確実性を軽減するための主要な手 段でもある。」と指摘し,伝統的制度会計の示す諸特徴に対する批判,なかん ずく歴史的原価基準にたいする批判に取り組んでいる。そこにおける多数派一

(注33)

一「価値」学派は,取得原価および時価による二欄式(twO−column)報告を提

(注34)

唱したが,これと見解を異にし,新たに登場してきた「事象理論」の提唱者こ そ,1論争」の後半の立役者でもあった他ならぬSorterであった。情報の受け 手側の意思決定モデルを既知のものとし,情報の送り手側でアグリゲートした

インプット・バリュー(input value)を伝達しようとする従来の価値学派に対 し,Sorter〔1969〕は,情報の受け手側の意思決定モデルが未知で,多様なも

(注35)

のであるという前提から出発し,多元的価値報告(multiple value reporting)を 提案する。すなわち,KSorterを含む一筆者)『事象』理論の提唱者達は,あ

りうる多様な意思決定モデルに有用であるかもしれない目的適合的(relevant)

(16)

16

経済事象(event)についての情報を提供することこそ会計の目的である,とい うことを示唆している。彼等は,会計の機能が一面において意思決定プロセス に移行しているとみている」(P.13)。Sorter〔1969〕も言うように,情報利用 者の意思決定モデルが真に特定化されうるものであれば,会計は当該意思決定 モデルにたいし最適なインプット・バリューを提供すぺきであろう。にも拘ら ず,価値学派は,取得原価および時価による二欄式報告を是認した。しかしこ の結論は,「事象」理論にこそなじむものである。

「論争」において支持論者が拠り所とした「情報の有用性」は,伝統的制度 会計の担う「果実の額と公正なる分前」の決定という錦の御旗の前で,退けら れていったことは皿で検討した。が「論争」という縦の流れの中で育てられて きた論理は,実は情報会計自体の有様に1つの示唆を与えてきたとみることが

できる。HorngrenおよびSorterは,「論争」の産物とも云うぺき関連原価の 概念を,直i接原価計算の制度的承認と離れて,企業の計数的管理実践における 機能の遂行にむけて整備していった。と同時に,「企業利益の算定」と「棚卸 資産評価」それ自体の無意味性を主張するに至ったことは銘記されるべきであ

る。・

Sorter〔1969〕は言う。「我々は貸借対照表を価値についての報告書(value statement)とも財政状態についての報告書ともみない。むしろ会計単位内で 起ったすべての会計事象の間接的伝達手段とみている。……したがって棚卸資 産は価値や原価を報告するものではなく,むしろ発生した取得活動および消費 活動を表わすものである。この見解にはいくつかの利点がある。それは,いま だ達成されていないなにものか(すなわち価値)を報告することを目的としな いことによって,何が記述されているか理解し分析することを容易にさせる。

価値理論によれば,たとえば棚卸資産価額が棚卸資産の説明であるとしても,

何故その特定の原価や価値数値を用いたのかということを合理的に説明しなけ ればならない。.……事象理論によれば,このようなことはさして重大な意味を

もたない。」(pp.15〜16)

(注36)

そしてHorngren〔1971〕は言う。「1960年代の財務理論とその教育における 革命的変化は,いわゆる財務会計(における教育)が,意思決定の方向に向か

うまで円熟するのを促進した。しかし,主に,制度的制限,そして不特定多数 の利用者の意思決定モデルを特定化することは困難であるという周知の仮定に

よって,この動きは非常に緩慢であった。特定の利用者とその意思決定のため

(17)

に,いくつかの報告書を作るかわりに,不特定多数の情報要求を同時に満たす ことを財務諸表は目差していた。したがって,正しい会計方法についての価値 判断は,通常,証明されえない仮定であるにもかかわらず,利用者の情報要求

についての知識をしばしば前提とすることになった。」(p.8)

Fremgen〔1964〕は,直接原価計算を歴史的原価による計算方式であるとし,

歴史的原価基準の放棄は直接原価計算・全部原価計算の双方を,ともに価値の ないものにしてしまうであろうとして,歴史的原価基準を議論の出発点に据え たが,歴史的原価基準からの離脱はもとより,「価笹」および単一企業利益の 測定そのものを否定してゆくことによってこそ,直接原価計算支持論者は最後 の活路をみい出しえたと解すのは強引に過ぎようか。外部報告機能をめぐる全 部原価計算か直接原価計算かの議論を経て,HorngrenおよびSorterが得た教 訓は,このような方向で結実したとみることができるのである。

1V 結びにかえて

企業利益が,その情報の有用性を求めて変遷し,あるいはSorterが指摘す るように「価値」ではなく「事象」の伝達が,会計における主要な役割である と認められる時がきたとしても,課税所得がその延長上にないことは事実であ

る。

NAA研究報告書第23号も, 「全部原価計算から直接原価計算に変更するさ いに起こる租税上の問題は,直接原価計算がより広く用いられる際の,最も深 刻な障害になるように思われる」(p234)と指摘していたが,事実もやはりそ

うであった。

が,択一の論理の中で直接原価計算を退けた他ならぬ「税法」そのものが,

      (注5)

u論争」によって少なからぬ影響を受けたことも事実である。「多目的単一価 値」という思考の中で,かつてKramer〔1947〕が「除外の原理(principles of omission)が論争されているのではなく,除外の程度(degree of omission)が 論争されている」と結論づけたように,残された全部原価計算も完全にその論 理を貫くことは1できなかった。そこにおいて「課税所得」が次第に変容して いったことを思うとき,「課税所得」もまた,その原点に立ち還った考察を必 要とされていることを痛感するのである。

(18)

18

@      、

〔注〕

(注】)Harris〔1961〕は,一一般に直接原価計算にかんする最初の論文と言われている

(NAA〔1936〕P・1,〔195宥p.185参照)が,直接原価計算の萌芽は,これより さらに古く,少なくとも今世紀初頭まで遡ることが知られている。また文献上,

直接原価計算の萌芽をMetcalfe(青柳〔1961〕63頁)及びGarke&Fells(山 辺〔1975〕18頁)に求める見解もある。

なお,直接原価計算の史的発展については,Weber〔1966〕等を参照。

(注2)我国においても,直接原価計算にかんする論争は,アメリカとほぼ同時並行的 に行なわれ,数多くの論者が参加しているが,その間の事情について詳しくは,

山口〔1966〕等を参照。また,アメリカにおける論争の過程で発表された論文の うち主要なものについては,山辺〔1960a〕〔1960b〕〔1660c〕〔1961a〕〔1961b〕

等によって,逐次紹介論評が加えられ,我国における論争に一定の影響を及ぼし てきたことも見逃がせない。

(注3)Fremgen〔1964〕P.48に,これがGreenの造語になるものである旨の指摘

がある。

(注4)たとえば津曲〔1974〕45頁以下参照。なお,論争との直接的関連においては,

Horngren&SQrterの説は,結果的に全部原価計算に近づきむしろ曖昧である とする見方もある。(岡本〔1965〕53頁)

(注5)詳しくはForster〔1975〕および拙稿〔1977〕等参照。

(注6)National Association of Accountantsの略称。前身は1919年に設立された National Association of Cost Accountants。以下両者ともにNAAと略記す

る。

(注7)NAA〔1953〕P・225にも同様の指摘がある。なお, NAA〔1953〕が第5章の 最後で「この点に関しては,会社は個々に結論を求めなければならない。」とし ているのに対し,Fremgen〔1964〕は,「私は,この有用性という,外部報告に おいて極めて重要な側面を,個々の企業の独自の判断に委ねることに対しては,

同意できない。」(P・50)としているが,前掲報告書の指摘は,利益測定にたい する有用性の会社独自の判断を指しているのであって,外部報告に用いられる利 益に言及している訳ではない。

(注8)Dickinson〔1913〕P・80,若杉〔1965〕等参照。

(注9)同名の論文AIA〔1952〕による。

なお同稿は,「企業利益概念の変遷」と訳出されるのが一般的であるが,「変動 する企業利益概念」は土田〔1954〕の訳語によった。

(注10)直接原価計算の計算思考的特質の解明は本稿の対象ではない。この点について

(19)

は既に多くの論文が発表され,議論が出尽くされているが,さしづめ津曲〔1974,

1975〕等を参照されたい。

(注11)前者が限界利益・貢献利益を,後者が固定費の期間原価処理を指していること は云うまでもない。

(注12)元来,取得原価主義を前提としていたが,Sprouse&Moonitz〔1962〕等に よって時価主義を前提とした場合にまで拡大解釈されている。

(注13)Fremgen自身は,直接原価計算反対論者の一人であったが,彼の論稿はむし ろ,「論争」の本質の整理,という意味で評価されている。

(注14)Paton&Littleton〔1940〕PP.13−14参照。

(注15)基本的には1947年7月に発行されたARB第29号, lnventory Pricing を 踏襲しており,1971年7月の会計原則審議会意見書(Opini。ns of the Accoun一 ting PrinclPles Board)第20号によってパラグラフ14が改訂されたのみで,今

日に至っている。

(注16)「これはかならずしも直接原価による棚卸高を否認したものではないと,こん にち解釈されている。」(青柳〔1961〕65−66頁等)という見解をTraverは否 定し,そのような解釈を下す人々は一部であるとする。

(注17)山辺〔1960a〕14頁による。

(注18)ただし,NAA(アメリカ原価会計士協会)の研究報告はAAA, AICPAとは 異る立場をとっていた。また,内国歳入法および租税判例をめぐる課税当局の見 解,あわせて,アメリカ公認会計士(とりわけ監i査法人)の見解については別稿

〔1977〕参照。

(注19)Brummetの反論は,3点からなっているが,未来原価回避説に対する部分は 第2点(PP.483−484)にあたる。

(注20)これは明らかにAICPAのARB第43号第4章ステートメント3の内容と一

致している。

(注21)Fess〔1963〕P.724の表現による。

(注22)ただしFerraraの反論は明らかに収益産出力説に基づいていたといえる。

(注23)実際にはMarple〔1955〕は1954年のアメリカ会計学会における報告の再録で

あった。

(注24)Marple〔1956〕の議論については,山辺〔1961a〕岡本〔1965〕をはじめと し,すでに多くの紹介がある。

(注25)ただし未来原価回避説に関係があると思われる点だけを抜粋する。また抜き出 した点はBrummet〔1956〕の反論第2および第3点と対応している。(Brum一 met〔1956〕pp.483−484参照)

8

(20)

20

(注26) しかしGreenはMarpleの所説については直接触れていない。また, Marple の見解の継承者とみられるHorngren&Sorterも,彼等が示唆を受けた人物と

して挙げる中にMarpleを含めていないことは興味深い。

(注27)Green自身は,このように原価回避説のもつ利点を高く評価しつつも,この説 に組みしている訳ではなく,資産の定義にあらわれる諸指標を歴史的に跡づける

という姿勢を崩していない。

(注28)たとえば岡本〔1965〕53頁参照。

(注29)詳しくは,Horngren&Sorter〔1962〕,Horngren〔1972〕および津曲〔19 74〕皿45頁以下,参照。

(注30)一般に,景気変動をも含めて,企業の営業規模が拡大あるいは縮少傾向にある 場合には,全部原価計算の採用はその傾向に拍車をかけることが知られている。

すなわち,営業規模が拡大傾向にある会社の在庫は,通常の場合増大するが,営 業活動が停滞しているときには,製造数量を減少させることによって在庫を減少 させるのが普通である。したがって在庫中に含まれる固定費は,在庫が増加すれ         b

ホ繰延ぺられ,減少すれば費用化されることになる。

(注31)ただし,Fremgenの収益産出力説にたいする定義は,原価凝着概念と酷似し

ていた。

(注32)May〔1950〕が会計の目的として用いた表現によるが, Magill〔1936〕にも課 税所得の指標として類似の表現がある。

(注33)User Need学派と呼ばれるもので, Sorterによれば,これらは,利用者の二 一ズ(および意思決定モデル)が既知のもので,十分よく特定化される結果,会 計は,用いられる意思決定モデルおよび有用な意思決定モデルにたいし最適のイ ンプット・バリューを提供できるという仮定のうえに立っている。(Sorter〔19 69〕P.12)

(注34)Sorter〔1969〕のなかで, Sorterが自らの説をASOBATの多数説一User Need学派(Sorterの言う価値学派)と区別して「事象(event)」理論としたこ

とによる。

詳しくはAAA〔1966〕,Sorter〔1969〕,武田〔1973〕等参照。

(注35) したがって,そこでは個々の利用者が,彼等自身の意思決定モデルにたいする インプット・バリューを自ら引き出すことができるような目的適合的(relevant)

経済「事象」そのものについての情報を伝達することになる。(Sorter〔1966〕

P.・13)

(注36) 同稿は,Horgrenが主に会計教育について,「1999年」から1960年代以後の 変遷を回顧するという形をとった風刺的論文である。

(21)

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