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[書評] 竹内薫著 『99.9%は仮説 思い込みで判断 しないための考え方』

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[書評] 竹内薫著 『99.9%は仮説 思い込みで判断 しないための考え方』

その他のタイトル Book Review

著者 杉村 明希

雑誌名 人間健康学研究 : Journal for the study of health and well‑being

巻 10

ページ 43‑44

発行年 2015‑03‑31

URL http://hdl.handle.net/10112/00023249

(2)

【書評l

竹内薫著

99.9%

は仮説 思い込みで判断しない ための考え方』

「非常識」は存在しない

本書で筆者は、世界は全て「仮説」で成り立って いるということを主張し、「仮説」にとらわれないた めに必要な考え方について述べている。本書におい ての「仮説」とは、個人がそれぞれ持っている「常 識」を意味している。

まず筆者は、世界は全て「仮説」で成り立ってい るという主張の理由について古代天文学を例に挙げ て述べている。古代天文学では、観測されるさまざ まな天体の現象について「天は神が支配するもので、

完全な世界であり、よって星の軌道は完全な円であ る」という前提、つまり「仮説」の中でのみ議論が 交わされ、発展してきた。しかし約1000年後、観測 データを元にした計算の結果、その「仮説」を根本 的に覆す「星の軌道は楕円である」という「仮説」

が生まれ、それまでの宇宙観を大きく変えたという ものである。しかし、観測データも「仮説」の影響 を受けて集められたものであるので、これもまた「仮 説」ということになる。この古代天文学の例から、

「仮説」というものはまた別の「仮説」によって覆さ れる可能性を持ったものであり、「定説」と呼ぶこと ができるものは一つも存在しないということを示し ている。

筆者は、「仮説」にとらわれないために必要な考え 方について主に2つ述べている。 1つ目は、「仮説」

の存在を意識することである。日常的に目にしたり、

聞いたり、教わったりしている「仮説」について常 に疑問を持つべきである。また、自分の頭の中で考 えることの多くが「仮説」であるということを理解

しておかなければならないと筆者は述べている。

2つ目は、事実は1つではないという考え方であ る。頭の中にある「仮説」の枠組みは人それぞれ異 なっており、それによって世界の見え方自体が異な っている。そのため、それらの「仮説」から導き出 される事実は1つではないと筆者は述べている。ま た、自分の「仮説」を絶対視せず、他の人の「仮説」

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も理解しようとする柔軟な態度が大切であると主張 している。

本書は、私にとって良書であると感じた。自分の 見ているもの、考えていることの全てを見つめ直す ことができたからである。今、目の前にあるものは どのような「仮説」を元に作り出されたものなのか、

今自分の考えていることの根本にある「仮説」はど のようなものか、ということを意識することができ るようになった。

本書を読んで私は「非常識」というものは存在し ないという考えを持った。世界は仮説でできていて、

人それぞれ持っている「仮説」が異なっているとい うことは、「固定された常識は存在しない」というこ とを意味する。つまり、「非常識」も存在しないとい うことになるからだ。ここでは「非常識」の逆の意 味として理解しやすいように「仮説」を「常識」と 置き換えて意見を述べていく。私たちは日頃、公共 の場でマナーを守らない人や社会で一般的に共有さ れている知識を持っていない人のことを「非常識な 人」と呼ぶ。しかし、固定された「常識」は存在し ないのであれば、その人の行動が自分の持っている

「常識」の枠に当てはまっていないことを理由に「非 常識」と呼んでいるに過ぎない。確かによく考えて みれば、「非常識」と呼ばれる行動をする人は、私の 持っている「常識」からは想像もできない理由があ って、そのような行動をしているのかもしれない。

生きてきた社会が違っていて、私が持っている「常 識」が、その人が持っている「常識」の枠組みから 外れているのかもしれない。また逆に、その人が持 っている「常識」から外れたことを私は当たり前に 行っているのかもしれない。もちろん、周囲の人を 不快にさせることを肯定しているわけではない。行 われている行動だけに注目して一方的に否定するの ではなく、その行動がなぜ行われているのかという こと、根本にどのような「常識」が存在しているの かということに注目しなければならないということ である。

これらのことから、「非常識」と感じるということ は、その人が持っている「常識」を元に行われた行 動と、自分の持っている「常識」を元にした行うべ き行動の考え方が衝突しているだけなのである。「非 常識」というものは存在しないと私は考える。

(3)

44  人 間 健 康 学 研 究 第10

筆者の提案する「世界は仮説でできている」とい う考え方は、筆者の頭の中の「仮説」から考え出さ れた、これもまた「仮説」である。そして、本書か ら「世界は仮説でできている」ということを学んで 考え出した「非常識は存在しない」という私の考え

も「仮説」に過ぎない。そのことを理解したうえで、

「非常識は存在しない」という「仮説」を覆す、別の

「仮説」を考え出す挑戦をしていきたいと私は考えて いる。

杉 村 明 希 ( 人

14133)

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