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なiI公爵玉器政策に關する若苧の考察1
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序ll失業問題の重要性︑失築封策ど画家財政
﹁公共事業﹂の意義及び概揮 撃
﹁補整〃的公北ハ事業慌以晶策﹂の成立と繍鞭換﹃ 醤︑
補整紘以肱策の・批判と﹁膨脹︑的公雌ハ事業紘撚策﹂の提唱・
結言−職後における公共事業政∴策の薪讐勤向とその批判 ︑ 亭藷
︐幽.
敗病後の日本維濟をいかに再建し復興するかについ囁て︑我憐の最も重大な關心をよせるべき宵鳴の訟つは失業問
題であるゆそしてわれわれの無情に面するあらゆる理論も政策もこの問題の解決方法︑もしくは灘理能追いかんに
よって︑その債値が決定せちれるといっても決して過言ではない︒さなきだに貧弱な資本設備⁝及び生薩資源は戦争 がによ9て甚だしき破壊と損失をとつむつた︒そして明治以來の日本産業構造は徹底的に非武装化され︑かつてはそ
の脊桂ともいはれた楚太な軍需的重工業は永久起除去せら巾ざ渇を得なくなった︒しかもとれに配するに︑海外移
佳人口の射揚によつて絶封的過剰人口は﹂遷らに倍加せられるに至った︒ごれむの常⁝識的な事實をとりあげて見ただ. ︸ . 三
︑
四
けでも︑敗戦後における肩本の失業問題の解決が極めて深刻な容易ならぬ事態を含んでいることば火を見るより明 ふ ド お ケ へらかである︒しかるになぜ失業問題が今田それほゼ喧ましく論議されない㊨だらうかゆそしてまた事實それほど深
︒刻な搬相を呈じていないかの牽くに見えるのは何故でみらうか︒そればいうまでもなくぎ當然失業者群に投ぜらる
べきはすの彪大な勢働人口が︑なんら生塵的勢働に就くことな︐く︑あるいは不合理な統制維濟の間隙をぬい︑ある ノ・いはインフレーシヨ囁ンによる陣取体系の混齪に乗じて︑極めて不安定にして不健全な露店商やブ獄ーカーのごとき﹁
寄生的職業居に吸牧されているからに他ならない︒そしてもとよりか製る就業もしくは雇傭は決して欝賢的な意味 が での失業問題の解決ではあり得ないことも亦︑多言を要しないところであらう︒もしこれをしも敗戦後の日本維濟
における失業聞題の避くべからぎる一時的な解決策であるとするならば︑︑それは余りに庵大きな犠牲を俘つた儒装
的な︑しかも極めて非合理的な解決策といわな庁ればならない︒即ち敗戦後︑闇市場の全面的振大に件って急激に2
膨脹した流通面の寄食的職業層に吸牧された不生蓬的勢働人口は︑正常な生産的勢働人ロへの不合理訟負憺牝よつ
て扶養せられているのである︒換言すれば︑當然支出せらるべきはつであった莫大な失業救濟のための園家経費は
財産及び所得の分配歌態に鷹tた合理的な租税負憺の徴牧によつて賄はれることなく︑闇市場におけるあ.らゆる
生活必需物資の小費闇債格に含まれ.た不當な闇利得の一部に判形されているσである︒そしてか謬る失業難題のイ・
ンフレi︑シヨン的解決が國民の種々なる所得暦に饗して逆進税的性質をもつことはいケまでもないゆぞムてでのよ
ろな解決は正婁就業合をすらそ悟入によつ℃は最低簿を維持し黒い麦早歌態に追いこみ・譲的弓
働から釜ん多く寄生的職業居へ︑或いは全面的に︑或いは副業的に離脱せしめているのであるづかくして敗戦後の 日本の失業難題は︑外見上ぼ一慮延期された形をとりながら︑事實は潜行的に國民各層に深く浸潤し豊里化されつ囁
つ過少生産恐慌による悪性インフレーションの因となり果となって︑その根本的解決策を主脳困難ならしめつ蕊あ ノ 町 ーデ\
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●
灌るのが現塔融︒警すれば︑.忌事濟の鷲化遠甚だし犠牲によつ渓講題ρ蒔的翻塗もし慮
延期が肴はれていると見なければならない︒もかもこのご乏は食糧難とイシフレーシ濁ンという現下の急遺←た事
態の下墨い濠︑百様奨業者た逢とに甘んじ得ないとち.央業者群の形成それ自体を書不可覆ち
︑しめている深刻な事態を物語っているのである︒そして竜しこのま&放置せられるなら城︑やがては到來するであ・
ちう日本維濟の急激な破局化によるか︑さ脇なければか玉る破局を回避するためにとられる徹底納な統制掌骨の強化に塔て︑それこそ轟々たりと業曝するをを許さない事書菟複︑よも健全書聖意欲を失った失 き へも業者群の氾濫が露呈せられるに至るであらう︒否今節既に闇物資ストックの枯渇︑統制維濟の警察的取締Pの強 ノ う ド く ゆ噸デブ薮策への多湿の漿︑謙卑力の長し譲受ブ・−カ函職業の余響も過髪膨壕の難情︒に伴って潜在的な失業人口が急速に下面化せんとしつへある︒・そtてこのこと億︑最近の恐るべき犯罪者群の激増
ド ゆ 忙鍵忙緩じつ曇ると見謙ればならない︒︑失意題準ン7Yヅ・ンに糠読︑そしてそ盤やがては
犯罪にまで韓嫁されんとしている︒かくレて肛れわれ獄今田︑たとへ既に遅量に失したとわいえ﹂.失業問題の鷹急蔑
め り れよつ長期にい回る根本的解決策を樹立すべ・き事態に立ち至つ.ていると見なければならない︒ ξ
どころで今田敗職後の臼本経濟の危機を打⁝駕し︑新たな維濟の再建を圓らうとする椿想には種々なるものが考え ノ 帆られるであらう.しかしながら︑いかなる懇に遷よ云.理的擬制辮の羅ぷうこ毒憾.・少く庵當
へ面の避けがたい必然的要講であるように見える﹄もとより同じく統制経済といっても︑・資本主義体制の一時的な危
機を安定せしめようとする場合と︑漸進的に就會主義休制に移行せしめようとする場合とでは︑その政策の基調な り︽具体的方式にお炉てかなりの相異があると見なければなちない︒失業問題妨解決策にしても費本主義休制砂原 ・
︐財にどの程度までの干渉を加へてゆくか︑・もしくは部分的な計書化の方式をどの程度まで搬出主義体制の枠の中に
. 鵡 げ . 遣.評ザ . 〜・ 学. 甲﹃・︐.β ボ.雫 炉﹃ξき ︑﹃ ︑ 囁 ・ 董 ・ ㌦
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導入せしめるか託ついて↓剛者の間に根本的な見解の封算す防臆想せられるであらづ︒しかし訟がら我々ぱいまそ︐
めよう霜違や竪の間題をひと先づ保寄することも出路よう︒そして計羅もし濠馨.化の義解の雄は嬰
おイデ茗ギゐ問題としてではなく︑むしろその営所の悩殺㊨墨黒濟情勢によつて制噺せちれるこ乏が望ま← ぽのコ・いとみいえよう︒しかしまたそこに我々は自由と強制とを繭極限とするコ一元的混倉形態しとし琴ての統制経濟の振 子蓮動のもつ﹁悲劇的な姿﹂を見禺す雪あらケ︒ともあれ資本的生産方式を一懸認めつ義その基底の上に國家計叢
の枠を設定し︑・間接もしくは直接に経濟機構を統制してゆこうとする統制維濟という一つの喜泣的類型を考えるこ ド とも決し噸て不可能ではないであらう︒ ・ ︑ ・ ︒. . . ∵
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Rらばか蕊る統制維濟においてはいかなる失業封策が可能であらうか9いなむしろ逆に︑あらゆる螢働者をして塞に就藩あるごとが果してぞる統制経渡おいて元治のであらうが︒より端的に㌢ならば・葉義
体制の原則古しくは資本制的生塵關係そのものに手をふれることなぐして︑失業問題を腱帯して行ぐことが果して
可能であらうかという疑周が起ってくる︒われわれはこのよケ怨切点な疑問に甥して理論的並びに實践的に正し沖
解答を與えなければならない︒そしで最近の理論維濟學の殆んどすべてがか玉る疑問に封ずる理論的解答を輿えん マ ド ヅ ち としているといっても決して過言ではないであちうゆ失業問題濾いまや軍なる個人や産業の問題ではなくで︑實に
身重の問題でみる︒電そ画は資本主義における一つσ維濟問題ではなもて︑實に資本主重荷制全体の附題であるどさ
れるのも決して誇張ではない︒ピグウも認めているなうに﹁失業は資本主義的維濟組織の最も重大な害悪筏あり︑
感通主義的改造への最も張力な刺戟となっていサ釣・ ケインズも亦﹁我々の生活している癒脳潴砒倉の重要な歓
陥は・︑完全雇傭を提供し禦いとい書とであ﹄ど云う・そして﹁現代の案義的個人義集可避的繕︒
サ ロ さ びついている失業に︑世界は遠からず堪え得なく減るであらう﹂Uと述べていみ︒更にまたピヴアリツヂはその最近 !
伊
の著書に涛いで﹁維験によってか︑叉は推論によつでか・︑生塵手段における私有の慶止が完釜腔傭のために必要で
あるぎうならば・あ塵が禽されねばならぬ診にならあとまでいっている・失蕎題暴君れら羅
濟學者達によつて最も重大な課題とされ︑.﹁完全雇傭﹂の問題どして提示せちれているのも.實にか﹄る失業問題・︐の容易ならぬ重大さを物語っているからに他ならない︒しかし之れむの維濟黒糖蓬依共にこの至愚の重要性輩張調︑
しつ瓦もへ就會主義的遊撃選考におけ乃ご適適強制的な方法をさけて︑あくまでも私有と私塾︑能率と自由の資本
書聖体制を保持しつ玉︑なんらかの方法で失業問題の解決を圓らうとレ¥また圖り得ると信じて.いるようである刀
もとよりそこには理論的分析における見解の封立や具体的な達成難件の困難さについての認識の相違が見られるで
はあらう¢しかしそれらの封立や相違を超えて共通の目標ど共通の信念とがこれらの理論の基調となりていること
﹃も明らかである︒しかもなお今日︑資本主義体制における失業問題の解決︑即ち完全雇傭達成の可能性はこれらの.
論者達によってはまだ充分馨三論誰達てはいなかよう覧える︒
ととろで失業の問題がこ︑のように完全雇傭め聞題とされ馬資本主義体制全体の問題と迷れるようになったのは︑ ・ . 革 ・︑︑︑︑︐いうまで愚なく從來のごとを償格機構の自動的調節作用によつては吸尽きれえな㌔か識ケな大量の停滞的な失業が現
れたから庵る︒遡 .すれば︑た麦.蒔的に失業嚢生夷とるて撃滅しケるはつであると読ていた從來の ま 窮鳥的な信念を裏切るような事態が焚生したからである力しかもこの場合︑あくまでも資本主義体制の枠のなか
でボ葛藤を燧してゆこうとすれぼ︑どうしても梁轟昇藤利原劃多面的に議す乃こ濠メしか.
もそれを一差無風しうる歌うな方法によ必なけ轟ばならない︒失業が自動的な債格機構によってはとうてい吸早し㌃
えないことが朋らかとなった以上︑何かそれ似外の支桂を軍畑求めざるをえないのはけだし聖恩であらう︒しかも
斜格機構や需給構蓬に直接統制を加えることを輯來るだけ避けようとすれば︑囁か躍る要請をみた剛すものな隠家財政 ノ 欝 七
が . 曾
評
︑ 八
をおいては他たあり得ない︒國家財政はあちためて論ぐまでもなく︑資本主義的市場維濟とは異った濁自の運螢原
理をもつている︒我々はそ︑のような差別的な原理をいかなる贈に於いて遇えるにもせよ︑乏ズ角資本主義的な纏濟 ゆ っ ア ラ へ お ヒ も へ た体制内における一つの異分子であることには異論がない︒しかしそれはまた︑πあくまでも資本主義体制内の一興分
雪避たるに過ぎない︒換言すれば一鷹の形式的な運螢源理σ差別を超えて︑國家財政を大き風外から實質的に規定し・
包括しているものは2やなり資本主義体制の論理であり︑法則なのである︒失業愚妻を解決し︑完全雇傭を達成す
るために︑駅家財政が私有企業の行動準則を無観しケるといっても︑それはあ↑までも︑局部的であり一時的であ
るに過ぎない︒即ち國家財政窓また究極においては資本主義体制の制約から決して逃脱しうるものではあり得ない
ク う ギ ののである︒そしてか瓦る事情こそは︑墨家財政のごときいはば維濟外的な支柱によって完杢雇傭を達成し︑もしく
羅蓼ん享る統岩手著し蓬栄諸問題羨生せしめる髪となるであろ ・しかし今はその逗に藻 も譜︽立ちいることをやめよう︒唯とに角局部的にもせよ︑一時的にもせよ︑一資本主義的瞥利原則をいちおう離れて行橋tうる國家複が新た荏肇もつ.て登場し葎欝黍の橿嬉抗してゆくための.有力芸署して到
れたことはまことに必然の成行であったといわなければならない︒・かつては自由主義維濟學によつて︑失業は維濟
の自然的均衡過程において吸牧されうるものであると信ぜられて払疫︒そしで財政はむしろか製惹均衡過程を掩齪
ずる異質的要素として白限覗遷れていた︒しかるに今や薪たな理論炉心學においては失業はかえって現實の維濟の︑ ヒ ド ほ く不完全な均衡によつ.て獲生するものであるとされる︒そして財政はかNる均衡北の不完全性を補整するための政策
的手段であり︑失業を排除し完全雇傭を蟹現しうるような均衡歌態を齎らすための有力な武器として禮出せられて
・いるのである︒我々はそこに痛烈な歴史のアイロニ勾を感ぜ秀にばいられないであろヶ︒ ︐・ ・︐ ・
もちろん失業問題と闘家財政との結びつきは決して今日に始まりた問題ではないゆ我々はそれが資本主義成立以
ザ
︑策の夏鳶あっな達書ている︒索書藻制に不落的につ妻と糸況によ選集が嚢落か謬製
ド
.、ヘ倫理的な見地から嚇政策としての失業秘策を槽なければなら癒かり潴か転る失業寒露て.たとえば職
ノ ビ へ 業紹介︑職業補導h失業保瞼等の國螢もしくに財政的補助があげられるであらう.從ってそれちに要する経費は︑・
たとえば失業救濟費もしくはその他の形で支写せられのそれらがまた豫懸想入の上にあたえる影響について脇論議
のまと玉されていた②しかしながら︑今日完全雇傭と國家財政との結びつきが特た強調せられて塗るのは︑.既忽指
憂したごとくそれらとは全ぐ異りた意味に一よるのである︒鱒同じく朱業問題の財政的学理といりても︑︒その規模にお
いて︑またその方式に卜いて爾者の間に格段の相違があるととはいうまでもない︒しかしこれらの二つの方式を明
確に匠別ずる具体的な現れは一体何に求められるのであろうか︒我汝はそれを何よりも先づ公共事業政策忙見出す
であろう︒選て黍倫題は︑八・や完全儒歳家財政の問題として︑そもて乏くに公共嚢虫募澗書して・
・把握されなければならない︒かくして公共事業政策は如何なる事情のもとに成立しだか︑そ七てそれ億如何なる憂
遽を維過したか︒更に田本維濟に於てはごの政策が芝の程度まで有効であるかが明らかにされなければならない﹁︒
そしてこれらの聞題について若干の検討を加えんとずるのが本稿の目的なのである︒
ち お .笥三元的混合形態﹂警表現は財政學者リ孝工業よる︒但し彼はそれによって最誓統制門扉→デゐ的ご元警 倉軽減冒︒ξ︶もしくは﹁費本主義の婁謹濟﹂のみを意味しているのではなし︑里離主義以來の幽昼鳶政と市場経回の二
つを含んだ費本欄輕濟組織日貸を指している︒︵鴇麟昌の国帥註︒ンざQ①白適切ゑ坤冠需︒げ斜津鄭づ鳥国麟℃搾鼠齢紳一︒・⑦ゲの鑑鴇犀鉾ゑ嘗諾○げ餓壁
§同掴鼻Φ馨駄︒・曾嚇魯紀糞陣m畠昌老鴬毘養津ω・長⇔醤駐おこ⇔H・ω・どω・辰ご︑ . .
鋤ヒ・岩&篶観︼首◎<暁9富商藷︒ヒご爵・鼻自運雷肩富①︒島・貯国§急診量目寸︵園蓄︒暫難欝功銭︒皇酵g︒乾・︾.
臼悶欺幅O¢◎︒︒︶北野氏三三嚇;こ嚇頁℃ ・ ︒F︷. ・. 局簗ρ国σq◎qあ8芭謎鑓畷①誘緩9三富冨箪お︒︒メ蜀・ミ⁝一 ︑ ・⁝
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失業峯︑したがηて発不況重手としての公共事業の問題雀りあげ養え箋づ萎共事業L︵曽藝︒害・﹂
富︶そのものの.意義をいち誇う明らかにもておてごとが必要でもあレハま鞄便宜でもあろづ︒何となれば近來︑﹁公.共事業と考言葉が盛ん備いら垂・炉るにも拘らす︑必ずしも明確な意味をもつごとなく︑極めて腰昧モ℃多
講幣禁見ら鷲なで髪︒と・悔ろ蕩三塁︑綾上ふ孕から用ひちれて陰公共事業忽類似ル婆.葉
として﹁官公署﹂﹁公企業﹂﹁公釜企業﹂などという言葉がある︒もっともこれらの嘗葉といえども必ず︐しも.分明で
.はなく︑廣豊門義あ為のもあり︑また夫丸の解繹にも落雪の異同が見られるやうである︒たと死ぱ﹁公釜企業﹂乏
い書葉な詮・奢.鍵証會の動的公共的な需要を充足する目的を嘉・レかも集鱗茎的な性警馨る企 き業を藻して辱覧てそ窺禦る聡警も物財の繧もし臨料金の姿には・なんらか論禽叢が稜 瓶 舟9客囚Φ写①ω角三碧鐸︒邑臼げ8還g国号御隠器量労が︒巨石・鼠蜜B聲お鋤ゆ︒⇔認粉銘2憎︒︒・︒回・ ㌃樹≦鶴︑ヒδ①<︒擁認やも鐸零落蕗ε魯音切目濫ゆ︒一①門々ゆ偉憲鱒磐真言魂震傭の理論﹂︵馨藷八月越 ・所載︶によるQ
Mり︑財政現象の揮馨原理︑翻しくは形式概念をいかに規定するかは︑琳潮位における根本問題の一つであり︑ングナー・シ三タ
イゾ・シエッフレ・マルギツトカツセル・コルム︒リッチユルなど殆んどすべての財政學者によって種∵ダなる見解が表明せ
︒られている︒ . ︑ ・︐・
釣 國家琳政と世羅主義体制との構造的關聯をいかに把握するかについて竜︑ワグナ3とシ芦ダイyの論翁以來︑財政學におい︑で種々意見の分れるをろである︑璽の贔については︑拙稿漁家財政・の構轟論占グナーゾ婁イ望めぐつて
一﹂︵﹁勉會纏濟研究﹂創列號︶を参照せられたい︒ . ・ ・
ド ヒ セ じ 二 ︑︑ 脅 r︑■鱒
蚕 η ︐ . ﹁ あ ・ 肝 ・ 物
︑
れなければならない︒しかし必ずしも費用補償便格先るを要せず︑公典的利害に反しない限事に於て偉螢利企業た
りうる︒た壁その公釜的な性質の故に純然たる利潤追求のみを目的乏し得ない事情にある︒從って原則的には國家〆
り・文は公共意思みつからの維螢によるものが多いが︑公私混合企業たることもあP︑また翼翼及び公共團体の監督のも乏穏婆企誉レて難馨れゑともある・即ち粂形態そのも健挙しも禽たるごとを要姦准であ︐
.る︒しかるに﹁官公業﹂という場合は必ず國家領は地方解体のごとき公共團純によつて所有遷れ経螢せられる事業︐
もしくは企業をさしている︒もと為ど官公業というのは・︑近代的な二選馴度が整備せられる以前の重要な財政牧歩
め手段であった︒しかし殊にマiヵツ.チリズム.似後の自由主義維濟の進展と︑維常的な租税図入の増大に件りて︑
.墨家の意業活動は制限せられ從って官公業はしだいに縮漉せられて行った︒しかるに第一次世界大戦以後がΣる が へ ぐサ フエ ル レツセ冒選任の終悉と屈税実家の危警に伴2再び塞業は奨の儒を示七つ協乃︒帥ち量的に繍國民
資本σうちに蛍て占め魯公案の景象老ぐ養すると共に︑質的には從來纂業の墨壷まれていなかρ
たような資本主義二大企業の分野にまで進出し︑そσ性格を一攣せんとするに至った︒このように至近︑官公業が
ド ほ ノ う宏大進展した原因としては既に述べたごとく統制維濟の要講と租税筆入の不足の二つをあげるのが通論であるよ る へ ぼ ドへうである︒. 内 ・ . ︐︐ ︐ . \.︐
pところで今剰官公業の事業としては森林︒墾道・電車︒通信・水道・港灘∵土木︒學校︒病院︒算置・專壷等が
塗あげられて冶がご書は通常誘晶によつて次のよ歪分国られでい為︐即ちO財徴記入φ調肇主たる目的とするもの︑⇔公共的土釜を主たる目的とずるもめ︑及び国とれら爾瀞の混合しているものN三種類に分けら・
れている.しかじ華の轟妻蔭ては襲たる財臨むみを晶とするおゆる里家の私業譜的企諜ま.れであるとされているつしかも部費事業の場合にしても︑外見上は一鷹螢利企業の形態をと0ている泌はいえ︑專
︑辱準ご ㍉ 〜
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・費牧.入は實質的には鴻費税牧入と同一であることは今H一般に認められているところである︒そもて更に﹁租税國
豪の危機﹂に際を︑秘税封入を補充レもしぐはそれに代将ぺ青墨源とされて客蒲葵にしでも︑シ云
ぺ﹂タレも指摘するごとく軍に財政牧入の調達手段としては︑同﹁の私財企業から直接視及び間接税を徴牧する場 ミ ヨ げ ぜ合と殆んど實質的には大差がないとも見られる︒も謝そうであるとするなちぱ︑最近の官公業の搬大の原因をさき
に述べた通読のこキ租税輿入深足︑・從って新婁霞牧入の護に講んとする見解は.少く壱その誰誰
於いては當らないと見なければなぢぬ︒︑かくしてその原因はむしろ資本主義体制全般にとってのより根本的な統制
経濟の要講といふ事態に配せらるべきであり︑π租税選入0不足は軍にその二次鮒原因もしくは附薦的素養たるに過
ぎない︒いなむしろ宮興業がたとえある程度の財政牧入を獲得しうるともても㍉それは﹁偽裟された課税﹂として・
の心理的効果をもつ程度に止まるであらう︒しかも注手すべきととは︑資本主義的に維螢維持するとどが不可能で︑
あるような事業︵たとえば就會事業︑欄管玉書︶もしくは乱髪企業によると著しく肚禽的利釜を阻害する惧れがあ もるような企業︵たどえぼ猫占企業︶が官公青り新たな進出分野乏されている乏いう堂塔である︒⁝從ってこの場合億
國家は官公業の新たな進出によって資本主義的利潤を獲得し租税封入σ不実を補い︑も←くはそれに代えんとする
のでは決してな︽︑︐むしろ逆に國家的︵里馬的1︶肚禽的利釜に乏って重要な事業及び企業の建設維欝のための維・ や わ費をなんらか﹁の他の財政牧入によって補助し支弁せんとさえするので上る︒かくして官公業の問題は今や財政牧入 ︑︑︑の問題であるよりも︑むしろ維費支出の問題であると見なければならぬ︒一從ってそれはま売財政墨的槻黙のみに止 惣 擢︒らず︑ひちく資本主義体制全般の問題として把握されなければならぬ︒・しかも術それは國家財政に深甚なる影響を
もたちさすにはおかない︒囁嘗公業の問題が自由維濟の統制化や私的企業の砒幽思と結びついて華々しくとりあげら︑
れているにも拘らす︑それが資本主義的な財政金融方策によって賄はれる限り︑そこには多くの三型が潜んでいる ︒
〆
集
孝
〆
翁
ことをも見逃してはならない︒しかし官公業の縮少から振大への著しい局面の輻換を通じて︑官公業これ自休の本
質は不墾であるともいえる︒何となれば︑既に述べたごとく官公業はもともと純然たる財政倉入の手段たることは
稀であり.必ずそ之に多少とも公釜目的が豫定されていたからである︒即ち私的資本の玄冬原則によつては経螢し㌦難いに竜拘らず醜公共的砒愈的にみて重要不可飲であるとされるような事業︑撃ってまた私的企業とは競合しない
ような事業のみが從來官公業の主たる領域とされていた︒たとえばス︑︑﹀スは﹁自然的自山﹂の制度のもとにおける
富家の最小の三つの義務どして國防︑司法に次いで﹁公共事業﹂︵勺昌に◎ノ6警士もしくば﹁公共施設﹂︵℃9︸押回も・掌
一戸窺○どをあげている︒そして公共事業は﹁大きな耽愈にとっては最高度の利谷をもつているにも拘らす︑いかな
る個人も︑叉いかなる少数の佃人にとっても︑利潤によってはその維費を支弁しえないような性質の事業であるた
めに・個人や薬嚢の個人によつでは建設もしくは維持することを到底期待しえないような纂菊﹂であると規定して
いる︒しかもこめような官公業に封ずるいは璽自由主義的態度︑もしくは資本主義的原則そのものはなんら憂更さ
れたわげではなく︑むしろ欄熟期に入った資本主義維濟それ自体がかXる官公業の擬大進出を余儀なくせしめたと の.も見ることが出來よう︒またピグウの言葉を借りるならば﹁私的限界純生産物﹂︵溝廷σ9営為臨機ぎ8謬霧℃舅︒鳥饗導
の野田と﹁敢會的限界純生薩物し︵断鴛σqぼ巳⑭◎o欝︸u無畜︒無億簿︶の営営とが﹁一致﹂し︑もしくは一致しうると︒
信じられていた時代は︑官公業は縮少の傾向をとり︑三者が﹁分離﹂しその距離が増大すればする程︑その開隙を
うづめるべく︑官公業ぼ盛大の過程をたどらざるをえなかったともいうことが出懸る︒そしてこのことは恐らく官
公業のみに止らす︑租税︑補助金︑公債︑経費等の最近の財政現象一般についても︑い義うることなのではなかろ
うか︒たゴそのことが資本主義のわくのなかで行はれる限り曳一見するほど容易な問題ではないことは︑既に指摘
し充通りである︒ ︒
雫︑ ・ ︐ 一ミ
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一四 .一
ところで以上の考察により︑官公業もしくは公企業の意義もbくは問題についての一鷹の概槻がえられたとすれ ミぱ﹁公共事業﹂とば一体いがなる意味内容をもつものであろうか︵スミスば既に公共事業という言葉をつかっては
いる︶それは官公業や公企業と全く同意義なのであろうか︒それ巴もそこにはなんらかの竃違︑もしくは新しい意
チ ら 味があるのであろうか︒もしあるとすれば︑それは一体何であろうか︑︐ゲイヤーによれば﹁公共事業︵℃鼠講搾類守 ノ に ね
び地方公共團休の企叢にもとつく建設工事であるということ︑そして更にその資金が公債によって調蓬愛られると ・・︑.・ どもすべてこの同一のカテゴリーに記するとされる︒從ってゲイヤーによる公共事業.の定義は︑先づ第一に國三三 お ノ に 螢せちれるいわゆる﹁官業﹂の建設計書も︑また學校︑病院︑道路︑橋︑︐霊力電氣︑資源心嚢等の公爵的建設計叢な へ 建設孟春を包含している﹂そしでその例としては︑下イッの下道のごとく國家によりて所有され︑しかも猫立に経 お ガ ダ 冠圃Wという言葉は尊家及び地方の政府當局によって企書され︑しかも公債によって資添を供給せられたあらゆる
いう二黙に求められている︒帥ちそれは先づ第一に漠然と宮公営もしくは公企業そのものを意味するのではなくて
特にそれらの建設工事を指摘していることに注意しなければならない︒公共事業がしばしば﹁公共建設﹂︵団滋び副︒ . . ︑︑瓢︑Oo語義9㌶言︶とも︑特にまた﹁公共土木事業﹂とも稻竺られるのは︑か去る理由にもとつくからである︒﹁從って
それは國家及び地方公共團体の投資活動であるともいうことが出煮る︒たとへばある著書によれば﹁公共事業とは
も も も も も に ケ公共團休によって企てられた資本的性質の事業と解されねばならぬ﹂とされ﹁私的投資﹂︵覧三二6隔壁珍鑓ゆ導︶に謝
する﹁公共投賛﹂︵七昏に︒︸砦︒調法︒嫉歴︶といふ言葉と同意義に用ぴちれている︒第二に公共事業はその建設工事に
要する資本を公債牧入によゆ調達するととが特にグイヤーによって指摘せられている︒いうまでも鶴く從來で竜官.
公業の起業に際しては︑臨時に多額の資金を必要とするために︑その起業資金の調蓬は臨時的な公債牧入によるの
が常道であった︒﹁そして將來か隣る投資的支出によって生する直接の官業牧山か︑もしくは闇接の租税h牧.入によ
サ
■
.り⑥れらの公債が償還せちるべぎであるとするのが傳続的な財政々策で勘つた︒礎って公共磁歪が公債支出の形式内
壕るごとそれ竃屋告異ど慮に卜書い︒惚惚は懐う﹁公嘉言竃︒溺ゆ・σ胤愚.麟・︒Y畜極的遮
壷あげ︑監具体的諺書して國謬投資活動ど七ての公共事磐蝿番惚饗あると見る妻であろ︾
う︒我汝は宮公魚が今や財政牧入の問題である柔ゆも︑︑むしろ維費支出の問題とされているというととを指摘して・
おいたが馬︑公共事業はまさにその黙をついていみのであり︑我庚がのちに明らかにするごとく公債支出と直接結び 曳 ガ ︑ ︶. 冷臼 ︐ ︑r ・ . ⁝りいた蓋ハ溜華灘﹂の讐として参惇論ているの蕩る.虐遇つ虫垂﹁蓋ハ嚢﹂についお
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A築磯的姦念書をと還來たと思ふ.餐ばお備な公共棄は麻い盆喝藩瑠と巽講策
として回りあザられるようになつ︑%のであろうか︒. . r ・r 囁 ﹄ ゆ ・苅6●冒囚亀g︒・M日冨浮角︒晦冒三農﹂諭墨おb︒⑱ ︑ ノ・ . 凧
㌃動飼餐プ瓢居ゆ歴︒冠も荊Φ餐ゆ訟︒負①月・︐叶︒讃︒目・a↑鈴−︒三三ρ .. ︑丈︒﹁﹁︑r︑ . 甑.・ 司︑邑2砕︑︒︒囎但し木村元一﹁欝欝と統制紹濟﹂︵一橋論叢第+壱巻第﹃︐二號所載五冶頁︶による︒
〜舟三智営の巳夢四獣≦竃酔ぴ・h隊魯︒華墨硲團暑貯O毬廉き弘露9頃国︑・︒貸費 . \ . ゆ し ヴ
憎ロ驚や ︑︑ ㌦ 蹟\・︑ ﹁\ で ︑売 ∴ ︹︑︑鞭 ・・ フ.炉ρ罷σ⇒︒F爵︒曽︒8白営︒出尋農芸ρ奔げ昏︾おq︒・︒W即ド藁や出.ρ類σ⇔寧︑卜︒Qg魯貯汐葛︒二食g①︸唇い︒・㌣・,
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︑失業封策としての公共事業の問題が始めてと加あげられるようになったのは︑普通悪闘られているように︑
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一六・.■㌃
二九年の世界的不況以後ではなくて︑更に遡って第一次世界大戦以前の英学において黛あった︒邸ち匝九〇九年ロ
ンドンにおいて嚢表せられた﹁救貧法委員會少数者報告書﹂︵蜜冒︒ぼ身殉㊦娼︒騨oh昏の5団Oo周b節甫Oo甘實諾既ゆ鋭
ピ○盈︒詳ち8︶とそぼ︑∴不況による失業問題を解決するために︑公共事業の活用を提案した最初の試みであった︒
き オ ヨ ド ダそしてまたそれは公共事業によって景氣攣動を書志化せんとする理論の厚咲の里程標でもあったη英國に於ては救 ・
貧法の制定聴罪︑既に十九世紀の猟期瓜グ種々なる失業管長がこうぜられて端た②初めぱ失業考に封ずる軍なる金
銭及び現物による慈恵的な援助や救濟が散磯的に行焦れていたに過ぎなかった︒しかしそれちば箪に一時的局部的
たるにすぎす鼻しかも失業者に種々なる精薩的悪影響を與へ︑更にまた國庫の財政空負推をも加重せしあた︒かレ
る方式の完全なる失敦ののちに言あげられた第二の荒業謝策ば︑女業者になんらかの紫を與え︑相互σ需要鴬 へ充すために失業者を組織化せんとする方式であった凶勘ち授産場︵奢︒藁ど嘉︒︶や救濟事業︵菊池器h腐︒胃癌︶など
﹁がそれである︒しかしごれらも亦︑同じく失敗であった︒何となれば︑それらは何れも既に獲生した多数の失業者に︑しかもかれらが種粛なる職歴をもつているにも拘らす︑同一種顛の授産事業︑救濟事業にむりやりに從事せし
めんとするに巡ぎなかったからである︒かくし℃一方かNる從來の失業樹策の失敗にかんがみ︑他方不況によゐ失囁業姦の激馨穿にして・當時の英屡・なんちかの新た蓉理的な糞愚策を求めざ差えなかつ九−そして
ぴ ぎ げあたかもか塗る要講をみたすために組織せられたのが︑との﹁救貧法委員會﹂に他ならなかったのである︒そして ぬ之の委員會は多撒の委員による調盗︑研究︑討議の結果︑極めて注目すべき失業封策の新方式を﹁少数者報告書﹂と
して嚢表するに至ったのである・そこでは何よりも先づ失業の問題が慈蕊艀救急の雨意としての偶然的な個人的不.
幸では壊して︑選者の個人的な努力によってはい魔美しがたい蘂漏壷の愚弄とづ皇霊であみ
ととが彊調された︒即ち失業σ.原因は要するに景氣墾動にもとつく総勢働需要の不規則的な波動によるとされる︒
!
從って失業を防止し解決ずるためにはか罷る総勢働需要を常態化し李準化することが必要であるやしかるに現代の
産業組織においては二幅響動それ自体を直接排除しえないが故に︑なんらかの他の方法により間接的にこれを調整
しなければならない︒かくしてか瓦る目的を達成するための有効な手段として﹁公共事業﹂の活用が提案せられた
バ ノ う へのである︒報告書は次σはうに述べている︒ ﹁我々は政府がその資本的性質の事業に封ずる注文を︑より黒熊に調
点することによって︑ある年とその翌年にわたって総勢働需凄を平準化するためにかなりの効果をおさめ得ると.
信郭・﹂そしてこの提案が從來の失業藩事業と違う黙として装の四つがあげられている・帥ち剛︑失業姦が
激増して了ってから救濟するのではなくて︑その兆候が現れかけた時に直ちに公共事業を塘報せしめて失業を未前 まに防止する︒剛㎜︑しか葵働及び商・mの不必華人講聡警新たに創造ずるのてはな毛︑輩に政府が從來必要
としていた維常的需要の総額を時間的に増減調節するにすぎない︒轟︑異つ掩各種の職業についていた失業者群を
一括して直接就業せしめるのではな↑て個々の勢働者の仕事への適性に鷹じて雇傭することが出薫る︒四︑しかも囁
失業救濟事業の如く最低生活費に態じて手當が支給されるのではなくて︑普通の雇傭契約による夫汝の仕事に封し︐ サ へて普湧賃墾斐控臨︒馨その他の長所としては次の言奮のが指響れている︒帥ち政府豊町施
しなければならぬ公共事業の総経費を低減することが出肥る︒何となれば不況時貸おける低物言による諸物件費の
節約︑また低率利子による政府借入も可能であるからである︒更に産業活動の金体量を・増大せしめることが嵩來
る︒何となれば不況時における企業家の手控えによる遊休資本や失業警部などの生産諸要素を︑公共事業に吸牧す
ることにより生産的に使用し得るからである︒しかも政府借入により資金を調達するだめに︑租税母語による私企
業の雇傭減邊を謡うことなく隔総螢働需要を増大すること.が出來勉以上によって明らかな如く︑この提案の主要
バ ゆ腎的は慧智攣動による経濟活動︑殊に螢働需要の動揺を安定化するために政府需要及び公共事業を有効適切に操作
一七
︒ナ﹁回忌.口調占.㌦.︑.ピ...団∴.︑㌔.﹁∴ゴ﹁ン︑詰〜▽.︑ン.洲恭 5
せ遷す健ゑ︐.零てそれ縫來量なる藩的灘南藩事書説くそ薪糞にするみ書謹い遮
なければならない︒礎ってζの提案が當時極めて大をな注目のまとエなったことぼいうま・でもない︒ ・. ︒﹁㌦董︑つの表れと意義ぼ皇ツ美嚢よつて董れ餐窮の玉垂の量嘗婁量多︑黒・
憶ビ・く⇔・︑於蒼︑◎趨傷.濡場類け雷雲︶志げ謹とが纂曜︒皇ヅブのこの叢醐はい優﹁導者報夏場﹂の解︑・
論嚢のため箋.かれ奮ので盈といりても響でぼなか︒.彼も叉現代藩の鍵の憲誉誰撮因摘人.
.的な失敗や不幸に麦のぼ肇三何より発づ馨.的原因塚つ養生才︒遂と姦調する︒丸かるに從來の道議濟嶺桜︒濠多・跨塑︶が悪書ち㎏︑ま叢府儒写って轟め深獲極鳶遇の透りたご
とを鋭く指摘する︒そしで結局ごの新しい提案ζぞは悔失業問題を解決する最も有効適切なる方策で影堂として嶽轡・ ヘ ロ じ に ダ烈髪肇講し選る.彼聾︑盤盃それ操準藩らし賢げ︑図麟噸;劇海︶ψ考なもの嘉湾我々の力︒
ではそれを止めることが禺來ない︒しかしそのために風邪を引かないように︑オーバ.ポコーー謡輩着るととは寓來・ ら あ ルる︒そしてそめオーバゴtすの役目をなすものこそ︑一之の公共事業に他ならないゆしかもζのオコパ3rトは何も
契に買青めを要鮭い鴻澗に︒ム・港L悪童なのであ劇拳通言容なんらの饗もかけす︑肇讃を使うセい奏概要が饗であるに響なと︒それど落かむ彦反灘公共蘂の饗心々するこξす
撫養蔽肇裟ら墨画菟てい悔失叢濟肇髭べて.釣れ淫蕩素望しい提案であったこと
か漕しかも提案者の重要な一入であるボーレー博士の計算によると︑好況もしく︐ぼ安定期に鋤けみ政府の毎年の公げ
ダ じ ド ヒ ぱ共事業経費の僅かに三%もしぐは四%のみが年熱傷鎌され︽.ご轟ムの蓄積を不況開始期に一博的に放曝す蓄ならば門
囁 鍛 ・ ﹁ ¶ 四 ・ 肝 ﹁﹁ 炉 躍
め も も も ほ んることは︑との補整的公共事業政策のもつ二つの効果︑即ち︑直接の公共事業雇傭のみならす︑それによつて刺戟
される二次的雇傭による総雇傭量の増大という効果及び納税奢の購買力を減少せしめなければそれにもとつく雇傭
減少を招くととなく︑むしろ遊休生塵要素の雇傭により却って生産力を塘大せしめうるという効果が既にその當時
曙示せられていたというととである︒ウエッブはこの公共事業政策のもつ雇傭塘加の可能性に託すゐ二つの重要な
批判を反駁している︒帥ち第一は政府の公共事業もしくは公共需要の量を以てしては︑起り得べき失業者数を雇傭く
するに不充分であろうという批判である︒これに幸してウエツブは公共事業め封書となりうる産業部門が限定さ
れ︑その需要量が極めて少いというごとを承認しづ玉も︑失業の﹁波及性﹂︵周礪鶏び︒養繊99︶という経濟斜照現象
を逆用して雇傭の︑﹁波及性﹂を強無してい秘︒もとより嚴密な維濟學的用語を使用しているわけではないにして
も︑そとでは投資財部門における公共事業による雇傭増加が︑聞接に蒲費財部門に齢して二次的雇傭櫓加を輿へ得
るといケことが示唆されているのである︒次に第二の批判は納税奢の個入的な購買力を減少せしあるごとによつて
のみ政府購買力の五加が可能となる以上︑不況時における総雁前事増加の政策は失敗に面するのであろうというご
とである︒か護る批判に織しては伺より竜先づその根糠となる資本量及び産出量の一定という當時の古典派経濟理 わ■論の假定それ自休の誤謬が反封に指摘され︑不況時においては勢働の失業と共に﹁資本の失業﹂もまた存在するこ
とが強調されている︒從って不況にさき立つ数年聞の好況もしくは安定期において劫田保された公共事業維費の集沖
支出の方法によるにせよ︑またその反封に不況時における公債の御行とそれ以後の定定期における償還の方法によ
るにせよ︑なんら納税者の所得もしくは購買力を減少するととなく︑かえって︑遊休資本の生魚的使用によゆ粂休
の塵出量を廓大せしめることが出曲るとしているのである︒以上によつて明らかな如.く︑景鼻革動を補装せんとす
るこの新たな﹁補装的公共事業政策﹂︵Oo幽趣魯雷8蔓繋目げに︒譲藁葺もOHぱ図︶の提唱は︑たとへまだそこには貨幣
や 厨 イ . が 7 一九
弾
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政策的効果分槍討や︑維濟理論によゐ充分な基礎付けが見られなかったにも豊よ﹁その後における補整的公共事業
政策理論の原型をなすものであったというとどが回心よう︒︑・. .魂 . ﹁︐ .︐.︑・
そしてま孝この提集はウエツブによると︑特に一九一〇年の﹁開獲及び道路改鞍贅金法﹂へ紀適用され︑この法案の實施に當って.はつねに勢働市揚の歌態を考慮すべきことが恋心において張廃せられたといわれている︒しかしもとよサそれは全面的にとりあげ
ボ じ ば られた謬ではなく︑ 磁九西嶺年以後照臨⁝整賄罫策は一時柚に下火㌦となった喝もとより職争の問題が失㎝業問題より蓬かに重要となった
からである︒ ・ ・ ﹁ ︑ ㌃︑︑︐ ︑ ︑ r鐸 . ︑ ︑ ・
これに反して︑アソリヵにお小てはその溝上やく急激な工業⁝化の進行に俘って失業問題が深刻化レて來た︒失業者のためのフ符ンテイ→選燈下に到蒸する異莱︑從來喫的奏欺菜幸κ讐られていた糞が谷や始め蓬業羅の鰻として肚
會的にとりあげられるに至った︒かくして嚇九一四離世界大裁勃襲盛時︑短期間ではあるが︑深刻な不況に見まわれたアメリカに︑
おいて失業問題に蘭する委員會がご三の都市において設⁝置せ・られ︑.研究調査を開始した︒そ︑の結果こ恥らの委細會は前塾の英園救
貧法委員會の.補整的公共事業政策を採用すべきごとを主張した︒その現れとしては﹁アメ磁力に於ける失業救濟のための費践欝欝﹂
ラ ヘノ も︵一九董醜︶や薗家政策;雇傭安定のための公共轟悉︵ 9一九一九年︶等の著書論丈を酸げるこどが塒來よう︒更に一九一九
年ワシゾトンで⁝開催された﹁國際勢働會議﹂︵H拶紳母影勲慧○昌纏・ピ掬び②難色Oo謬晦Φ冠ΦげOΦ︶においても公典事業を失業問題のために利肥す へ い モ べきであぢという嘩合せが行信れた︒・この時津來この會議ば公共事業政策の最亀熱心な支持者となり︑それに關する研究を逐次難
︶ ︑ ︑ り へ︑した︒↓九一二年に再びアメリ吻は深刻なる不況に襲われ︑大規模な玉無問題に遭遇した︒﹁失業め謁する大統領の會議﹂.︵切塊霧劉氏①ゆけOo昌騰Φおげ︒①o晦d賢Φ蓉づぎ望営①暮︶︑が一九二一年yシントンで開催され︑景病期動を相殺するために公共事業を活用すべきで
あ野︑この共同鷺約を達成す煮ために¥φらゆる公共團体が︑ヅ致協力すべきであることが張覚せられた︒そしてこれらの提察は賞心技衝者︑勢働者︑璽馨2般的な支捧をう健︒輝濟學欝発︑これらの研究を壷鐙と若げた︒しかし彼等の努力
・は主として︑補整的公共事業政策のより慣重な具体的な分析に向けられた︒た乏えぱ後に蓮べるように實施上の存欧的困難︑賓金調達の.譲︑.私曇働霧との縷︑景嘉定箏し汚釜ハ嚢の養性の懸など轟論曽欝欝た︒㌧\
一九二九年の十月ウォール街の取引所における株債大暴落に端を獲した世界恐慌は︑その深刻ざにおいて未曾有 な じ り う ウ げの劃期的なものであった︒これによって︑景氣政策のための公共事業の問題も亦より一事熱心に論議されるよケに
なったごとはいうまでもない︒しかしまた︑この頃よσ公共事業政策の重黙のおき方に重要な攣化が現れるに至っ
た︒いはば不況それ自体の質的攣化に即益して︑その不況蝉声たる公共事業政策もまた當然新たな縣換をよぎなく
・せられたのである︒なるほど景品群動を安定するための公共事業の使用は依然として圭張された︒しかし從來の如
く軍に景氣上巴を補整し墾準化するというだけではなく︑むしろ沈滞せる私企業を刺戟するととによって︑不況そ
も ロ コれ自体を克服し打開するた劫の公共事業政策が提唱せられるようになった︒換言すれば︑維常的な公共事業の時聞
的集中によって軍に私的投資や私的雇傭のギヤツブを補墳せんとするのではなくて︑今や公共事業の大規模な膨脹
によりて溝費者の購買力そのものを増大せしめ︑それを通じて私企業の生産を刺戟し回復せしめんとするのであ ゆ る︒かつてはウエツブによって不況は季節的な﹁こがらし﹂として︑それ自休如何ともしがたいものとされてい
た︒そしてまた公共事業は軍にその塞きをふせぐ受動的な﹁オーバーコート﹂たたとへられていた︒しかるに今や.公共事業はむしろ不況を魂服するために沈滞した維濟歌態に新たな刺戟と活動を輿へるための積極的な﹁黙火器﹂
として︑もしくは﹁ポンプの呼び水﹂としての能動的な役割をになうよ︒うになった︒もとよゲ爾.者とも維濟活動の
安定化︑失業の防止という窮極の目標のために公共事業の不況たおける膨脹と好況における縮減とを主張するとい
う黙においては篤公共事業政策のもつ共通の構想のうえに亙りていると見て差支えない︒診しかb・より直接的な目
標なり着腹となると︑爾者の間には︑一よほどの差違があることもまた否定し難いところである︒しからばなぜ公共
事藁政策の上にそのような大きな麺北が現れな廿ればならなかったのであろうか︒それは何よりも先づ︑一九二九.
年を契機として政策の封象としての不況それ自休が量的︑質的に大きく鍵化したという罐一・災難事實に求めらるべき
であろう・即ちかつての小規模な周脚的な不況は今やその性格を一出して・大量の失業者の氾濫・崩際貿易の動据
乏崩壊︑そして自動的回復力を喪失した慢性化というような危機的檬相をすら塁するに至った︒即ち直接の原因が
ノ のド う ド ゆ ㌔. ・ ほ 雫 F ︑ 一二 梅
諭 \ ﹁ ㌧三二一
何守あるにもせど︑6とに角資本主義の上昇期においては恐慌は周期的であり︑失業は︸時的であるとされていたの ロア が︑い衷や欄熟期に入るに及んでいわゆる﹁停滞的恐慌﹂﹁構鎧的失業﹂が現れたのである︒從って軍なる経常的 ほな公共事業経費額の時聞的な︻︐やひくり﹂によって不況の結果︑即ち私企業の萎縮や雇傭量の低下を冊接的に相殺 パし中和し補填しよう遜るようななまぬるい從來の方式では用をなさなくなった︒多重義窒機讐根底からゆ
り動かさすには誇かないまうな不況においては撫一刻竜早くよぴ強力な手をうつご乏によって︑か殴る危機から厭脱
却しなければなちない︒そこに我々.は公共事業政策の蒋換の第一・の根本σ理由を見出すことが書留よう︒しかしま
た︑それに俘って不況に封ず為見解もレくは態度の図化というととも注財されなゆればならない9たとえぼ補整政 .覧
策の熱烈な支持者であったウェツブは言っている︒ ﹁我々は周期的な不況それ自公を防止することは出來ない︒何
該橡その原因事々藩聾し得ない壱ろで曽︑︐謬は哉あ歪な智識姦えたものですちあるから還
るゆ﹂しかしこ玉では維濟學における量薫製動理論の展開による不況の理論的分析を通じて︑その原因をつきまめ︑
講演屠れ監僧叢論除去せん−どする極めて積極的な態度や方策が要求せられる︒不況時における帥労働需要の減邊の根本
原票何で融かを問うことケ︑愛心その結果を受動的間接的握選て行こ愛す宏共嚢政策ではなぐ
て︑不況の翼の原因が何よ夢も先づ購買力もしぐはh有効需要しの不足にもとグく壱のであると見て︑その原因を
能動的積極的に調整せん乏するところに新しか公共事業政策のねらいがある︒七かもこの場合公共事業投資の膨脹・
による所得増大を通じて青紫的効果が齎ら濁れ総雇傭量を著しも増大せしめうる酷なす﹁雇傭理論﹂がその有力な
い わ グ一支柱とざれている︒乳我々が既に指摘した如べ蕎い補整叢話兆事業政策においても︑そのような効果が金然無観され の タセ悟森で縫かつた︒黒めて筋芽的な形では融が︑維輩的批判に封ずる尊宅薫傭の﹁婆性﹂め橿
淋既にウエツブによって認められていた︒た虻それは補整的♂公共事業政策の不可歓の本質的な効果でばな父︑いわ
〜
辱
「
・♂ ヘロば副次的な効果として指摘されていたに過ぎなかった︒しかしこ瓦ではそれがむしろ何よりも先づ︐一義的な目標と し茎面的根本的にとりあげられてい診である・しかもあよ な公共事業肇それ楳の韓換は蓼が後栃
らかにするまうに︑他面においては通貨政策の進展をも意味していた︒鱒換言すれば︑不況克服のための通貨政策の
行きづまりを打開すべき新たな重要な武器として膨脹的財政凡策︑なかんづく公共事業政策がとりあげられるに至︑
つたのである︒ . ﹂ ・ −
公共事⁝業政〜策のかNる新しい異った型が最初に現れたの.は一九二八年であり︑その最初の丈献としてはプオスタi︒キヤツチシ
〜グス﹁遵饒への滑こ︵蜀○馨㊦り鎗凱O無︒︸凱bσQ9臼げ︒闘つ⇔創3男剛Φ護ε︑鴇H露◇っ.︶那あげられる︒その後カーンの﹁阻内投資の失業に封
ずる關係﹈︵ぎ.目図昌詳日9皆夏営・︒入国︒藷H身①魯ご㊦碁9d國自益ざ菅お言円融自︒§︒乾︒句2舅茎重.図ピH翼鐸︶
やケーンズの﹁繁榮への途﹂︵﹃・寓・囚①賓ぴΦ︒︒︸8ケ①りhΦき︒Q↓○瑠ヒ︒︒︒℃曾欝ざHり︒っG︒︶などが書かれ何れもこの新しい型の公共事業欧
策を.主張した︒更に英國の王立園際問題研究所︵騨︒矧鎗︑囲謬珍搾轟Φ亀洲舞Φ導ρ葛︒づ巳レ驚鼠諺︶における里心貨幣問題研究グルー
プの最鞍出昆青・﹁貨幣政策の將來﹂︵日プΦ岡9琿財①q鴨ソ納︒ぼΦけ⇔蔓℃Q甥◎どHO¢◎α欧も亦麺貨政策と公北山難業との⁝骨斑についでの重要
φな丈献として見逃がすことが碍來ない︒そして最後に我々はこの新しい公共事業政策に重要な麗論的年期を提供したものとして著
名なケインズのコ般理論﹂をあげなければならない︒しかしそれらについて我々は更に章をあらたみて検討することとしよう︒
呪 燈 巳 ∵ . . 囁調 5 龍
○◇へτφα恥Qウヒ。ト4
))))))))タδび草8凶動壷男・Hゆトー切︒ . ︑ 臼び①學憶嵩O鼠ぴ唄尉①℃O暮●憎・Hお①・ . 盗臼6団gム認鶏三8ゴ︐Φ暮り目6津Φお窪目9μohb①答言江2げお賦勺拶旨O・ 一藪幽G殉.μHりGQ. ︻ ︑ ・ 凶ぴ缶●v囹︒H8Φ⑪● 臼げ㊦ソ顧甥○嵐ぴ団男醸︸2.貯︷蕩ユ︶①℃Oo穏b費朔Oo彰同ご鍼︒・囲○ぎ岩OPづμおα・
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