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表現の自由・知る自由に対する制限 ―平成

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(1)

令和元(2019)年度 学位請求論文(博士)

表現の自由・知る自由に対する制限

―平成

29

12

6

日受信料訴訟最高裁判決を契機に―

日本大学大学院法学研究科 公法学専攻 博士後期課程

天 野 聖 悦

(2)

i

序章

第1章 「知ること」の法的性格―知る自由と知る権利

1

はじめに 1

2

判例にみる「知ること」についての用語法 1

(1)「知る自由」という用語 2

(2)「知る権利」という用語 5

3

学説にみる「知ること」についての用語法 9

(1)「知る権利」の確認まで 10

(2)「知ること」の区分と根拠条文 11

①知る自由 11

②情報開示請求権としての知る権利 13

③特に意味をもたない国民の「知る権利」 20

④情報受領を強制されない自由 24

⑤知る義務 25

4

小括 26

第2章 基本的人権と「最小」の規制

1

はじめに 28

2

近代立憲主義の概要 28

3

権利の保障 30

(1)ロックの自然権思想 30

(2)ロックの思想のアメリカへの影響 31 (3)ロックの思想のわが国への影響 32

(4)日本国憲法における基本的人権その他の自由及び権利 33 4

権力分立 36

(1)自由を保障するための権力分立 36 (2)日本国憲法の権力分立 39

(3)違憲審査権の導入 40

5

小括 42

(3)

ii

1

はじめに 43

2

最高裁の理解する「公共の福祉」 43

(1)他者加害の禁止 44

(2)国家の存続維持のための制約 46 (3)その他の利益の保護 47

3

学説の整理 49

(1)公共の福祉の相互関係 50 (2)公共の福祉の内容 56 (3)パターナリズム 66 4

小括 68

第4章 表現の自由・知る自由に対する制約と審査基準

1

はじめに 69

2

判例にみる違憲審査の方法と基準 69

(1)目的と手段の審査 69

(2)「二重の基準論」の受容と審査基準の類型 69 3

学説にみる審査基準 71

(1)アメリカ型審査基準 71 (2)ドイツ型審査基準 74 4

具体的判例の検討 76

(1)屋外の集会の自由 76 (2)屋内の集会の自由 80 (3)言論の自由 82

(4)情報受領に対する制約 89 5

小括 91

第5章 最高裁受信料制度合憲判決とその周辺

1

はじめに 93

2

下級裁判所における「知る権利」と「公共の福祉」 95

(1)東京地方裁判所判決 95

(4)

iii

(3)知る自由の保障範囲が被告の主張より狭いもの 100 (4)東京高等裁判所判決 100

3

法務大臣の見解 102

(1)公共放送を視聴したくない自由 102 (2)民間放送を視聴する自由 103 (3)公共放送の社会的使命 104 4

最高裁受信料合憲判決 106

(1)放送法64条1項の憲法適合性について 106 (2)放送法上の知る自由の可能性 107

(3)放送法上の表現の自由の可能性 108 5

放送の二元体制 108

(1)二元体制の採用と目的 108 (2)公共放送を維持する制度 109 6

常時同時配信と受信料 113

7

小括 115

終章

(5)

iv

日本国憲法のもとで、すでに70年近く受信料制度が維持されてきたが、「視聴しないもの に、なぜ、受信料を払わねばならないのか」という声が日に日に増しているように感じられ る。

平成29年末、最高裁判所は、公共放送の視聴の有無にかかわらず、受信する環境にある者 が公共放送の維持に必要な負担をするものとして、現行の受信料制度を合憲とした。この判 決は、民放のみを視聴したい者だけでなく、現在、テレビを所有せず、もっぱらインターネ ットのみで情報収集している者にも、受信料に対する疑念を抱かせることになったようであ る。というのは、まもなく実現される見通しとなっている公共放送のインターネット常時同 時配信にも、現行の受信料制度が適用されるとなれば、テレビとは無関係であったインター ネット利用者まで受信料が課されることになり、この受信料を回避するにはインターネット の使用自体を放棄しなければならない可能性があるからである。

そこで本稿では、一般の感覚では受け入れがたいこの判決が、どのような論理で下された のか、裁判所の人権保障に対する姿勢はどのようなものなのかを辿ることとした。

(6)

1

第1章 「知ること」の法的性格-知る自由と知る権利

1

はじめに

「知ること」は、個人の人格形成のためにも、民主的な社会の維持発展のためにも不可欠 である。この世にたった1人しか存在しなかったとしても、その人は自己の生存を維持するた めにも自然界で起こる様々な現象を知ることを望むであろう。人が集まり始めると、そこに コミュニケーションが生まれ、それぞれが知っていることを相互に交換するようになる。集 団が大きくなると、情報の受け手を具体的に認識することは難しくなるが、情報の送り手 は、誰かが受け取ることを期待して情報を発信する。さらに集団が大きくなると、情報を専 門に扱う者と情報を受領するだけの者とに分化し、情報の偏在が見られるようになる。いず れ集団の中に統率者が現れると、統率者を中心に秩序ある集団(さしあたり「社会」とい う)が形成される。統率者は、ときに私欲で、ときに真に集団の構成員のために、情報の流 通を統制したり、集団の構成員の持つ情報を収集したりする。集団の構成員もまた情報を求 め、ときに統率者と対立したりする。およそ現代の国家もそのような集団であろう。

では、この何等かの情報を「知ること」という、人類誕生以来の当然の行為は、法的には どのように理解されるのか。わが国内の状況を整理する。

なお、ここで「知ること」の対象となる情報とは、「思想・信条・意見・知識・事実・感 情など人の精神活動にかかわる一切のもの1」よりも広く、自然現象などの単純な事実でも、

人以外のもの、つまり動物や人工知能によって表出されたものであってもよい。またそれら を認識できるようにするものは、文字でも、音声でも、写真でも、その手段は問われない。

他者が認識できる状態になっているあらゆるモノが情報である2

2

判例にみる「知ること」についての用語法

法の解釈にあたって、多少なりとも強制力を伴う解釈権限を有する機関の1つに裁判所が ある。同様に解釈権限のある国会や内閣が、国民の「知ること」を制約する立法や処分をな した場合、その侵害から国民の「知ること」を保護するのが裁判所であるから、最高裁判所

1

佐藤幸治『日本国憲法』(成文堂、2011年)249頁

2

渋谷秀樹『憲法 第3版』350頁は、情報発信に限定した狭義の表現行為として「他者が理

解できる意味内容(メッセージ)をもつ情報を発信する行為」と定義する。「他者が理解で きる」とは認識できるという程度の意味だと思うが(そうでないと芸術には理解できないも のがあろう)、「意味内容」をもつというのはどういう意味であろうか。意味内容は情報の 受け手の判断にまかせてよいだろう。

(7)

2

が「知ること」をどのような用語で表現し、それをどのように位置付けているのかを整理す ることは重要である。まず、日本国憲法12条が「この憲法が国民に保障する『自由及び権 利』」と規定していることを契機に、「知ること」における「知る自由」と「知る権利」の 存在を確認する

(1)「知る自由」という用語

以下の判例に「知る自由」という用語が確認できるほか、知る自由と同様の意味と考えら れる情報収集に関する自由がみられる。

①「悪徳の栄え」事件(最大判昭和44年10月15日刑集23巻10号1239頁)

マルキ・ド・サド『悪徳の栄え』を翻訳出版したところ、そこに含まれる性描写がわいせ つにあたるとして、わいせつ物頒布等の罪に問われたものである。

多数意見は、「チャタレー夫人の恋人」事件(最大判昭和32年3月13日刑集11巻3号99

7頁)で示されたわいせつ概念との関係に終始したが、反対意見の中に「知る自由」について

論じる箇所が見られる。色川幸太郎裁判官は「憲法21条にいう表現の自由が、言論、出版の 自由のみならず、知る自由を含むことについては恐らく異論がないであろう。辞句のみに即 していえば、同条は、人権に関する世界宣言19条やドイツ連邦共和国基本法5条などと異な り、知る自由について何らふれるところがないのであるが、それであるからといつて、知る 自由が憲法上保障されていないと解すべきでないことはもちろんである。けだし、表現の自 由は他者への伝達を前提とするのであつて、読み、聴きそして見る自由を抜きにした表現の 自由は無意味となるからである。情報及び思想を求め、これを入手する自由は、出版、頒布 等の自由と表裏一体、相互補完の関係にあると考えなければならない。ひとり表現の自由の 見地からばかりでなく、国民の有する幸福追求の権利(憲法13条)からいつてもそうである が、要するに文芸作品を鑑賞しその価値を享受する自由は、出版、頒布等の自由と共に、十 分に尊重されなければならないのである。」と指摘した。田中二郎裁判官も反対意見のなか で「表現の自由や学問の自由の保障は、これを裏返して言えば、読み、聞き、見、かつ、知 る自由や学ぶ自由の保障を意味する」と述べる。横田正俊裁判官も、「表現の自由の保障 は、われわれ個人が価値ありと信ずるところを自由に表現することができ、したがって他人 にそれを知る自由が与えられるところにその意義がある」と述べている。

(8)

3

②輸入書籍等の税関検査にかかる事件(最判昭和54年12月25日民集33巻7号753頁)

頒布目的で輸入し、申告した書籍が、輸入禁制品である「公安又は風俗を害すべき書籍、

図画、彫刻物その他の物品」に該当するとされたことで、関税定率法21条3の規定による税 関長の通知等が抗告訴訟の対象となる行政事件訴訟法3条2項にいう「行政庁の処分その他公 権力の行使に当たる行為」に該当するかどうかが争われた事件である。

輸入禁制品に該当するかどうかは争われていないため多数意見は何も言っていないが、高 辻正己裁判官補足意見は「書籍、図画等の物品は、多くの場合、思想の表現を内容とするも のであるから、これを思想の表明・伝達の行為に用いて一般の視聴に供することの自由が、

その半面においては、一般の視聴に供されたそれを視聴することの自由が、憲法21条1項の 規定によつて保障されるものであることは、明らかである。」と述べている。

③よど号ハイジャック新聞記事抹消事件(最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁)

国際反戦デー闘争および佐藤栄作首相訪米阻止闘争に参加し、逮捕・起訴され、東京拘置 所に勾留・収容されていた被告人らが拘置所内で私費で定期購読していた新聞について、監 獄法令に基づき、「よど号」事件に関する記事を黒塗りにして配布した事件である。

多数意見は、「知る自由」とも「知る権利」とも言ってはいないが、「およそ各人が、自 由に、さまざまな意見、知識、情報に接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個 人として自己の思想及び人格を形成・発展させ、社会生活の中にこれを反映させていくうえ において欠くことのできないものであり、また、民主主義社会における思想及び情報の自由 な伝達、交流の確保という基本的原理を真に実効あるものたらしめるためにも、必要なとこ ろである。それゆえ、これらの意見、知識、情報の伝達の媒体である新聞紙、図書等の閲読 の自由が憲法上保障されるべきことは、思想及び良心の自由の不可侵を定めた憲法19条の規 定や、表現の自由を保障した憲法21条の規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として 当然に導かれるところであり、また、すべて国民は個人として尊重される旨を定めた憲法13 条の規定の趣旨に沿うゆえんでもあると考えられる。」として、「閲読の自由」と表記しな がら、情報を入手する自由について述べている。

④輸入書籍等の税関検査にかかる事件(最大判昭和59年12月12日民集38巻12号1308 頁)

欧米所在の商社から8ミリ映画フィルムや雑誌・書籍等を取り寄せたところ、そこに含まれ る性描写が税関で「風俗を害すべき」輸入禁制品に該当するとされ、頒布目的ではなく、単

(9)

4

純所持を目的としたものであったが受領できなかった事件、いわゆる「税関検閲」の問題で ある。

多数意見は「表現の自由の保障は、他面において、これを受ける者の側の知る自由の保障 をも伴うもの」として、「知る自由」の保障を示している。

⑤北方ジャーナル事件(最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁)

公職の候補者に関する雑誌記事が、名誉毀損にあたるとして、発売前に予防的に、印刷・

製本、販売等の禁止の仮処分がなされたため、株式会社北方ジャーナルが仮処分決定は憲法2

1条の禁止する検閲および事前抑制にあたり表現の自由を侵害するとして上告した事件であ

る。

「主権が国民に属する民主制国家は、その構成員である国民がおよそ一切の主義主張等を 表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中から自由な意思をもつ て自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成され、かかる過程を通じて 国政が決定されることをその存立の基礎としているのであるから表現の自由、とりわけ、公 共的事項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならない もの」と「情報の相互受領」という表現をしている。

⑥法廷メモ事件(最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁)

研究の一環として所得税法違反事件の傍聴席でのメモ採取を希望し、7回にわたり許可申請 をしたが認められなかった事件である。

多数意見は、よど号ハイジャック新聞記事抹消事件を参照しながら、「憲法21条1項の規 定は、表現の自由を保障している。そうして、各人が自由にさまざまな意見、知識、情報に 接し、これを摂取する機会をもつことは、その者が個人として自己の思想及び人格を形成、

発展させ、社会生活の中にこれを反映させていく上において欠くことのできないものであ り、民主主義社会における思想及び情報の自由な伝達、交流の確保という基本的原理を真に 実効あるものたらしめるためにも必要であつて、このような情報等に接し、これを摂取する 自由は、右規定の趣旨、目的から、いわばその派生原理として当然に導かれるところであ る。」としている。

(10)

5

⑦岐阜県青少年保護育成条例事件(最判平成元年9月19日刑集43巻8号785頁)

岐阜県青少年保護育成条例は、図書の内容が「著しく性的感情を刺激し、又は著しく残忍 性を助長するため、青少年の健全な育成を阻害するおそれがある」と認めるとき、知事は当 該図書を「有害図書」として指定し、業者にはこうした有害図書を青少年に販売・配布・貸 付け・自動販売機への収納を、罰則をもって禁じるものである。それに違反したとされた業 者が、「有害図書」指定は憲法21条等に違反するとして訴えた事件である。

多数意見での言及はないが、伊藤正己裁判官の補足意見で、法廷メモ事件が参照され、青 少年と成年とで「知る自由」の保障の程度が異なることが述べられている。

最高裁にみられる「閲読の自由」「知る自由」「情報の相互受領」という用語は、いずれ も情報を受領するという受動的行為を意味している。最高裁はこの意味の知る自由を基本的 には表現の自由から引き出すが、思想良心の自由や幸福追求権からも派生するものと理解し た。知る自由の制約には、(a)情報の送り手が規制されることで、情報の受領が制限される場 合(判例①②⑤)と、(b)情報の発信は制限されないが、情報の受け手が規制される場合(判 例③④⑥⑦)とがあることがわかる3。前者は表現の自由の制約が緩和されれば情報受領の自 由が拡大する関係であるのに対して、後者は情報受領の自由の制約そのものを撤廃しなけれ ば自由が回復しない場合である。

(2)「知る権利」という用語

以下の判例には「知る権利」ということばが確認される。

①博多駅取材フィルム提出命令事件(最大決昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁)

米原子力空母エンタープライズ佐世保寄港阻止闘争に参加する途中、博多駅で下車した学 生に対して、待機していた機動隊によって加えられた行為が特別公務員暴行陵虐・職権濫用 罪にあたるとして関連団体が告発したが、不起訴となったため付審判請求をしたところ、審 理を担当した福岡地裁が放送4社に刑事訴訟法99条2項に基づいてニュースフィルム提出を

3

判例②と④は、海外で公開されている情報が輸入禁制品にあたるとして税関で留め置かれた

ため、情報を得ることができなかったものであるが、②は国内での販売、つまり国内での新 たな公開とみて、表現の自由の制限とした。④は個人の単純所持で、国内で公開することを 想定していなから、知る自由の侵害とした。

(11)

6

命じたことに、放送4社が報道の自由の侵害と提出の必要性が希薄であるなどとして抗告をし た事件である。

多数意見は「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、

重要な判断の資料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものである。したがつて、思想 の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のも とにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつため には、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし、十分尊 重に値いするものといわなければならない。」と述べる。

なお、この判例は、後に、国家公務員法違反外務省機密漏洩事件(最決昭和53年5月31日 刑集32巻3号457頁)、輸入書籍等税関検査事件(最大判昭和59年12月12日民集38巻1

2号1308頁)、リクルート事件にからむ日テレテレビフィルム押収事件(最決平成元年1月 30日刑集43巻1号19頁)、TBSビデオテープ押収事件(最決平成2年7月9日刑集44巻5

号421頁)など報道の自由と取材の自由が関係する際に参照される。

②全逓名古屋中郵事件(最大判昭和52年5月4日刑集31巻3号182頁)

全逓信労働組合名古屋中央郵便局支部は、同労組中央本部の指令により勤務時間に食い込 む職場大会を遂行した等により、郵便物の取扱いをしない等の罪等によって起訴され、公営 企業体職員の争議行為を禁止する公共企業体等労働関係法17条の憲法28条適合性が問題と なった事件である。

多数意見には「知る権利」への言及はないが、下田武三裁判官意見は「また、憲法21条1 項は、言論、出版等表現の自由を保障するが、新聞、雑誌等への寄稿者が原稿郵送の過程に 郵便不取扱に遇えば、右寄稿者にとつて、表現の自由は画餅に帰することとなる。相思の男 女間に交わされる恋文が郵送の途に不取扱行為によつて阻害されるときは、折角の恋文の存 在自体がおかされることとなるのである。また、近時わが国においても、『国民の知る権 利』が、憲法レベルの問題として、あまねく唱道されるに至つたが、国民への情報媒介の主 要手段たる新聞、雑誌の入手が郵便不取扱により妨害される場合は、国民はもはや『知る権 利』を行使するに由なきに至るのである。」と述べ、新聞雑誌が郵便不取扱で妨害された場 合に「知る権利」の問題となるとしている。

(12)

7

③大阪府公文書公開等条例事件(最判平成13年3月27日民集55巻2号530頁)

大阪府知事の交際費についての公文書の公開を請求したところ、大阪府条例に基づいて、

公開しない旨の決定がなされたことに対する処分取消請求事件である。

元原利文裁判官が補足意見で、「近時、情報公開は、これを更に拡大する方向に進みつつ あり、この傾向は、国民の『知る権利』をより一層確保するために尊重されるべきことはい うまでもない。また、情報公開法の制定を機に、同法6条2項と同旨の規定を置き、情報公開 の内容を更に充実するための条例改正の動きも各地で起こりつつある。」と情報公開制度と の関係で「知る権利」を用いている。

④通信社からの配信記事を掲載した新聞社の責任(最判平成14年3月8日集民206号1頁)

通信社から配信を受けた記事を、裏付け取材することなく、クレジットを付さずにそのま ま掲載した新聞社に対して、その内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとはいえな いとして、名誉棄損の損害賠償が認められた事件である。

多数意見は「知る権利」について言及していないが、福田博裁判官、亀山継夫裁判官の意 見に「国民の側からみると、クレジットが付されていない報道は、客観的にみれば、記事の 出所が読者に対して明確にされていないというだけではなく、通常の読者であれば、それが 当該報道機関自らの責任において取材作成されたものであると受け取るのはごく自然なこと であって、読者に対して誤った情報を伝えることにもなるのであり、国民の『知る権利』に 十分に奉仕しているとはいい難い。」とある。梶谷玄裁判官反対意見は「民主制国家は、国 民が一切の主義主張を表明するとともにこれらの情報を相互に受領することができ、その中 から自由な意思をもって自己が正当と信ずるものを採用することにより多数意見が形成さ れ、かかる過程を通じて国政が決定されることをその存立の基礎としているから、公共的事 項に関する表現の自由は、特に重要な憲法上の権利として尊重されなければならず、報道機 関の報道は、国民に重要な判断の材料を提供し、国民の『知る権利』に奉仕するものであ る。」と述べ、北方ジャーナル事件と博多駅取材フィルム提出命令事件とを参照する。

⑤証拠調べ共助事件(最決平成18年10月3日民集60巻8号2647頁)

取材源の秘匿にかかる事件である。

多数意見は、博多フィルム事件を参照し、「報道機関の報道は、民主主義社会において、

国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するもの である」としている。

(13)

8

⑥女性法廷事件(最判平成20年6月12日民集62巻6号1656頁)

放送事業者等から取材を受けた者が、期待通りの放送がなされなかったことに対して請求 した損害賠償が認められなかった事件である。

多数意見は、放送法1条、3条、3条の2第1項、3条の3第1項は「放送事業者による放送 は、国民の知る権利に奉仕するものとして表現の自由を規定した憲法21条の保障の下にある ことを法律上明らかに」したものと述べる。

⑦通信社からの配信記事を掲載した新聞社の責任(最判平成23年4月28日民集65巻3号14

99頁)

通信社から配信を受けた記事を、裏付け取材することなく、クレジットを付さずにそのま ま掲載した新聞社に、その内容を真実と信ずるについて相当の理由があるとされ、名誉棄損 の損害賠償が認められなかった事件である。

多数意見(その他意見は付されていない)は、「新聞社が通信社を利用して国内及び国外 の幅広いニュースを読者に提供する報道システムは、新聞社の報道内容を充実させ、ひいて は国民の知る権利に奉仕するという重要な社会的意義を有し、現代における報道システムの 一態様として、広く社会的に認知されているということができる。」と述べる。

⑧受信料合憲判決(最大判平成29年12月6日民集第71巻10号1817頁)

日本放送協会(以下、「NHK」)の 受信料に関して、受信契約の成立時期と受信料制度の 違憲性について争われた事件である。

法廷意見は「放送は、憲法21条が規定する表現の自由の保障の下で、国民の知る権利を実 質的に充足し、健全な民主主義の発達に寄与するものとして、国民に広く普及されるべきも のである。」とか「国民の知る権利を実質的に充足し健全な民主主義の発達に寄与すること を究極の目的とし、そのために必要かつ合理的な仕組みを形作ろうとするものである」と か、そのような仕組みは「憲法21条の保障する表現の自由の下で国民の知る権利を実質的に 充足すべく」というように「知る権利」の語を用いるほか、「受信設備を用いて放送を視聴 する自由」と「知る自由」に関連することばも用いている。

岡部喜代子裁判官補足意見は、法廷メモ事件を参照しながら「憲法は表現の自由の派生原 理として情報摂取の自由を認めている。情報摂取の自由には、情報を摂取しない自由(情報 を摂取することを強制されない自由)を含むものと解することができる。」と述べている。

(14)

9

これらの判例において最高裁は、「知る権利」を定義しておらず具体的内容は不明である が、その享有主体は「国民」であり、通例、「国民の『知る権利』」という形で用いられて いる。これを充足するものとして報道機関(判例①④⑤⑥⑦⑧)や情報公開(判例③)があ ると見ている。「国民の知る権利」を充足するためには、報道機関の報道の自由や取材の自 由に対する制約は小さくあるべきであるから「国民の知る権利」は報道の自由や取材の自由 を、観念的に、強固にする性質を伴う。同様に情報公開の範囲が拡大すれば「国民の知る権 利」が充足される。

なお、判例②で下田武三裁判官が意見で用いた「知る権利」は、情報の受領が妨げられて いる点で、妨害排除請求権を意味する「知る自由」とすべきものである。

最高裁は「知る自由」と「知る権利」について、情報の送り手がその有する自由(表現の 自由)に基づいて情報を発信すると、「国民の知る権利」が拡充し、その中から情報の受け 手がその自由(知る自由)に基づいて情報を受領するという関係で理解していると思われ る。「知る自由」も「知る権利」も憲法21条を共通の根拠とするほか、「知る自由」は範囲 が広く、他の条文(13条、19条)も根拠となっている4

ただ、「知る権利」は抽象的で、いわば「情報の集積所」としての位置づけである。少な くとも「権利」という語から想起される何らかの具体的請求権(例えば、政府に対する情報 公開請求権)の意味では用いていない。

では、次に、判例の用語法に留意しながら、学説の理解を整理する。

3

学説にみる「知ること」についての用語法

学説も「知ること」に関する法的性格が様々あることは承知してきたが5、それでもその意 味の違いに応じた用語法がなされているとは言い難い6。ここで学説の「知ること」について の理解を整理する。

4

よど号ハイジャック新聞記事抹消事件(最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁)

で多数意見は、思想良心の自由と幸福追求権も根拠となりうることを示唆している。

5

長谷部恭男・編『注釈日本国憲法(2)』(有斐閣、2017年)345頁

6

芦部信喜『憲法 第7版』(岩波書店、2019年)85頁は、「『知る権利』は、単に情報の

受領を妨げられないという自由権としての性格を有するのみではなく、積極的に情報の公開 を請求するという社会権ないし国務請求権としての性格をも有している。」と説明する。

(15)

10

(1)「知る権利」の認識まで

全逓名古屋中郵事件(1977年)において、下田武三裁判官が「近時わが国においても、

『国民の知る権利』が、憲法レベルの問題として、あまねく唱道されるに至った」と述べた ように7、その頃には「知る権利」は認識されていたようである。初期の学説を検討すると、

法学協会『註解 日本国憲法』(有斐閣、1953年)には特に記述はなく、宮沢俊義『憲法Ⅱ

(法律学全集4)』(有斐閣、1959年、355頁)は、「報道の自由をその報道をうけとる 立場から見て、知る権利と呼ぶこともある。」8とする。田上穣治編『体系 憲法事典』(青林 書院新社、1964年、298頁、種谷春洋執筆)は、「知る権利」という見出しはまだなく、

「言論・出版その他いっさいの表現の自由」の項目の中で、「表現の自由は、表現される内 容が、一定の手段に媒介されて他者に伝達するところに成立する。この意味において『意見 享受の権利』は表現の自由との相互補完関係に立つ。意見享受の権利はそれじたい一つの人 格発展を目的とする権利である。国家による、表現の自由の保障が『思想の市場』(ホーム ズ)の思想に基づいているとすれば、この権利は、表現の自由の保障にあたって常に考慮さ れなければならない。」と記述する。1970年、奥平康弘は、「表現の自由の領域で『知る 権利』という概念が語られるようになったのは、比較的最近のことに属する。」(ジュリス ト449号)と述べ9、1972年には芦部信喜が「知る権利ないし知る自由」と表していること から10、「知る権利」という用語は1970年代に広がり始め、全逓名古屋中郵事件(1977 年)の頃には、少なくとも専門家の間では、憲法上にその地位を得たようである11

7

最大判昭和52年5月4日刑集31巻3号182頁

8

この見解に対しては、後に、奥平康弘『知る権利』(岩波書店、1979年)1頁は、「報道

の自由の別称であるかのごとく卑小化されてしまうきらいがある。」と批判しながらも、

「多くの憲法教科書のなかでは、知る権利のことば自身が登場しないのだから、右のようで あれ、これに言及していることの意味は、小さくないというべきかもしれない。」と一定の 理解を示してもいる。

9

しかし、ここで1969年の最高裁判決「悪徳の栄え」事件に言及しているが、判決を要約し

た際、色川裁判官の用いた「知る自由」という用語を、「知る権利」と置き換えてしまって おり、自由と権利との区別を曖昧にしてしまっている。

10

芦部信喜「報道の自由の意義と性格」(比較憲法研究33号、1972年)『現代人権論』

(有斐閣、1974年、371頁)所収

11

奥平・前掲書(注8)28-29頁は、「ひところは、知る権利を語る明示的な規定がないと

いう一事によって、そんな権利はありはしないと得意顔で論ずる者もいたが、それは憲法の 根幹を否定する暴論である。」と、知る権利の存在を否定する者がいたことを記している。

(16)

11

(2)「知ること」の区分と根拠条文

では、こんにち「知ること」についてはどのように理解されるようになったのだろうか。

ここでも、また、「知る自由」と「知る権利」の区分を軸に、学説の理解を整理する。

①知る自由

知る自由12とは、既に表現されている情報を、公権力によって妨げられることなく受領す る自由である13。情報受領権と呼ぶこともある14。もちろん、情報を受領する際、情報の対 価だけでなく、情報の発信者が選択した手段(例えば、電子書籍、テレビ・ラジオ放送、イ ンターネット、路上での配布など)に対応した負担はしなければならない(例えば、専用端 末代、テレビ・ラジオ、インターネットに接続できる機器、配布場所への旅費など)。

わが国の憲法は知る自由の保障を明示するものではないが、表現の自由が保障されている ことで、知る自由もまた保障されると考えられている。というのは、表現の自由が「荒野に むかって『いいたいこと』を咆哮する自由15」でも、独り言を呟く自由でもなく、表現の送 り手と受け手の双方の存在を前提としたコミュニケーションの自由であることを前提とする からである。知る自由は「表現の自由を、特に情報の受け手の側から捉えたもの16」である とか、「表現の自由を別の面から観察したものにほかならない17」と説かれるのは、そうい う関係があるからである。

知る自由は、情報の送り手と受け手のコミュニケーションという前提のもとで、情報の

「『送り手』の『表現する権利』が、十分に効果的に保障されていれば、あえてこれとは別 に『受け手』の『知る権利』を保障する実益はない18」と考えられたから「受け手の権利そ れじたいについては、独自のものとしては問題とされることがなかった19」。表現が検閲に

12

この呼称を用いるものに、渋谷・前掲書(注2)157頁、戸松秀典『憲法』(弘文堂、20 15年)186頁。

13

松井茂記『日本国憲法 第3版』477頁は、公権力ではなく、政府によって妨げられないと

するが、政府に限定しなくてもよいだろう。戸松・前掲書(注12)186頁は「情報の自由な 流通を妨げたり、制限したりする公権力の行為に対して保障される」自由とする。

14

松井・前掲書(注13)477頁(「情報の自由」という呼称も併記する)、佐藤幸治・前

掲書(注1)249頁

15

奥平・前掲書(注8)31頁

16

佐藤功『日本国憲法概説〈全訂第5版〉』(学陽書房、1996年)245頁。なお同書全訂

第2版(1980年)には、「知る権利」の索引は付されていない。

17

橋本公亘『日本国憲法』(有斐閣、1980年)263頁

18

奥平・前掲書(注8)31頁。芦部・前掲書(注6)181頁も同旨。

19

浦部法穂『憲法学教室 第3版』(日本評論社、2016年)199頁

(17)

12

よって規制されたり、わいせつであるとして規制されると、表現が市場に流通しないから知 る自由そのものの行使が不可能となるし、表現の流通手段が規制されると、表現が市場に流 通していても知る自由の行使が制限される。反対に、情報の送り手に対する規制が緩和・撤 廃されることで、知る自由の範囲が回復・拡大する。このように表現の自由と知る自由とを 一対とする考え方は、概ね妥当ではある。

しかし、そのような理解では説明できない問題もある。よど号ハイジャック新聞記事抹消 事件である(以下、「よど号」事件)20。記事が抹消された新聞は、既に公開されているの で、表現が制限されたものではなく、情報の受け手の自由のみが公権力によって直接制限さ れており、表現の自由と知る自由との間に関係がないのである。このような「特別なばあ 21」、知る自由に表現の自由から独立した地位を与えなければ22、知る自由の保障根拠が 失われてしまう23

「よど号」事件の多数意見が知る自由を思想良心の自由、表現の自由、幸福追求権の派生 原理とするように、また、「悪徳の栄え」事件で反対意見を述べた田中二郎裁判官が学問の 自由にも言及するように24、知る自由は他のあらゆる自由及び権利と親和性がある。知る自 由は、幸福追求権のため、信教のため、学問のため、経済活動のため、国政や地方政治に参 加するため、健康で文化的な最低限度の生活を営むため、その他目的はなんであれ、あらゆ る自由及び権利のために行使できねばならない。知る自由があってはじめて、自由及び権利

20

最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁

21

奥平・前掲書(注8)31頁は、「国家権力がコミュニケーションの領域に介入を試みると

き、犠牲に供せられるのは『送り手』の側の『表現する権利』であって、これとは別に『受 け手』の『知る権利』がことさらに侵害されるということは、特別なばあい」として、監獄 に収容されている者の情報アクセスが制限されることをあげている。

22

1949年に制定されたドイツ連邦共和国基本法5条は、意見表明の自由と並んで「一般に

近づくことのできる情報源から妨げられることなく知る権利」(一般に、「情報の自由(Inf

ormationsfreiheit)」と呼ばれる)を有することを規定する。ドイツ連邦憲法裁判所は「情

報の自由は基本法秩序において意見表明の自由およびプレスの自由と同等の価値であって、

意見を自由に表明し流布させる権利の構成要素にすぎないわけではない。」(BVerfGE 27,

71 [81])とその独立した地位を確認している。

23

渋谷・前掲書(注2)396頁は、「本来受領できるはずの情報が、検閲・事前抑制などの

事前の制約によって受領できなくなった場合、このような制度の下での政府の介入の妨害排 除請求権が、知る自由として現れてくる。」としたうえで、「よど号」事件に言及するが、

既に公開されていて特定の個人にのみ情報が到達しない問題で、通常、情報の発信者に向け られる「検閲・事前抑制などの事前の制約」と関連付けることができるのであろうか。

24

最大判昭和44年10月15日刑集23巻10号1239頁

(18)

13

が実現されるといえる。表現の自由についても、知る自由があってこそ表現ができるので あって、表現の受け手という受動的地位に限定されるものではない。

日本国憲法の保障する自由及び権利は様々な性格を持っており、この自由及び権利をどの ように分類するかは論者によって異なるが、各条文の保障範囲は明確に線引きできるもので はなく、その分類は相対的である25。例えば、居住移転の自由は、憲法の形式上、経済的自 由として保障されている。資本主義は、人の自由な移動が保障されていることが不可欠であ るから経済的自由と結びつく性格を持つ。居住移転の自由は、同時に、人が身体の拘束から 離れて自由に移動できることを内容とするから人身の自由としての性格を持ち、また、人の 自由な移動は、他の人々との意思や情報の伝達等を目的とすることもあるから、精神的自由 とも結びつく26。この意味で居住移転の自由は、「多元的な意義27」を有していることにな る。各自由及び権利がこのような多元的な性格を有するものであれば、知る自由が他のあら ゆる自由及び権利と結合し、自由及び権利を行使するための源泉となりうることは否定され まい。

知る自由の性格は、既に表現されている情報を受領する自由であるから、他者に情報の提 供を強制しうるものではない28。情報を提供してくれるよう他者に依頼することは自由であ るが(取材の自由29)、その対象はそれに応じる義務はないのである。ただし、この取材行 為が、公権力によって妨げられる場合には、妨害排除請求権として機能する。

知る自由が侵害されるということは、個人の自己実現やコミュケーションが阻害されるだ けでなく、民主的な社会の意思決定への参加も阻害されることになる。知る自由は「精神的 自由権の中核30」どころかあらゆる自由及び権利の中核といえるのであって、その制約には 慎重の上にも慎重を期さねばならない。

②情報開示請求権としての知る権利

「知る権利」については判例と学説とで大きく異なるところである。学説は、これを請求 権と理解している。

25

芦部・前掲書(注6)84頁

26

伊藤正己『憲法 第3版』(弘文堂、1995年)357頁

27

戸松秀典『憲法』(弘文堂、2015年)95-96頁は、このような権利・自由を総称して

「多元的権利・自由」の名称のもとで考察している。

28

松井・前掲書(注13)478頁、渋谷・前掲書(注2)396頁

29

松井・前掲書(注13)478頁、佐藤幸治・前掲書(注1)251頁は、「情報収集権」と

も呼ぶ。

30

渋谷・前掲書(注2)158頁

(19)

14

a)国家機関に対する情報開示請求

国民主権原理を採用する国家では、国家の意思決定は国民が行う。しかし「民主主義社会 において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料31」が、既に公開されていると は限らない。国家の意思決定に能動的に参加しようとする意識が高まれば、知る自由の行使 にとどまらず、国家に対して必要な情報を提供するよう要求するようになる。こうして、情 報開示請求権としての知る権利が主張されるに至ったのである。

この意味の知る権利を、憲法上、どの規定に根拠づけるのかについては見解が分かれる。

まず、情報に関することから憲法21条を根拠とする見解がある32。しかし、憲法の保障する 自由及び権利が多元的性格を有するとしても、他者に一定の行為を義務づける請求権と他者 からの妨害を排除するための自由権を同一の条文からから引き出すわけにはいかないだろ 33。国政に関する情報という点では、参政権に根拠づけることも可能である。が、参政権 は個人の利益のためではなく、国民全体のために行使するものであるから、国家の意思決定 に参加するための情報の入手の根拠とはなっても、理論上は、自己の利益のために利用する 情報の入手の根拠とすることはできないことになろう。そうすると、知る権利の根拠は、よ り範囲の広い国民主権原理そのものに求めるのが適切である34

「国民の知る権利」を充足するため憲法には国家機関に対して情報の開示を明記している 場合がある。ひとつは、国会の会議の公開(57条1項)と会議録の公開(同条2項)であ る。会議公開の原則は本会議に対するもので、委員会については適用されず、こんにちの委 員会中心の審議では、国民は実質的な国会審議を直接傍聴することができないという問題が 指摘されていたが35、各議院によるインターネット中継によって解消されている。また会議 録の公開と頒布についても、官報のほかインターネットによる会議録検索システムが整備さ れており、知る自由は拡大している。

31

最大判昭和44年11月26日刑集23巻11号1490頁

32

浦部・前掲書(注19)199頁

33

戸松・前掲書(注12)185-186頁。渋谷・前掲書(注2)398頁は「原点に立ち返って

考えると、本来国民に還流されるべき情報を政府機関が堰き止める行為を妨害という作為と 捉えて、その作為の排除・差止めを請求するとみるべきではないか。そうすると、権利の性 質は、作為請求ではなく、妨害排除(不作為)請求とみることができる。」とする。この見 解であれば自由権として扱うことができるが、情報は国民の所有だとしても、それを収集し たのは他者(国家機関)であるから、収集した結果の開示要求は、請求権として位置づける べきであろう。

34

奥平・前掲書(注8)28-29頁、伊藤・前掲書(注26)324頁

35

浦部・前掲書(注19)578頁

(20)

15

会議の公開は制度であり、傍聴の自由はその反射であると考えられるが、こんにち、国会 の保有する情報の主たるものは知る自由によって入手できるほか、衆参議院は、情報公開法 の趣旨を踏まえ「事務局が保有する情報の一層の公開を図り、国民に対する説明責任を果た すために、事務局文書の開示の取扱いに関する独自の制度」を設けており知る権利も拡充し ている。

もうひとつは裁判の公開である(憲法82条1項)。この趣旨は「裁判を一般に公開して裁 判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しよ うとすることにある36」。裁判が公開されていることで国民は傍聴の自由を有するがこれは

「裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものでない37」と され、公開制度の反射として傍聴の自由が認められる。

国会の会議の公開に比較して、裁判の公開は、事件関係者のプライバシーに関する事項も 少なくないから、制限されることもありえよう。

裁判所も、行政情報の公開に関する各法律の趣旨を踏まえ、「通達等を定めて、裁判所の 保有する司法行政文書の開示並びに裁判所が司法行政事務に関して保有する個人情報(保有 個人情報)の開示、訂正及び利用停止の運用」を行っており、知る自由の拡充に努めてい る。

行政機関については憲法72条が「一般国務及び外交関係について国会に報告」すること、

憲法91条が「内閣は、国会及び国民に対し、定期に、少くとも毎年一回、国の財政状況につ いて報告しなければならない。」というように、国会を介して国民に情報を提供することを 規定しているが、直接国民に行政情報を公開する制度については規定されていない。国会は 国権の最高機関として行政の監督監視機能を有するから、行政情報を入手する地位にあり、

場合によっては国政調査権によって強制的に情報を入手することで、「国民の知る権利」に 仕えることはできるが、個々の国民の望む情報が不明である以上、国会を介しての情報公開 では、個々の国民の知る自由は充足されない。そこで、憲法で情報公開が規定されている国 会や裁判所に比較して、行政機関については、個々の国民の情報公開請求権がより重要に なってくる。

36

最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁

37

最大判平成元年3月8日民集43巻2号89頁

(21)

16

上述のとおり、知る権利は憲法に根拠があるものの、それだけでは抽象的で、請求権とし て行使できるようにするには、要件や効果を具体化する必要がある38。このような具体化 を、上述、衆参事務局や裁判所のように独自の規則で実現することも不可能ではないが、そ れぞれ独自に変更可能な規則で定めるよりは、法律によって規定された方が請求権として保 障の程度は強くなる。

そこで、これを具現化したのが、行政機関の保有する情報の公開に関する法律である。こ れ以前に、地方公共団体が条例で情報公開制度を制定していたところ、「公金支出の住民に よる監視の点などで多くの成果を上げ、それに刺激されて39」、国レベルでも「行政機関の 保有する情報の公開に関する法律」が制定されることとなった。「国民主権の理念にのっと り、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の 一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるよう にするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資するこ と」を目的とする(同法1条)。知る権利を具体化したものではなく40、政府の説明責任とい う視点で制定されていることから、その不十分さも指摘されているが41、情報の開示が原則 であり(同法5条)、国民が受領することのできる情報の範囲は拡大したといえる。憲法上の

38

阪本昌成『憲法理論Ⅲ』(成文堂、1995年)102頁は「抽象的権利とは何か(立法化の

さいの指導理念や政策論または最高裁のいう「21条の精神」論とどう違うのか)。」という 疑問を提示している。抽象的権利といえば生存権があげられるが、憲法の保障する自由権以 外の基本権は、社会権も、参政権も、受益権も、すべて法律による具体化がなければ行使し 得ないという点で、抽象的権利と言えるから、その意味で、情報公開請求権も、具体的な条 文に根拠があるわけではないが、国民主権を法律で具体化されてはじめて行使できる権利と して、抽象的権利である。

39

高橋和之『立憲主義と日本国憲法 第4版』(有斐閣、2017年)215頁

40

この法律の制定にあたって、「1条の目的規定に『知る権利』という文言を明記すべきか

どうか議論になったが、『知る権利』という概念について、憲法上明文の規定はなく、憲法 解釈も分かれ、最高裁判例でも行政情報の開示請求権という意味での『知る権利』は認めら れていないことから、国民主権にのっとり、政府に説明責任があることを規定するにとど まった」という(野中、他『憲法Ⅰ 第4版』(有斐閣、2006年)338頁)。平成23年4月

22日第177回国会に提出された情報公開法改正案では、情報公開制度が「国民の知る権利」

を保障する観点から定められたものであることを明示することになっていたが、実現してい ない。

41

松井・前掲書(注13)483頁

(22)

17

要請に応えるべく制定された法律であるから「文書(情報)管理体制の構築や公開基準など の設定およびその運用につき、憲法上の統制が働くことが留意されねばならない」42

行政の保有する情報を大別すると、行政が積極的に広報する情報(これは受け手の存在を 前提とするから「知る自由」の範囲にある。)、情報公開法の範囲にあって公開される情報

(例えば、条例を含めて、公金の支出先の開示)のほか、秘密に該当する情報がある。

国民主権原理のもと国家の保有する情報は、国民の所有であるとしても、その公開が個人 の権利利益を害する場合、外交や安全保障に関わる場合には、公開することができないこと もあることは否定できまい。しかし、個人情報やプライバシーについては非開示の基準が比 較的明瞭であるが、外交・防衛・捜査情報については、非開示の決定に際して「行政機関の 長が認めることにつき相当の理由がある情報」(情報公開法5条3号、4号)と長の裁量権に 委ねられている点は問題があろう43

情報公開法が情報の開示を原則とする一方で、公務員には守秘義務が課されている(国家 公務員法100条、地方公務員法34条等)。行政の活動のうち「職務上知ることのできた秘 密」を漏らしてはならないことは当然にしても、この「秘密」の範囲が明確でなければ、本 来、国民が知るべき情報も恣意的に秘匿されてしまう可能性も否定できない。守秘義務の対 象となる「秘密とは、非公知の事実であつて、実質的にもそれを秘密として保護するに値す ると認められるもの44」とされたが、公開の裁判で秘密とされる内容に直接触れることは、

インカメラ審理を採用したとしても45、外交・安全保障等に危険を生じるから慎重であるべ きである。

2013年、特定秘密の保護に関する法律が成立し、翌年、施行された。同法3条は、行政機

関の長は、別表(防衛、外交、特定有害活動の防止、テロリズムの防止に関する事項が定め られている)に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏洩 が我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であ るものを特定秘密として指定するものとし、この特定秘密の取り扱い者を限定し(11条)、

特定秘密を漏洩した者に対しては、10年以下の懲役、情状によっては1000万円以下の罰金

42

佐藤幸治・前掲書(注1)252頁

43

渋谷・前掲書(注2)39頁。しかしまた、裁判所が外交・防衛・捜査情報について判断で

きるのか、判断してもよいのかという問題もある。

44

最判昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁

45

高橋・前掲書(注39)215頁は、インカメラ審理が認められていないことを問題とする

が、国はインカメラ審理でも萎縮効果があることを危惧する(日本経済新聞「国が敗訴受け 入れ 日米間のメール閲覧回避か」2019年6月28日web版 )。

(23)

18

の併科を規定する(23条)など、公務員の守秘義務の強化を図るほか、「外国の利益若しく は自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき 用途に供する目的で、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は 財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為その他の 特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者」に対しても「10 年以下の懲役(情状により10年以下の懲役及び1000万円以下の罰金の併科)」を科すこと が規定されている(24条)。

国民の知る権利の側から見たとき、同法24条の規定が問題となる。例えば、一般社団法人 日本新聞協会は、同法の施行にあたって、法務大臣に意見書を提出し、その中で「国民の知 る権利や取材・報道の自由を阻害しかねない」と記す46。もっとも、同法24条の禁止する行 為は、同法がなくとも別の法律で違法とされている行為であり、取材の自由等を阻害するも のとは思われない。また同法22条は「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈し て、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保 障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない。」と規定し、国民の知る 権利等への配慮を明記しているが「不当」の範囲が不明確であるとか、特定秘密を扱う公務 員の罰則が強化されたことで、公務員が取材に応じなくなるのではないかという懸念もあ る。が、罰則の軽重で公務員が守秘義務に反して取材に応じるということもないだろう。

ただ、何が特定秘密に当たるかをチェックする仕組みは不十分である。行政内部および国 会による統制が法定されているが、行政内部での統制(18条)には、調査機関に強制調査権 も独立性もなく、国会による統制(国会法102条の13)では、議院内閣制のもとで数に劣る 野党が調査権の発動を決定できないという問題が指摘される47

国家の保有する情報の、すべてを公開せよという声はないだろうが、秘密情報を認める以 上、常に、国民の知る権利と秘密との線引きの問題が生じる。裁判所のもとに持ち込まれた としても、情報によっては、統治行為や政治問題として裁判所の統制は及ばない可能性もあ る。秘密情報については、知る権利の行使の結果、つまり非開示となった場合に、国家機関 のその判断が妥当かどうかを選挙を通じて判断するという方法しか残されていない。

46

同協会ホームページ「特定秘密の保護に関する法律」の施行に対する意見書(2014年12

月8日)

47

高橋・前掲書(注39)214-215頁

参照

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