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表現の自由・知る自由と公共の福祉

ドキュメント内 表現の自由・知る自由に対する制限 ―平成 (ページ 48-74)

1 はじめに

近代立憲主義は、基本的人権の保障を究極の目的とするが、ロックが基本的人権を説いた ときから、それは決して絶対のものではなかった。人は、自然状態においても、「他人の生 命、自由又は財産に関して恣意的な権力を持た」ないのであって、「自然法が、彼自身及び 人類の他のものを保全するために与えた」範囲で権力を有するに止まるのである。これを換 言すれば、人権は、「社会の公共の善(the public good of the society)」のためには制 約され得たのである1

ロックの思想の流れを汲む日本国憲法においては、「公共の福祉」が憲法上の権利(以 下、基本権)を制約する概念として憲法上明示に存在する。しかし、公共の福祉は12条、1 3条、22条、29条と複数の箇所に規定されているため、それぞれの意味するものは何である か、相互にはどのような関係があるのかという疑問が生ずる。「公共の福祉」と憲法に規定 されている以上2、そのことばの意味内容・相互関係を明らかにしなければならない。

本章では、基本権の制約原理としての公共の福祉について判例と学説を概観し、これまで 具体的にはどのような目的であれば、自由及び権利の制約が認められてきたのかを整理す る。

2 最高裁の理解する「公共の福祉」

最高裁の公共の福祉の考え方については、法学者で第2代最高裁判所長官を務めた田中耕太 郎が「裁判所は客観的の立場から公共の福祉というものによって、個人の権利及び自由を制 限する場合に属するかどうかということを判断いたします。抽象的原理…公共の福祉とはこ れこれのことをいうというようなことは、できるだけそういうことは申しません3」と述べ る。裁判所のこのような姿勢について、宮澤俊義は「すべての場合に通ずる公共の福祉の内

1ロック・鵜飼信成訳『市民政府論』(岩波文庫、1968年)135節(以下、節番号のみ示 す。)

2宮澤俊義『法律学全集4憲法Ⅱ〔新版〕』(有斐閣、1996年)236頁は、「日本国憲法 が、その条項に、公共の福祉を持ち出したことは、立法技術的にいって無用であったと見る べきであり、また、それは、賢明でなかったとも評される。」と述べるが、基本的人権が憲 法に実定化している以上、その制約原理も憲法に実定化しなければ、辻褄があわないだろ う。

3憲法調査会第16回総会議事録8頁

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容を具体的に規定しようとしているわけではないが、各自由につき個別的に公共の福祉の内 容をできるだけ具体的に述べようとしている4」と理解し、芦部信喜は「公共の福祉の意義を 一般的・体系的に検討することなく、いわばアドホックな規制の合憲判断を積み重ねること で公共の福祉の意味が自ずと明らかになるという『帰納法的方法』が長くとられて5」きたと 理解する。主要な最高裁判決・決定の理由の中身を精査し、整理した研究はすでにみられる が6、そこでは、整理・分類された公共の福祉の内容のすべてを日本国憲法のもとで認めるこ とが可能か否かを検証しなければならないという課題が残されていた7。そこで、先行研究を 参考に、最高裁が許容した表現の自由に対する規制立法が立憲主義の原則に該当するかどう かを整理する。

前章でみたとおり、基本的人権を制約する公共の福祉は、ロック的思想の立憲主義のもと では他者加害の禁止と国家の存続維持に限られるはずである。ここでは、最高裁が許容した 表現の自由に対する規制立法の目的が、この2つの制約根拠に該当しているかを確認する。

(1)他者加害の禁止

①直接的・具体的な他者加害

これは、ある者の自由の行使が、直接的・具体的に他者への加害と結びつくものをいう。

表現の自由に関しては次のことがいえる。「他人の行為に関して無根の事実を公表し、そ の名誉を毀損すること」は許されないこと8、他人の所有物にみだりにビラを貼る行為は「他 人の財産権、管理権を不当に害する」もので許されないこと9、駅構内でビラを配布する行為 は「他人の財産権、管理権を不当に害する」もので許されないこと10、管理者の許可なくマ ンションの共有部分に立ち入り、ビラを配布する行為は「管理権者の管理権を侵害する」の

4宮澤・前掲書(注2)223頁

5芦部信喜『人権と憲法訴訟』(有斐閣、1994年)360頁

6例えば、渋谷秀樹「『公共の福祉』とは何か」『憲法の基底と憲法論』(信山社、2015 年)43-52頁

7渋谷・前掲論文(注6)59頁

8最大判昭和31年7月4日民集10巻7号785頁(謝罪広告事件)

9最大判昭和45年6月17日刑集24巻6号280頁

10最判昭和59年12月18日刑集38巻12号3026頁(吉祥寺駅ビラ配布事件)

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みならず「私的生活を営む者の私生活の平穏を侵害する」もので許されないこと11、「小説 の公表により公的立場にない被上告人の名誉、プライバシー、名誉感情」を侵害することは 許されないこと12、「報道機関といえども、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害する ことのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく、取材の手段・方法が贈賄、脅 迫、強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・方法が一般の刑罰 法令に触れないものであつても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等 法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合」は取 材の自由も制限されること13、「言論、出版等の表現行為により名誉侵害を来す場合には、

人格権としての個人の名誉の保護(憲法13条)と表現の自由の保障(同21条)とが衝突 し、その調整を要する」こと14、等である。

②間接的・抽象的な他者加害

これは、ある者の自由の行使が、それだけでは、他者への加害とならないが、他者への加 害と結びつく可能性がある場合を指す。

集会の自由は次の理由から規制される。道路において演説その他の方法により人寄せをす ることは「場合によつては道路交通の妨害となり、延いて、道路交通上の危険の発生、その 他公共の安全を害するおそれがないでもない」こと15、集団行動(デモ行進)は「平穏静粛 な集団であつても、時に昂奮、激昂の渦中に巻きこまれ、甚だしい場合には一瞬にして暴徒 と化し、勢いの赴くところ実力によつて法と秩序を蹂躙し、集団行動の指揮者はもちろん警 察力を以てしても如何ともし得ないような事態に発展する危険が存在する」こと16、「地域 住民又は滞在者の利益を害するばかりでなく、地域の平穏をさえ害するに至るおそれがあ る」こと17、等である。

11最判平成20年4月11日刑集62巻5号1217頁、最判平成21年11月30日刑集63巻9号1 765頁

12最判平成14年9月24日集民207号243頁(「石に泳ぐ魚」事件)

13最判昭和53年5月31日刑集32巻3号457頁(外務省機密漏洩事件)

14最大判昭和61年6月11日民集40巻4号872頁(北方ジャーナル事件)

15最判昭和35年3月3日刑集14巻3号253頁

16最大判昭和35年7月20日刑集14巻9号1243頁(東京都公安条例事件)、最大判昭和35 年7月20日刑集第14巻9号1197頁(広島市公安条例事件)

17最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁(徳島市公安条例事件)

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言論の自由は次の理由から規制される。破壊活動防止法がせん動を禁止するのは「公共の 安全を脅かす現住建造物等放火罪、騒擾罪等の重大犯罪をひき起こす可能性のある社会的に 危険な行為」であること18、あん摩マツサージ指圧師、はり師、きゅう師等に関する法律が 広告内容を規制するのは「患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般 大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来 することをおそれたため」19、等である。

直接的・具体的な他者加害を阻止するための立法が許されるのは当然である。間接的・抽 象的な他者加害の阻止を目的とした規制には、デモ行進のように表現者の行動が物理的直接 に危険を生ずる可能性があるもの、せん動や広告のように情報の受領者の判断が介入し、国 会が想定した危険に至るのが間接的であるものが考えられるが、危険が予測できる以上、そ れを防止するために規制することは、裁判所は否定しないようである。これら他者加害の禁 止については、排除すべき危険が存在することについて、国会と裁判所は一致しているとい うことになる。

(2)国家の存続維持のための制約

国家の存続維持のために国民の自由が制約される場合もある。国家の存続維持のための規 制には、国家に本質的に備わっている権限に基づくもの、憲法上の制度として認められてい るものがある。前者に含まれる国家の刑罰権についてはロックも言及しているところがあ る 20

国家の本質的権限として「犯罪を捜査することは、公共の福祉のために警察に与えられた 国家作用の1つであ21」るから、これにより通信の秘密が電話傍受によって侵害されたり22

「逃亡及び罪証隠滅の防止という勾留の目的」「監獄内の規律及び秩序の維持」のために未 決勾留によって拘禁された者の新聞閲読の自由等が制限されることもある23。裁判において

18最判平成2年9月28日刑集44巻6号463頁

19最大判昭和36年2月15日刑集15巻2号347頁

20市民政府論128、130、140

21最大判昭和44年12月24日刑集23巻12号1625頁

22最決平成11年12月16日刑集53巻9号1327頁

23最大判昭和58年6月22日民集37巻5号793頁(よど号新聞記事抹消事件)

ドキュメント内 表現の自由・知る自由に対する制限 ―平成 (ページ 48-74)

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