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コミュニティ再生と犯罪統制(2) ~犯罪不安感を中心に~

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(1)

コミュニティ再生と犯罪統制(2)

~犯罪不安感を中心に~

山 内 宏太朗 渡 邉 泰 洋

1.はじめに

2.犯罪不安感と体感治安

3.犯罪不安感のコミュニティに対する影響:理論的説明 4.犯罪不安感に関する実態調査

5.犯罪対策とコミュニティ再生 6.おわりに

1.はじめに

 わが国の一般刑法犯認知件数は、1973年以降、基本的には漸次増加を続 け、特に1990年代後半には急増した。このような統計上の犯罪増加傾向は、

「失われた10年」といわれるバブル崩壊後の長期不況、1990年代前半のオ ウム真理教事件、1997年に発生した神戸児童連続殺傷事件、さらにはその 後連続して発生した少年重大事件とそれに関連する犯罪報道の増加に伴 い、犯罪不安感を増大させた。特に、犯罪問題に関していえば、上記の認 知件数の急上昇によって、「水と安全はタダ」と言われていたわが国の安 全神話は崩壊し

1

、犯罪対策は政府の重要な政策課題の1つになった。

1  もっとも、河合幹雄『安全神話崩壊のパラドックス~治安の法社会学』岩波書店、

(2004年)では、2000年前後における統計上の犯罪激増の主な要因は、警察活動の方針 変更に伴うものとして、社会の実態では犯罪が激増したものではないと分析している。

  しかしながら、この説によると近年の急激な減少を説明できないと考えられる。

(2)

 もっとも、一般刑法犯認知件数の上昇は、2002年を境に反転した後、減 少を続け2015年には戦後最低レベルに到達した。このように、客観的数値 によれば、近年のわが国の治安状況は良好な状態にあるといえる。単純に 考えれば、犯罪認知件数の増加は犯罪不安感の増加につながり、反対に、

犯罪認知件数が減少すれば犯罪不安感も減少する。しかし、後述のように 種々の実態調査によると、犯罪不安感はそれほど減少していないか横ばい、

ある調査では増大しているとされ、いずれにしても、犯罪不安感の改善は みられない。たとえば、2012年に内閣府が実施した「治安に関する特別世 論調査」は、最近の治安に関する認識についての設問に対する回答として は「よくなったと思う」が15.8%、「悪くなったと思う」が81.1%となって おり、2006年調査よりも改善がみられるものの(前者が11.3%、後者が 84.3%)、依然として8割以上の者が治安が悪化していると回答している。

興味深いのは、治安が悪くなったと思う要因の項目である(図1)。最も 高いのは「地域社会の連帯意識が希薄となったから」であり、犯罪の増加 や警察力の低下などの項目が下位に位置している。すなわち、この回答か らは、人々は、治安に対して、犯罪の増加や公的統制の低下よりも、私的 統制、特に地域の犯罪統制力を重視しているように思われる。

 そこで、本稿は、犯罪「不安感」概念を整理したうえで、犯罪不安感が

コミュニティに与える影響に関する犯罪学の理論的根拠や研究知見を概観

し、筆者が関わった実証的調査の結果にも依拠しながら、最終的には犯罪

不安感解消に向けた具体的な対策を考察する。  (本項文責山内)

(3)

図1 治安が悪くなったと思う原因

出典:内閣府「「治安に関する特別世論調査」の概要」(2012年)3頁

2.犯罪不安感と体感治安

 犯罪不安感とは、マクローリン(Eugene McLaughlin)によると「ある 者が犯罪の被害に遭う危機に直面していると考えることで生じる懸念

(alarm)や心配(anxiety)の合理的・非合理的状態」をいう

2

。この犯罪不 2  Eugene McLaughlin (2012)Fear of Crime in Eugene McLaughlin and John Muncie,  

The SAGE Dictionary of Criminology 3rd edition, Sage, pp.175-177.

地 域 社 会 の 連 帯 意 識 が 希 薄 と なったから

景 気 が 悪 く な っ た か ら

様々な情報が 氾濫 し, それ が容 易に手に入る よう にな った から

青 少 年 の 教 育 が 不 十 分 だ か ら

国民の規範意 識が 低下 した から

犯 罪 に 対 す る 刑 罰 が 軽 い か ら

来日外国人に よる 犯罪 が増 えた から

交番での警戒 やパ トロ ール をす る制服警察官が少ないから

警 察 の 取 締 り が 不 十 分 だ か ら

暴力団や窃盗 団な どの 犯罪 組織 が増えたから

そ の 他

わ か ら な い

ここ10年間で日本の治安は「どちらかといえば悪くなったと思う」、

「悪くなったと思う」と答えた者に、複数回答

54.9

47.4

44.7

43.8

42.8

29.1

28.2

17.6

17.3

13.5

2.1

0.7

49.0

29.7

43.8

48.1

37.2

39.3

55.1

20.9

18.1

19.3

1.3

0.8

0 10 20 30 40 50 60 (%)

今 回 調 査 (N=1,587人,M.T.=342.2%) 平成18年12月調査(N=1,513人,M.T.=362.5%)

(4)

安感は、犯罪学の領域では比較的歴史の浅い概念である。ニューバーン(Tim  Newburn)によれば、アメリカでは1960年代、イギリスでは1970年代から ʻfear of crimeʼという用語が政治家や批評家、犯罪学者などの間で頻繁に 使用されるようになってきたという

3

。この時期、米英では犯罪が激増し、公 式の犯罪統計が社会的実態を反映していないという、これに対する疑義から、

社会的実態の解明のために犯罪被害調査(いわゆる「暗数調査」)を実施す るようになった

4

。そして、これらの犯罪被害調査では具体的な被害経験に加 えて犯罪不安感も質問されたのである。

 例えば、1982年のイギリス初の犯罪被害調査(British Crime Survey,

ʻBCSʼ)は、犯罪不安感に関する項目として「日没後この地域で一人歩き するのに、あなたはどれくらい安全だと感じますか(How safe do you  feel walking alone in this area after dark?)」という設問を立て、この回 答として‘very safe’, ‘fairly safe’, ‘a bit unsafe’, ‘very unsafe’の4つの選択 肢を設定した

5

。もっとも、最初の調査ということもあって不備が多く、こ の質問方法には、第1に、この質問は犯罪について厳密に尋ねていないこ と、第2に、時間たとえば「日没後」とは何時なのか、あるいは場所「こ の地域」とはどこか、などについて特定していないこと、第3に、それら の感情は、特定罪種の被害化に対する現実的リスクとほとんど、あるいは 全く関係がないかもしれないこと、第4に、回答は以前の経験や他の不安 を反映するかもしれないこと、第5に、回答は実際には「不安(fear)」

に関するものではないおそれがあること、などの批判が加えられている

6

。  このように、米英では、1960、70年代から犯罪不安感に焦点が当てられ

3 Tim Newburn(2012)Criminology 2nd ed., Routledge, p.365.

4  1972年に全米犯罪調査(National Crime Survey)、1982年にイギリス犯罪調査(British  Crime Survey)が開始された。

5 Douglas Wood(1984) British Crime Survey 1982: Technical Report, p.45.

6 T. Newburn, op.cit., p.366.

(5)

てきたが、わが国の場合、先進諸国と比較して犯罪認知件数が著しく少な く、日常的な犯罪の話はどちらかというと海外の議論というイメージが強 かったように思われる。ところが、1970年代後半からの一般刑法犯認知件 数の増加と1980年代末の検挙率の低下、これら客観的指標の変化に加え て

7

、名古屋アベック殺人事件(1988年)、女子高生コンクリート詰め殺人 事件(1988年)、東京・埼玉幼女連続誘拐殺人事件(1989年)、オウム真理 教事件(1980年代末から1995年)など1980年代末から1990年代にかけて重 大事件が連続し、マスコミの大々的な報道とも相まって、国民の犯罪不安 感が急激に増大したと考えられる。この要因は、たんに犯罪問題に限らず、

バブル崩壊による経済的大混乱や世紀末における漠然とした終末感も心理 的に影響したと考えられ、先の見えない社会に対して人々は犯罪問題にも 不安感を抱くようになったとみることができる。このように、犯罪不安感 は世相にも大きな影響を受けるように思われる。

 いずれにせよ、わが国で犯罪不安感が強く意識されるようになるのは、

米英よりもかなり遅れて、1990年代に入ってからである

8

。このような事態 に対して、刑事司法機関の中で最も責任ある機関は警察であり、事実最も 深刻に考えたのは警察であると思われる。なぜなら、警察法第2条による と「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧 及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当 ることをもつてその責務とする」と規定されるように、「公共の安全と秩 序の維持」は警察の責務としており、犯罪の削減に加えて犯罪不安感を緩 和し安全で安心な社会の構築を果たすのは警察をおいて他にはないからで ある。しかしながら警察は次第に方針を変更し、犯罪激増状況から、「犯 罪問題は警察だけでは解決できない」とする声明を発表している。

7  刑法犯認知件数や検挙率の低下は実態を正確に反映したものではないとする指摘があ る点に注意を要する(河合・前掲書)。

8  CiNiiの検索結果によれば、1990年代初頭から犯罪不安感をタイトルに含む論文が散

見され、1990年代末から2000年代中葉にかけて論文数が増加する。

(6)

 もっとも、その警察で使用される用語には、犯罪不安感とは別に、「体 感治安」という用語があり、近年マスコミでも定着した感がある。この体 感治安という表現は、英米にはみられない用語である

9

。この体感治安は、

その語感から意味を推察できる部分もあるが、逆に不明瞭な部分もあり、

また、犯罪不安感と共に扱われることがしばしばあることから、その意味 は混同されがちである。そこで、本論では「体感治安」の定義を明確にし ておきたい

10

。広辞苑によると、「体感」とは「①体に受ける感じ。②自分 の体の存在に対するやや漠然とした感覚。内部感覚の総合によって形成さ れ、身体的自我の基礎をなす。」、「治安」とは「①国家が安らかに収まる こと。人々が安心・安全に暮らせるように社会の秩序が保たれていること」

を意味する。「体感」の項目の中に「体感温度」がある。体感温度は、「温 度・湿度・風速・日射などによって、人体が感じる暑さ・寒さの度合いを 数量的に表したもの」

11

と定義されるところから、 「体感治安」とは「報道・

伝聞・実体験などによって、社会の安寧秩序が保たれているか否かに関す る感覚」と一応の定義を与えることができる。もっと言えば、体感治安は 明らかに犯罪統計が示す治安レベルとは異なることを示す言葉といえよ う。つまり、上述のように体感温度とは単に外気の自然の温度だけで測定 されるものではなく、その他の要素を含めて自分の肉体が感じる総合的な 感覚が基準になっているからである。そこで、体感治安もこれに倣い、地 域の諸要素を総合的に加味した感覚として捉えることが可能である。要す るに、犯罪不安感の場合、自分ないし自分の家族が犯罪の被害に遭うこと

9  筆者の調査では、体感治安の語源となる用語を用いていた国がアジア諸国の中にあ り、それをわが国で体感治安として表現したという指摘もあるが、文献では確認が取れ なかった。

10  「犯罪不安感」と「体感治安」の用語の定義は、筆者が関わった共同研究でも議論され た(守山正、瀬渡章子、小島隆矢、中迫由実、渡邉泰洋『公的犯罪統計と体感治安の乖 離に関する日英比較研究』日工組社会安全財団2013年度研究助成最終報告書(2014年))。

11 新村出(編)『広辞苑』岩波書店(2008年)1674, 1784頁。

(7)

についての特定個人の感覚であるのに対して、体感治安は、「日本の治安 は良い」とか「この地域の治安は良い」など一定の地理的範囲における秩 序が維持されているか否かについての集合的、総合的な感覚であるといえ

よう

12

。  (本項文責渡邉)

3.犯罪不安感のコミュニティに対する影響:理論的説明

 上述のように、犯罪不安感は地域特性などを含むコミュニティ問題と深 く関連していると考えられる。現に、犯罪学上、コミュニティの紐帯が衰 退した地域では、犯罪不安感が強いことはよく知られる。なぜならば、住 民の絆が弱いところでは犯罪や非行に対する社会統制が機能しておらず、

その結果、住民は日常的に犯罪被害を恐れる生活を送らねばならないから である。しかも、そのような状況は悪循環であって、つまり、コミュニティ が崩壊した地域の住民は犯罪を恐れて外出を避けることから人々との接触 が減少し、それがさらに住民間の地域への無関心を醸成し、犯罪不安感に 拍車をかけるという悪循環である。このように、犯罪不安感とコミュニティ の状況は相互依存の関係にある。要するに、良好なコミュニティを維持す るには、日常的な住民間の接触やコミュニケーションが必要であって、こ れを欠くと地域の社会統制力を失い、コミュニティは衰退すると考えられ る。これがまさしく該当するのは、とくにアメリカやイギリスなどにみら れるスラム街であり、このような地域の住民は他の住民あるいはコミュニ ティ自体に基本的に関心がなく、犯罪に対する統制力は当然ながら弱い。

わが国では地域別の不安感調査は少なく、また明瞭なスラム街と呼べる地

12  体感治安に関する別の見解として、 「「実際に肌で感じる治安」つまり「体験上の治安」

ということでは、居住地域の治安はそれなりに妥当とは思われるが、日本の治安に関

しては、おそらくはマスコミを通して形成された治安意識であり、非体験性の治安と

思われるので「体感治安」という表現は馴染まない」などがある(社会安全研究財団『犯

罪に対する不安感等に関する調査研究:第4回調査報告書』(2011年)45頁)。

(8)

域は少ないものの、前述のように、内閣府の調査でも回答者が治安悪化と 感じる原因として、地域社会の連帯意識の希薄化が指摘されていることは、

この事情を説明するものと思われるが、海外に比べるとその衰退レベルに は大きな違いがある。

 このような犯罪や犯罪不安感とコミュニティの関係を実証的に調査し、理 論的研究を行ったのが、次のようなアメリカやイギリスの研究者であった。

(1)社会解体理論

 犯罪がコミュニティに及ぼす影響を論じた初期の犯罪学者は、シカゴ学 派のショウとマッケイ(Clifford R. Shaw and Henry D. McKay)であ る

13

。20世紀初頭、アメリカのイリノイ州シカゴ市は、移民の大量流入、

大恐慌による失業者の増加、禁酒法によるマフィアの台頭と警察機構の腐 敗などの要因から犯罪が激増し、治安が悪化した。そのような社会的背景 のもと、シカゴ大学の社会学部に所属する研究者らを中心に「場所と犯罪」

に関する研究が盛んに行われるようになった。なかでもショウとマッケイ は、警察や裁判所の協力を得て入手した非行少年の住所を地図上にプロッ トすることで非行少年が集中的に居住するコミュニティの特性を明らかに した。そして、同大学の社会生態学者バージェス(Ernest W. Burgess)

が提唱した同心円地帯モデル(concentric zone model)を援用して、なぜ 特定のコミュニティに非行少年が集中するのかの説明を試みたのである。

 同心円地帯モデルとは、都市の地理的発達を説明するためのモデルであ る(図2)。バージェスは、都市を同心円上にゾーン1からゾーン5まで の5つの領域に分けた

14

。ゾーン1は都市の中心に位置する地域で、都心

13  Clifford R. Shaw and Henry D. McKay (1972) Juvenile Delinquency and Urban  Areas, Chicago: University of Chicago Press, pp.170‒189. G.B.ヴォルド、T.J. バーナー ド(編著)、平野龍一、岩井弘融(監訳)『犯罪学:理論的考察(第3版)』東京大学出 版会(1990年)。

14  Ernest W. Burgess (1925) The Growth of the City in Robert E. Park, Ernest W. 

Burgess and Roderick D. McKenzie, The City, Chicago: The University of Chicago 

Press, pp.47-62.

(9)

商業地区(central business district)である。ゾーン2は繁華街地域(down  town area)であり、商工業者からの浸食を受ける漸移地帯(transition)

である。ゾーン3は居住環境が悪化したゾーン2から移住してきた労働者 の居住地域、ゾーン4は中流階級の居住地域である。ゾーン5は、通勤者 ゾーン(commuters’ zone)と呼ばれ、上流階級が居住し都心に通勤する 郊外や衛星都市がこれに該当する。このモデルは、都市の発達と共に、こ れらの同心円がその辺縁を拡大させていくと仮定する。そこで、ゾーン1 がその辺縁を拡大させるとき、ゾーン2の領域を浸食することになる。つ まり、ゾーン1と2の境界線付近は、都市の発達における初期段階に建物 が建築されていることから、長い年月を経て老朽化が進み家賃も低く、低 所得者層や移民が居住する地域となった。この地域が上記の漸移地帯であ り、都市の拡大とともに、老朽化した建物の建て替えの際には、住宅とし てではなく商業用の建築物に置き換わりつつある地域である。

図2 バージェスの同心円地帯モデル

出典:Earnest W. Burgess, The Growth of the City, 1925.

 ショウとマッケイは、ゾーン1ないしゾーン2に多くの非行少年が居住 することを発見した。そして、この地域の人口統計学的な特徴を調査し、

ループ

繁華街地帯

遷 移 地 帯 労働者居住地帯

住宅地帯 通勤者地帯

(10)

都市の発展の初期段階に建物が構築されており老朽化が進んでいること、

持ち家世帯が少なく賃貸世帯が多いこと、人口の流出入が活発なことなど の地域の特徴を明らかにした。前述のように、この時期、アメリカは主に ヨーロッパ諸国から大量の移民を受け入れ、これらの移民の大半は貧しい 人々であったために、このゾーン1、ゾーン2に多くが居住した。もっと も、一攫千金を夢見て渡米してきた移民の中には、勤労に励み一定程度の 経済的成功を収めるとゾーン3やゾーン4などの居住環境の良い地域に転 出した。そこで転出後の空き家には、新たな移民が流入する。実際、ショ ウとマッケイが調査したゾーン1ないしゾーン2の地域の民族構成は、

1884年にはドイツ人、アイルランド人、イングランド人が大半を占めてい たが、1930年になるとチェコ人、イタリア人、ポーランド人が多数派を占 めるようになっていた。特に、この民族構成の変化は、この地域における 文化や価値観も大きく変化することが考えられるが、そのような変化にも かかわらず、この地域における犯罪・非行は常に高率であったのである。

これらの観察知見から、ショウとマッケイは犯罪学上、シカゴ学派の英知 とされる社会解体理論(social disorganization theory)を提唱した。つま り、コミュニティの民族構成が変化しても、犯罪多発という状況には変化 がなかったことを発見し、理論化したのが社会解体理論である。この研究 は従来、指摘のあった「特定民族と犯罪」という関係を否定し、「場所と 犯罪」という新しい視点を提供したことに意味がある。犯罪多発の要因と してショウとマッケイは、地域における急激な人口移動が住民の地域に対 する非同一化や関心低下を招き、そして地域の犯罪統制力が低下すること で犯罪が増加すると説明したのである。  (本項文責山内)

(2) 割れ窓理論

 割れ窓理論(Broken Windows Theory)は、1982年にアメリカの犯罪

学者ジョージ・ケリングとジェームズ・ウィルソン(George L. Kelling 

(11)

and James Q. Wilson)が提唱した理論である

15

。すなわち、 「割れた窓を修 理せずに放置しておくと、すぐに残りのすべての窓も割られることになる」

現象をヒントに軽微な犯罪に対処しないことは、軽犯罪の多発につながり、

ひいては重大犯罪を誘発することになると主張した

16

 この割れ窓理論の考え方の理論的根拠として、ケリングとウィルソンは、

アメリカの心理学者フィリップ・ジンバルドー(Phillip G. Zimbardo)の 心理学実験を引用している

17

。ジンバルドーは、車のナンバー・プレート を外した中古車を路上に放置し、そこを通りかかった住民の反応を観察し たのである。放置した場所は、犯罪多発地帯として世界的に悪名高かった ニューヨーク市のブロンクス(Bronx)地区と高級住宅街として有名なカ リフォルニア州のパロ・アルト(Palo Alto)地区で、ブロンクス地区に 放置された車両の場合、10分後には車両は最初の攻撃が受け、26時間後に は全パーツが剥ぎ取られ、3日経過後には車両が無残に破壊されたという。

それに対して、パロ・アルト地区の車両は、1週間経過してもまったくの 無傷であった。そこで、ジンバルドーは、ハンマーで実験車両を意図的に 叩き、ダメージを与えてみた。そうしたところ、それまで無傷であったパ ロ・アルト地区の車両もブロンクス地区の車両と同様の過程を経て、最終 的に完全に破壊されるまでに至ったという

18

 ブロンクス地区の結果は予想どおりであったが、ジンバルドーの車両放 置実験の眼目はパロ・アルト地区の結果にある。ケリングとウィルソンは、

15  George  L.  Kelling  and  James  Q.  Wilson(1982)Broken  Windows,  Atlantic  Monthly  March.(http://www.theatlantic.com/magazine/archive/1982/03/broken- windows/304465/)

16  割れ窓理論については、種々の批判が加えられている(守山正「「社会空間犯罪学」

と環境犯罪学:ボトムズ論文を契機として」拓殖大学論集、政治・経済・法律研究、

第18巻第1号(2015年)1-28頁)

17  Phillip G. Zimbardo (1969) The Human Choice: Individuation, Reason, and Order  Versus Deindividuation, Impulse, and Chaos, In W. T. Arnold and D. Levine (eds.),  Nebraska symposium on Motiviation, vol. 17 pp.287-293.

18 フィリップ・ジンバルドー(古畑和孝訳)『現代心理学Ⅰ』サイエンス社、(1983年)

(12)

ジンバルドーの車両放置実験を次のように分析する

19

。ブロンクス地区は、

犯罪多発地帯というコミュニティの特性上、閑静なパロ・アルト地区より もはるかに早くバンダリズムが始まった。しかし、パロ・アルトの結果か らも明らかなように、住民間の相互尊重の念(sense of mutual regard)

や礼節の義務(obligations of civility)といった地域社会の障壁(communal  barriers)が低下するとバンダリズムが発生する。その障壁は、「誰も気 にしていない(no one cares)」ということを示すと思われる行動によっ て低下するのである。

 ケリングとウィルソンは、問題行動に対処しないことについて次のよう な物語を描いている。「互いの子供を気にかけるような家族が住む安定的 な近隣地域も、突如侵入した望まれない不審者によって短期間で、荒涼と して恐ろしいジャングルに変えられてしまう。その結果、不動産は放棄さ れ、雑草が繁茂し、窓が割られる。大人は騒々しい若者に注意することを 止めてしまったのことで若者をつけあがらせ、彼らはますます騒々しくな る。そこで、それぞれの家族は転居し、その代わりに地域に結びつきのな い人々が転居してくる。若者が要所要所に集まり、商店主は邪魔だからと どくように注意するが、若者はそれを拒否する。喧嘩が発生し、ごみが山 積したりする。やがて人々は食料雑貨店の前で飲酒を始め、酔っ払いが歩 道に倒れたり、寝っ転がって酔いを醒まそうとする。歩行者は乞食に付き まとわれる。こうなると、重大犯罪が多発したり見知らぬ者への暴力的攻 撃が発生したりすることはどうにも避けられない。住民は犯罪、特に暴力 犯罪が増えていると考え、やがて行動を改める。すなわち、住民は街路の 利用を控え、通りを歩くときは、目をそらし口をつぐみ早歩きしながら、

後をつける者から距離を空けるようになるだろう。」

20

19 G. L. Kelling and J. Q. Wilson (1982) op.cit.

20  Lawrence E. Cohen and Marcus Felson(1979)Social  Change and Crime Rate 

Trends:A Routine Activity Approach, American Sociological Review Vol. 44. No. 4, 

pp.588-608.

(13)

 要するに、秩序違反行為や軽犯罪を放置すると、犯罪者や犯罪予備軍が 集うようになり、ひいては重大犯罪も頻発するようになる。犯罪不安や実 際の被害体験から住民の生活が委縮し、可能な場合には転居する。コミュ ニティの治安が悪化すると、住民が転居して空き家のまま放置され、治安 の悪化を気にしない者あるいは経済的理由ゆえにそこに住まざるを得ない 者が転居してくるようになる。こうして負のスパイラルに陥ったコミュニ ティは崩壊するのである。まさしく、ローレンス・コーエンとマーカス・

フェルソン(Lawrence E. Cohen and Marcus Felson)の日常活動理論が あてはまる。すなわち、潜在的犯行者と適切な標的が増加し、有能な監視 者が減少して、犯罪機会が増加するのである。コミュニティの崩壊が犯罪 を多発させるメカニズムを見事に説明する。

(3) 集合的効力論

 次に、地域住民の犯罪不安感に影響を与えると考えられるのが、前述の シカゴ学派の流れを組む新シカゴ学派のロバート・J・サンプソン(Robert  J. Sampson)らが提唱したのが集合的効力論である

21

。前述のように、ショ ウとマッケイの社会解体理論は、犯罪とコミュニティの関係についての多 様な研究と具体的な対策に結実した。そして、犯罪が社会経済的地位の低 さや居住の不安定性と関連することが明らかにされてきた。しかし、どの ようにしてコミュニティがそのような状況に至ったのかについてのプロセ スについては不明瞭な部分が存在した。そこで、サンプソンらは、1995年 にシカゴ市において実施した住民インタビュー調査を基に、そのメカニズ 21  Robert J. Sampson, Stephen Raudenbush and Felton Earls(1997) Neighborhoods and 

Violent Crime: A Multilevel Study of Collective Efficacy, Science no.277, pp.918‒924.集 合的効力論を扱う日本語文献としては、島田 貴仁, 雨宮 護, 岩倉 希, 高木 大資「住宅対 象犯罪と集合的効力感に関する生態学的分析」日本行動計量学会大会発表論文抄録集37

(2009)276-277頁、島田貴仁「住民の相互信頼は犯罪を抑制するか」青少年問題57、 (2010)

14-19頁、J・ロバート・リリーほか(著)、影山任佐(監訳)『犯罪学(第5版)』金剛出

版(2013)、守山・前掲論文(2015年)、山内宏太朗、渡邉泰洋、守山正「コミュニティ

再生と犯罪統制」白百合女子大學研究紀要51(2015)A1-A27頁などがある。

(14)

ムを解明しようとしたのである

22

 この1995年調査において、R. J.  サンプソンらが提唱した概念が集合的 効力(collective efficacy)である。集合的効力とは、「共通善(common  good)のために介入しようという意思(willingness)と結びつけられる近 隣住民間の社会的凝集性(social cohesion)」

23

、あるいは「集団ないしコミュ ニティが集合的に達成したいと望むことを達成する組織的能力」

24

と定義 される。前者の定義にみられるように集合的効力は「近隣地域のために介 入する意欲や意思(willingness and intention)」と「相互信頼と凝集性

(mutual trust and cohesion)」の2つの要素で構成される。

 サンプソンらは、研究の結果、社会経済的地位、持ち家率、年齢が高い と集合的効力が高くなり、集合的効力が高いと暴力犯罪が低くなること、

居住の流動性が高いと集合的効力が低くなり、不利条件や移民の集中が集 合的効力に有意に関連することを明らかにした。その後、サンプソンらの 集合的効力論は、コミュニティと犯罪、秩序違反行為、犯罪不安感との関 係性を解明しようとする種々の研究に影響を与えることになる。この点に つき、ギブソンらは、アメリカの3都市調査から、集合的効力が犯罪不安 感に重要な影響を及ぼすこと、また秩序違反行為が犯罪不安感と集合的効 力に重要な影響を及ぼすとして、犯罪不安感と集合的効力との関係を指摘 する

25

(4)シグナル犯罪論

 近年、犯罪不安感研究の領域おいて注目を集めているのがシグナル犯罪 22 調査の詳細については、山内ほか・前掲論文A9-10頁。

23 R. J. Sampson et al (1997) op.cit., pp.918-924.

24  Robert  J.  Sampson (2004) Networks  and  Neighborhoods:  The  Implications  of  Connectivity for Thinking about Crime in the Modern City, Network Logic: Who  Governs in an Interconnected World? p.106.

25  詳細については、Chris L. Gibson, Jihong Zhao, Nicholas P. Lovrich and Michael J. 

Gaffney(2002)Social Integration, Individual Perceptions of Collective Efficacy, and 

Fear of Crime in Three Cities, Justice Quarterly vol. 19, Issue 3, pp. 537-564.

(15)

論であり、マーティン・インズとナイジェル・フィールディング(Martin  Innes and Nigel Fielding)が提唱し、その後、主にインズによって展開さ れた

26

。イギリスでは、1995年以降、わが国と同様に犯罪認知件数が減少 したにも関わらず、人々の犯罪不安感の低下はみられなかった。具体的に は、1999年から2000年の年度において、イギリス犯罪調査(BCS)による と、住民から報告された犯罪件数は12%減少したのに対して、報告された 不安感レベルは若干の減少に過ぎず、回答者の50%以上はこの期間に犯罪 が増加したと感じていたという

27

。わが国よりも早く、イギリスでは客観 的被害リスクと主観的不安感の間に乖離現象が生じていたのである。

 このシグナル犯罪論は、記号論を用いて、犯罪や秩序違反が人々にどの ようなメッセージを与え、そして人々の感情や行動にどのような影響を与 えるかを説明する考え方である。図表3のように、表示(Expression)、

内容(Content)、影響(Effect)の概念を使用する。たとえば、家庭内に おいて親がその子供に対する虐待の結果として殺害した場合と、下校途中 の児童が見知らぬ者によって通り魔的に殺害された場合、両者は共に刑法 上の殺人罪と解されるが、近隣住民の受け止め方は異なるであろう。すな わち、前者の場合、被害児童に対して同情は寄せられるであろうが、あく までも家庭内の問題に過ぎず、自身ないし自分の子供への被害化リスクと は捉えられず、その結果、自らの考えや行動を変えることはない。しかし、

26  Martin  Innes  and  Nigel  Fielding (2002) From  Community  to  Communicative  Policing: 'Signal Crimes' and the Problem of Public Reassurance, Sociological Research  Online, vol. 7, no. 2, http://www.socresonline.org.uk/7/2/innes.html. M. Innes (2004) 

Signal  Crimes  and  Signal  Disorders:  notes  on  deviance  as  communicative  action,  The British Journal of Sociology vol.55 Issue 3, M. Innes (2005) The Signal Crimes  Perspective, M. Innes (2014) Signal Crimes: Social Reactions to Crime, Disorder, and  Control, Oxford Univ. Press.シグナル犯罪論を扱う文献としては、守山正「犯罪不安 感に関する一考察:「シグナル犯罪」論を手がかりに」政治・経済・法律研究第17巻第 1号(2014)、守山・前掲論文(2015)などがある。

27  Kershaw, C., N. Chivite-Mathews, C. Thomas and R. Aust (2001) The 2001 British 

Crime Survey: First Results. Home Office Statistical Bulletin 18/01.

(16)

後者の場合、自身や自分の子供も被害に遭う可能性があり、そうであれば、

被害化リスクに対して不安を抱いたり、あるいは何らかの防犯行動をとっ たりすることに繋がる。つまり、シグナル犯罪論は、同じ犯罪であっても、

どのような人にどのようなリスク知覚を与えるか、リスク知覚の結果、ど のような感情を抱いたり、どのように行動を変化させたりするかについて のプロセスを明らかにしたのである。

図表3 シグナル犯罪論モデル

 このシグナル犯罪論では、「表示」に該当するものとしてシグナル犯罪 とシグナル無秩序(Signal Disorder)をあげる

28

。シグナル犯罪は、人々の 行動や安全についての考え方に変化をもたらす犯罪事件を意味する。シグ ナル無秩序は、犯罪の前段階において社会秩序に反したりその他のリスク を示したりする行為である。さらに、この無秩序は、社会的無秩序と物理 的無秩序に分けられる。前者は、深夜に若者がたむろしているとか、酩酊 28  Universities’  Police  Science  Institute’(2008)The  Signal  Crimes  Perspective, 

Cardiff University.

(17)

者がうろついているなど人の行為が対象となり、後者は、空き家の存在や ゴミが散乱している状態など物理的状態が対象となる。これらに対して、

アントニー・ボトムズ(Anthony Bottoms)がシグナル犯罪の対概念とし て主張するのが統制シグナル(Control Signal)である

29

。この統制シグナ ルとは、地域の治安(security)の知覚に影響を及ぼす公的機関やコミュ ニティによる社会統制行為に関連する要因である。すなわち、警察による 検挙活動、地域住民による自主的なパトロール活動、CCTVの設置などは、

人々に安心感を与えたり、治安の良好な地域への人口流入に繋がったりす る。犯罪シグナルとはちょうど逆の概念であるから、いわば「安心シグナ ル」と呼ぶこともできよう。

 地域住民の犯罪不安感を左右するシグナル犯罪・無秩序と統制シグナ ル、つまり不安シグナルと安心シグナルは不安感低減を図る対策に大きな 示唆を与えるものと思われる。  (本項文責渡邉)

4.犯罪不安感に関する実態調査

 わが国においては、種々の不安感調査が行われているが、以下で説明す るのは筆者を含む研究グループが行った調査である

30

。本研究は、犯罪不 安感研究で先行するイギリス、特に前述のマーティン・インズらによるシ グナル犯罪論を参考にして、わが国における犯罪認知件数の減少と犯罪不 安感の高止まりの乖離状況を調査分析し、エビデンスに基づく犯罪不安感 対策を提言することを目的に実施された。

 この研究では、従来の犯罪不安感研究が、①全国ないし自治体内部にお いて、一律無作為に調査対象が抽出されてサンプリングされていること、

29 守山・前掲論文、52-53頁。

30  守山正、瀬渡章子、小島隆矢、中迫由実、渡邉泰洋「公的犯罪統計と体感治安の乖 離に関する日英比較研究」日工組社会安全研究財団(2013年度共同研究助成最終報告書)

1-25頁。

(18)

②不安感・リスク知覚の対象は「犯罪行為(刑法違反行為)」に限定され ていること、③不安感のみが質問事項となっており、安心感についての分 析がないこと、④犯罪に対する反応として「不安」という1種の感情だけ で設問を構成していること、⑤調査方法として、アンケート調査票による 質問紙記入方式が採用されていることといった点で犯罪不安感の実態を解 明するためには不十分であることを指摘した

31

 そこで、この研究では、①犯罪発生状況が地域によって異なるのと同様 に、犯罪不安感にも地域特性があること、②欧米の研究によれば、犯罪不 安感に影響を及ぼすのは犯罪だけではなく秩序違反行為も含まれること、

③不安感対策を検討するうえで、不安感に影響を及ぼす要因だけではなく 安心感を与える要因にも目を向けるべきであること、④犯罪不安感として 一纏めにされている感情は、不安に加えて、怖い、不快、腹立たしいなど の感情に分類することが可能と考えられること、⑤不安感を解明するため には、人々が不安要素をどのように解釈したのかを明らかにする必要性が あること、といった視点を導入して量的調査と質的調査を組み合わせて実 施した。

 先述のように、犯罪不安感に関連する用語は多岐にわたるので、その意 義を整理する必要がある。この研究では、前述したように犯罪不安感を個 人レベルの「個人不安感」と地域レベルの「体感治安」に分けた。これも 前述したインズらやボトムズのシグナル犯罪論の示唆に基づき、人々に不 安感を与える要因を「不安シグナル」、安心感を与える要因を「安心シグ ナル」とした。本研究では、不安感に影響を与える要因として、秩序違反 行為や無秩序状態も不安要素であることから、これらを「社会的無秩序」

と「物理的無秩序」に分類し調査した。前者は、人の行為が原因となるも

ので、たとえば、若者による暴走行為や夜間のたむろ行為、若者が大声で

31 守山ほか・前掲報告書、2頁。

(19)

騒いでいる、未成年者がタバコを吸っている、などが挙げられる。後者は、

物理的状態が原因となるもので、たとえば、人の行為とは言えないような 空き家や空き店舗の存在、商店街がさびれている様子、スプレーによる落 書き、電柱などに貼られた風俗産業などの広告、などを項目として設定した。

 このアンケート調査は、2013年11月、東京都内において下町的気質を有 する思われる墨田区、富裕層の割合が高いと思われる目黒区の2地点を選 択し、これらの地区に居住する1,000世帯に各警察署から自治会を通じて 調査票を配布した。回収率は墨田区が83.2%、目黒区が93.0%と高く、各警 察署を介して配布したことや都庁の封筒を使用した影響がみられた。また、

アンケート調査とは別に、前者では22名、後者では12名の地域住民の代表 者にグループインタビューいわゆる質的観察を実施した。

 前述のとおり、この調査では不安シグナルと安心シグナルが体感治安や 個人不安感にどのような影響を及ぼすのかについて焦点を当て

32

、不安シ グナルとして16項目の社会的物理的無秩序を想定し(図表4)、これらの 不安シグナルに対して「不安」、「怖い」、「不快」、「腹立たしい」、の4つ の感情がどのように示されるかを分析したのである。その結果、16項目の 不安シグナルは、①環境の管理や利用の状態を表す「不整備環境」、②あ る種の人物集団を表す「怖い人」、③人々に対して不快に思わせる迷惑な 行為やその結果としての環境の状態を表す「迷惑・不快」、④マナーや品 行に関わる行為の結果を表す「マナー・品行」の4つの反応が看取された。

 これらの4分類の不安シグナルと4つの感情との関係では、「不整備環 境」が「不安」、 「怖い人」が「怖い」、 「迷惑・不快」が「不快」、 「マナー・

品行」が「腹立たしい」という感情を喚起する効果があることが観察され た(図表5)。もっとも、これらの対応関係は、相対的なものにすぎず、

32  守山ほか・前掲報告書10-17頁。アンケート調査の統計的分析は、小島隆矢が担当し

た。分析方法と考察に関する詳細は、本報告書を参照のこと。

(20)

ある不安シグナルが特定の感情のみを喚起するわけではなく、特定の感情 効果が他の感情効果よりも相対的に大きいということを示すに過ぎないと 考えられる。たとえば、 「街灯が暗い」という不安シグナルは、 「不安」「怖 い」「不快」「腹立たしい」といった4つ全ての感情効果それぞれに影響を 及ぼすが、4つの感情効果の中では「不安」に特に影響を与えることが明 らかになった。

図表4 不安シグナル

分 類

不安シグナル

略 称 実際のワーディング

不整備環境

街灯暗い 夜間、街灯が暗いところ 空き家など 空き家や空き店舗 さびれた商店街 商店街がさびれている様子 未利用公園 夜間、公園などに集まっている若者 怖い人

ホームレス ホームレス

暴走族など 暴走族などに関わっている若者 夜集まる若者 夜間、公園などに集まっている若者

迷惑・不快

大声騒ぐ 大声で騒いでいる人

昼から飲酒 昼間から公園などで飲酒している人 ゴミ屋敷 「ごみ屋敷」と呼ばれるような建物 管理悪い緑 管理が行き届いていない緑 たばこ中高生 たばこを吸っている中高生

マナー・品行

放置自転車等 路上に乗り捨てられた自転車やバイク スプレー落書き スプレーによる落書き

風俗広告 電柱などに貼られた風俗産業などの広告 ゴミ出し× ゴミ出しのルールが守られていない場所

出典:守山ほか・前掲報告書、11頁。

(21)

図表5 不安シグナルの感情効果に関する対応分析

出典:守山ほか・前掲報告書、11頁。

 次に、体感治安と個人不安感の要因分析を行っているが、本調査では、

主として、不安シグナルが体感治安を悪化させ、個人不安感を増加させ、

反対に、安心シグナルは体感治安を向上させ、個人不安感を緩和するとの 仮説を設定した(図表6)。不安シグナルは上記の4項目(「不整備環境」 「怖 い人」「迷惑・不快」「マナー・品行」)であり、他方、安心シグナルは、 「地 域に自分を気にかける人がいる」「地域パトロールを見かける」「警官パト ロールを見かける」「自宅近くに交番・警察署がある」「夜間、自宅周辺の 人通りが多い」の5項目とした。

 統計的分析の結果、どの不安シグナルも「(集合的な)体感治安」「(個

人的な)不安感」の少なくとも一方に対して、有意に悪化させる効果を有

することが明らかになった。特に「怖い人」の効果が最大であり、地域の

体感治安と個人の不安感の両方に同程度の影響を及ぼしていると考えられ

る。「不整備環境」も双方に影響を与えるが、「個人不安感」への影響の方

が大きい。次に、「安心シグナル」であるが、5項目のうち「夜間、自宅

(22)

周辺の人通りが多い」を除く4項目が「体感治安」に対して影響を及ぼす ことが明瞭となった。「警官パトロールを見かける」「夜間、自宅周辺の人 通りが多い」が「個人不安感」に対して影響を与えるという結果が得られた。

(本項文責渡邉)

図表6 因果仮説

出典:守山ほか・前掲報告書、12頁。

5.犯罪対策とコミュニティ再生

 上述したように、コミュニティが崩壊した地域における住民の犯罪不安 感が強いことはサンプソンらの集合的効力論などで、明らかになっている。

そこで、次に、どのようにコミュニティを再生して犯罪不安感を削減する かという問題が生じる。しかしながら、多くの論者はこんにちにおいて社 会統制が機能したかつてのコミュニティを再生することは困難であると指 摘 し て い る。 特 に 欧 米 の ゲ イ テ ィ ッ ド・ コ ミ ュ ニ テ ィ(gated  community)

33

 やわが国のタワーマンションに居住する人々はコミュニ 33  エドワード・J・ブレークリー、メーリー・ゲイルスナイダー(著)、竹井隆人(訳)

『ゲーテッド・コミュニティ:米国の要塞都市』集文社(2003年)

(23)

ティ再生に対してきわめて消極的であるという事情がみられるからであ る

34

。他方で、ロバート・サンプソンが指摘するように、アメリカのミド ルクラスの住民は日常的にはほとんど近隣とつきあいがないが、何か特別 な地域問題が発生すると連帯を強めるという現象もみられる。前記の「集 合的効力(collective efficacy)」と呼ばれる概念である。この基盤となっ た考え方は、『孤独なボウリング』でアメリカの社会関係資本の弱化を指 摘した政治学者パットナムが指摘した「薄い信頼感(thin trust)」であった。

このように、比較的高い社会階級によっては一定の私的な社会統制が緊急 事態では発揮されることがみとめられるが、それでは社会階級の低い地域 におけるコミュニティはどのように再生すればよいのか。これは大半の西 欧都市に突き付けられた課題である。

(1) 環境犯罪学とコミュニティの再生

 ここで、コミュニティ再生に向けてイギリスで行われた実験を紹介しよ う。これは、もとはいえば環境犯罪学の応用事例であり、必ずしも所期の 目的はコミュニティ再生ではなかったものであるが、最終的にはコミュニ ティ再生を果たした例である。

 ケイト・ペインター(Kate Painter)は、1980 ~ 90年代にロンドンの ハマースミス(Hammersmith)、フルハム(Fulham)地区において街路 照明の改善が犯罪発生、犯罪不安感、地域の安全にどのような影響を与え るかにつき調査を行っている

35

。最終的には、街路照明に犯罪予防効果が 認められたが、さらに種々の副次効果をもたらしたことが報告されている。

 この調査では当該地区の住民(主として高齢者)と通行人に対して、以 下の事項を考察した。

34  守山正、河合潔、河合幹雄、小島隆矢「座談会 犯罪現象と住民意識:犯罪不安感 はどこから来るのか」犯罪と非行、第176号(2013年)18-65頁。

35  Kate Painter(1991) An Evaluation of Public Lightning as a Crime Prevention 

Strategy with Special Focus on Women and Elderly People, University of Manchester.

(24)

①街灯改善の前後6週間の期間、犯罪発生の変化

②街灯改善前12 ヶ月の犯罪体験、犯罪認識

③街灯改善前の6ヶ月における被害体験

④調査の12 ヶ月後、照明の長期的効果の評価

⑤街路を利用する通行人数の街灯改善後の変化。

 ここでの「犯罪」とは、人身犯(路上強盗、窃盗・ひったくり、暴行・

傷害、性的暴行)、乗り物犯(車上ねらい、車へのいたずら)、路上におけ る脅迫・迷惑行為、侵入盗などを含む。調査対象者は、通行人200名(照 明設置前の6週間)、通行人200名(照明設置後の6週間)、住民43名(照 明設置前の6週間)、住民43名(照明設置後の6週間)、住民43名(照明設 置後の12 ヶ月)の計529名であった。

 このように住民調査に基づいて、調査対象地区における照明改善の前後 における犯罪(迷惑行為も含む)の発生状況の変化をみた結果、夜間犯罪 ではわいせつ行為を除いて、改善前6週間では11件だったのが、改善後6 週間では0件となり、さらに12 ヶ月後ではわずか2件と減少した。わい せつ行為では、同様に20件が各1件となっている。そして、総合的に犯罪 発生として、照明改善後12 ヶ月後では、被害者数が83%減、他人の被害 経験を聞いた割合が60%減、目撃した事件が65%減、照明改善が犯罪減少 に貢献したと考えた人が60%に上った。犯罪別でも、その不安感は、侵入 盗が77%減、路上強盗が65%減、路上暴行が69%減、バンダリズムが71%減、

脅迫・恐喝が89%減となっており、犯罪に対する不安感自体も大幅に改善 されている。そして、住民の77%が自宅は安全、また90%が夜間の道路利 用は安全と感じている。とくに注目すべきは、照明改善による「生活の質

(quality of life)」の向上である。すなわち、照明改善12 ヶ月後の調査では、

3人に1人は夜間でも外出する気になると答えていること、夜間外出を避

けない人の比率が2倍となったこと、10人に6人がもはや公共の場所へ行

(25)

くのに公共交通を利用すると答えていること、10人に6人が高齢者への犯 罪危険は減少したと考えていること、自衛のためにアラームなどを携行す る人が84%減少したことである。このようにして、街路照明の改善が、た んに犯罪場面だけでなく、生活の質の向上、地域社会への衿持、地域との 紐帯をもたらしたことが理解された。また同様に、この地区の通行人に対 する調査でも、照明改善は暴行、脅迫、路上強盗に対する不安を緩和する 効果がみられた。すなわち、照明改善前において、通行人の81%が犯罪の 不安感が増大していると考えていたところ、照明改善後では、通行人の 70%が路上強盗、身体的暴行が減少したと感じ、性的暴行については 60%、脅迫・たかりが82%、犯罪不安が90%、バンダリズムが48%減少し たと感じていたと答えている。このように、照明の改善は犯罪、不安、身 体的安全感の主観的認識に対して影響を与えており、それは、照明が犯罪 行為・迷惑行為を減少させ、地域の社会的利用が増大して、審美的に既成 環境が改善されることを意味している。

 この調査とコミュニティ再生の関係で言えば、かつて犯罪多発地帯であ り住民が夜間外出を控えていた地域が街路照明の改善により、当該地区の 住民の犯罪や迷惑行為に対する意識を大きく変えた結果、次のような現象 がみられた。①前述のとおり、街路照明により犯罪・迷惑行為が大幅に減 少した。②その結果、犯罪不安感が低下した。③不安感が低下したことに より、住民の外出の機会が増え、とくに女性や高齢者が夜間外出を試みる ようになった。④住民の外出を増えたことにより、住民間の接触や会話、

コミュニケーションの機会が増大した。⑤これらの結果、地域の紐帯・連

帯意識が向上した。⑥住民の紐帯や連帯意識は地域の社会統制力、とくに

犯罪統制力を高め、犯罪への抑止力がさらに強まるという好循環をもたら

した。⑦さらに副次的に、通りに通行人が増えたために商店が進出し、地

域の経済効果もみられた。このようにして、全体的、総合的に言って、当

(26)

該地域のコミュニティが再生したと考えてよいであろう。

 このように環境犯罪学的手法の一つである街路照明の改善が単に犯罪を 減少させるだけでなく、コミュニティを再生させ、さらに地域に経済的活 性化をもらすことが明らかになった。この事実から、犯罪不安感を低下さ せる対策が日常生活に多面的な効果を有することが理解できる。

(本項文責山内)

6.おわりに

 これまでみてきたように、犯罪や犯罪不安感とコミュニティの在り様は 深い関係があり、これまでに、多くの研究者の関心の的となってきた。多 くの研究では、犯罪が多発し、あるいは犯罪不安感が高いと人々の地域へ の関心を低下させ、日常活動が委縮し、ひいてはその地域からの転出を促 すなどコミュニティの弱体化や崩壊に至ることが指摘されてきた。なかで も、割れ窓理論やシグナル犯罪論では、犯罪に加えて迷惑行為や無秩序も 重要視された。つまり、めったに遭遇しない凶悪な犯罪よりも、迷惑行為 や無秩序行為の方が日常的にはコミュニティの生活にとってはるかに深刻 と考えたのである。それは、人々の「生活の質」を低下させるからである。

なるほど、それらの行為は格別センセーショナルというわけではないが、

日々不快な思いをさせ、場合によっては危険な行為に発展するかもしれな いという感情は、人々の行動を消極的に修正させ、その結果、地域への愛 着を喪失させることは疑いがない。

 それでは、どのようにして安全で安心なコミュニティを構築するのか。

これに答えるためには、今後の研究として、①犯罪不安感、体感治安、秩

序違反、不安シグナル、安心シグナルなどの用語を整理し意義を明確にす

ることで統一的理解を促進すること、②地域ごとに定期的な犯罪不安感調

(27)

査を実施し、地域ごとに不安感要素が異なることを実証すること

36

、③量 的調査だけではなく質的調査も実施しアンケート調査ではわからない不 安・安心シグナルの根源を明らかにすること、④犯罪多発地点、無秩序多 発地点において犯罪不安感の高い場所の異同を明らかにすること、⑤調査 で得られたエビデンスに基づいて、各地域の特性に応じた施策、特に警察 活動や地域活動を立案実施すること、⑥施策の立案時点で評価研究を組み 込み、施策の効果を検証すること、⑦評価研究の結果はデータベース化し 研究者や実務家が容易にアクセスできるようにすること、などで課題を探 究する必要があろう。

 いずれにしても、その最終的な目標は、地域住民の「生活の質」を向上 させることにある。その意味でも、コミュニティに関する犯罪分析の研究 の意義は大きいと考える。

36  集合的効力やシグナル犯罪論の視点を取り入れた調査として、東京都青少年・治安

対策が調査委託し、守山 正、小島隆矢、若林直子、渡邉泰洋が調査監修した「都民

の安全安心に関する意識調査結果」(2016)がある。同調査は今後定期的に実施するこ

とが予定されている。

(28)

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