日本の歴史 22
日本の歴史 34
『日本の歴史 :
時を超える美と信仰』
ネリ・ドゥレ著 ; 遠藤ゆかり , 藤丘樹実訳
(創元社 「知の再発見」双書 2000)
本書の請求記号 702.1‖Del
稲垣 宏行
日本にとっての不朽の伝統や文化とは何でしょ うか。本書の監修者、元・京都造形芸術大学大 学院長の山折哲雄氏は、それが芸術と宗教の分 野にあり、この二つは時代の変動にも左右されず、
海外からの宗教や文化の影響を受けつつも根本 は変わらないと序文で述べています。
本書の著者、フランスの美術史家ネリ・ドゥレ 氏は縄文時代から江戸時代までの日本の歴史を 芸術と宗教の面から描いています。日本人がどの 時代においても無意識の内に感じている、木や石、
動物など全ての物に宿る「宇宙の内部に秘められ た」エネルギー。それは「カミ」と呼ばれますが、
この概念は日本古来の神しんとう道に由来し、古代から 日本の文化に大きく影響を与えていると著者は見 ています。注し め な わ連縄が巻かれた樹齢数百年の大木 が御ご し ん ぼ く神木と呼ばれるのも、そこに「カミ」の存在 を感じるからです。
人間を含めた全ての存在が宇宙の一部である と考えるため、神道は調和の理念を重んじる傾向 があるようです。森や山などの自然と調和するか のように建てられた多くの神社や、仏教における 極楽浄土の世界に見立て、かつ禁忌を避けるよう 石の配置や植樹などに配慮をした平安貴族の屋 敷に見られる日本庭園。さらには飛鳥時代に聖 徳太子が制定した十七条憲法の「和」を重んじ る思想と、政治面にもこの理念は表れています。
芸術の創造と発展に大きく関わった存在とし て、宗教美術作品が本書で取りあげられています。
三さんじゅうさんげんどう
十三間堂の千せんじゅかんのん手観音像ぞうをはじめ、東大寺の 薬やくしにょらいぞう師如来像など多くの菩ぼ さ つ ぞ う薩像。東大寺南大門の 金剛力士像も鎌倉初期、運慶・快慶ら仏師によっ て造られました。同時期、日本にもたらされた禅 宗による芸術への影響も見逃せません。水墨画 も禅宗から生まれました。茶道やその場である茶 室、大徳寺大仙院庭園の枯かれさんすい山水なども禅宗の影
響を色濃く受けています。また、禅の教えは武士 の在り様にも少なからず影響を与えました。
このように日本の芸術の多くは宗教との結びつ きが見られます。しかし、江戸時代の歌舞伎や 浮世絵のように、宗教とは一見無縁の、町人層に よって生み出されたものもあります。特に歌舞伎 は、風紀の乱れを危惧した徳川幕府により男性 だけに限定された結果、生まれたもので、本書に 登場する他の芸術作品とは事情が異なります。浮 世絵も幕府の批判に繋がるものは全て検閲の対 象となりました。歌舞伎と同じく厳しい規制と試 行錯誤の中での産物です。ただ、浮世絵は元々「目 に見えるこの現実の世界が、実は儚く悲しみに満 ちたものだ」という仏教思想から生まれたものだ と著者は見ています。俳句も「この世の一瞬のひ らめきを切り取り、永遠に(紙面に)定着させる」
という宗教的概念から生まれたようです。
日本文化は西欧文化に比べると概ね壮大さに 欠けますが、それは限られた空間や材料で造ら れたものが多いからだと思います。しかし、どれ ほど年月を経てもその魅力や奥ゆかしさが衰えな いのは、それだからこそと言えます。歌舞伎もそ の点では共通していると思います。
本書の魅力はこの一頁で表現し尽くせるもので はありません。既に挙げたもの以外に、現在も有 名な源氏物語とそれが生まれるきっかけになった 仮名文字、日本芸能の一つである能など、日本 を知る上で欠かせない文物が本書で多く取りあげ られています。この他にも茶道に用いられた茶碗、
江戸時代の蒔絵を用いた工芸品などが色付きの 図面で多数紹介されています。分量以上に充実 した内容で、日本の歴史を芸術と宗教の面から見 るのに適した一冊と言えます。
いながき ひろゆき(司書・情報サービス課)
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● 図書館員の文献紹介