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海底地殻変動観測の統計的な精度評価手法

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(1)

はじめに

海上保安庁海洋情報部で実施しているGPS―音 響測距結合方式による海底地殻変動観測では,

GPS測位により求められた測量船の位置と音響 測距によって求められた測量船と海底局の間の距 離を組み合わせることで,海底に設置した海底局 の位置を求めている.

本観測は,GPS測位と音響測距という2つの 測位技術を結合させるため,様々な観測データに 由来する誤差の影響を受ける.誤差の要因は,大 気や海水の環境条件に起因するものから,観測機 器のハードウェアに起因するものなど多様であ り,それらの誤差全てを定量的に評価することが 困難となっている.そのため,個々の誤差に起因 する測定の不確かさを足し上げることで精度を評 価することはせずに,複数回の観測における測位

結果の再現性を評価することで,精度を評価して いる.

本稿では,現在行っている精度評価手法につい て,必要となる統計学の基礎事項とともにまとめ た.また,その手法の応用例として,観測データ 数と測位精度の関係についての検討を行った結果 についても述べる.

2 海底地殻変動観測の測位結果の不確かさ 2.1 観測の誤差

本観測の誤差要因を大きく分けると,「GPS測 位 に 起 因 す る 誤 差」,「音 響 測 距 に 起 因 す る 誤 差」,「船体の動揺計測に起因する誤差」の3つに なる.このうち動揺計測の誤差については,使用 している装置の公称精度が本観測で求められる精 度を上回っているため,動揺計測に起因する誤差 海洋情報部研究報告 第53号 平成28年3月1日

REPORT OF HYDROGRAPHIC AND OCEANOGRAPHIC RESEARCHES No.53 March, 2016

海底地殻変動観測の統計的な精度評価手法

石川直史

Statistical method for accuracy evaluation of seafloor geodetic observation

Tadashi ISHIKAWA

Abstract

The GPS-Acoustic(GPS-A)seafloor positioning is a composite technique which combines GPS positioning with acoustic ranging. Due to the complexity of the technique, there are many inestimable errors from each component of measurement. Therefore, it is difficult to evaluate an accuracy using an error propagation formula. To evaluate an accuracy of the technique, we perform a statistical evaluation of reproducibility of measurements through cam- paign observations.

Here we summarize a statistical method for evaluating the accuracy of GPS-A seafloor positioning. We also inves- tigate an observation time dependence of accuracy using this method.

†Received September18,2015; Accepted October19,2015

* 技術・国際課 Technology Planning and International Affairs Division

(2)

の影響は無いと考えて差し支えない.

GPS測位に関しては,海上で時々刻々で変化 する測量船の真の位置を知ることはできないた め,測量船の推定位置の真値からのずれを評価す ることができない.藤田・矢吹(2003)は,測量 船の上下の位置については,一義的には海面に拘 束されているという条件をもつことに注目し,測 位解3成分のうちの上下成分に対して潮汐とジオ イド高の補正を行うことで,測位結果の安定性の 評価を行った.この手法は,測位解の全体の傾向 の良し悪しを判断する手法として優れてはいるも のの,時々刻々で推定される位置の不確かさを定 量的に評価することは難しい.

音響測距における最大の誤差要因は海中の音速 度である.海中音速度は時間と空間(水平方向と 鉛直方向の両方)で複雑に変化しているため,観 測にかかる時間・空間の全体にわたって真値を把 握することは事実上不可能である.そのため,海 中音速度に起因する誤差の影響についても定量的 に評価することが難しい.

音響測距におけるもう一つの主要な誤差要因 は,音波の往復走時を求めるときの波形の読み取 り誤差である.この誤差は,波形解析の性質か ら,全体としては概ね1波長程度の幅でばらつく 偶発的な性質の誤差であるとみなせる.

2.2 インバージョン解析における解の分散 最終的には,得られた観測データを結合して,

藤田・他(2004)によるベイジアンインバージョ ン法によって,海底局の位置推定を行う.

ベイジアンインバージョン法では,正規分布す

る誤差"を持つ観測データ"とモデルパラメー

タ!の間に,""!!!"の観測方程式が成り立つ ときにモデルパラメータ!とその分散を推定す るものである.

我々の観測では,音波の往復走時を観測値"

として,海底局位置!を推定する.また,観測

値の誤差"の標準偏差として,音波の読み取り

誤差に起因する1波長分の時間(0.1ms)を与 えている.

しかしながら,この方法では,往復走時の読み 取り誤差以外の様々な誤差要因の影響,特に,最 大の誤差要因である海中音速度の影響が考慮され ていない.また,上述のようにそれら誤差の定量 的な評価ができない以上,その影響を観測方程式 に反映することはできていない.そのため,イン バージョン解析の結果として出力されるモデルパ ラメータの分散は,必ずしも測位結果の不確かさ の良い指標とはならない.

2.3 測位結果のばらつきの評価

以上のように,誤差伝播則等を用いて個々の誤 差要因を積み上げることで最終結果の不確かさを 定量的に評価することが難しいのが現状である.

そこで,繰り返し測位の再現性評価として,以 下で述べるような観測データを幾つかのサブセッ トに分割して,そのばらつきを評価することを 行ってきた(例えば,藤田・佐藤,2004;佐藤・

他,2009;石川・佐藤,2012).

本観測では,各種の偶発的な誤差の影響を低減 するために,ある程度の量の音響測距データが必 要になる.そのため,1回の観測では,所定の精 度を得るため,経験的に定められた数の音響測距 データ(1観測点について約5200ショット)を取 得することとしている.

また,音響測距データの空間的配置(海底局に 対する測量船の位置)が精度に大きな影響を与え るため,水平方向の誤差が互いにキャンセルされ るように海底局に対して対称となるような位置で 観測を行う.そのような,海底局の配置に対して 対称となる測量船の測線の組を1セットとして,

観測の最小単位としている.

この時の測線配置の広がりは水深によって決ま り,水深が深いほど測線が広範囲となる.音響測 距観測は一定時間間隔で行うため,測線配置が広 いほど1セットで取得できる音響測距データ数が 多くなる.例えば,水深約2900mの観測点では 1セットあたり約1300ショットの音響測距デー タが取得できるのに対して,水深約1200mの観 測点では約650ショットとなる.そのため,1回

(3)

の観測に必要な音響測距データを取得するために 要するセット数は,観測点毎に異なる.

なお,音響測距は一定の時間間隔ごとに音波を 発射して行うため,音響測距データ数は観測時間 に比例する.取得すべき音響測距データの総数は 各観測点において同数になるようにしているた め,必要とされる観測時間も各観測点で同一とな る.現在は,1観測点あたり約1日の時間をかけ て必要なデータ数を確保している.

最終的には,各観測点において定められたセッ ト数全てのデータを使用して推定した位置をその 観測回の最終成果としている.このときに,全 セット分のデータから推定された解(全セット 解)をその観測回における最適解と解釈すると,

複数のサブセットに分けた解(サブセット解)の 全セット解に対するばらつきがその観測回におけ る精度評価の指標となりうる.

ただし,全セット解の位置はサブセット解の平 均位置として求めているわけではないため,サブ セット解のばらつきは必ずしも全セット解の良い 精度評価指標とはならない.例えば,データ数の 少ないサブセット解では存在した誤差が,データ 数を増やした全セット解では解消されることがあ りうる.その場合は,サブセット解のばらつきが 大きくても,全セット解の精度が低いとは一概に は言えなくなる.

またこの評価手法の問題は,基準としている全 セット解自体が誤差を含んでいることにある.そ もそも,この全セット解の持つ誤差こそが本観測 における測定誤差と解釈されるべきものである.

そこで以下では,複数回の観測結果から線形回 帰で推定された回帰直線を最適解と解釈し,回帰 直線に対する測位解のばらつきを評価すること で,測位精度の評価を行う.

3 海底地殻変動観測の測位精度の評価手法 実際の観測データを例に,現在行っている測位 精度の評価手法について紹介する.なお,必要と なる統計学の基本的事項は,Appendixにまとめ た.

ここでは,Table1に示した土佐沖1の観測点 で2012年から2015年にかけて行った9回の観測 で得られたデータを使用する.表の数値は,最初 の観測(2012年1月27日)の測位解に対する位 置を示している.

データを線形回帰したときの傾きとその分散,

お よ び 東 西 成 分 と 南 北 成 分 の 間 の 共 分 散 は,

(A.5−7),(A.10)式から求めることができる.

線形回帰による推定結果をTable2に示す.今 の場合,データ数は9個なので,線形回帰した時 の自由度は7となる.回帰直線の傾き,すなわち 変 位 速 度 の 推 定 の95% 信 頼 区 間 は,Table A.1 で示した自由度7のt分布の両側 5% 点である 2.365を,傾きの分散の平方根に乗じて,東西,

南北について,それぞれ−3.8±1.8cm/y,3.6

±1.2cm/yと表される.

時系列プロットをFig.1に示す.赤線が推定さ れた回帰直線で,青線が(A.8)式で表される95%

信頼区間の双曲線である.

通常の線形回帰による分析では,推定された傾 きとその推定の幅から,線形回帰の妥当性の検定 を行う.単純には,推定された傾きよりも推定の 幅が大きければ,2変数の間に有意な線形関係は 無いと考えるのが普通である.しかしながら,

我々の推定している海底の観測点の変位速度は,

相対的な値であり,変位の固定点をどの場所に設 定するかで絶対値は変化する.従って,推定され た傾きの大きさとその信頼区間の幅を比較するこ とは,意味を持たないということに注意が必要で

Table1. An example of result of seafloor geodetic observation obtained at TOS1site.

表1. 土佐沖1における海底地殻変動の結果の例.

(4)

ある.

次に,推定された変位速度を地図上の2次元ベ クトルとして表示するときの信頼区間を考える.

2次元の信頼区間は,(A.4)式で表される楕円と

なる.ここで,分散共分散行列はTable2で示し た傾きの分散・共分散を用いる.(A.4)式は,

座標軸の回転で分散共分散行列を対角化すること で,以下の標準形式に変形できる.

#%#

##"!!$%#

##""""

ここで,"!,""は分散共分散行列の固有値であ る.Table A.2から自由度7のときの係数#"$!!%&

を固有値の平方根に乗じることで,95% 信頼区 間を表す楕円の長半径・短半径が求まる.また,

長径の向く方向は対応する固有ベクトルの方向と なる.得られた結果をTable3に,地図上に表示 したベクトル図をFig.2に示す.

4 応用例:観測時間と測位精度の関係について の検討

精度評価手法の応用例として,観測時間(音響 測距データ数)と測位解のばらつきの関係につい て検討を試みた例について述べる.

4.1 目的

観測点の変位速度の推定精度となる回帰直線の 推定精度の向上のためには,(A.6)式からわか るように,1回1回の観測における測位精度(標 本分散)の向上に加え,観測回数を増やさなけれ Table2. Result of regression analysis for data in Table1.

表2. Table1のデータを回帰分析した結果.

Fig.1. An example of time series. The linear trends and their95% two−sided confidence intervals are shown with red and blue lines, respec- tively.

図1. 時系列プロットの例.赤線は回帰直線,青線 はその95% 信頼区間.

Table3. Two-dimensional confidence interval of result in Table2.

表3. Table2の結果の2次元信頼区間.

(5)

ばならない.微小な地殻変動を有意に捉えるため に要する1cm/年(95% 信頼区間)という精度 を達成するには,現状では年2―3回の観測を4―5 年程度続ける必要がある.

ここで,4―5年間のデータを線形回帰するとい うことは,その間の変位速度が一定であることを 仮定している.しかしながら,スロースリップイ ベントや巨大地震後の余効変動などにみられるよ うに,地殻の変動は必ずしも一定速度で長期間安 定しているわけではない.従って,地殻の変動状 態をより正確に把握するためには,より短期間の データで観測点の変位を高精度に推定する必要が ある.

測位精度に関しては,本観測の開始以来,ソフ ト・ハードの両面において改善が進められてきた

(佐藤・藤田,2012).現在では,繰り返しの測位

精度は2―3cm(標準偏差)程度となっている.

観測回数に関しては,測量船の運航日数からく る制限があるため,全体の観測日数を変えずに観 測回数を増加させるには,1回の観測にかける観 測時間を削って,その分を観測回数の増加に回す 必要がある.

観測時間を減らすことは,一般的に測位精度の 低下を招くが,一方で観測回数の増加は回帰直線 の推定精度を向上させるというトレードオフの関 係にある.両者の最適な関係の検討を行うために は,観測時間を減らした場合の精度の低下度合い の検証が必要となる.

4.2 手法

観測時間短縮の効果を見るため,過去に取得し た 観 測 デ ー タ を 用 い て,音 響 測 距 デ ー タ 数 を 100% 使用した結果から,75%,50%,25% と減 らしていったときの測位解の変化を見る.2.3で 述べたように,本観測におけるデータの最小単位 は1セットであるため,以下では,データ数の単 位としてセット数を基準にして考える.

ここでは,Table4に示した南海トラフ沿いの 9ヶ所の観測点において2012年以降に取得した データを使う.解析は,現在ルーティン解析で用 いている松本・他(2008)の複数エポック一括解 析の手法を用いた.なお,既に述べたとおり水深 の違いによって,各観測点で100% のセット数が 異なるが,精度に影響する音響測距のデータ数は 各観測点で同一となっている.

セット数の減らし方は,例えば全体で4セット

[ABCD]あ る 場 合,75% は[ABC],50% は Fig.2. An example of two−dimensional velocity vec-

tor and its95% confidence interval on map.

図2. 地図上への2次元速度ベクトルとその95% 信 頼区間の図示例.

Table4. Data used in this study.

表4. 解析に使用したデータ.

(6)

[AB],25% は[A],というように後ろのセット から順次減らしていく方法をとった.本観測で は,1セットを最小セットとしているため,それ 以上の分割はできない.そのため,セット数を分 割するときに割り切れない場合は,小数点を以下 切り捨てた.

ここでは,100% 全てのセットを使って推定し た回帰直線をもっとも確からしい値として,その 直線の周りの測位解のばらつきについて評価し た.

ばらつきの指標として(A.7)式の標本分散を 用いるが,セット数を減らしたときの結果につい ては,そのデータから推定した回帰直線ではな く,100% セットのデータ用いて推定した,つま り外部から与えられた直線を用いるため,データ の自由度を示す分母は#となる.100% セット解 については,回帰直線の推定に自由度が2使われ ているので,分母 は(A.7)式 の と お り に#!"

となるが,ここでの目的はセット数の違いによる ばらつきの変化の検証であるため,100% セット 解の場合も,回帰直線は外部から与えられたもの と解釈し,分母を#として計算した.同様に東 西・南北成分の共分散の計算の時の分母も#と した.

4.3 結果

本観測は,海水温等の環境要因に大きく影響を 受けるため,観測地点ごとの固有の誤差があるも のと考えられるが,個々の観測点におけるデータ 数が少ないため,観測地点ごとの詳細な特徴を有 意に検出できるまでに至っていない.ここでは,

本観測手法の平均的な傾向を把握するために,全 ての観測点のデータをまとめて評価した.

得られた測位解のばらつきの分布を平面で図示 したものをFig.3に示す.図のプロットは全セッ ト解のデータから推定した回帰直線からの差を示 しており,中心が回帰直線上の点となる.楕円 は,(A.4)式において,上述のように自由度を

#として計算した分散共分散行列を用い,&#!

とした(!!の楕円).

ここで,2次元のばらつきを評価するため,方 向によらない標本標準偏差として次式で定義され るσdを導入する.

!!# !"%""!#$"

"

!

ここで,!"%",!#$"はそれぞれ,東西・南北方向 の標本分散である.セット数と!!の関係をTable5 に示す.

一般に,標本標準偏差の推定の幅は大きく,観 測データ数が10個程度の場合,平均的に25% 程 度の不確かさがある.今の場合,観測データ数は 64個であるが,この場合でも10% 程度の不確か さがある(例えば,田中・高津(2014)の第3章 に お け る 議 論 を 参 照).そ の こ と を 考 慮 す る と,100% セットの結果と75% セットの結果で は,標本標準偏差に有意な差はないといえる.

4.4 測位精度の考察

統計処理上,セット数の多寡が影響するのは,

主に偶発的な誤差要因に対してである.偶発的な 誤差要因として考えられるのは,音波の往復走時 の読み取り誤差のほか,大気や海水の短周期の擾 乱がGPS測位や音響測距に与える誤差である.

今回の結果に見られる,セット数の増加ととも にσdが減少していく様子は,これら偶発的な誤 差の影響が統計的に抑えられていることを表して いるが,その一方で減少率は頭打ちとなり,75%

セットと100% セットでは,有意な違いは現れて いない.このことは,偶発的な誤差の影響は75%

セットにおいて十分に抑えられていることを示唆 している.

一方,セット数の増加では対処できない誤差要 因としては,観測時間を超えるような長周期の大 気や海水の擾乱による系統的な誤差が考えられ る.

Table5. Relationship between the number of data and the standard deviation.

表5. セット数(データ数)と標準偏差の関係.

(7)

特に海水温の空間的不均質は,本観測における 最大の誤差要因となっている.これは,主として 海流や冷水塊・暖水塊の影響などが考えられる が,これらの影響は場合によっては数日から数週 間継続するため,現在の約1日の観測時間を多少 増やしたところで,有効な対処法とはなりえな い.

こうした長周期の誤差に対しては,観測手法、

解析手法の両面でのイノベーションが必要にな

り,今後のさらなる研究開発が必要とされる.

4.5 変位速度の精度の考察

次に回帰直線の傾き,すなわち観測点の変位速 度の推定の不確かさについて考える.

(A.9)式から信頼区間は,データのばらつき の標準偏差(測位精度),データ数(観測回数), データの幅(観測期間)に依存する.そこで,そ れぞれの値を変化させたときの回帰直線の95%

Fig.3. Scatter plot of difference between estimated positions and linear trend line.

図3. 回帰直線の周りの測位解の分布.原点が回帰直線上の点を表す.

(8)

信頼区間をTable6に示す.なお,ここでは簡便 のため,観測を等間隔で行うものとして計算して いる.我々の観測では,傾きの推定の幅として 1cm/yを達成することをひとつの目安としてい るが,これは例えば,データのばらつきの標準偏 差が1.75cmの場合,年3回の観測を4年続け ることで達成できる.

観測時間と観測回数はトレードオフの関係にあ る.仮に,観測時間を短縮することで,標準偏差 が悪化したとしても,短縮した時間分を観測回数 の増加に回すことで,傾きの推定精度が保つこと が で き る.例 え ば,Table5の 結 果 か ら,現 状 1.5cm程度の標準偏差であるものが,セット数 を半分にすることで標準偏差が2.0cm程度まで 悪化したとしても,年間の観測回数を現行の3回 から,5−6回に増加させることで,同程度の精 度が確保できることがわかる.

精度が同程度であれば,観測回数が多い方がメ リットが大きい.なぜならば観測回数の増加は,

海水温の空間不均質等の現在の手法では対処でき ない系統的な誤差に対して,時期を変えた観測を 増やすことで,時系列全体としてその影響を低減 できるからである.さらに,観測データが時間的 に密になることで,現在は捉えきれない非線形な 変動を検出できる可能性も高くなる.

4.6 今後に向けて

今回の例では,セット数を75% に減らしても 有意な測位精度の低下はみられないため、測位精 度の低下というデメリットを受けずに,観測回数 を増やすことできることがわかった.

この結果を踏まえ,セット数を減らし観測回数 を増やす方向で観測計画を立てることで,より地 震学的・測地学的に有効な観測成果が得られると 期待される.

ただし,実際の観測計画では,全体の観測日数 のうち測量船の回航にかかる時間の比率が大きい ため,単純に観測時間を半分にしたとしても,単 純に観測回数を倍にできるわけではない.

非線形的な変動の検出など,本観測の今後のさ らなる進展のためには,必要とされる推定の精度 を考慮し,観測時間・観測回数を適切にバランス させた観測計画を立てることが必要となってく る.

Appendix 統計処理の基礎的事項

ここでは,本稿で行う統計処理に必要となる関 係式についてまとめておく.本項目をまとめるに あたっては,田中・高津(2014)と東京大学教養 学部統計学教室編(1991)を参考とした.

Table6. 95% confidence interval of linear regression line.

表6. 回帰直線の傾きの推定の95% 信頼区間.

(9)

A.1 地殻変動がない場合の測位解のばらつき 最初に変動の無い地点における測位を考える.

この場合,求めたい真値は変動の無いある一点の 座標値となる.

真値は,通常は知ることのできない値であるの で,複数回の測定から得られた測位解からもっと も確からしい値の推定を行う.ここでは,推定の 母集団として平均値$の周りに分散%$で正規分 布する無限個の観測データの集団を想定する.

測定において,正規分布する母集団のばらつき とは別の要因による誤差が生じていなければ,母 集団の平均値が求めたい真値の推定値となる.こ こで別の要因とは,例えば測定機器自体が持って いる系統的な誤差や,測定時の環境要因による系 統的な誤差などである.前者は,機器の校正に よって予め取り除かれるべき誤差であり,後者 は,観測手法や解析手法を工夫することでできう るかぎり軽減しておくべき誤差である.以下で行 う統計的手法による測定の不確かさの評価は,正 規分布する偶発的な誤差を対象としているため,

このような系統的な誤差は予め取り除かれている

(もしくは十分軽減されている)ことを前提とし ている.ただし,海底地殻変動観測では,系統的 な誤差を適切に分離することができていないた め,全ての誤差を偶発的なものとして扱ってい る.

実際に行われる複数回の測定は,母集団から有 限個の標本を抜き出すことに相当する.無限回の 測定は行えないため,母集団の平均値(母平均)

や分散(母分散)を直接測定することはできな い.そこで,測定で得られた標本集団から,母集 団の統計量(母数)を推定する.

母集団から#個の標本を取り出したときの標 本集団の標本平均&と標本分散$$は次式で与え られる.

&#!&"

# !$$!&"#!!&"!&"$

#!#

(A.1)

以下,とくに断りの無い限り,和記号!は"

について1から#までの和を取ることとし,和

の範囲を省略して書く.標本分散は,標本平均に 対する標本のばらつきを表しており,標本平均の 計算で自由度が1使われているので,分母の自由 度は#!#となる.

それぞれの期待値は,

!!&"#$!!!$$"#%$

となり,標本平均・標本分散は,平均的には母平 均・母分散に一致する推定量となる.このように

「偏り」なく,母数の推定ができる推定量は不偏 推定量と呼ばれる.

母集団がばらつきを持つため,そこから#個 の標本を取り出すという行為を何度か繰り返した 場合,標本平均&もその都度変動する.標本平 均の母分散は,%$##で与えられ,確率分布は,

平均値が$,分散が%$##の正規分布となる.こ れを標準化して,平均値が0,分散が1の標準正 規分布に従う形にすると

!&"&!$

%#$#"&

となり,z で指定される範囲に含まれる確率を正 規分布表から求めることができる.この式を変形 すると,

&!&%

$#"$"&"&%

$#

(A.2)

となり,測定で得られた標本平均とその分散か ら,母平均が存在する範囲が示される.例えば,

z=1.96とすると,母平均は95% の確率でこの 範囲に存在することになる.

ただし,ここではσは母分散であるため,通 常は知ることができない量である.そこで,母分 散の推定値として標本分散$$を使うと,

&!$

$!&"#$#

で定義される量は,自由度f の%分布に従うこと が知られている.ここで,自由度は標本分散を計 算するときの自由度であり,今の場合f=n−1で ある.(A.2)式と同様の変形を行うと,

(10)

(!*&!("

$% #&#("*&!("

$%

(A.3)

となり,自由度n−1の'分布'αn−1)から信 頼水準αで母平均の区間推定ができる.例えば

%#$#の場合,95% の信頼区間は,'分布の両側 5パーセント点,*#'#!#%'(9)=2.262から得られ る.'分布は,正規分布よりも幅の広い分布であ り,自由度が大きくなるに従い分布の幅が狭くな る.自由度が無限大の極限で正規分布と一致す る.正規分布と'分布の両側5パーセント点の値 をTable A.1に示す.

ここで,(A.2)式や(A.3)式から,測定回数 nを増やすことによって,推定の幅をいくらで小 さくすることができることがわかる.これは,測 定の不確かさを示す母分散の大きさにかかわらず に,非常に狭い範囲で母平均の推定ができてしま う こ と を 意 味 し て い る.た だ し,(A.2)式 や

(A.3)式が示す範囲は,あくまで母平均の推定 の幅であり,測定の誤差,すなわち真値からのず れを示しているわけではないことに注意が必要で ある.通常は,母数と真値がなるべく一致するよ うに,測定に存在する系統的なずれなどは注意深 く取り除いた上でデータ処理を行うが,こうした ずれは完全に取り除くことは不可能であるため,

真値と母数は完全に一致することはない.そのた め,必要以上に測定回数を増やして母数推定の幅 を狭めても,そこに真値が含まれるかどうかは不 明である.よって,測定においては,母集団がど のように定義されているか,想定される不確さは どの程度かなどを吟味し,必要とされる精度,測 定回数を把握しておく必要がある.

次に,変数が2つある場合,つまり2次元の場 合を考える.変数が複数ある場合は,母集団のば

らつきを示す統計量として,それぞれの変数の分 散に加え,変数間の共分散も考慮する必要があ る.2次元の座標軸を!(")"とすると,標本共分 散は次式で表され,

&()#%!($!("!)$!)"

%!$

その期待値は母共分散'()と一致する.

母平均がある確率で存在する範囲は,次式で示 される2次元平面上の楕円となる.

!#*!&*""%!$!#*!&*"#*%

#*# (

# $)"&*# &(

&)

! ""%# *+-!("

),.!(")"

),.!(")"

*+-!)"

# $

(A.4)

%は標本平均の分散共分散行列で,*は母平均 が 存 在 す る 範 囲 の 確 率 を 定 め る 係 数 で あ る.

(A.4)式は,(と)の2次系式であるため,座標 系の適当な回転によって()項を含まない標準系 に変形できる.この座標変換は,%を対角化す ることに対応しており,楕円の長径と短径は%

の2つの固有値で表され,それぞれの方向は対応 する固有ベクトルの指す方向となる.

母分散・母共分散が既知の場合,確率分布は2 次元の正規分布となり,*は自由度2の%%分布

%(2)$ から計算される.例えば,95% の信頼区間 は,%%分布の上側5パーセント点から求まり,

*#$%%#!#'!%"#%!&&(となる.

母分散・母共分散が未知の時は,標本分散・標 本共分散を推定値として使用する.この場合の確 率 分 布 は,2次 元 の'分 布 と な り,*は 自 由 度

(2,%!$)の!分 布 か ら,*%#%!(2,%!$)と して求まる.ここで,各自由度におけるzの上側 5パーセント点の値をTable A.2に示す.

最後に,これまでに出てきた4つの確率分布の 関係についてTable A.3にまとめる.

Table A.1. One−dimensional two−sided 5% significance level.

表A.1. 1 次元の両側 5% 点.

(11)

A.2 地殻変動がある場合の測位解のばらつき 次に地殻変動がある場合の測位を考える.この 場合,観測点は1点にとどまらず時間と共に移動 していくので,複数回の観測で得られた測位解の 平均値を求めても真値の良い推定とはならない.

そこで,変動が線形であると仮定し,測位解か ら最小二乗法で求めた線形回帰直線を真値の推定 値とすることを考える.

ここでの母集団は,ある直線の周りに母分散

$%で正規分布する無限個の測位解の集団を想定 し,有限回の測定で得られた標本集団から母集団 の直線の推定を行う.

時刻変数$と位置変数&の間に直線関係がある とき,

&#""#$

の関係式が成立する.この時の切 片",傾 き# の真の値は母数である.ここで,離散的なデータ の組を考えると"番目のデータに対して,

&"#""#$""%"

が成立する.ここで,%"は誤差項で,その平均 値は0,分散は"によらず$%であるとする.

母回帰係数の"と#とは,直接知ることがで きないので,標本集団から推定する.最小二乗法 によって推定された標本回帰係数は以下の式で表

される.

"&#&!#&$

#&##!$"!$"!&"!&"

#!$"!$"%

(A.5)

ここで,ハットは推定値であることを示し,バー は(A.1)式で計算される標本平均である.求め た標本回帰係数の期待値は,

!!"&"#"!!!#&"##

となり,母回帰係数の不偏推定量となっているこ とがわかる.それぞれの分散は,

$%!"&"#$% # $"%

##!$"!$"%!$%!#&"#$% $

#!$"!$"%

(A.6)

で与えられる.ここで,$%は知ることのできな い母分散であるので,その推定値として次の標本 分散を使う.

$&%##$&"!!"&"#&$""%%

#!%

(A.7)

標本分散は推定された直線のまわりのデータのば らつきの指標であり,直線の推定で自由度が2使 われているので,分母の自由度は#!%となる.

次に,推定した回帰直線がどの程度正しいかを 考える.今の場合,推定された線形モデルは,

&##"&"#&$#

と表される.線形モデルの出力値である%#の分 散は,

$%!&#"# $

#" !$#!$"%

#!$"!$"%

! "$%

となる.これまでと同様に知ることのできない母 分散を標本分散で置き換えて推定値とすると,

Table A.2. Two−dimensional upper5% significance level.

表A.2 2次元の上側 5% 点.

Table A.3. Relationship among probability distribu- tion of sample.

表A.3. 標本集団が従う確率分布の間の関係.

(12)

&+%!'#"# $

"" !##!#"%

%!#!!#"%

# $&+%

#&+%!%+"##%!%###"%!#%!"

"

! "

となり,これから'#の信頼区間は,#分布を用 いて以下のように表される.

$+"%+##!#$!"!%"&+!'#""'#"$+"%+##

"#$!"!%"&+!'#"

(A.8)

観測点の変位速度は回帰直線の傾きで表される の で,母 回 帰 係 数%の 区 間 推 定 に つ い て 考 え る.%の標本分散を標準化した

%+!%

&+%#%!#!!#"%

&

は自由度"!%のt分布に従うので,次の式からt 分布を用いて信頼水準$で母数%の区間推定が 行える.

%+!#$!"!%" &+%

%!#!!#"% ' "%"

%+"#$!"!%" &+%

%!#!!#"% '

(A.9)

次に,2次元平面における地殻変動を考える.

この場合,!'!("平面において時間#とともに直 線的に移動する点を想定し,'と(のそれぞれに ついて回帰直線を推定する.

'#$'"%'# (#$("%(#

各成分についての推定は1次元のときと同様で あるが,2次元の場合さらに共分散を考える必要 がある.傾きの標本共分散は次式で与えられる.

&'(!%+'!%+("#

%)'!!!$+'"%+'#!"*)(!!!$+("%+(#!"$

"!% $

%!#!!#"%

(A.10)

回帰係数がある確率で存在する範囲を表す楕円 は,(A.4)式における分散共分散行列の行列要 素を回帰係数の分散と共分散で置き換えたもので 与えられる.

藤田雅之・矢吹哲一朗(2003)海底地殻変動観測

におけるK-GPS解析結果の評価手法につい

て,海洋情報部技報,21,62―66.

藤田雅之・佐藤まりこ・矢吹哲一朗(2004)海底 地殻変動観測における局位置解析ソフトウェ アの開発,海洋情報部技報,22,50―56.

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石川直史・佐藤まりこ(2012)海底地殻変動観測 における重心推定法の評価,海洋情報部研究 報告,48,74―84.

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東京大学教養学部統計学教室(1991)統計学入 門,基礎統計学I,東京大学出版会,東京.

GPS―A音響測距結合方式による海底地殻変動

観測は,複数の技術を結合させた測位技術である ため,個別の誤差要因を定量的に評価することが 難しい.そのため,本観測の測位精度の評価とし て,繰り返し観測の再現性評価を行っている.こ こでは,現在行っている評価手法について,必要 となる統計学の基礎事項とともにまとめた.

また,本評価手法の応用例として,観測データ 数と測位精度との関係についての検討を行った.

参照

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