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沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性 ―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

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(1)

1.はじめに

ヒトの子育ては他の霊長類と比較してもひとりの子ど もが成熟するまでに長い時間を要することから複数の人 による養育が必須であるといわれている1).しかし,現 代の日本では,子育ての担い手としてその役割が母親に

集中する傾向が強いという特徴がある.そして,高度経 済成長期後半から「育児不安」などが社会問題化するよ うになった.牟田は,夫婦という男女の結びつきを核と し,そうした家族が外部に対する排他性を強め子育てや 再生産の責任を一手に担うことになったのは近代以降の

沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性

―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

松本 なるみ

(平成 30 年 12 月 12 日査読受理日)

Alloparental care and nurturance through the “moriane” custom on remote Okinawan islands

—“Moriane(muiani)” on Ikema island—

M

atsuMoto

, Narumi

(Accepted for publication 12 December,2018)

要約

 本研究の目的は 2 つある.1 つ目は「守姉」によるアロケアについて実態を明らかにしその特徴について考察すること.

2 つ目は「守姉」の子守における「養護性」の現れに結びつくと考えられる経験について考察することである.調査結 果の検討から「守姉」の特徴として①形態は 2 つに分類できる,②遊びながら育て,育てながら育つ,③安全で子ども が主体的に動ける生活環境が保障されている,④地域共同体の強い紐帯がある一方で生活の境界の曖昧さがみられ家族 以外の人の出入りに寛容である,⑤身体的接触の豊かさがみられる,⑥年長者との情動的交流がある,⑦関係性は永続 的である,以上7点が明らかにされた.また、「養護性」の現れを促す経験としては、自分自身がかわいがられた経験を 有していることや育てられているときに小さい子どもを育てるという経験を同時にすることが養護性の現れに影響を与 えることが理解できた.

Abstract

 On Ikema islands, there is a custom of babysitting known as “moriane”. The purpose of this research is to investigate the following: 1) To make evident the actual state of allocare in the form of moriane; 2) Identify experiences considered to lead to the appearance of nurturance in moriane babysitting. Based on interviews regarding moriane, the following seven points were ascertained. 1) Moriane can be divided into two forms—mutually helpful, and doll-playing; 2) Moriane refers to childrearing while playing, and to grow up while childrearing; 3) A living environment was assured in which children can move freely by themselves safely; 4) Apparent in daily life are boundaries associated with family, leading to a tolerance of people outside the family coming and going without emphasis on blood relations; 5) Large amounts of physical touching from taking care of small children were observed; 6) There is emotional exchange with senior citizens; 7) Relationships are lasting. As for experiences that promote the appearance of nurturance, we were able to understand that the presence of both experience of having been taken care of, and of taking care of small children while being raised has an effect on the presence of nurturance.

キーワード:守姉,子守,池間島,養護性

Key words:MORIANE, Take care of baby, Ikema island, nurturance

〔東京家政大学研究紀要〕第 59 集 ⑴ , 2019, pp.35 ~ 43

(2)

表1 池間島出身調査協力者

守姉インタビュー質問項目

Ⅰ属性

Ⅱ「ムイアニ」「ムイウットゥ」について 1.守姉経験について(きっかけ,喜び,困難)

2.守姉による子守の状況(世話・遊び・養護・学習)

3.守姉経験から得られたこと 4.守姉‐守子の関係性 5.守姉という習俗 守子インタビュー

守子へのインタビューは乳幼児期の生活について回想 する半構造化インタビューを実施した.その記憶の多く は家族や周りの大人から聴かされた話から構成されてい た.

倫理的配慮

調査の実施にあたり調査協力への同意を得ること,公 表に関する承諾を得た.インタビューは許可を得て録音 し逐語録を作成した.

分析

インタビューの分析は,比較的小規模の質的データ の分析にも有効とされる大谷による SCAT(Step for Coding and Theorization)による定性的手法を用いた.

SCAT は,音声データを逐語化しそれらに対して①デー タの中の着目すべき語句,②それを言いかえるための データ外の語句,③それを説明するための語句,④そこ から浮き上がるテーマ・概念,という 4 つのステップに よるコーデイングを行うことにより④のテーマ・概念を 紡いでストーリーラインを記述し,そこから理論を記述 する手続きからなる分析方法である10).ここでは,紙面 の関係上分析ワークシートの一部を表2に示した.

「養護性」に関する分析は,小嶋の「養護性の現れと それに結びつくと考えられる経験」を援用した[5].

3.結果

データのストーリーラインと理論記述 3-1 ムイアニ A さん

(1)ストーリーライン

Aさんは,10 歳ごろカツオ業で忙しい祖母宅隣家に誕 生した D 子がかわいくて競うように抱っこして連れてき て世話をするようになる.依頼や契約,金銭の授受の無 い「ムイアニ」である.D 子の家は人の出入りも多く忙 しい家で,小さい子どものいないAさん家族は,皆で D

子をかわいがる.D 子は家に帰らずAさん祖母宅で寝起 きをすることも多かった.家族の生活空間は非常に曖昧 で,家族以外の人々とのかかわりも多く食卓のメンバー は家族に限定することのない生活環境であった.守姉と して D 子を連れて歩くことは自慢であり楽しく誇らしい 気持ちであった.Aさんは D 子が生まれてすぐから世話 をすることで,その発達過程を体験から理解していく. また,常に抱っこやおんぶなどの身体的接触をとおして D 子へのかわいいという気持ちがより強まっていった. 地域の子どもたちは主体的に小さい子どもを世話し守子 をおぶったままのゴムとびや木登りなど,一緒に遊ぶこ とを楽しんだ.そこには,子どもだけで徒歩で移動でき る安全で自然豊かな環境が保障されていた.親からの干 渉はなく「ムイアニ」は信頼されていた.

Aさんを小さいころとてもかわいがってくれた近所の お姉さんが戦争で亡くなった後,その子どもをAさん祖 母宅で引き取り世話をしたという.少し大きくなってい た D 子が,今度は自分が「ムイアニ」のようにその子ど もをかわいがり世話をして遊ぶようになった.D 子が大 きくなり進学などお互いに島を離れると直接的な関わり は減少していく.離れていても D 子が大学に合格した時 は自分のことのように喜んだという.D 子も島に帰省す ると必ずAさんの祖母宅に泊まり高齢となったAさんや その家族を気にかけるなど関係性は継続している.

(2)理論記述

①少女の願望を叶える「人形遊び的守姉」である.

②家族の生活空間の境界線はゆるやかで開かれている.

③身体接触をとおして「ムイアニ」と「ムイウットゥ」 の相互理解が深まり,愛着が形成されていく.➡養護性 の現れ注[5]表 3「ナーチュランスの現れと,それに結 びつくと考えられる経験」(以下表 3 と記す)直接に世話・ 相手をしてもらう経験.

④徒歩圏内で移動できる自然豊かで安全な環境がある.

⑤大人からの信頼と子どもの自由がある.

⑥ケアの主体の立場と対象の立場の共存または交代が起 こっている.➡養護性の現れ注[5]表 3 養護的相互作 用の再現,養護的役割の内面化.

⑦「ムイアニ」と「ムイウットゥ」の永続的関係性がある.

3-2 ムイアニ B さん

(1)ストーリーライン

B さんが 4 歳の時父親が死亡.父の死後,10 人きょう だいの B さん家族は,経済的には豊かとはいえない生活 であった.母親が近所の裕福な J 家の畑仕事を手伝いに 行く.B さんも母と一緒に J 家についていき B さんは J 家のオバアに孫のようにかわいがられる.オバアの孫た での子育てや地域の中での子どもの行動発達に関する調査

を実施している.その結果,多良間島は,守姉を中心とし て多様なアロマザリングの発達した島であり,それが地域 のソーシャルネットワークを支え,発展させる機能を果た していることを明らかにしている 7).また,現在の多良間 島のアロマザリングを支えるものについて「,地域の人々が 見守り支えてくれるというシェアされた養護性に対する信 頼と,そういうサポートを得つつ子どもが自ら育つ力に対 する信頼という二つの信頼である」と述べている 8)710 歳という自分もまだ子どもである「守姉」が,守子の親の 信頼を得て乳児を世話し遊び育てながら自らも育つという ことを可能にした要因について考えるとき,根ケ山も述べ ているように「養護性」という言葉を用いることで説明で きるのではないだろうか.「養護性」は“nurturance”を翻 訳したもので小嶋が,「相手の健全な発達を促進するために 用いられる共感性と技能」と定義した 9).養護性は,相手の 成長を促すという目的を持つこと,慈しみ育てるという共 感性と技能を含むという点に特徴がある.そして,子ども だけではなく,一時的に身体的心理的有能性を失っている 人,障がいを持っている人,老人や動植物も養護性が発揮 される対象として含まれる.つまり,その本質は,「生きと し生けるものに対する慈しみと育みの行為」であり,乳幼児か ら成人まで広い年齢範囲に適用できる生涯発達の視点に立つ 概念なのである[4].では,「守姉」は慈しみと育みの行為 を本質とする「養護性」をどのように獲得していくのだろう か.現代の子育てや子育ちについて考える時,「守姉」に よるアロケアから学べることは少なくない. そこで本研究 では,筆者が「守姉」を知るきっかけとなった沖縄の離 島,池間島の「守姉」を対象とした.池間島はかつてカツ オ漁で栄え,現在でも島民は自らを誇り高く「池間民族」

と呼ぶ.宮古島市の北西 1.5Km にある島で現在は宮古島と 池間島を結ぶ池間大橋の開通により行き来が容易になった が,「守姉」の時代は船しか移動手段のない島であった.琉球 王国時代の御嶽信仰が残っている民俗学的に注目されている 島である.池間島では「守姉」のことを「ムイアニ」と呼 び,「守子」は「ムイウットゥ」と呼ばれていた.(以下,池 間島の呼び方で「守姉」は「ムイアニ」,「守子」は「ムイ ウットゥ」と記す)

本研究の目的は2つある.ひとつは,「ムイアニ」と呼 ばれる池間島の子守の習俗に焦点をあて「ムイアニ」によ るアロケアについて実態を明らかにしその特徴について考 察することである.二つ目は,「ムイアニ」の子守には,養 護性を育む要素が含まれていることに注目し, 養護性の現 れに結びつくと考えられる経験について考察することであ る.

沖縄県宮古島市池間島出身の 70 代~80 代女性合計 4 名 の協力者に守姉に関するインタビューを実施した.

調査

2013 11 月那覇市内のホテルロビーで C さん,D さん 2 時間のグループインタビュー1 回を実施した.2017 年 11 月那覇市 C さん自宅で A さん,C さん 1.5 時間のグループ インタビュ-1 回を実施した.2017 年 8 月池間島の B さん自 宅で 2 時間のグループインタビュー1 回,2017 年 11 月,

2018 年 7 月,池間島 Bさん近所の友人宅で 1.5 時間の個別 インタビュー2回の合計 3 回のインタビューを実施した.

表 1 池間島出身調査協力者

守姉インタビュー質問項目

Ⅰ 属 性

Ⅱ 「ムイアニ」「ムイウットゥ」について 1.守姉経験について(きっかけ,喜び,困難)

2.守姉による子守の状況(世話・遊び・養護・学習)

3.守姉経験から得られたこと 4.守姉‐守子の関係性 5.守姉という習俗 守子インタビュー

守子へのインタビューは乳幼児期の生活について回想す る半構造化インタビューを実施した.その記憶の多くは家 族や周りの大人から聴かされた話から構成されていた.

倫理的配慮

調査の実施にあたり調査協力への同意を得ること,公表 に関する承諾を得た.インタビューは許可を得て録音し逐 語録を作成した.

分析

インタビューの分析は,比較的sai小規模の質的データ の分析にも有効とされる大谷による SCAT(Step for Coding and

Theorization)による定性的手法を用いた.SCAT は,音声 データを逐語化しそれらに対して①データの中の着目すべき 語句,②それを言いかえるためのデータ外の語句,③それを 説明するための語句,④そこから浮き上がるテーマ・概 念,という 4 つのステップによるコーデイングを行うこと により④のテーマ・概念を紡いでストーリーラインを記述 し,そこから理論を記述する手続きからなる分析方法であ 10).ここでは,紙面の関係上分析ワークシートの一部を 表2に示した.

「養護性」に関する分析は,小嶋の「養護性の現れとそ 2. 方 法

調査協力者

[2]

氏名 年齢 区分 守子

1 A さん 83 歳 守姉 D 子(D さん)

2 B さん 79 歳 守姉 F 子・G 男

3 C さん 79 歳 守子・守姉 H 男 4 D さん 76 歳 守子・守姉 I 男

沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

産物であることを指摘している2).そう考えると現在の 子育ての状況は,歴史的にみても稀なことなのである.

日本でも古来より子どもは地域コミュニティの中で多様 な人間関係のなかで育てられてきた.役割が母親に集中 することなく,集団成員間で子育ての負担をシェアす る「アロケア(allocare)」が行われてきたのである[1].

しかし,現代の子育てにおいて必ずしもそのようなアロ ケアを活用できずに母子の孤立化がみられる事件も発生 している.「アロケア」は子育てにおいてどのように活 用されてきたのだろうか.沖縄やその周辺の離島では「守 姉」という習俗がみられた3).それは,親以外の年長者 による子どもの養育,アロケアの一形態と考えられる.

「守姉」とは 7 〜 10 歳くらいの女子が,弟妹ではない近 所の特定の乳幼児の遊び相手や世話をする子守の習俗で ある.民俗事典では「守姉」は雇いの子守とは分けて記 されている4).その違いは,雇いの子守は賃金労働であ るのに対し守姉には特別な契約や金銭的報酬が発生しな いことである[2].そして,「守姉」と「守子」の関係 性は成人してからも継続し , 親やきょうだい同様の,人 によってはそれ以上の親密さをもつこともあるという5)

「守姉」に関する先行研究は , 数えるほどしかない.具志 堅は,民俗誌資料を渉猟し沖縄本島をはじめ久米島,宮 古島,石垣島,竹富島などの各地に「守姉」が存在して いたことを示している.「守姉」はその地域で呼び方に 違いがみられる[3].また,守姉と守子の関係性を事例 から考察した結果,その結びつきは「一生を通じて深い もの」(八重山),「兄弟同様」(読谷村楚辺),など,守 姉と守子の関係性は,生涯にわたる擬制的キョウダイ 関係であったと述べている6).根ケ山は,沖縄県宮古郡 の多良間島に 4 か月滞在し,とくに「守姉」という民間 伝承的アロマザリングに注目しながら,島での子育てや 地域の中での子どもの行動発達に関する調査を実施して いる.その結果,多良間島は,守姉を中心として多様な アロマザリングの発達した島であり,それが地域のソー シャルネットワークを支え,発展させる機能を果たして いることを明らかにしている7).また,現在の多良間島 のアロマザリングを支えるものについて「,地域の人々 が見守り支えてくれるというシェアされた養護性に対す る信頼と,そういうサポートを得つつ子どもが自ら育つ 力に対する信頼という二つの信頼である」と述べている

8).7 〜 10 歳という自分もまだ子どもである「守姉」が,

守子の親の信頼を得て乳児を世話し遊び育てながら自ら も育つということを可能にした要因について考えると き,根ケ山も述べているように「養護性」という言葉を 用いることで説明できるのではないだろうか.「養護性」

は “nurturance” を翻訳したもので小嶋が,「相手の健全 な発達を促進するために用いられる共感性と技能」と定

義した9).養護性は,相手の成長を促すという目的を持 つこと,慈しみ育てるという共感性と技能を含むという 点に特徴がある.そして,子どもだけではなく,一時的 に身体的心理的有能性を失っている人,障がいを持って いる人,老人や動植物も養護性が発揮される対象として 含まれる.つまり,その本質は,「生きとし生けるもの に対する慈しみと育みの行為」であり,乳幼児から成人 まで広い年齢範囲に適用できる生涯発達の視点に立つ概 念なのである[4].では,「守姉」は慈しみと育みの行 為を本質とする「養護性」をどのように獲得していくの だろうか.現代の子育てや子育ちについて考える時,「守 姉」によるアロケアから学べることは少なくない.そこ で本研究では,筆者が「守姉」を知るきっかけとなった 沖縄の離島,池間島の「守姉」を対象とした.池間島は かつてカツオ漁で栄え,現在でも島民は自らを誇り高く

「池間民族」と呼ぶ.宮古島市の北西 1.5Km にある島で 現在は宮古島と池間島を結ぶ池間大橋の開通により行き 来が容易になったが,「守姉」の時代は船しか移動手段 のない島であった.琉球王国時代の御嶽信仰が残ってい る民俗学的に注目されている島である.池間島では「守 姉」のことを「ムイアニ」と呼び,「守子」は「ムイウッ トゥ」と呼ばれていた.(以下,池間島の呼び方で「守姉」

は「ムイアニ」,「守子」は「ムイウットゥ」と記す)

本研究の目的は2つある.ひとつは,「ムイアニ」と 呼ばれる池間島の子守の習俗に焦点をあて「ムイアニ」

によるアロケアについて実態を明らかにしその特徴につ いて考察することである.二つ目は,「ムイアニ」の子 守には,養護性を育む要素が含まれていることに注目し,

養護性の現れに結びつくと考えられる経験について考察 することである.

2.方法 調査協力者

沖縄県宮古島市池間島出身の 70 代〜 80 代女性合計 4 名の協力者に守姉に関するインタビューを実施した.

調査

2013 年 11 月那覇市内のホテルロビーで C さん,D さ ん 2 時間のグループインタビュー 1 回を実施した.2017 年 11 月那覇市 C さん自宅で A さん,C さん 1.5 時間の グループインタビュ- 1 回を実施した.2017 年 8 月池間 島の B さん自宅で 2 時間のグループインタビュー 1 回,

2017 年 11 月,2018 年 7 月,池間島 B さん近所の友人宅 で 1.5 時間の個別インタビュー2回の合計 3 回のインタ ビューを実施した.

松本 なるみ

(3)

表1 池間島出身調査協力者

守姉インタビュー質問項目

Ⅰ属性

Ⅱ「ムイアニ」「ムイウットゥ」について 1.守姉経験について(きっかけ,喜び,困難)

2.守姉による子守の状況(世話・遊び・養護・学習)

3.守姉経験から得られたこと 4.守姉‐守子の関係性 5.守姉という習俗 守子インタビュー

守子へのインタビューは乳幼児期の生活について回想 する半構造化インタビューを実施した.その記憶の多く は家族や周りの大人から聴かされた話から構成されてい た.

倫理的配慮

調査の実施にあたり調査協力への同意を得ること,公 表に関する承諾を得た.インタビューは許可を得て録音 し逐語録を作成した.

分析

インタビューの分析は,比較的小規模の質的データ の分析にも有効とされる大谷による SCAT(Step for Coding and Theorization)による定性的手法を用いた.

SCAT は,音声データを逐語化しそれらに対して①デー タの中の着目すべき語句,②それを言いかえるための データ外の語句,③それを説明するための語句,④そこ から浮き上がるテーマ・概念,という 4 つのステップに よるコーデイングを行うことにより④のテーマ・概念を 紡いでストーリーラインを記述し,そこから理論を記述 する手続きからなる分析方法である10).ここでは,紙面 の関係上分析ワークシートの一部を表2に示した.

「養護性」に関する分析は,小嶋の「養護性の現れと それに結びつくと考えられる経験」を援用した[5].

3.結果

データのストーリーラインと理論記述 3-1 ムイアニ A さん

(1)ストーリーライン

Aさんは,10 歳ごろカツオ業で忙しい祖母宅隣家に誕 生した D 子がかわいくて競うように抱っこして連れてき て世話をするようになる.依頼や契約,金銭の授受の無 い「ムイアニ」である.D 子の家は人の出入りも多く忙 しい家で,小さい子どものいないAさん家族は,皆で D

子をかわいがる.D 子は家に帰らずAさん祖母宅で寝起 きをすることも多かった.家族の生活空間は非常に曖昧 で,家族以外の人々とのかかわりも多く食卓のメンバー は家族に限定することのない生活環境であった.守姉と して D 子を連れて歩くことは自慢であり楽しく誇らしい 気持ちであった.Aさんは D 子が生まれてすぐから世話 をすることで,その発達過程を体験から理解していく.

また,常に抱っこやおんぶなどの身体的接触をとおして D 子へのかわいいという気持ちがより強まっていった.

地域の子どもたちは主体的に小さい子どもを世話し守子 をおぶったままのゴムとびや木登りなど,一緒に遊ぶこ とを楽しんだ.そこには,子どもだけで徒歩で移動でき る安全で自然豊かな環境が保障されていた.親からの干 渉はなく「ムイアニ」は信頼されていた.

Aさんを小さいころとてもかわいがってくれた近所の お姉さんが戦争で亡くなった後,その子どもをAさん祖 母宅で引き取り世話をしたという.少し大きくなってい た D 子が,今度は自分が「ムイアニ」のようにその子ど もをかわいがり世話をして遊ぶようになった.D 子が大 きくなり進学などお互いに島を離れると直接的な関わり は減少していく.離れていても D 子が大学に合格した時 は自分のことのように喜んだという.D 子も島に帰省す ると必ずAさんの祖母宅に泊まり高齢となったAさんや その家族を気にかけるなど関係性は継続している.

(2)理論記述

①少女の願望を叶える「人形遊び的守姉」である.

②家族の生活空間の境界線はゆるやかで開かれている.

③身体接触をとおして「ムイアニ」と「ムイウットゥ」

の相互理解が深まり,愛着が形成されていく.➡養護性 の現れ注[5]表 3「ナーチュランスの現れと,それに結 びつくと考えられる経験」(以下表 3 と記す)直接に世話・

相手をしてもらう経験.

④徒歩圏内で移動できる自然豊かで安全な環境がある.

⑤大人からの信頼と子どもの自由がある.

⑥ケアの主体の立場と対象の立場の共存または交代が起 こっている.➡養護性の現れ注[5]表 3 養護的相互作 用の再現,養護的役割の内面化.

⑦「ムイアニ」と「ムイウットゥ」の永続的関係性がある.

3-2 ムイアニ B さん

(1)ストーリーライン

B さんが 4 歳の時父親が死亡.父の死後,10 人きょう だいの B さん家族は,経済的には豊かとはいえない生活 であった.母親が近所の裕福な J 家の畑仕事を手伝いに 行く.B さんも母と一緒に J 家についていき B さんは J 家のオバアに孫のようにかわいがられる.オバアの孫た での子育てや地域の中での子どもの行動発達に関する調査

を実施している.その結果,多良間島は,守姉を中心とし て多様なアロマザリングの発達した島であり,それが地域 のソーシャルネットワークを支え,発展させる機能を果た していることを明らかにしている 7).また,現在の多良間 島のアロマザリングを支えるものについて「,地域の人々が 見守り支えてくれるというシェアされた養護性に対する信 頼と,そういうサポートを得つつ子どもが自ら育つ力に対 する信頼という二つの信頼である」と述べている 8)710 歳という自分もまだ子どもである「守姉」が,守子の親の 信頼を得て乳児を世話し遊び育てながら自らも育つという ことを可能にした要因について考えるとき,根ケ山も述べ ているように「養護性」という言葉を用いることで説明で きるのではないだろうか.「養護性」は“nurturance”を翻 訳したもので小嶋が,「相手の健全な発達を促進するために 用いられる共感性と技能」と定義した 9).養護性は,相手の 成長を促すという目的を持つこと,慈しみ育てるという共 感性と技能を含むという点に特徴がある.そして,子ども だけではなく,一時的に身体的心理的有能性を失っている 人,障がいを持っている人,老人や動植物も養護性が発揮 される対象として含まれる.つまり,その本質は,「生きと し生けるものに対する慈しみと育みの行為」であり,乳幼児か ら成人まで広い年齢範囲に適用できる生涯発達の視点に立つ 概念なのである[4].では,「守姉」は慈しみと育みの行為 を本質とする「養護性」をどのように獲得していくのだろう か.現代の子育てや子育ちについて考える時,「守姉」に よるアロケアから学べることは少なくない. そこで本研究 では,筆者が「守姉」を知るきっかけとなった沖縄の離 島,池間島の「守姉」を対象とした.池間島はかつてカツ オ漁で栄え,現在でも島民は自らを誇り高く「池間民族」

と呼ぶ.宮古島市の北西 1.5Km にある島で現在は宮古島と 池間島を結ぶ池間大橋の開通により行き来が容易になった が,「守姉」の時代は船しか移動手段のない島であった.琉球 王国時代の御嶽信仰が残っている民俗学的に注目されている 島である.池間島では「守姉」のことを「ムイアニ」と呼 び,「守子」は「ムイウットゥ」と呼ばれていた.(以下,池 間島の呼び方で「守姉」は「ムイアニ」,「守子」は「ムイ ウットゥ」と記す)

本研究の目的は2つある.ひとつは,「ムイアニ」と呼 ばれる池間島の子守の習俗に焦点をあて「ムイアニ」によ るアロケアについて実態を明らかにしその特徴について考 察することである.二つ目は,「ムイアニ」の子守には,養 護性を育む要素が含まれていることに注目し, 養護性の現 れに結びつくと考えられる経験について考察することであ る.

沖縄県宮古島市池間島出身の 70 代~80 代女性合計 4 名 の協力者に守姉に関するインタビューを実施した.

調査

2013 11 月那覇市内のホテルロビーで C さん,D さん 2 時間のグループインタビュー1 回を実施した.2017 年 11 月那覇市 C さん自宅で A さん,C さん 1.5 時間のグループ インタビュ-1 回を実施した.2017 8 月池間島の B さん自 宅で 2 時間のグループインタビュー1 回,2017 年 11 月,

2018 年 7 月,池間島 Bさん近所の友人宅で 1.5 時間の個別 インタビュー2回の合計 3 回のインタビューを実施した.

表 1 池間島出身調査協力者

守姉インタビュー質問項目

Ⅰ 属 性

Ⅱ 「ムイアニ」「ムイウットゥ」について 1.守姉経験について(きっかけ,喜び,困難)

2.守姉による子守の状況(世話・遊び・養護・学習)

3.守姉経験から得られたこと 4.守姉‐守子の関係性 5.守姉という習俗 守子インタビュー

守子へのインタビューは乳幼児期の生活について回想す る半構造化インタビューを実施した.その記憶の多くは家 族や周りの大人から聴かされた話から構成されていた.

倫理的配慮

調査の実施にあたり調査協力への同意を得ること,公表 に関する承諾を得た.インタビューは許可を得て録音し逐 語録を作成した.

分析

インタビューの分析は,比較的sai小規模の質的データ の分析にも有効とされる大谷による SCAT(Step for Coding and

Theorization)による定性的手法を用いた.SCAT は,音声 データを逐語化しそれらに対して①データの中の着目すべき 語句,②それを言いかえるためのデータ外の語句,③それを 説明するための語句,④そこから浮き上がるテーマ・概 念,という 4 つのステップによるコーデイングを行うこと により④のテーマ・概念を紡いでストーリーラインを記述 し,そこから理論を記述する手続きからなる分析方法であ 10).ここでは,紙面の関係上分析ワークシートの一部を 表2に示した.

「養護性」に関する分析は,小嶋の「養護性の現れとそ 2. 方 法

調査協力者

[2]

氏名 年齢 区分 守子

1 A さん 83 歳 守姉 D 子(D さん)

2 B さん 79 歳 守姉 F 子・G 男

3 C さん 79 歳 守子・守姉 H 男 4 D さん 76 歳 守子・守姉 I 男

沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

産物であることを指摘している2).そう考えると現在の 子育ての状況は,歴史的にみても稀なことなのである.

日本でも古来より子どもは地域コミュニティの中で多様 な人間関係のなかで育てられてきた.役割が母親に集中 することなく,集団成員間で子育ての負担をシェアす る「アロケア(allocare)」が行われてきたのである[1].

しかし,現代の子育てにおいて必ずしもそのようなアロ ケアを活用できずに母子の孤立化がみられる事件も発生 している.「アロケア」は子育てにおいてどのように活 用されてきたのだろうか.沖縄やその周辺の離島では「守 姉」という習俗がみられた3).それは,親以外の年長者 による子どもの養育,アロケアの一形態と考えられる.

「守姉」とは 7 〜 10 歳くらいの女子が,弟妹ではない近 所の特定の乳幼児の遊び相手や世話をする子守の習俗で ある.民俗事典では「守姉」は雇いの子守とは分けて記 されている4).その違いは,雇いの子守は賃金労働であ るのに対し守姉には特別な契約や金銭的報酬が発生しな いことである[2].そして,「守姉」と「守子」の関係 性は成人してからも継続し , 親やきょうだい同様の,人 によってはそれ以上の親密さをもつこともあるという5)

「守姉」に関する先行研究は , 数えるほどしかない.具志 堅は,民俗誌資料を渉猟し沖縄本島をはじめ久米島,宮 古島,石垣島,竹富島などの各地に「守姉」が存在して いたことを示している.「守姉」はその地域で呼び方に 違いがみられる[3].また,守姉と守子の関係性を事例 から考察した結果,その結びつきは「一生を通じて深い もの」(八重山),「兄弟同様」(読谷村楚辺),など,守 姉と守子の関係性は,生涯にわたる擬制的キョウダイ 関係であったと述べている6).根ケ山は,沖縄県宮古郡 の多良間島に 4 か月滞在し,とくに「守姉」という民間 伝承的アロマザリングに注目しながら,島での子育てや 地域の中での子どもの行動発達に関する調査を実施して いる.その結果,多良間島は,守姉を中心として多様な アロマザリングの発達した島であり,それが地域のソー シャルネットワークを支え,発展させる機能を果たして いることを明らかにしている7).また,現在の多良間島 のアロマザリングを支えるものについて「,地域の人々 が見守り支えてくれるというシェアされた養護性に対す る信頼と,そういうサポートを得つつ子どもが自ら育つ 力に対する信頼という二つの信頼である」と述べている

8).7 〜 10 歳という自分もまだ子どもである「守姉」が,

守子の親の信頼を得て乳児を世話し遊び育てながら自ら も育つということを可能にした要因について考えると き,根ケ山も述べているように「養護性」という言葉を 用いることで説明できるのではないだろうか.「養護性」

は “nurturance” を翻訳したもので小嶋が,「相手の健全 な発達を促進するために用いられる共感性と技能」と定

義した9).養護性は,相手の成長を促すという目的を持 つこと,慈しみ育てるという共感性と技能を含むという 点に特徴がある.そして,子どもだけではなく,一時的 に身体的心理的有能性を失っている人,障がいを持って いる人,老人や動植物も養護性が発揮される対象として 含まれる.つまり,その本質は,「生きとし生けるもの に対する慈しみと育みの行為」であり,乳幼児から成人 まで広い年齢範囲に適用できる生涯発達の視点に立つ概 念なのである[4].では,「守姉」は慈しみと育みの行 為を本質とする「養護性」をどのように獲得していくの だろうか.現代の子育てや子育ちについて考える時,「守 姉」によるアロケアから学べることは少なくない.そこ で本研究では,筆者が「守姉」を知るきっかけとなった 沖縄の離島,池間島の「守姉」を対象とした.池間島は かつてカツオ漁で栄え,現在でも島民は自らを誇り高く

「池間民族」と呼ぶ.宮古島市の北西 1.5Km にある島で 現在は宮古島と池間島を結ぶ池間大橋の開通により行き 来が容易になったが,「守姉」の時代は船しか移動手段 のない島であった.琉球王国時代の御嶽信仰が残ってい る民俗学的に注目されている島である.池間島では「守 姉」のことを「ムイアニ」と呼び,「守子」は「ムイウッ トゥ」と呼ばれていた.(以下,池間島の呼び方で「守姉」

は「ムイアニ」,「守子」は「ムイウットゥ」と記す)

本研究の目的は2つある.ひとつは,「ムイアニ」と 呼ばれる池間島の子守の習俗に焦点をあて「ムイアニ」

によるアロケアについて実態を明らかにしその特徴につ いて考察することである.二つ目は,「ムイアニ」の子 守には,養護性を育む要素が含まれていることに注目し,

養護性の現れに結びつくと考えられる経験について考察 することである.

2.方法 調査協力者

沖縄県宮古島市池間島出身の 70 代〜 80 代女性合計 4 名の協力者に守姉に関するインタビューを実施した.

調査

2013 年 11 月那覇市内のホテルロビーで C さん,D さ ん 2 時間のグループインタビュー 1 回を実施した.2017 年 11 月那覇市 C さん自宅で A さん,C さん 1.5 時間の グループインタビュ- 1 回を実施した.2017 年 8 月池間 島の B さん自宅で 2 時間のグループインタビュー 1 回,

2017 年 11 月,2018 年 7 月,池間島 B さん近所の友人宅 で 1.5 時間の個別インタビュー2回の合計 3 回のインタ ビューを実施した.

松本 なるみ

(4)

ちとも遊び仲間,きょうだいのように育つ.家族や家庭 の境界線はゆるやかで地域コミュニティーで子どもを育 てる環境であった.学校から帰ると B さんは J 家のオバ アの手伝いをするようになる.そして J 家の孫が生まれ たことから B さんは自然な形で J 家の孫 F 子の「ムイア ニ」となる.特別な依頼や契約,賃金も発生しない守姉 であるが B さんの場合は「ムイウットゥ」の祖母である オバアから J 家で毎日食事の提供を受けていた.当時は 学校給食もないことから,B さんは昼休みになると学校 から J 家のオバアのところに帰り昼食を食べていた.そ して,下校後も鞄を自宅におくとすぐに J 家に行き手伝 いや子守をして遊び夕食も済ませて自宅に帰るという生 活であった.B さん 9 歳の時,J 家のオバアの孫 F 子が 生まれた.F 子の母親たちが裁縫や鰹節削り作業で忙し いことから,Bさんが「ムイアニ」となる.生後 2 か月

〜 3 歳まで世話をする.毎日学校から帰ると F 子をおん ぶして連れて他の子どもたちも一緒に海辺や庭,近隣の 広場などで遊んでいた.J 家のオバアの家を中心に近隣 を自由に行き来して子どもたちだけで遊ぶことのできる 自由の空間が保障されていた.B さんは F 子に離乳食も 食べさせ汚れたおむつ洗いもしていたが,小さい子ども の世話は楽しいことであると捉えていた.また,F 子は,

顔のかわいい自慢の子どもであった.常におぶって連れ て歩いていたので,F 子がもしいなければそれは,それ はとても寂しいことだと思ったという.B さんは年長者 との情動的交流もあり年長者にもかわいがられた.J 家 のオジイが三線を弾きオバアが子守歌や島唄を歌い踊る ことが楽しかったという.F 子が進学で島を離れるとき は港に見送りに行き寂しくて大泣きしている.B さんは,

F 子のほかにも G 男という J 家のオバアの親戚の子ども の「ムイアニ」もしている.G 男の家庭は裕福ではなかっ た.歩けるようになってからの「ムイアニ」であった.

海で泳ぎを教え一緒に遊んだ.G 男も大きくなり守姉と しての直接的かかわりはなくなるが,裕福ではない家庭 の G 男が高校生の時に B さんは結婚して働いていたこ とから,食べ盛りの G 男に自分の働いたお金の中から弁 当代をこっそりあげることもあった.G 男の卒業式や結 婚式,就職して表彰されたときは G 男の招待を受け祝い の式に出席している.人生の節目やうれしいとき大変な 時にお互いに慮る関係性が続いていた.B さんが入院し た時は G 男が毎日仕事の行きかえりに病院に見舞いに来 たという.G 男は病気で亡くなるが危篤状態の時に B さ んは那覇の病院に駆けつけ最期を看取っている.

(2)理論記述

①お互いに助け合う「相互扶助的守姉」である.

②家族以外の年長者との情動的交流があり,かわいがら

れたと思える経験を有している.➡養護性の現れ注[5] 表 3 養護的相互作用の再現,養護的役割の内面化.

③表象としての「ムイアニ」の存在.「ムイウットゥ」 にとって精神的拠り所となる.

④常におんぶという身体的接触をとおして「ムイアニ」 と「ムイウットゥ」の愛着が形成されていく.➡養護性 の現れ注[5]表 3 直接に世話・相手をしてもらう経験.

⑤「ムイアニ」が高齢になりケア役割の逆転がみられる.

⑥「ムイアニ」と「ムイウットゥ」の永続的関係性がある.

3-3 ムイウットゥ C さん

(1)ストーリーライン

「ムイウットゥ」へのインタビューは,乳児期の記憶 は薄いが親や周りの人から「ムイアニ」に子守をしても らったことを繰り返し聞かされている.「ムイウットゥ」 の親は折に触れて「ムイアニ」への感謝を忘れないよう に言い聞かせるという.C さんの家はカツオ漁の船を所 有していたことから,非常に裕福な家庭であった.しか し父親を亡くし母親が事業を引き継いでいたことから多 忙な C さん家族にかわって近所の K さんが「ムイアニ」 となる.K さんも依頼されて守姉になったのではなく, K さん実家に C さんの叔父が C さんを連れて遊びに来 たことをきっかけに小さい子どものいなかったKさん宅 でそのまま毎日 C さんを預かるようになったという.こ こでも特別に依頼された様子はみられない.謝金も発生 していないが,「ムイアニ」の K さんの家は C さんの家 より経済的には豊かではなかった.

C さんの母親はミシンを持っていたことから K さんに洋 服を縫ってあげることや正月に届け物をすることを欠か さず行い K さん家族が病気の時には特別な食べ物を用意 してあげるなどの形で感謝していたという.C さんは「ム イアニ」の K さんだけでなく,その家族にも特別に大事 にされてかわいがられたという.学校に行くようになる と直接的かかわりは減少するが,C さんは良い成績を取 ると K さんに見せに行ったり,就職して沖縄本島で暮ら すようになっても帰省すると必ずまずは K さん宅を訪れ 気にかけていたという.C さんが結婚するときは,K さ んとその家族から当時大金であった 50 ドルをお祝いに もらい嫁入り道具として立派な箪笥を購入して今でも大 切に使っている.

「ムイウットゥ」であった C さんは 8 〜 9 歳の時に念願 かなって H 男の子守を頼まれ「ムイアニ」となる.C さ んは H 男の母親が忙しいときに 3 時間程度世話を依頼さ れていた.人形遊びのようにおんぶしてうれしくて連れ て歩いたという.「ムイウットゥ」の発達に合わせて離 乳食を作って食べさせることもした.離乳食は年長者の 真似をして作り H 男がおいしそうに食べるとうれしくな 沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

表2 SCAT 分析ワークシートの例

2SCAT 分析ワークシートの例 [3]

<1>

<2>

<3>

<4> Qムイアニになるには,「あなた,ムイアニお願い」っていう 依頼のようなものはあるんですか. B頼みはしない.そのままさ,もう.自然にもう.近いさ. 私のおうちから近かったさ.

頼みはしない.自 然に.近い.

守姉になるきっか

特別な依頼や許可不 要の子守

雇いの子守とは異なる土着的慣習的 子守 Q依頼されるというよりは近所に赤ちゃんが生まれてその赤 ちゃんを見てるうちに自然に. Bそう.あれ(守子)が生まれない時から(オバアが)わし をかわいがってくれた.連れに来とったよ.遊びに来て. 遊びに来て連れとったって.わしをば.小さい時からよ.

オバア,かわいが って,わしをば 小さい時から

幼少期の守子のオ バアとのかかわり

特にかわいがられた という想い.愛着と信

年上の人との情動的交流 Bから,あれ,産んだ(産まれた)ときからもうわしは, う連れてるしさ.そう.ちっちゃいときからもう,わし が抱いてた,遊んどって.かわいかった.

産んだ時から連れ る,遊んどって かわいかった

子ども時代の養護 的な相互作用経験

主体と対象の立場の 共存

養護性の形成過程 Q子守をしに行くとか手伝いに行くというよりは,もうほん とに遊びに行って. B向こうでもう毎日ご飯を食べていたよ.そう,向こうで行 って昼ご飯食べて,またお昼から学校に行くしね,あんな にしてたよ.向こうでもう,生活してたよ,ほとんどは.

かわいがってる, オバア,向こうB ,毎日,ご飯 日常的な食事の 場・過ごす場所 家族・家庭という単位 のゆるやかな境界線

ゆるやかな「家」意識 B自分の子どもみたいに私をば,もう扱っているわけさ.あ んなにして育てて,育てられてきた.

分の子どもみた ,育てられてき

他家での家族のよ うな扱い

地域共同体での子育

近隣におけるアロケアと相互扶助 Bそう,おんぶして遊んでたよ.もう,あのときはさ,まり つきやって教えたり,お手玉やったり

おんぶ,遊んでた, まりつき,お手玉 守子との遊びおんぶによる子守ス タイル 遊びながらの子守 Bそう.楽しかった.だから,私小さいけど,もうおんぶや って,これがいなかったら寂しいの,自分もよ.

楽しかった,おん ぶ、これがいなか ったら寂しいの

守子への想い守姉-守子,個と個の 関係

身体的接触をとおして構築される個 と個の特別な関係 QB 家で子守に行ったりして楽しかったことは. Bオバアちで歌を歌って聞かすのが楽しかったよ.子守歌を 歌ったり,亡くなった小さいオバアがよく歌を歌っていた から.またおじいは,三味線を弾いとって.だから三味線 いて,もう小さいから,Y ゃん,もうさっさと踊って.

オバアちで歌,聞 かすのが楽しかっ た,おじい,三味 線,踊って

オバアの家で楽し かった思い出

年長者との交流の中 で楽しみながら学ぶ 経験

さまざまなまなざしや価値に触れな がら育つ 松本 なるみ

(5)

ちとも遊び仲間,きょうだいのように育つ.家族や家庭 の境界線はゆるやかで地域コミュニティーで子どもを育 てる環境であった.学校から帰ると B さんは J 家のオバ アの手伝いをするようになる.そして J 家の孫が生まれ たことから B さんは自然な形で J 家の孫 F 子の「ムイア ニ」となる.特別な依頼や契約,賃金も発生しない守姉 であるが B さんの場合は「ムイウットゥ」の祖母である オバアから J 家で毎日食事の提供を受けていた.当時は 学校給食もないことから,B さんは昼休みになると学校 から J 家のオバアのところに帰り昼食を食べていた.そ して,下校後も鞄を自宅におくとすぐに J 家に行き手伝 いや子守をして遊び夕食も済ませて自宅に帰るという生 活であった.B さん 9 歳の時,J 家のオバアの孫 F 子が 生まれた.F 子の母親たちが裁縫や鰹節削り作業で忙し いことから,Bさんが「ムイアニ」となる.生後 2 か月

〜 3 歳まで世話をする.毎日学校から帰ると F 子をおん ぶして連れて他の子どもたちも一緒に海辺や庭,近隣の 広場などで遊んでいた.J 家のオバアの家を中心に近隣 を自由に行き来して子どもたちだけで遊ぶことのできる 自由の空間が保障されていた.B さんは F 子に離乳食も 食べさせ汚れたおむつ洗いもしていたが,小さい子ども の世話は楽しいことであると捉えていた.また,F 子は,

顔のかわいい自慢の子どもであった.常におぶって連れ て歩いていたので,F 子がもしいなければそれは,それ はとても寂しいことだと思ったという.B さんは年長者 との情動的交流もあり年長者にもかわいがられた.J 家 のオジイが三線を弾きオバアが子守歌や島唄を歌い踊る ことが楽しかったという.F 子が進学で島を離れるとき は港に見送りに行き寂しくて大泣きしている.B さんは,

F 子のほかにも G 男という J 家のオバアの親戚の子ども の「ムイアニ」もしている.G 男の家庭は裕福ではなかっ た.歩けるようになってからの「ムイアニ」であった.

海で泳ぎを教え一緒に遊んだ.G 男も大きくなり守姉と しての直接的かかわりはなくなるが,裕福ではない家庭 の G 男が高校生の時に B さんは結婚して働いていたこ とから,食べ盛りの G 男に自分の働いたお金の中から弁 当代をこっそりあげることもあった.G 男の卒業式や結 婚式,就職して表彰されたときは G 男の招待を受け祝い の式に出席している.人生の節目やうれしいとき大変な 時にお互いに慮る関係性が続いていた.B さんが入院し た時は G 男が毎日仕事の行きかえりに病院に見舞いに来 たという.G 男は病気で亡くなるが危篤状態の時に B さ んは那覇の病院に駆けつけ最期を看取っている.

(2)理論記述

①お互いに助け合う「相互扶助的守姉」である.

②家族以外の年長者との情動的交流があり,かわいがら

れたと思える経験を有している.➡養護性の現れ注[5]

表 3 養護的相互作用の再現,養護的役割の内面化.

③表象としての「ムイアニ」の存在.「ムイウットゥ」

にとって精神的拠り所となる.

④常におんぶという身体的接触をとおして「ムイアニ」

と「ムイウットゥ」の愛着が形成されていく.➡養護性 の現れ注[5]表 3 直接に世話・相手をしてもらう経験.

⑤「ムイアニ」が高齢になりケア役割の逆転がみられる.

⑥「ムイアニ」と「ムイウットゥ」の永続的関係性がある.

3-3 ムイウットゥ C さん

(1)ストーリーライン

「ムイウットゥ」へのインタビューは,乳児期の記憶 は薄いが親や周りの人から「ムイアニ」に子守をしても らったことを繰り返し聞かされている.「ムイウットゥ」

の親は折に触れて「ムイアニ」への感謝を忘れないよう に言い聞かせるという.C さんの家はカツオ漁の船を所 有していたことから,非常に裕福な家庭であった.しか し父親を亡くし母親が事業を引き継いでいたことから多 忙な C さん家族にかわって近所の K さんが「ムイアニ」

となる.K さんも依頼されて守姉になったのではなく,

K さん実家に C さんの叔父が C さんを連れて遊びに来 たことをきっかけに小さい子どものいなかったKさん宅 でそのまま毎日 C さんを預かるようになったという.こ こでも特別に依頼された様子はみられない.謝金も発生 していないが,「ムイアニ」の K さんの家は C さんの家 より経済的には豊かではなかった.

C さんの母親はミシンを持っていたことから K さんに洋 服を縫ってあげることや正月に届け物をすることを欠か さず行い K さん家族が病気の時には特別な食べ物を用意 してあげるなどの形で感謝していたという.C さんは「ム イアニ」の K さんだけでなく,その家族にも特別に大事 にされてかわいがられたという.学校に行くようになる と直接的かかわりは減少するが,C さんは良い成績を取 ると K さんに見せに行ったり,就職して沖縄本島で暮ら すようになっても帰省すると必ずまずは K さん宅を訪れ 気にかけていたという.C さんが結婚するときは,K さ んとその家族から当時大金であった 50 ドルをお祝いに もらい嫁入り道具として立派な箪笥を購入して今でも大 切に使っている.

「ムイウットゥ」であった C さんは 8 〜 9 歳の時に念願 かなって H 男の子守を頼まれ「ムイアニ」となる.C さ んは H 男の母親が忙しいときに 3 時間程度世話を依頼さ れていた.人形遊びのようにおんぶしてうれしくて連れ て歩いたという.「ムイウットゥ」の発達に合わせて離 乳食を作って食べさせることもした.離乳食は年長者の 真似をして作り H 男がおいしそうに食べるとうれしくな 沖縄離島の習俗「守姉」によるアロケアと養護性―池間島の「守姉(ムイアニ)」―

表2 SCAT 分析ワークシートの例

2SCAT 分析ワークシートの例 [3]

<1> 目す語句

<2> 言い

<3>

<4>ーマ・構 Qムイアニになるには,「あなた,ムイアニお願い」っていう 依頼のようなものはあるんですか. B頼みはしない.そのままさ,もう.自然にもう.近いさ. 私のおうちから近かったさ.

頼みはしない.自 然に.近い.

守姉になるきっか

特別な依頼や許可不 要の子守

雇いの子守とは異なる土着的慣習的 子守 Q依頼されるというよりは近所に赤ちゃんが生まれてその赤 ちゃんを見てるうちに自然に. Bそう.あれ(守子)が生まれない時から(オバアが)わし をかわいがってくれた.連れに来とったよ.遊びに来て. 遊びに来て連れとったって.わしをば.小さい時からよ.

オバア,かわいが って,わしをば 小さい時から

幼少期の守子のオ バアとのかかわり

特にかわいがられた という想い.愛着と信

年上の人との情動的交流 Bから,あれ,産んだ(産まれた)ときからもうわしは, う連れてるしさ.そう.ちっちゃいときからもう,わし が抱いてた,遊んどって.かわいかった.

産んだ時から連れ る,遊んどって かわいかった

子ども時代の養護 的な相互作用経験

主体と対象の立場の 共存

養護性の形成過程 Q子守をしに行くとか手伝いに行くというよりは,もうほん とに遊びに行って. B向こうでもう毎日ご飯を食べていたよ.そう,向こうで行 って昼ご飯食べて,またお昼から学校に行くしね,あんな にしてたよ.向こうでもう,生活してたよ,ほとんどは.

かわいがってる, オバア,向こうB ,毎日,ご飯 日常的な食事の 場・過ごす場所 家族・家庭という単位 のゆるやかな境界線

ゆるやかな「家」意識 B自分の子どもみたいに私をば,もう扱っているわけさ.あ んなにして育てて,育てられてきた.

分の子どもみた ,育てられてき

他家での家族のよ うな扱い

地域共同体での子育

近隣におけるアロケアと相互扶助 Bそう,おんぶして遊んでたよ.もう,あのときはさ,まり つきやって教えたり,お手玉やったり

おんぶ,遊んでた, まりつき,お手玉 守子との遊びおんぶによる子守ス タイル 遊びながらの子守 Bそう.楽しかった.だから,私小さいけど,もうおんぶや って,これがいなかったら寂しいの,自分もよ.

楽しかった,おん ぶ、これがいなか ったら寂しいの

守子への想い守姉-守子,個と個の 関係

身体的接触をとおして構築される個 と個の特別な関係 QB 家で子守に行ったりして楽しかったことは. Bオバアちで歌を歌って聞かすのが楽しかったよ.子守歌を 歌ったり,亡くなった小さいオバアがよく歌を歌っていた から.またおじいは,三味線を弾いとって.だから三味線 いて,もう小さいから,Y ゃん,もうさっさと踊って.

オバアちで歌,聞 かすのが楽しかっ た,おじい,三味 線,踊って

オバアの家で楽し かった思い出

年長者との交流の中 で楽しみながら学ぶ 経験

さまざまなまなざしや価値に触れな がら育つ 松本 なるみ

参照

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