Title
島尻勝太郎さんを悼む
Author(s)
西里, 喜行
Citation
沖縄大学紀要 = OKINAWA DAIGAKU KIYO(7): 27-29
Issue Date
1990-03-31
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/5733
沖縄大学紀要第7号(1990年)
島尻勝太郎さんを悼む
西里喜行 那覇市史編集室の田名さんから「島尻先生が今朝亡くなられました」との電 話連絡を受けたのは、十二月五日の正午前のことで、あまりにも突然の計報に、 まだ信じられない気持ちである。つい三日前、那覇市立病院へお見舞いに伺っ たのが、先生にお目にかかれる最後の機会になろうとは思いもよらないことで あった。もはや先生の讐咳に接する機会を持ち得ないことに気づく時、ただ莊 然自失するのみである。忽然として逝かれた島尻勝太郎先生。私には人生の旅 路の途中で、そびえ立つ険しい連山を前にしながら、頼もしい道案内者を失っ たような気がしてならない。 私が直接先生のご指導を受けて歴史学に志してからすでに四半世紀を経過し た。この間、先生は戦後沖縄における教育と琉球=沖縄史研究の面で強力なリ ーダーシップを発揮され、多くの仕事を成し遂げられた。とりわけ、琉球=沖 縄史研究においては、「島尻史学」ともいうべき風格のあるユニークな学風を 打ち立てられた。その特徴を挙げれば、第一に研究会を組織し、共同研究を大 事にしたこと、第二に琉球史の基礎史料の正確な読解を徹底的に重視したこと、 第三に歴史の舞台となった現場を直接見聞することに努めたこと、等である。 例えば、戦後沖縄における琉球=沖縄史研究が本格的な歩みを開始したのは、 1960年代の後半、沖縄歴史研究会が発足して以後のことであるが、先生は発足 当時から会長の故宮里栄輝先生を補佐しつつ、研究会のリーダーとして共同研 究にも積極的に参加され、二十代、三十代の若手研究者を啓発・指導するとと もに、多くの注目すべき論文を発表することによって琉球=沖縄史の研究を牽 引し続けられた。共同研究の成果として『近代沖縄の歴史と民衆」が刊行され たのは、1970年のことである。 この前後に、先生はまた嘉手納宗徳先生・故渡ロ真情先生らとともに、球陽 研究会を組織し、琉球史の基礎史料ともいうべき琉陽の読み下し、訳註作業に 取りかかられた。数年の歳月を費やした共同研究の成果は1974年に角川書店から -27-沖縄大学紀要第7号(1990年) 刊行され、第二回伊波普猷賞を受賞された。これによって琉球史の研究が飛躍 的に前進した。 1970年代から80年代にかけての十数年の間、先生は那覇市史編集委員として 市史編集事業を指導する傍ら、歴代宝案研究会を組織し、難解な歴代宝案文書 の解読に参加された。ときにはエレベーターのない那覇市職員会館の四階の一 室を会場に使用することもあったが、足を痛めておられたにもかかわらず、一 歩一歩階段を踏み締めながら上っていく先生の後ろ姿を仰ぎ見ることも屡々 (しばしば)であった。 その度に、学問研究に対する先生の真筆(し)な'情熱と使命感を見る思いが して、心底感銘させられたものである。また、歴代宝案文書の解読を急ぐため に、再三泊り込みの合宿研究会も実施されたが、先生はその都度労をいとわず 参加され、長時間の研究会を終始リードされた。私たちは先生が七十歳を超え る御老体であることを忘れからであった。十数年にわたる歴代宝案研究会の共 同研究の成果は、最近、那覇市史資料篇として刊行されたばかりである。 沖縄歴史研究会。球陽研究会。歴代宝案研究会のいずれにおいても中心的な 位置を占めておられた先生は、共同研究をことのほか重視し、各々の研究会に おいて共同研究の貴重な成果を生み出したばかりでなく、共同研究を契機にし て、先生個人の研究にも深さと広がりを加えていったように思われる。先生の 研究対象は琉球=沖縄史の全領域に及んでいるが、とりわけ近世琉球の社会と 宗教の分野では、歴代の冊封使録などを深く解明することにより、ユニークな 歴史像を構築することに成功している。これまでの研究成果の一部を取りまと められた名著『近世沖縄の社会と宗教」が、1984年に第二回東恩納寛'惇賞の対 象となり、受賞に輝いたことは記憶に新しい。 先生は決して書斎に閉じこもる歴史家ではなかった。史料収集を兼ねて内外 各地に足を運び、歴史展開の舞台となった現場を直接見聞することを無上の楽 しみとしておられた。歴代宝案研究会の帰途、・先生をこ自宅までお送りする車 内で、私は先生から旅行の土産話を聞くことを無上の楽しみとした。先生は臨 場感に富む衣現で私を魅きつけたか、先生が私に詰った土産話は、たいてい、 後に文章化されている。「中国歴史紀{丁」をはじめとする一連の旅行記は、最 -28-
沖縄大学紀要第7号.(1990年) 近「よしのずいから(歴史随想)jに収録され、先生の歴史観。人生観をにじ ませた名文として好評を博していろ。先生はまたどのような歴史事象にも関心 を示され、とりわけ最近の歴史学界の動向については、きわめて敏感で、絶え ず新しい研究に学ぶ姿勢を堅持しておられた。共同研究を重視したのも、若手 研究者たちとの交流を通じて現代的な問題意識を獲得しようと努力したことの 表れであろうと思われた。 最後まで第一線に立つ現役の歴史研究者であった島尻勝太郎先生。先生が打 ち立てられた学風に学び、潰されたお仕事を継承。発展させるべく、全力を尽 くす所存です。安らかにお休み下さい。合掌。 (沖縄タイムス、1988年12月8日より転載) -29-