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Vol.66 , No.2(2018)060平林 二郎「Mahavastuにみられる読誦経典」

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印度學佛敎學硏究第66巻第2号 平成30年3月 (132) ― 843 ―

Mahāvastu

にみられる読誦経典

平 林 二 郎

1. はじめに Mvには「宝経」(Ratanasutta),ならびに,Dhpの「千品」 (Sahassa-vagga)に相当する偈が釈尊によって唱えられる部分があり,これら「宝経」と 「千品」は「大経」(Mahāsūtra)1)やパリッタParittaに含まれる経典と関連してい る.そこで本論文では「宝経」,ならびに,「千品」とMvの該当箇所を考察し, 各文献の特徴を示すとともに,文献学的な位置付けを試みたい. 2. 「宝経」と Mv Skillingは,「宝経」とMvが「大経」に関連することを指 摘している2).「宝経」は,Sn222–238偈に当たり,後代には在家仏教者を伝 染病から守護するパリッタとして唱えられている.一方,Mvには,釈尊が Vaiśālīを訪問し厄払いをおこなう章があり,その厄払いの際に唱えられる偈が 「宝経」に相当する3) 大塚は,このVaiśālīでの厄除けをめぐって(A) Mv(i, 253.1–301.2)系統の典籍, (B)『薬事』(T. 24, 19c2–29a8)系統の典籍という2つの系統があるとしている4).(A の系統では,釈尊がVaiśālīに到着すると「宝経」を唱えるのに対し,(B)の系 統では,釈尊は「宝経」ではなく,偈文と,ある種の呪文を唱える. また,大塚は,「根本説一切有部律」における律制定にまつわるAvadānaの中 に,他の律典に見られない,呪文を説くという密教的な特異性が見られる点を指 摘し5),『薬事』において厄除けの呪文が唱えられる部分が存在することから, この仏伝に密教的な特異性が見られるとして,Mvよりも『薬事』の方が新しい 時代に成立したと見る方が妥当であると推定している6) 以上からすると,Mvを伝持した大衆部の説出世部は,厄払いの際に,初期仏 教から続く伝統的な「宝経」を唱え,『薬事』を見る限りではあるが,根本有部 は他の部派と異なり「宝経」よりも呪文を唱えることを重視したと考えられる. 3. 「千品」と Mv 「千品」は『法句経』の中の一章であり,外教より仏教が優 れているという内容を説く偈から構成されている.

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(133) Mahāvastuにみられる読誦経典(平 林) ― 842 ― この「千品」には以下の5つの系統があることが知られている7) 1. 上座部所伝のDhpに含まれるSahassavagga8) 2. GDhpに含まれるSahasravargaに対応する偈. 3. PDhpに含まれるSahasravargaに対応する偈.

4. Mv(iii, 434.13–436.17)において唱えられるDharmapadaSahasravarga.

5. Udvに含まれるPeyālavarga9) Broughによって,GDhpは法蔵部所伝の可能性があると指摘されている10).並 川によれば,PDhpは正量部に帰属する可能性が濃厚であるとの指摘があり11) また,西村によれば,PDhpは枝末分裂以前に るものであり大衆部系の1異本 である可能性も重視すべきであるとの指摘がある12)Udvは説一切有部の所伝で ある13) Dhp,GDhp,Udv,PDhpは 法 句 を ま と め て1つ の 経 典 と し た も の で あ る. 一方,Mvにおいて,釈尊は,カーシャパ三兄弟などの結髪外道(jaṭila-)を出家 させた後に14)700人の結髪外道を般涅槃させるためにSahasravargaを唱える15) 筆者が調べた限り,「千品」をこのような場面で唱えるのはMvだけである16) 「千品」の内容を見る限り,釈尊は外道に仏教の優位性を説き,それによって外 道を般涅槃させたのであろう.したがって,大衆部において「千品」の読誦に は,外教に対する仏教の優位性を示し,外道を仏教に導く意義があったと考えら れる. 次に,DhpとMvの「千品」を比較すると,MvにはDhpで説かれる5つの偈 に対応がない17).そこで本稿では,この5つの偈の中の109偈に注目してみたい.

Dhp 109 abhivādanasīlissa niccaṃ vaddhāpacāyino

cattāro dhammā vaḍḍhanti: āyu vaṇṇo sukhaṃ balaṃ18).

この偈はDhpでは「千品」に含まれているが,後代においては鬼神から身を 守るĀṭānāṭiyaparittaの最後の偈となっている19).この109偈について他の「千 品」の4系統と比較するとGDhpにのみ対応が見られる20)Dhp109偈があり, 枝末分裂以前に るものである可能性があるPDhpに対応がないことから,上座 部において「千品」が確定される早い段階で109偈の含む系統と,含まない系統 があったと考えられる. そこで,「千品」が上記の2系統(Dhp・GDhpとPDhp・Mv・Udv)に別れた過程に ついて,筆者が考えた仮説を提示してみたい.Dhpはインド北部で有力であった

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(134) Mahāvastuにみられる読誦経典(平 林) ― 841 ― 上座部の所伝であり,GDhpはGāndhārīで書写されているので北西インドのもの である.PDhpは使用言語から東インドと繋がりが深いと思われる21)Mvを伝 持した大衆部は中インド・南インドで有力であったと考えられる22).以上から 判断すると,Dhp・GDhpの系統はインド北部(上座部)・北西部(法蔵部)へ伝 わった系統であり,PDhp・Mvの系統は前述以外の地方へ伝わったものである. Udvは説一切有部の所伝でありインド北部で編纂された可能性がある.しかしな がら,UdvのPeyālavargaはPDhpの「千品」のすべての偈に対応しており23),ま た,Dhpの109偈に対応する偈がPeyālavargaにないことを見ると,Udvは上座部 以外の系統も踏まえて増広されていった可能性がある24) 4. おわりに Mvにみられる読誦経典としては,「宝経」のように,在家者のた め,あるいは,守護のために使われる「大経」やパリッタに相当するものの他に, 「千品」のように,外教に対する仏教の優位性を示し,外道を仏教に導く役割を果 たした経典も確認された.また,本論文で扱った「千品」の5系統を見る限り,こ れらの系統の別れ方は部派の分派の過程と矛盾していないと考えられる. 1)Lévi [1915]は,本来,仏教教団の内部だけで読誦・伝承されていた初期仏教経典の一 部が在家仏教者にも日常的に唱えられていたと指摘する論文を発表した.その後,佐々木 [1985]は,根本説一切有部律において「大経」(Mahāsūtra)という名称で編成された9つ の阿含経典が,チベット仏教では大乗にも小乗にも属さない別格の経典群として扱われて おり,また,在家仏教者のため,あるいは,守護のための経典を集めたものであることを 明らかにした.さらに,Skilling [1994, 1997]は有部系の「大経」として扱われる10経典に ついて研究を進めた.そして,これらの研究成果によって,Lévi [1915]が指摘した,在家 者によって唱えられていた経典群が「大経」に含まれていることが判明した.    2)Skilling [1997: 581–613]を参照.   3)Mv i, 290.9–301.2を参照,テキストでは「宝 経」とは明言されていない(290.9–10).   4)大塚[2013: 292–300]を参照.    5)大塚[2013: 299],ならびに,西本[1933: 19]を参照.   6)筆者が大衆部の説出世 部の律蔵に属するMvを調べたところ,大塚が指摘する通り,『薬事』のように呪文を唱え る部分は見られなかった.   7)斉藤[1971]を参照.斉藤[1971]の論文出版以降に PDhpが出版されているので5系統となる.   8)『法句経』「述千品」に対応.    9)『出曜経』「広演品」,および,『法集要頌経』「広説品」に対応.   10)GDhp 50–54 を参照.   11)並川[2011: 227–231]を参照.   12)西村[2017: 157–158]を参 照.   13)斉藤[1971: 160]を参照.   14)Mv iii, 424.4–432.6を参照.   

15)Mv iii, 434.12–436.18には「teṣāṃ bhagavāṃ jaṭilānāṃ Dharmapadeṣu Sahasravargaṃ bhāṣati | . . . te ca dāni bhagavatā balavaśībhāve vinītā sarve ca te parinirvṛtā |(試訳: 世尊は彼の結髪外道 たちに『法句経』における「千品」を説かれた.…そして,今,彼ら(結髪行者)は世尊 によって力が自在である境位に導かれ,また,皆彼らは般涅槃させられた.)」とあ

る.   16)「千品」のDhp 109偈は鬼神から身を守るĀṭānāṭiyaparittaの最後の偈となっ

て い る(Skilling [1994: 748, 751] を 参 照). ま た, こ の 偈 に つ い て は 後 で 考 察 す る.   17)Dhp 102, 104, 105, 109, 111偈に対応がない.   18)試訳: 常に礼を習慣

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(135) Mahāvastuにみられる読誦経典(平 林) ― 840 ― とし,年長者を尊ぶ人には4つの法が増大する.すなわち,寿命・美しさ・楽・力であ る.   19) 16を参照.   20)水野[1981: 71,126–129]を参照.Dhpでこの109 偈は「千品」に含まれているが,GDhpにおいては「安楽品」に含まれている.    21)並川[2011: 57].   22)西村[2017: 279–293]を参照.   23)Udvを見ると他 の系統(Dhp・GDhp・Mv)については対応のない偈が散見される.   24)水野は, Peyālavargaが他の「千品」に比べ増広されている点や,章題が「広演品」となっている点 から成立が最も新しいとしているが(水野[1981: 41–42]を参照),PeyālavargaとDhpでは 系統が異なっていた可能性がある.系統がことなるものについて,増広の有無などから新 旧の判断をするのは難しく,この問題については今後改めて研究を進める必要がある. 〈略号〉

Dhp Dhammapada. Ed. O. von Hinüber and K. R. Norman. Oxford: Pāli Text Society, 1995.

GDhp The Gāndhārī Dharmapada. Ed. John Brough. London: Oxford University Press, 1962. Mv Le Mahāvastu. Ed. Émile Senart. 3 vols. Paris: Imprimerie nationale, 1882–1897.

PDhp See Cone 1989.

Sn Suttanipāta. Ed. Dines Andersen and Helmer Smith. London: Pāli Text Society, 1913.

Udv Udānavarga. Ed. Franz Bernhard. 3 vols. Göttingen: Vandenhoeck & Ruprecht, 1965–1990. 『薬事』『根本説一切有部毘奈耶薬事』,T. 24, no. 1448.

〈参考文献〉

Cone, Margaret. 1989. Patna Dharmapada: Part I: Text. Journal of the Pāli Text Society 13: 101–217. Lévi, Sylvain. 1915. Sur la récitation primitive des textes bouddhiques. Journal Asiatique 5 (série

11): 401–447.

Skilling, Peter. 1994. Mahāsūtra: Great Discourses of the Buddha. Vol. I. Oxford: Pāli Text Society.

――― 1997. Mahāsūtra: Great Discourses of the Buddha. Vol. II. Oxford: Pāli Text Society.

大塚伸夫 2013『インド初期密教成立過程の研究』春秋社. 斉藤和子 1971「『法句経』 の 千品 と 『仏本行集経』」『印仏研』19(2): 160–162. 佐々木閑 1985「Mahāsūtra―『デンカルマ目録』 にあらわれる根本有部系経典群―」『仏 教研究』15: 95–108. 西村実則 2017『仏教とサンスクリット』山喜房仏書林. 並川孝儀 2011『インド仏教教団正量部の研究』大蔵出版. 西本龍山 1933「根本説一切有部毘奈耶解題」『国訳一切経 律部』19,大東出版社. 水野弘元 1981『法句経の研究』春秋社. ― 1990『経典―その成立と展開―』佼成出版社. (平成29年度科学研究費基盤研究(C)16K02172による研究成果の一部) 〈キーワード〉 Mahāvastu,読誦経典,部派,法句経,千品 (大正大学綜合佛教研究所研究員)

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