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第5章 社会開発と参加-クミッラ県ダウドゥカンディ郡

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第 5 章 社会開発と参加-クミッラ県ダウドゥカンディ郡

第1節 はじめに

第2節 援助と貧困層の参加 第3節 内発的発展を担う市民社会 第4節 市民社会と女性の参加 第5節 章括

第 1 節 はじめに

第1・2章では、クミッラ県で実施されてきたアメリカ・日本主導による援助と農村開発について、コ ミラモデル、食糧援助、モデル農村開発計画に焦点をあて、それらの具体的な実施状況を明らかにした。

前述したように、これらの援助・開発は、有機的なつながりを持っている。先ず、クミッラ県には、ア メリカ主導による「コミラモデル」=緑の革命によって近代農法がいち早く導入されている。また、食 糧援助による道路・橋梁建設も「コミラモデル」の一環として導入され、近代農法の普及・拡大と連動 して実施されている。こうした近代農法の普及は、伝統的な相互扶助関係に依拠していた農村居住者の 生活様式に徐々に影響を及ぼしていった。アメリカは、農村に賃労働という様式を持ち込んだり、化学 肥料や余剰農作物の売買を促進したりする中で、商品貨幣経済を浸透させていった。さらに、近年では、

日本ODAによって首都ダッカとクミッラ県を結ぶ「メグナ橋、メグナ・ゴムティ橋」が供与され、交 通が至極便利になったことから余剰農作物をダッカに輸送することが可能になった。その後、日本ODA によって供与された「モデル農村開発計画」は、これまでに日米によって実施されてきた援助・開発の 延長線上にあると考えられるが、そこでもコミラモデル同様の手法が採り入れられ、農村の近代化がさ らに促進されていった。こうした援助・開発によって、強く保護されてきたのはユニオン評議会やTCCA である。そのため、余剰を出せるほどの農作物を所有しているのは、コミラモデル導入以降、モデル農 村開発計画実施後に至るまで、一定以上の農地を所有している既得権益集団のみとなっている。こうし た援助・開発のあり方は、必ずしも農村に居住する貧困層のwell-beingを増進するわけではなく、農村 内のさまざまな格差を拡大させる面がある。そのうえ、農村内での利権の構造や分裂さえも引き起こし ているのである。

では、現地の社会開発は、誰が、いつ、どこで、どのように進めてきたのであろうか。そこでは、参 加型社会開発や市民社会の発展を見出すことができるのであろうか。そもそもバングラデシュでは、

1971年の独立以降から、現地NGOである BRACやグラミーン銀行といった市民社会が独自の理念に 基づいた活動を展開してきた。第1章と第2章で見たように、コミラモデルや日米主導による援助では、

TCCAやKSS、ユニオン評議会議長・議員が主たる対象者とされてきたが、それとは対照的に、市民社 会では、先ずもって貧困女性を主たる対象者として位置づけている。また、各プログラムの展開過程で は、農村内の伝統的な相互扶助関係を基盤として貧困女性によるショミティの組織化を実現している。

つまり、農村に居住する貧困層は、日米主導によるプログラムへの参加機会を剥奪されてきたが、市民 社会による活動を媒介としてwell-beingを向上させていると考えられる。ところが、これまでの研究・

調査では、このような視点に基づいた実態調査は必ずしも行われてこなかった。それゆえ、本章では、

現地調査に基づき、日米主導による援助や市民社会を媒介とした各プログラムへの貧困層の参加状況を 明らかにする。そこで、第2節では、日米主導による援助と2段階協同組合(KSSとTCCA)への農 村居住者の参加状況を明らかにする。第3節では、現地NGOであるBRACやグラミーン銀行といった 市民社会が農村に居住する貧困女性やジェンダー格差、延いては農村の社会関係にどのような影響を及 ぼしているのかを調査結果から明らかにする。第4節では、貧困層の各プログラムへの参加状況を現地 での個別訪問調査結果から明らかにする。なお、農村での貧困層からの聞き取り調査は、いずれもダウ ドゥカンディ郡のGauユニオンを対象としている。

(2)

第2節 援助・開発と参加

2.1 援助と貧困層の参加-81世帯・544人

ここでは、ダウドゥカンディ郡の農村居住者が援助とどのような関わりを持っているのかということ を、現地での調査を通して明らかにする。調査対象者は、同郡7ユニオンの農村居住者(2000年8月、

30世帯・210人)、同郡GauユニオンP村居住者(2002年8月、30世帯・210人)、同ユニオン、エリ ア・オフィス、BRACメンバー(2006年3月、10世帯・56人)、同ユニオンS村、グラミーン銀行メ ンバー(2006年3月、11世帯・64人)に大別される。これらの中で、BRACメンバーからの聞き取り 調査はエリア・オフィスで行っているが、その他は全世帯を個別に訪問している。また、第2章でも記 載したように、2000年8月の調査にはTCCAインスペクターが同行しているが、2002年8月のP村 での調査に際して特別な監視はなかった。さらに、BRAC及びグラミーン銀行メンバーからの聞き取り 調査は、後述するようにそれぞれのヘッド・オフィスを介して行っている。

表5-1から表5-4は、これら調査対象者と援助との関わりについて見たものである。援助に関する項 目は、アメリカ・国際機関・バングラデシュ政府と日本ODAに大別しているが、前者には、第2章で取 り上げたFood for WorksプログラムとVulnerable Group Feedingプログラムの他、Vulnerable Group Developmentプログラム、Women in Developmentプログラムが含まれる。Vulnerable Group Development プログラムは、世界食糧計画からバングラデシュ政府に供与される余剰農作物を、ユニ オン評議会を経由して農村の貧困層に供給する事業であるが、各世帯への供与期間は2年間とされてい る。だが、余剰農作物の供与だけでは貧困層のwell-being向上につながらないということで、1985年に BRACがこのプログラムに参入し、1987年までの試験期間を経て、BRACによる研修等が組み込まれる ようになった(次節参照)1。Women in Development プログラムは、高齢者に対して1ヵ月に100タ カを支給するものである。日本ODAについては、第2章で取り上げた供与内容の他、JOCVによる各種 研修事業や識字教室、建設事業(トイレ、KSS集会所)が含まれる。その他、1998 年の大洪水に際し ての援助もしくは支援の他、近隣による支援及び市民社会との関連を質問項目として掲げている。なお、

市民社会と貧困層の参加状況については、次節で具体的な状況を明らかにする。また、ここでは「JOCV もしくはJICAを知っていますか(あるいは聞いたことはありますか)」という質問項目も設定している。

では、アメリカ食糧援助によって実施されてきたFood for Worksプログラムへの参加状況から概観し て

評議会議長宅に長女M(推定12~13歳、不就学)をメイド(住み込み)の労働に出ざ る

みよう(このプログラムの詳細は、第2章を参照されたい)。2000年8月の調査内容を見ると、この プログラムに参加したことがあるのは事例15の父親2、1人のみとなっている。この男性(40-45歳、

クラス2まで就学)は以前BSSメンバーであったが、毎週の貯金が出来ず、BSSを脱会した。土地所有 状況を見ると、屋敷地2/30カニのみを父親から相続している(農地は所有せず、借金もない)。その居 住地がEliユニオン評議会議長自宅の近くであることから、議長の口利きでこのプログラムに参加した。

1日の労働時間は8時から14時(1時間休憩)までで、1日につき5Kgの小麦を受け取ったが、その雇 用期間は僅か2週間であったと言う。そのため、当然のことながら、Food for Works プログラムによ る雇用のみで家族の生活を維持することは出来なかった。彼の就業状況を見ると、以前は早朝6時から 夕方18時まで船をこいでレンガを運ぶ仕事をしていたが、1ヵ月に得られる現金収入は300~400タカ 程度であった。2000年8月時点ではリキシャ引きをしているが、1ヵ月の現金収入は500~600タカ程 度である。

一方、同ユニオン

を得なかった事例14の夫妻は3、Eliユニオンの農村で最も貧しい世帯に属する。母親(推定30~35

1 BRACでは、IGVGD(Income Generation for Vulnerable Group Development)と称している。

、リキシ

2 彼の家族成員は、長男(20歳、不就学、リキシャ引き、日当40~50タカ)、二男(18歳、不就学

ャ引き、日当30~35タカ)、長女(15歳、クラス7まで就学、母親の家事手伝い)、三男(14歳、クラス5)、 四男(12歳、クラス4)、五男(10歳、クラス1)となっている。

3 この家族の詳細は、第4章第4節3項(2)に記載している。

(3)

歳)は「自分の子どもを労働に出したい親などいない。現金収入を得られる機会があれば夫も私もどん な労も惜しまないのに、雇用機会を得ることが出来ない」と涙を見せた。外部により援助・開発が繰り 返し行われてきた当該地域では、乾季のボロ稲栽培に力を入れてきたがゆえに、雨季のアマン・アウス 稲作付けを減少させる地域が増えている。こうした状況の中、父親は複数の自己雇用を兼業し、母親は 農作業の手伝いを行っているが、家族成員が1日に1度の食事を摂取することもままならない。それゆ え、夫妻はかねてからFood for Works プログラムに雇用されることを切望しているが、実現されたこと はないと言う。そして「Food for Works プログラムで労働するにはユニオン議長との強い縁故関係が必 要であり、なおかつこの仕事には人数制限がある」と回答している。一方のユニオン評議会議長夫妻は

「Mの世帯は大変貧しい。私たちの1ヵ月分の紅茶代が、この世帯の1ヵ月分の全家計費に相当する。

そのため、この世帯を助けようと、Mをメイドとして雇用し、その報酬として両親に毎月の賃金を手渡 している」と述べている。だが、肝心の保護者に雇用を提供した形跡はない。

また、2002年8月に行った調査内容を見ると、鍵付きの大邸宅を構えるGauユニオン評議会議長宅 の

んでいない」

ing プログラムによる供与状況を概観してみよう。このプログラムに 基

章でも見たように、

がそれぞれの家庭を訪問したことを機に、ショミティの一員になるきっかけをつかんだ。2 人は不就学 を習得した。そして、事例1の女性は、

近隣に居を構える貧困層から、開発によって土地を買収された最貧困層に至るまで、全世帯の全構成 員がこのプログラムで雇用されたことがないと言う。これら貧困層は、このプログラムの存在を知って いる。そのため、仕事と現金収入が激減する雨季に、Food for Works プログラムに参加することを希望 している人々は多く見られる。だが、このプログラムに参加するには、ユニオン評議会議長とのコネク ションが必要であり、容易には実現しないということであった。さらに、BRACメンバーとグラミーン 銀行メンバーの中にも、このプログラムで雇用された経験のある人は見られなかった。

ところで、後述するKSSメンバーは「Food for Worksプログラムに参加することを望

しくは「仕事が忙しいのでこのプログラムに参加する時間的余裕はない」と回答している。このこと について、コトワリ郡の某KSSメンバーは、「Food for Worksプログラムは、KSS内では人気のない、

もしくは関心の低いプログラムとなっている。というのも、道路建設作業は重労働であるにも関わらず、

それに見合った余剰農作物もしくは現金収入が得られないからである」と述べている。これに対して、

貧困層の多くはFood for Works プログラムへの参加を希望しているが、貧困層の殆どが何ら接点を持 っていないという現状がある。

次に、Vulnerable Group Feed

づき余剰農作物を受け取っている世帯は、2000年8月の調査で4世帯(事例6、11、20、24)、2002 年8月の調査で2世帯(事例34、35)、BRACメンバー2世帯(事例1、2)、グラミーン銀行メンバ ー0世帯となっている。これらの世帯における供与量と供与期間を見ると、事例6の長女(2000年8月 時点で15歳、クラス10)は「毎月小麦が供与されていたが、他世帯に供与するという理由から1年で 打ち切られた」と述べている。また、BRACメンバー(事例1)は、「1ヵ月に10kgの米を4年間受け 取った」と述べている。その他の世帯では、供与総量や供与期間について、必ずしも明確な回答が得ら れなかった。また、より貧しい世帯に供与が行き届いていないという現状もある。2000年8月の調査 内容を見ると、4 世帯が物乞い(事例7、11、23、25)、1世帯がメイドと近隣居住者の支援で生活を維 持しているが(事例24)、これらの中で、Vulnerable Group Feedingsプログラムによる供与を受けた ことがあるのは2世帯のみである。さらに、2002年の調査内容を見ると、P村の主要幹線道路沿いにス ラムを形成して生存を維持している全世帯が、このプログラムとは無縁である。

では、こうした供与は、貧困層の生活状態を向上させているのであろうか。第4

例11(高齢・単身)は物乞によって日々の糧を得ているが、彼女はユニオン評議会議長自宅の近隣で 暮らしている(小屋)ことから、VGFプログラムの対象者として選定された。しかし、彼女はやわらか く煮込んだ米以外は食することができない。よって、供与された小麦は彼女の利益にはならなかった。

こうした状況を除くと、この供与の対象となった全世帯で「供与を受けている期間、それは有益なもの だった」と回答している。だが、供与期間の前後を見ると、これら貧困層は生活の維持に苦慮している。

但し、BRACメンバー2人(事例1と2)は、VGFによる供与を受けている期間にBRACのスタッフ であったが、研修を通して自分の名前の読み書きや紙幣の数え方

(4)

2003年以降毎年融資を受けており、夫のビジネス(果物の小売店)や家禽飼育を通して家族の生活が向 上している。一方、事例2の女性は、2006年3月に融資を受けたばかりで、夫のビジネスと家禽購入 に融資を活用する予定となっている。

いずれにしても、2年間とされている余剰農作物の供与のみでは、上から下への一時的な援助と化し てしまうであろう。こうした背景から、VGFプログラムは、貧困層のwell-being向上を実現するうえ での継続的な支援とは言えない。

これに対して、BRAC が参入しているVGDプログラムは、ただ単に物資を供与する上記のプログラ ムとは内容が異なり、貧困層自身の参加を重視している。BRACのVGDメンバーとなった事例9(2006 年3月現在20歳、SSC取得。父親他界後、母子世帯となる)は、余剰農作物が供与されている2年の あ

定65歳前後、不就学)の2人のみとなっている。両者とも、この1年間で、600タ カ

ユニオン評議会議長やKSSマネージャーを通して訪問世帯が選定された(その後、

マネージャー(後に借金を抱え込む、次項参照)の紹介で訪問している。これ ら

いだに研修に参加し、さまざまな刺激を受けるようになった。研修終了後には融資を受けるようにな り、2006年3月現在、エンタープライズ研修にも参加し、養鶏飼育について学んでいる。父親他界後、

彼女は刺繍を通して母子3人(母親と妹1人)の生活を支えてきたが、1日4~5時間の労働に対して 1ヵ月の現金収入は1,000タカ程度となっている。そのため、研修修了後には、家禽飼育を通して家族 のwell-beingを向上させたいと考えている。また、彼女はこの研修で知り合ったメンバーL(次節参照)

からも多くを学んでいると話している。なお、この事例を除いて、調査対象者の中にVGDメンバーは 見られなかった。

さらに、Women in Development プログラムについて見てみよう。全調査対象者の中で、このプロ グラムに基づき援助を受けているのは、2002年8月に個別訪問調査を行った事例45(推定60-65歳、不 就学)と事例46(推

(6ヵ月分)を4度受け取っていると言う。彼女たちの生活状態を見ると、農地・屋敷地とも所有し ていないので、P村の主要幹線道路横にスラムを形成し生活している。こうした状況であっても、事例 45(夫他界後単身世帯)の女性は、自分の生活を自分で構築したいという気持ちが強い。そのため、レ ンガ割の他、グラミーン銀行や現地NGOの融資活用(リキシャの貸出と牛の飼育・販売)を通して少 しずつ資金を蓄積している。彼女は不就学であるが、グラミーン銀行の研修で名前の読み書きを習得し、

経済活動に参加する中で簡単な計算方法を習得しており、その過程で自尊心を高めている。そして「今 の生活に十分満足している」と話している。一方、事例46は母子世帯で、母親は二女(30歳、不就学)

と2人暮らしである。この二女は結婚と出産を経験しているが、第1子が生後直ぐに他界してしまった。

その後夫は別の女性と結婚したため、二女は故郷に帰り母親と生活するようになった。また、2人の息 子(長男・35歳、リキシャ引き[事例31]、二男・34歳、不就学、トラック運転手補助[事例40])が 主要幹線道路を隔てたP村で生活している。彼らは父親から相続した屋敷地を所有しているが、年老い た母親を支援するほどの経済力を持ち合わせていないと言う。それゆえ、母親は経済的には二女に依存 しているが、二女がメイド(通い)の労働を通して得られる1ヵ月の現金収入は400~500タカ程度と なっている。そのため、この母親は「少額であってもWomen in Development プログラムによる給付 はありがたい」と話している。いずれにしても、このプログラムによる給付に対して、否定的な見解は 聞かれなかった。

では、次に貧困層とモデル農村開発計画の関係を見てみよう。上述したように、2000 年8月の個別 訪問調査にはTCCAインスペクターが同行している。そのため、当初は、彼と親交のある世帯、もしく は、彼と親交のある

富格差の大きいP村を追加したこと、TCCAインスペクターは貧困層に知人がいないこと等は第2章 で述べた通りである)。

さて、こうした背景により、2000年8月の調査対象者の状況は、他の対象者とは若干異なっている。

先ず、この年の調査で最初に聞き取りを行った事例1~4(V村)は、モデル農村開発計画の中でモデ ルと評価された某KSSの

の世帯は、1週間ごとの貯蓄が出来ない等の理由から何ら組合に加入していない。だが、このマネー ジャーは、事例1から事例3の世帯に対して、モデル農村開発計画の一環として識字教室が開催される こと、KSS内で希望者が20人に満たない場合、組合メンバー以外の人も参加出来るということを伝え

(5)

た。これを受け、事例1の長男(不就学)と事例3の父親(不就学)は識字教室に参加し、自分の名前 の読み書きの他、簡単な計算方法を身につけた。そのため、彼らは「子どもの頃、貧困故に就学機会を 得られなかったが、大人になってからこうして学ぶ機会が得られたことを嬉しく思っている。識字教室 への参加は、意義深いものだった」と回答している。こうした背景のみならず、元来、このマネージャ ーは農村居住者からの信頼が厚い。このことについて、事例3の父親は「KSSやBSSに加入していない 自分たちにも識字教室の案内が届き、ありがたいことだと思った。マネージャーは善良な人間で、農村 での評判も良い。また、日本の援助でKSS集会所が新しくなったことは知っているし、この農村に出入 りしている日本人を見たこともある。その後、KSSマネージャーが養鶏を拡大したことも知っている。

ただし、自分たちは組合メンバーではないので、識字教室以外のプロジェクトに参加出来なかったし、

養鶏等を拡大するような資金も所有していなかった」と述べている。一方、1999年に話を聞いた事例4 の父親(2000年8月時点で、既に他界していた)4は「日本人がこの農村に出入りしていたことはよく 知っている。何をしているのかは知らないが、初めて来た日、某家庭でベンガル人が好んで食する激辛 のつまみを提供され、口にした途端に大変なことになってしまったと伝え聞いている。わざわざバング ラデシュまで来るだけでも大変なことなのにと思っていた。この農村では、援助の内容よりも、むしろ その話のほうが有名になっている。私はアッラーの思し召しでこうして生活しているのだから、援助は 必要ない。今こうしてあるもので十分でしょう」と述べた。

次に、R村には、TCCAインスペクターと親交の厚いKSSメンバーが居住している。そのR村に居 住する事例8(45歳、不就学)と事例10(45歳、不就学)はMBSSメンバーであるが、彼女たちの 家屋横には新しいトイレが建設されている。この建設により、衛生的な生活が出来るようになったと彼 女

」と述べている。

しているのかまでは知らない」ということであった。

8 月

近隣による支援 市民社会 たちは喜んでいる。また、近隣に居住するBSSメンバー(事例9、30歳、不就学)は、この供与の ことを当然知っている。

さらに、N村にある某KSSもモデル農村開発計画の中でモデルとしての評価を受け、KSS集会所が 供与されている。そのため、その近隣に居住している事例15の父親は「KSS集会所が日本によって供 与されたことは知っている

一方、事例27と28は、郡の政府機関が集中しているDユニオンで茶店を出している。JOCVの居 住先もこの近くにあることから、彼らは必然的に頻繁に日本人を見かけている。しかし「モデル農村開発 計画は知らないし、JOCVがどのような活動を

このような状況に対して、2002年8月の調査対象者及びBRACとグラミーン銀行メンバーは、モデ ル農村開発計画、JICA、JOCV について「全く知らない。モデル農村開発計画など聞いたこともない」

と回答している。とりわけ、P村に居住する貧困層は「外国人を見ること自体初めてのこと(2002年 )」と述べ、驚きと好奇心を露にしていた。このように、大多数の貧困層は、モデル農村開発計画、あ るいはJOCVの存在さえ知らないという状況にある。なお、2000年8月の調査では、組合加入者は僅 か3名(MBSS・2人、BSS・1人)、元BSSメンバーは2人で、その他は、週5タカ以上の貯蓄が出 来ず組合に加入できないという人々であった。2002年8月の調査対象者及びBRACとグラミーン銀行 メンバーは、こうした組合とは何ら縁のない人々であった。

表5-1:貧困層と援助-ダウドゥカンディ郡7ユニオン(2000年8月、30世帯・210人) アメリカ・ 日本ODA 1998年の洪水・提供者

4 彼の息子2人は、バザールで茶店を出している(共同)。父親は、この2人に昼食を届けるのが日課となっ ていた。この父親は農村居住者からの信頼が厚く、茶店もその恩恵を受けていた。そのため、父親他界後に売 上収入は減り、2002年8月には子どもたちの就学継続も懸念されていた。そして、2005年12月に再度この 世帯と茶店を訪問した際、「茶店の売上収入は回復し、就学期にある子どもたちも全員就学している」という ことが確認出来た。長男の妻は「義父が他界した直後は大変だったけれど、その後夫たちが一生懸命働いてく れたので、生活が上向きになった」と満足気であった。また、2002年当時、長男、二男は同じ屋根の下で生 活していたが、2005年12月現在、それぞれの家屋を所有している。但し、高齢となった母親は足を痛め、

思うように歩くことが出来ないということであった。息子家族は、この母親を気遣い、支えている。

(6)

国際機関・ (モデル農村 政府 開発計画) 1 V なし 長男: 22

評議会議長を通して支給

識字教室参加

米 5kg・政府→ユニオン 長年助け合ってい なし

2 V なし なし(識字教 米 5kg・政府→ユニオン 長年助け合っている なし 室の案内有) 評議会議長を通して支給

3 V なし 父: 37歳、識字 長年助け合っている なし

教室参加(KSS リーダーの紹 介) KSSメン バーではない ので、それ以 外参加出来な

米 5kg・政府→ユニオン 評議会議長を通して支給

4 V なし 米 5kg・政府→ユニオン

評議会議長を通して支給

長年助け合っている なし 知らない

5 I なし 校に通

近くに居住)

有 助け合っている なし

小学 学(小学校 6 P VGF(他世帯

に支給すると いう理由から

麦 2~5kg×2~3 回・政府

1年で打切り)

知らない 米と 有 なし

7 P 知らない ~5kg×2~3 回・政府

(物乞い)

屋敷地・家屋提供 1日1回、3人分の食料提

なし

なし 米と麦 2

8 R なし トイレ設置 (妻、MBSS)

なし

有 助け合っている

9 R なし (知 っ て い 有 合っている なし る。夫BSS)

助け

10 R VGF トイレ設置 有 助け合っている なし (妻、MBSS)

11 P なし 知らない 1~5kg×4回・政府 (物乞い) 1日1食、調理 なし した食料を支援

12 P なし 知らない 米と麦×3回・政府 なし

13 P なし 知らない 米と麦で5kg×3~4回・ユ ニオン評議会議長

なし

14 N なし 知らない 米と麦4kg×2回・政府 用主の長

隣居住者が子ども4人分 食料提供(1回/1日で1 間/1ヵ月)

長女(住み込みのメイド)の2 回目の雇用主(現雇 女で医師)が家屋提供

なし

15 N FFW (聞いたこ

とはある)

なし 小麦5kg×3回・ユニオ

ン評議会議長宅

助け合っている

16 N 知らない 小麦5kg×3回・ユニオ け合っている なし

(7)

ン評議会議長宅

17 N なし 知らない 小麦5kg×3 回・ユニオ 助け合っている なし ン評議会議長宅

18 N なし 知らない 小麦5kg×3回・ユニオ 助け合っている なし ン評議会議長宅

19 P なし 知らない ×2~3 両親・兄弟を支援 ASAメンバー

GOメンバー

米と麦 2~5kg

回・政府 現地N

20 P なし 知らない 2~5kg×2~3回・政府 米・兄弟から なし

21 P なし 知らない 米と麦 2~5kg×2~3 回・政府

米・兄弟から なし

22 P VGF 小 麦 ヵ月

×(不明)

ーン銀行メンバ 30kg/1

知らない 米と麦2~5kg×1週間 米・兄弟から グラミ

23 G なし 知らない 穀物3回(路上で生活)

物乞い)

(夫他界、女性単身世帯、 なし

24 G

18ヵ月

知らない 有 (夫他界、母子世帯)メイド 料を支給

なし VGF

米・麦 の仕事をした日は母子 3

人分の食

仕事のない日→1 日2食

×母子3人分支援

25 G 知らない 有 ( 家屋

てい なし

なし 女性単身、物乞い、

なし)農村居住者や娘(2 人)の家を転々とし る

26 G なし 知らない 小麦10kg

ジョンに騙されて なし (屋敷地なし、娘のダウリ ーのために売却) (マハ

いる)

27 D なし (日本人はよ

く見かける が、仕事内容

なし(ユニオン評議会議長宅 で食料を配給していたが、仕 事で行けなかった)

なし

は知らない)

(余裕がない)

28 D なし (日本人はよ 助け合っている なし

く見かける が、仕事内容 は知らない)

1kg×3回、郡長

29 D なし 知らない 助け合っている なし

30 P なし 知らない なし 助け合っている なし

注 : 括弧内に記載して は、表3-2:貧困層の生活状態(2000年8月)の事例番号と同様であ

表5 困層と援助-ダウドゥカンディ郡GauユニオンP村(2002年8月、30世帯・210人)

米・国際機 JICA 1998年の洪水・提供者 近隣による支援 市民社会 いる事例番号

る。

-2:貧

(8)

関、政府

31 なし 知らない 米2.5kg・ダッカ在住の富 米の貸し借り なし 裕層

32 知らない 米15kg・ユニオン評議会 長年助け合っている グラミーン銀行メンバ RACメンバー なし

議長

B

現地NGO メンバー 33 なし 知らない kg、米10kg・ユニ

オン評議会議長、現地 NGO、富裕層

助け合っている、特に乾 季

ミーン銀行メ

麦10 グラ

ンバー 34 VGF

4kg×2

知らない 米8kg・富裕層 米の貸し借り なし 35 VGF

g

知らない なし なし

米5k

なし

36 知らない 何度か援助を受けた・ユ 評議会議長、富裕 層

(ユニオン評議会議長宅 込みのメイドをし ているため、空腹でも眠

ASAメンバー なし

ニオン で住み

るより他ない)

37 なし 知らない

.51kgの食料支給

なし

3ヵ月間の避難中、約1ヵ月

0

(食料支援を依頼したこ とはない)

38 なし 知らない 米5kg×5~6回・ユニオ ASAメンバー ン評議会議長(バザール

で配布)

なし

39 なし 知らない 米5kg×2~3回・(分から ない)

米をわけてもらったこと がある

なし 40 なし 知らない 1~5kg×2~3回・ユニオ 米をわけてもらう なし

ン評議会議長

41 なし 知らない 1~5kg×4回・政府 息子家族 4 世帯(事例 なし 31-34)が支援

42 なし 知らない 米と麦×3回・政府 なし ASAメンバー 43 なし 知らない 米と麦で5kg×3~4回・ユ

ニオン評議会議長

米の貸し借り なし 44 なし 知らない 麦と米を時々 なし(余裕がない) なし 45 WID

600 タカ/半年

め気を遣っ てくれるが、自分の現金収入

ーン銀行メンバ

×4

知らない 穀物2~5kg×4回・政府 (高齢で単身のた で生活できる。

グラミ

ASAメンバー 現地NGOメンバー 46

半年

×4

知らない 米2kg×1回・政府

WID

600 タカ/

(夫他界後、母子世帯) なし(余裕がない

なし

47 なし 知らない 米2~5kg×2~3回 なし(余裕がない) ASAメンバー 48 知らない 米と麦5~10kg・政府 事故時に食料をもらった ASAメンバー

NGOメンバー なし

BRACメンバー

(9)

49 なし 知らない (支給された) 母子6人は視覚に障がいが ある。父親は3~4年前にリ キシャ引きを辞めた(近隣の 支援なしでは生活できない)

ASAメンバー 現地NGOメンバー

50 なし 知らない 米と麦5kg×2回・政府 米の貸し借り なし

51 なし 知らない 米と麦5kg×2回・政府 なし(余裕がない) ASAメンバー 52 なし 知らない 米と麦2~5kg×4回 なし(余裕がない) 現地NGOメンバー 53 なし 知らない 米と麦2~5kg×4回・政 い)

なし(余裕がな ASAメンバー 現地NGOメンバ 54 なし 知らない 米と麦2~5kg×4回・政

なし(余裕がない) ASAメンバー 55 なし 知らない 米と麦2~5kg×4回・政 米の貸し借り

なし

56 なし 知らない もれていた為何 米の貸し借り ASAメンバー

GOメンバー

(リストから

も支給されていない) 現地N

57 なし 知らない 米と麦2~5kg×3~4回 なし(余裕がない) なし

58 なし 知らない 米と麦25kg×4~5 なし(余裕がない) ASAメンバー 59 なし 知らない 米と麦2~5kg×4~5 なし(余裕がない) なし

60 なし 知らない 穀物2~5kg なし(余裕がない) なし

注 : 括 記載し 番号 活状 例番号

これらの中で、事 7、 を剥 して生 いる人々

である。

事例 機 JICA 1998年の洪水・提供者 近隣による支援 市民社会

弧内に ている事例 は、表3-7 : 貧困層の生 態(2002年8月)の事 と同様である。

例44~4 事例49~60は、屋敷地 奪され、スラムを形成 活して 表5-3:貧困層と援助-ダウドゥカンディ郡Gauユニオン、エリア・オフィス、BRACメンバー

(2006年3月、11世帯・56人)

米・国際 関、政府

1 VGF なし なし 日常的にある BRACメンバー

2 VGF なし 米10kg 日常的にある BRACメンバー

3 なし なし なし 日常的にある BRACメンバー

4 なし なし 米1.5kg・ユニオン評議会

)

0タカの貸 返却 議長(小船

夫不在時100~20 し借り、夫帰宅後

BRACメンバー

5 なし なし なし 融資活用後、借りること

はなくなった

BRACメンバー 6 なし なし なし 日常的にある BRACメンバー

7 なし なし なし 米の貸し借り BRACメンバー

8 なし なし なし 日常的にある BRACメンバー 食事を分け合う

9 VGD 米・小麦 30kg×2年

なし なし 日常的にある BRACメンバー

10 なし なし なし 日常的にある BRACメンバー 注 : 各メンバーの生活状態は、表5-23に記載している。

表5-4 -ダウドゥカンディ郡GauユニオンS村、グラミーン銀行メンバー

(2006年

近隣による支援 市民社会 :貧困層と援助

3月、10世帯)

米・国際機 JICA 1998年の洪水・提供者

(10)

関、政府

1 なし なし 援助物資を載せた小船が ももっと貧しい世帯に配

日常的にある(聞 住者が 米約10kgを返却にきた)

き取り グラミーン銀行メンバ

調査時に、近隣居

来ていたが、私たちより 給して欲しいと伝えた

2 なし なし

米や金銭の貸し借りもある。

ミーン銀行メンバ

同上 日常的にある。S村の人々 はよく助け合っている

グラ

3 なし なし 同上 同上 グラミーン銀行メンバ

4 なし なし 米を潰した食べ物、4kg・

住者

グラミーン銀行メンバ

農村居

同上

5 なし なし 前掲、事例1に同じ 同上 グラミーン銀行メンバ

6 なし なし 米を潰した食べ物、4kg・ 同上 ミーン銀行メンバ 農村居住者

グラ

7 なし なし 米数キロ 同上 グラミーン銀行メンバ

8 なし なし (Struggling Member)

後、S 村の居住者 が支援、第3節参照)

ミーン銀行メンバ

(夫他界

グラ

9 なし なし なし 事例8に屋敷地提供 グラミーン銀行メンバ

10 なし なし 米数キロ 前掲、事例2に同じ グラミーン銀行メンバ

11 なし なし 前掲、事例1に同じ 同上 グラミーン銀行メンバ

注 : 各メンバーの生活状態は、表5-30に記載している。

では、1998年の大洪水に際しての援助、もしくは支援はどのようになっていたのであろうか。このこ 援助物資は受け取っていない」と回答していう

。一方、その他の調査内容からは、広範囲に及んで援助物資が配られていたことが分かる。その過半 は

収入がないのは5世帯とな とについて、BRAC メンバー10 人のうち8人は「何ら

、政府や国際機関、外国援助による物資で、ユニオン評議会を経由して配給されていたことも分かる。

その配給方法は、小船を使用して各世帯を周るか、ユニオン評議会議長宅で手渡しするか、のいずれか になっている。その他、現地 NGO、郡長、農村居住者による食料配給も見られる。総供与量は多くて も20kg前後となっていて、家族構成員の食料を補うには十分な量とは言えない。ただし、貧困層から 供与量に対しての不満等はいっさい聞かれなかった。また、S村のグラミーン銀行メンバーの殆どは「援 助物資を載せた小船が周ってきたが、私たちより貧しい世帯に配って欲しいと伝えた」と述べている。

一方、「米を潰した食料を4kg受け取ったが、それは政府からの供与ではない。農村居住者が用意(調 理)してくれたものだ」と事例4の女性は強調していた。さらに、前述した事例14 の世帯では、この 洪水で家屋が全壊した。この当時、長女は既にメイド(住み込み)の労働に出されていたが、その雇用 主(現雇用主の長女で医師、チッタゴンで開業)が家屋を提供している。

最後に、近隣居住者間による支援関係であるが、当該地域では、全般的に近隣居住者間による相互扶 助関係が見られる。また、第3章でも記載したように、それぞれの家庭状況を相互によく把握している。

前述したように、2000年に個別訪問調査を行った30世帯の中で、何ら現金

(11)

っているが、これらの世帯を支援しているのは近隣居住者である。しかも、支援している人々は富裕層 ではない。また、事例14はN村で最も貧しい世帯である。そのため、この世帯では、1ヵ月に約1週 間は全く食料を購入できない日があるが、そのような日には、近隣居住者が子どもたちの食料(1日1 食分)を支援している。

さらに、2002年に個別訪問調査を行った30世帯の中で、16世帯はP村の主要幹線道路横でスラム を形成して生活している人々である。このうちの 12世帯は「生活が大変すぎることはお互いによく分 かっているので、米を貸して欲しいと依頼することは出来ない」と回答している。中でも、母親とその 子

している。そして、日米主導による援助とは何ら接点のない農村の

カンディ郡- TCCAの参加状況

(1)TCCAの利益拡大と政府との対立

ミラモデルによって2段階協同組合の組織化と近

代 初の資本金は僅か1,000タカであったが、2000

年 ている5。TCCAは、ショナリ銀行からの出資金を元手に、

それら収益金の15%はTCCAの収入として保管されて き

どもたちに視覚障がいがあり、父親は何ら仕事をしていない事例49の家族成員を支援しているのも、

このスラムの人々、とりわけ女性たちである。この母親は、近隣女性の勧めで現地NGOのメンバーと なり、融資を活用しながら生活を維持しているが、その返済を行っているのは、彼女とショミティを形 成している近隣女性たちである。

このように、バングラデシュ社会の底辺におかれた人々の生存は、近隣居住者による相互扶助関係に よって維持されていると言えるであろう。次節で見る市民社会による活動は、そのような相互扶助関係 を媒介としながら貧困女性を組織化

貧困女性たちが、市民社会による活動に参加していること、そこで多くの女性たちが自らのawareness を高め、家族成員のwell-beingを向上させていることが、現地での調査内容から明らかになっている(第 3節、4節参照)。

2.2 モデル農村開発計画(日本ODA)と参加 2.2.1 ダウドゥ

ダウドゥカンディ郡のTCCAは、アメリカ主導のコ 農法が推進されていた1969年5月に登録された。当

8月現在、少なくとも以下の資本金を所有し

合メンバーに対して穀物生産と灌漑ポンプ使用目的の融資を行っている(但し、ショナリ銀行からの 融資取り付けにはBRDBが介入している。また、後述するように、組合メンバーへの融資には一定の条 件がある)。前者は、じゃが芋もしくは乾期の稲作栽培を目的としており、メンバー1人に対して1万タ カまでの融資を行っている。そこでの利子は20%で、ショナリ銀行が9%、TCCAがサービスチャージ として5%を受け取っている。残り 6%については、メンバーが期限内に返済を終えた場合、マネージ ャーと組合に1%ずつ還元され、残り4%がTCCAの収入となる。期限内に返済出来なかった場合、6%

分全てがTCCAの収入となる。一方、灌漑ポンプ使用に関する融資は、深井戸(9年間で 18 回の分割 返済)、浅井戸(15年間で10回の分割返済)、低揚程ポンプ(3年間で6回の分割返済)に大別されており、

利子は16%となっている。これら融資事業において、例年TCCAは、サービスチャージとして20万タ カ、融資の利子として3万タカを蓄積している。この他、預貯金400万タカを所有しているため、例年 40万タカの利子を受け取っている。また、CICS(Comilla Industrial Cooperative Society)に約5万タカ の株を所有しているため、例年1万タカの配当金がついている。支出は例年60万タカで、主にインス ペクターへの給与支払いにあてられている。こうした背景だけ見ても、TCCAが郡の中で有力な組織で あるということが分かる。

さて、第2章で見たように、日本ODAによるモデル農村開発計画では、TCCA強化と乾期の米生産 増を目的に灌漑ポンプとポンプ収納倉庫の他、トラクター等が供与された。灌漑ポンプの貸出料金は1 シーズンにつき4,500タカに設定されているが、

た。また、トラクター貸出料金(1シーズンにつき4,000タカ)も、灌漑ポンプ同様にTCCAの収入

5 JICAの現地資料とダウドゥカンディ郡のTCCAからの聞き取り調査による(2000年8月、2002年8月)。 会計報告書について、毎回「後日お見せします」という返答があり、最終的には見せてもらえなかった。

(12)

とされてきた。ところが、長期専門家6及びJOCVの派遣終了を目前に控えた2000年8月、既に状況は 混乱していた。第2章でも見たように、BRDBはTCCAの監督機関として位置づけられており、モデル 農村開発計画でのBRDBの任期は2000年6月までの予定であった。ところが、バングラデシュ政府は

「今後もTCCAを監督する機関が必要であり、灌漑ポンプ貸出事業等をTCCAに一任できない」と主張 し、同年6月末、突如としてバングラデシュ政府からBRDBの1ヵ月半の任期延長が言い渡された。そ の後7月末には、BRDBが3ヵ月の延期をバングラデシュ政府に要請した。このことについて、現地の 某関係者は「政府は、モデル農村開発計画によって蓄積されたTCCAの利益を横領しようとしているわ けではない。政府は基本的にはこのTCCAを信頼していない。というのも、この集団が自らの利益ばか りに関心を向けているからである。そのため、振って沸いたような収入が彼らの懐に落ちることを警戒 している」と述べている。一方、こうした渦中にあった2000年8月当時、TCCA議長を務めていたA7 は、ダウドゥカンディ郡に配置されていたBRDBスタッフ同席のもとで以下のように述べている。

「モデル農村開発計画は、BRDBやTCCAを支援し、JICAと共同で実施されるものと期待していた が、TCCAスタッフを入れて共同でプロジェクトを実施したことはない。BRDB、TCCA、JICAでの 合同ミーティングは開かれているが、JICA側が一方的に決めて、BRDB、TCCAは形式的に参加し、

に水洗トイ

そこにサインをするだけだ。そのため、7 年間のプロジェクト実施期間で、1 度もどこで何をしている のかを教えてくれたことはないし、今も伝わってこない状況が続いている。もちろん、非公式的に伝わ ってきてはいるが。そのため、モデル農村開発計画に対しての意見を求められても回答出来ない。唯一 知っているのは、灌漑ポンプ貸出事業のことだけである。モデル農村開発計画は終了間近となっている が、今年も10月以降にポンプの貸出事業を行うことになっている。にも関わらず、まだポンプの修理・

点検は終わっていない。また、このポンプ貸出事業等をどこが受け継ぐのか等、その計画も立てられて いない。ポンプ修理のために必要な交換部品をはっきりとした数は分からないが少しだけ調達した。こ れに必要な資金は、いったいどこから調達したらよいのか、それすら決まっていない。こうしたことが 原因となり、ポンプ貸出事業は、モデル農村開発計画が終了したあとも継続出来るのか危うくなってい る。そもそも、モデル農村開発計画は、計画段階から一貫してJICAとダッカ在住の政府役人側による 一方的な決定により行われてきた。BRDBダッカ事務所は、日本でJICAの研修を受けたベンガル人を モデル農村開発計画の新たなスタッフとして編入させる予定でいたが、その人間は現在他の部署に所属 していて、この郡には配属されていない。TCCAスタッフは、日本での研修には参加させてもらえなか った。このように、TCCAや郡のBRDBスタッフは、計画・立案段階からこの事業に何ら参加してい ない。一方、TCCAの月に1度のミーティングにはJOCVの出席を求めており、彼らは毎回出席して くれる。JOCVの活動は時間どおり、きちんとした仕事をしている。中でも、識字教室は参加者からの 評判も良かった。だが、それ以外では、JOCVの活動もJOCVの中だけで決められ、TCCAスタッフ と共同で仕事をしていない。プロジェクトの視察に参加したことはあるが、通常のJOCVによる活動に は参加させてくれず、何か問題が生じた時の解決のためだけにBRDBとTCCAが必要とされる。それ ゆえ、この7年間のプロジェクトがTCCAにとって良いものだったとは思っていない」。

さらに、2005年12月時点で、事態はより深刻化していた。第2章で見たように、モデル農村開発計 画では、2階建て鉄筋コンクリート造の研修施設も供与されている。この建物は、2002年8-9月の調査 時点では何ら使用されていなかったが、その後、居室として貸出されるようになった(各室

レと照明器具有)。そのため、モデル農村開計画による産物として、灌漑用ポンプ、トラクター、居室貸 出によって利益が得られるようになったが、それらの利益をTCCAが独占することをバングラデシュ政 府が承認せず、RPAPを新たな監督機関として配置していた。こうした状況をTCCA側が納得するはず もなく「JICAは、灌漑用ポンプや各種貸出事業の利益をTCCAに供与すると言っていた。それにも関

6 第2章でも見たように、長期専門家の任期は2000年6月までの予定であったが、BRDB要請で2001年3 月まで延期された。

7 彼は複数の工場を経営する資産家であり、近代農法によっても利益を得ている。また、長男はオーストラリ アに留学中である。彼と家族の生活状態は、第3章第3節(2)に記載している。

(13)

わらず、長期専門家やJOCVの派遣期間終了後、政府がTCCAの利益を監督・所有している状況にあ る。こうした状況が続くのであれば、TCCAは司法の場に持ち込んで争うつもりだ」と語気を強めてい る。

(2)既得権益集団へのアンケート調査

以上見てきたように、TCCA議長は、企画・立案段階からモデル農村開発計画への参加機会を剥奪さ

、実施段階でもポンプ貸出事業以外のことは分からず、そこでの利益も政府によって管理されている では、ダウドゥカンディ郡でモデル農村開発計画に関わった

16人は未記入となっている。これまでも見てき た

援助を受ける」(複数)、「新しい道路建設」(複数)、「古い道路の修理」(複数)。

建設、新たな高

」。

の役人たちが賄賂を受け取っている。農村居住者が役所に出かけた際、そのような役人の言 とを良く思っていない」、「郡の運営面をもっと良くすること。

援助を行うこと」。

人の業務

といった状況に対して疑問を抱いている。

既得権益集団は、この事業を含む農村開発をどのように受け止めているのであろうか。このことについ て、2000年8月、同郡のTCCAメンバー、BRDBスタッフ、ユニオン評議会議長・議員の計22人に対 して行ったアンケート調査から概観してみよう8

先ず、彼・彼女らが農村開発をどのようにとらえているのかを概観してみよう。そこで「現在、郡や 村のことで懸念することはあるか」という設問に対する回答を見ると、「ない」(4人)、「新しい道路建 設」(1人)、そして「ある」(1人)となっている他、

ように、農村にはいまだ多くの貧困層が居住しているのであるが、そのことを記載している人はいな い。

次に「郡や村の発展のためには、あなたの立場から今後どうすればよいか」という設問に対する回答 は、以下のようになっている。

「外国

「飲料水の供給、新しい道路建設、高校建設」、「カレッジ建設」「学校、マドラッサの修理、飲料水の供 給整備、交通アクセスの整備」。

「農村の道路修理、養殖事業のための池整備、地場産業の育成、学校及びマドラッサの 校建設」。

「財政的支援」、「青年失業者の雇用

「郡行政機関の役人の態度、業務進行をよくする。郡レベルで何か事業を行う場合、効率よく進めてい ない。行政

動に不満や疑問を抱く。また、それらのこ

農村開発については、郡レベルの政府機関を通さなければならないことが問題。そこの役人の接し方、

態度には問題があるので、もっと日常業務をきちんと行って欲しい」。

「全体的な識字運動を通して国民の意識向上を図る。基盤整備を行うことを強調したい。すなわち、失 業者を軽減するために、養殖、畜産、養鶏などの開発事業を支援するのが私の役目である。それに灌漑 設備の基盤整備を行い、そのうえで、科学的な方法による農作物栽培の

このように、既得権益集団は郡や村の開発に関心を抱いているが、それは、近代農法の推進やそれに 関連する道路建設の他、養殖、養鶏拡大への関心となっている。また、学校建設等の重要性や雇用機会 の提供、砒素の問題についても認識している。さらに、これら既得権益集団の中にも、政府役

の仕方や態度に疑問を持っている人がいることが分かる。だが、関心事の殆どはハード面に集中してお り、貧困層の立場から継続的な支援を考えようとする見解は全く見られない。そして「外国の援助を受 けることが必要」という回答に象徴されるように、農村内の内発性を動員して農村開発を推進しようと いう考えは全く見られない。これらの人々は、上から下へと供与される外国援助に大きな期待を寄せて いるのである。それを裏付けるかのように「今後どのような援助を必要とするか」という設問に対する 回答も、上述とほぼ同様の内容が見られる。それは、以下のようになっている。

「希望どおりの物を援助して欲しい」(3人)、「外国組織の活動」。

8 8月16日、Dauユニオンにある郡オフィスにてBRDBスタッフとTCCA議長より聞き取り調査を行った が、そこでアンケート用紙への記載を依頼し、その場で回収した。なお、ユニオン評議会でのアンケート依頼 方法は、第2章、表2-15に記載したとおりであるが、自由記述に関しては、希望者にのみ記載を依頼した。

(14)

「道路、橋、学校建設のため、外国の援助を受けることは良いことだ」、「交通アクセスの開発、農業開 発。JICAの援助で高校を建設して欲しい」。

「古い道路の修理と新たな学校建設」、「新しい道路、道路の修復、新しい工業の育成」、「交通アクセス に雇用の場を作る。融資を受け、養鶏、もしくは牧場を める。近代的な農業設備を無償で提供して欲しい。

交通アクセスの開発、農民のための農業資材の配給」。

の健康を守るた て

でJICAが小学校を建設してくれたが、もっともっと学校を増やして欲しい」、「Gauユニオン とに満足している」、「とても必要。学校を建て、

を建設して欲しい。また、地場産業の

料水が欲しい。高校がないので、高校を建設して欲しい。交通アク

のことによってさらなる援助を持ちうけ

、自らの利益を貧困層に直接還元したり、貧困層の継続的な支援を考え実行 し

こでは、TCCA傘下にある各組合メンバーの参加状況に焦点をあてる。KSSメンバーの要件は、0.5 ヘ

が る。これに対して、BSSやMBSSは、0.5 ヘクタール以下の農地所有者、もし く

及び教育」、「橋梁、道路建設、墓及び学校建設」。

「非識字者を減らす。教育を受けた青年のため 作る。外国の援助を受ける」。

「道路、交通体系の整備。教育環境、教育水準を高

安全な飲料水の計画、砒素対策を立てる」、「交通アクセスの開発、農民に対して農業機材を無償で提供 すること。古い道路の修理」、「

「ユニオンレベルで社会経済的開発が欲しい。例えば、教育、基盤整備、保健衛生、近代的な栽培、養 鶏、畜産による開発。このような活動を行うためには、外国の援助及び投資が必要不可欠である」。

「子どもに開発教育を受けさせるための準備。学校建設、交通アクセスの準備、子ども めの病院等の建設、女性が自由に行動出来るように準備すること」。

さらに、「モデル農村開発計画(JICA)への意見」という設問に対する回答は、以下のようになっ いる。

「とても良い」(複数名)、「賞賛に値する」(複数名)。

「とても良い。村々に地場産業を育成してくれるとなお良い」。

「これま

に小学校を建設し、そこまでの道路も供与してくれたこ

道路修理してくれると良い」、「JICA の活動は良い。新たに学校 ような工業を育成して欲しい」。

「JICA によって実施されている計画は非常に良い。さらに、私たちの村の隅々までの計画をもっとも っと立てて実施して欲しい」。

「水はあるが、安全な水はなく、飲

セスの修理、整備。女性が教育を受けられるシステム作り」。

「どちらとも言えない」。

このように、モデル農村開発計画に対しておおむね肯定的な見解が示されている。これら既得権益集 団は、援助によって何らかの利益を得ている人々であるが、そ

るようになっている。だが

たりする人々は、調査段階では見られなかった。

2.2.2 ダウドゥカンディ郡-TCCA傘下にある各組合(KSS、BSS、MBSS)の参加状況

(1)各組合の概要 こ

クタール以上の農地を所有し(原則として専業農家)、18歳以上で、なおかつ毎週5タカ以上の貯蓄 出来る人に限られてい

は農地を所有しない人々を対象としている9。さて、第 2 章でも見たように、モデル農村開発計画に JOCVが参加したのは1993年7月以降である。JOCVは、先ずもってTCCA及び各組合メンバーを対象 に活動を展開してきた。そこで、彼、彼女らが活動を開始する以前の1992年と、それ以降の1999年の 組合数及びメンバー数を比較してみよう(表5-5参照)。先ず、1992年時点での組合総数は499、組合 メンバー総数は1万6140人に達していた。その内訳を見ると、KSSが379と圧倒的に多く、次いでBSS が80、MBSSが40となっている。だが、1992年から1999年にかけてそれらは激減し、1999年の組 合総数は322、組合メンバー総数は1万1460人となっている。この変化を組合別に見ると、KSSは3

9 後述するように、アンケート調査を行ったMBSSメンバーの中には、0.5エーカー以上の農地所有者も見 られる。

(15)

割前後減少(組合数33.8%減、メンバー数28.0%減)、BSSに至っては、組合及びメンバー数とも約半 分に減少している。一方、MBSSは、組合数は3組合のみ減少しているものの、メンバー数は50人増 加している。その結果、3組合の内訳は、KSSが251、次いでMBSSが37、BSSが34へと変化した。

こうしたことから、モデル農村開発計画のもとでの各プログラムは、各メンバーを惹きつけるには十 分なものではなかったと言えるであろう。但し、ここで留意しなければならないことは、ダウドゥカン ディ郡のみならず、バングラデシュ全土において組合離れが進行しているということである。その要因 として、某KSSメンバーは、TCCAへの不信感及び各メンバーへの利益還元の少なさを指摘している。

後に見るように、今日バングラデシュでは市民社会によるさまざまな融資が行われている。そこでは、

何ら担保なしで貧困層に融資が貸出されているのであるが、メンバーがTCCAから融資を受けるには、

あらかじめ担保となる拠出金及び貯蓄を積み立てておく必要がある。また、1 人当たりの融資限度額は 1万タカとなっているが、用意されている融資総額に限度があることから、必然的に人数制限が生じて 表5-5 : ダウドゥカンディ郡-各組合数及びメンバー数(1992年と1999年)

年 項目 KSS BSS MBSS 全組合

数 379 80 40 499

1

メンバー数(人) 13,060 2,130 950 16,140 992年

メンバー平均(人) 34.5 26.6 23.8 32.3

数 251 34 37 322

メンバー数(人) 9,448 1,012 1,000 11,460 1999年

メンバー平均(人) 37.6 29.8 27.0 35.6 注 : 平均値 ている

地資

表5-6 : ダウドゥカンディ郡-各組合の拠出金及び貯蓄(1 と1999年)

(タカ) KSS BSS MBSS 全組合

は、各数値より算出し 。 出所 : 現 料

992年 年 項目

1,060,000 206,700 52,300 1,319,000 1

2796.8 2583.8 1307.5 2643.3 拠出金 総額

メンバー平均 組合平均

81.2 97.0 55.1 81.7 1,530,000 420,000 274,000 2,224,000

4036.9 5250.0 6850 4457.0 992年

総額 メン

貯蓄 組合平均

バー平均 117.2 197.2 288.4 137.8 1,595,000 113,300 77,000 1,785,300

6354.6 3332.4 2081.1 5544.4 拠出金 総額

組合平均

メンバー平均 168.8 112.0 77 155.8 2,199,000 332,000 499,000 3,030,000

8761.0 9764.7 13486.5 9410.0 1999年

メン

貯蓄 総額 組合平均

バー平均 232.7 328.1 499.0 264.4 注 : 各項目の平均値は、 。

出所 : 現地資

しまう。さらに、個人の貯蓄にしても、引 のための 煩雑なた 要する。

必要時に直ぐに活 来ない た背景か れらの組合 て不満を抱 メ

貯蓄(表5-6参照)の累積状況を概観してみよう。1992年から1999年にかけて、KSS 各数値より算出している

き落とし 手続きが め時間を よって、

用することが出 。こうし ら、こ に対し いている ンバーが多く見られるということである。

次に、拠出金と

(16)

とMBSSの拠出金及び貯蓄はいずれも増加傾向にある。だが、1999年時点での1人当たり平均貯蓄額 を見ると、最も多いのはMBSSで499.0タカ、次いでBSSの328.1タカ、そしてKSSの232.7タカ となっており、組合全体の平均額(1人当たり)は僅か264.4タカとなっている。後に見るように、今 日

市民社会では貯蓄を奨励している。これを受け、多くの貧困女性が貯蓄しているが、これら組合メン ンバーの1人当たり平均貯蓄額は、市民社会の活動に参加している貧困女性の貯蓄額よりも低いものと なっている。一方、BSS全体の拠出金と貯蓄は減少しているにも関わらず、1人当たり平均額はいずれ も増加している。上述したように、1992年から1999年にかけてBSSメンバーは半分に減少している が、拠出や貯蓄の出来ない層が組合を離れたと想定される。また、3つの組合を比較すると、1999年の 拠出金平均額はKSSの6354.6タカが最高となっている。だが、貯蓄平均額はKSSが他の2組合を下 回る8,761.0タカとなっている。こうしたことから、KSSでは拠出金への出資をより強要されているも のと想定される。さらに、組合全体の拠出平均額と貯蓄平均額を見ると、前者は5,544.4タカ、後者は 9,410.0タカに止まっている。こうした状況だけとって見ても、先に見たTCCAとこれら3組合の格差 が明白なことが分かる。

では、融資活用及び返済の累積状況はどうか(表5-7参照)。1992年時点での1人当たり平均融資額 を見ると、KSSで1,855タカ、BSSで456.3タカ、MBSSでは僅か92.0 タカとなっている。つまり、

女性メンバーは、男性メンバーと比較しても圧倒的に少額の融資しか活用していないということが分か 5-7 : ダウドゥカンディ郡-各組合の融資額、返済額、及び返済期限超過額(1992年と1999年)

単位:タカ 年 項目(タカ) KSS BSS MBSS 全組合

24,226,530 972,000 88,000 25,286,530 1 融資 総額

63,922.2 12,150.0 2,200 50,674.4 組合平均

メンバー平均 1,855.0 456.3 92.6 1,566.7 19,894,980 562,000 73,000 20,529,980

52,493.4 7,025.0 1,825.0 41,142.2 返済 総額

メン

組合平均

バー平均 1,523.4 263.8 76.8 1,272.0

4,331,550 310,000 15,000 4,656,550

11,428.9 3,875.0 375.0 9,331.8 992年

メン

返済期限超過 総額 組合平均

バー平均 331.7 145.5 15.8 288.5 45,507,430 600,000 460,200 46,567,630

181,304.5 17,647.1 12,437.8 144,620.0 融資 総額

組合平均

メンバー平均 4,816.6 592.9 460.2 4,063.5 32,499,955 450,000 340,675 33,290,630

129,481.9 13,235.3 9,207.4 103,387.0 返済 総額

組合平均

メンバー平均 34,134.2 444.7 340.7 2,904.9 8,035,875 150,000 119,525 8,305,400

32,015.4 4,411.8 3,230.4 25,793.1 1999年

メン

返済期限超過 総額 組合平均

バー平均 850.5 148.2 119.5 724.7 注 : 各項目の平均値は、 。

出所 : 現地資

る。続いて、1999年 り平均 ると、 ,816.6タ Sは46

増額されてい 倍以上 でいる。 ついても る市民社

が女性を対象としている状況とは大きく異なっている。いずれにしても、1992年から1999年にかけて、

額は増加しているものの、それに伴い、返済期限を過ぎた未払いの返済額も増加して 各数値より算出している

の1人当た 融資額を見 KSSは4 カ、MBS 0.2タカに るが、その差は10 にも及ん この点に 、後述す 会の融資 各メンバーの融資

表 5-24 : BRAC-メンバー同士での情報交換 事 例  名前  年齢・就学   回答  1 M  35  不 生活の向上について。例えば「メンバーになってから生活が改善されましたね」とメンバ ー間で確認し合う。その他「私は家禽を飼育しています。あなたはどのような生活をして いますか」等。  2  J  30  不  相互の生活状態を話して、生活を良くしてゆくためにはどうしたらよいのかを話し合う。  3 H  42  不 16 ヵ条の決心。不正を許さない。一生懸命仕事をして家族の生活状態を良くしよう。
表 5-28 : BRAC メンバー-家庭内での決定権や生活範囲の変化(2006 年 3 月)  事 例  名前  年齢・就学 回答  1 M  35  不 夫妻の関係が良くなった。  2  J  30  不  以前から、家庭内で何かを決める際には 2 人で話し合っていた。今では最終的には私が決 める。 3 H  42  不  生活が向上してから夫の態度が優しくなった。  4  A  30 C3  家庭内で何かを決める際、 2 人で話し合って決める。夫は、自分の勧めで妻がメンバーにな ったことをとても喜んで
表 5-30:グラミーン銀行-ダウドゥカンディ郡 Gau ユニオン、ブランチ・オフィス、S 村のメンバー 11 世帯・68 人(2006 年 3 月 )  事 例  名前 年齢   (歳 )  識字・就学  職業・労働時間        収入(タカ) (労働日数)                  /1 日                            /1週                        /1ヵ月平均 土地  ①屋敷地 ② 農地・作物 (取得方法もしくは喪失理由) ①  メンバーに
表 5-31 :  グラミーン銀行-メンバー同士での情報交換(2006 年 3 月)  事 例  名前  年齢・就学   回答  1  J  50  C2   融資の活用方法。 「どのようにしたら生活を向上させられるのか」と聞かれることが多い。 その都度教えたり、アドバイスしたりしている。  2   B  37 C2  融資の活用方法。 「融資をどのように活用しているのか」と聞かれるので具体的な活用状況 について話をする。そして「あなたはどのように活用しているのか」と尋ねる。  3  R  45  不  「
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