九州大学学術情報リポジトリ
Kyushu University Institutional Repository
タシテンガタ VR キョウザイ ノ カイハツ オ ヨビ コウカテキナ カツヨウ ニ カンスル ケ ンキュウ
瀬戸崎, 典夫
早稲田大学人間科学学術院
https://doi.org/10.15017/16974
出版情報:Kyushu University, 2009, 博士(工学), 課程博士 バージョン:
権利関係:
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
第 3 章
授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.1. 本章の目的
前章において,教育現場で利用可能な VR 教材を開発することを目的として,教員を対象 としたニーズ調査を基に多視点型太陽系 VR 教材を開発した.しかし,多視点型太陽系 VR 教材は実践的な評価を行っておらず,教材の有用性の検討はなされていない.VR 教材を教 育現場に導入するための指針を得ることを目的とした調査を行う前に,多視点型太陽系 VR 教材の有用性を検討する必要がある.
本章は,多視点型太陽系 VR 教材の有用性を明らかにすることを目的として,「高校生を 対象とした授業実践による評価」,「教材を操作することによる生徒の主観評価」,および「模 型教材との比較による評価」を行う.
3.2. 授業実践による評価
3.2.1 授業実践
山口県立熊毛北高等学校1年生 2 クラスを対象に第 2 章で開発した多視点型太陽系 VR 教 材を用いた公開授業を行った.熊毛北高等学校にて,2006 年 5 月 30 日に実施した.図 3-1 に授業風景を示す.A クラス 35 名,(男子 2 名,女子 33 名),B クラス 35 名,(男子 2 名,
女子 33 名)とし,同様の授業を 50 分間実施した.
本教材を用いた授業の目的は,「月の満ち欠けを通して,天体運動を知る」「天体の運動 を立体的に見ることで,太陽系の構造への理解を深める」の 2 点であった.なお,生徒は 本授業実践の前に理科総合Bの「太陽系と地球」の単元を終了しており,授業内容につい ての知識を有していた.授業内容は太陽と地球の位置関係から起こる昼夜の違い,月の満 ち欠けのしくみ,日食および月食のしくみについてであった.A クラス,B クラスの授業実 践は山口県の県立高等学校に勤務する理科教員1名が行った.授業者である教員は,事前 に 30 分程度の多視点型太陽系 VR 教材の操作に関する説明を受け,自らの操作で授業に臨 んだ.授業者(教員)は,VR 教材を用いて太陽系を俯瞰する視点を提示すると同時に地球 から空を見上げた視点を提示しながら授業を行った.
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.2.2 評価方法
(1)生徒の理解度
VR 授業を受けた生徒に,授業の理解度を評価するために事前テスト(授業 2 日前:2006 年 5 月 28 日),事後テスト(授業 5 日後:2006 年 6 月 5 日)を実施した.表 3-3 に調査の 実施についての詳細を示す.
テストは,筆者が中学校理科の受験対策用の問題集「新・重点研究(あかつき教育図書)」 を参考に作成した.また,事前テストと事後テストは同一の問題を使用し,生徒は 5 分間 で解答した.テストは,図 3-2 を用いた月の満ち欠けに関する「授業内容問題」7 問,図 3-4 を用いた金星の満ち欠けと図 3-5 を用いた火星の満ち欠けに関する「応用問題」5 問で あった.「授業内容問題」は授業中に教授した内容であり,知識を問う問題ではなく,空間 的にイメージし考察しなければ解答できない問題であった.また,「応用問題」は授業中に は全く教授してない内容を使用し,地球と金星,火星の運動について相対的に考察しなけ ればならない発展問題とした.理解度の評価方法は,1 問各 1 点として合計点を算出し,事 前テストと事後テストの得点を比較した.
対象:山口県立熊毛北高等学校 1 年生
実施日:事前テスト:2006 年 5 月 28 日(授業実践 2 日前)
事後テスト:2006 年 6 月 5 日(授業実践 5 日後)
回答時間:5 分
調査方法:事前テスト:高等学校の教室にて筆者が配布し,回収
事後テスト:高等学校の教室にて教員が配布し,郵送にて回収 調査用紙作成:「新・重点研究(あかつき教育図書)」を参考に筆者が作成 表 3-1 理解度テストについての詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 4)に掲載 図 3-1 授業風景
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
本授業実践は,視点の移動を伴う空間認知を行うことによって学習する内容であった.
そこで,空間認知の能力とテストの得点の変容を明らかにするために,授業 2 日前(2006 年 5 月 28 日)に空間認知に関するテストを行った.
表 3-4 に空間認知テストの実施についての詳細を示す.空間認知テストは,こどもの知 能水準の判定を目的として作成された 1987 年版「全訂版,田中ビネー知能検査法」から[52],
筆者が視点移動を必要とする問題を 18 問抜粋し,1 問各 1 点として合計点を算出した.以 下に,空間認知テストの問題について説明する.図 3-4 に示すように,同じ大きさの立方 体が並んでいる図形を異なる 2 つの視点から見た図を提示する.回答者は,2 つの図形を見 て,立方体の数を回答する.生徒は例題を 1 問解いた後に筆者の「始め」と「終わり」の 合図に従って 5 分間で回答した.
図 3-2 授業内容問題
(1 問 1 点 計 7 点満点)
E
太陽 地球
月 B
C
D
F G H A
図 3-3 応用問題
(1 問 1 点 計 5 点満点)
太陽 地球 金星
太陽
地球
火星
[地球と金星]
[地球と火星]
対象:山口県立熊毛北高等学校 1 年生
実施日:2006 年 5 月 28 日(授業実践 2 日前)
回答時間:5 分
調査方法:事前テスト:高等学校の教室にて筆者が配布し,回収
調査用紙作成:1987 年版「全訂版 田中ビネー知能検査法」を参考に筆者が作成 表 3-2 空間認知テストについての詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 5)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
(2)生徒による主観評価
VR 授業を受けた高校 1 年生(70 名)を対象に主観評価を行った.調査は,授業実践後(2006 年 5 月 30)に行い,その場で回収した.調査の実施についての詳細を表 3-5 に示す.
表 3-6 に示すように VR 教材に対する興味・関心や自己理解度についての設問に対して回 答を求めた.調査は,「非常にそう思う」,「そう思う」,「そう思わない」,「まったくそう思 わない」の 4 段階の選択肢を設けた.また,興味,理解度について自由記述による回答を求 めた.
表 3-4 生徒による主観評価の設問項目
VR を用いた授業をもっと受けてみたい VR を用いた授業はおもしろかった
教科書,資料集と比べてわかりやすかった VR を用いた授業はよく分かった
月の満ち欠けについてよく分かった
図 3-4 空間認知問題
(1 問 1 点 計 18 点満点)
7
対象:山口県立熊毛北高等学校 1 年生 実施日:2006 年 5 月 30 日
回答時間:指定なし
調査方法:授業実践後に実施および,その場で回収 調査用紙作成:筆者
表 3-3 生徒の主観評価についての詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 6)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
(3)授業者(教員)による評価
実際に VR 授業を行なった授業者 1 名からの主観評価を得た.実際に本研究で開発した VR 教材を用いて授業を行った教員は一人である.したがって客観性は確保されないが,今後,
教材開発をする上で貴重な意見であるため,調査を実施した.
授業実践後に調査用紙を配布し,後日郵送にて回収した.表 3-1 に調査の実施について の詳細を示す.評価の内容は,3-2 に示すように,VR 授業に対する生徒の反応と VR 教材の 使用についてであった.調査は,「非常にそう思う」,「そう思う」,「そう思わない」,「まっ たくそう思わない」の 4 段階の選択肢を設けた.
設問項目
教科書,資料集を用いた授業に比べ,生徒の理解度は高かった 生徒の天体に対する興味が向上した
通常の授業に比べて生徒は意欲的に取り組んだ 教科書,資料集を用いた授業に比べ,指導しやすかった サポートなしでも(一人で)授業を行なうことができる 教材の操作は容易であった
今後もVR教材を用いた授業を行いたい 表 3-6 授業者に対する設問項目 対象:授業者 1 名(教員)
実施日:2006 年 5 月 30 日 回答時間:指定なし
調査方法:授業実践後に配布し,郵送による回収 調査用紙作成:筆者
表 3-5 授業者による評価
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 3)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.2.3 結果・考察
(1)生徒の理解度
空間認知問題の平均点は 5.3 点であった.平均点を基準に 6 点以上の生徒を空間上位群,
5 点以下の生徒を空間下位群として「空間認知力」の要因を設け評価した.
生徒の理解度に関する調査結果について,「空間認知力」を第一要因(被験者間比較),「テ ストの得点」を第二要因(被験者内比較)として二要因分散分析を行った.有効回答は空 間上位群 31 名,空間下位群 34 名であった.VR 授業を受けた高校 1 年生 70 名の内,欠席の ため事前テスト,事後テストのどちらかを解答していない生徒 5 名を除いた 65 名を対象に 分析した.
図 3-6 に「授業内容問題」の結果を示す.交互作用は有意ではなかった(F(1,63)=1.34, n.s.).そこで,主効果についての分析を行った結果,「空間認知力」の要因に有意な差は な く ( F(1,63)=.13, n.s. ),「 テ ス ト の 得 点 」 の 要 因 に 有 意 な 差 が あ っ た
(F(1,63)=8.66 ,p<.01).結果から,空間認知力に関わらず,授業内容問題の得点が向上 した.
図 3-7 に「応用問題」の結果を示す.交互作用は有意ではなかった(F(1,63)=.23, n.s.). そこで,主効果についての分析を行った結果,「空間認知力」の要因に有意な差はなく
(F(1,63)=.33, n.s.),「テストの得点」の要因に有意な差があった(F(1,63)=5.74 ,p<.05). 結果から,空間認知力に関わらず,応用問題の得点が向上した.
以上の結果から,多視点型太陽系 VR 教材は空間認知力に関わらずに同様の学習効果を与 えることが明らかになった.また,VR 教材を用いたことによって,授業内容だけではなく 授業では取り扱っていない応用問題の得点も向上したことが明らかになった.応用問題は 授業内容の発展的な問題であり,より高次な考察力が必要となる.生徒は,本授業実践に おいて授業内容の理解だけでなく,太陽,地球,月などの運行とその位置関係などをイメ ージすることによって心的な視点移動を行い,得点を向上させることができたと推察でき る.
2.4
1.6 2.1
1.8
0 1 2 3 4 5 6 7
事前テスト 事後テスト
平均値 空間認知上位群
空間認知下位群
図 3-5 授業内容問題の結果
1.5 1.8 1.3
0 1 2 3 4 5
事前テスト 事後テスト
平均値 空間認知上位群
空間認知下位群
図 3-6 応用問題の結果
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
2.7 3.1
3.3 3.3 3.4
1 2 3 4
月の満ち欠けについてよく分かった VRを用いた授業はよく分かった 教科書,資料集と比べて分かりやすかった VRを用いた授業はおもしろかった VRを用いた授業をもっと受けてみたい
平均値
図 3-7 生徒による主観評価
(2)生徒による主観評価
生徒による主観評価の結果,図 3-8 に示すように「VR を用いた授業をもっと受けてみたい」
「VR を用いた授業はおもしろかった」の平均値が高く,生徒の興味を引きつけることができ たといえる.一方,月の満ち欠けについての自己理解度が低く,多視点型太陽系 VR 教材の みによる教授だけではなく,板書授業や模型教材と併用するなど VR 教材の有用な活用方法 を検討する必要がある.
VR 授業を受けた 70 人の生徒の自由記述のうち,立体視に関する記述は 35 件であった.
「立体的に見ることで天体の動きや月の満ち欠けがよく分かった」等の理解に関する記述 が 21 件,「3D 映像が楽しかった」等の興味に関する記述が 11 件,「3D 映像を見て自分が宇 宙にいるような気がした」等の没入感に関する記述が 3 件であった.表 3-8 に生徒の自由 記述の例を示す.生徒は立体的に提示された教材に対して興味を持ち,理解しやすかった と回答している.また,立体視することにより,没入感を得た生徒もいたことが明らかに なった.
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
表 3-7 自由記述による解答例
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
(3)授業者による主観評価
授業者による主観評価の結果,表 3-7 に示すように全ての項目において肯定的な回答を 得た.授業を行った教員は,通常の授業に比べて生徒の意欲や興味,理解度を向上させる ことができたと感じたといえる.図 3-5 に授業を進行する様子を示す.授業者は,本授業 実践において VR 教材を初めて操作したが,液晶ペンタブレットを使用することによりスム ーズに授業を進めることができ,操作性に関して問題はなかった.また,主観評価からサ ポートなしで授業ができると感じていることが示された.
表 3-8 授業者による主観評価
設問項目 解答
教科書,資料集を用いた授業に比べ,生徒の理解度は高かった 非常にそう思う
生徒の天体に対する興味が向上した 非常にそう思う
通常の授業に比べて生徒は意欲的に取り組んだ そう思う
教科書,資料集を用いた授業に比べ,指導しやすかった そう思う サポートなしでも(一人で)授業を行なうことができる そう思う
教材の操作は容易であった そう思う
今後もVR教材を用いた授業を行いたい そう思う
図 3-8 授業実践の様子
ペンタブレットによる操作 VR 教材で教授した内容をノートにまとめる様子
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.3. VR 教材を操作することによる生徒の主観評価
3.3.1 目的
多視点型太陽系 VR 教材は,ペンタブレットを用いて授業者だけではなく,学習者にとっ ても容易に操作できるように開発した.そこで,実際に生徒が操作することによる,学習 効果を明らかにするために,授業実践を行う.
3.3.2 評価方法
福岡県私立高等学校 1 年生 43 名(男子 27 名,女子 16 名)を対象に,九州大学大橋キャ ンパスにて実施した.6 名~7 名のグループに分かれて,各グループ 20 分ずつ教材を操作し た.操作をした後に,「興味・関心」「有用性」「操作性」についてアンケート調査を行った.
調査の実施についての詳細を表 3-9 に示す.
質問項目を表 3-10 に示す.調査は,「非常にそう思う」,「そう思う」,「そう思わない」,
「まったくそう思わない」の 4 段階の選択肢を設けた.
対象:福岡県私立自由ヶ丘高等学校 1 年生 実施日:2006 年 6 月 15 日
回答時間:指定なし
調査方法:九州大学大橋キャンパスにて実施
6 名~7 名のグループに分かれて全員が教材を操作(各グループ 20 分)
操作終了後,調査用紙に記入してその場で回収 調査用紙作成:筆者
表 3-9 教材の操作性についての調査の詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 7)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.3.3 結果・考察
「興味・関心」について図 3-9 に示すように 1 つの設問を除く全ての設問で 80%以上の 生徒から肯定的な回答を得た.この結果,多視点型太陽系 VR 教材を操作することによって,
生徒の興味や学習意欲を向上させる可能性が示唆された.しかしながら,天体への興味につ いて 23.3%の生徒が否定的な回答をした.VR 教材は立体的に提示することで生徒の興味を 引き付けることができる.一方,教材の効果に頼るだけではなく,学習内容に興味を持たな い生徒に対して提示方法や授業計画を検討する必要がある.
「有用性」について図 3-10 に示すように,全ての設問に対して 80%以上の生徒が肯定的 な回答をした.この結果,教育現場における有用性が示唆された.
「操作性」について図 3-11 に示すように,全ての設問に対して 90%以上の生徒が肯定的 な回答をした.この結果,生徒にも容易に操作することができ,理解を深めることができる ことが示唆された.直感的な操作を可能にする液晶ペンタブレットの使用が効果的であっ
表 3-10 「興味・関心」,「有用性」,「操作性」に関する質問項目
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
図 6 興味・関心についての調査結果
0% 20% 40% 60% 80% 100%
実際に操作して理解が深まる 操作方法は容易であった 実際に操作して面白かった
設問項目
割合
非常にそう思う そう思う そう思わない 全くそう思わない
図 3-11 操作性についての調査結果
0% 20% 40% 60% 80% 100%
VR教材は授業で利用できる 天体の授業の理解が深まる 教科書や資料集に比べて分かりやすい 教科書や資料集と比べて面白かった
設問項目
割合
非常にそう思う そう思う そう思わない 全くそう思わない
図 3-10 有用性についての調査結果
0% 20% 40% 60% 80% 100%
天体について興味が持てた VR授業に積極的に取り組んだ 学校で使われれば意欲的に取り組む VR授業をもっと受けてみたい VR教材は面白かった 退屈しなかった 天体の授業が楽しくなる 設問項目
割合
非常にそう思う そう思う そう思わない 全くそう思わない
図 3-9 興味・関心についての調査結果
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.4. VR 教材と模型教材の比較による評価
3.4.1 目的
開発した多視点型太陽系 VR 教材を授業実践で活用し,授業者や生徒から高い評価を得た.
その結果,生徒の興味や理解の向上を促し,教育現場で使用される可能性が示唆された.
一方,天文分野の課題解決には,視点移動を伴う空間認知が重要である.これまでに学校 教育では具体的視点移動を促す模型教材が多く用いられており,視点移動能力を習得する 教材として研究が成されてきた[49][53].
そこで,多視点型太陽系 VR 教材の有用性を明らかにすることを目的として,比較対象に 模型教材を使用し,授業実践によって評価する.
3.4.2 模型教材について
(1)模型教材の概要
多視点型太陽系 VR 教材と比較するために,「月の満ち欠け」を題材とした模型教材を開 発した.「上空から俯瞰する視点」,「地球からの視点」を同時に見ることができる多視点型 の模型教材である.地球および,月の模型には,モーターが設置されており,地球の自転,
月の公転を観察できる.さらに,教育現場に持ち込むことを想定し,容易に運べるように 開発した.図 3-13 の模型教材の機能を表 3-11 に示す.
地球自転装置 (小型カメラ内蔵) 月公転装置
受信機
モニター
カメラの映像
図 3-12 月の満ち欠け観察模型
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
(2)模型教材の有用性の検討
VR 教材と比較して授業実践で用いることを想定し,予備調査として模型教材の有用性を 検討するために教育学部教員養成過程の大学生 45 名を被験者とし,長崎大学文教キャンパ スにてアンケート調査を実施した.調査の実施についての詳細を表 3-12 に示す.
図 3-14 のように実物模型を提示し,使用目的や使用方法の解説を行った.教材を見た後 に「模型教材の機能」についてのアンケート調査を行った.調査は,「非常にそう思う」,「そ う思う」,「そう思わない」,「まったくそう思わない」の 4 段階の選択肢を設けた.
図 3-13 月公転装置 機能
地球にワイヤレスマイクロカラーカメラ(27万画素,0.8mmレンズ)を設置し,モニター に映像を提示することで月の満ち欠けの様子が観察できる
モーターによって地球は自転し,月は地球を中心に公転する
月の反面を黒く塗ることによって満ち欠けの様子を観察できる(図3-12)
運動する模型とモニターを観察することで「具体的かつ受動的視点移動」を行なう 地球と月の位置関係を自由に移動させることで「具体的かつ能動的視点移動」を行なう 地球自転装置,月公転装置,ベースを切り離すことができ,持ち運び可能
表 3-11 模型教材の機能
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
(3)模型教材についての評価
図 3-15 に「模型教材の機能」についての調査結果を示す.「地球にカメラがあることで 理解が深まる」について 78%の被験者が「非常にそう思う」と回答し,22%の被験者が「そう 思う」と回答した.否定的な回答は全く無かった.この結果,地球に小型カメラを設置し,
多視点型教材としたことが十分意義のあることだと考えられた.今回,「月の満ち欠け」を 学習するための教材として開発したため,地球にのみ小型カメラを設置した.地球のカメ ラ設置について被験者全員が肯定的な回答をしたが,月のカメラ設置について肯定的な回
図 3-14 実物模型の提示 対象:長崎大学教育学部教員養成課程
実施日:2006 年 5 月 24 日 回答時間:指定なし
調査方法:長崎大学文教キャンパスにて実施
1 名~3 名の学生に模型教材を提示し,教材の使用目的と使用方法について解説 説明後,その場で調査用紙に記入し,回収
調査用紙作成:筆者
表 3-12 模型教材の有用性についての調査の詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 8)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
からの視点の必要性は低いと推察される.また,提示された模型やモニターを見ているだ けよりも自ら操作することで理解が深まることが示唆された.82%の被験者が月の公転速 度は適度だったと回答したが,地球の自転速度に関しては 76%の被験者が速すぎたと回答 した.十分に月の満ち欠けが観察できる程度の速度に改良する必要があった.また,地球 の自転速度や月の公転速度が調節できるようになればよいという意見があった.模型の大 きさ,モニターの画質については特に改善する必要はないことが示唆された.
3.4.3 授業実践
福岡県私立高等学校1年生(36 名)を対象に VR 教材と模型教材を用いた授業実践を行っ た.自由ヶ丘高等学校にて,2006 年 6 月 15 日に実施した.VR 教材と模型教材の比較によ る学習効果を検討するために生徒を 2 群に分類した.2 種の教材を各群に異なる順序で試行 することで,生徒におよぼす学習効果を検討した.なお,筆者が多視点型太陽系 VR 教材を 操作し,授業を行った.
VR 教材による授業を受けた後に模型教材による授業を受けた生徒を「VR-模型群(14 名)」, 模型教材による授業を受けた後に VR 教材による授業を受けた生徒を「模型-VR 群(22 名)」 とし,図 3-16 に示す手順で授業を行った.図 3-17 に VR 教材を用いた授業風景,図 3-18 に模型教材を用いた授業風景を示す.
図 3-15 模型教材の機能についての調査結果
0% 20% 40% 60% 80% 100%
地球の自転速度は適度である 月にもカメラを設置したほうがよい 模型とモニターを見ているだけで理解できる モニターの画質は十分だ 月の公転速度は適度である 大きさは適度である 自分で操作することで理解できる 地球にカメラがあることで理解が深まる
設問項目
割合
非常にそう思う そう思う そう思わない 全くそう思わない N=45
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.4.4 評価方法
「VR-模型群」,「模型-VR 群」は VR 教材および,模型教材による授業の前後に「事前テス ト」,「中間テスト」,「事後テスト」について解答した.テストは,授業に付随した内容(6 問)と応用問題(3 問)で合計 9 問であった.なお,事前テスト,中間テスト,事後テスト は同様の問題とした.テストの問題数が合計 9 問と尐なかったため,授業内容の問題と応 用問題を足し合わせ(9 点満点),理解度の評価を行った.調査の実施についての詳細を表
図 3-16 比較授業の手順
比較
事前テスト VR教材による授業
模型教材による授業 事後テスト アンケート調査 VR-模型群(14名)
中間テスト
事前テスト
VR教材による授業 模型教材による授業
事後テスト アンケート調査 模型-VR群(22名)
中間テスト
比較 比較
事前テスト VR教材による授業
模型教材による授業 事後テスト アンケート調査 VR-模型群(14名)
中間テスト 事前テスト VR教材による授業
模型教材による授業 事後テスト アンケート調査 VR-模型群(14名)
中間テスト 事前テスト VR教材による授業
模型教材による授業 事後テスト アンケート調査 VR-模型群(14名)
中間テスト
事前テスト
VR教材による授業 模型教材による授業
事後テスト アンケート調査 模型-VR群(22名)
中間テスト 事前テスト
VR教材による授業 模型教材による授業
事後テスト アンケート調査 模型-VR群(22名)
中間テスト
図 3-18 模型教材による授業風景 図 3-17 VR 教材による授業風景
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
さらに,授業終了後に興味(VR 教材を用いた授業は模型を用いた授業に比べておもしろ かった),理解(VR 教材を用いた授業は模型を用いた授業に比べて理解できた)について 4 件法による主観評価を得た.調査は,「非常にそう思う」,「そう思う」,「そう思わない」,「ま ったくそう思わない」の 4 段階の選択肢を設けた.
調査の実施につての詳細を表 14 に示す.
対象:福岡県私立自由ヶ丘高等学校 1 年生 実施日:2006 年 6 月 15 日
回答時間:5 分
調査方法:事前テスト:高等学校の教室にて授業実践直前に実施 中間テスト:授業前半終了後に実施
事後テスト:授業後半終了後に実施 授業実践終了後に回収
調査用紙作成:「3.2 授業実践による評価」で使用したテストを筆者が簡略化 表 3-13 理解度テストについての詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 9)に掲載
対象:福岡県私立自由ヶ丘高等学校 1 年生 実施日:2006 年 6 月 15 日
回答時間:指定なし
調査方法:授業実践終了後に実施および,回収 調査用紙作成:筆者
表 3-14 生徒の主観評価についての詳細
註 調査用紙を付録 2(調査用紙 10)に掲載
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.4.5 結果・考察
図 3-19 に「VR-模型群」と「模型-VR 群」の理解度テストの結果を示す.有効解答は「VR
-模型群」14 名,「模型-VR 群」22 名であった.教材の活用法を第一要因(被験者間比較), 事前,中間テスト,事後テストの得点を第二要因(被験者内比較)として二要因分散分析 を行った.
その結果,交互作用は有意ではなかった(F(2,68)= 1.02,n.s.).そこで,第一要因の主 効果について結果,教材の活用法に有意差はなかった(F(1,34)=1.02, n.s.).次に第二要 因の主効果について分析した結果,テストの得点に有意な差があった(F(2,68)= 8.35, p<.01).「得点」の平均を LSD 法によって多重比較した結果,「事前テスト<中間テスト=
事後テストと得点が変容した(MSe=1.99,p<.05).
以上の結果から,VR 教材と模型教材を比較した場合,理解度において同様の学習効果を 与えることが明らかになった.生徒は,模型教材によって具体的視点移動を行い,VR 教材 によって仮想的視点移動を行ったと考えられる.本授業実践において,生徒は VR 教材によ る授業を受けることによって実物を提示した授業と同様の学習効果を得たと推察できる.
図 3-20 に生徒による主観評価の結果を示す.VR 教材と天体模型による授業を受けた 32 名の生徒のうち,「興味」について全員(100%)が VR 教材の方がよいと回答し,「理解」
については 31 名(96.9%)が VR 教材がよいと回答した.生徒の興味,自己理解度において,
VR 教材は模型教材と比較して高い評価を得た
図 3-19 テスト結果
3.1
3.9
4.9
2.9
3.7 3.9
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9
事前テスト 中間テスト 事後テスト
平均値
VR-模型群 模型-VR群
第 3 章 授業実践による多視点型太陽系 VR 教材の有用性の検討
3.5. まとめ
本章では,開発した教材を実際に教育現場で使用し,多視点型太陽系 VR 教材の有用性を 検討することを目的とした.まず,多視点型太陽系 VR 教材を山口県の県立高等学校に持ち 込み,授業実践を行うことで教員,生徒からの評価を得た.次に,福岡県の私立高等学校の 生徒を大学に招き,多視点型太陽系 VR 教材を操作することによる主観評価を得た.さらに, 福岡県私立高等学校に多視点型太陽系 VR 教材を持ち込み,模型教材と比較することによっ て評価した.その結果,以下の点が明らかになった.
・ VR 教材を用いた授業によって空間認知力に関わらず授業内容の問題,応用問題のテスト の得点が向上した.
・ VR 授業を受けた生徒は授業に対して高い興味をもち,通常の授業に比べて分かりやすか ったと回答した.
・ VR 教材を操作することで生徒の興味や学習意欲を向上させ,有用性,操作性に関しても 高い評価を得た.
・ 模型教材と比較した結果,VR 教材は実物を提示した授業と同様の学習効果を与えた.
・ 生徒の主観評価の結果,興味や自己理解度において模型教材と比較して高い評価を得た.
以上の結果から,多視点型太陽系 VR 教材は教育現場において有用性が高い教材であるこ とが示唆された.一方,VR 教材の学習効果を高めるべく,教材の活用法や授業計画を検討 する必要があることが示唆された.
図 3-20 主観評価の結果 1 2
1 1
2 3
2 3
1 0% 20% 40% 60% 80% 100%
興味
理解
VR教材が非常によい VR教材がよい 模型がよい 模型が非常によい
人 s s s s 人
人 s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s s 人
人