論 説
ド イ ツ 簿 記 理 論 に お け る ﹁ 複 式 簿 記 ﹂ 観
‑ーシェ!ア﹁正味財産記録﹂目的観による説明1
一二
三
四
五 問題の所在
複式簿記の記録対象
複式簿記の勘定体系
複式簿記の寵入規則
複式簿舘記録の二重性II結びに代えてー
奥 山 茂
問 題 の 所 在
複式簿記に関する理論︑中に就いて勘定理論(島①国O昌けΦ鵠齢甥①O﹁廟①口)をその記録対象観にもとづき人的理論(餅罵㍗
ー暮ポ・↓げ§幽㊦)と物的理論(象暴藩一舞冨謬琶と医分するγ滋・文献走なされて時既に久しい・こ.たいう人的理論とは人的勘定理論︑物的理論とは物的勘定理論とそれぞれ通常呼称されてい禦のに他ならぬ・こ
れら二種の勘定理論について︑その発展過程を顧みるに︑先ず人的勘定理論が十九世紀後半物的勘定学説(理論)の
出現するに到るまで・簿記学説(理論)を支配してい(旭・為に天的勘定学説(理論)は︑簿記学説(理論)の本源的
形態で紮Lといわれている・勘定理論史上︑斯かる支配的地位を占めていた人的勘定理論の後塵を拝する︑﹂ととな
った易蕩定学説(理論)は︑独逸・契利・瑞西︑殊に独逸に於て其の温警見出し︑姦の有力なる学者の支
持を得て・之等の諸国に於ては︑人的勘定学説(理論)を全く駆逐するに到ったLのである︒かくして︑ドイツ.オ
ーストリア・スイスにおいては人的勘定理論に代わって︑物的勘定理論が簿記理論︑特に勘定理論を支配することと
なった︒
斯くの如き状態は︑今尚継続しているといっても過言ではあるまい︒また我が国の簿記学もこれと同じ状態にある
ことは言を侯たぬ︒このことを裏付ける一つの証左は嘗て人的勘定理論が着眼し︑その語義にもとつく説明を試みた
﹁借方﹂・蛋方Lなる術語が含で蜜なる篠として広く轟されてい翼﹂と覧出され得る︒斯かる蟹は︑人
的勘定理論によっては決して為され得ず︑物的勘定理論によって初めて可能となる筈のものである︒とすれば︑ここ
に一つの疑問が生ずることとなる︒即ち︑具体的には右に一端を見出す如く︑﹁借方﹂う﹁貸肯島なる術詰ゆら一体何
に目を転ずれば︑右の如き解釈に通ずるのか︑総じて物的勘定理論は︑如何なる観点に立つことによって簿記理論︑
殊に勘定理論の主流となり得たのか︑このことである︒
右の術語解釈にその一端を見るが如く︑従来勘定理論の主流をなしていた人的勘定理論とはその観点を全く異にす
ると思われる物的勘定理論が︑果たして如何なる観点に立脚する理論であるのかということは︑当然のこととはい︑兄
我々簿記学徒にとって最大にして重要な関心事でなければならぬ︒これこそが︑物的勘定理論が簿記理論の主流たり
得ることの理由解明の侯たれている所以である︒ ⁝㈱
ドイ ツ簿 記理 論 に お け る 「複 式 簿 記」 観 41
そレ﹂で︑﹁物的﹂なる特徴付けのなされている理論が一体如何なる観点に立脚しているのかを究明することが我々
の課題であるとすれば︑この問題解明の手掛かりを我々は︑物的勘定理論それ自体に求むる他はない︒しかも・その
物的勘定理論がドイッにおいてその端初猷浬・主にドイッにおいて相互に華々しい撃董ね・発展してきている
り﹂とから︑ここに討究さるぺき理論とは︑ドィッ簿記理論︑とりわけドイツ物的勘定理論でなければならぬこととな
る︒注意すべ霞︑このドイツ簿記理論が黒沢整も述ぺてい麗如く・アメリカ・イギリスにおける簿記理論の源流
でもあるが故にこの研究がドイッなる国名を付してはいるものの決して特定地域においてのみ温床を見出したに過ぎ
ヘへぬ特殊な物的勘定理論ではなく︑物的勘定理論一般についての研究であると麗倣され得るということである︒
その際︑次のことが顧慮されて然るべきである︒即ち︑右の如き勘定理論における人的勘定理論から物的勘定理論
へ聖慧考の変化は︑(礪謂われていると.﹄うに従い簿記の記録対禦所謂﹁取引﹂であるとすれば︑﹁人的取引概念﹂から﹁物的取引概念﹂への転換でもあるということである︒そして︑斯かる﹁物的取引概念﹂1ーこの表現の
適否はともかくfの導入が︑別言すれば簿記の記録対象(所謂﹁取引﹂)を物的なものと観る立場の採用が簿記学
(黛︒髪仲匿嚇毛望更酢帥津無.穿霞巴仲菖覧停琶の発展に多大の貢献をなしたとすれば︑その大いなる功労者の一人
としてここにシェーア(ω6ゲ帥目噛細・団.)の名を挙げることに対し︑反論する者が果して存在するであろうか︒何となれ
ば︑彼が従来の人的勘定理論の影響を受けた大多数の簿記学の文献に飽き足らず・簿記の完全な理論(血能α・磐器冨ゴ轄げ︑§﹀を科学的董の走糞することを試靱蟹いう点・更には彼も自負してい評く彼の理論がその後の
論争の発端となったという点において︑彼が簿記に関する﹁物的﹂な観点からの琳箏艀研究の先駆者と藩倣され得る
からである︒糠てて加えて︑今日の通説的解釈ともいえる﹁借方﹂・﹁貸方﹂の符牒視について・シェーアは﹁借方﹂.
﹁貸方﹂に代えて﹁左﹂・﹁右﹂︑﹁黒﹂・﹁白﹂の如き任意の表現を使用しても何ら支障のなきことを現に明言して鳳翻の
であるから︒
更にまた・彼は﹁科学的な基礎の走立ち︑簿記の本質を簡単に説明す蚤﹄とは簿記学の研究者にと毛誠に価値
ある課題であ華と述ぺていることからも明らかな如く︑簿記学徒にとっての究瞥的ともいうぺき簿記の本質の解
明がどれほど意義深いことであるのかということを充分すぎるほどに認識しているのである︒我乏とって.あ目的
意繋何ものにも増して墓であることは︑こと更に強調される必要のないものでなけれぽならぬ筈である︒しかし
ながら︑巷間氾濫する簿記学(論)という名の﹃書物﹄の実体を見るに付け︑今一度簿記学本来の姿演想起されねば
ならぬと思わずにはいられぬ︒三﹂に︑シ︑‑ア理論に獲する理由がある︒かくて︑我々は︑物的勘定理論が如何
なる観点に立脚しているのかという問題︑要するに簿記の記録対象を物的なものと観ることが具体的にはそれを如何
なるものと観るのかという問題ゐ解答をシェーア理論に求めねばならぬこととなる︒ む 数ある物的勘定理論において︑﹁人的学説に対する反動として婁れ叢初の学説﹂と遊勘定学説史上儘付け
られている物的二勘定学説︑中に就いてブリ(野巳噂}.)によって命名されたといわれている所謂﹁純財産学説﹂は︑
﹁箆展開された他の諸学説にとっての出発点を提示し煙﹂理論であり︑人あって斯かる理論には﹁簿記の薯なる
科 学 的 研 究 に 対 し 嘉 力 を 憂 た 功 禦 認 め ら れ ね ば な 麺 と ぢ . そ .﹂ で ︑ 各 種 の 物 的 勘 定 理 舗 互 に お け る
論争がこの所謂﹁純財産学説﹂に端を発するとすれぽ︑先ず以て自らの理論が﹁文献上の論争の出発点﹂となり︑し
かも・その三勘定理論は論争に勝つ随とさえ暑するシテアの轟ξき︑そこにみられる﹁物的﹂な箋簿
記観とは如何なるものであるのかを探ることが︑ここでの課題でなければならぬ.﹂ととなる︒そのような観点の下で
は現実の複式簿記記録は︑一体如何なるものとして説明されているのであろうか︒﹁物的﹂な複式簿記観が現実の複
式簿記の記録対象︑したがってその具現物たる複式簿記記録の一つの観察方法であるとすれば︑斯かる観点の下に明 ⁝
らかとなる現実の複式簿記記録の意味は果たして何か︑興味深い問題である︒
ドイ ツ簿 記 理 論 に おけ る 「複式 簿 記」 観
粥
︿嗣注﹀
(1)C・,署脚芦ρ・U島く臼誹一8識︒︒山曾切9臣巴け§唱一︒郎①牌9曽臥巴穿08臼箭句冨簿建一九二三年︑一四五頁︒物的勘定理論
に動態的勘定理論を含めるか否かは意見のわかれるところである︒これまでの研究において︑勘定理論を総合的に取り上げた
ものは極めて少ない︒ル・クートル(一Φ99﹁P≦・)の研究も各種動態的勘定理論が世に出る頃と時を同じくしているかも
しくはそれより少し早い時期に纏められたものである為に︑動態的勘定理論にまでは論及していない︒ぽ99Hρ≦;bロ唐犀匡犀百鴨昏8H貯5(蜜︒匡麟︒・⇔貫声編︑=雪山ミ黛聾冨昏牙N騨蝕︒房鼠嵩§聾第二巻ω言酔粛碧齢一九二六年︑一四六⊥九八
頁所収)︒そこで︑動態的勘定理論も出揃った後の文献を参照してみると︑シェーラー(ω冨霞①さ雪)は︑人的勘定理論のほ
かに財産計算を指向する物的勘定理論(岳3山魯くの諺掃窪︒︒§匿舅αq︒困一Φ鼠①誉臼麟︒仲Φ吋邑馨一沼竃図︒艮Φ馨げ8H剛魯)︑成果計算
を指向する物的勘定理論(9艮鮎巽卑匡︒q︒・掃6ぎ琶αqo幕艮響8日薗聾或剛吻ユ8冨目︒算︒馨冨巳窪)︑経営経済的勘定理論(冨件噌凶︒密鼠陽齢︒ゆ昏養H凶爵①胃o轟實爵8峠繭o)なる三種の勘定理論を挙げている(ωゲ需﹁o♪即矯凶§8簿冨o﹁凶魯餌碧瓢oや篤ぎ昌甲
︒疑=暮寧N自H酵一九五〇年︑尚︑邦訳として︑安平昭二訳︑複式簿記の基礎理論︑中央経済社一九六九年がある)︒更に
は︑マテス(ζ陣紳臣①︒︒讐≦.)は︑人的勘定理論以外にも形式的勘定理論(句自日9︒訂慶︒冨菌︒鼻①旨チ︒豊曾)︑および物的勘定理
論︑機能的勘定理論(句§窪o岳房静︒冨因o導2幹げ8ユ①目)︑一般収支的勘定理論(岳︒伽一一︒q①日虫潟窺αq緯︒ユm野︒内o算窪静8瀞雛)の四種のグループがあるという(竃轟ザ葺窯.矯切9霞聾§撃§鮎図oロ8馨冨o幕ロ鴇鼠︒r図編︑慶山≦α器H窪葺駐
諭鼻日磨唱幕器ロω帥毎︒q翼一九七〇年︑三五四‑三八〇頁所収︺)︒これらのグループ化から明らかな如く︑﹁物的﹂な惹概叡
は一義的には用いられていない︒そこで︑ここでは﹁物的﹂なる概念を可能な限り広義に捉え︑動態的勘定理論を物的勘定理
論に含めることとし︑総じて人的勘定理論以外の諸理論については︑これらをすぺて物的勘定理論と看倣すこととする︒勿論︑
ことの正否の判断はすべての物的勘足理論の検討を侯ってあらためてなさねばなるまい︒
(2)戸田義郎︑人的勘定学説(神戸大学会計学研究室編︑会計学辞典︑同文舘一九五五年︑四九一頁所収)四九一頁︑およ
び戸田義郎︑物的勘定学説(神戸大学会計学研究室編︑会計学辞典︹前掲︺︑八〇四‑八〇六頁所収)八〇四頁︒
(3)(4)畠中福一︑勘定学説研究︑森山書店一九四九年︑一五五頁(括弧ー奥山)︒
(5)畠中福一︑勘定学説研究(前掲)︑二一一頁(括弧‑奥山)︒
(6)黒嚢授によれば・英米においても又我が国においても鑑におけると同様なる発展経過が多かれ少かれ見出される筈で
ある(黒澤清・簿記原理奮書竺九四九年︑四八頁注附記)︒また︑同教授は︑﹁シェマ(シ︑‑了奥山)の二勘
定の原理(二勘定理論を指す1奥山)および財産法の経理体系は︑会計に関する教科護大きな影響を及ぼし︑簿記および会
計における学習体委ながく支配し・今日に及んでいる︒その影響力はいわば世界的規模において広汎であった﹂とさ︑途ぺ
ている(黒澤清︑会計学精理︑税務経理協会一九八三年︑序文一頁)︒
(7)手許にある簿記﹁教科書﹂の類における袋的な沼田教授の﹁簿記教科書﹂においてもまた然り︒沼田嘉穂︑簿記教科書(十訂版)︑同文舘一九七八年︑三三頁︒その外にも枚挙にいとまがない︒
(8)沼田教授は以下の如途べている︒すなわち︑ヲメリヵ・イギリスの学者は霧性を重視して学問を論じ︑.﹂のため複
式簿記の科学性付与のごときは余り興味がなく︑努力が払われなかった︒勿論︑彼等の間にも貸借記入原則の解釈法はいろい
ろあったけれども・それらは概ね複式簿記の教育的導入法を目的として論ぜられた︒然るにドイツの学者は理論を重視するた
め︑複式簿記の科学性付与が問題となり︑これに努力が払われた︒よって︑勘定学説の中心地はドイツの簿記学者にあったも
のと見てよい(原文のまま引用‑奥山)﹂(沼田嘉穂︑簿記論攻︑中央経済社一九五一年︑三一‑三二頁)︒
(9)沼田教授によれば︑シfア理論が﹁アメリヵにも紹介され︑同国の簿記震者ハヅトフィルド(国麟臨︒拝焉)な
どの著書に採り入れられたことは有名な事実である﹂(沼田嘉穂︑簿記論攻(前掲)︑三六頁)︒また︑黒澤教授も同様に﹁ハ
ットフィールドは・シェアー(シェーアー奥山)理論のアメリヵに於ける祖述者として知られている﹂という(黒澤清︑簿
記原理(前掲)︑四八頁注附記)︒
(10)高松和男︑簿記の対象としての取引(簿記︑第一〇巻第四号︑八一了八六頁所収)︑八三頁︒
(11)高松和男︑簿記の対象としての取引(前掲誌所収)︑八二頁︒
(12)ω9貰旨7窪9匡け§αq5αqしロ一ぎ国騎︒誌鼠H警訂窪︒げ①び§げ轡諄冨同琶山日餌臣︒日ロユ︒陰9︒門O昌琶騨・︑︒鴇帰}ロ凶一︒︒一①旨・落︒,
幕霞ρ郎島︒§目αω酔践①鴎①巳Φ飢臼勺Hぎ酔乱H§げ餌{琶①訂①冒崔﹀酔ぎσq呂自冨H嬉切出碧N︿㊥﹃︒自︒三︒一︒樋唇頓象§幽遣↓︒器﹁§α・O︒匡︒,
三蓄#琶四§阜ω出きN︑.(以下︑切琶年箋§頒巨畠じuロ魯国と示す)第二版守感口一九一四年︑<︒同日︒.紳五頁︑および穿︒臣9︒,
犀§σQ巨山切d繭げ自第五版浮臣ロ一九二二年く自きH二二頁︒(尚︑邦訳として林良吉訳︑会計及び貸借対照表︑同文舘一九
二七年・および林良治訳︑シェアー簿記会計学(上下巻)新東洋出版社一九七六年がある︒)周知の如く︑シェーアの簿記.
会計分野の主著しu暮耳巴什琶σq§山口u一冨嵩は︑最初に田託酵円募佃ぎ山島芝窃Φ昌匹︒同山oも冨犀①ロロσロ魯ゴm寄5αq動ロ{惹鳥︒・爵ロ{臣,
ドイ ツ簿 記 理 論 に おけ る 『複 式簿 詑 」観 45
9︒残§α目髄夢︒日9・謡︒︒畠①同9崖"亀認︒なる表題の下︑公刊された小冊子の内容を大改訂の後︑一九一四年に穿げ匿犀§筑琶臨切出︑口国として上梓されたものを以て始まり︑一九二二年の第五版を以て終わる︒したがって︑実質的には一九一四年版こそが
望︒霞餌胃§αq唇畠切σ臨§の初版と麿倣され得る︒この一九一四年版と一九二二年(最新)版との間には︑その内容についての相違はほとんどなく︑後者は前者の内容のすべて(ごく一部に変更があるものの)と加筆部分とを含んでいる︒そこで︑以下
においては各版に固有の内容についての引用の必要がある場合にのみ当該版からの引用の旨を示すこととし・各版に共通の内
容の引用については︑これを一九二二年(最新)版からおこなうこととする︒
(13)影伽お}・句ご切自げ冨潔琶αq§伍切ま自第五版(前掲)︑<︒暑︒溝四頁︒
(14)學貰ト即"望昏訂犀彗︒Q8山¢σ出磐国第五版(前掲)︑二二頁︒
(15)曾密訓桐・閃・・切目静冨岸彗αq§脳切出磐国第五版(前掲)︑四頁︒
(16)(17)Qo︒冨︒器矧u即讐尻8紳︒馨幕︒H一魯山醇&や需一紳︒犀切暮亭鋒巨σq(前掲)︑六六頁︒(18)摯ぽ窪︒凝男鴇図︒鼻窪餅8H剛窪儒輿α︒箸①一冨譜切醇巴ぎ濃(前掲)︑七二頁︒
(19)留竃費︒H噂聞こ閑︒算①韓竃︒門ぎ号H山︒唱Φ一辞8穿夢巴峠§︒q(前掲)︑七七頁︒(20)(21)欝寓♪ト炉切¢︒導聾目αq5山じロ薫爵第五版(前掲)︑<︒ヨ︒ヰ四頁︒
(22)﹁シェアー(シェーアー奥山)会計学の体系は財務会計論︑管理会計論および法会計論などのひろい範囲を包含し・けっ
して勘定学説史上においてだけ位置づけられるごとき小さな存在ではない︒﹂シェーアの簿記理論は﹁単に勘定学説という
よりは︑シェアー(シェーアー奥山)会計学の全体系を貫く論理的紐帯の機能を受けもつものというぺきである︒﹂黒澤清︑
会計学精理(前掲)︑三〇一頁︒きわめて大きな理論体系において右の如き位置づけのなされているシェーア簿記理論︑厳密
にはシェーア物的勘定理論の全貌を我々は︑以下の諸文献・雑誌論文から明らかにする他はない︒
︹昌く①H吻俘︒げ①ぎ霞三器Φ話昏角完ぎげ魯磨do罫日巳§αq恥項穿客伽#§ゆq噂臣器一一八九〇年︒㊥野6客巴琶帽巨匡bσ鵠書第二版(前掲)︑および第五版(前掲)︒
︹︒︒︺留冨村︒︒5①器︒︒酔¢O︒匿三〇瓢鮎碧望酵匹欝帽(N鉱蔓沖{貯ロロ匿ゲ冨犀慧︒q"第一五巻第三号一九〇六年︑五四‑五七頁所
収)︒
︹凸N葺く①犀Φ崖αq§o亀山興NミΦ詩o導︒三げ①鼠︒(浴搾珍H弾露﹃bσ琶鐸弾§αq"第一六巻第一号一九〇七年︑一‑九頁所収)︒︹呂℃︒一6鼠零7①︒︒自冨門島⇔切σ碧年聾目α︒切爵8H♂(圏冨︒即峯rh騨ogg喜毘屋㈹博第一六巻第=号一九〇七年︑二四八‑二五三
商 経 論 叢 第25巻 第 ザ号
頁所収)︒
︹①︺田艮穿同巨㎎貯駐≦①︒・︒・蜀山8旦§響︒穿巴言⑳艮鼠器︒訂窪︒げ霞琶鮎目帥蓄§茨︒冨門O門巨山直︒漆﹃ゴαq①巳︒口門︒
唇畠磐山禽①αq︒匡号8目①︒ず巳箒H(包舞窪︒§げ巳︒︒︒冨N︒騨︒訂弾噛第四六号一九一〇年︑一一五八‑=六二頁︑および第四
七号一九一〇年︑一一八四⊥一八八頁所収)︒︹己ヨ基︒訂窪︒冨目山日彗・欝蕃︒冨曽α・司口巳巨α・山角N竃ぎ幕尋§凶ρ(浴富︒貯岸欝臣監Φ﹃ミ誇§鼻餌津目山=彗,
山①﹃唱残グ第二巻第一〇号一九一〇年︑三四三⊥二四六頁︑および第二巻第一一号一九一〇年︑三七五⊥二八五頁所収)︒
︹o︒︺2窪窃帥窃牙目O㊦甑①8山霞︒︒遂$日動萄畠魯uロロ︒与自︒開§σQ圃(N①一窪︒畔鼻窪吋国m銭①一︒︒乱︒︒︒︒①昌︒︒︒訂沖巨山国伽ロ山︒一琶同伽図頃m・第九巻
第一号一九一六年︑マ九頁所収)︒
︹㊤︺蛍︒∪﹁9団o旨害号HN毛鉱犀︒暮窪臣8H陣ρ(浴津︒・︒ぼ峯密門鵠壁締一︒︒毛凶︒︒︒︒︒湧︒訂津日凱鵠嘗号一︒・唱曳ジ第九巻第五号一九一
六年︑一〇五‑一一〇頁︑および第九巻第六号一九一六年︑一二八‑一三三頁︑第九巻第七号一九一六年︑一五八⊥六一
頁所収)︒
ロo︺罫ぎ舞毒傷誤8ユ︒牙□網︒・什①冨齢⁝︒・︒冨・響︒げ琶§α・巳仲ざ駐︒冨・望日①蒔辱⑳8農康諜酵目§σ・一昌島︒じσ琶導"犀身σq
窪{OH自ユユ臼↓冨鼠︒<︒コ軍30σ邑①琶国ヨ§岱UH・嘗三噂(ω鼻毒幕蔚︒冨冨注Φ﹃乱︒・︒・Φ蕊︒ご雲︒冨NΦ団$︒ゴま計第一〇
巻第九号一九一六年︑二〇一‑二〇九頁︑および第一〇巻第一〇号一九一六年︑二三三‑二四一頁所収)︒
ここでは︑シェ1ア理論の発展経過を辿る(例えば︑安平昭二︑旨搾シェアーの勘定理論︹會計第一一〇巻第二号一九
七六年︑二三二‑二四八頁所収︺︒そこでは前期・中期・後期なる段階毎の主張内容の検討がなされているが如き)ことでは
なく︑したがって専ら各段階毎の主張内容の相違に着目するという観点ではなく︑寧ろ各段階を通じて一貫している︑シェー
ア理論の根幹を成すと考えられ得る主張に着眼するという観点からこれらのものへの検討がなされなばなるまい︒何となれば︑
そのことによって︑初めてシェーア勘定理論の全容が明らかとなる筈なのであるから︒
一 一 複 式 簿 記 の 記 録 対 象
シェーアは︑自分の理論を構築するに際し︑ (1)﹁事実そのものを見よう﹂とする︒この事実とは彼によれば︑営利・
ドイ ツ簿 記理 論 に おけ る 「複式 簿 記 」観 47
非営利を問わず︑更には個人・企業を問わず︑あらゆる様式の経済体において現実に営まれている経済事象それ自体
である︒為に︑彼が自分の理論についてコ一勘定理論ー物的勘定理論とも呼ばれるーは︑簿記にとって基礎とな
る経済嚢の性質およびその計算上の表示にのみもとついてい輩というとすれば・ここでは彼の理論の出発点とも
いうぺき経済事象の性質およびその計算上の表示に先ず目を向けねばなるまい︒彼によれば簿記は︑経済体のすべて
の出来事を表示するには及ばず︑その記録対象の範囲は︑計算上表示可能な事実に限られて鹿・更に彼は・薄記
う 記録は経済体の歴史記録の一部分にすぎないLと言う︒この限りにおいて︑﹁簿記は経済体の歴史記録の一方法であ
灘といい得る・ここにいう経蒙の歴史記録と縫によれぽ・経済体箋生した対内外的経華蓼あって・尚か
つ﹁財の価値および量によっ薮値にて測定可態変襲の記録に他ならぬ・とすれば・簿記の記録対繧衰整
て測定可能な変動をもたらす経済事象に限定されていることとなる︒彼にあって︑﹁測定可能な数値にて計算上把握
され得ぬすぺての対内・外嚢簿記の対象ではな匝のである・したがって薮値にて測寄態計算上把握され
得る経済事象のみが簿記の記録対象であると彼は考えているのである︒
右に述べた如く︑シェーアが複式簿記の記録対象と看徹している経済事象について︑彼は﹁すぺての経済上の事象は︑お 以下の二つの対立によって計算上表わされ得る﹂という︒すなわち︑第一に﹁財産部分の増加は︑他の財産部分の減
少または資本の増加と対立匙・﹂第二に︑﹁財産部分の減少は・他の財産部分の増袈た婆本の減少と対立毒﹂
したがって︑彼によれば複式簿記の記録対象となる経済事象において斯かる二組の対立のいずれか一方の対立が常に
観察されているのである︒ここで︑各経済事象に右の如き対立を見出すところに既に彼の理論の特徴が顕現している
ことに我々は留意すぺきである︒本来︑勘定理論が如何なる観点に立脚するものであろうとも︑複式簿記が記録の対
象とする経済事象は︑動かし難い唯一の厳然たる事実に他ならぬ︒ただ︑その事実についての観方如何によって各種
の勘定理論が生ずるに過ぎぬ筈である︒そして︑彼にあっては︑経済事象において財産︑資本なるものの増加・減少
が認識されていることは︑先の指摘より明らかである︒彼は︑そのようなものの増減変動が計算(会計)上把握され
ていると観ているのである︒その結果として︑財産・資本の増減変動が記録(簿記)上表わされることとなると言い
(13)得る︒ここに到って︑複式簿記の記録対象は︑具体的には財産・資本それ自体の増減変動であることが明らかとなる︒
︿二注﹀
(1)ω鋒賀9国;ロdロ︒臣巴件巨σqqロ鮎切誹冒第五版(前掲)︑二頁︒
(2)津冨斜ト圏"ロu唐ず訂ぎ5αq毒山bu繭ド自第五版(前掲)︑一‑二頁︒
(3)留寓計セ,"じコ蓉穿葺§臓毒鮎ロuぽ言第五版(前掲)︑四六頁︒
(4)(5)(6×7)(8×9)ω︒ゲ貰旨7じσ弩藍巴菖α・§山じロ一ぎ国第五版(前掲)︑五頁︒
(10)ω島帥が旨男"じσ蓉げ訂#暮σq巷・山国一磐N第五版(前掲)︑二〇頁(括弧ー奥山)︒
(11)(12)oo︒訂斜旨男矯じσロ︒穿巴#5σq'5山じσ凶貯言第五版(前掲)︑二〇頁︒
(13)複式簿記の記録対象を﹁取引﹂と看倣し︑更にこの﹁取引﹂が必ず借方要素と貸方要素との二つの要素から成立している
と観るとする通説的見解にー当否は問わぬこととして‑即して考えるならば︑﹁取引要素の記録とは︑そのような(通説
によれば﹁取引﹂によって増減・発生した)資産負債等それ自体の記録であり︑したがって取引要素とは︑増減した資産・負
債等それ自体と考えるべきこととなる︒﹂吉田威︑複式簿記記録の意味(商経論叢︹神奈川大学︺第九巻第二号一九七三年︑
一ー九四頁所収)一一〇ー二一頁︒
三 複 式 簿 記 の 勘 定 体 系
複式簿記の記録対象を具体的には右の如きものであると看倣すこと︑別言すれば経済事象を財産・資本の増減変動
ドイ ツ簿配理 論 にお け る 「複式 簿 記」 観
狛 という観点から把握することによって︑複式簿記記録との関わりにおいて︑その表示は如何に理解されることとなる
のであろうか︒
(1)シェーアによれば︑﹁(具体的)記帳項目の形態にて把握された経済事象を勘定形式によって示す﹂為には︑消極的
(2)な財産部分が財産勘定の貸方に記録され︑積極的な財産部分が財産勘定の借方に記録されることとなる︒更に︑その
(3)為に資本勘定の貸方には積極的な大いさたる資本が記録され︑その借方には減少した資本が記録されることとなる︒
(4)(5)このことから︑﹁財産勘定の借方は増加を意味し﹂︑また﹁財産勘定の貸方は減少を意味している﹂こと︑更には﹁資
(6)(7)本勘定の借方は減少を意味し﹂また﹁資本勘定の貸方は増加を意味している﹂ことが明らかとなる︒したがって︑勘
定口座への記録方法を手掛かりとするならば︑シェーアのいう如く﹁財産勘定の借方(増加)は資本勘定の貸方(増
(8)(9)加)と対立し﹂︑﹁財産勘定の貸方(減少)は資本勘定の借方(減少)と対立している﹂といい得る︒かくて︑ここに相
対立する二つの記入規則が明らかとなる︒すなわち︑財産の増加を財産勘定の借方に︑その減少をその貸方に記入す
るという記入規則と︑資本の増加を資本勘定の貸方に︑その減少をその借方に記入するという記入規則との二つであ
る︒
ここで注意すべきは︑右にいう財産勘定および資本勘定が一つの勘定口座としての統一的財産勘定(①ぎ凶屋白墓甲
(10)蓼臼自$瀬︒・芭ら冨ロ8噂9艮簿一繭9霧閏婁魯鼻88)および統一的資本勘定(︒貯凶顛唐目魯露巳$欝鷲邑犀8ε・︒貯げ︒幽島駐
(11)国骨競ぎ暑"晋︒・匿屋翫艮︒・・昏艮巴ぎ具︒)としてそれぞれ考えられていることである︒このことにつき︑シェーアは
(12)次の如く言う︒経済体に属する積極および消極財産構成部分を如何に区分するかということ︑あるいは正味財産の当
初の大いさのための資本勘定もしくは資本の増加・減少のための一つあるいはそれ以上の勘定への資本勘定の区分は︑
(13)簿記体系の理解にとっては副次的なことであると︒確かにシェーアの指摘する如く︑下位の具体的勘定口座の種類は
多分に企業形態・規馨援蓉ている・例えぽ財産勘定については﹁企業において生ずるあらゆる財形態を勘定上
(15)に記録し得るに必要な数の財産勘定が開設されねばならぬ﹂のではあるが︑具体的に実際に如何なる勘定が開設され
ているのかはともかく︑問題は先の如く考えることによって明らかとなった二つの法則化された記入規則が﹁統一的
(16)財産勘定・資本勘定から派生する下位勘定﹂における現実の個別的・具体的記入規則と合致するのか否かということ
に在る︒何となれば︑もし前掲二つの法則化された記入規則が下位勘定における現実の個別的・具体的記入規則と合
ヘヘへ致しない時には︑シェーアの示した二つの統一的勘定およびそこになされている記入規則の法則化が現実の説明とし
ては不充分であること︑要するに統一の仕方には再考の余地の在ることが明白となるからである︒
既に明らかな如く︑財産勘定においては財産の増加が借方に︑その減少が貸方に記録され︑これと同様に﹁各個の
(17)財産勘定において借方には積極的(加算的)財産部分︑貸方には消極的(減算的)財産部分﹂がそれぞれ記録されるこ
ととなる︒したがって︑財産勘定の下位勘定たる個々の諸財産勘定の借方には積極的部分の増加があるいはこれと同
ヘへ一のものすなわち消極的部分の減少が記録され︑これに対してその貸方には積極的財産部分の減少あるいはこれと同
︑︑(18)一のもの︑すなわち消極的部分の増加が記録されることとなる︒かくて︑シェーアにあって積極的部分の増加と消極
的部分の減少︑積極的部分の減少と消極的部分の増加は符号の転換によりそれぞれ同一視されており︑シェ1ラー
(19)(ω︒﹃§8によればヒュークリ(霞頓F国・)同様の簿記技術的技巧によって︑それらは統一的に解釈されているので
ある︒
次に︑資本勘定においては資本の増加が貸方に︑その減少が借方に記録されるのと同様に﹁資本勘定から派生した
下位勘定︑たとえば正味財産の増加・減少のための勘定および損益勘定とその下位勘定の如き勘定において︑積極的
(20)な大いさとして定められた正味財産および計算上確定されたその増加(利益)が常に貸方に﹂記録され︑﹁これに対し