論 複 文
式 簿 記
(j)
基 礎 理 論
118安平昭二﹃簿記理論研究序説﹄によせて││
‑ 0九 八 七 六 五 四 三 二 一
安平紹二教授の研究の意義
畠中学史より安平学史へ
畠中福一審﹃勘定学説研究﹄
安乎論理の理論体系
商業簿記より工業簿記へ
因果論学説について
三0年代以降の理論の体系化
ケlファ!の勘定理論
勘定学説史体系化の問題
ケI
ファ
iの簿記理論
初期の簿記学説について
複式簿記の基礎理論
茂
木
虎
京 佐
複式
簿記
の基
礎理
論
シェ
ア
l学説の検討││安平理論の原点││
む す び
安平田二教授の研究の意義
簿記(論)︑簿記原理という講座が会計学とは別個に設けられている︒わが国では︑これが一般的である︒簿記論と
会計学との関係はというと︑大正期にようやく﹁計理学﹂として会計学が成立した頃︑上等なる簿記(学﹀は会計学で
あり︑下等なる会計学は簿記(学)であるといヮた議論があった︒上等︑下等の昆味が問題であるが︑簿記は単なる記
帳技術解説論であり︑学問は本質論探究の理論体系とするかぎり︑会計学にのみ学問性があるとされることが多かっ
た︒今日でもこのように考える傾向は続いている︒世に会計学者といわれる者は多いが︑簿記学者は極めて少ない︒
簿記学者は存在しえないということもある︒はたしてそうであろうか︒これをくつがえす研究が地味ではあるが展開
され︑ここに安平教授によって司簿記理論研究序説﹄(昭和五十四年・千倉書房)として結実した︒木書によって簿
記論が会計学に相対的に独立した一つの学問分野であることを教えられる︒
簿記理論とは:・:︒従来︑簿記論においてはこの点の検討は少なかった︒技術解説論においては複式簿記法は所与
の大前提で︑これの運用法のみが問題であった︒複式簿記とは︑勘定体系日勘定機構として︑それはいかなる意味を
もっているかなどということは問題にならなかった︒企業会計において複式簿記法が一般化している意味などもこと
さら問題とはされていない︒いまや手記式簿記は機械簿記︑コンピュータ簿記の時代にと移ってゆく︒簿記法の典型
を商業簿記に求めることから︑工業簿記へと視点を移さざるを持ないところにきている︒資本主義
l
i産業資本を中
核として運動する経済体系のなかで︑この産業資本の簿記は本来︑工業簿記でなければならないが︑依然として商業
簿記を中心的検討対象にしている︒商業簿記は前期的資本のなかで体系化されたものであった︒商業簿記より工業簿
記・工業会計三これが簿記理論の発展の方向であろう︒
安平教授によって︑畠中福一氏の昭和七年︹一九三二年︺の﹃勘定学説研究﹄(森山書底)からほぼ五
O
年 ︑
本 格
的な簿記理論H勘定理論の研究があらわれた︒
勘定の体系的性格の分析︒これは複式簿記を勘定簿記とし︑多数の勘定群からなりたつ簿記体系の性格の規定に勘
定理論が具体化する︒複式簿記はどういう性格であって︑どういう役割を持っかということである︒これを安平教授
は﹁複式簿記機構の原理的解明を課題とする勘定理論﹂(はしがき一ページ)といっている︒勘定理論はそのときど
きの社会経済史的背景をもった企業資本の簿記理論として歴史性をもっている︒社会の発展段階に適合的な勘定理論
として具体化し︑その理論がそのときどきの指導的理論として大きな影響力をもっている︒今日︑いかなる勘定理論
が求められているか︒それは歴史の発展のうちから規定され未来を展望するものとなる︒それ故に勘定理論(簿記理
論)研究は勘定学説史論の手法をとることが多い︒これは畠中氏においてもそうであったが︑安平教授においても歴
史論として展開されている︒と同時に︑﹁現段階での新しい勘定理論は︑会計のあらたな機能的発展ないしその可能
性をも配慮して展開せねばならぬ:::﹂(一七二頁)として教授自身の勘定理論をさぐっている︒これをみつめるこ
とでわれわれの理論を構築せねばならない︒
複式簿記の基礎理論
複式
簿記
の基
礎理
論
四
畠中学史より安平学史へ
畠中福一著﹃勘定学説研究﹄(昭和七年)は︑わが国における簿記学説史研究の出発点に位する著書である︒とも
すれば記帳解説諭におわる簿記学に︑社会科学化をめ︐さして学問の灯をともしたものである︒地味ではあるが︑
いま
ちなお有効な書として学生たちに読まれている︒他に類書がなかったのである︒
畠中氏の体系をみるとき︑L・ゴムベルグ﹁勘定理論の歴史的批判﹂(一九二八年︑ゲンブ)に拠っていることを
知る︒畠中氏は︑この分野でまとまっているのはゴムベルグだけだといっている︒
その第三︑四篇は﹁勘定学説各論﹂であって︑勘定学説史が展開されている︒第三篇を﹁人的勘定学説﹂として︑
十五
世紀
末︑
ルカ・パチョiリ簿記論より説きはじめるが︑まず﹁原始諸学説﹂をとりあげ︑十五世紀末から十七世
紀末にわたるものをまとめる︒
つい
で︑
フランス学派(十八世紀﹀︑五勘定論者(十九世紀初頭)︑ロンバルドリオi
ストリア学派(十九世紀中葉)︑そして人的二勘定学説(十九世紀後半)となるが︑これはロギスモグラフィi
の勘
定学説である︒これらの解説を社会経済的背景との関連で巧みに説明する︒
ついで﹁物的勘定学説﹂となる︒ここに本格的な簿記理論が展開するとしている︒この点について安平教授は︑そ
の著第三部で︑簿記理論の科学化の方向︑その端緒として議論するほどのところで︑この学説諭の展開が︑自中学説
史の中心である︒会計学の動態論化のなかで︑ここは過去のものとなったかの感をいだかせるものである︒
複式簿記は勘定の二重記入の重畳的簿記法である︒二重記入が基礎となった計算体系として︑その会計目的は︑今
日︑動態観目的となっている︒損益計算こそ会計の目的ということができるが︑この損益計算において︑シュマ!レ
ンパツ川は貸借対照表もまた損益計算の補助手段であるといい︑損益計算書の重視となる︒これはわが国でも会計の
重心の移動として昭和初頭に問題とされ︑それに対応した会計理論も展開した︒
簿記理論は︑このようななかでどのように展開すべきか︒簿記と会計は同じか︑違うか︒簿記は会計であるとする
とき︑損益計算中心の動態観が展開するかぎり︑簿記理論も費用・収益中心観の勘定理論が主流とならねばならぬ︒
資本の保全・活用計算ほ損益計算に従属するものとならねばならぬからである︒
勘定理論はどうあるべきか︒動態論者でしかも時価評価論を唱え続けた故不破貞春教授は︑簿記論では︑その勘定
理論の基礎に貸借対照表ニ勘定学説(ニグリッシュ理論)をおいている︒ただし︑その資産の理解は動態観によって
いた︒教授は簿記と会計はその役割が異なるもので︑異質だといっていろ︒簿記には損益計算機能のほかに財産保全
機能があるという︒この問題に︑安平教授の著書はどのように答えているのだろうか︒
畠中氏の著書から玉
O
年たった︒当時とは会計学をめぐる社会経済的状況が全く異なる︒安平教授の著書をみて強く思うことの一つは︑勘定学説史をふりかえるとき︑スイスの理論をとりあげるが︑前提として﹁工業経営﹂
│
│ 1経
済史学の用語をかりるならば産業資本の運動ーーを対象としているということである︒テンドリl然り︑決定的には
ビlダl
マン
であ
る︒
わが国の簿記学は︑その対象はいずこにあるか︒多くは商業を対象としている︒商業簿記と複式簿記を同義的に考
えているむきも少なくない︒さらに簿記原理を商業簿記から引きだそうとしているものが多い︒歴史的にはたしかに
前期的︹商業︺資本の簿記として複式簿記は形成された︒そこでは﹁商品L勘定の性格分析に重心がかかり︑ここか
ら簿記理論が展開されてきた︒しかし︑世は資本主義も極めて高度に発展した段階に到達した︒ここでは工業資本
複式
簿記
の基
礎理
論
五
複式簿記の基礎理論
占ノ、
︹産業資本以を中核として経済が運動している︒このようななかで商業簿記の基礎原理のみで︑簿記理論を構成する
﹂とは不充分となっている︒
畠中福一著﹃勘定学説研究﹄
畠中氏は邦書としては最初ともいえる体系的な簿記H勘定学説史論をものした︒﹁従来勘定学説の研究は殆ど独逸
を中心として行われた︒併し乍ら勘定理論に関する諸学者の見解は︑多数の著書及雑誌論文中に散見して︑之を纏め
るのは容易な業ではない﹂(畠中・序一ページ)︒これを昭和初期︑東京商大の学生であった畠中福一氏がなしたので
める︒仏語文献のゴムベルクにその先駆がみられるのみで︑﹁英・米の文献に到っては勘定学説に関する専門的研究
は皆無と言ってよい
L
(自中・序一ページ)状況であった︒上野道輔教授のシェアlの紹介と︑物的二勘定論の研究
がわが国の先駆的業績である︒
畠中氏の勘定学説史は人的勘定学説より物的勘定学説へという基本線を画く︒以下にみてゆくが︑この研究は﹁人
的諸学説の社会的背景をなす中世紀的封建的要素を刻扶するにあった︒即ち人的勘定学説が封建的社会関係の産物で
あり︑今日の資本主義企業に妥当せざる理由を説明するとともに︑尚且っそれが物的勘定学説への地盤を準備したる
所以
を論
じ﹂
︑
さら
に
﹁物的学説発展の基礎的事実として資本主義的生産関係の発展傾向を看過せざることにつとめ
たのである﹂という︒その主張するところ︑やや機械論的うらみはあるが︑一四九四年のルカ・パチョiリの簿記論
から︑古きフランス学説︑五勘定論︑ロンバルト・オーストリア学︑派に︑さらに人的ニ勘建学説(ロギスモグラフィ
i)
までを人的学説としてまとめている︒この人的理論は今日の簿記理論研究では全く扱われなくなっているが︑自
中氏のまとめの功績は大きい︒
畠中氏はドイツにおける物的勘定学説の発展を体系的に把握した︒それを四期とする︒
第一期二勘定系統説先駆時代(一八八七年以前)
第二期二勘定系統説と一勘定系統説の論争時代二八八七年以後)
第三期貸借対照表学説の発展(一九二一年以後)
第四期成果学説の拾頭(最近の傾向)
畠中氏のいう﹁最近の傾向﹂についてはのちにふれたいが︑氏のいう第二期から第三期への移行期が問題で︑物的
ニ勘定学説と貸借対照表学説の論争が近代的勘定理論をうみ出す︒﹀l旬日間か︑﹀
H H M +
閃かという論争で︑由問中
氏の論述もここに生彩をおびる︒ただ︑昭和初期のこととて︑動態観が未確立であって︑ワルプ理論には軽くふれて
いるに過ぎない︒畠中氏は静態観の最終段階をみごとに画いたのであった︒もっとも︑簿記論は会計学とは異なると
し︑﹀H吋十円の静態観理論のうちに資本維持の役割が読みとれ︑ここを現在でも問題としているべきという主張も
あり︑取引八要素説と結んで︑今もなお一般的であるともいえる︒
畠中学説より五
O
年︑会計学は昭和四年恐慌(一九二九年恐慌)をへろなかで重心が移行する︒静態論より動態論へと
移行
する
︒
シュ
マ
1レンバッハの費用動態論︑太田哲三の資産本質論が展開する︒動態観の方向が示される︒や
がて十五年戦争といわれる満州事変から支那事変︑そして大東亜戦争︒この時期には必ずしも学問は発展しなかった
が︑敗戦を機
ι
経済の資本主義化が︑近代化︑民主化の名において一層進行する︒アメリカ会計学が怒濡のように流入してくる︒その先頭にぺlトン・リトルトンの﹁株式会社会計基準序説﹂がたつ︒アメリカ会計学を通じて動態論
複式
簿記
の基
礎理
論
七
複式
簿記
の基
礎理
論
入
化が進行する︒このようななかで﹁企業会計原則﹂が発表・施行されてくる︒動態論化と︑近代会計制度の形成が軌
を一つにして進行する︒戦争の空白は昭和初頭の研究を勉強し直すことからはじまる︒地味ではあるが︑畠中氏の著
書が読まれている︒
戦後
もコ
一
O
年余︒めざ斗正しく発展する会計学のなかで︑簿記理論も進歩する︒これを安平教授がまとめるひ乙こに畠中氏と安平教授の著述の大枠を対比して︑そのなかから今日の簿記理論のあるべき姿をみつめよう︒
畠中福一氏の体系︒三籍よりなるが︑第一篇﹁簿記学体系論一︑第二篇﹁勘定学説総論﹂で︑第三・凶篇が勘定学
史を構成するところの﹁勘定学説各論﹂である︒
これは二部よりなって︑その一部第三篇は﹁人的勘定学説﹂で︑第九章人的一勘定系統説(擬人説)︑第十字人的
二勘定系統説からなり︑第二部(第四篇)は︑第十ニ章物的一勘定系統説︑ベルリナl
やハ
ニシ
ュ(
出山
口目
的口
町)
が対
象︑第十三章物的二勘定学説││純財産学説l│︑シュl
グリ
︑
シェヤーがとりあげられる︒安平教授もこの学説に
注日して︑その簿記理論的︑簿記学史的意義をとくに一つの篇で論じている︒第十四章貸借対照表学説︑ニクリッシ
ュ︑ライトナーをとりあげる︒
シェ
ヤ
iとニクリッシュの論争︑両学説の吟味のうちに科学的簿記論が成立する︒し
かし両者はともに静態論に入るものであった︒
第十五章は﹁動態勘定学説﹂と題され︑パiぺ︑ゴンベルグをとりあげるが︑この学説は畠中氏は﹁資本循議の動
的方面たる取引過程から出立して勘定学説を樹立せんとするものである﹂(﹃勘定学説研究﹄・三七
0
ペー
ジ)
とい
う︒
第十六章成果勘定学説で︑スガンチiニ︑ワルプ︑レ!マンをとりあげている︒ワルプ理論はつ現金動態論Lによる
もので︑今日の最近学説の出発点となるものであるが︑終章として一寸ふれたのみである︒ワルプ学説はその先駆と
してシュマlレンバッハの﹁費用動態論﹂があった︒畠中氏も︑氏が大いに参照したゴンペルグの﹃批判的勘定学説
史﹄もシュマlレンバッハについては否定的である︒これが動態観的勘定理論をあまり問題としなくなっている一因
であ
るが
︑
シュ
マ
lレンバッハ理論は簿記理論・勘定理論として再吟味の必要があるであろう︒
四
安平論浬の理論体系
本書はコ一部よりなる︒その第一部は﹁スイスにおける簿記学説の発展﹂である︒本書の副題は﹁スイス系学説を中
心として﹂とあるが︑勘定学説研究はスイスで大いに発展している︒また過去においてもそうであった︒今日︑全世
界の会計学の指導的理論はアメリカ︑ドイツにおいて力強く展開しているが︑それがわが国会計学に大きく影響して
いる︒とくに戦後しばらくはアメリカ会計学一辺倒の感さえあった︒簿記理論においてはどうか︑とれはドイツ会計
学に影響されるところが大きいといわれるが︑詳しくみるときスイスにおいて発展しているのであった︒スイス会計
学はドイツ会計学との相互交渉のうちに︑簿記理論研究を極めて重視している︒勘定学説研究はスイスに学べという
﹂とであるが︑安平教授は序説として︑﹁スイス会計学の基礎を築いた人々!ーその人と業績﹂をのべる︒安平教授
の数次にわたる現地での資料探索が大いに物宣言う︒学説史研究は著書のみの分析でなく︑その理論をうみ出す背景
分析まで進める必要がある︒
ヒュックリ
ll
わが国ではヒュiグリと呼ぶことが多いが︑安平教授は﹁現地ではこれでは通用しない﹂という!
i︑シェアl︑ゴンベルク︑スガンチlニの四人をあげ︑その経歴までのべる︒これらの人々はドイツ会計学の礎石
ともなった方々でもある︒
複式
簿記
の基
礎理
纏
九
複式簿記の基礎理論
。
この序説につづいて︑第一部となるが︑これが勘定学説史論でもある︒その通史的体系を昭和初頭に畠中福一氏が
まと
めた
︒
レオン・ゴムベルクの体系によるところが大きいとのべたが︑まだ動態観的会計思考が未確立の段階のも
のであった︒畠中氏の研究は物的二勘定学説と貸借対照表学説の論争から簿記論の科学化が展開すろという論述は見
事である︒簿記の基本思考は﹀
lH
UH
同か︑﹀H吋斗同かという問題であった︒しかし︑動的勘定学説については成
果学説として︑ワルプを一寸みただけで終ってしまう︒今日の会計学・簿記理論はこれから先が問題である︒
畠中氏から五
O
年︑わが同会計学も昭和初期の大恐慌を機として貸借対照表より損益計算書へ会計の重点が移行したが︑ここから先が問われねばならない︒待望久しい研究として安平教授の業績が出た︒昭和初期︑動態観の成立を
みたとき︑世は軍国主義化が強行され︑やがて十五年戦争へとのめり込んでゆく︒戦い終って三十五年たつ︒
いま
や
動態観思想は確立した︒またそれに対する反省も始まヮている︒動態観の再検討というテlマは会計学会でもしばし
ばとりあげられている︒ここで安平教授は学説史をまとめられた︒永年にわたる研究の成果であり︑数次にわたる資
料調査の留学は︑畠中氏ほどのドラマチックな筆の運びではないが︑はるかに豊富な資料によって︑着実な展開をす
る︒いまや勘定学説研究︑勘定学説史論では安平教授をおいて人はないほどになっている︒
安平教授の吋簿記理論研究序説﹄は︑その副瞳として﹁スイス系学説を中心として﹂とあるといったが︑今日︑勘
定理論研究はドイツではなく︑スイスを中心として発展している︒その頂点にカl
ル・
ケ
i
ファ
l理論がたつ︒これ
が検討が安平教授の学史研究の第二部となる︒第一二E請には﹁勘定理論発展の宗点﹂とも勺つべき﹁初期の簿記学説﹂
が説かれ︑シェアl理論の検討がなされている︒発生来は構造を決定する︒簿記はそれがいかに動態論的に検討され
ょうとも︑物的二勘定説の母斑はのこる︒
第一部が﹁スイスにおける簿記学説の発展﹂である︒このスイス系学説は今日の簿記理論の発展の軌跡を示すもの
であるが︑安平教授によって体系化された︒いまや一九八
0
年代をのぞむ時点で︑勘定学説研究は安平教授において大いに発展している︒
スイスに焦点をもとめるとき︑畠中氏のいう人的学説は対象の外におかれ︑物的学説が専ら対象となってくる︒こ
れをつぎのようにまとめている︒
財産計算を指向する勘定学説
ここには︑ヒュックリリシェアIの純財産学説(物的二勘定系統説)︑ピlダlマンリブリの等価学説︑
ユチ
(︒
・ EN O
の統
一勘
定学
説︑
ステ
l
リ(
同・
ω Z E C
の数学的勘定学説が含まれている︒
E
損益計算を指向する勘定学説
安平氏はスガンチlニの現実論的学説であるとする︒
E 財産計算・損益計算を指向する勘定学説
この標題について三つに区分するが︑その第一が︑﹁その先駆形態﹂と題して︑ゴンベルクの因果論的学説︑テン
ドリ
l
(国
・↓
o E
ち因果論的学説(原因・在高二勘定系統説)をあげる︒
R
第二は﹁教育法的傾向をもつもの﹂(町)としてピlダiマンの循環学説︑ブリの静的動的四勘定系統説をあげる︒
ーで等価学説としてあげている︒
第三は﹁複式簿記本質論的内容をもつもの﹂
( V )
で ︑
ケi
ファ
lの財産・損益二勘定系統説があげられる︒
安 平
氏はケl
ファ
lは﹁スイスにおける諸勘定学説の結節点﹂とし︑諸学説の最高峯にあるとしている︒
複式簿記の基礎理論
複式
簿記
の基
礎理
論
以上の内容をもってスイス勘定理論を学説史として体系化している︒安平教授の整理したところと︑畠中氏の体系
の骨組みをみてきたが︑勘定学説史はどう体系化するか︒
勘定学説史においては︑スイス系学説から知られるように財産計算と損益計算の二面指向理論が今日の理論となっ
ている︒会計学において動態観がシュマIレンバッハによって体系化した︒その費用動態論は現金動態論によって批
判された︒また費用動動論が原価主義をよりどころとしたが︑最近では時価主義思考が拾頭している︒古典的動態観
が再吟味されるなかで︑簿記理論のあるべき一つの姿がここに見られる︒基本的には会計と簿記は異なるという思考
で︑簿記は単に損益計算にのみつかえるものでなく︑財産︹維持︺計算への役立ちがあるとするものであろう︒
五
商業簿記より工業簿記へ
安平教授は前節にふれたように︽財産計算指向の勘定理論より損益計算指向の勘定理論へ︑さらに財産計算・損益
計算指向の学説へ︾という発展図式を画く︒畠中氏は静態観会計思考のなかでの勘定理論を体系化したが︑動態観思
考への方向を示した︒これが会計思考の発展であろう︒ワルプ︑レlマン理論への注目であった︒
会計学における動態観化傾向が進むなかで︑簿記理論はどうあるべきかが再び問われてきた︒動態観は損益計算重
視思考であり︑これが会計学に体系化されて今日の盛況を示している︒簿記学は会計学が体系化された二
O
世紀になると単に記帳技術解説論とみられる不幸がながく続いたが︑勘定理論という会計の計算手段であり︑表現思考でもあ
る複式簿記の本質論分析の進むなかで科学化される︒それが今日である︒どう展開するか︒それには勘定学説研究と
して勘定学説史をふりかえるところから出発させねばならない︒安平教授の努力はここにある︒
安平教授の学説史のそれぞれの節目を検討してみよう︒その第一章﹁貸借対照表を基礎とする勘定学説﹂はシェア l
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論争
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る︒
安平氏は人的勘定学
説については問題としない︒今日では教育的︑実務的な実践理論とみるとき骨とう品的存在である︒学説史は美術品
の観賞ではない︒科学理論としていずこから始めるか︒安平教授は物的二勘定学説に出発点を求めている︒今日でこ
そこれは静的理論だとして︑動態観のなかで排除されているが︑純財産学説によって簿記論は科学化したのであっ
て︑ここから近代的今日的理論が出発する︒シェアl理論についてはドイツのニクリッシュの批判もあるが︑本書で
はとりあげずスイス系学説によるものとしてビlダ!?ン刊ブリ学説による批判︑そして反論を扱うのであった︒こ
の論争は形式的にみれば﹀i可日開か︑﹀
H H
U
十回内かという論争でもあるが︑安平氏はいう︒﹁シ
ェア
l純財産学説
とピ
1ダl
マン
Hブリ等価学説の主たる論争点は︑自己資本と他人資本を統一的豊としてとらえるかどうかというこ
と﹂(二五ページ)であるというが︑プリの反批判を引き﹁純財産学説のごとく企業者の観点よりも︑貸借対照表二
勘定説のごとく企業の観点から考察することが︑経済的にはより重要であるといわねばな︑りない﹂(二五ページ)と
される︒企業者視点より企業の視点へ︑ここに株式会社の発展︑また資本主義の発展に対応する理論展開をみるので
ある
この論争について︑また﹁損失(費用)項目を積極と見なすかどうかということ﹂が問題点であることを指摘され ︒
る︒静態観思考のなかかわ勘定理論が体系化されてきたという背景があるからであろうが︑
ように規定するかは勘定理論上の基本問題の一つでもある﹂(二六ページ)︒この項目を単に資本の増減要因勘定とし ﹁費用・収益項目をどの
て︑資本勘定の従属勘定とするところに物的二勘定学説の特色があった︒今日でも︑複式簿記を勘定簿記とみ︑複式
複式
簿記
の基
礎理
論
複式
簿記
の基
礎理
論
四
簿記を構成する諸勘定系統の地位U関係︑その性格分析で損益勘定の規定が大きな問題である︒複式簿記本質論はこ
の一点にかかっているといってもよい︒損益勘定の地位の向上の歴史が動態論の発展史でもあった︒
ここで一つの問題がある︒今日︑われわれが複式簿記を問題とするとき︑企業簿記として具体化している複式簿記
法を問題とするのである︒伝統的に簿記原理︑勘定理論の研究は商業簿記を前提としてきた︒商業資本の複式簿記法
として商業簿記を前提としてきた︒今日でも商業簿記は援式簿記の基本的形態であるという考え方が根強い︒たしか
に複式簿記は前期的資本・前期的商業資本の胎内で︑具体的には十三︑四世紀の北イタリアで︑ルネッサンスの花と
して生れた︒との出生が論理を規定し︑商業簿記が原型であるかの観を示している︒これが勘定理論にも反映する︒
商品勘定分析が中心となった︒
資本主義は産業資本を中核として運動する︒これは姿態としては工業形態をとる︒資本主義の基本的簿記は工業簿
記となるべきである︒しかし発生史の問題から一個の応用簿記であるといわれることがある︒今日︑資本主義は極め
て発展してきているが︑簿記論では依然として商業簿記中心主義岡山考が強い︒この論理の転換が追られているのでは
なか
ろう
か︒
ビlダiマン日プリ等価説においては﹁損失項目の積極化﹂が計られている︒費用項昌のみなおし︒結局は資本を
小さくする経営価値の減少として費用を把握したのはシェアーであったが︑工業生産における生産手段の費消はより
大なる企業の価値形成であるとする︒これは﹁工業簿記をよ同ソ多く考察の基礎におくこと﹂(一一六ページ)であった︒
安平教授はことに注目され︑高い評価をしている点に賛意を表したい︒今日の問題として意義をもっているが︑十九
世紀末シェアーがようやく科学化されようとしている簿記論においては商業簿記法に注目して発言することはやむを
得ないことであった︒
﹁貸借対照表に基礎をおく勘定学説﹂は︑以上のような論争から体系化されてくるが︑スガンチi
ニ ︑
ワル
︒フ
︑レ
!?ンなどの成果学説にふれて︑新しい発展を示した︒これは一九三
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年代後半のユチ(︒‑E
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であ
り︑
ステ
ィ
i
リ(
悶・
出・
ω
芯E C
であ
った
︒
ユチ理論は勘定とその記入関係は請求権概念によって説明しうるとする︒その語求権
はまず人名勘定の本質を債権債務の記入として︑債権請求権の増加・発生とその減少・消滅から説く︒さらに物財価
値は企業にとって︑将来の収入に対する請求権とし︑紺財産は企業に対する企来者(所有者)の請求権であるとす
る︒安平教授は﹁ユチ学説は貸借対照表二勘定説の変形されたものにすぎない﹂(一ニ
0
ページ)とされる︒人名勘定︑物財勘定︑そして名目掛定の体系化から複式簿記の体系化がはかれるとした木村和三郎・小島男佐夫教授の﹁簿記学
入門﹂に示された会計史論的な仕訳の法則ぷ似ている︒ここでステIリも同じであるが︑名目勘定の位置のさせかた
‑ ﹂ ︑
ユチもまた一つの問題がのとる︒﹁貸借対照表を墨礎とする勘定学説﹂のもつ問題点がここにもあらわれてい
た ︒
.晶E
,
、
因 果 論 学 説 に つ い て
第二章以下はつ財算計算・損益計算を指向する勘定学説﹂をとりあげ︑まずその先駆的形態として因果論的勘定学
説を第二章として説かれる︒その素朴なものとしてゴンベルクを︑ついでテンドリ
l
(出 ・
寸C
口 ︻ 山 口
H・
可︑
)を
あげ
る︒
安
平教援は﹁テンドリ1説は︑複式簿記機構完成の根拠を原因計算日成呆勘定の導入に見︑成果勘定日原因計算勘定と
在高勘定日結果計算勘定との二勘定系統の対立をもって複式簿記の本質と見なすものであり︑これによって︑財産計
複式
簿記
の基
礎理
論
一 五
複式
簿記
の基
礎担
論
一六
算・損益計算指向の学説への萌芽が示されているということができるのである﹂︿三五ページ)とまとめているが︑
﹁テンドリーによれば︑そこでは原因計算が特殊な地位を占めていると一見られあ﹂(四九ページ)とし︑﹁近代的営利
経苗の会計目標たる企業資本の収益性の表示ということが原因計算を必要とせしめたのであり︑原因計算によっては
じめて︑いわゆる勘定結合甘貸借複記機構の完結がもた︑りされたものであると考えられているからであるしハ囚九ぺ
‑ジ
)と
いう
︒
﹁テンドリ!の勘定理論は︑原因・在高(結果)二勘定系統説である﹂(五
0
ページ)とする安平教授は︑そこには﹁複式簿記の本質が︑一方では原因計算︑他方では在高・運動計算(回帰国計算に対して結果計算とも呼びうろ)と
いう︑二つの計算の対立とその統合に求められていることを意味する﹂(五
0
ページ)が︑﹁損益計算動機か︑りする原因計算の導入︑それと在高運動計算との結合こそ複式簿記成立の要因であり︑原因計算なくしては複式簿記も存在し
ないとされている﹂という︒原因計算について注目するが︑それが損益計算動機か︑りする体系を指向する︒これが表
示段階の過程では省略されている︒
﹁収益性表示の動機か︑りする原因計算の導入︑結果計算と原因計算との結合による完結的勘定結合H複式簿記機構
の成立という認識は︑複式簿記本質論としてはすぐれた構想といわなければならない﹂(五四ページ)と極めて高い
評価をされる︒
七
ニ
0
年代以降の理論の体系化安平教授は一九三
0
年代以降を体系化しようとした︒ここの研究はわが国にも︑また勘定理論としてみるかぎり全世界にもなかった︒それが第三章以降になるのであり︑まず﹁教育法的傾向をもっ理論﹂(第三章)︑﹁複式簿記本質
論的理論││ケi
ファ
1教授の勘定理論﹂(第四章)となる︒
﹁一
九二
一
0
年代以降スイスにおいて展開された新しい勘定理論のうち最も重要なものは︑ピllダマ ン の 循 環 学
説︑プリの静的動的四勘定系統説︑ケl
ファ
lの財産・損益二勘定系統説﹂(五五ページ)であると安平教授はいう︒
これらの﹁共通の特徴は︑貸借対照表と損益計算書︑したがって︑財産計算と損益計算を同列にとりあげて複式簿記
機構を説明しようとする点にある﹂とする︒
スイスにおいて財産計算・損益計算の二面重視説が︑改めて展開されてくる︒ドイツにおいてはシュマlレンパツ
ハによる動的貸借対照表観の成立︑その後継者による展開は損益計算中心思考をますます前面におし出してくるとき
である︒なぜにスイスにおいて二面重視説が展開されたか︒ここに改めて理論とは何かが問われねばならぬが︑
﹁ 簿
記﹂と﹁会計﹂との関係がどうあるかの問題でもあった︒
シュ
マ
lレンバッハには簿記理論はないのであろうか︒な
ぜスイスにおける発展となるのか︒
第三章はどlダl
マン
(国
・目
白血
2 5
8
ロ)をまずとりあげる︒資本の循環過程で︑生産過程に注目している︒彼は﹁複式簿記におけるすべての勘定は︑その対象としての資本循環の特徴に従って︑資本勘定︑貨幣勘定︑経営勘定と
いう三勘定系統に総括しうると主張する﹂(五九ページ)という︒ここに三勘定説とみるが︑﹁損益勘定の基本的性格
は経営勘定の分割によって明らかにされる﹂ハ六二ページ)という立場をとる︒損益勘定が生産過程の勘定的表現で
あるとするところが問題であり︑ここに工業簿記こそ資本主義経済における典型的簿記形態であるとする考え方があ
らわれているとおもう︒
﹁ ピ
lダlマンは︑工業経営の簿記を前提とし︑その具体的計算形態を︑資本循環思考にも
複式簿記の基礎理論
一 七
複式簿記の基礎理論
八
とづいて統一的に説明しようとしているのである﹂(六六ページ)という︒
ピlダlマンの理論をまとめて︑安平教授は︑川財産計算と損益計算のいずれか一方に偏することなく︑両者がい
わば同等にとりあげられているとする︒安平教授も﹁現実の複式簿記の機構は︑貸借対照表計算と損益計算書計算と
の有機的結合に基づく︑一つの計算体系として構成されていることはいうまでもない﹂(七三ページ)とされる︒二
面計算の機構として成立するが︑両者は同一目的にたいする役立ちか︑異なる目的につかえるものか︒これは前にの
べた財算計算と損益計算という計算の目的に関連する︒それが動的会計観のなかでいかに展開するかに問題があっ
ついで︑川として︑﹁工業経営におけるいわゆる経営簿記の基本的過程が︑資本循環に基づき︑かっ︑複式簿記機 た
構との有機的関連において明らかにされているということに注目しなければならない﹂︿七三ページ)とする︒v﹂v﹂
では工業の経営簿記︹工業簿記︺にふれる︒工業簿記への注目に︑費用勘定の性格規定(六四ページ参照)から︑新
しい勘定理論が指向される︒
﹁企業簿記の記録計算対象たる企業における資本循環という統一的な過程を基礎とし︑そこから複式簿記体系の機
構︑ならびに︑そこに行われる具体的な計算形態が導き出されている﹂として︑このことは川﹁勘定理論と勘定計画
とを結びつけ︑勘定理論を勘定計画の理論的基礎として構成することの必要性と可能性が示されていることである﹂
(七三ページ)という︒勘定計画論(勘定計画表)においては経営勘定が中心となってくるが︑それを下位勘定への
分割の方途にピlダIマン理論の方向が示されてくる︒これはやがてカl
ル・ケ!ファ
i理論に批判的に展開される
こと
とな
る︒
どlダl
マン学説はつぎのプリ学説と同様に在高計算と成果計算との結合体系として複式簿記を認識するものであ
った︒ブリ学説を安平教授は静的動的四勘定系統説といっている︒
函つの勘定系統によるという意味は︑残高試算表を基礎とすることである︒貸借対照表にその主張の基礎をおくこ とはどlダl
マンと同じであると安平教授はいわれる︒貸借対照表と残高試算表はその性格ば異なる︒ともに複式簿 記の記録過程から導き出せるとしても︑残高試算表の借方と貸借対照表の借方︑またそれぞれの貸方は全く異なる︒
残高試算表を決算の通過点とみるとき︑その合計数値は単なる集計数値であって︑会計的な意味はない︒しかし︑損
益計算的には無意味ではあるが︑
﹁四勘定系統説では︑消極勘定と収益勘定が資金の由来を︑積極勘定と費用勘定が
資金の利用を示すものとする﹂(八
0
ページ)とプリはいうとされる︒損益計算よりも資金の収支計算が先行すろと もみられるが︑これは重要な主張であろう︒しかし︑安平氏がいうように﹁貸借対照表等式と損益計算書等式の結合 だけをもって︑静的思考と動的思考の結合ということは︑賠間というほかはないのであるし(九
0
ページ)︒これは簿記教育のための利用をねらった説明方法であろう︒
安平教授はスイス学説の研究を発展史的に分析されて︑複式簿記本質論的理論であり︑勘定用論の最高峯にたつと
されるのがカlル・ケi
ファ
l
理論であるとする︒このような三
0
年代以降の体系化は︑教授の極めて大きな功績で
あって︑畠中氏から五
O
年の歳月の経過をつくづく知︑りされる︒入
ケ
l
フエ!の勘定理論ここにカlル・ケl
ファ
i理論を扱うこととなった︒ケ1
ファ
l
理論については︑安平教授は第一部では﹁財産計
複式簿記の基礎理論
九
複式簿記の基礎理論二O
算・損益計算を指向する融定学説﹂
( E )
とし
て︑
複式簿記本質論的理論として取扱うと同じに︑第二部では﹁ケi
ブァ
l教授の簿記理論﹂として四つの章で詳述する︒ここに含まれている勘定学説史の体系については次節でとりあ
っかうこととする︒
ケl
ファ
lは一九四三年に︑一つの勘定理論を提起しているが︑それによれば複式簿記の勘定体系は三つにわけら
れる︒安平教授は﹁ケ!ファーによれば︑積極勘定︑消極勘定︑給付勘定のコ一グループの勘定によって︑すべての計
算事実︑すなわち︑個別経済におけるすべての財および給付の在高と変動が表示されることになるし(九五ページ)
といい︑これを完全なる在高勘定体系守
a u
芯昆
一日
g
間 切om
gロ
Q W 8 5 5 3 Z B
﹀と訳出される︒﹂れらは勘定記入で
借方︑貸方の両方に結びついてくる取引の把握をなすが︑ケi
プァ
lは借方と貸方のいずれか一方にのみしか記帳さ
れない取扱が存在するとして︑これは損益取引であるとする︒しかしこれも複式記入しなければならない︒安平教授
はケ
iファ!理論をまとめあげて︑﹁このような損益取引についても複式記入を可能ならしめるためには︑財および
給付の入または出に対する相手勘定として︑もう一つの勘定グループ︑すなわち︑いわゆる成果勘定系統が導入され
なければならない﹂(九六ページ)とするもので︑これは費用勘定︑収益勘定と呼ばれるが︑﹁ケl
ファ
ーに
よれ
ば︑
それはけっして費用および収益そのものを示すものでなく︑相手勘定としてその種類とか原因を示す勘定なのであ
る﹂(九六ページ﹀という︒ここにケ!ファl理論の特徴があった︒
安平教授はいう︒
﹁ ケ
lファ!の勘定躍論は︑要するに︑積極勘定︑消極勘定︑給付勘定からなる︑財および給付
の出入りを記入する勘定系統と︑費用および収益の原因または種類を表示する成果勘定系統という︑二つの勘定体系
をもっ二勘定系統説だということになる﹂(九六ページ)︒この思考がその後の著述にも貫く︒これが一九六六年の著
述では資雇︑持分︑用役の三勘定と収益︑費用の勘定という三勘定系統説に展開する︒給付勘定から用役
3 2
4 ‑
8
由 )
勘定への規定の転換のうちに彼の新理論をみるのである︒
カール・ケ!ファ!理論を︑安平教授は︑複式簿記本質論的理論であるとする︒ケープァlは︑複式簿記の特妹な
計算機構︑さらに勘定系統の本質︑諾勘定聞の機能的関係︑因果関係をときあかすのが勘定理論であるとする︒安平
教授が科学的ないしは本質論的理論とするのは︑その理論の目的が︑﹁複式簿記原理の論理的根拠およびその原理の
論証可能な構成を探求するということである﹂(九八ページ﹀からであった︒これを科学的目的とする︒
そこにおいてはつ複式簿記の対象はそれらの財および用役の量そのものではなく︑その貨幣価値額に関する過去の
状態および変動なのである﹂(一
00
ページ)が︑ケlファ
lのいうところを安平教授は引用して︑﹁勘定理論の課題
は︑経済体またはその構成部分のもっ︑貨幣にて測定された財および用役の︑過去の状態および変動に対して適用さ
れた︑複式記入の体系を解明するということになるということ﹂であるとする︒ここにサービス能力説を指向する︒
勘定体系に用役勘定が登場する︒資産勘定︑持分勘定という状態の勘定に︑動的性質の用役勘定が加わる︒
﹁周
役
勘定をぬきにして資産勘定と持分勘定だけでは︑会計の全体の姿は分らないであろう﹂という安平教授は﹁用役を無
視し︑資産と持分などのような貸借対照表項目聞の関係をとりあげるだけでは︑複式簿記の完全な規則を明らかにす
ることはできない﹂(一
O
三ぺ
Jジ)という︒給付勘定を用役勘定として︑その特殊化を進める点に特色があった︒
安平教授はケ!ファ1学説を評して︑そのすぐれた点として︑川複式簿記機構成立の根拠が︑収益・費用勘定(名
目勘定)の導入︑それと資産︑持分︑用役勘定(実体勘定)との有機的結合に求められていることーーーここに体系的
損益計算機構としての複式簿記の本質をみている︒間﹁ケl
ファ
l学説は︑完全なる在高勘定体系(財産管理計算体
複式
簿記
の基
礎理
論
複式
簿記
の基
礎理
論
系)に収益・費用勘定が加わり︑両者が有機的に結合したものをもって複式簿記の本質と見︑このような複式簿記本
質観につながるものとして︑︹財産計算・損益計算の︺両計賞指向の観点・二勘定系統の在存を論証している﹂(一一
三ページ)︒安平教授はここに高い評価を加えればこそ︑今日的段階の勘定理論の最良の達成をみている︒川ケlフ
71理論においては﹁資産および持分が用役および用役可能性としての財の将来の入と出を意味するものとして規定
され︑その結果︑その在高の表示としての貸借対照表が将来展望表として理解されているということである﹂ハ一一
三ページ)︒これが第六章﹁ケiブ
71
教授の貸借対照表観
il
将来計算としての貸借対照表
1 1
﹂に展開してゆく︒
ここが簿記理論と会計理論の接点であった︒動的会計論が再吟味されるなかでの勘定理論の展開の一つのパターンを
示しているのである︒
九
勘 定 学 説 史 体 系 化 の 問 題
安平教授の本書は一つの勘定学説史論でもある︒対象をスイスにのみ求めているが︑勘定理論研究がめざましい展
闘をしているスイスであればこそで︑そこにF
・シ
ェ
IラIやK
・ケ
lファ!の理論がそびえている︒その発展史的
体系はいままでみてきたところであるが︑安平教授は第五章﹁勘定学説史論の展開﹂と題して学説史の研究史をふり
かえる︒ここではメルキ(﹀与の三官庁
WC︑
シェ
lラ
l
(口ω円
F
2 5
るそしてケ
l
ファ
lの学説史がとりあげられ
ている︒なお第二部においても︑ケi
ファ
lに関連して﹁勘定学説の分類とその概観﹂(第八章)がのべられ︑安平
教授
も︑
﹁筆者自身としても︑このケIファ!教授の簡潔な概観を手がかりとして︑今後︑その一層詳細な展開を試
みなければならない﹂つ一一
0
ページ)と大いなる意欲を示される︒安平勘定学説史論を期待する︒勘定学説史研究の出発点としての古典的著述はすでに島中福一氏に関連してのべたL・ゴムベルグであった︒
ス イ
スにおける展開の出発点でもあった︒安平教授は︑﹁このゴンベルクの研究は︑損益計算等指向の観点がようやく確
立しつつあった時代に(わが国でも昭和初期の状態がそうである
1 1
茂木)︑それによって否定された古い財産計算
指向の観点に立つてなされたものである﹂(一一五ページ)と評している︒
一九
二
0
年代
末か
ら一
ニ
0
年代はじめの時
期は動態観への転換期であった︒
ゴムベルクの﹁批判的勘定学説史一が一九二八年に出版された︒邦語訳として岡田誠一訳書が昭和一
O
年(一九三五年)に出るが︑その前にすでに畠中氏の研究がなされていた︒このゴムベルグは動態観以前のものであった︒それ
から
二
O
年︑第二次大戦後の成果として︑メルキが一九四九年︑シェlO
ラーが一九五年に学説史を書いたのであ
メルキ(﹀ る
‑ E
昨日
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向︒
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︒印
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仏国)
辻︑
複式
簿記
の計算内容との関連において複式簿記体系の機能を明らかにするべく勘由化理論は存在するものであるという︒彼は諸
勘定
学説
︑
勘定学説史を川形式指向教授法(人的勘定学説)︑同静的指向勘定学説(物的二勘定系統説1ヒュッグ
リとシェア!︑物的三勘定系統説
1
1ーライトナ!とル・タートル︑ベルリナ!の営業学説︑ビliマンの貸借対照ダ
表学説)︑川動的指向勘定学説(スガンチlニの現実論的学説︑ワルプの二勘定系統説)そして川安平教授のなづける
静的動的︹結合︺勘定学説(スコiカンの三勤定系統説︑レiマンの三勘定系統説︑ニクリッシュの二勘定系統説︑
ピlダlマンの循環学説︑アリの四勤定系統説)と分類して︑体系化している︒この第四分類が株式会社という企業
形態のとる大工業経営の形成という経済的背景において企業資本活動における資本の流翫性と収益性との関係すなわ
複式
簿記
の基
礎理
論
複式簿記の基礎理論二四
ち財産・資本構造と収益状態が問題とされるなかで論理化されたものであった︒工業経営の簿記︑勘定理論が追求さ
れなければならない︒ブリ学説をメルキは高く評価する︒
ついで安平教授はシェlラ!の勘定学説史をとりあげる︒
出 ︐・
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H・問
︒ロ
門冊
一ロ
5己
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出口
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ロ門 戸門
リ}rHU
問 ︒
であるが︑昭和四四年(一九六九年)に安平教授の邦訳が刊行されている︒
安平教授は発展史的に要約する︒これは川人的・法的学説︑川物的学説
i i
財産計算を指向するものと成果計算を
指向する物的勘定学説に分けられる︒川経営経済的勘定学説││これがシェlラlの分類の特色となる︒これには
ω
財産計算を指向する経営経済的勘定学説と倒財産計算ならびに成果計算を指向する経営経済的勘定学説があった︒こ
の舗にケl
ファ
ーが
たつ
︒
安平教授は﹁複式簿記が本来的にもつ機能は損益計算機能と財産管理機能である﹂(一一一二ページ)とされるが︑
これが勘定理論にどのように具体化しているかと問うなかで︑
シェ
iラlの学説史を吟味する︒勘定分績の思想の歴
史的体系化と動態観的会計思想の関連を間われている︒
最後にカl
ル・
ケ
iファ!の勘定学説史論をとりあげる︒これはケi
アァ
lの勘定理論の本質的研究に関連するも
ので
あっ
た︒
学説史を川人的勘定学説︑川取引の性質に基づく学説(いわゆる循環学説﹀︑川資本主主体勘定学説︑川企業実体
学説︑同損益計算を強調する勘定学説として︑体系化している︒
ケi
ファ
lは人的勘定理論には探制的論理構成が多いとし︑勘定の擬人化について︑商品や設備の背後に管理責任
ある人など存在するものではないという︒十九世紀末葉には物的学説にとって代られるものであった︒二十世紀以前
の学説をまとめて人的勘定学説という︒ついで循環学説であるが︑安平教授は﹁この学説においては︑会計上の取引
は企業を貫流する諸資源または価値の流れとしてとらえられ︑簿記の本質は︑これらの運動する資本の循環とその種
々なる形態への転化とを叙述するととにあるとされる﹂(一一二六ページ﹀とまとめている︒ケi
ファ
1
1この学説の
等価思考︑取引についての考え方を紹介し︑﹁会計ないし簿記は︑循環学説の前提するように運動H取引そのものを
記録するというのではなく︑取引の結果の表示というより重要な面をもっということ﹂(一三七ページ)だという︒
複式簿記体系の充全な説明ができないと批判している︒
つぎに資本主主体勘定学説︑そして企業実体勘定学説を紹介する︒この両説において物的勘定が本格的に展摘され
る︒かつて︑リトルトンもその会計発達史論において︑ニつの分類として理論化をされている︒
資本主主体説では︑その最良の達成はシュッグりとシェアーだとされるが︑﹁個人企業の場合を想定することによ
って企業とその所有主とを同一視し︑資本主
( H U H
‑ ︒ 官
山
OS EE HU )
概念を強調するものである﹂(一三七ページ)︒v﹂v﹂
においては﹁基本等式は︑踏冊i由時H語漂冊(崎サ岡崎U
寸)
とい
う形
をと
る﹂
(一
一二
λ
ぺl
ジ ) ︒
安平教授は﹁ケiファーによれば︑以上の資本主主体説は会計学の領域における科学的研究の最初の成果であり︑
その多くのものは論理的にもすぐれた構成をもって展開されていることを認めねばならない﹂(二一一九ページ)とさ
れる︒物的二勘定系統説の科学性の高さを評される︒勘定理論の科学化はこれによってなされたのであるが︑この点
については安平教授は第三節で︑﹁初期の簿記学説
ll
特にシェアlの縮財産学説についてー!﹂と題して詳細な研スイス簿記学説の基礎となったものである︒同時に動態観的会計思想が再吟味されつつあるなか究宏展開するが︑
で︑簿記の役割︑簿記理論はいかに展開するかを考えるとき︑ここにかえる必要があった︒との理論では﹁収益およ
複式
簿記
の基
礎理
論
二五
複式
簿記
の基
礎理
論
一 一 六
び費用勘定とそれらの要約勘定たる損益勘定とを単に資本主勘定の下位勘定と見なす﹂(一三九ページ)のであるが︑
﹁簿記の動態表示聞のもつ重要性との関係で問題である﹂のであった︒安平教授の紹介に賛成である︒
ついで企業実体説である︒ケ1ファ!の説明をまとめて安平教授は﹁企業実体説においては︑企業は資本主から独
立した経済単位と考えられ︑勘由たはそのよヨな企業の勘定となる﹂(一四
0
ページ)とされ︑資本主と債権者の財務上の機能は多くの点で類似しており︑負債と資本が持分
( 2
E t
g )
という概念に統一され︑時冊目帯ぬという基本
等式が出発点におかれるという︒そして利益は種々な企業参加者のために形成されることとなる︒そこで﹁これに伴
って費用および収益に闘しても新しい見解が生れ︑費用(および収益)ば︑損益勘定への記入分と残高勘定への記入
分が期末になって確定されるまでは︑資産への附加(および資産からの控除)と見なされるようになるのである﹂(一
四
0
ページ)とその見解をまとめている︒安平教授はケi
ファ
lが費用・収益勘定を資本勘定の補助勘定という従属的地位から解放したというが︑安平教授
の批判は︑資産は費用の発生過程とは基本的に異なった性質をもっ静的な且一阜であるとする︒しかし資産と持分のみで
は全勘定体系を構成するには不充分であるといっている︒安平教授も︑ヶl
ファ
l学説の出現の必然位を論理化して
いる
ので
あっ
た︒
ケ1
ファ
lの説として︑最後に﹁損益計算を強調する勘定学説﹂となるのであった︒ケi
ファ
i理論の成立基盤は
原価会計の発展と詳細な損益計算書の要請であった︒それが近代的な会計実践に適合した勘定理論は︑資産・持分・
費用・収益という四つの基本的な勘定系統に区分する必要をうむとする説をすら批判する︒
ケープァi理論の特色を安平教授は一二点にまとめている(一四五ページ)︒まずは帰一は︑﹁現実の企業複式簿記にお
ける記帳事象(簿記取引﹀会事実そのままに理解するということである﹂︑つぎに﹁複式簿記の結果像としての損益
計算書と貸借対照表が︑勘定理論上同等の意義をもつものとして考えられねばならない﹂とするが︑収益勘定系統と
負債勘定系統とが対等の立場をとらねばならないことになるとされ︑安平教授は財産管理計算と損益計算の有機的統
一としての複式簿記の本質にせまりうる理論として︑用役勘定の独自性を認める必要をとかれる︒これがケl
プァ
l
理論の紹介であった︒
以上の三人の学者による勘定学説史の体系を安平教授は紹介するが︑スイス人学者の理論のみでは勘定学説出入は完
結しないといっている︒ここを改めて安平教授に期待するものであるが︑ドイツ︑アメリカの学説をいかにもりこみ
体系化するかに問題がある︒
。
ケl
ファ!の簿記理論
ケlファ!教授の勘定理論は︑資産勘定︑持分勘定︑用役勘定︑費用勘定︑収益勘定の王勘定系統説ともまた資産
‑持分・用役の勘定系統と費用・収益の勘定系統の対立的‑一勘定系統説といえるが︑安平教授はその特徴の一は﹁用
役および用役可能性としての財││正しくはその出と入(現在および将来の)││が統一的な基本概念として強調さ
れているということである﹂(一五一ページ)という︒
このような勘定理論に組びついたケlファ!の貸借対照表観は﹁将来計算としての貸借対照表﹂として第六辛とな
る︒これには﹁貸借対照表は企業管理の補助手段として重要な役立ちをうる﹂(一五二ページ)ものとする︒安平教
授は﹁この貸借対照表観に見られる主張の特徴も︑給付ないし用役および用役可能性(サービス・ポテンシャルズ)
複式
簿記
の基
礎理
論
二七
複式
簿記
の基
礎理
論
二八
としての財というものを︑簿記および貸借対照表における統一的基本概念として強調しているということである﹂(一
六七ページ)という︒ヶi
ファ
lの勘定理論および貸借対照表観は︑まさに︑﹁貨幣的思考﹂から﹁物財的思考﹂
J、、
の転換の基礎が︑財務会計領域への経済的ないし管理的思考の導入の必要にせまられたものであるが︑安平教授のい
うように管理的思考日物財的思考に基づいて会計機構を統一的に解明しようとしているものであった︒すなわち貸借
対照表と損益計算書との関係を同列に複式簿記の機構に即して解明しようとしたものであった︒ここに会計が動態観
化するなかで︑簿記の役割に一つの反省をなげかけているものであった︒
ついでケl
ファ
lの勘定理論の吟味が﹁勘定理論への一試論││ケl
ブァ
i教授の所説に基づいて﹂(第七章)とな
る︒安平教授は最近︑﹁会計測定﹂とは何かが間われてきているとされ︑その場合の問題の一つは︑﹁会計測定の手
段としての複式簿記の機構︑ならびに︑企業複式簿記のもつ資本・利益計算構造の原理的解明におかれている﹂(一七
一ページ)とし︑これを評して安平教授は﹁現代会計の特徴を形成する将来指向性と物財的思考とを支柱とした構成
が試みられ︑これによって︑従来の勘定理論の解明しえない問題をも包摂しうるような理論体系の構想が示されてい
る﹂(一七二ページ)という︒安平教授がケI
ファ
iに注目するのはこの点であった︒
新勘定理論を目指す安平教授は︑まずケl
ファ
l理論の分析を進めるのであるが︑勘定理論そのものの分析とし
て︑第七草で︑まず複式簿記の特徴を形成する﹁貸借複記および一一面的利益計算の機構﹂の研究を行う︒ついで﹁将
来の入・出の勘定および給付勘定の導入による拡充﹂を考慮する︒そこに勘定理論が構成されてくるが︑具体的に企
業複式簿記の構造の完結︑﹁写像と対象の同形性﹂の完成には﹁資本勘定の導入と費用収益勘定の純化﹂が計られ
る︒ケ}ファ!の勘定理論は﹁現実の企業複式簿記の現象形態への説明モデル﹂として形成された︒
安平教授はいう︒﹁複式簿記が実体勘定と名目勘定との統合組織﹂(一九二ページ)として形成されるが︑ぞれは
﹁財産法と損益法の統合計算機構である﹂︒ここには費用・収益勘定の性格とその機構上の位置づけ︑それと関連す
る二面的損益計算機構の解明︑給付勘定の意味づけが注目されねばならないとされる︒
勘定理論とは︑複式簿記の実際の現象形態に関する説明モデルであるとケlファーはその理論を説明する(一七三
ページ﹀︒勘定理論では︑﹁写像たるモデルと写像される対象(簿記の現象形態﹀との聞の同形性
Q 8 5 0 4 E S
が要
請さ
れる
﹂︒
まえにみてきたところから﹁拡充されたモデル﹂が要請される︒﹂れにこたえるべくケlファlの勘定
理論が体系化されたのであった︒
このケl
ファ
i理論は︑安平教授によって勘定学説史の最新の部に位置させられる︒ケi
フ ァ
! の 勘 定 学 説 史 論
は︑貸借対照表ならびに損益計算書を指向する勘定学説を位置させる︒その延長線上にケ!ファi理論がおかれるこ
とに
なる
︒
ケ!ファiの勘定理論の特徴の一つは︑資産勘定と持分勘定のほかに用役(目︒耳目円︒)勘定が存在することを強調し
ていることである︒安平教授の紹介は﹁用役は動的な性質をもっているので︑状態の勘定たる資産勘定と持分勘定に
はあらわれないが︑これまた極めて重要な経済的資源であり︑当然に簿記の対象となるものだからである﹂(一
O
一 一
一
ペー
ジ)
とい
う︒
﹁用役を無視し︑資産と持分などのような貸借対照表項目問の関係をとりあげるだけでは︑複式簿
記の完全な規則を明らかにすることはできないのである﹂(一
O
三ペ
ージ
)︒
写像と対象との同形性をめざす簿記モデルへの指向のなかで︑写像領域の拡張がなされてくる︒ここにケl
ファ
i
理論の方向を知ろ︒
複式
簿記
の基
礎理
論
二九