中国における大学教育への思い
中国政府派遣研究員 王雪松
王雪松氏は、中国遼寧省出身、湖北大学外国言語文学学部日本語科を卒業後、
大分大学教育学部の修士課程を修了し、その後湖北大学外国語学院で講師を勤 め、2002年10月から中国政府派遣研究員として長崎大学教育学部で研究に努めて いる。
王氏は、来日後日本の教育に興味を持ち、中国の教育との比較研究を志し、現 在研究活動を続けている。私は王氏の研究活動を指導してきたが、今回、その研究 報告がまとまったので、本紀要に発表の機会を与えた。
長崎大学教育学部学校教育教育心理 教授 原田 純治
1 はじめに
21世紀の世界の変化の方向性を指して、グローカリゼーションということばが用 いられている。グローカリゼーションとは、グローバリゼーションとローカリゼーション を合わせたことばであり、世界が同一化と同時に多様化に向けて変化することを表 している。政治、経済、文化の変革によって、大学教育はこのような急速な変化に向 けて、新たな挑戦に臨んでいる。新世紀において中国の大学教育が発展していくべ き方向性はどのようなものであろうか、中国の大学は世界一流の列に加わることが できるのか、現代的な教育者はどんなタイプであるべきか、は教育者として関心を持 っている問題である。
2 中国の大学教育史の回顧
中国の大学教育は、1898年の天津大学と北京大学の設立以来現在まで、およ そ百年の歴史を持っている。中華人民共和国の成立は1949年であり、この百年間 を前後に分けるちょうど中間に位置づけられる。
前半の50年は中国の大学教育の歩みは、歴史的な原因でその発展のスピード は速くなかった段階である。1949年まで、中国(大陸)の大学は僅か206校であ り、在校生は11万6千人であった。[り1949年から中国教育の発展のスピードは速く なり、1965年までに大学の数は434校に、在校生は67万人になった。〔2]
後半の50年は教育のハイスピードの段階であり、3つに分けられている。
①1949〜1965 中国教育の順調期
②1966〜1976「文化大革命」によって、中国の学校教育が崩壊されてしまった。
③1977‑1983 10年ぶりに(1977年)実施された大学入学試験は中国教育史 上のトップページに記録されている。
1949年から1999年までの50年間で、中国の大学教育が5回調整・改革され
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こO1952年中国の建設の歩みを速くするように、「工業建設者と教師の養成、専門 学院の創立、総合大学の統廃合Jという方針に基づいて、教育部は学校数を増減 し、学科を整理し、学校の全国的な配置を行った。これは中国の大学の一回目の調 整・改革と言われている。まず、私立大学を公立大学に変え、大学のタイプによっ て、 2種類(総合大学、専門学院)に分けた。 1953年末まで、調整・改革前の206 校を181校(総合大学14校、専門学院167校)rこした。同続いて、大学の学院を学 部に変え、工業、農業、医学、師範、政治・法律、財政・経理などを専門とする専門 学院を創った。 1953年全国の大学の学科は215科で、あったが、 1957年まで323 科に増えた。[斗]調整を通して、理系は急増したが、それに対して文系が減少した。 19 57年7月教育部は教育が必ず社会主義建設と国防建設の需要に合わせ、学校の 地域的な集中を避け、工業学院を工業地域に設置するという方針を出した。つまり、
沿海にある発展した地域の学校数を減らし、内陸部の学校数を増やすということで あった。この方針に基づいて、内陸部に引っ越した大学は2校であり、新しく創った (拡大した)学校数は9校で、あった。山
1回目の教育改革は当時のソビエト連邦の経験を盲目的に模倣したところが多か ったので、中国の教育は実情に合わないところが多かった。特に1958年から196 0年までの3年間は中国経済の「大躍進」の時代であるので、大学の発展スピードが 速かった。 1960年まで大学数は229校(1957年)から1289校(1958年791 校、 1959年841校)rこ増えた。[う]急速なスピードで発展してきた教育は当時の経済 発展のスピードに合わなかったと同時に、新しく創った大学のレベルはまだ低かっ た。そして意識形態において、ソビエトとの差が出てきたので、中国の教育はその発 展方向を探求し、もう一度改革しなければならなくなった。そこで1958年9月国務院 は「教育に関わる指示」を出して、 1961年7月教育部は大学調整会議を聞き、 2回 目の教育改革を行うことにした。 1963年まで、大学は407校に減少された。[7]新し い学科も多くなりすぎ、管理しにくくなった。 1962年まで1000以上の学科は627 科に減少され 1963年修正された「全国適用専門目次」は373科で、あった。[8]2回
目の調整は当時の経済スヒードと教育スヒードのバランスが取れるように行ったも のである。
3回目の教育改革のきっかけは1971年4月「全国教育工作会議紀要」にr2つの 推測」としづ表現がなされたということで、あった。つまり、教育は修正主義の教育路線 に則っているとしヴ推測と、多くの知識人の考え方は資本主義的であるという推測で あった。「大学調整問題の報告Jに基づいて、総合大学、工学院をすべて、農業、医
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薬、師範の半分以上を残し、残った分は中等専門学校に変えた。政治・法律、財政・
経理、民族学院はほとんど無くして、 1971年末までには328校に減らし、 1965年 より24.5%減少した。 [s']r教育は実社会に繋げる、大学生は民衆と接触しろJrこよっ て、一部の大学は大都市から中小都市あるいは田舎に移転させられて、大学教育 は混乱状態に陥っていた。
1978年中国第11回第3次会議で、国務院は新しい(回復)大学を169校創るこ とを許可して、 1986年まで全国の大学は1054校(1981年704校、 1984年902 校、 1985年1016校)rこなった。 [10]全国教育工作会議(1978年)で、教育部は「希 少な学科を救い、実用的な学科を創ろう」と提案して、 1980年まで学科は1039科 になった。 [11]4回目の調整は文化大革命後の遅れた経済回復、発展の実用人材を 速く、多く育成するように行ったことで、あったが、当時の経済システムは大学教育の スピードを早めさせすぎたことから、教育資源の無駄、資金不足、レベル低下などの ような問題が出てきた。
5回目の調整は社会主義市場経済のシステムにおける大学教育システムがどう いうふうに動くかについて、行ったことで、ある0 1983年国務院は「中国教育改革と発 展綱要」を、翌年
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((中国教育改革と発展綱要》の実施意見」を発表し、その中で「大 学教育は改革と現代化建設の需要に合わせ、新しい道(方法)を積極的に探求し、教育システムの規模、組織機構を効率的にし、教育レベルを高めなければならな い。」と提案した。 1996年教育部の「全国教育事業、九五、計画(九つ五年間計画) と2010年発展企画」で、本世紀末まで、全国の大学数を減少し、大学の合併を主 張し、専門技術の教育を高め、民間の大学を創る」としヴ主張が提案された。
レベルによって大学を研究的な大学、省(県)部(教育部)クラスの大学、一般的な 大学、一般的な専門学校、職業大学(職業技術学院)rこ分ける。 1995年5月まで、
合併した大学は116校で、新しく創った大学は34校で、新しく創った職業技術学院 は39校で、民間大学は17校で、あった。一般大学は1080校から1053校に減少し た。 [12]
3 中国における大学教育への思い 3‑1 教育調整・改革への思い
1世紀にわたる中国教育の五度の調整・改革は、前4回が計画経済の体制に、 5 回目が市場経済の体制に合わせるように行われた。
大学合併は経済や効率を考慮して行われた。 1994年世界銀行の専門家Leeは 先進国(20ヶ国)と発展途上国(123ヶ国)の大学コストを分析して、「在校生が1万 人以上だったら、経済利益が思うように上げられない。」と結論した。教育の経済利 益があるかどうか、教師と学生の比例から分かる。もしr1+1>2Jではなければ、
大学の合併は無意味になる。
いい大学を創るのは調整・改革の目的である。現代的な大学教育に合わせるよう に学校の管理・運営、教師の採用、教学の改革に力を入れなければならない。
現代的な大学はその管理に新しく、高い要求を提出する。管理がうまくいけなけれ ば、いい教師がいくら集まっても、教学の質が高められない。学校の管理システムは 多様化、分散化としヴ特徴を持っているが、学校管理の改革は学科建設と教学レベ ル向上を目的とするべきである。現代的な学校をうまく管理するには、ハイ学術レベ ル、ハイ政策レベル、豊かな経験をもっている能力的な人材が必要である。
21世紀の中国の大学教育は社会変化(グ口ーカリゼーション、発展途上国の人 口増加、新しい技術の情報化、文化の変化、世界的な依存関係)のチャレンジに臨 んでいる。 21世紀初頭、大学の入学率は4 %から150/0に増え、大学常勤教師は6 0万人、中等専門学校の教師は200万人、小学校教諭は220万人になる見込みで ある。[日]短大学歴を持つ小学校教諭は50%になり、大学学歴を持つ中学校教師 は70%になり、大学院(修士・博士)学歴を持つ大学教師は85%になる見込みであ る。 [1斗] 教師の資格免許は法律によってその基準が明確化され、教師の学歴、試 験、採用、昇進、試用などはいっそう健全になる。定期的に教師の給料をあげ、 201 5年に所在地の平均収入より20%アップで、きるようにするo[151師範教育システムの 変化が激しくなる。大学院クラスの師範教育を発展させ、総合大学は師範教育の主 役になる。つまり、在校生数の増加、大学システムの多様化、資金の緊縮、大学教 育の国際化、教育の情報化などは中国の大学教育の趨勢であろう。
3‑2 教育の質評価への思い
教育は人間自身の維持・発展のための社会的な行為であるので、社会の維持・
発展に対して、重要な役割を果たしている。教育は国・民族の興隆に関わっている。
教育の対象は人間である。教育の働きは教学活動を通じて、自然人を社会人にする ことにあ仏教育の目的は社会に自立した人材を送り出すことである。
人材育成は教育の使命の一つで、あって、学校のレベルが高いか否かは、学生の 質によって評価されるo
ある工場を評価する場合、エンジニア数の多少、いい設備の有無によって評価す るものではなくて、いい品物が開発されたか、開発されたらその市場はどうである か、売れているかどうかによって評価することで、ある。これと閉じように、ある大学を 評価する場合、学校規模、学部・院数、施設条件、科学成果はもちろん評価の条件 になっているが、社会の「採点」はこの大学を卒業した学生の質(能力など)をその主 な部分にするのであるo
学生が教育を受けようとするから、学校が創られる。優秀な人材を育成するのが 学校の主要な役割であるから、学校は教師、教材、実験室、図書館のような知識獲 得の環境を提供するべきであるo
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学生の知的なものを開発すると同時に、非知的なもの(学習への興味、関心)も重 視しなければならない。そうでないと、学習は楽しみではなく、苦しいこと、きついこと になる。そうだ、ったら、人材、成果が出てこなし、。
現代社会における科学技術の進歩に伴い、教師の「教え(教授)Jを通して、学生 が僅かな期間で専門を全部習得してしまうという観念はもう新しい時代に合わない だろう。ここで教学における教師の「教え」の働きを否定する気はないが、現代社会 の師弟関係を対等な人間関係と見なすことは適当だろう。
教師は知識教授の「主役」で、あって、質問や回答は教師の義務である。それに対 して、学生は知識を求める「主役Jであり、個人思想、意志、主観的能動性を持って いる。「教授」と「学習」はうまく配合しなければ、教学にならない。市場経済に際し て、学生は授業料を払って、教育を受け、教師は知識を授けて、収入をもらうので、
師弟関係を「交換関係Jと言ってもいいだろうo
教師は学生の専門変更、選択授業、 2つの学位の修得等の面にかかわって、でき る限り学生に選択の自由度を残して、学生の想像力を生かせるようにすることが重 要である。
大学教育は
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教室、塾、一般の専門学校と違って、大学生にはもっと高い知識 や能力、学生の高い人格、広い知識、強い責任感を要求する。中国は長期間の計画経済により、専門知識教育を重視し、価値観教育を軽視して いるので、学生の基礎知識、社会知識が弱い状態にある。つまり、大学卒業生は専 門のほか、世の中のことをあまり知らない状態である。中国の教育は「創造的な研 究」を「学習」と「研究」に分けていて、大学段階は「学習」であり、「大学院」段階は
「研究」だと思われている。アメリカの教育は「学習Jと「研究」を一体にして、小学生 でも「人類文化をどうみますか?Jのような大人っぽい文章を読むそうである。中国 の大学生は3年生まで殆ど「学習」してきで、 4年生から卒論を書くために、形式的な
「研究」をするだけである。アメリカの教育と比べると、「研究欠乏」の中国教育に高 い質の教育があるだろうか。どんな国でも、教育レベルの差が存在しているが、世界 のハイレベルの大学卒業生と比べて、中国のほうは相当の差があると思う。
3‑3 教育者への思い
時代が異なれば人間への要求が違って、教育はその時代の要求にあわせるよう に、そのシステム、規制、内容、方法を改革しなければならない。
知識経済とは知識を土台とする経済で、ある。現代化の進みに伴って、知識の経済 成長への貢献は大きくなっていって、知識蓄積の増加は現代経済成長の重要な要 素のーっとなっているo知識経済において最も重要なことは知識更新であるから、働 く主体(労働者)は必ず知識、科学的な創造精神、能力を持たなければならない。こ の前提において、教育の地位、作用及び働きは変わっていくだろうo
音の人は勝ち取った成果をお金にして、家のような不動産を購入し、子孫に残そう とした。今、経済成長における教育の役割が認められ、知識は伝統的な資本と権力 を入れ替え、世界経済の支柱になり、社会的な成果を勝ち取る主な手段となってい る。競争的な社会では「教育を十分に受けないと系統的な知識が獲得できない。知 識が貧弱だったら、現代社会では役に立たない。」ので、子孫に遺産を残すよりは自 立社会参加させるための教育を小さい子供の頃から受けさせるほうがいいと考えら れているO
経済の発展は知識の更新によるものだから、教育は人材育成の働きを持つほ か、政治的、経済的、文化的など、いろんな分野に影響する力を持っている。知識は 経済的な要素になって、不動産、貯金のように、資源になっているO教育は知的資源 獲得の主な手段の一つになった以上、学校は知的生産をする産業的な性質を持っ ているはずである。しかし、教育は人間自身を維持・発展させるための社会的行為 であるので教育という「産業」 は一般の産業と違っているO
教育は芸術であり、創造である。創造的な教育は教師が想像的な方式である意 味を表し、学生が想像力で表された内容を受け取ことであると主張されている。
教育活動は一番個性を生かす魅力的な芸術であろう。教師は外的な教科書の内 容を学生に教えるだけでなく、自分の人格で学生を教育する。閉じ学級に閉じ内容 を教えても、教師によって違う結果が出てくるoだから、教師たちは各自の個性を呈 して、いろんなタイプの人を育てる。退官は教育活動の終結の印である。しかし、教 師の体は教育活動過程から消えるが、教師の精神は学生の心の奥に溶け込んで、
学生の未来に影響を与えるから、学生は教師の内的な質の体現者だと言えよう。だ から、教師の採用は教学レベルの命である。
教師は、教学活動の主導的な地位において、教学内容を時代の歩みに合わせて いるかどうかは、教師の能力と責任によるものである。ハイレベルの教師の育成は いつまでも学校の仕事の重要な一部である。
現代科学技術の発展に伴って、学科総合化と一体化が提案されていて、教育は 普及と向上に臨んでいる。第二次世界大戦後の各国の教育改革の状況を見ると、
学校教育が二つの方向(学校教育重視、生涯教育)に向かっているということは共 通点であろう。大学教育の対象は高校卒業生だけではなくて、積極的に現職の社会 人を含める大人でもある。社会人が教育を受けることは教育普及と教育向上の証で ある。修士・博士教育の発展に伴って、大学学部教育は教育の「終点」ではなくて、
「起点」である。基礎教育を重視すると同時に知識面の広さも重視しなければならな い。
4 おわりに
ノ、ィレベルの人材は、特に一流、ニ流の大学を卒業した人に多い。それで、大学
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教育は、現代化のための国の教育を押し進める働きを実質的に持っていると言え る。
現代的な学部生は強い基礎知識、広い知識面、新しい知識習得の能力、変化へ の適応性を持つものであり、そして科学的な精神、固に奉仕する精神をもつものでも ある。これは進歩、発展する社会の特徴だと言えよう。
「科(学)教(育)立国jと主張されているが、知識経済時代への挑戦がなされてい る今日においても、さらに工業経済から知識経済への転換が図られる将来において も、教育は経済舞台の主役だと言える。
学校が行うべき仕事は多方面に関わっている。いい学校、ハイレベルな学校を創 ろうということは決して簡単なことではない。いい教師チームの建設、優秀な学生の 育成、いい環境の提供などに対して、一番重要なのは現代的な教育観念であろう。
「現代的」とし巧言葉の概念は社会歴史の歩みによって変わっていくので、あるから、
教育観念もその変化によって調整しなければならないと思うo
一人前の大学教師になりたい私は教育に対してこう理解している。「教育は重複 (同じことを繰り返し行うこと)ではなく、創造であり、生計をたてることではなく、生活 .の本質である」と。
5 謝 辞
本文をまとめるに当たって、長崎大学教育学部教育心理学教室原田純治教授に ご指導を頂いた。また、長崎大学教育学部教育心理学教室宮崎正明教授からご助 言を頂いた。教授の方々に謝意を表します。
6 引用文献
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[3]‑[12]常連智、責協増、候建設、「我国高等教育改革和発展五十年的歴程与 時代特徴」、機械工業高等研究、第2期、 2000年、 p17‑21
[13]‑[15]楊明、 r21世紀我国教育及教師職業展望」、教師博覧、第4期、 2000年、 p19
7 参考文献
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