生命保険金請求権の民法九〇三条の特別受益性につ いて
その他のタイトル Sur le rapport d'assurance sur la vie
著者 千藤 洋三
雑誌名 關西大學法學論集
巻 42
号 3‑4
ページ 809‑845
発行年 1992‑10‑31
URL http://hdl.handle.net/10112/1922
生命保険金請求権の民法九
0
三条の特別受益性について千 藤 洋
目次 ー は じ め に 二 学 説 三 裁 判 例 四 お わ り に
日本民法第九0三条一項は︑共同相続人中に︑被相続人から︑遺贈を受け︑または婚姻︑養子縁組のため︑もし
くは生計の資本として贈与を受けた者︵特別受益者とよぶ︶があるときは︑被相続人が相続開始の時において有した
財産の価額に︑その贈与の価額を加えた︵この作業を持戻し
1 1 もちもどし︑とよぶ︶ものを相続財産とみなす︵贈与
額に遺贈額を併せたものを特別受益額とよぶ︒なお︑遺贈額はいまだ遺産総体に入っていることから︑計算上の持戻
しを必要としない︶︒そして︑このみなし相続財産をもとに︑法定相続分︵九00
条 ︶
指定相続分︵九〇二条︶による割合に応じた抽象的相続分︵額︶を算出し︑
受益額を減らすことによって︑当該特別受益者の具体的相続分︵額︶が算定される︒
このように、現行民法は、すべての遺贈と婚姻·養子縁組•生計の資本の三種の贈与に限り、共同相続人の間で
の公平をはかるという理念の下に︑これらの財産価額を計算上︑持戻させている︒その理由は︑全共同相続人を公平
に扱うというのが被相続人
( 1 1
遺贈者もしくは贈与者︶
されていても︑受遺者や受贈者に相続分外に特別の利益が付与されるのではなく︑相続分内の前渡しとして︑これを
いわば吐き出させるべきだというものである︒もっとも︑あらゆる贈与を特別受益とみなして持戻させるのであれば
計算が複雑になり︑かつまた少額の贈与については被相続人の意思により特別の利益が付与されると推定されること
から︑遺贈並ぴに三種の贈与に限り持戻させている︒また︑被相続人が相続分外に特別な利益を付与しようというと
きには︑持戻し免除を行うことができる︵九0三条三項︶︒なお︑この遺贈ならびに三種の贈与について︑通説・判
生命
保険
金請
求権
の民
法九
0三
条の
特別
受益
性に
つい
て
は じ め に
・代襲相続分︵九0
一 条 ︶
ついでこの抽象的相続分︵額︶から特別
の意思と推定され︑したがって遺贈ならびに三種の贈与がな
~
︵八
︱一
︶
四 第四二巻第一―-•四号三二四
︵八
︱二
︶
例は︑民法九0三条二項の﹁遺贈又は贈与の価額が︑相続分の価額に等しく︑又はこれを超えるときは︑受遺者又は
受贈者は︑その相続分を受けることができないC﹂の反対解釈として︑超過額を返還しなくてもよいと解している︒
ところで︑これら三種の贈与内容を具体的に確定することは︑必ずしも容易なことではない︒遺産の分割をめ
ぐっては︑常にといってよいほど被相続人による生前の贈与財産が問題となり︑とりわけそれが共同相続人中のある
者に贈与された場合︑その受贈者の特別受益に該当すれば︑いいかえれば三種の贈与のいずれかに該当し︑かつその
特別受益性が肯定されれば︑その者を含めた共同相続人各自のその後の取り分に大きく影響するだけに︑熾烈な争い
となる︒これまでに筆者は︑三種の贈与の内容とその特別受益性の有無について︑すでに別稿で学説・判例を紹介し
検討を加えてきた︒本稿では︑共同相続人中のある者が取得した生命保険金︵より具体的には生命保険金請求権︒以
下︑主に﹁生命保険金請求権﹂という言葉を用いるが︑場合により﹁生命保険金﹂あるいは﹁保険金請求権﹂とする
こともある︶が︑民法九0三条でいう遺贈もしくは三種の贈与のいずれかに該当するものとして︑あるいはそれらに
準じるものとして特別受益性を有するか否かという問題を扱うことにする︵生命保険金請求権以外にも死亡退職金並
びに遺族給付金等が問題となるが︑他稿に譲る︶︒なお︑保険金請求権の特別受益性をめぐっては︑久貴教授の﹁生
命保険金請求権の相続性•特別受益性」を嘴矢とする多くの先達の諸業績があり、若干の裁判例の集積もみられる。
本稿は︑これら先達に教えをうけつつ︑学説・裁判例を紹介し検討を加えようとするものである︒
本稿で述べようとする点を予めまとめれば︑以下のようになろう︒
被相続人が被保険者となり︑保険者
( 1 1
保険会社︶との間で︑共同相続人中の特定者を受取人として生命保険契約
を締結し︑共同相続人中のある者が生命保険金請求権を取得したとき︑生命保険金請求権は相続財産となるのか︑あ 関法
るいは受取人である特定の相続人の固有財産になるのかが問題となる︒現在の通説・判例は後者に解しており︑受取
人が特定されていることなどから妥当な扱いである︒次に︑固有財産になるとしても︑受取人である相続人とそうで
ない相続人がいる場合に︑共同相続人間での公平を考慮して︑生命保険金請求権を特別受益財産と解し遺産総体に持
戻すべきではないかという点が問題となる︒この場合の考え方として︑
原則として特別受益財産とならないが︑例外的に︑例えばフランス保険法のように︑
被相続人の支払った保険料が被相続人の資力に比して巨額の場合には持戻しが要求される︑③
財産となるが、例外的に、共同相続人の地位•財産•生命保険金の生活保障的機能等を考慮して持戻しが免除される、
全面的に特別受益財産となり︑したがって持戻す必要がある︑の四通りに分けられよう︒私は︑このうち︑③の
考えが妥当ではないかと思う︒その理由は︑まず第一に︑近年の生命保険金額が多額であり︑被相続人の死亡を契機
に一時的に特定の相統人に取得された場合に︑このことを無視して遺産分割をすれば︑共同相続人間の公平をはかる
ことを立法趣旨とした特別受益の持戻し制度を根底から覆しかねないこと︑第二に︑生命保険には受取人の生活保障
という面があることを否定しえないが︑むしろ積立預金や節税対策手段としての性格がより濃厚になってきているこ
と︑第三に︑被相続人が特定の相続人に特別の利益を付与するために保険金受取人にこの者を指定したことが明らか
であれば︑持戻し免除の意思があったものと推定することが可能であること︑第四に︑受取人に持戻しを強いること
による不都合さは︑持戻し額を保険金額ではなく︑
(4) がって持戻しの必要はない︑②
いわゆる修正説︵被相続人が死亡時までに支払った保険料の保険
料全額に対する割合に応じる保険金額を持戻し価額と定める考え︶による中庸といえる扱いで緩和しうること︑第五
に︑保険金は保険者
( 1 1
保険会社︶が受取人に支払うもので︑被相続人が直接︑受取人に財産を提供したものではな
生命保険金請求権の民法九0
三条
の特
別受
益性
につ
いて
三二五
︵八
二二
︶
原則として特別受益 全面的に特別受益財産とならず︑
した
①
︵八
一四
︶ いとの否定説の側の意見は︑被相続人の保険料の出捐という面を低く評価しすぎていること︑以上による︒
多数説は生命保険金請求権の特別受益性を肯定するが︑近年︑実務家のなかから︑否定的な見解がみられるように なってきている︒私の考えは︑学説の多数説に近いものであるが︑原則として特別受益性を肯定しつつ︑諸般の事情 から被相続人の意思をできるだけ付度し︑黙示による持戻し免除を広く認めることにより︑具体的事案において妥当 な結論を導き出しうるようにしたいと思う︒そして︑裁判例にも︑こうした考えによるものがみられる︵後述︑④大
阪家審昭五三・九・ニ六家月=二巻六号三三頁︶︒
(l)たとえば︑もっとも定評のある体系書のうちの︱つである中川善之助
11
泉久雄﹃相続法︹第三版︺﹂︵有斐閣︑昭六三︶ニ
五0
頁参
照︒
(2
)
有地亨﹃新版注釈民法四相続②﹄︹谷口
11
久貴編︺︵有斐閣︑平元︶ニ︱六頁以下参照︒
(3
)
千藤﹁民法九0三条でいう生前贈与の範囲について﹂関大法学論集第四一巻五・六号︵平二︶四四一頁以下︒そして︑生
命保険金等の特別受益性に関する問題点については︑四四九頁注⑩で指摘した︒(4)久貴忠彦「生命保険金請求権の相続性•特別受益性」民事研修一_一六九号(昭六三)九頁以下。
(5
)
本稿で取り扱ったテーマに関する主だった著書︵教科書の類は典型的なものだけに限定する︶や論文等には︑以下のよう
なものがある︵論文等については︑掲載雑誌等の最初の頁を挙げる︶︒以後︑本稿では︑ここで紹介した著書・論文等につ
いては原則として︑執筆者名と該当頁のみを掲載することにしたい︒
著
有泉亨 書
11
加藤一郎編﹃相続︵下︶﹄︵河出書房︑昭三一︶︑泉久雄﹃総合判例研究叢書民法姻﹄︵有斐閣︑昭四
0)
︑大森忠
夫
11
三宅一夫﹃生命保険契約法の諸問題﹄︵有斐閣︑昭三︱︱︱)︑近藤英吉﹃相続法論︵下︶﹄︵弘文堂書房︑昭一三︶︑最高裁
判所事務総局家庭局﹃改訂家事執務資料集中巻の三︵乙類九号の二
・‑
0号︶﹄︵平元︶︑埼玉弁護士会編﹃遺留分の法律と
実務﹂︵ぎょうせい︑平三︶︑鈴木禄弥﹃相続法講義﹄︵創文社︑昭六一︶︑高木多喜男﹃口述相続法﹄︵成文堂︑昭六三︶︑中 関法第四二巻第三•四号
二六
生命保険金請求権の民法九
O i l
一条の特別受益性について 川淳﹃相続法逐条解説︵上巻︶﹄︵日本加除出版︑昭六
0)
︑中川善之助
11
泉久
雄﹃
相続
法︹
第三
版︺
﹄︵
有斐
閣︑
昭六
︱︱
‑︶
︑我
妻栄
11
立石芳枝﹃親族法相績法﹄︵日本評論社︑昭二七︶︒
②論文等青谷和夫「生命保険金債権の相続性と非相続性(上)(下)」保険学雑誌第一_一八二号(昭二八)=二頁•第三八三号七二頁、
浅見公子﹁生命保険金﹂島津ほか編﹃新版相続法の基礎︹実用絹︺︵新版︶﹄︵青林書院新社︑昭五六︶九三頁︑安達龍雄
﹁生命保険金は相続財産に加算さるべきであるか﹂民商四二巻二号︵昭三五︶二七三頁︑有地亨﹁特別受益者の持戻義務曰
ロ﹂民商法四0巻︵昭三四︶一号一︳一頁・三号一七頁︑有地亨﹃新版注釈民法四相続②﹄︹谷口
11
久貴
編︺
︵有
斐閣
︑平
元︶
︑
右近健男﹁特別受益者の相続分﹂久貴編﹃法学基本講座親族法・相続法一
00
講﹂︵学陽書房︑昭六一︶一七九頁︑遠藤浩
﹁相続財産の範囲﹂中川還暦﹃家族法大系
V I 相続m﹄︵有斐閣︑昭一︳一五︶一七四頁︑遠藤浩﹁生命保険金請求権と相続﹂学
習院大学政経学部研究年報7︵昭三六︶四一頁︑大塚正之﹁特別受益の意義と範囲﹂野田ほか編﹃遺産分割・遺言ニ︱五題〔別冊判夕六八八号〕』(判例タイムズ社、平元)五0頁、久貴忠彦「相続分•特別受益•寄与分」谷口11加藤編『新版民法
演習5〔親族・相続〕』(有斐閣、昭五六)―二七頁、久貴忠彦「生命保険金請求権の相続性•特別受益性」民事研修三六九
号︵昭六三︶九頁︑久貴忠彦﹁特別受益のある相続人の相続分﹂沼邊代表編﹃新家事調停読本﹄︵一粒社︑昭六三︶四八二
頁︑近藤壽夫﹁遺産分割の対象財産性3生命保険金請求権﹂岡垣
11野田編﹃講座・実務家事審判法3﹄︵日本評論社︑平
元︶一三五頁︑田中恒朗﹁退職金等と特別受益﹂﹃家族法判例百選︵第一二版︶﹄︵有斐閣︑昭五五︶一七四頁︑田中実﹁退職
金等と特別受益﹂﹃家族法判例百選︵新版・増補︶﹄︵有斐閣︑昭五
0)
三ニニ頁︑谷口知平﹁相続における特別受益者の差
引計算と寄与者の割増計算﹂﹃法学教室
No
l
︹別冊ジュリスト︺﹄︵有斐閣︑昭三六︶二九頁︑谷口知平﹁遺産の分割﹂谷口
11加藤編﹃新民法演習>﹄︵有斐閣︑昭四三︶二四一︳一頁︑西理﹁遺産分割理論の再構成︵試論︶﹂家裁月報四一巻一0号
︵平元︶四二頁︑沼辺愛一﹁相続分﹂島津編﹃基本法コンメンタール相続︹第三版︺﹂︵日本評論社︑平元︶四三頁︑平館久
男﹁生命保険金﹂山畠ほか編﹃遺産分割の研究﹄︵判例タイムズ︑昭四八︶三三八頁︑三島宗彦
11
右近健男﹁新版注釈民法5相続②﹄︹谷口
11久貴編︺︵有斐閣︑平元︶︑宗方武﹁生命保険金・死亡退職金と遺産分割﹂﹃家族法の理論と実務︹別冊判
夕八号︺﹄︵判例タイムズ社︑昭五五︶︳︱‑七二頁︑山下友信﹁生命保険金請求権取得の固有権性︵一︶︵ニ・完︶﹂民商八三巻二号(昭五五)一八頁•四号(昭五六)五一頁、山本満保11高柳正信11笹竹英穂「遺産分割事件における生前贈与(特別受
‑=
二七
︵八
一五
︶
第四二巻第三•四号
三二
八
益︶の調査について﹂家裁月報四三巻五号五三頁︑高木多喜男﹁生命保険金﹂野田ほか絹﹃遺産分割・遺言ニー五題[別冊
判夕六八八号︺﹄︵平元︶七七頁︑橘勝治﹁特別受益者の相続分﹂川井ほか編﹃民法コンメンタール︵二三︶相続ー﹄︵ぎょ
うせい︑昭六三︶一七三五頁︒
本章では︑被相続人(11保険契約者︶が自己を被保険者として被保険者の死亡により共同相続人中の特定者を保
険金受取人とする生命保険契約を保険者(11保険会社︶との間で締結していたとき︑保険者から受取人に支払われる
生命保険金が特別受益として持戻しの対象になりうるか︑を検討しようとするものである︒なお︑この検討に入るに
先立ち︑生命保険金請求権が相続財産に該当するか否かに触れておき︑ついで該当しない場合に生起する特別受益性
の有無の問題を考察し︑最後に︑特別受益性があるとされた場合の生命保険金の持戻し額を検討したい︒
ここで予め︑生命保険金請求権の相続財産性と特別受益性との関係をまとめておきたい︒特定の相続人が被相続
人の死亡の結果として受領した生命保険金請求権の相続財産性•特別受益性の有無については、三通り、つまり①相
続財産に該当︵この場合には特に特別受益性を問題とする必要はない︶②特定相続人の固有財産でかつ特別受益性
あり︵被相続人の生存中に特定の相続人に付与された生計の資本が一例︶③特定相続人の固有財産でかつ特別受益
性なし︵特別受益に該当しない生前贈与財産など︶︑に区分されよう︒学説の多くは︑生命保険金請求権の非遺産性
かつ特別受益性あり︑ 関法
つまり②を肯定する傾向にある︒これに対して︑裁判例は︑非遺産性と解しつつも︑その特別
受益性については肯定・否定の両例が拮抗しており決着がついていない︒これら三通りの組合せのうち︑受給者に 学説 八一六
とってもっとも好ましいのは︑③の固有財産でかつ持戻しさせられないことである︒①のように相続財産とされるの であれば︑当該財産は遺産分割の対象となり返還させられるし︑また②のように相続財産ではないとされても持ち戻 されるのであれば︑これまた同様に返還させられることになる︒もっともこの場合︑持戻し対象財産は︑計算上︑そ の価額が戻されるだけであり︑その者の本来の相続分を超過しても︑遺留分を侵害していない以上は返還が不要であ ることから︵民法九
0
三条二項︶︑相続財産扱いされる①の場合よりも︑受給者にとってはなお有利といえよう︒
(1
)
わが国の民法九
0 1
︱一条の母法の︱つであるフランスでも︑生命保険金請求権の特別受益性が古くより問題とされてきたが︑
一九
三
0年七月一三日法第六三条により︑被保険者の資力からみて保険料が明らかに高額である場合を除き原則として︑特
別受益性は否定された︒この結果︑被保険者の死亡時に特定の相続人が取得した保険金額は勿論のこと︑被保険者の支払っ
た保険料も持戻しを免れることになった︵干藤﹁フランス法に於ける贈与財産の持戻し免除について﹂阪大法学四0
巻三
・
四号︹平成三︺一0
八一
頁以
下参
照︶
︒
(2
)
星野教授は︑最判昭和四0・ニ・ニ︵民集一九巻一号一頁︶の判例研究の中で︑﹁今日では︑ある財産が相続財産に属す
るか否かをまずきめることには︑意味がない︵あたかも︑ある法律関係が公法関係に属するか私法関係に属するかをまず一
般的にきめることが無意味であるように︶︒﹂と述べている︵法学協会雑誌八二巻五号︹昭四一︺六八四頁︶︒こうした考え
からいえば︑本稿で︑生命保険金請求権の特別受益性を判断する前提として︑その相続財産該当性の有無を検討することは︑
あまり意味のないことかも知れないが︑生命保険金請求権そのものが相続財産であるか否かという問題自体︑重要なことで
もあるので︑まくらとして叙述しておく︒
(3
)
生命保険金請求権が相続財産に該当する場合として︑E相続財産でかつ特別受益あり︑と印相続財産でかつ特別受益なし︑
の二通りが理屈の上では考えられる︒しかしmのケースは︑遺贈のように︑遺言者の死亡時に相続財産に属していなければ
ならない︵民法九九六条︶という意味では相続財産といえるが︑遺贈は遺言者の死亡と同時に直接︑受遺者に移転し︑法定
相続人に帰属することがないことからいえば︑相続財産とはいえない︒ともあれ︑相続財産に該当すれば︑もはやその特別
受益性の有無の判断は不要である︒拙稿﹁民法九0三条でいう生前贈与の範囲について﹂関大法学四一巻五・六号︵平四︶
生命保険金請求権の民法九0三条の特別受益性について三二九
︵八
一七
︶
曰生命保険金請求権の相続財産該当性の有無 第四二巻第三•四号三=
1 0
︵八
一八
︶
四四九頁注⑩の﹁相続財産と解すれば︑特別受益性が認められやすいといえようが︑必然性はない︒﹂との箇所はやや不適
切な
表現
であ
った
︒
生命保険金請求権が相続と関連して問題となる場合に限定したとき︑被相続人
( 1 1
被保険者︶が保険会社との間
で︑生命保険契約を締結する際に︑受領権利者を誰にするかについて︑主に三通りの方法がある︒第一は︑被相続人
が生命保険金の受取人を被相続人自身とした場合である︒通説は︑被相続人の死亡とともに生命保険金請求権は相続
財産になると解する︒しかし︑死者に権利は発生しないとの考えから︑相続人が固有の権利として原始的に取得する
との反対説も有力である︒通説の立場では︑特別受益性を論じる必要はなく︑生命保険金請求権は共同相続人間で分
割される遺産となるだけである︒なお︑受取人が指定されていなかった場合について︑受取人の相続人を黙示的に指
定したと解する少数説があるものの︑通説は︑生命保険金請求権は相続財産に含まれると解している︒
︵民
集一
五巻
一
第二は︑共同相続人中の特定者を受取人に指定し氏名を表示した場合である︒特定相続人の固有財産になると解
するのが、学説・判例であり、異論はないといわれる。判例として、たとえば大判昭――•五・一三
{6 }
一号八七七頁︶がこのことを認めている︵事案は︑保険契約者が自己を被保険者兼保険金受取人と定め︑同時に被保
険者死亡の時は相続人中の特定者を受取人と指定し契約していたもの︶︒なお︑指定された保険金受取人が︑被保険
者である被相続人より先死し︑被相続人が新たな受取人を指定することなく死亡した場合に︑誰が受取人になるかが
問題となる︒商法六七六条二項︵旧四二八条の三︑二項︶
関法
の解釈に絡む問題である︒保険金受取人の相続人もしくは
四
生命
保険
金請
求権
の民
法九
0三
条の
特別
受益
性に
つい
て
有財産となり︑被保険者の遺産から離脱したと判示した︶︒ 順次の相続人で︑保険契約者が死亡した当時生存する者が受取人になるというのが︑大判大︱一・ニ・七︵民集一巻一号一九頁︶である︵事案は︑先妻を受取人と指定した被保険者である被相続人が︑先妻の先死後に受取人を指定せず︑後に死亡し︑先妻を相続した被相続人を相続することとなった後妻の子が保険会社に支払を求めたもの︒保険会社は︑受取人は先妻の実父である等と主張し請求を拒んだけれども︑裁判所は︑保険金請求権発生時の相続人を受取人と解し後妻の子を勝たせた︒なお︑民法旧規定九九六条一項により︑先妻の法定相続人は実父ではなく︑配偶者である被相続人のみであった︶︒
第三は︑受取人を単に相続人︑あるいは被保険者の相続人とだけ記載していた場合である︒これには︑①相続に
より承継されることを注意しただけ︑②保険金請求権発生時の相続人個人を指示したもの︑③保険契約時の相続人個
人を指示したもの︑の三つの立場がありうるといわれる︒そして︑いずれであるかは︑被相続人の意思解釈によるが︑
今日の通説的見解は︑②の立場の特定相続人の固有財産になると解する︒近年の判例として︑最判昭四
O ・
ニ・
ニ
︵民集一九巻一号一頁︶があり︵事案は︑被保険者が死亡した場合に﹁相続人﹂を受取人と指定した者が後に全財産
を第三者に包括遺贈したもので︑裁判所は︑保険金請求権は包括受遺者ではなく被相続人の相続人である姉弟の固有
財産となると判示した)、同じく最判昭四八•六・ニ九(民集二七巻六号七三七頁)がある(保険金受取人の指定が
ないときは被保険者の相続人に保険金を支払う旨の条項の効力をめぐって争われた事案で︑裁判所は︑この条項は保
険金受取人を相続人と指定したものとなんら異なることはなく︑保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固
結局、第二•第三のように、他人のためにする保険契約における生命保険金請求権は、相続財産に帰属せず、保
言
︵八
一九
︶
第四二巻第三•四号
>
︵八
二
0)
険契約に基づいて相続人たるべきものを受取人として︑その者が直接取得するというのが︑通説・判例といえよう︒
商法六七四条•六七六条の規定の趣旨解釈により、また受取人の生活保障という生命保険金の有する機能が重視され
ること︑並びに受取人は保険契約により保険者から直接︑生命保険金請求権を取得するという法形式上の論理に依拠 するためである︒そして︑こうした考えが学説上︑支配的となっているのである︒
(1
)
生命保険契約の類型については︑平館・前掲三︳︱‑八頁以下が詳しい︒なお︑遠藤・前掲﹁生命保険金請求権と相続﹂四二
頁以下では︑被相続人
1 1 被保険者
1 1 保険金受取人で︑被相続人が保険契約者となるときとならないときに区分している︒本
稿では︑被相続人が保険契約者
( 1 1
保険料の支払者︶となる場合のみに限定する︒保険契約者が被相続人以外の第一︱︱者の
ケースは︑本稿が考察の対象としている被相続人の相続財産をめぐる問題から少しズレてくると思われるからである︒(2)久貴•前掲「生命保険金請求権の相続性•特別受益性」一_―-頁。
( 3 )
安達・前掲二七三頁︑遠藤・前掲﹁生命保険金請求権と相続﹂四六頁︑平館・前掲三四一頁︑埼玉弁護士会編・前掲書七
五頁
︑他
︒
(4)久貴•前掲「生命保険金請求権の相続性•特別受益性」一三頁。(5)平館・前掲三四四頁、中川11泉•前掲書一九五頁、加藤永一『註釈相続法(下)』〔中川善之助編〕(有斐閣、昭三0)ニ
四八
頁︑
他︒
(6
)
判例評釈・解説については︑戸田修︱︱‑﹁保険金請求権と相続財産﹂鴻常夫編﹃生命保険判例百選︵増補版︶﹄︵有斐閣︑昭
六三︶三四頁︑および同処に引用された文献参照︒
(7
)
判例評釈・解説については︑大澤功﹁保険金受取人が保険事故発生前に死亡した場合の効果﹂鴻常夫編﹃生命保険判例百
選︵増補版︶﹄︵有斐閣︑昭六三︶四四頁︑および同処に引用された文献参照︒
(8
)
我妻
(9)我妻110立石•前掲書四八七頁、大森•前掲書五三頁以下および二二六頁、遠藤・前掲「生命保険金請求権と相続」五頁。 I I 立石・前掲書四八七頁︒
( 1 0 )
判例評釈・解説として︑中島恒・法曹時報一七巻五号︵昭四
0)
10
六頁︑中西正明・民商五三巻三号︵昭四
0 )
四二
五
関法
頁︑星野英一・法協八二巻五号︵昭四一︶六七八頁︑山崎賢一﹃家族法判例百選︵新版・増補︶﹄︵有斐閣︑昭五
0)
ニニ
︱
頁︑服部栄三﹃家族法判例百選︵第三版︶﹄︵有斐閣︑昭五五︶一九六頁︑好美清光﹃好美
選︵増補版︶﹄︵有斐閣︑昭六三︶二六頁︑中川淳﹃島津一郎編・法セミ 族・相続︺﹄︵同文舘︑昭五七︶ニ︱四頁︑山下孝之﹁保険金受取人を﹃相続人﹄と指定した場合の効果﹂﹃生命保険判例百 1 1久貴編・基本判例双書民法︹親
BO OK
S4判例ハンドプック親族・相続︹第二
版︺﹄︵日本評論社︑平元︶︱二八頁︑佐藤義彦﹃川井健編・判例マニュアル民法>﹄︵三省堂︑平二︶一四二頁︑などがある︒なお︑安達龍雄﹁生命保険金は相続財産に加算さるべきであるか﹂民商法四二巻二号︵昭三五︶︱二九頁以下は︑この問題に関する先駆的業績である︒
( 1 1 )
判例
評釈
・解
説に
つい
ては
︑中
西正
明﹁
生命
保険
金請
求権
の相
続性
﹂﹃
家族
法判
例百
選︵
第四
版︶
﹄︵
有斐
閣︑
昭六
︱︱
‑︶
六八頁︑およぴ同処に引用された文献参照︒
そこで次に︑生命保険金請求権の遺産性が否定されたとしても︑共同相続人中に保険金請求権を固有の権利とし て原始的に取得した相続人とそうでない相続人がいた場合に︑両者の間の実質的公平を考慮して︑それは特別受益財 産に該当すると解すべきではないかという点が問題となる︒そして︑この問題への答えは︑保険金の法的性質から論
理必然的に導き出されるものではないといわれる︒
取人に指定されることを︑この者に対する生計の資本あるいは扶養目的の 産の移転であると解し︑生命保険金請求権の特別受益性をほとんど一致して肯定し︑その持戻しを要求する傾向にあ るといえよう︒その論拠として︑保険契約者の出捐により生命保険金請求権が発生すること︑また生命保険契約が積
学説は︑生命保険金が多額にのぽることが多い点を重視し︑相続人間の公平さを確保するため︑生命保険金の受
︵死因︶贈与または遺贈︑あるいは単に財
生命保険金請求権の民法九0三条の特別受益性について
口 生 命 保 険 金 請 求 権 の 特 別 受 益 性 の 有 無
>
︵八
ニ︱
)
第四二巻第三•四号
これらを相続分と別に受領するとしても被相続人の通
三三
四
︵八
二二
︶
立預金としての性格を有していること︑さらには民法九0三条は共同相続人間の公平を図った制度であるから生命保
険金請求権を持戻させても共同相続人以外の第三者に影響するところは殆どないこと︑などが挙げられる︒昭和三五
年の大阪家庭裁判所家事部でも特別受益性を肯定する決議を行っており︑また昭和五0年度高裁別家事審判官会同家
庭局見解も︑肯定意見である︒
ところで︑近時︑実務家の立場から︑生命保険金請求権の特別受益性を否定する意見がみられるようになってき
た︒たとえば︑生命保険金は特別の制度目的のもとに存在せしめられているものであるから︑直ちに遺贈に準ずるも
( IO )
のとして特別受益性を有するとの扱いには問題があるとの意見がみられる︒この意見は︑生命保険金は死亡退職金等
の類とともに︑まさに民法九〇六条の﹁一切の事情﹂の一要素として考慮されるべきであり︑またそれにとどまると
いう︒そして︑このような取扱いは︑遺贈に準じたものとして特別受益の扱いをする場合と比較して︑当然のことな
がらこれを受領した者に有利な結果になろうが︑生命保険金等を受領すべき地位にある相続人は︑共同相続人の中で
も最も被相続人と密接な関係にある者であることが一般的であるから︑このような結論は実質的な公平という見地か
らも是認されて然るべきものであり︑こうした見解と同旨の結論をとる審判例が散見されるという︒また︑他の意見
は︑生命保険金︵死亡退職金も同様︶
六頁︒後述参照︶ 関法
の特別受益性を否定した審判例︵東京家審昭五五・ニ・ご一家月三二巻五号四
の判旨に賛同し︑①生命保険金請求権は文理上特別受益に該当しないこと︑②これらは生活保障の
ためであり遺留分減殺の対象にならないと解されること︑③
常の意思に沿うと思われること︑などを理由に挙げて︑実質的な相続人間の公平だけを理由としてその範囲を広げる
‑ 1 2 )
ことには問題が残ろうという︒
請求権を特別受益の対象からはずすならば︑あまりに共同相続人の間での公平を損なう恐れが強く︑特別受益の持戻 し制度存在の根幹を揺るがし兼ねないからである︒その理由の一っは︑近年における生命保険金額の多額さを問題に したい︒これまで︑私がすでに紹介・検討を加えてきた民法九
0三条でいう特別受益となりうる一ー一種の生前贈与財産
である婚姻あるいは養子縁組のための︑もしくは生計の資本としての贈与額は︑通常取得されうる生命保険金額に比
してそれほどの額とはいえないものであった︒もっとも︑この点は比較の問題だから断定はできないが︑もともと︑
明治民法立法時に︑明文規定で遺贈並びに三種の贈与財産を特別受益財産としたのは︵旧一
0
0七条︶︑これらが共
同相続人間の公平を損なうほどの財産的価値を有するものであるとの判断があったことを思い起こすべきである︒第
五
生命保険金請求権の民法九
0 1
︱一
条の
特別
受益
性に
つい
て
ここで︑この問題に関する私見を述べてみたい︒私は︑これら実務家の批判に非常に魅力を感じる者である︒ま た︑次章でみていくが︑裁判例は肯定・否定例がほぽ相半ばしているが︑私はここでも︑否定例の理由付けに強く惹 かれる︒すでに別稿で述べてきたところであるが︑﹁共同相続人間の公平を口にするだけでは︑あまりに金科玉条的 であって︑当事者を納得せしめることが困難になってくるように思われる︒⁝⁝従来からの発想を変えて︑相続分外 の先取り的な特別の好意を被相続人が受贈者に賦与しようとしたのではないか︑という視点をいれることも今後は重 視されてしかるべきであろう︒法定相続分がもたらす形式的平等を︑実質的乎等に変える働きを︑生前贈与や遺贈が 担っており︑そのためにも︑生前贈与や遺贈を行った被相続人の意思探究が︑ますます重要になってくる︒﹂との視 点は︑この問題にも維持し当てはめてみたい︒つまり︑生命保険金受取人に指定された者は被相続人と密接な関係に
c "
︶ あり︑被相続人により相続分外の先取り的な特別の好意を付与されたものと解することができよう︒
四 しかしながら︑やはり︑私は︑原則として︑生命保険金請求権の特別受益性を肯定したい︒もしも︑生命保険金
三三五
︵八
二三
︶
第四二巻第一―-•四号
︵八
二四
︶
ニに︑今日の生命保険契約が財産的色彩を濃厚にしている現状を考慮する必要が十二分にある︒被相続人の死亡時に
一時的かつ終局的に財産が取得されることから︑相続財産に極めて類似するものといえよう︒かつては生命保険金請
求権は︑受給権者の生活保障機能を著しく有する死亡退職金や遺族給付金と同じく受取人の生活を保障する役割を大
きく担っており︑今日でもこの意味での被相続人による受取人指定の場合がみられる︒しかし次第に︑︑被相続人死
亡後における受取人の生活保障の範疇を超えることになってきているのではあるまいか︒要するに︑当該生命保険金
請求権が受取人の生活保障的側面を濃厚に有している場合には︑特別受益性を否定するか︑もしくは肯定しつつ被相
続人の持戻し免除意思を推定することになる︒そして︑この免除意思推定の方法が妥当と思われる︒第三に︑被相続
人が受取人である特定相続人に特別の利益付与を望むのであれば︑その者が取得した生命保険金請求権の持戻しの免
除を緩やかに認めることにより︑持戻させる場合とのバランスをとることが可能であるからである︒もっとも︑この
点について学説には︑生命保険金請求権の取得が固有の権利であることから︑持戻し免除規定である民法九0三条三
項の適用を否定的に解する見解がみられる。また、後述の④大阪家審昭五一―-•九・ニ六(家月三一巻六号三三頁)は、
通常の贈与︑遺贈の場合と異なり︑被相続人において持戻し免除の意思表示をする機会がないという︒しかし︑婚
姻・養子縁組に際して︑もしくは生計の資本の贈与のときにも︑受贈者は固有の権利として取得し︑これら贈与財産
は相続財産から離脱するにもかかわらず︑持戻し対象財産とされていることから︑否定的見解は妥当とはいえない︒
また︑持戻し免除の機会は︑生命保険契約時に表明しなくてもよいし︑日記帳等に免除が記載されるなどの明示でも
よく︑さらには黙示でもよいことから︑機会がないという批難は当たらない︒もっとも︑わが国では︑持戻しの免除
‑ 1 6 )
制度が国民に知られていないこともあり︑現実には免除の意思表示がほとんどみられないことは確かである︒しかし︑ 関法六
六 これは生命保険の場合に特有なことではない︒第四に︑受取人の立場への配慮は︑持戻し額の範囲を調整することにより可能であるという点による︒このことは︑次節で検討していくことにしたい︒
ともあれ︑以上のようないわば解釈論の基礎をなす社会的事実に対する認識から︑私は︑生命保険金請求権の特 別受益性を肯定する立場をとりたい︒通説・判例が認めるように生命保険金請求権が固有の権利として原始的に受取 人に取得されるというのであれば︑その受取人が共同相続人である場合には︑生計の資本の死因贈与もしくは遺贈に 準じた扱いをして︑原則として持戻させるという扱いが︑被相続人の真意に沿うように思われる︒そして︑このよう な死因贈与もしくは遺贈に準じる扱いをすることは︑決して解釈の枠を超えているとはいえないであろう︒生命保険 金は保険者が受取人に支払うのであり︑被相続人
( 1 1
被保険者
1 1 保険契約者︶が特定の相続人に提供するものではな
い︑との論理は︑被相続人の出捐という点を︑あまりに無視し過ぎた論理である︒
(l)中川11泉•前掲書二00頁注(17)参照。
(2
)
山下
・前
掲民
商八
三巻
四号
五七
頁︒
(3)大森•前掲書二七六頁。(4)遠藤•前掲一八0頁。(5)
村崎満『相続の法律知識』(育英堂・昭四一)八八頁
‘10
二貝参照、久貴・前掲「相続分•特別受益•寄与分」
二頁︑田中実﹃基礎民法親族・相続絹﹄︵東京法経出版︑昭五六︶二四0
頁︑
など
︒
(6)中川11泉•前掲書二00頁注(17)
は、積極的に解する学説として、鈴木禄弥『相続法講義』(創文社・昭六一)二
Hハ
頁︑高木多喜男﹁遺留分の算定﹂家族法大系
V I I
二六五頁︑他を挙げる︒学説については︑有地﹃新版注釈民法5﹄二三三頁
参照
︒
(7
)
遠藤・前掲﹁生命保険金請求権と相続﹂五七頁︒
生命保険金請求権の民法九0三条の特別受益性について
三三
七
︵八
二五
︶
関法第四二巻第三•四号三三八
( 8 )
安達・前掲二七三頁以下参照︒(9)最高裁判所事務総局編『改訂家事執務資料集中巻の三(乙類九号の二•-0号)』六九五頁以下。(10)西•前掲九0頁。(11)西•前掲九二頁注(64)参照。生命保険金に関する審判例として、大阪家審昭五三・九・ニ六(家月=二巻六号==―-頁)、
と東京家審昭五五・ニ・︱二︵家月三二巻五号四六頁︶を挙げる︒(12)大塚•前掲五二頁。
( 1 3 )
干藤﹁民法九〇三条でいう生前贈与の範囲について﹂関大法学論集四一巻五・六号︵平四︶四九八頁︒
( 1 4 )
鍛冶教授は︑﹁共同相続人の一人である妻を保険金受取人として被相続人が自己を被保険者とする契約を結んだ場合︑か
つては相続人間の公平を理由に特別受益とみる見解が強かったが︑今日では妻を受取人に指定したこと自体︑九0三条三項
の持戻免除の意思を表示したものと解する傾向が強い︒﹂という︵鍛冶良堅﹃相続法講義﹄︵啓文社︑昭六二︶六七頁︒なお︑
千藤﹁民法九
0 1 ︱
一条
︱︱
一項
でい
う意
思の
表示
につ
いて
﹂関
大法
学論
集三
八巻
ニ・
︱︱
一号
︵昭
六三
︶三
一四
頁参
照︒
( 1 5 )
遠藤・前掲﹁生命保険金請求権と相続﹂五八頁︒
( 1 6 )
千藤﹁民法九0三条︱︱一項でいう意思の表示について﹂関大法学論集三八巻ニ・三号︵昭六三︶三ニニ頁以下参照︒
( 1 7 )
フランスでは︑日本民法九
0 1
︱一条と異なり︑遺贈は︑原則として持戻しが免除されている︒そして︑私は︑年来︑日本で
も︑遺贈については原則として持戻しが免除された解釈を展開すべきではないかと提言してきている︵たとえば︑千藤﹃フ
ランス相続法の研究ー特別受益・遺贈ー﹄︹関大出版部︑昭五八︺八八頁以下︑千藤﹁民法九0三条でいう意思の表示につ
いて﹂関大法学論集三八巻ニ・三号︹昭六三︺二九七頁・=
10
六頁参照︶︒この意味からいえば︑生命保険金請求権につい
ても︑遺贈と同様に︑被相続人が特定の相続人に特別に付与した持戻し免除付き利益であると解する方が︑私の立場に沿う
ものであるといえないこともない︒しかし︑遺贈と異なり︑生命保険金については︑被相続人
( 1 1
被保険者
1 1 保
険契
約者
︶
の意識は︑一般的には︑共同相続人の一人である受取人への特別の利益付与というよりも︑相続税の支払をも含めた税対策︑
あるいは被相続人死亡時における一時的出費への備え︑などといった要因が強いように思われることから︑本文のように解
することにしたい︒仮に︑特別利益の付与が被相続人の意思であるということが明確である場合には︑明示もしくは黙示の
持戻し免除がなされたものと解することによって︑具体的妥当性を確保できると考えたい︒
八二
六︶
(2)
生命保険金の持戻し額
一般的には︑保険料と保険金額との差 生命保険金の特別受益性が肯定された場合︑次の問題として︑持戻すべき特別受益額の算出に関し学説は四説に
分かれている︒個別にみていこう︒
被相続人
1 1 保険契約者が支払った保険料の総額を持戻し価額と解する説
( 1 1
保険料説︶︒この説は︑保険契約
により保険金受取人が保険金請求権を取得する関係は被相続人
1 1 保険契約者と保険者
( 1 1
保険会社︶との間の第三者
のためにする契約とみられ︑保険契約者と被保険者とが同一人であるときには︑第三者である保険金受取人は︑保険
契約者からそれだけ生前贈与を受けたことになる︑という点に論拠を求める︒
は大きく︑とりわけ契約締結から保険事故発生までの期間が短ければなおのこと差が大きくなり︑受取人には有利に
なる︒この説に対しては︑元来保険料は保険者に支払われるものであり保険金受取人に対する出捐ではないこと︑ま
た︑保険料支払が長年月にわたってなされるものであるから︑被相続人
1 1 被保険者の死亡時に遺産を一時に減少して
保険料を保険金受取人に出捐したとみることはできないし︑さらにこの説によれば︑保険契約者が自ら保険料を払い
込まずに︑これに相当する金額を保険金受取人に支給した場合と何ら異ならないことになり︑保険契約者が相続人を︑
特に保険金受取人に指定して保険契約を締結した意思に適うものとはいえないとの批判がある︒
保険金受取人が取得した生命保険金全額を持戻し価額と解する説
( 1 1
保険金額説︶︒この説は︑保険契約は被
指定受取人への不確定期限付債権の︵死因︶贈与としての実質を具えており︑遺贈と同視すべきであるから︑保険金
全体が持戻し計算されるべきだ︑というものである︒受け取った保険金全額をいわば吐き出させられることになるか
ら︑受取人にはもっとも酷な扱いということになろう︒この説に対しては︑保険金の金額は保険契約者の出捐でなく︑
(1) (三)
生命
保険
金請
求権
の民
法九
0三
条の
特別
受益
性に
つい
て
三三
九
︵八
二七
︶
第四二巻第一―-•四号三四〇
︵八
二八
︶
保険者からの支払であり︑また︑保険料の一部を他の相続人または保険金受取人である当該相続人が負担した場合に
その説明ができないとの批判がある︒
説︶︒この説は︑保険契約者の死亡の当時において契約者が保険契約に関して有した財産の現在価値は︑契約者の死
亡の当時における解約価格にほかならないという点に根拠が求められる︒したがって︑保険契約者は生前に保険契約 保険契約者の死亡時に保険契約を解除してみずから取得する解約価格を持戻し価額と解する説(11解約価格
を解除して買戻価額を取得し︑これを相続財産に帰属させうるとして︑この限度で︑保険金受取人に対する被相続人
の相続財産の出捐とみなし︑その額は保険契約者が死亡直前に保険契約を解除したならば取得したはずの買戻価格
(11解約価格︶に等しいとする︒解約価格と保険金額との差も大きく︑場合によっては解約価格が保険料よりもより
低額になることも考えられることから︑保険料説の場合と同様︑受取人には有利となろう︒この説に対しては︑技巧
的に過ぎるだけでなく︑はたして被相続人11保険契約者の意思に適うか否か疑問とされるとの批判がある︒
‑ 10 ‑
被相続人が死亡時までに支払った保険料の保険料全額に対する割合に応じる保険金額を持戻し価額と解する説
(11保険金額の修正説︶︒この説は︑相続税法三条一項一号に定められている保険金請求権に関するいわゆる﹁みな
し相続財産﹂として課税対象とする際に用いられた基準が援用されたものである︒既述の三説よりも遅れて唱えられ
出しており︑保険金額説に保険料説を加味して修正したといわれる︒受取人にとっては︑保険料説ほど有利ではない
が︑さりとて保険金額説ほど不利でもないという説で︑受取人と他の共同相続人の双方とも現時点では納得のいく説
ともいわれ︑実務でも支持されるようになってきている︒
思うに︑生命保険金は保険者から固有の権利者である受取人に直接支払われるものである︒それにもかかわらず︑ 関法