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Vol.14 , No.1(1965)066納富 常天「鎌倉における開板」

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Academic year: 2021

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鎌 倉 時 代 に お け る 鎌 倉 の 開 板 は、 こ れ を 刊 経 史 の 上 か ら み た 場 合、 建 長 寺 を 中 心 に 古 倫 恵 文 ・ 竺 仙 梵 倦 等 に よ り、 五 由 版 の 源 流 と も い う べ き ﹁ 兀 蕎 輝 師 語 録 ﹂ ﹁ 傳 心 法 要 ﹂ ﹁ 輝 門 審 訓 集 ﹂ ﹁ 傳 法 正 宗 記 ﹂ 等 の 繹 籍 が 開 板 さ れ、 又 極 ⋮樂 寺 を 中 心 に 忍 性 ・ 榮 眞 等 西 大 寺 門 下 に よ る ﹁ 菩 薩 戒 本 ﹂ ﹁ 孟 蘭 盆 禮 文 霊 ﹁ 大 乗 本 生 心 地 観 経 ﹂ ﹁ 四 分 律 注 比 丘 尼 戒 本 ﹂ 等 の 戒 律 書 が ( 1 ) 開 板 さ れ て い る。 こ で は 理 畳 に よ り 開 板 さ れ た 所 謂 理 畳 版 が、 鎌 倉 に お け る 開 板 で あ る こ と を 論 謹 し、 さ ら に 理 箆 版 の も つ 意 義 に つ い て あ わ せ て 考 察 し て み た い。 ま ず 理 毘 に よ る 開 板 は、 金 澤 文 庫 ・ 東 大 寺 圖 書 館 等 の 資 料 が ら ﹁ 華 嚴 探 玄 語 ﹂ ﹁ 華 嚴 演 義 砂 ﹂ ﹁ 華 嚴 経 疏 ﹂ の 三 種 を 學 げ る こ と が で き る。 こ の う ち ﹁ 華 嚴 探 玄 記 ﹂ だ け は 開 板 を 完 了 し て い る が、 ﹁ 華 嚴 演 義 紗 ﹂ 及 び ﹁ 華 嚴 経 疏 ﹂ は、 い か な る 事 情 か は つ き り し な い が、 あ る い は 次 に あ げ る 開 板 時 期 か ら し て、 北 條 氏 滅 亡 に よ る 肚 會 攣 革 に よ る も の と も 思 わ れ る が、 前 者 は 第 四 下 ま で、 後 者 は わ ず か に 第 一 上 の み が 開 板 さ れ 字 結 し て い な い。 そ の 開 板 時 期 は 刊 記 等 に よ り ﹁ 華 嚴 探 玄 記 ﹂ が 嘉 暦 三 年 か ら 元 徳 三 年 ま で 前 後 四 年 を 要 し、 ﹁ 華 嚴 演 義 砂 ﹂ は 正 慶 元 年 か ら 翌 元 弘 三 年 の 二 年 間、 ﹁ 華 嚴 経 疏 ﹂ は 正 慶 元 年 で、 先 の ﹁華 嚴 演 義 砂 ﹂ と 並 行 し て 行 わ れ た こ と が 知 ら れ る。 こ の ほ か 湛 容 に あ て た 理 毘 の 漕 息 に よ り、 湛 容 撰 ﹁ 拾 遺 ( 2 ) 文 ﹂ を 開 板 す る 企 て も あ つ た こ と が 知 ら れ る。 こ の 理 毘 版 に 封 す る 從 來 の 研 究 は、 こ れ を 東 大 寺 版 と な し、 馨 信 の 理 毘 が メ ス に 代 え る に 刻 刀 を も つ て、 版 木 に 文 字 ( 3 ) を 彫 し 開 板 し た と さ れ て い る。 今 こ れ が 鎌 倉 に お け る 開 板 と 思 わ れ る 理 由 は、 (1) あ ま り に も 常 識 的 で は あ る が、 東 大 寺 に 比 較 し て 金 澤 文 庫 に は 多 く の 理 畳 版 が 所 藏 さ れ て い る。 師 ち 東 大 寺 に は ﹁ 演 義 紗 ﹂ の み 三 部 所 藏 さ れ て い る に 封 し、 金 澤 文 庫 に は コ 探 玄 記 ﹂ 四 部、 ﹁ 演 義 砂 ﹂ 二 部、 ﹁ 華 嚴 経 疏 ﹂ 二 部 が 所 藏 さ れ て い る。 又 こ の ほ か 高 野 山 正 智 院 現 藏 の ﹁ 探 玄 記 ﹂ は そ の 見 返 し に ﹃ 奉 施 入 久 米 多 寺 常 佳 沙 門 湛 容 ﹄ と 湛 容 自 筆 が あ る こ と 鎌 倉 に お け る 開 板 ( 納 富)

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-291-鎌 倉 に お の る 開 板 ( 納 富) か ら、 こ れ も 金 澤 文 庫 に 關 係 が あ つ た こ と が 知 ら れ る。 (2) 湛 容 あ て と 思 わ れ る 理 箆 の 潰 息 四 通 と 懸 紙 一 通 が 金 澤 文 ( 4 ) 庫 に 所 藏 さ れ、 内 三 通 の 紙 背 は 湛 容 の ﹁ 華 嚴 五 教 章 纂 繹 ﹂ 稿 本 の 一 部 で あ る。 又 こ の な か の 一 通 は、 湛 容 撰 の 拾 遺 文 を 開 板 す る 云 々 と 記 さ れ た も の で あ る が、 こ の ﹁ 華 嚴 五 教 章 纂 繹 ﹂ 撰 述 當 時 の 湛 容 は、 下 総 東 琿 寺 の 住 持 と し て 一 寺 を 管 領 す る と 共 に、 構 名 寺 に も 屡 々 來 往 し、 華 嚴 ・ 戒 律 の 講 義 に 力 を 蓋 し て い た か ら、 そ の ﹁ 拾 遺 文 ﹂ の 開 板 計 豊 か ら も、 理 毘 が 鎌 倉 あ た り の 近 距 離 に い た 方 が 望 ま し い。 (3) 理 毘 開 板 に 關 す る 湛 容 の 消 息 が 金 澤 文 庫 に あ る が、 こ れ に は ﹃ 抑 探 玄 記 一 部 開 板 已 事 終 [ ] 承 候、 自 何 目 出 相 存 候、 宗 學 僧 随 喜 中 候、 兼 又、 大 疏 玄 談 同 又 可 被 開 之 由 承 候、 ⋮ ⋮ ( 中 略) ⋮ ⋮ 付 其 當 院 家 高 麗 本 可 被 爲 候 由 承 候 間、 其 ( 後 鉄) ﹄ ( 5 ) と あ り、 從 來 は ﹃ 尊 勝 院 と 考 え ら れ る 院 家 よ り 探 玄 記 開 板 と 高 麗 本 書 爲 の こ と に つ い て 返 状 を も ら つ た こ と に つ い て の 湛 ( 6 ) 容 の 返 状 ﹄ と 理 解 さ れ て い る が、 こ れ は 湛 容 が 當 院 家 と 稻 し て い る こ と か ら、 院 家 は 奪 勝 院 で な く、 構 名 寺 と 理 解 し な け れ ば な ら ぬ と 同 時 に、 文 面 全 髄 を 通 し て 湛 容 か ら 理 豊 に 直 接 あ で た も の と 思 わ れ る。 又 湛 容 が 奪 勝 院 あ て に 出 し た 沿 息 な ら ば、 常 識 的 に 考 え て 現 在 金 澤 文 庫 に そ の 清 息 が あ る こ と 自 髄 到 底 不 可 能 な こ と で あ る。 し か も 清 息 の 紙 背 は 湛 容 自 筆 の ﹁華 嚴 還 源 観 纂 繹 ﹂ 稿 本 の 一 部 で あ る が、 こ れ は 湛 容 の 尼 大 な 華 嚴 ・戒 律 に 關 す る 稿 本 一 般 を み た 場 合、 湛 容 自 身 が 獲 信 し た 清 息 の 紙 背 が 利 用 さ れ て い る も の が 相 當 敷 認 め ら れ、 こ れ ら は 殆 ん ど 鎌 倉 ・ 千 葉 等 近 距 離 の、 し か も 密 接 な 關 係 の 所 に 獲 し た も の を 同 牧 し 記 録 し た も の で あ る こ と を 考 え た 場 合、 こ の 潰 息 は 鎌 倉 あ た り に い る 理 毘 に 獲 し た 沿 ⋮息 と し た 方 が も つ と も 委 當 と 思 わ れ る。 又 開 板 に あ た つ て は 高 麗 本 を 書 爲 す る よ う 述 べ て い る が、 金 澤 文 庫 に は 湛 容 手 澤 本 と、 湛 容 ・ 容 輝 手 澤 本 の 爲 本 高 麗 本 演 義 砂 二 部 が 現 藏 さ れ て い る か ら、 構 名 寺 常 什 本 も 當 然 あ つ た こ と ﹄ 思 わ れ る。 ㈲ こ れ は 日 本 出 版 文 化 史 の 上 で も つ と も 古 い と 思 わ れ る が、 理 畳 版 の ﹁ 演 義 砂 ﹂ 及 び ﹁ 華 嚴 経 疏 ﹂ の、 今 日 で い う 校 正 刷 り に 當 る も の が、 一 部 分 で は あ る が 金 澤 文 庫 に 残 存 し て い る。 こ れ が 校 正 刷 り と 認 め ら れ る 理 由 は、 裏 端 書 に 誤 植 字 敷 ( こ れ は 拙 字 も 含 む)、 刊 賃、 刻 工 名 及 び 版 刻 年 月 日 が 記 さ れ て い る。 そ し て 誤 植 字 数 に 相 鷹 す る 文 字 が、 本 文 に お い て は 修 正 分 と し て 上 欄 に 首 書 き ﹂即 ち 頭 註 さ れ て い る。 又 こ れ ら の 誤 植 は、 同 じ く 金 澤 文 庫 現 藏 の、 今 一 部 の 本 刷 り に あ た る も の で は す べ て 修 正 さ れ て い る。 以 上 の こ と か ら こ れ が ま ぎ れ も な く 校 正 ず り で あ る こ と が わ か る。 (5) ﹁ 探 玄 記 ﹂ の 校 正 刷 り は 残 存 し て い な い が、 さ き に 學 げ た よ う に 湛 容 は 自 筆 署 名 の 上 ﹁ 探 玄 記 ﹂ 一 部 を 久 米 多 寺 常 什 と し て 寄 進 し て お り、 又 ﹁ 探 玄 記 ﹂ 開 板 の 元 徳 三 年 以 降 は、

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-292-湛 容 の 上 洛 を 示 す 資 料 を 見 出 し 得 な い ば か り か、 嘉 暦 元 年 か ら は、 東 輝 寺 佳 持 と し て そ の 修 學 興 行 を 管 領 し、 一 方 稽 名 寺 に お い て も 引 き 績 き 撰 述 潤 色 さ ら に は 講 義 等 を 行 つ て い る そ の 行 實 か ら も、 到 底 上 洛 し た と は 考 え ら れ な い の で、 署 名 し て 寄 進 す る に つ い て は、 開 板 地 を 鎌 倉 文 化 圏 内 と す る の が 要 當 で あ る。 (6) 東 大 寺 圖 書 館 藏 ﹁ 演 義 砂 ﹂ と、 金 澤 文 庫 藏 の そ れ と 比 較 し て み る と、 板 は ま つ た く 同 じ で あ る。 の 鎌 倉 に お け る 出 版 技 術 は、 餓 山 寺 版 ・ 鎌 倉 五 山 版 ・ 極 樂 寺 版 等、 多 く の 開 板 を 敷 え る こ と が で き る か ら、 技 術 的 に は 相 當 高 度 で あ つ た と 思 わ れ る。 し か し 金 澤 文 庫 に は 組 違 い の た め、 十 四 行 が 重 複 し て い る ﹁ 探 玄 記 ﹂ を 一 部 所 藏 し て お り、 叉 ﹁ 演 義 紗 ﹂ 巻 第 一 上 の 版 心 十 二 の 所 に、 版 刻 時 の 誤 り に よ る 室 白 の 部 分 が 一 行 あ る 等、 牡 撰 な 貼 が み い だ さ れ る の は、 一 面 地 方 開 板 で あ る こ と を 實 謹 す る も の と い つ て よ い。 (8) 當 時 の 鎌 倉 に お い て、 華 嚴 典 籍 が 開 板 さ れ る だ け の 敏 學 的 背 景 が、 存 在 し た か ど う か も 重 要 な 貼 で あ る が、 こ れ は 理 畳 の 開 板 に あ た り 指 導 的 地 位 に あ つ た と 思 わ れ る 湛 容 を は じ め と し て、 智 照 ・ 圓 種 ・ 露 波 ・ 俊 才 等 の 華 嚴 學 匠 が、 構 名 寺 を 中 心 に 鎌 倉 に お い て 活 躍 し て い る こ と、 さ ら に 弘 安 十 年 頃 相 州 塞 山 寺 に お い て、 寳 積 ・ 寂 慧 等 に よ り ﹁ 華 嚴 経 ﹂ が 開 板 さ れ て い る こ と 等 を 考 え る と き、 開 板 に 封 す る そ の 背 景 は 非 常 に 有 力 な も の が あ つ た と 思 わ れ る。 働 當 時 の 鎌 倉 は 吾 妻 鏡 に よ る と、 人 家 が 稠 密 し、 貨 幣 流 通 と 相 侯 つ て 経 濟 の 議 達 も 著 し い も の が あ り、 開 板 事 業 を 充 分 支 え 得 る ま で に 成 長 獲 展 し て い た と 思 わ れ る。 以 上 の よ う に、 校 正 ず り が 金 澤 文 庫 に 残 存 し て い る こ と を は じ め と す る 諸 鮎 か ら、 理 畳 に よ る 開 板 は、 東 大 寺 で は な く 鎌 倉 で あ る こ と が ほ 穿 立 謹 さ れ た と 思 う が、 さ ら に 一 歩 進 ん で そ の 開 板 地 は 鎌 倉 の 何 腱 で あ つ た ろ う か。 そ の 手 が か り と な る も の は、 金 澤 文 庫 藏 の ﹁ 華 嚴 宗 形 木 満 ( 7 ) ( 8 ) 足 分 ﹂ と、 智 通 上 人 に あ て た ﹁ 足 利 直 義 御 教 書 ﹂ で あ る。 ま ず ﹁ 華 嚴 宗 形 木 漏 足 分 ﹂ は 華 嚴 典 籍 十 六 部 の 形 木 郎 ち 板 木 の 存 鉄 を 調 査 し た も の で、 こ れ に 渦 足 分 と し て ﹃ 大 疏 一 上、 抄 一 上 下、 同 二 上 下、 同 三 上 下、 同 四 上 L と あ り、 又 鉄 分 と し て ﹃ 婆 抄 四 下 誰 瀬 ﹄ と あ る が、 こ れ は 羅 の 開 板 が 大 疏 は 一 上 の み、 演 義 砂 は 四 下 ま で と ま つ た く 符 合 す る こ と か ら、 理 畳 版 の 形 木 を 指 し て い る と 考 え ら れ る。 そ し て こ の こ と は 叉 ﹁ 華 嚴 宗 形 木 満 足 分 ﹂ が 鎌 倉 に お け る も の で あ る こ と ウ ニ 爪 す も の で あ る。 又 ﹁ 足 利 直 義 御 敏 書 ﹂ は、 智 通 上 人 に 封 し 松 谷 寺 一 切 経 印 板 興 隆 の た め、 現 在 分 と 鉄 分 に 關 す る 新 醤 の 目 録 を そ え 注 進 す る よ う 命 じ た も の で あ る。 こ れ に よ り 鎌 倉 松 谷 寺 に 早 く か ら 一 切 経 印 板 が あ つ た こ と が 知 ら れ る。 そ し て 當 時 の 状 勢 か 鎌 倉 に お け る 開 板 ( 納 富)

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-293-鎌 倉 に お け る 開 板 ( 納 富) ら 一 切 経 の 板 木 全 部 が 揃 つ て い た と は 到 底 考 え ら れ な い に し て も、 相 當 量 あ つ た こ と が 推 察 さ れ る。 又 當 時 の 鎌 倉 に お い て、 そ の 需 用 面 か ら だ け 考 え て み て も、 松 谷 寺 一 切 経 印 板 以 外 に、 華 嚴 關 係 だ け で 十 六 部 を も 数 え る 板 木 を 所 藏 し て い た 所 が 他 に あ る と は 考 え ら れ な い か ら、 ﹁ 華 嚴 宗 形 木 漏 足 分 ﹂ は 松 谷 寺 一 切 経 印 板 と 不 可 分 の 關 係 に あ る こ と が 知 ら れ る。 そ し て そ れ は 松 谷 寺 一 切 経 印 板 の 内 の 華 嚴 宗 形 木 瀧 足 分 と 考 え ら れ る ば か り か、 あ る い は 足 利 直 義 御 教 書 に 封 し て の、 形 木 存 鉄 に 關 す る 注 進 状 に 副 え た 新 目 録 の、 華 嚴 宗 の 部 に あ た る も の か も 知 れ な い。 こ の よ う な 事 情 か ら 理 畳 の 開 板 は、 ほ 貸 鎌 倉 松 谷 寺 で あ つ た ろ う こ と が 知 ら れ る。 又 一 方 松 谷 寺 は 凝 然 の 高 足 で、 東 大 寺 華 嚴 を 最 初 に 關 東 に 傳 え た 智 照 が 活 躍 を し た、 鎌 倉 に お け る 華 嚴 學 の 一 糠 鮎 で、 智 通 は 智 照 の 弟 子 と 思 わ れ る こ と か ら、 松 谷 寺 で 華 嚴 關 係 の も の が 理 豊 に よ り 開 板 さ れ た こ と は、 大 い に 意 味 の あ る こ と で あ る。 以 上 に お い て 理 箆 の 開 板 が、 鎌 倉 松 谷 寺 に お い て 行 わ れ た こ と を 推 論 す る こ と が で き た が、 次 に 理 畳 開 板 の 意 義 に つ い て 考 察 し て み た い。 ま ず 第 一 に 出 版 文 化 史 の 上 か ら、 從 來 東 大 寺 版 と さ れ て い た 理 豊 版 が、 鎌 倉 松 谷 寺 に お け る 開 板 で あ る こ と は、 中 央 に 封 す る 地 方 文 化 の 伸 展 を 意 味 す る と 共 に、 こ れ と 同 様 に 地 方 の 開 板 が 中 央 に お け る 開 板 と み な さ れ て い る 例 が 他 に も あ る こ と を 示 唆 す る。 又 校 正 刷 り が 残 存 し て い る こ と か ら、 嵩 版 過 程 の 様 相 が 明 白 に 理 解 さ れ る が、 特 に 刊 賃 に 關 す る 資 料 は、 杜 會 経 濟 史 の 上 か ら も 貴 重 な も の と い わ な け れ ば な ら な い。 第 二 に 鎌 倉 に お け る 華 嚴 教 學 の 趨 勢 を 知 る こ と が で き る。 部 ち 凝 然 の 高 足 智 照 が 東 大 寺 華 嚴 を 傳 え て か ら、 湛 容 を 中 心 と し て 通 識 ・ 俊 才 ・ 霊 波 と 英 駿 が 輩 出 し、 あ る い は 東 大 寺 を し の ぐ 勢 力 で あ つ た と 思 わ れ る が、 そ の よ う な 教 學 的 動 向 が 理 畳 を し て 開 板 に 向 わ し め た と 考 え ら れ る。 こ の よ う に 理 畳 版 は 出 版 文 化 史 ・ 華 嚴 敢 學 史 の 上 か ら、 非 常 に 意 義 の 深 い も の と い わ な け れ ば な ら な い。 1 拙 稿 ﹁ 鎌 倉 版 に つ い て ﹂ ( 横 須 賀 市 博 物 館 研 究 報 告 第 九 號 所 牧) 参 照。 2 金 澤 文 庫 古 文 書 二 二 三 三 號 参 照。 又 湛 容 に は ﹁ 起 信 論 疏 拾 遺 ﹂ と ﹁ 演 義 妙 纂 繹 拾 遺 ﹂ の 二 種 が あ る が、 こ 餌 で は 何 れ を 指 ず か 不 明。 3 大 屋 徳 城 氏 ﹁寧 樂 佛 教 史 論 ﹂ 五 九 四 頁、 ﹁寧 樂 刊 経 史 ﹂ 一 九 四 頁 参 照。 4 金 澤 文 庫 古 文 書 二 二 三 一 號 i 二 二 三 五 號 5 金 澤 文 庫 古 文 書 一 八 七 七 號 6 卒 岡 定 海 氏 ﹁ 東 大 寺 宗 性 上 人 之 研 究 並 史 料 下 巻 ﹂ 七 四 二 頁 参 照 7 金 澤 文 庫 古 文 書 五 = 二 五 號 8 金 澤 文 庫 古 文 書 五 四 三 二 號

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