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「幸せ」を第一に掲げる全体調和型社会へ

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Academic year: 2022

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Experts’ Insights

社会イノベーションをめぐる考察

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2500年続いた 拡大フェーズの終焉

今日,われわれは規模の拡大により 成長するという,長く続いたフェーズか ら,人口が減少していく従来とはまっ たく異なるフェーズに突入している。こ れは人類史上の大きな転換期と言え るが,その中でも日本は急激な少子高 齢化によって人口の減少が既に始 まっており,世界に先駆けてそのフロン トラインに立っている。このパラダイム シフトにおいて旧来のシステムや価値 観は通用しなくなりつつある。「幸せ」

の在り方も,拡大を前提とする社会と,

縮小を前提とする社会とでは自ずと変 わってくるはずである。

従来の拡大型システムでは,主に 物質的・経済的な幸せ,端的には金 銭・モノ・地位といった目に見える価 値をめざす傾向にあった。これらは幸 福学研究において,他人と比較するこ とで満足を得る「地位財」と呼ばれる もので,いくら手に入れても際限なく,

「もっともっと」と追い求めてしまい,幸 せの実感が長続きしないということが 知られている。しかし,これまでは拡 大生産によって絶えずそれらを供給し 続けることで,人々は幸せを感じること ができた。歴史を振り返れば,農耕革 命,産業革命,IT 革命など,これま での革命はいずれも拡大型の革命で あり,われわれ人類は2500 年以上,

絶え間ない拡大生産と地位財の供給 を繰り返してきたことになる。

これに対し,人口減少を前提とする 縮小均衡あるいは定常型の社会で

は,この拡大生産による幸せが成り立 たなくなる。ここでめざすべきは,「非 地位財」型の幸せ,すなわち他人との 比較とは関係なく得られる幸せであ る。具体的には,愛,自由,健康,

社会への帰属意識や人生の充実度な ど,心と身体と社会の豊かさを指すも ので,こうした目に見えない価値による 幸 せの実感は長 続きすることが分 かっている。決して目新しい認識では ないが,これこそが人間にとって,より 根源的な幸せではないだろうか。そし て,この認識に立つことは,経済成長 の中で見失っていた元来の人間らし い生き方を取り戻すことにもつながる。

実践のための幸福学と

「幸せの四つの因子」

従来,幸福について論じるのは主に 哲学の役目だった。特に21 世紀に 入ってからは客観的かつ統計的な立 場から科学に基づいて幸福を研究す る動きが盛んになっているが,哲学や 人文学を統合した本格的な体系化に は至っておらず,社会全体で活用する にはまだ不十分な面がある。

私自身はもともと企業のエンジニア であった。しかし,もっと直接的に人 を幸せにする研究がしたいと思い,工 学的に幸せのメカニズムを明らかにす る研究を始めた。幸せに関する主観的 な議論だけではなく,原理や全体構造 を解明し,メカニズムを理解したうえで の方法論を実践することが幸せへの 近道であると考えたからだ。現在,心 理学や行動経済学,工学や脳科学な ど多様な学問分野を横断し,幸福に

「幸せ」 を第一に掲げる全体調和型社会へ

慶應義塾大学大学院 

システムデザイン・マネジメント研究科 教授  慶應義塾大学 

ウェルビーイングリサーチセンター長

前野 隆司

1984年東京工業大学工学部機械工学科卒業,

1986年同大学理工学研究科機械工学専攻修士 課程修了,同年キヤノン株式会社入社。1993年 博士(工学)学位取得(東京工業大学)。1995 年慶應義塾大学理工学部専任講師,同助教授,

同教授を経て2008年よりSDM研究科教授。

著書に,『脳はなぜ「心」を作ったのか』(筑摩書 房)『幸せのメカニズム  実践・幸福学入門』(講 談社新書)『AIが人類を支配する日  人工知能が もたらす8つの未来予想図』(マキノ出版)など多 数。最新著は,『感動のメカニズム  心を動かす Work&Lifeのつくり方』(講談社新書)

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関わる個別の研究成果の体系化を進 めている。

その研究成果の一つが「幸せの因 子分析」だ。先述の「地位財」と「非 地位財」の分類を踏まえたうえで,幸 せになるためにはどんな要素が重要 か。それを導き出すための因子分析を 行った。具体的には,非地位財に関 係する心的要因に絞り,日本人 1,500 人にアンケートを行って29 項目87  個の質問に答えてもらった。回答を解 析した結果,現代日本人の幸福に寄 与する四つの因子を導き出した。幸せ の要因は数多く存在するが,四つに集 約できたのだ。それらを実践しやすよ うに,「幸せの四つの因子」と名付けた ものが以下である。

・「やってみよう」因子

自分の強みがあるか,強みを社会 で生かしているか,そんな自分は「な りたかった」自分であるか,よりよい自 分になるための努力をしてきたかな ど,自己実現と成長という,自分に向 かう幸せの因子。

・「ありがとう」因子

誰かを喜ばせるのが好きか,愛情を 受けているか,周囲に感謝し,親切に 触れているかなど,人とのつながりと 感謝によって感じる幸せの因子。

・「なんとかなる」因子

楽観的であるか,気持ちの切り替え ができるか,他者と近しい関係を維持 できるか,自己否定せずに今までの自 己を受容できるかなど,前向きと楽観 に関する幸せの因子。

・「ありのままに」因子

他人と比較をしないでいられるか,

自分をはっきり持っているかなど,独立 と自分らしさに関わる幸せの因子。

これらは四つで一つ。まるで幸せの クローバーのようだ。相互に関連し合 い,欠けることなくすべてを満たした方 がよい。例えば,自己実現をめざすと きに他人と競い蹴落とすようなことは 適切でないし,仲間との協調を重視す るあまり自分らしさを見失うことも幸福 学的には好ましくない。メカニズムを理 解することで,脳は自ずとそれを意識 して行動する。上述した四つの因子を 頭に入れて実践することで,自らも周 りの人も幸せにしていく好循環を築い ていってもらいたい。

「経済学×幸福学」から見る 働き方改革のパラドックス

さて,これらを経済学の観点から見 てみると,「やってみよう」因子はシリコ ンバレーのベンチャー企業のように自 分の夢をわくわくしながら実現しようと する「個人主義」的な幸せのトリガー であり,「ありがとう」因子は人とのつ ながりや協調を重視する「集団主義」

的な幸せのトリガーだと言える。

この二つは一見両立しないように思 えるが,例えば社内でワークショップを 開き,皆でやりたいことを話し合うだけ でも「やってみよう」因子は上がり,「あ りがとう」因子の度合いもあわせて引 き上がる。さらには自分のやりたいこと を互いに話せる環境,すなわち自己受 容も他者受容もできる職場では,信頼 し尊敬し合う関係が育まれ,その結果 として,他人の目や失敗を恐れずに

「なんとかなる」と前向きに,そして「あ

りのままに(自分らしく)」行動できるは ずだ。先ほども触れたように四つの因 子は相互に関連し合い高め合う関係 にあるのだ。

そのように考えると,もともと日本の 社会や企業が持っていた,他者との 潤いある有機的なつながりや,協調を 重んじる文化は,大いに幸福に寄与す る要因であったことが分かる。ところが 日本社会は近代化以降,西洋に倣っ て個人主義に傾き,特にバブル経済 崩壊後の企業では短期収益を第一に 極端な合理化と効率化を推し進めた 結果,幸福に寄与する本来の良さまで 失ってしまったと言えるのではないか。

どんなに物質的・経済的に豊かになっ ても幸福度が向上しない,それどころ か企業組織や社会全体に言い知れな い閉塞感が満ちているのもこのためだ ろう。

今,声高に叫ばれる働き方改革も,

本来は働き手の「幸せ」を第一に掲げ るべきなのだ。この改革の背景にある のは,人口減少に伴う労働力不足の 中でも経済成長を続けなければなら ず,そのために労働生産性の飛躍的 な向上を実現するというロジックだ。し かし,この考えは冒頭に述べた縮小型 社会を前提とした未来においても,依 然として物質的な豊かさや地位財とい う従来型パラダイムで幸せを捉えてい る点で大きな矛盾を抱えている。

幸せを第一に掲げると言うと,生産 性向上と矛盾するように思われるかも しれない。しかし,先に紹介した幸せ の四つの因子を満たした職場は,いき いきと社員が働き,チーム力も高い非

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社会イノベーションをめぐる考察

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常にイノベーティブな環境だと言える。

また,日立製作所フェローの矢野和男 氏のハピネス研究から,幸福度の高い チームはそうでないチームに比べて生 産性が 1.3 倍程度高いことが報告さ れている。つまり社員の幸福度を上げ ることができれば,自ずと企業の生産 性も高まり,結果として経済成長も可 能になるのだ。

ところが現状の順序は逆である。今 は過渡期にあることもあり,業務の効 率化や労働時間の短縮に関する議論 が先行している。先述の通り,行き過 ぎた合理化と効率化によって企業は 疲弊している。その中で一層の効率化 や時短を強いれば,働き手の自主性 を阻み,コミュニケーション不足を加 速させ,ストレスをさらに高めて皆の幸 福度を下げてしまう。そのような中で創 造性やアイデアまでが求められるので は生産性は上がるどころか,低下の一 途を辿ってしまうだろう。

縮小型の社会でめざすべきは,非 地位財型の幸せであった。「お金のた めに働く」から「幸せのために働く」へ。

「苦行としての仕事」から「楽しい仕 事」へ。働き手の幸せを第一とした,

一億総活躍社会の実現が期待され る。人類史的に大きなパラダイムの変 換期だからこそ働き方にもパラダイム シフトが必要なのだ。

自国中心主義を乗り越え,

全体調和型社会へ

幸福は,古くはアリストテレスの時代 から続く人間の関心事である。だが,

今これだけ脚光を浴びているのは,そ

れだけ多くの人が不幸を感じていると いうことではないだろうか。これは拡 大型社会から縮小型社会への転換期 であることに加え,貧富の格差が拡大 し,社会そのものの歪みが深刻化して いることに起因するものと考えられる。

日本はこうした社会の歪みを解消す るような大きな平等化を2 度,経験し ている。それは明治維新と第二次世界 大戦だ。江戸後期,貨幣経済の浸透 によって高まっていた歪みが「革命」に よって解消され,その後,軍国主義や 財閥による寡占などで再び高まった歪 みが「敗戦」によって解消された。

日本の近現代史は周期的に変革期 を迎えるという説がある。明治維新か ら敗戦までが 77 年。等間隔で考える と,敗戦から77 年後は2022 年であ る。それを数年後に控えた今,再び貧 富の格差が拡大し,社会の歪みも顕 在化している。これは日本に限らずア メリカをはじめ世界中で起きている現 象だ。その中で台頭しているのが自国 中心主義である。各国が自国の利益 を主張し合い,緊張が高まる現在の国 際情勢は,まるで戦前のようだ,この ままでは世界大戦さえ起こりかねない と警告する人もいる。

この格差拡大の根底には数百年続 く資本主義という経済システムがある。

アダム・スミスは,「神の見えざる手」

によって,一定の公平な条件の下で個 人が自由競争をすれば社会の調和が 保たれ,格差は拡大しないと考えた が,現実にはその仮説通りにはなら ず,資本主義は格差拡大のシステムと なった。

そして資本主義から生まれた現在 の社会モデルを,私は20 世紀型「勝 ち残りゲーム式社会」と呼んでいる。

個々人が生き残りをかけて競い合い,

互いを蹴落とすような弱肉強食の社 会だ。常に敗者が退場させられるた め,貧富の格差は際限なく拡大してい く。先述の自国中心主義もその延長に あるものだ。この社会がめざすのは,

金銭・モノ・地位などの地位財で,こ れらを手に入れることが幸せであり,

勝者とされてきた。しかし既に見てきた ように,どれだけ苦労してそれらを手に 入れても,幸福学の立場からすれば,

それは決して真の意味での幸せでは ないのだ。

勝ち残りゲーム型社会と自国中心 主義は,宗教・民族・イデオロギー 対立を際立たせ,格差を拡大させ続 けるばかりか,環境破壊や食糧問題,

不測のパンデミック(広範囲に及ぶ流 行病)など,人類全体や地球の持続 可能性に関わる危機をもたらしてい る。それにもかかわらず,このモデル は自分の利益を駆動力とするため,全 体を見据えて長期的な方策を立てる ことが難しい。一刻の猶予もない問題 群を前にしても,これらを解決する力 を持ちえないのである。

人類が滅びないためには,そして地 球の持続的発展のためには,皆が皆 を愛し,全人類で調和的に生きるしか 道はないはずで,今こそ抜本的に社会 モデルを熟考しなければならないと 思う。

そこで私が新たに提唱しているの が,21 世紀型の「全体調和型の共生

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社会」,つまり皆が皆を互いに思いや り,一人ひとりの個性と創造性を生か しながら全体として調和する社会であ る。人は協力的で,利他的で,相互 依存的だが,その関係はフラットであ り,多様な人が有機的にネットワークを 構築し,自律分散的に生きる。一見混 沌としながらも全体の調和が保たれ,

まるで多様性に満ちた豊かな森に似 たイメージだ。

全体調和型モデルは時間的にも空 間的にも世界を広く見ている。目先の ことよりも世界全体の持続可能性を第 一に考えるので,将来的な地球規模 の問題を解決することにも適している。

「理想より現実を見よ」と言う人もい る。しかし,それは既に近代西洋風の 二項対立的な思考に囚われた態度で はないだろうか。今,必要なのは,対 立ではなく調和である。理想を持たず に現実を見るだけでは,自分たちの利 益に囚われた競争社会のままだ。理想 を持ちながら,現実も見る。そうして 一歩一歩,人類の知恵を出し合って幸 せな社会へと歩んでいこうではないか。

幸せの四つの因子を思い出してほ しい。これらが実現された社会像を平 易に言い表すなら,「多様な皆が,そ れぞれの強みを生かしながらワクワク 活き活きしていて,そんな皆が信頼し 合い,前向きに,自分らしく生きてい る社会」だ。これは21 世紀型の「全 体調和型の共生社会」に重なるもの だ。一人ひとりが幸せを実践すること も,国を越え世界全体で共に幸せをめ ざすことも,実は一つの道につながっ ているのである。

若者たちに見る,

明るい未来の兆候

若い人は,このような時代の潮流を 本能で感じ取っている。現に私の周り には,大企業からベンチャー企業へ移 る人,会社を辞めて地方でやりたいこ とをする人,本気で社会貢献を考えて いる人,就職活動をせずに自分で起 業する学生など,拡大型社会の幸せよ り新しいタイプの幸せを求めて行動す る若者が多く存在する。最近の若者は 覇気がないとか,意思決定できないと かいう声も聞く。そうではない者が,実 は大勢いる。彼らは,旧来のパラダイ ムの中で覇権争いすることや,意思決 定することに興味がないのである。そ して彼ら彼女らはピュアで利他的で,

とても幸せそうだ。そんな中から自然と 互いに助け合うコミュニティも生まれて きている。私の感覚では既にそうした 人たちが社会の1 割まで増えており,

これからまだまだ増えていくだろう。

近年,話題になったフレデリック・ラ ルー氏の『ティール組織』も,社会の 自然な流れであり,全体調和型の共 生社会にも通ずる考えである。この著 書がベストセラーになる前から,若い 経営者の中にはそれとは知らず自然 と実践していた人もいる。拡大型社会 では,徹底的に合理化を行うため,企 業の多くは管理的なピラミッド組織で あったが,対する新しい形の組織で は,部活や学級会のようにフラットな 関係で各人が好きなように自律的分 散的に働く。そうして,多様性と流動 性の高い活気ある組織の企業が,新

しい市場で飛躍的に伸びている。

多くの制約に縛られる大企業の中 にも,社会イノベーション事業を掲げ る日立のように,できることから新しい 試みを積み重ね,可能性をつなげてき た企業もある。今,そこに多様な若い 力を「新結合」することによって新たな 流れが生まれつつある。

こうした中で日本はどうなっていくの か。不確実性が高まるAI 時代におい て,日本はこのまま低迷し続けるので はないかという悲観論も出ている。し かし,私の意見は楽観的である。

日本には高い技術力と勤勉さ,どん な新しいものでも受け入れることので きる「無常・無我・無私」の精神があ る。変化が激しく,早い決断が必要な 変動期では苦戦を強いられるものの,

日本人にはさまざまな文化を吸収し,

独自の落としどころを見つけてソフトラ ンディング(軟着陸)する能力があり,

次の成熟期にこそ真のチャンスがあ る。独自にこつこつと自分の仕事を続 けていけば,それがその先につながり,

再び何かの局面で開花するだろう。皆 の半周遅れで走っていたつもりが,皆 より半周前を走っていたということもし ばしば起きる話だ。現に日本という国 は1500 年以上も滅ぶことなく持続し ている。世界中が AIや IoTの覇権争 いをしている今だからこそ,日本企業 は目先の短期的成果に一喜一憂する ことなく,常にその半歩先を見据えな がら,心の豊かさや人間の幸せに資す る未来産業の創成をめざしていくべき だと考える。

参照

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