学 位 論 文 題 名
博 士 ( 水 産 学 ) 澤 辺 智 雄
海洋細菌Alterornonas sp .の産生するアルギン酸分解酵素の 特性とその応用に関する研究
学位論文内容の要旨
ア ル ギ ン 酸 は 褐 藻類 の細 胞問 粘質 多糖 成分 の ーっ とし て、 ある いは 粘調 性集 落を 形 成 す る あ る 種 の 細菌 の菌 体外 多糖 とし て見 い ださ れて いる 直鎖 の多 糖で ある 。ア ル ギ ン酸 分子 は[3‑D‑マン ニュロン酸(M)とa‑L‑グル ロン醵(G)が複雑に配列し た糖 鎖 で あ り 、 分 子 中 に はpolyM領 域 、polyG領 域 お よ びMGmdom領 域 が 存 在 す る 。 こ の ア ル ギ ン 酸 を 分 解・ 利用 でき る食 藻動 物、 海 洋性 真菌 類あ るい は種 々の 陸性 およ び 海 洋 性 細 菌 な ど は、 それ ぞれ 固有 のア ルギ ン 酸分 解酵 素を 分泌 ・産 生す るこ とが 確 認 さ れ て い る 。 しか しな がら 、ア ルギ ン酸 構 成糖 の配 列が 複雑 であ り、 合成 基質 も 利 用 で き な い こ とか ら、 未だ 個々 のア ルギ ン 酸分 解酵 素の 作用 様式 は充 分解 明さ れ て い な い 。 そ れ にも かか わら ず、 これ ら来 源 の異 なる アル ギン 酸分 解酵 素を 対象 と し て 、 ア ル ギ ン 酸分 子の 構造 と生 合成 系の 解 明、 褐藻 類の プロ トプ ラス ト化 への 利 用 、 生 物 活 性 ア ルギ ン酸 オリ ゴ糖 の探 索、 褐 藻類 藻体 の高 度利 用、 肺嚢 胞繊 維症 治 療 へ の 利 用 な ど 、 農 学 ・ 医 学 分 野 で の 応 用 研 究 が 進 行 中 で あ る 。 そこで、本研究では穴あき症状を呈する利尻コンブ(工ロmf門ロヵロ丿叩Dぬfcロvar. D曲D細 瑚 め 藻 体 か ら 分 離 さ れ た ア ル ギ ン 酸 分 解性 海洋 細菌 イぬ ′DmD…sp.H4株の 産 生 す る ア ル ギ ン 酸分 解酵 素の 酵素 化学 的な 性 状を 明ら かに する とと もに 、褐 藻類 の プ ロ ト プ ラ ス ト 系確 立の ため の細 胞壁 分解 酵 素と して の利 用の 可能 性に つい て検 討 を行った。
t
まず、第一章では、イぬ′。mD″甜sp.H.4株の分類学 的位置および同株の産生する
ア ル ギ ン 酸 分 解 酵 素 の 産 生 条 件 の 検 討 、 精 製 、 そ し て 酵 素 化 学 的 諸 性 状 の 解 明 を 行 っ た 。 初 めにAlteromonas sp. H‑4株 の分 類学 的位 置 の検 討を 行っ た。 対照 菌株 と ー し て 供 試 し た イ ´fe′DmD門 口J属14菌種 との 一般 性 状の 比較 では 、H‐4株 はイ . 翻 玳 瑪 ワP舳mmNCMB302Tに 最 も 類 似 し て い た が 、A田 粥 〆P門D地 ′ ロと はDNハI)NA 相 同性 が45.8% と低 く、wholecdlprotein(WCP)電気泳 動パターンも異なり、同種と は 同 定 で き な か っ た 。 ま た 、 他 の 対 照 菌株 とも 一般 性 状、DNAII二 冫NA相同 性、WCP 電 気泳 動パ ター ン がい ずれ も異 り、H一4株がイぬ′弸D′ 娜属の新種であることが示唆 された。
次 にH4株 の ア ル ギ ン 酸 分 解 酵 素 の 産 生 条 件 を 検 討 し た 。 同 菌 株 が 菌 体 外 に 産 生 す る ア ル ギ ン酸 分解 酵素 は 構成 型酵 素で あり 、ア ルギ ン酸 ナト リウ ム(Alg‐Na) , polyG,polyMお よ びMGrandomい ず れ の 基 質 に も 分 解 性 を 示 し 、 培 地 中 の 海 水 濃 度 が75% , カ シ ト ン 濃 度 が0.5% の 時 に酵 素活 性が 最 も高 くな った 。一 方、H‐4株 の 菌 体 内 か ら は 、polyMとMGr孤domに 対 し て の み 分 解 活 性 を 有 す る 酵 素 の 存 在 が 認 め ら れ 、H‐4株 は 菌 体 内 外 に 基 質 特 異性 が異 なる ア ルギ ン酸 分解 酵素 を産 生し て いること が明らかとなった。
そ こ で 、 上 記 の 至 適 培 養 条 件 下 で 培 養し たH一4株 の 培養 上清 から 菌体 外酵 素の 精 製 を 行 い 、 そ の 特 性 を 明 ら か に し た 。 精製 した 菌体 外 アル ギン 酸分 解酵 素は 各種 の 電 気泳 動(NatiVe・PAGE,SDS.PAGE,IEF)により単一で あることが確認され、このタ ン パ ク 質 バ ン ド に ア ル ギ ン 酸 分 解 活 性 が 認 め ら れ た 。 本 酵 素 の 分 子量 は32kDa、 等 電 点 (pI冫 は4.7と 推定 さ れ、 反応 至適pHは7.5、反 応至 適温 度は30°Cであ り、pH 5以 下お よび40°C以上 の温 度で は不 安定 であ った 。本 酵素 は海 水と 同程度のMgClユ 一
NaCl,CaClユで 強 く賦 活化 され 、MgClユ ある いは 海水 の添 加に より 熱安定性が上昇し た こと から 、海 水 存在 下で も強 い活 性を 有す る酵 素で ある こと が示 された。さらに、
本 酵 素 の 反 応 は 、235mの 吸 光 値 の 増 加 に 伴 い 、 還 元 糖 量 も 増 加 し 、 糖 鎖 の 切 断 と I
と も に そ の 非 還 元 末 端 に2重 結 合 を 導 入 する アル ギン 酸リ アー ゼ(alginatelyase) EC[4.2.2.3.]であると考えられた。また、酵素反応開始直後に基質溶液の粘度が急激
―232‑
に低下したことからendo‑型の分解様式が推定された。
次いで、H‑4株菌体外アルギン酸リアーゼの基質特異性および作用様式を検討し た。本酵素はAlg‑Na,polyM,polyGおよびMG randomいずれの基質に対しても分解 性を示した。またIEF後の活性染色において、polyMとpolyGいずれに対する分解活 性も酵素タンパクと同一位置に認められた。さらに、Alg‑Na,polyM, polyGおよび MG randomの本酵素分解物は、いずれも重合度(DP)が7〜8,5〜6および3〜4と推定 される3種の不飽和オリゴウロン酸が検出され、これら分解産物の総量は分解に用 いた基質量と同等であった。以上の結果から、H‑4株菌体外アルギン酸リアーゼは polyMとpolyGに分解性を示す単一の酵素タンパク質であることが示唆され、現在ま でに報告されていない新規な分解様式を示すアルギン酸リア―ゼであると考えられ た。 なお 、酵 素反 応動 力学 的な 解析 により、本酵素のKm値はpolyG (66yg/ml)と polyM(165 yg/ml)では20倍程度の開きが認められ、homopolymeric領域への基質親和 性が異なることが示唆された。
第二章では、褐藻類細胞間粘質多糖であるアルギン酸の構成領域であるpolyMと polyGを強く分解できるH‐4株の菌体外アルギン酸リアーゼを用いて、コンブ細胞の プロトプラスト化を試みた。H4株菌体外アルギン酸リアーゼをマコンブ細胞に作用 させ、プロトプラストの作出に及ばす高張液および酵素液組成の影響を調べた。30 U/rn1のH‐4株精製アルギン酸リアーゼに1.5%セルラーゼを添加した酵素液を用 い、O.5Mマン ニト ール ‐5mMHEPES‐25mMMgClエ‐50%NSWを 含む 高張液中で、
15°C,3〜5時間の酵素処理を行った場合に最も効率良くプロトプラストが得られた。
この時、藻体lg当たり、8.0x106cellsのプロトプラストが得られ、これらの生存率は 97.7%と高かった。
次に、得られたマコンブプロトプラストの培養を試みた。培地の交換頻度を高め たバッチ培養法と連続培養法において、プロトプラストは培養ト2日目から細胞壁 が再生し、培養15日以降には活発に細胞分裂をくり返して細胞塊に至った。培養30 日で葉体様形態に至ったが、バッチ培養では細菌・原生動物の増殖などにより、こ
れ以上の期間にわたる培養は継続できなかった。しかし、連続培養では再生した葉 体 様組織をフラスコに移し培養を継続することができ、培養3ケ月で芽胞体様形態 に 生長した 。さらに 、培養4ケ月後には藻体長が3cm程度に達した個体が認められ た。
以上、本研究で供試した海洋細菌Alteromonas sp. H‑4株が新種であることが明ら かになり、かつ、本菌株が菌体外に産生するアルギン酸分解酵素が新規な分解様式 を示し、海水に適応、した性質を持つアルギン酸リアーゼであることを明らかにでき た。その上、本酵素を利用することにより、マコンブ細胞から生物活性の高いプロ ト プ ラ ストを効率 良く作出 し、芽胞 体様形態 まで再生 させるこ とに成功し た。
今後はAlteromonas sp.H一4株の菌体内に見いだされたアルギン酸分解酵素の性状 お よび作用機序を明らかにし、H‑4株におけるアルギン酸分解代謝並びにその制御 機構についても研究を進める必要性があると考えている。さらに、全ての生長段階 の藻体から短時間にプロトプラストの作出が可能な条件を確立するとともに、無菌 のプロトプラストを作出し、マコンブの無菌実験系を確立して、これをマコンブ細 胞と微生物との相互作用を含めた、発育および分化促進因子の探索ヘ利用したいと 考えている。
‑234一
学位 論文審査の要旨
学 位 論 文 題 名
海洋細菌Alterornortas sp .の産生するアルギン酸分解酵素の 特性と その応用に関する研究
本論文 はりシリ コンブ(Laminaria japonica var. ochotensis)穴あき症藻体から分離 され た 海 洋細 菌Alteromonas sp.の 産生す るアル ギン酸分 解酵素 を単離・ 精製し、 そ の酵 素 化 学的 特 性 を解 明 す る と共 に本 酵素のマ コンブ(L. japonica)プ ロトプラ スト 作 出 へ の 応 用 を 試 み た も の で あ る 。 特 に評 価 さ れる 成 果 は以 下 の とお り で ある 。 1. 供 試 し たイlteromonas sp. H‑4株 の形 態 、 生化 学 的 性状 を 詳 細に 調 べ る と共 に DNA一DNA相 同 性 お よ び 全 菌 体 タ ン パ ク 電 気泳 動 パ タ― ン の 解析 結 果 から 、 本 菌株 が新種の 海洋細 菌である ことを 明らかに した。
2.H‐4株 の ア ルギ ン 酸 分 解酵 素 の産 生条件を 検討し 、カシト ンO.5% 、アルギ ン酸 ナトリウ ム(Ng・Na)O.1% および海 水濃度75%の培地 で25°C,96時間培養すること に よ り 高 い 分 解 活 性 が 得 ら れ た 。 ま た 、H4株 は菌 体 内 と菌 体 外 にそ れ ぞ れ基 質 特 異性 の 異 なる ア ル ギン 酸 分 解 酵素 を 有 して い る こと を 明 らか にした 。すな わち、菌 体外 酵 素 はNgINa、 ポ リ マン ニ ュ ロン 酸 ブ ロッ クOolyM)、 ポ リグル ロン酸ブ ロック OoりG)、MGラン ダ ム ブ ロッ ク (MGrandom)い ずれの基 質にも分 解性を 示し、一 方、
菌 体 内 酵 素 は 心gINaを 全 く 分 解 せ ず 、p0りGを ほ と ん ど 分 解 し な い がpolyMとMG r孤domに対 しては強 い分解 活性を示 した。
3. 上 記 の 至 適 培 養 条 件 下 で 培 養 し たH4株 培 養 上 清 か ら 限 外 濾 過濃 縮 、 ゲル 濾 過 およ び イ オン 交 換 クロ マ ト グ ラフ イ ー によ り 菌 体外 ア ル ギン 酸分解 酵素の 精製に成 功した。
4. 本 酵 素 は 分 子 量32kDa丶 等 電 点4.7で、 反 応 至適pHが7.5、反 応 至 適温 度 が30
℃ で あ り 、pH5以 下 お よ び40゜C以 上 の 温 度で 不 安 定で あ っ た。 ま た 本酵 素 は 海水 とほば同 濃度のMg2十、Ca2+、Na十、K゛で強く賦活化され、MgCl:あるいは海水添加に より 熱 安 定性 が 上 昇し た こ と から 、 海 水に 適 応 した 性 質 を有 するこ とを明 らかにし た。
雄 一
晴 研
濃 島
信 田
授 授
教
教 助
査 査
副 副
男 敏
守
良 弘
面 本
水
絵 山
吉
授 授
授
教
教 教
助
査 査
査
主 副
剛
5.本 酵素はアル ギン酸を 構成するpolyM、polyGおよびMGrandomの各ブロックの いず れをも基質 として分 解し、基 質分解に 伴い235mnの吸光値と還元糖量の増加 および粘度の急激な低下を示した。以上の性質から本酵素が新規のendo‐型アルギ ン酸リア―ゼであることを明らかにした。
6.本アルギン酸リアーゼの基質分解特性を検討し、心gINa、polyM、p0りGおよび MGrandomいずれの基質の分解物も重合度pP)が7〜8、゛5畄、3〜4と推定される3種 の不飽和オリゴ糖からなり、これらの分解物の総量が使用した基質量と同等である こ とを 確 認 した 。 ま た、 本 酵素のKm値はp0レGくMGrandomく心g.NaくpolyMの 順であった。以上の結果は本酵素が新規な分解様式を示すアルギン酸リアーゼであ ることを裏付けている。
7.本精製アルギン酸リアーゼを用いてマコンブ細胞のプロトプラスト化を試みた。
その結果、本酵素30U/rnlと1.5%セルラーゼを添加した高張液(O,5Mマンニト―
ル.5mMHEPES‐25mMMgC12‐50%天然海水)中で15°C、3〜5時間の酵素処理によ り、 生存性の高 いマコンブプロトプラストを効率良く作出することに成功した。
8.作出したマコンブプロトプラストの培養には連続培養法を考案し、プロトプラ ストの再生実験を行なった。その結果、プロトプラストは培養1〜2日問で細胞壁を 再生 し、15日以降 には活発に細胞分裂をくり返し、培養30日で葉体様形態を示す に至 った。さら に、培養3ケ月で芽 胞体に生 長し、培養4ケ月後には藻体長約3cm に達する個体が観察された。以上のようにマコンブプロトプラストの再生に成功し た。
以上、本論文では、まず、供試した剛細.。″,D′鰡sp,H4株が新種であることを明 らかにした。次に本菌株が菌体外に産生するアルギン酸分解酵素の精製を行い、そ の性状と作用機序を検討し、本酵素が新規な分解様式を示し、海水に適応したアル ギン酸リアーゼであることを明らかにした。さらに、本酵素を利用して、マコンブ 細胞から効率良くかつ生存性の高いプロトプラストを作出し、芽胞体様形態にまで 再生させることに成功した。
以上の成果は海洋細菌の産生する有用酵素の特性を解明すると共に本酵素が褐藻 類の形態形成機序の解明、藻体の有効利用並びに褐藻の育種に応用可能であり、水 産学に貢献するところ大であることから、審査員一同は本論文が博士(水産学)の 学位論文として充分な内容を有するものと判定した。
236 ‑