東京女医大誌 第25巻 第11号、 ( 頁524−528昭和30年1!月ノ
〔臨床実験〕
腰椎麻越後の急死例について。
東京都監察医務院 (院長 須賀井正謙) 東京女子医科大学法医学教室 (主任 吉成京子教授)講 師 平 瀬 丈 子
ヒラ セ フミ コ東京女子医科大学法医学教室
緒 言酒
サカ 平 ヒラ 井 節 イ セツ 形 京 カタ キ司ウ(受f寸 昭禾030年8月9日)
手術の際に腰椎麻酔(以下腰麻と略す)用の麻 酔薬ペルカミンーL(低比重)及びペルカミンーS (高比重)を用いて雌蝶注射を施行後に急死した 4剖韓例について検索を行つ単果及び家兎の腰 麻による降圧実験を行った結果に予て報告する。 症 例 1,臨床所見(第1表) 第1例。 20才 ♀ 本例は腹痛発作を訴え,虫垂炎の診断を受け腰 庶のもとに手術中死亡した。既往症として幼時か ら喘息があった。 第2例。 27才 ♀ 第 1 表 二 子 コ 子 コ 本宮は狭骨盤iと診断され,帝王切開を施行しよう として,パントカイン1.Occ及び1,000倍アドレ ナリン0.8ccの皮下注射を施行し,次v・で腰麻を 行ったところ直ちに胸内苦悶を訴え,指爪床のチ アノーゼをきたし間もなく死亡した。 ・第3例。 66才 ♀ 本工は子宮癌手術の為腰麻注射後5分で呼吸浅 く,閤もなく死亡した。伺謡曲前にオピスコエ.Occ を3回分割注射した。 第4例。L14才 ♀ 吉例は腹痛,嘔吐を訴え,腰聯で手術を施行, 初期腹膜炎を伴う虫垂炎:で捌出した。手術時聞は 15分で,手術七五から呼吸頻数となった。既往症 として5才の時疫痢に患った。 床 所 見 番 号 1 2 3 4 年 性 令(才) 別 20 9 症 状 手 術 .畢町後死9迄q時間〔タ》) 一置果一塵.の■種.類 一一塵一遍の量(cc)、選_街症∫
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虫 垂 :炎.1 . 皿.. 15一,ツ…tL
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呼吸困難
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ベルカミン S 1.8 疫 痢 一 524 一2,解剖学的所見(第2表) (1)外景検査 第1例。20才,♀(死後経過時間22時間)体格小,栄 養貧,全身の皮膚の色は蒼白,背部には暗紫赤色の屍 斑軽度,死体硬直は全関節に強い。眼瞼結膜は蒼白, 角膜は融々透明瞳孔は散大,右下腹部には小さい手術 痕があり縫合してある。腰椎上部には注射痕がある。 第2例。27才,♀〔死後経過時間24時間30分)体格中, 栄養良好,腹部は膨隆し=(:いる。背部に1ま赤褐紫色の 屍斑著明である。屍斑中に米粒大乃至大豆大の皮下出 血斑が散在している。死体硬直は全関節K強い。顔面 は腫脹して淡鉛青色を呈している。限球結膜は淡青色 を呈し,血管充盈著明.浴血点はない。角膜は透明で 中等度に散大した瞳孔が透見出来る。口唇はヲーアノー ゼが著明,腰椎部に注射痕がある。 第3例。66オ,♀(死後経過時間18時聞)体格小,栄 養貧,全身の皮膚の色は蒼白,屍斑は軽度に発現して いる。眼瞼及び眼球結膜は蒼白,盗」血点はない。腰椎 部には注射痕がある。 第4例。14才,♀(死後経過時間24時間) 体格中,栄養中,死体硬直は全関節に弱い。屍斑は紫 色で軽度である。眼瞼及び眼球結膜は蒼白,角膜は透 明,瞳孔散大,口唇乾燥,虫偏チアノ・一・E,前腹壁に 虫垂切除手術創1条がある。前胸部に注射痕3個,腰 椎部に注射痕1個がある。 (2) 内臓検査 第1例。 1,血液暗赤色流動性 2,脳。軟脳膜の充血がない, 脈絡叢の血管充盈中等 3,心臓。滴状心,心外膜下 渥血点,心臓血約80cc 4,肺。肺肋膜下紐血点,う つ血,5,脾。うつ血,脾質のリンパ確胞多い。6, 腎。うつ血,腎癌粘膜下盗血点。7,胃。胃粘膜下濫血 点多数。8,腸。腸間膜リンパ腺発育可良。9,虫垂。 長さ鴇cm,血管充盈軽度,癒着し,淡黄赤褐色の陳 久潰瘍搬痕がある。10,.肝。うつ血,脂肪変性。11,内 分泌腺。胸腺は実質性,腎上体血量中等,皮質のリポ イド中等である。甲状腺血丹心,コ・イド貧である。 第2例。 1,血液暗赤色流動性,軟凝性,豚脂様凝血。2,脳。 軟脳膜軽度充血,脈絡叢は淡紅色。3,心臓。心筋渥 濁,心臓血は約30cc。4,肺。肺肋膜下魚血点,うつ 血,水腫,5,震うつ血,脾材濾胞中等。6,腎。画 意腫脹,うつ臨,脂肪変性,腎孟粘膜下温血点。7, 胃。粘膜充血。8,腸。粘膜のリンパ濾胞発育中等。 9,肝。肉董藏肝,肝脂肪変性。10,子宮及び卵巣,・ 妊娠子宮(約9ケ月)重さ4.0 kg胎児身長45.O cm, 休重2,580g,女児,全身淡紫藍色で胎垢を附着す。 子宮外口は開大していない。卵巣は左右共栂指頭面大 である。11,内分泌腺。胸腺は実質性である。 第3例。 1.血液暗赤色流動性。2,脳。軟脳膜は軽度の浮 腫,脳底動脈硬化。3,心臓。心外膜下に禺血及び温 血点,冠状動脈石灰化及び脂肪斑を認め,蛇行著明で ある。4,肺。肺肋膜下民血点,うつ血,水腫,両肺 尖部線維性癒着,両肺尖部の乾酪竃乃至空洞。5, 脾。濾胞多数,うつ血。6,胃。粘膜充血。7,腸。 粘膜リンパ腺発育中,腸間膜リンパ腺発育可畏。8, 肝。うつ血,腫脹,脂肪化。9,内分泌腺。胸腺の被 膜下血.管充盈,実質1部残存している。 第2表 各臓器の盗血点
瞬囎膜堅適膜下網膜下野膜雫
1 + 1 +t+ 十 2 十」;’ 3 柵 4.L pt. i 一一i.. ”.L r ... 1. ’.. i I 3, 病理組織学白勺所見 i第1例。 …
1 1,脳。うつ血軽度。2,心臓。心筋軽斐浮腫.I I 3,肺。うつth。4,肝。うつ.血,脂肪変性著1 明。5,腎。うつO」1。6,脾。うつ顧め 第2例。 1,脳。うつ血軽度。2,心臓。心筋脂肪変 性,心筋断裂,乳糸筋尖端線維化。3,肺。うつ 一血。4,肝。中心性脂肪変性著明,星細胞脂肪変 性,うつ血,水腫。5,腎。綜球体間質部に脂肪 沈着著明,薪奮青龍うつ.血二,三ド音1算困濁。 6,月震。 う つ」血。 第3例。 1,脳。うつ.血軽度。2,心臓。心筋うつ.血, 腱斑形成,心筋ESt HK形成。3,肺。うつfilil.,水 腫。4,肝。うつ血,脂肪変性著明。 第4例。 1,脳。浮腫軽度02,心臓。心筋断裂。3, 肺。うつ.血。4,肝。中心性脂肪変性,萎縮。 5,腎。うつ一血。6,脾。濾胞増殖。 4,異常体質(胸腺リンパ体質)について。 (1),各臓器の重量比較(第3表) 内臓諸臓器の重量についてσ)相見等の平均値 (急死)と年令別,男女別で比較した。脳の重さ は3例共対照より大である。心臓の重さは4例対 一 5.95 一照より大,肝の重さは1例対照より小とな、り,3・ 例大となっている。腎の重さはユ例は対照より小 となJl,他の2例は大となっている。脾の重さは 3例対照より小となり1例大となっている。胸腺 は1例は対照の約2倍に肥大している3例は小で ある。腎上体は2例対照より大となP,2例小と なっている。甲状腺は3.例小となり,ユ例大とな ってV、る。 第 3 表 各臓器重量と日本入平均値との比較 1 2 3 月ガ.
V例「
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心i本四「 170
1318.30 士 12.54 1279.40 ± 38.86 290 280 1190 230 (g) 肝 (g) 腎 (g) 」対照本例
235.00 :と 5.21 245.00 ± 4.70 3e9.40 ± 12.13 900 1570 1070 rm.t.e・4J n.一一 20.C6 1250対照「。13翫
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16.25 士 2ユ3 11.35 (2)大動脈幅の比較(第4表) 大動脈の巾につv・て(2)権田の対照例(災害死)と 年令別,男女別で比較した。大動脈起始部に於て は2例対照より小で2例大となっている。腹部は 1例大で3例小である。総腸骨動脈分岐部に於て は3例対照より小となり,1例大となっている。 (3)各リンパ装置の発育程度(第5表) 胸腺に於ては二普通15才位より徐々に脂肪化する と云われ,ているので第4例は14才であるので実質 性を正常と認めた。他の2例は成人で実質性2 例,1部実質性が1例である。扁桃腺は2例肥大 している。2例は正常である。脾のリンパ濾胞の 発育は3例がG十D,エ例が(什)である。舌根部リ ンパ装置の発育は2例(十卦),2例(十十)である。 第4表 大動脈の幅(m.m.)(括弧内は例数)糞起始部二
上一…
部 総腸骨磁「岐部
分 23.00 21.00 1…対瞬
54.00 土 3.812 L2.,一) ,35.00 土 3.812 (2) :本 …一例 2…対 {照 「木 1例 60.00 30.00 27.50 士 3.177 (2) 28.00 54.71 1 35.50 土 2.269 ± 1.262 (14) 1 (14) 67.eO 1 45.00 28.29 =ヒ 1.526 (14) 33.0031
対
照、 57tl(.o−t ww’ 土 6.751 (4) 39.00 士 33。51 (4) 1「秀「・… 一:.116t(b” =ヒ3.351 (4) 21.00 21.00 4 対 照 54.00 士 3.812 .“gt .)L 一.T. r. 35.00 土 3.812 (2) 27.50 土 3.177 (.2)腸粘膜のリンパ濾胞け1例(帯),2例(十十), 1例(十)である。
第5表 各リンノぐ装置。)発育程度
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二三遷灘1茎鵬⊥二並ヒ圭二亡∴一
5,家兎の腰痂による降圧実験(第6表) (1)実験材料及び実験方法 象兎を腰椎部分に窓をあけた固定台に仰臥位に固定 し,観血的手術のもとに右側頸動脈を露出し.20%チ i・ラr’一’トを満した水銀マノメ劇画に連絡のある血管力 門ニューレを挿入した。次いで静かに固定台ごと側方に 倒し,その血圧の変化をキモグラフイオン装置を用い て煤紙上に描画させた。煤紙上の血圧曲線の安定せる 時外一台の窓から%注射針をもつて第1腰椎と第2腰 椎の間腔を穿刺し.脳脊髄液の滴下を確認した後ツベ ルクiJン用注射器で,ペルカミンーLを徐々に注入し た。 (2),実験成績 家兎6頭を用い降圧実験を試みた成績は次の様 である。腰麻液ペルカミンーLをpro.・kg O.25∼ 0.7 ccを注入し,その結果血圧が下降し,直前の %に至る時間は27∼39秒である。尚注入から死亡 迄の時下は66∼348秒である。 第6表 家兎腰麻による降圧成績1動番…注入液1直前の% 注入より
1 .血圧に下る時聞死面の時間 1三号1(pro・kg・CC) (秒) (秒) じ ニ ロ}・二墜⊥一躍」一」1㌧
・2p e・・1・・ 348
こ1・ α5 ・8 1 ・4・
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1 i3 O.5 へ 1 0、7 1 _ 27 291 27 66 総括及び考按 腰聯による血圧下降の機序につV・ては諸説があ るが,1般に認められているものは,脊髄前根中 を通過する血管運動神経の麻痺説である。即ち注 入された麻酔薬が,知覚,交感,運動の神経を痂 痺し,その支配領域の1血管殊に内臓,下肢等の末 梢血管が弛緩拡大する為,二丁域の血流が緩徐と なり,その結果循環血液量の減少となり,心臓衰 弱から血圧下降に至るのである。伺血圧下降は瓶 痺薬の種類と量,庶酔部位の高低,個体差及び全 身状態の如何によってその程度を異にする。Jack− son(3)等は腰獅死は10,000人に対して7例と云b。 Gillepsie(3)の庶鳥餌10,000人に対しユ2例に比較 し低率であると云ってv・る。Cole(3)は7,000例中 腰麻死を1例も出していないと云ってV・る。腰麻 用ペルミカミンは藤田等(4)によると,痂酔実施中 に血圧下降呼吸困難がみられ,術後に頭痛,腰痛 等の副作用をおこしたりすることがある。叉副作 用は士庶法の本質乏いかなる薬剤の揚合において も避けがたいものであるが,患者の適応,広い意 味における麻酔手技及び諸般の対策などに誤りが なければ,最小限度にとどめ詮術を安全に行うこ とが出来る。殊に腰庶死の如き最悪の結果は避け られるものであると報告してv・る。友永(5)等は剖 検例を報告してV・るが,特に胸腺肥大及び腹部大 動脈の狭小を認め,リンパ装置の肥大増殖は認め られなかったと云っているQ宇山の等は二丁に依 るシヨツクは,麻酔に因る急激な一血液偏在が獅酔 領域の一血管拡張により起り脳圧に変化を来して惹 起されると云っている。 私達は昭和23∼30年に至る8年間に,東京都監 察医務院で剖検された4例の腰回死につき臨床所 見,解剖学的所見,組織学的所見及び動物実験の 結果を総括すると,臨床所見に隔ては,腰高後死 亡迄の時間は10∼20分で,腰麻液は全例ペルカミ ンを使用している。腰筋量は1.5∼1.9ccを使用し ている。既往症としては第1例が喘息,第4例は 5才の時疫痢にかかったことがある。手術は2例 虫垂炎,1例は子宮癌,1例は帝王切開であっk。 一 527 一腰獅後の症状としては胸内苦悶,呼吸困難となっ ている。 解剖学的所見としては,3例共血液は暗赤色流 動性であるが,第2例は暗赤色流動性軟凝性,及 び豚脂様凝血であった(本例は妊娠9ヵ月)。其 他肺肋膜下,心外膜下,腎孟粘膜下盗血点が散在 し,所謂急性死の所見を示している。叉ショック 死の場合に屡々見られる実質臓器のうつ血が全例 に見られた。2例に於て心筋脂肪化,心筋腓胆1等 がみられた。 組織学的所見としては,1例に於て心筋の脂肪 変性を認め,肝に於ては全例に脂肪変性を著明に 認めた。腎は2例に於て脂肪変性を認めた。之等 実質臓器に脂肪変性がある人は三田(6)によると 「ショックをおこし易い体質」で普通入には何ん でもない様な軽微な外力が作用してもショック死 をおこすと云っている。胸腺リンパ体質の様な異 常体質の人は循環器系や内分泌腺の発育不全,胸 腺,扁桃腺,腸粘膜,リンパ腺等の肥大があると 云われているので之等について考察すると,第1 例の各臓器重量は比較的対照のそれに比して小と なり,胸腺は実質性で,各リンパ装置の発育可良 で,大動脈の幅も狭く内分泌腺の発育不全がある のでリンパ体質と考えられる。 第2例は各臓器:重量は対照に比して小となり, 胸腺は実質性,各リンパ装置の発育は可良で,大 動脈の幅も狭く,内分泌腺の発育不全があるので リンパ体質と考えられる。第3例の各臓器重:量ほ 対照に比し小となり,胸腺は1部実質性で,各リ ンパ装置の発育は中等,大動脈の幅は対照より大 であるので胸腺リンパ体質とは考えられないQ第 4例の各臓器重量は比較的対照より大であるが, 胸腺は対照の約2倍に肥大している。各リンパ装 置の発育は可良である。大動脈の巾も狭く,胸腺 リンパ体質と考えられる。爾動物実験に於て腰庶 により速かに血圧の下降するのを認めた。 ついで死因について,第1例はリンパ体質十腰 癒によるショック,第2例はリンパ体質十腰痂に よるショック第3例は,急性心臓死「 i心筋腓豚形 成,冠状動脈石灰化),第4例は胸腺リンパ体質十 腰麻によるショックと思考「され,る。 む す び 「腰班によるショック死ぱ血圧下降ICよる循環障 害のみでなく,異常体質も関係があると思考され る。
参考文献
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