2(238) 細 胞 43(7),2011 筑波大学大学院人間総合科学研究科
Department of Obstetrics & Gynecology Graduate School of Human Comprehensive Sciences University of Tsukuba 〒305-8575 茨城県つくば市天王台1-1-1 TEL: 029-853-3049 要 約 パピローマウイルスはウサギなどでも造腫瘍性が証 明されている。ヒトパピローマウイルス(HPV)のが んとの関連については,子宮頸がんではほぼ明らかに なっているが,HPV16/18 ワクチンで予防できることを 確認することが絶対的な証明となる。子宮頸がん以外 に,外陰がん,膣がん,肛門がん,陰茎がん,中咽頭 がんが関連しているとされる。その他に一部で関連が 指摘されているものとしては,口腔がん,食道がん, 喉頭がん,膀胱がん,食道がん,肺がんなどがある。 HPV16/18 ワクチンは現在思春期女性を主な対象として いるが,男性への接種の必要性についても議論があり, 実際に臨床試験も行われている。男性への接種の目的 は,子宮頸がんの減少の効率を上げることに加え,他 の HPV 関連悪性腫瘍を予防することである。
はじめに
綿尾ウサギ(野兎,cotton tail rabbit papillomavirus [CRPV])の乳頭腫の抽出物を家ウサギに接種すると 100%に乳頭腫が発生し,その 60%が 2年以内に扁平上 皮癌になることを Rausが報告した(1935年)1)。この CRPVによる発癌は固形癌のウイルス発癌として初め て証明されたものであり,それが自然宿主にin vivoで 証明された意義は大きい。SV40など多くのウイルス発 癌はin vitroで自然宿主ではない細胞に感染させた結果 起こる現象であることを考えると,パピローマウイル スが由緒ある発癌ウイルスであることがわかる。また, ヒトパピローマウイルス 16型(human papillomavirus16, HPV16)も自然宿主の細胞でin vitroでの immortalization が初めて証明されたウイルスである2,3)。 子宮頸がん発生の征圧が期待できる HPV16/18 ワク チンの公費助成による接種が,思春期女性を対象とし て我が国でも実施され始めた。子宮頚がん撲滅の実現 も夢ではなくなってきた。 2008 年度のノーベル医学 生理学賞が HPV16(1983 年)や HPV18(1984 年)を 子宮頸がんに発見した Harald zur Hausen 博士に与えら れることとなった。
1.HPV のウイルス学
HPV はエンベロープを持たない DNA ウイルスであ り,パピローマウイルス科に属する。ゲノムは約 8,000 塩基対の環状 2 本鎖 DNA。HPV ゲノムはウイル ス蛋白がコードされた ORF と遺伝子発現をコントロ ールする LCR からなり,ORF は,E1, E2, E4, E5, E6, E7 の初期遺伝子と L1,L2 の後期遺伝子に分けられ, 初期遺伝子は DNA の複製,遺伝子の転写調節,ウイ ルス粒子の形成,宿主細胞の細胞転換などに関与し, 後期遺伝子はウイルス粒子の外被蛋白をコードしてい る。癌関連 HPV の E6, E7 は p53 と Rb に抑制的に働く 癌遺伝子である。HPV ゲノムは,メジャー(L1)お よびマイナー(L2)構造タンパク質からなるキャプ シドの殻で覆われており,正二十面体の小型(直径約 55 nm)のウイルス粒子を形成する。 HPV 型は遺伝子型として分類され,130 種類以上知 られている。これらの HPV 型は,感染部位により粘 膜型 HPV と皮膚型 HPV に大別されるが,粘膜型 HPV の多くは生殖器から検出されることから性器 HPV (genital HPV)とも呼ばれる。特定の HPV 型は,発が んに関係する細胞の不死化および形質転換と関連して いる。粘膜型 HPV は病原性により,oncogenic HPV Key words HPV,がん,ワクチン【
総論
HPV と悪性腫瘍 】
HPV and Cancer
吉川 裕之
Hiroyuki Yoshikawa金沢医科大学・産科婦人科
Department of Obstetrics and Gynecology, Kanazawa Medical University 石川県河北郡内灘町大学1-1 TEL:076-286-2211
【 女性性器(子宮頸部)における HPV 感染と免疫】
HPV infection and immunity in the female genital tracts
笹川 寿之
Toshiyuki Sasagawa
Key words
HPV, Host immunity, Immuno-evasion, Cervical cancer,HPV vaccine
要 約 ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸部などの粘 膜に感染し,癌化を誘発する。性交経験後数年以内に5 割以上の女性が HPV 感染するが,その 9 割は 3 年以内に 治癒する。HPV 感染後に自然免疫(innate immunity)が 誘導され,感染数か月で HPV に対する細胞性免疫が成 立すると考えられている。その後 HPV 抗体が誘導され て治癒する。しかし,HPV は本来ヒトの免疫を回避して 潜伏する能力を有しており,感染した女性の一部では HPV に対する免疫が誘導されないか,HPV に対する免 疫寛容が誘導されて持続感染化する。その後,高度の上 皮内新生物(CIN)に発展し,最終的に癌になると考え られる。HPV16, 18 感染予防ワクチンは最も確実な子宮 頸癌予防法であるが,すでに HPV 感染した CIN や癌患 者には無効である。そのような患者には免疫治療が必要 となる。HPV に対する免疫応答とその回避機構を理解す ることによって,HPV 感染後に有効な免疫治療法が開発 できるだろう。CIN に対する細胞性免疫の誘導には HPV 抗原の暴露と炎症の誘導が必須であり,進行癌において は,がん組織局所の免疫寛容や癌細胞の免疫抵抗性をい かに排除するかが今後の課題である。
1.HPV 感染から発癌までの自然史(図 1)
産婦人科を訪れた若い日本人女性の子宮頚部の HPV-DNA を調査したところ,10 歳代後半の女性の半 数,20 歳代前半の 36%に高リスク型 HPV に感染して いた1)。また,米国の女子大生を5年間追跡した調査 から,のべ 6 割が HPV に感染することも明らかになっ ている。このように,HPV 感染は女性にとってあり ふれたものである。また,これら若い女性の HPV 感 染は 3 年以内に約 90 %が自然治癒することが知られて いる1)。HPV 感染以外の発癌の危険因子は,多産,ピ ル長期服用,喫煙,HIV 感染など免疫不全である。免 疫不全は HPV 感染の持続化を誘発し,多産やピルは E6, E7 遺伝子の発現を亢進させる可能性があり,喫煙 は遺伝子変異の誘導や免疫を抑制する1)。CIN1 の半数 以上は自然治癒するが,CIN2 では 43%,CIN3 では 32 %のみ消失または軽快する1)。CIN 病変が進行すれ ばするほど自然治癒しにくくなる。HPV 感染から発 癌までには 10 年以上かかるとされている。2.HPV 感染と免疫応答
HPV 感染のほとんどは自然に排除されるが,それ はどのようなメカニズムによるのだろうか?ウイルス 抗原が暴露されると,樹状細胞(DC),マクロファー 図 1 HPV感染から子宮頚部発癌までの自然史と発癌危険因子ジ,B 細胞などの抗原提示細胞(APC)はそれを貪食 して細胞内でペプチドに分解する。抗原認識した APC はリンパ節に移動し,その細胞表面に HLA class-2 抗原拘束性にペプチドを提示して,その抗原情報を ナイーブ CD4+T 細胞へ伝える2)(図 2)。抗原提示を 受けたナイーブ T 細胞は,その抗原に特異的に反応す るヘルパー T 細胞へと分化する。この際に,マクロフ ァージ,NK 細胞,NKT 細胞から分泌された IL-12, IL-2 など細胞性免疫を活性化するサイトカインが存在する と,CD4+T リンパ球はタイプ 1 型ヘルパー細胞(Th1) に分化し,IL-10, IL-6, IL-4 などのサイトカインが存在 すれば,タイプ2ヘルパー T(Th2)細胞に分化する2)。 一方,抗原認識した DC は CD4 + T 細胞のみならず, HLA class-1 を介してナイーブ CD8+T 細胞にも抗原提 示する(cross presentation)。その結果,HPV 抗原に特 異的なキラー T 細胞(CTL)が作られる。HPV が再度 侵入すると,Th1 細胞や DC から分泌される IL-2 や IFN-8 に反応して,この HPV 特異的な CTL は増殖し, 武装化して,HPV 感染細胞を攻撃できるようになる。 これが細胞性免疫である。犬の口腔内乳頭腫ウイルス の研究から,乳頭腫は細胞性免疫の成立にともなって 消失し,その後にウイルス抗体が誘導されることが判 明している3)。このモデルでは,一旦免疫が誘導され ると,抗体価の低い状態であってもウイルスの再感染 は起こらない。ヒトにおいて HPV16 の E2 に対する Th1 細胞活性4)や HPV16-E7 ではなく E6 に対する CTL5) の存在が自然治癒に関連していることが示されてい る。このことは HPV 感染防御には細胞性免疫が重要 6(242) 細 胞 43(7),2011 図 2 HPVに対する適応免疫応答 図 3 Toll-like receptor(TLR)と免疫応答(文献9から引用)
筑波大学 大学院人間総合科学研究科 婦人周産期分野
Department of Obstetrics and Gynecology, Graduate School of Comprehensive Human Science, University of Tsukuba 〒305-8575 茨城県つくば市天王台1-1-1 TEL: 029-853-3073 要 約 子宮頸癌やその前癌病変を原因ウイルス (ヒトパピ ローマウイルス, HPV) に対するワクチンを用いること によって予防することが現実のものとなっている。臨 床治験のデータでは子宮頸癌からの検出率が最も高い HPV16/18 に対するワクチン効果は性交渉開始前にきち んと接種すればほぼ 100%に近い。我が国でも子宮頸癌 の約 70%を予防できると推定される。子宮頸癌の予防 戦略は一次予防としての HPV ワクチン,二次予防とし てのがん検診(細胞診・ HPV テスト)を両軸としたも のに大きく変わろうとしている。
はじめに
ヒ ト パ ピ ロ ー マ ウ イ ル ス( HPV: human papillomavirus)は正二十面体のキャプシドに包まれ た小型(直径 50-60nm)のウイルスで,ゲノムは約 8,000 塩基対の 2 本鎖 DNA である。HPV はゲノム DNA の相同性の程度によって型が分類され,現在 では 90 以上の型が分離されている。皮膚に感染し 良性のイボの原因となるもの(1,2 型等),粘膜に 感染して尖圭コンジローマ(外陰部のイボ)の原因 になるもの(6,11 型)や子宮頸癌やその前癌病変 [cervical intraepithelial neoplasia (CIN) grade 1-3] の 原因 (16,18,31,33,52,58 型等) になるもの など,HPV の型によって感染部位と生じる疾患が異 なる。子宮頸癌病変から極めて高率 (90%以上) にヒトパピローマウイルスの DNA が検出されるこ とから HPV 感染は子宮頸癌発症の最大のリスクフ ァクターと考えられている。近年,原因ウイルスで ある HPV に対するワクチンを用いることによって 子宮頸癌や前癌病変を予防することが現実のものと なっている。厳密に言えば HPV ワクチンは予防ワ クチン (prophylactic vaccine; HPV に感染していな い女性に接種して HPV 感染を予防することによっ て子宮頸癌の発症率の低下を目指す) と治療ワク チン (therapeutic vaccine; すでに子宮頸癌や前癌病 変を発症している患者に対する免疫治療としてのワ クチン)に大別されるが,現在海外の多くの国々で 実用化されている HPV ワクチンは予防ワクチンで ある。残念ながら,治療ワクチンは依然として実用 化のめどが立っていない。1.HPV ワクチンの概略
現在までに海外の多くの国々で承認されている HPV ワクチンはグラクソスミスクライン(GSK)社 が開発したサーバリックスⓇとメルク社(本邦では MSD)が開発した GardasilⓇの2種類である。前者 は子宮頸癌からの検出率が最も高い HPV16,18 型に 対する 2 価ワクチンで,後者は HPV16,18 型に尖圭 コンジローマの原因ウイルスである HPV6,11 型を加 えた 4 価ワクチンである。これらのワクチンは,ウ イルス DNA を持たない (感染性のない) 人工ウイ ルス粒子(virus-like particle, VLP, 図 1)を抗原とし, 中和抗体を誘導することによって HPV が細胞に感 Key words HPV, 子宮頸癌【 子宮頸癌予防のための HPV ワクチン 】
HPV vaccines for cervical cancer prevention
松本 光司
16(252) 細 胞 43(7),2011 染する前に感染をブロックするしくみである。いず れも筋注による 3 回接種(0,1-2,6 か月)となっ ているが,これまでの海外臨床試験では HPV16,18 型による感染の予防効果と前癌病変発生の予防効果 は 100%に近く(図 2)1-3),重篤な有害事象は報告さ れていない 1,3)。我が国の臨床試験でも同様の結果が 得られている4)。現在のところ,中和抗体価は少な くとも 8.5 年間は維持されることが確認されており, か な り の 長 期 間 効 果 が 持 続 す る と 期 待 さ れ る 。 GardasilⓇは現在米国をはじめ海外 100 ヶ国以上で, サーバリックスⓇも欧州や豪州など 100 ヶ国以上で 認可されている。我が国では 2009 年 10 月にサーバ リックスⓇが承認されたが,GardasilⓇは承認申請中 である(2011 年 4 月末日現在)。したがって,現在 のところ我が国ではサーバリックスⓇのみが接種可 能である。米国や欧州などからいくつかのガイドラ インが提唱されているが,我が国では 2011 年 2 月に 発刊された産婦人科診療ガイドライン婦人科外来編 2011 (日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会 編 集・監修) のなかで扱われている。 ワクチン効果は基本的には HPV16,18 型感染に限 って認められる。ただし,HPV31, 33, 45 型に対して も交差反応による予防効果がいくらか期待できると い う 報 告 が あ る1 , 5)。ワ ク チ ン が 普 及 す れ ば , HPV16,18 型の検出頻度から約 60-70%の子宮頸癌を 大幅に予防することができると推測されている6,7)。 しかし,現行のワクチンではすべての子宮頸癌を予 防することができるというわけではないので,ワク 図 1 HPVウイルス様粒子(VLP)の電子顕微鏡像 (筆者が抗体測定用にバキュロウイルス発現系を用いて作製) 図 2 HPV未感染者におけるワクチンの効果 図 3 HPV既感染者を含む集団におけるワクチンの効果