子どもの視点と大人の願いをつなぐもの
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(2) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. け回るもの」ではなく、しゃがみこんで砂粒を排水口にぽとりぽとりと落と したり、雨水で水路を作ったり、木の枝を集め様々なものに見立てたりしな がら遊びそのものを創出していることに気づく。これらの気づきをもとに制 作された作品が『外遊び本 あそびのたね』である。これは、書籍のような 図1 みずのかたち:水の流れを楽しむ. 形状のケースに「遊びの種」として複数のツールが入っており、外に持って 行き遊ぶことを想定している。シリーズは①みずのかたち(図1)、②なが れのみち(図2)、③きのことば(図3)、④おとのいろ(図4)、⑤おとの なみ(図5)、⑥ひかりのあしあと(図6)、の全6冊から構成され、45種類 の『あそびのたね』が入っている。. 図2 ながれのみち:流れるものをみつける. 『あそびのたね』はそれ単体で完成する玩具ではなく、水や光などの要素 と組み合わせることで遊びに発展する、まさに種のような存在である。『あ そびのたね』は子どもの外遊びをさらに充実させるだけでなく、子どもがこ れらを使って遊ぶ様子を大人が目にすることで、あるいは子どもが発見した ことを大人に伝えることで、大人が「子どもが見ている世界」への理解を深. 図3 きのことば:音の違いを発見する. めることを大きなテーマとしている。. 3.子どもの視点と大人の願いの交差するところ 3.1. 子どもの時間、大人の時間. 『外遊び本 あそびのたね』は、大人が「子どもが見ている世界を知る」を. 図4 おとのいろ:音の重なりを聞く. 主たるテーマとしたが、一方で子どもには未来があり、周囲の大人(多くの 場合保護者)には、その未来がこうあってほしい、こう育ってほしいという 切実な願いや強い思いがある。これらもまた、「子どものためのデザイン」 を考える上で重要な要素であるが、ともすれば子どもに何かを「させる」デ ザインになりかねない。子どもに「させる」のではなく、大人が子どもの視. 図5 おとのなみ:音の広がりを探す. 点を理解することにより、その願いを実現することは出来ないだろうか。 そこで谷口さんの博士前期課程の研究では、『歯を磨く』『ごはんを食べ る』といった様々な行動が遅々として進まない子どもと、それに対して「早 くしなさい」と苛立ってしまう大人の気持ちを題材とし、子どもの視点と大 人の願いの交差するところを、「時間」という概念を軸に模索することとし. 図6 ひかりのあしあと:光の動きを楽しむ. た。この研究の内容については『子どものためのデザイン03』で詳しく述べ ているが、本稿では制作者としての視点を軸に捉え直すこととする。 当初はタイマー機能にゲーム性を持たせることで「短時間で動作を完了さ せる」アイデアを中心に進めていったが、子どもは「早く終わらせる」とい う一点に集中し、食事を味わう、しっかり歯を磨くといった動作の中身への 意識が希薄になってしまい、また、そのゲームに対する興味を失うのも早 かった。これは親の願いを子どもに「させる」デザインに他ならず、また、 結果として子どもの自主性を育むという本質的な願いからは遠ざかっている と言える。そこで「いつまでもご飯を食べ終わらない子」や「なかなかお風 呂に入らない子」が見ている世界がどのようなものなのかを改めて考えるこ とにした。そこで見えてきたのは、幼児と大人の時間の認識の違いである。 我々大人は、時、日、週、月、年、といった自然で社会的なサイクルを持 つ慣用的時間概念に基づいて生活しており、各単位のボリュームを体感的に 理解することができる。また、過去の出来事を時系列に沿って記憶し、過去 の経験をもとに未来の予定を立てることが可能である。これを『円環型』の 時間認識とする(図7)。対して幼児は定量的に時間を把握することが難し く、したがって24時間=1日、365日=1年といったサイクルをイメージす. 37.
(3) 38. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. ることも困難である。また既往研究から、未来方向については行動の順序を ある程度把握できるものして発言される頻度が高く、順序だてて認識するこ とは難しい。これらのことから幼児の時間認識を『変則点線型』と仮定した (図8)。. 3.1.「時間」の概念を共有するプロダクト. この時間の認識の違いが子どもと大人のコミュニケーションの齟齬を生む. 一因と推測し、子どもの時間認識を可視化し、大人と共有するプロトタイプ を制作した(図9)。このプロトタイプでは、食事、着替え、入浴、排泄、 図7 大人の時間認識「円環型」. 洗顔の5種類の行動をアイコンで表現し、それぞれの行動を直線的に並べ、 自分のこれからやるべきことを幼児自身が把握することができる。5種類の 行動ごとにアイコンを配した5つの USB ユニットには音やメロディが入っ. ており、それ自体がスイッチの役割を果たす。音やメロディについては、例 図8 幼児の時間認識「変則点線型」. えば食事中はぼんやり静止してしまう子どもが多いことから、メロディの中 にアクセントとなる音(猫の鳴き声など)をはさむことで動作再開を促すな ど、各動作に適した内容となっている。子どもは自分で行動の順序を決め、 スイッチユニットを上に倒すとメロディが流れ、その中でテンポ良く動作を 進めてゆく。行動を完了させスイッチユニットを下に倒すとメロディは止ま り、子ども自身が次のユニットを上に倒してスイッチ ON とすることで、次 の行動に移行する。子ども自身が操作することで、これまでやったこと、こ れからやるべきことを把握する仕組みになっている。 検証の結果、各生活動作の所要時間は明確に短くなるとは言えなかったが (長くはならず、動作によっては短縮傾向にある)、楽しさが生じ、行動へ向 かう気持ちが向上する、自律性が育まれる可能性が示された。また幼児に 「早く」と言わないことで、親子共に楽しさと心理的なゆとりが生まれると いうことがわかり、この点が最も重要な成果であると考えている。. 図9 プロトタイプ本体(左)と USB スイッチユニット(右). 実はこのプロトタイプを、我が家でも当時4歳の子どもと共にしばらく使 用していた。メロディを介して次の動作への声がけをすることで「早く」 「急いで」という言葉を使う頻度が下がり、それによって自分が日々ほとん ど無意識に「早く」という言葉を多用していたこと、その言葉が子どもの前 向きな達成感とはおよそ結びつかないことに気づかされた。とは言え実際に は、 (既に円環型の時間認識を身に着けたはずの)子どもたちに対してやは り「早く」を口にしてしまうのだが、時折このプロトタイプを使い子どもに 掛ける言葉を模索した日々を思い出すことは、自らの言動を省みるきっかけ となっている。.
(4) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. 4.見えない・見えにくい子どもとデザイン 4.1.「子どものためのデザイン」が必要とされる場. 博士後期課程に進んだ谷口さんと、研究テーマをめぐり「子どものための. デザイン」がより切実に必要とされている場はないだろうか、という議論に なった。例えば小児医療における手術室のデザインや子どもへのプレパレー ションなどがそのイメージに近かったが、医療だけでなく様々な現場を模索 する中で出会ったのが、京都ライトハウス内にある「視覚支援あいあい教 室」(以下あいあい教室)である[注1]。視覚障害乳幼児数は減少傾向にあ るが、その状態は実に多様であり、多くの保護者が各児に適したサポートを 模索していることから、見えない・見えにくい子どもが見ている世界を知 り、保護者の様々な思いに寄り添うデザインが必要であると考えた。あいあ い教室の先生方は我々を快く受け入れてくださり、谷口さんは足繁く通い、 療育の手伝いを通して観察を重ねた。子どもや先生だけでなく、保護者から も親しまれるようになった彼女は、ある日のゼミで、「論文を書くために彼 らを見るのは、ちょっと違うんです」と言った。彼女が根底に持っている子 どもへの思いを考えると、研究の対象として彼らを見るのではなく、療育に 通う子達やその保護者とのコミュニケーションを大切にしたいという希望は 図10 視覚障害乳幼児のための食器セット. もっともなことのように思われた。そこで、あいあい教室での取り組みは研 究対象としないものとして継続し、それとは別に、晴眼児を対象としたワー クショップにおける、子どもによる主観評価「気持ち温度計」 [注2]に関連 するテーマを中心に進めていくこととした。. 4.2. 教育の現場の中でつくる. 2014年からは研究室の学生たちと共に、あいあい教室での活動を通して. 図11 メロディと色で衣服をコーディネー トするツール『picotto』. 「視覚に障がいを持つ子どものための食器セットの提案」(図10)や「視覚障 がい児と衣服の関係を少し楽しくするプロダクトの提案」(図11)など、視 覚障害を持つ子どもたちの衣食住に関するプロダクトを制作してきた。ま た、「ハサミで紙を切る」「紐を丸結びする」といった24種類の生活動作を 『知る』『わかる』『できる』の3ステップに分け、ステップごとにその習得 を支援する既存のツールやノウハウを調査し、データベース化するととも に、現時点で足りない習得支援ツールを制作するという研究を継続している (図12)。基本的な生活動作の円滑な習得は、子ども自身の「自分でやってみ たい」という気持ちを後押しするものであると同時に、保護者にとっては就. 図12 生活動作「はさみで紙を切る」の習 得支援ツール『わにさんパクパク』 1)京都ライトハウス(京都市北区紫野花ノ坊町11)内に ある、視覚の発達に不安を感じていたり、視覚に障が いがある子どもとその保護者のための教室。0歳から 5歳児(年長児)を対象とし、週1∼3回、グループ および個別療育を行う。また2019年度より同所内で小 学1年生から高校3年生までを対象に放課後等デイ サービスを開始し、就学後も継続的にサポートを行 う。 2)体験プログラムでの参加者の印象(気持ち)を定量的 に評価するための手法。体験プログラムにおける印象 について、「高揚感」「達成感」「難易度」の3つの要 素に対する自分の気持ちの程度を、子ども自身が温度 計のイラストに色を塗って表す。 政倉 祐子,若林 尚樹,田邉 里奈:子どもの主観評定 に基づく体験学習型ワークショップの定量評価−気持ち の変化を捉える評価ツールの提案とケーススタディ−, 日本感性工学会論文誌15(1),233-244,2016. 学前の大きな不安を軽減することにつながる。 あいあい教室での様々な取り組みにおいても「子どもに見えている世界を 知る」ことを通して「大人の願いを実現する」というスタンスを目指してい るが、更に、生活動作習得支援ツールのデザインでは「療育者と共につく る」というプロセスを取り入れている。これはデザインされたツールに対し 療育者の意見を聞くということではなく、ごく初期段階のプロトタイプを元 に、これを子どもたちはどう感じるか、どういったやりとりが生まれるか、 その上でどのように習得につなげていくか、といったコミュニケーションを 療育者と共にデザインし、それを元にハード面のブラッシュアップを繰り返 すという流れである。このプロセスによって、観察で得た気づきと療育者の 専門的知見をあわせることにより、各児の発達段階に合わせた提案を行うこ とを目指している。 各児の発達段階に合わせた提案というのは存外難しい。例えば、視覚障害. 39.
(5) 40. 特集:なぜ、子どものためのデザインに取り組むのか. を持つ多くの乳幼児は音やメロディを好む傾向にあるため、観察ベースでデ ザインを進める際には、つい音やメロディを用いたくなる。しかし、対象と する年齢が1∼2歳の場合には音やメロディによる楽しさがその導入に最適 であっても、5歳以上の場合にはルールのあるゲームや、ストーリーを組み 立てる楽しさを共有することも重要になる。対象となる子どもの年齢によっ て「楽しさ」の質や内容は変化し、またそれを見越して新たな「楽しさ」を 提示することにも大きな意味がある。加えて、視覚障害乳幼児の視覚の状態 は非常に多様であり、重複障害の有無によっても状態が大きく異なるため、 年齢だけで発達段階を判断することは困難である。既往研究や観察をベース にしつつ、療育者の専門的な視点から、対象となる子どもに見えている世界 を十分に把握した提案が必要となる。 また、生活動作習得支援ツールの「検証」についても、療育者を交えて試 行を重ねている。乳幼児を対象とするデザインでは、乳幼児本人の主観評価 が困難であることから、障害の有無にかかわらず、「検証」が課題の一つに 挙げられる。生活動作習得に関する研究では、「このツールを子どもたちは どのように楽しむか」などの点について、ツールの製作段階と、ツールを実 際に療育で使用した後に、療育者に質問紙調査及びインタビューを実施し、 「予測」と「実際」を比較、これらと療育中の発話や行動から子どもの状態 や印象を分析するワンゼロサンプリング法[注3]などを併せて検証している。. 5.これからの取り組み これまであいあい教室の取り組みでは、視覚障害を持つ子どもたちに見え ている世界を行動観察などから推測し、療育者の協力を元に、彼らの理解や 習得を助けるツールのデザインを進めてきた。子どもの「できた!」は本人 にとっても周囲の大人にとっても心から嬉しいものであり、それを助けるた めの様々なデザイン提案は重要なテーマである。子どもに「させる」デザイ ンにならないよう留意しながら、保護者の就学や自立に対する不安を軽減す る必要がある。そこで、これまでの研究を通して得た知見をもとに、生活動 作習得を円滑にするためのツールやメソッドのデータベース化を進めている が、このデータベースにワークショップのプロセスを加えることにより、保 護者や療育者間のコミュニケーションを生む、より活発なものにしていけな いかという検討を進めている。 一方で、少子化が進み子どもの存在が身近なものでなくなりつつある昨 今、『あそびのたね』のように、子どもたちの表現や遊びを引き出すことに よって、大人が子どもに見えている世界を知る、理解することを目指すデザ インもまた、ますます重要になってくるのではないだろうか。 視覚障害を持つ乳幼児には、その障害の特性上理解しにくいとされる事象 がある。「カーテンがひらひらはためく」のように動きのあるもの、「光の反 射」のように触れることが出来ないものなどである。これらは確かに彼らの 認知を晴眼者のそれと近づけるという観点では難しさを伴う事象であるが、 我々もまた、ビュンビュン走る自動車や、すいすい泳ぐ魚を彼らがどのよう に感じ受け止めるのかを知らない。見えない・見えにくい子どもたちが、彼 3)行動観察手法の一つ。本研究では、対象幼児と療育者 の発話や行動の生起を記録し、特定の行動カテゴリに ついては10秒間の観察単位中に観察対象幼児がその行 動を行えば1を、行わなければ0を記録し、その生起 頻度によって対象幼児の心境の変化などを分析した。. らに見えているものや感じている様々な事象を表現することを通した、子ど もと大人の学びのデザインも、今後の課題のひとつである。 そして谷口さんは保育士の資格を取得、現在もあいあい教室の職員として 子どもたちの療育に取り組み、我々の研究内容に対しても密度の高いアドバ.
(6) デザイン学研究特集号 Vol.28-1 No.103. イスをくれる心強い存在である。デザインという行為はデザイナーだけのも のではない。デザインを深く学んだ人が、教育や療育の現場でそのスキルを 発揮するということも、子どもを取り巻く環境をつくっていく上で意義深い ことであると実感している。 参考文献 谷口由佳,赤井 愛:子どもの認識世界に着目した外遊び本についての研究,日本デザイン学会 研究発表大会概要集 vol.59,2012. 赤井 愛,谷口由佳,時實 茜:『子どもに見えている世界』を共有するデザイン,デザイン学. 研究特集号,24(1),32-27,2016. 谷口由佳,赤井 愛,若林尚樹,政倉祐子:子どもを対象としたセルフワークショップにおける. 印象評価の試み ─ 主観的評価手法「気持ち温度計」の実践を通して,日本デザイン学会研究発表大 会概要集 vol.62,2015. 宮前貴行,赤井 愛,古川千鶴:視覚に障がいを持つ子どものための食器セットの提案,日本デ. ザイン学会研究発表大会概要集 vol.64,498-499,2017. 赤井 愛,井上歌詠,野田哲男,古川千鶴:視覚障がい児と衣服の関係を少し楽しくするプロダ. クトの提案,日本デザイン学会研究発表大会概要集 vol.66,422-423,2019. 赤井 愛,宮前貴行,古川千鶴:視覚障がい児の生活動作習得支援ツールの提案,日本デザイン. 学会研究発表大会概要集 vol.66,42-43,2019. 笹田昭三,田中利江:盲児における図形・空間認知力の育成,鳥取大学教育学部研究報告 教育. 科学,34(1),19-41,1992. 41.
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