C A N C E R 1 5 (2006), p.25-27
左右が逆転したイガグリガニ
本 尾 洋 ・豊田幸詞
タラ パ ガ、ニ科は世界で、約105種が分布する大き なグループで (Zakl叩, 2002),そのうちのイガグ リガニParalomis hystrix
は東京湾 ・遠州灘から 九 州にかけての水深180- 4 0 0 m に棲息する (三宅, 1998) . 同 科 の カ ニ に は タ ラ バ ガ ニParalithodes
camtschaticus
を始めとする多くの食用種が含ま れているが,イガグリガニは種小名hystrix
(動物 のヤマアラ シ) が示すように 全身が長短の彩しい 赫で覆われ,多産せず大型でないことなどから 一 般には食用にされていない. 一方,このような特 異 な形態が人々の関心を 惹くこともあ って,多く の水族館で飼われて展示されているようである. タラバガニ科の仲間は雌雄に関係なく右甜脚が 左 のものより大きい ことが知 られている (三 宅, 1998) . そのことから逆に左鉛脚が大きい場合, それはある種の奇形と見なされる. 筆者 らの知 る限り , タラバガニ科における左右が逆転した例 として,ハナサキガニParalithodes breviPes
(倉 田 ,1959),Paralomis granulosa
(Campodonico, 1978) ,タラバガニ ( 本尾,2002),イガグリガニ・ エゾイバラガニParalomis multisPina .
コフキエ ゾイノTラガニP japonica
(i度部 ,1996),そしてLithodes maja
(Z心dan,2000) がある. 渡部 (1996) のイガグリガニは卵巣未発達の性的に未成熟な雌 の例である なお,左右逆転ではないが,頭胸節 の圧縮奇形の例としてタラバガニが知られている (Stevens and M u n k, 1991). 今回,イガグ リカ、、ニ成体雄の珍しいと思われる 左右の逆転した1 個体 を入手したのでその概要を 示して記録に留める ことにした.材料と方法
材料は ,2004年 2 月に 愛知県の竹島水族館か ら Hiroshi M OTOH & Koji T OYOTA: A case of reversed asymmetry凶a lithodid crab,Paralomis hystrix
数匹のイガグリガニを入手 し,京都府にある水族 館“宮津魚 っ知館" で展示飼育中に発見された雄
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個体である. 竹島水族館によれば,カニは同年 愛知県沖合で底曳き網により漁獲されたものであ る. 測定部位については,甲長は眼孔後縁から甲中 央後縁にいたる 長 さ,甲幅は甲羅の最大幅であり, いずれも赫を含んでいない. 鉛脚の測定部位は図 1 に示すように,赫を除いて基本的にそれらの最 長距離を測 って示した.i
J,IJ定には0.1 m m まで読 み取れるノギス (スライド ・キ ャリパー ) を使用 した . 測定時の標本は,死後数ヶ月間冷凍乾燥保 存された後,約10% のホ ルマリンで数 日間固定後, 乾燥した状態のもので あった. なお, 日本にはイガグリガニParalomis hystrix
の近似種としてイガグリガニ モドキP hystrixoides
が生息する (酒井, 1980). 今回のカニは① 甲幅 が甲長より大きい② 甲羅上の赫の根元が顕著にふ くれて球状③歩脚の長節は太く (長さが幅の約2.5 倍),かつ前縁が張り出して湾曲することから, 酒井 (1980) に従 って, イガグリガニモドキでは なくイガ グリガニと査定した. 結果と考察 左右逆転した雄のイガグリガニを図3に,測定 図1 i甘脚の測定部位26
左右が逆転したイガグリガニ 値を表1に示した. 額角を除く甲長は123.4 m m, 甲 幅130.2 m mで あ っ た . 通 常 , 甲 長 ・甲 幅 は 6 0 m mとされることから(三宅,1998),今 回の個 体は相当に大きく,そのことは左右逆転現象がカ ニの生存 ・成長にさほど影響していなかったこと 図2 腹面から見た大顎 (右大顎の影は肥厚部分を示 す) 図3 左右逆転した雄のイガグリガニ を思わせる. 同表に示すように甜脚のいずれの 測定部位も明らかに左側が右側に比べて大きい. 加 え て 左 の 大 き い 紺 脚 は 上 下 に 各3個 ( 先端部 の1個は2分して 一見計4歯) の立派な臼歯を備 え,一方,右は臼歯に代わって小歯を列生し,そ れぞれ押し( 擦り ) 潰す,あるいは挟み切るのに 適した形を示し ,形態的 ・機能的にも左右が逆に なっている. 今 福 (1999) は 左 右 の 不 相 称 の 意 味 と し て 機 能的分化,生理的要求,生態的要求と機会的決 定の4つを挙げている . 本種を含むタラバガニ科 のカニ類は単に右甜脚が左方に比べて大きいだけ でなく,I
挟み切るj よりも「押す潰す」ことに より強い力が必要と思われることか ら,大きい右 側がその用をなしており,機能的分化の一例と見 なすことができる 今回の場合,逆転個体は甲幅 13 c mと十分成長してることから,左右鉛が形態 ① 左前方から見た両鉛脚の外側,② 両錯脚の内倶JI (左の小さいのが右脚),① 背面, ④ 腹面, ⑤ 外倶JI (腹面) から見た大顎本 尾 洋 ・豊田幸詞
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表 1 左右逆転 した雄イガグリガニの部位・測定値 (単 ことはできなかった. 関連して,大顎の基部 (奥 位, m m) 測定部位 測定値 甲長 (赫含まず) 123.4 甲巾 (線含まず) 130.2 右鉛脚掌節長 66.9 掌節高 23.6 指節長 40.5 左鉛脚掌節長 83.9 掌節高 41.4 指節長 46.4 的・機能的に逆転していても摂餌・闘争 ・配偶行 為などの生存活動に重要な不利益があ ったとは思 われない. 倉田 (195 9) はハナサキガニの左右逆転雌にお いて,正常個体の大顎mandibleの切歯部内縁は 左側が右側より鋭いのに対して,逆転個体では左 右ほぽ同じで鋭い形に近いとしている. この点を 今回の襟本について観察したところ,切歯部内縁 の形態は正常のもの (C L 61.7 m m雄の乾燥標本) と比べて差異がなく ,ほ ほ同様に鋭い感じで,倉 田 (1959) の観察結果と概ね似ていた. なお,右 大顎の外側上方には逆転 ・正常いずれの個体にも 2 カ所の肥厚部分があり (図 2 の影部分 ),左側 にはそれはない. これらのことから ,今回の左右逆転個体では 大顎の逆転はおこらなかったものと推察される. 紺脚が左右逆転する 一方で,大顎ではそうならな かった“ちぐはぐ" は,両者の不相称が独立に決 定されることを示唆するようである. 今後の新た な類似奇形標本の入手によるこの点の確認が待た れる. 同様なことは,今回調べられなか ったが, Imafuku (1993) の指摘する体内の胸動脈と消化 管の位置的不相称性についても 言 えよう. 倉田 (1959) はハナサキガニにおいて噛み合わ せた時,左右の大顎の鋭い歯部に関し,正常・逆 転個体ともに右側が左側の外側 に少し重なること を報告している . 今 回こ の点を明らかにしようと 試みたが,この逆転個体および比較のための小さ い正常個体は共に乾燥標本であることから,聞い たままの大顎部は固くて不動で、,閉じて確認する 部) にある臼歯部は外部 ( 先端) の切歯部と垂直 面で同レベルか幾分出っ張っている感じで,むし ろ大顎を閉じた時に臼歯部が合致して,両切歯部 は重ならない印象を受けた. この点は今後正常個 体も含めて,新鮮ないしは可動性のある個体で確 認する必要がある. なお,今回の個体は雄であり当然のことながら, 腹部の形態は左右相称であった. 謝 辞 本稿を校閲していただいた京都大学教授今福道 夫博士に厚くお礼を申し上げます. 文 献Campodonico G. I., 1978. U n caso de inversion en la asi-metria abdominal de las he m bras de Paralomis gra柑
u-losa (Jacquinot) (Decapoda, A nomura, Lithodidae). A nales del Instituto de la Patagonia, 9: 231-232 Imafuku, M ., 1993. Observations on the internal
asym-metry of the sternal artery and the cheliped asym・
m etry in selected decapod crustaceans. Crustacean R esearch, 22: 35-43目 今福道夫, 1999 左右性とその意味. 遺伝,53(12): 21-25. 倉田 博, 1959. 左右 が逆転したハナサキガニ. 北水 試月報, 16(3)・14-17 三宅貞祥,1998 原色日本大型甲殻類図鑑 ( I) ー保育社, 大阪,261頁 本尾洋, 2
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2. 左右が逆転したタラバガニ. Cancer, 11: 11-13. 酒井恒, 1980. 日本産蟹類, 3新種の記載 甲殻類の 研究, 10: 7-11, p.lI.Stevens, B. G. & M u n k, J. E.,1991. Lateral as戸nmetry in the thoracic segmentation of a king crab, Paralithodes camtschaticusぐfelesius,1815) (Decapoda, A nomura), 仕o m Kodiak, Alaska. Crustaceana, 61(3): 317-320. 渡部 元, 1996. タラバガニはホンヤドカリと本 当に近
縁か ? イガグリガニ,エゾイバラガニ,コフキエ ゾイバラガニにみ られた左右逆転奇形.Cancer, 5 11-14.
Zaklan, S. D., 2000. A case of reversed a s y m metry in Lithodes maja (Linnaeus, 1758) (Decapoda, A nomura, Li出odidae) .Crustaceana, 73(8): 1019-1022
Zaklan, S. D ., 2002. R eview of the family Lithodidae (Crustacea: Anomura: Paguroidea)・Distribution, biology, and fisheries. Proceedings of crabs in cold water regions: B iology, management, and economics, Alaska sea grant college program, 751-845.
(本尾 洋: 日本海甲殻類研究会 豊田幸詞 : 関西総合環境センター )