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ダイアログ型経営モデル-対話を通じた自立創造型企業への変革-

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対 話 を 通 じ た 自 律 創 造 型 企 業 へ の 変 革

中島 済/高橋克徳

依然、バブルの後遺症に苦しむ企業がある一方で、逸速く業務や経営の合理

化、構造改革に着手した企業では事業創造に向けた新たな動きが加速しつつあ

る。しかし、顧客の基礎的な需要が飽和し、市場が細分化し、さらにデファク

トスタンダード(事実上の標準)が読めない現在の創造環境において、従来の

ような「ちょっとした差別化(微差)

」を計画的に追求するやり方では、高い

価値・利益を獲得することは困難になってきている。

本当に欲しいものが見えなくなっている顧客に、従来のものとは明らかに異

なる高い価値を見出してもらうためには、顧客との対話を通じて「特定顧客に

とっての顕差」を創造するという「ダイアログ型のアプローチ」が必要であ

る。同時にこれは、確率論的なスタンスでの事業創造メカニズムを創り出すこ

とでもある。そして、このような事業創造の仕組み革新は、社員の主体的行動、

自律的行動を促すための新しい組織、経営システムの構築を迫ることになる。

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かった。 第2は、1995年から98年頃にかけての経 営革新フェーズである。育成されることも 見切られることもなく存続し続けた赤字の グループ企業、また、組織の業績に連動せ ず、固定費化した人材、さらに、そうした 経営を是認してきた経営トップを抜本的に 変革し、「責任を明確するためのしつけ」 をしなければならなくなったのがこのフェ ーズである。依然、こうした第2のフェー ズで立ち止まっている企業は多い。 しかし、1998年後半あたりから状況は変 化してきた。第3のフェーズの到来である。 1999年10月にNRI が上場・公開企業を対象 に実施した「日本企業の経営課題に関する アンケート」(有効回答689社)によれば、 経営上の重要課題として「事業規模の拡大 (61%)」をあげる企業が、「経営の減量化 (37%)」をあげる企業よりも多くなってい る。さらに、その内容を見ると、「新商品 ・サービスの創造」が最重要課題となって いる。 実際に、コンサルティングテーマとして も、新規事業開発、業態革新、eビジネス 1990年代は、日本企業にとって「試練」 の10年となった。 成長経済を前提に行われてきた蓄積先行 型の経営は、人や資本を抱え込むことで意 図せざる創造と革新を生み出してきた。し かし、このことは同時に、事業や組織の肥 大化、固定費の増大を招くことにもなり、 経営資源を柔軟に組み替えて利益を創出す るための新たな経営システムへの転換を妨 げることにもなった。 さらに、先端企業の動きに逸速くキャッ チアップし、効率的な生産システムを創り 出すことで、競争優位性を確立するという 日本企業の典型的な勝ちパターンは、米国 のIT(情報技術)をベースにしたスピード 競争力と、アジアの人材をベースにしたコ スト競争力との狭間で見失われた。 こうした状況のなかで、日本企業は「無 駄」を極力排除し、「責任」を明確にする 経営への転換という「しつけ」を迫られて きた。

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NRI 野村総合研究所が1990年代に手がけ た経営コンサルティングテーマを分析する と、3つのフェーズに分けられる(図1)。 第1は、1990∼95年頃の業務革新フェー ズである。特にバブル崩壊以降、事業規模 の見直し、業務プロセスの改善が行われ、 BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリ ング)やダウンサイジングなどへの取り組 みが盛んに行われた。出血(赤字)を止め るために、まず現場の合理化という「無駄 を省くためのしつけ」が大きなテーマとな る。しかし、これだけでは経営は改善しな

Ⅰ 新たな経営フェーズの到来

図1 経営コンサルティングテーマの変遷 新規事業開発 業態革新 eビジネス開発 グループ経営革新 人事制度改革 ガバナンス再構築 EPR導入 SCM マーケティング革  新 物流革新 BPR 本社スリム化 ダウンサイジング ナレッジマネジ  メント 1990∼95年     1995∼98年     1998∼2000年 事業革新 経営革新 業務革新 IT革新 注)BPR:ビジネスプロセス・リエンジニアリング、ERP:統合業務パッケージ、IT:   情報技術、SCM:サプライチェーン・マネジメント

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開発などが着実に増えている。勝ち組と負 け組との区分けが明確になりつつあるなか で、勝ち組企業では特にこうした傾向が強 まっている。これまで成長の陰で許されて きた非効率な仕組みの改革、責任があいま いな経営構造の改革という2つのフェーズ を経て、日本企業は新たな成長を創り出す 第3のフェーズ、事業創造のフェーズに足 を踏み入れた。

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しかし、日本企業が構造改革に手間取っ ている間に、事業創造の環境は大きく変化 してしまった。 第1は、顧客の変化である。かつては実 体の伴わない情報価値に踊らされた顧客だ が、今ではちょっとした差異(微差)に高 い金を支払うようなことはしない。基礎的 な需要は飽和状態になっているため、ある 程度の品質が保証されている商品・サービ スであれば、価格で選ぶ傾向が確実に強く なっている。 このような状況下で企業が利益を獲得す るには、他とは明確に異なる差異、価値を 創造していかなければならない。そのため には、すべての人に高い価値を認めてもら えなくとも、ある特定顧客には高い価値、 プレミアムを感じてもらえるような商品・ サービスを創造することが必要である。で なければ、価格競争が激しくなるなかで利 益を生み出すのは極めて難しい。「特定顧 客層にとっての顕差」という概念が求めら れている。 第2は、技術や市場の変化である。情報 化、グローバル化、業際化の動きが本格化 するにつれて、先端となる技術や主軸とな る市場が目まぐるしく変化し、デファクト スタンダード(事実上の標準)が定まらな いうちに新たな商品やサービスが創出され る状況になってきた。 こうした状況では、デファクトが見えた 段階でキャッチアップし、効率的に生産す ることで競争優位性を築くという展開では 遅れる。デファクトになるかどうかわから ない段階で、数多くの案件を逸速く手がけ、 「行ける」と思った案件に重点的に資源を 投入するという機動的な取り組みが求めら れる。すなわち、「確率論的投資行動に基 づく事業創造」が求められている。

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以上のように、これからの事業創造では、 特定顧客層にとっての顕差を生み出すよう な商品・サービスを逸速く市場化し、確率 論的なアプローチで事業を創造ないし組み 替えていくことが必要になってくる。これ は、従来の日本企業の事業創造モデルに大 きな変革を求めることになる。 高度経済成長期を中心に「How to Do (どうやるか)」、すなわち効率性が重視さ れてきた時代では、プロダクトアウト(製 品発)型の事業創造が行われてきた。経営 トップが方針を決め、現場がこれを施策に 落とし、効率的に生産、販売するという仕 組みである。 しかし、市場が飽和し、競争が激しくな ってくると、企業の都合で売りたいものを 顧客に押し付ける方法は通用しない。さま ざまなマーケティング手法を駆使して顧客 の声を収集、分析し、企画部門が戦略を構 築し、現場に商品、施策として落としてい くという、マーケットイン(市場発)型の

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事業創造が行われるようになった。 ところが、近年の状況はさらに変化して いる。それは、顧客でさえ本当に欲しいも の、自分が価値を見出せるものが見えにく くなってしまったということである。 このような状況では、単に顧客ニーズを 調査するだけでは、本当に顧客に顕差とし て認識してもらえるものを見出すことは難 しい。顧客に近い現場が自発的に顧客と対 話(ダイアログ)し、コンセプトや実際の 商品をぶつけるなかで、その顧客が高い価 値を感じるものを見つけ出すアプローチが 必要になってくる。これが新しいダイアロ グ型の事業創造スキームである(図2)。 このダイアログ型事業創造では、事業を 創造する主体は、最も顧客を考え抜くこと ができる主体、すなわち現場である。自ら 得た情報を基に、主体的に戦略を策定し、 実行する役割を現場が担うことになる。し たがって、経営者や本社企画部門などは、 こうした動きを支援する役割、組織的な動 きに変えていく役割を担うことになる。 このように、欲しいものが見えない時代 に顧客にとっての顕差を創造するために は、事業創造の仕組み、さらには経営全体 の構造そのものを抜本的に変革することが 必要になる。 では、具体的にどのような経営モデルへ の転換が必要なのか。ここでは、顧客にと っての顕差を創造するという戦略を実現す るための組織、経営インフラ、事業システ ム、人材の観点から、経営モデルのエッセ ンスを提示していく(図3)。 顧客 顧客 顧客 顧客 顧客 顧客 顧客 図2 ダイアログ(対話)型事業創造へ 〈プロダクトアウト型〉 〈マーケットイン型〉 対話 対話 支援 〈ダイアログ型〉

How to Do(どうやるか)の時代 What to Do(何をやるか)の時代

情報収集、実行 戦略策定、実行 実行 戦略策定 戦略策定 図3 新たな経営モデルの全体像 戦略 顧客顕差の創造 事業システム 対話型事業創造メカニズム 人材 会社を舞台とするパフォーマー 組織 自律創造型組織 経営インフラ 行動促進のプラットフォーム

Ⅱ 顧客顕差を創造する

経営モデル

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まず、経営モデル全体の基盤となる組織 について整理する。顧客との対話を通じて 顕差を創造する組織を設計するには、4つ の条件を考える必要がある(図4)。 第1の条件は、自分が対話すべき顧客が 明確になるような組織設計を行うというこ とである。特に注目すべきは、顧客別事業 部制への動きである。例えば、ベネッセコ ーポレーションは1998年にそれまでの「通 信教育事業」「文教事業」といった製品別 事業部制を廃止し、「子供と学生」「女性 と家族」「シニア」といった顧客別の社内カ ンパニー制に組み替えた。顧客対象別に、 彼らの経営理念である「より良く生きる」 ということを考え抜けるようにするのがそ の狙いである。 すべての企業が顧客別組織にする必要は ないが、だれに対して、どんな価値を創造 するのかが、社内外に明確に伝わる組織設 計になっているかを考える必要がある。 第2の条件は、実質的な行動単位として の組織は小さくなるということである。特 定顧客にとっての顕差を追求し、さらに顧 客の動きに合わせて素早い対応をしようす ると、組織は小さい方が望ましい。 米国ハーバード大学のロザベス・モス・ カンター教授は、「小さな組織には5つの メリット(5つのF)がある」という。そ れは、Flexible(柔軟性がある)、Fast(反 応 が 速 い )、 F o c u s e d ( 焦 点 が 明 確 )、 Friendly(友好的)、Fun(楽しい)であ る。最初の3つのFは、まさに顧客対話型 の行動原理にとって必要な条件を示してい る。また、最後の2つのFは、創造的な組 織にとって不可欠な要素であり、社員に組 織へのオーナーシップ(マイ組織感覚)を 持たせ、高い責任意識とコミットメントを 引き出すために必要な要件である。 第3の条件は、顧客に即応するために自 己決定する組織でなければならないという ことである。顧客を知り尽くした現場が、 その顧客にとって最適だと思う対応を自分 の責任で実施できなければ、顧客満足を高 めることはできない。現場での自由裁量を 極力拡大していくことが必要になる。 これは経営者や本社の裁量を単に小さく するだけでなく、質的な転換を迫ることに 図4 自律創造型組織を設計する4つの条件 ①顔が見える組織 顧客を考え抜くための組織設計 対話すべき顧客が明確な組織設計 ②小さな組織 細分化する顧客に合わせた組織設計 フットワークの軽い組織設計 マイ組織感覚を醸成する組織設計 支援する経営トップ・本社 事業創造の基軸の提示、経営インフラの構築、事業の見切り エンパワーメント、エンカレッジメント、エキサイトメント ③自己決定する組織 顧客に即応する組織プロセス設計 現場裁量の大きな組織プロセス設計 ④柔らかな組織 人ではなく、タスクベースの組織設計 状況変化に応じた柔軟な組織の組み替え 自律創造型組織

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もなる。すなわち、現場支援に向けて、 ①事業創造の基軸を提示し、②事業化プロ セスを支援する経営インフラを整備し、 ③事業の見極めに最終的な責任を持つ―― ことが経営者の役割となる。 さらに、現場をその気にさせ、最大限の パフォーマンスを引き出すために、CEOの 意味を変えるべきではないかと考えてい る。すなわち、チーフ・エグゼクティブ・ オフィサー(経営の責任者)ではなく、チ ーフ・エンパワーメント・オフィサー(社 員に力を与える人)、チーフ・エンカレッ ジメント・オフィサー(社員を励ます人)、 チーフ・エキサイトメント・オフィサー (会社をわくわくする場に変える人)とい うのが、新しいCEOの行動スタイルではな いか。現場主導で自己決定できる組織に変 革するには、経営トップ、本社がまず変わ らなければならない。 第4の条件は、「人ありき」で組織を設 計するのではなく、「タスク(仕事)あり き」で組織を設計することであり、顧客や タスクの変化に応じて柔軟に組み替えられ る組織を設計するということである。 購買代行商社のミスミでは、毎年、社内 外からのプロジェクト応募案件を議論し、 ミッション(役割)とタスクを明確にした チーム組織を編成し直す。また、期の途中 であっても業績目標を達成したり、事業の 状況が変化した場合、柔軟にメンバーを組 み替えたり解散したりする。こうしたプロ ジェクト単位での柔軟な組織編成が、確率 論的な事業創造には不可欠な要素となる。 以上、顧客顕差を創造するためには、 ①対話すべき顧客の顔が見える組織、②オ ーナーシップ意識を高める小さな組織、 ③顧客に即応する自己決定型の組織、④タ スクベースで組み替える柔らかな組織―― という4つの視点で、組織設計することが 必要である。目指すのは自律創造型組織に 変革していくことである。

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上記のような組織を実現し、「顧客顕差 の創造」という戦略を追求するためには、 現場に近い社員一人一人が顧客と対話し、 自発的に考え、行動し、新たな価値を創造 できるようにならなければならない。そこ で、こうした自発的行動、主体的行動、自 律的行動を促す仕掛けとしての経営インフ ラについて考察する。 ここでは、主軸となる3つの経営インフ ラについて述べる(次ページの図5)。第 1は、対話誘発のためのインフラであり、 創造的なコミュニケーションを生み出し、 さらに対話を通じて自発的に考える力を覚 醒させる仕組みである。第2は、行動誘発 のためのインフラであり、主体的に参画し、 活動するという行動を強化していく仕組み である。第3は、気づき誘発のためのイン フラであり、自らの行動と成果を認識し、 行動の修正と革新を図るための気づきの仕 組みである。 (1)対話誘発プラットフォーム 第1のインフラは、対話誘発プラットフ ォームである。そもそも創造活動は、一人 で行おうと思っても限界がある。幅広い異 質な人材とのコラボレーション(協働)が、 事業創造における偶発性を引き出し、新た な価値を生み出す。 そのベースとなるのは、情報共有のため の仕組みである。特に、現場の情報、経営

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トップの考え、各事業分野の戦略と活動、 顧客の声や購買行動に関する情報などに全 社員がアクセスし、共有化することが、建 設的なコラボレーションを行ううえでの基 盤となる。 また、そうした情報をベースに、自発的 に対話が生まれるようにする必要がある。 雑談が生まれやすいような職場のレイアウ ト、オープンドアの仕組み、等々。偶然の 対話を促進するために、「エレベーターを 使わず階段を使え」という企業すらある。 さらに、対話誘発のプラットフォームは、 単にコラボレーションを促すだけでなく、 各社員が自発的に「考える力」を引き出 し、新たなものを創造するための仕掛けに もなる。特に、経営トップとの直接的対話 を促進することが重要である。なぜなら、 経営者と社員との直接的対話は、より高い レベルでの発想力、構想力を引き出し、さ らに企業への高いコミットメント意識を醸 成することにもつながるからである。 電子部品商社の加賀電子では、社内研修 があると、社長や役員がほぼ勢ぞろいで必 ず懇親会に駆けつける。そこで社員とざっ くばらんな会話をしながら、自分たちが考 えていることをぶつける。社長が公式の場 で社員に語りかけることも必要だが、それ 以上に近い存在として対話することが、社 員の高い意欲を引き出すことにつながる。 このように対話誘発の仕組みは、自律的 創造に向けた第一歩となる。 (2)行動誘発プラットフォーム 第2のインフラは、行動誘発プラットフ ォームである。創造活動に向けた主体的な 行動を促すための人材支援の仕組みが必要 である。 その第1は、自主参画の仕組みである。 主体的な行動を生み出すためには、自分の キャリアは自分で創る、自分の仕事は自分 で創るという高い意識を持たせることが必 要である。 求人側である組織や部門が欲しい人材の 情報を公開し、そこに自ら手を上げ、転職 し て い く 。 さ ら に 一 歩 進 め て 、 社 内 F A (フリーエージェント)制度を導入し、自 図5 主体的行動を促進する経営システム 気づき誘発プラットフォーム 自律的行動を促す自己認識の仕組み 自己管理指標、経営情報の開示、 ビジネスリテラシーの向上、… 対話誘発プラットフォーム 自発性を引き出す創造的対話の仕組み 情報共有のインフラ、雑談の仕掛け、 横の対話・縦の対話、議論のノウハウ共有、… 行動誘発プラットフォーム 主体的行動を促進する人材支援の仕組み 自主参画の仕組み、加点型の評価制度、 主体的行動人材の採用、… 顧客 自律創造型組織 顧客 自律創造型組織 顧客 自律創造型組織

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らの能力とやりたいことを提案し、別の部 門長からヘッドハンティングされる。こう した対等な転職市場を構築することで、社 員の主体的な行動を促進できる。ソニーや ベネッセ、リクルートなどの事業創造に長 けた企業では、対等な社内転職市場の仕組 みがすでに導入されている。 今後、事業創造の中核を担う人材、すな わち本当に能力とやる気のある人材ほど、 良い仕事を求めて流動化していく。そうし た人材に最適な仕事と場をいかに提供でき るかは、企業の存続に多大な影響を与える という認識を持たなければならない。 主体的な行動を誘発する第2の仕組み は、加点型の評価制度の導入である。評価 制度は、社員の行動を規定する直接的なツ ールである。このとき、従来のような減点 志向の評価制度を維持していては、リスク が伴う創造的活動に取り組むことを阻害す る。何もしなければ評価されず、何かにチ ャレンジすれば評価され、さらにそれが成 果に結びつけば高い評価を得る仕組みが必 要である。 さらに、強調しておきたいのが採用であ る。人材育成の仕組みを通じて、より多く の社員を主体的な行動がとれるように変え ていく必要がある。しかし、採用の段階で、 主体的な行動がとれる人材を見極め、獲得 することは、主体的行動の発現確率を高め る意味で、より重視されねばならない。 リクルートの採用方針は、「ある程度の リスクをとりチャレンジできる人材」「コ ミュニケーション能力に長けた人材」を獲 得することだという。主体的に考え、行動 できる人材を初めから求めている。そのた めに、多くの社員が採用活動にかかわり、 対話し、その能力を見極めていくという。 前述したように、1990年代後半から人事 制度改革への取り組みが盛んになった。こ の間、多くの企業が導入したのは目標管理 制度や成果主義など、自己責任を明確にす るための仕組みであった。しかし、会社が 職務を付与して、責任は個人がとれという だけでは、単なる奴隷制ではないかと言わ れても仕方ない。顧客のことを考え抜き、 主体的に行動できる人材に変革するには、 自ら手を挙げ、やりたいことに没頭できる 仕組み、そうした人材が魅力的に見える風 土づくりが必要である。 (3)気づき誘発プラットフォーム 最後のインフラは、気づき誘発プラット フォームである。主体的な行動は、単にア イデアを生み出す局面だけで発揮されれば 良いわけではない。自らの行動の成果を確 認し、自ら主体的に行動の修正と革新を図 れるようにならなければならない。自らを 律するための「気づき」の仕組みである。 この「気づき」の仕組みとして、有効な 仕組みの1つが管理会計制度である。一般 に、管理会計など数値管理の仕組みは、行 動を制約し萎縮させると考えられやすい。 だが、その活用方法を誤らなければ、自律 的に行動を組み替えていくための「気づき」 の仕組みとなる。 京セラのアメーバ経営、すなわち小集団 単位での独立採算経営は、この「気づき」 の仕組みの先駆けであるといえる。時間当 たり付加価値(売り上げから費用を差し引 いたものを、投入労働時間で割った値)を ベース指標とし、自己チェック機能を働か せることで、目標達成に向けて、自ら考え、 自律的に行動し、修正することを促す。 現在米国で注目されつつあるオープンブ

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ック・マネジメントという手法も、全社員 がブックすなわち財務資料を見て、その意 味を読み取るトレーニングを受けること で、自らの状況を客観的に認識し、次への 行動を自律的に創り出す仕掛けである。 こうした管理会計制度をベースにした 「気づき」の仕組みを有効に機能させるた めには、次の点に留意する必要がある。 第1に、拠り所となる指標は単純である ほど、行動の焦点を明確にし、「気づき」 を早期に促す。第2に、自らのデータを客 観的に分析するために、経営情報、他部門 情報はできるだけオープンにする方が良 い。第3に、こうしたデータを正しく解釈 し、次への取り組みを考えられるようにす るには、社員のビジネスリテラシー(ビジ ネスに関する読み書き能力)を向上させる 取り組みが必要である。 このように、自律的な行動を促すために は、その行動を客観的に自己チェックする 仕組みが必要になる。加えて、自らを律す る基準を自ら設定するという行為は、高い 責任意識と意欲を醸成する。 以上見てきたように、対話誘発、行動誘 発、気づき誘発という3つのプラットフォ ームが、組織全体の行動原理を変革し、事 業創造を促進するベースとなる。

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では、こうした組織、経営インフラを整 備したうえで、具体的にどのような事業創 造の仕組みを構築すれば良いのか。ここで は、従来の事業創造メカニズムとは異なる 4つの要素について説明する(図6)。 (1)創造の基軸を共有する 事業を創造する場合、その顧客が求める ものなら何でもやりなさいという考え方も あるかもしれない。しかし、それでは社員 も焦点が定まらず、何を創造すれば良いか 迷ってしまう。 そこで、創造、発想の基軸となるコンセ プトを経営者がまず提示することが必要に なる。ベネッセの「より良く生きる」、ソ ニーの「デジタル・ドリーム・キッズ」な どは、顧客に提供する価値、喜びを示した ものである。また、高収益企業で知られる 図6 継続的に創造を生む「発散と収束」の仕組み 事業の成功、 利益の創出 創造の基軸の提示 数を求めるアイデア創造 アイデアを形にする 顕差の創造 顧客との対話 駄目なら見切る

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ヒロセ電機では、「オール・ニッチ・トッ プ・ルール」という創造のレベルを規定す るコンセプトを提示している。これは、あ る程度ボリュームはとれても、市場で圧倒 的ポジションを確立できないものはやらな い、という考え方を示したものである。 これらのコンセプトは、アイデアを発散 させる範囲(OBライン)を規定し、さら にその達成目標のレベル(合格ライン)を 設定することになる。 (2)アイデアを数多く出させる仕掛けを 創造する これからは確率論的な投資スタイルでの 事業創造が求められるが、そのためにはア イデアを数多く出し、より多くの事業を具 現化する仕組みが必要になってくる。 こうした仕組みをトータルに実現してい るのがリクルートである。同社は創業以来、 アイデアを出すのが当たり前、楽しいとい う文化を醸成しようと、お祭り雰囲気の企 画コンテストを実施してきた。現在では、 「New-Ring制度」という名称で運営され、 毎年300チーム前後の応募があるという。 ここで特筆すべきは、このアイデアに応 募した人には、数万円の商品が多数掲載さ れたカタログが送られてきて、自分の好き なものがもらえるということである。さら に、入賞者には数十万から200万円の賞金 が送られる。入賞した案件はプロジェクト 化や事業開発投資が決定され、具体的な事 業プランの検討がスタートする。 同社はまた、アイデアを出せる人材を創 り出すための仕掛けとして、社内でのビジ ネスカレッジや、他企業への留学制度など も積極的に導入している。 こうしたアイデアを生み出す仕掛け、事 業化に結びつける支援の仕組みをトータル で構築していくことが、数多くのアイデア を生み出すだけでなく、その質を高めるた めにも必要である。 (3)顧客との対話を通じてアイデアを形 にする アイデアは、顧客との対話を通じて形に 仕上げる。対話の手段は、マーケティング 手法やインターネット、双方向メディアの 進化により、今後さらに広がっていく。し かし重要なのは、手段ではなく、顧客とど のような関係を構築できるかである。 ベネッセの顧客対話能力のベースにある のは、「進研ゼミ」「赤ペン先生」で培った 木目細かなコミュニケーションノウハウだ という。例えば、こども向けの本やビデオ を発売すると、どんなところに子供が興味 を示したか、そのとき子供はどんな様子だ ったか、どのくらいで飽きてしまったかな ど、親に直接話を聞く。こうした対話のな かで、親は子供をどう見ているのか、親は 子供との暮らしのなかで何を悩んでいるの かを知る。そして、商品・サービスを特定 顧客層にとってより高い価値、顕差を生む ものに昇華させていく。 ここで着目すべきは、こういうやりとり のできる顧客、ひいては企業を育ててくれ る顧客をどれだけ持てるかということであ る。サッカーのサポーターのように厳しい けれども、簡単には離れていかない温かい 顧客をどれだけ創れるかが、顧客との対話 の質を大きく規定することになる。 (4)事業化された案件を適切なタイミン グで見極める これまで多くの日本企業では、事業を見

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切ることが不得手であった。それは事業を 見切ることは、その責任者自身を否定する ことだと考えられてきたからである。しか し、明らかに将来のない事業にいつまでも 固執させるのは、その責任者、その事業に 携わる人材にとって不幸である。 事業を見切るためのルールとしては、大 きく2つの考え方がある。 1つは、「エグジット」ルールを設ける という考え方である。ある一定基準をクリ アできなければ、自動的に撤退するという ルールである。例えばヒロセ電機では、 「付加価値を生まないものは持たない」と いう明確な哲学のもと、一定の利益率を下 回った商品を打ち切り対象とするというル ールを採用している。 もう1つは、「サンセット」ルールを設 けるという考え方である。ミスミのように、 毎年やることをゼロベースで洗い替えし、 新たな投資案件と比較しても魅力的であれ ば継続させるというルールである。 しかし、実際にはこうしたルールを設け ても機能しない企業が多い。それは、その 事業を仕掛けた人では、自ら見切ることが できないからである。そう考えると、やは り最後の砦は、経営者しかいない。ヒロセ 電機では、社長が一日中社長室にこもり、 製品データを分析し、社長自らが打ち切り の判断を下すという。 逸速く見切り、次の事業創造に向かわせ ることで、事業創造サイクルに継続的な好 循環を創り出すのは、経営トップの重要な 役割であるといえる。 以上のような自律的な事業創造の仕組み を機能させるには、①アイデアを主体的に 創造し、②周囲を巻き込んで形に仕上げ、 ③さらに社内外での創造の連鎖を生み出す ――ことができる人材が求められる。いわ ば、会社を舞台とするパフォーマー(演じ 手)と呼べる人材である。 しかし、ここで大きな疑問、懸念が出て くる。それは、「本当にこのような経営モ デルを、現状の人材で構築できるのか」と 図7 経営モデル革新への2つのシナリオ 〈外堀モデル〉 戦略 戦略 戦略 事業システム 事業システム 事業 システム 人材 人材 人材 組織 組織 組織 経営 インフラ 経営 インフラ 経営 インフラ 事業システム、組織体制、経営インフラの 変革を通して、人材の行動変革を迫る 〈出島モデル〉 本体 出島 自律的人材を外に出して(あるいは新たに採用して) そこで新しい仕組みを構築する

Ⅲ 新たな経営モデルへの道

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いうことである。この懸念事項にこたえ るには、大きく2つの方策が考えられる (図7)。 第1の方策は、「外堀モデル」と呼ぶも のである。要するに、これまで述べてきた 組織、経営インフラ、事業化プロセスを一 気に導入し、社員への行動改革を強く迫る というものである。外堀を埋めてしまい、 新しい環境に適応しなければ生き残れない 状況を創り出してしまうという考え方であ る。 しかし、残念ながらあまりに古い体質が 染み付き、従来の事業を効率的に運営する ことから簡単に脱却できない企業も多い。 このような企業では、外堀を埋めても新し い仕組みに適応できない人材が多く生まれ る可能性がある。そうした企業では、「出 島モデル」と呼ぶ第2の方策を検討してみ ていただきたい。 これは、人材発で考える方策である。社 内に少ないながら、会社を舞台として事業 創造の仕組みを活用できる人材がいるなら ば、こうした人材に合った組織、経営イン フラ、事業化プロセスを持つ組織を本体と は切り離して構築してしまう。適応できる 人材から自己変革してもらい、その動きを 社内に波及させるという方法である。 文房具関連のプラスのグループ企業であ るアスクルは、法人への直販という新たな 事業の仕組みを創るために、より営業志向 の強い組織を構築した。アスクルの成長と 経営モデルは、プラス本体の経営にも刺激 になっている。 企業を変革するとは、そこで働く人材を 行動レベルで変革することである。仕組み を変えることで、より多くの人に行動改革 を迫るか、すでに新たな行動原理を持つ人 材を突破口にして、企業改革に取り組んで いくかは、「その企業の人材ポテンシャル をどこまで経営者が信じきれるか」にかか っているといえよう。 本稿では、顧客顕差を創造するための経 営モデルを構築してきた。そのベースにあ るのは、顧客との対話(ダイアログ)であ り、こうした顧客を考え抜き、行動できる 組織のあり方、この組織の中で自発的、主 体的、自律的な行動を促すための経営シス テムのあり方を整理してきた。 ここで提示した経営モデルは、単なる事 業創造の仕組みではない。これからの個人 と企業との関係を抜本的に変革していくた めの経営モデルであると考えている。すな わち、最高の場を提供する企業に優れた個 が集まり、その個が最大のパフォーマンス を実現することができる経営への転換とい うことである。日本企業、そしてこの日本 企業で働く人材が自信を取り戻し、新たな 創造への意欲を高めていくために、今まさ に、個と企業との関係の創造的破壊が必要 なのではないだろうか。 著者――――――――――――――――――――― 中島 済(なかじまわたる) 経営コンサルティング一部上級コンサルタント 専門は競争戦略構築、組織改革 高橋克徳(たかはしかつのり) 経営コンサルティング一部副主任コンサルタント 専門は組織改革、人材マネジメント改革

Ⅳ 個と企業との関係革新

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