手根管症候群はなぜ夜間、早朝に増悪するのか(130206)
朝に右の第 2、3、4 指のしびれと痛みがあり、起きてしまう。最近、外で作業をするようになった ら徐々にこのような症状が増悪してきた。手をぶらぶら振るとやや改善。症状は朝に最もつらいが 日中は徐々に消失する。Fharen、Tinnel sign ともに陽性。CTS を疑った。 ところで、なぜ夜間や朝に増悪するのか。基本的な事項を復習しながら関連する記載を探して みた。 本疾患は、手根管内圧が何らかの原因で上昇し、正中神経が圧迫されて発症します。肘部 管症候群のように機械的刺激(friction neuritis)によるものはほとんどないと考えられていま す。2) Resting position の内圧値は active grip, maximum passive wrist extension, maximun passive wrist flexion の内圧値より有意に低い値を示した。5) 健常手の手根管内圧値は、手根管症候群患者の内圧値に比べすべての肢位において有意 に低い値を示した。5) 末端肥大症のように手根管自体の狭窄や myxoid やアミロイド蛋白などの異物の蓄積、滑膜 炎などにより手根管部に炎症が起こる等すると正中神経が圧迫されて症状が出てくる。特発 性の例はいわゆる腱鞘炎が手根曲部に及んでいると考えられる例が多く、女性は男性の約 6 倍の頻度である。1) 女性に多くみられる理由は、手根管が男性に比べて狭く、また、1 日中ワープロを打つ職業、 育児や皿洗いなどの家事、高齢の女性が庭の草取りなどで手を使いすぎて発症する例が多 い。女性の腱鞘炎は女性ホルモンの影響があるとされており、妊娠や閉経期のホルモンバ ランスの変化で炎症が起きやすくなる。1)
“double crush syndrome”は、1973 年に、カナダ の神経内科医 Upton & McComas が Lancet 誌に発表した仮説である。手根管症候群または肘部管症候群の患者 115 人を電気 生理学的に調べたところ 81 人に頸部神経根障害を認めたが、これは単なる偶然ではなく、 背景に軸索流の障害があるだろうと述べた。すなわち、すでに近位で圧迫を受けている神経 軸索は、軸索流の障害を生じるので、遠位部において圧迫神経障害に陥りやすくなるという 仮説である。また、糖尿病などがあると神経は sick neuron であるため神経易損性が亢進 すると述べている。4)
1990 年、Dahlin & Lundborg は、神経軸索の末梢部の圧迫は軸索流を介して神経体細胞の 形態的、生化学的変化を惹起することを実験的に証明した。すなわち、神経圧迫があるとそ の近位部においても神経の易損性が生じるのであり、この病態を“reversed double crush
syndrome”と呼んだ。4) 典型的な神経所見から診断が比較的容易な症例もあるが、軽症例から重症例まで神経所見 は多彩であり、臨床症状からだけでは診断に苦慮する症例も少なくない。3) 親指から薬指半分までの手のひらのシビレや痛みで特に夜間や手を使用した後に悪化する。 しびれは手を振ると改善するようであるが、小指や手背には感覚異常を認めない。進行する と音叉を指に当てても振動を感じない例も見受けられる。また、運動障害としては特に母指 の側転障害の症状、つまり硬貨を取り出しにくい、ボタンがかけにくいなどがみられます。進 行例では母指球の萎縮も認められ、猿手を示すようになる。1) 初診時の主訴としては手のしびれや痛みが多く、母指の運動障害が主訴となることは少ない。 3) Phalen によると、中指に感覚低下を認める症例が最も多い。3) 正中神経領域、すなわち母指から環指橈側の知覚障害を訴えます。その症状は知覚鈍麻か ら知覚過敏までさまざまであり、「手のしびれ」と表現する患者が多いです。また、夜間に手 のしびれを感じて明け方に目を覚ますという患者も多くみられます。そしてこれらの症状は、 自転車や自動車のハンドルを持ったり、傘を持ったり、また受話器を持ったりした場合に増強 し、手を振ると軽減すると訴える患者も多いです。2) 手根管症候群では、母指球の筋萎縮や母指から環指まで 4 指の感覚障害が出現する。なお、 正中神経手掌枝は手根管より近位部で正中神経より分枝し、手根管を通らずに手掌中央部 や母指球部に分布している感覚神経である。このため、手根管症候群では通常手掌部の感 覚障害を生じない。3) パーフェクト O(perfect O):母指球筋の麻痺により母指の対立ができなくなり、母指と示指で の O が描けなくなります。2) (参考文献 2 より引用) 確定診断を行ううえで電気生理検査は必須であり、治療方針の決定や予後判断を行うため
に基礎疾患との関連を調べることも重要である。3) 解剖学的には母指、示指、中指と環指の橈側半分にしびれが限局するはずであるが、実際 にはしばしばこの範囲を越えて「手」のしびれを訴える症例がみられる。時には、手の範囲も 越えて肘や肩のしびれや痛みを訴えることもある。したがって、病歴上、自覚的なしびれの範 囲が正中神経領域に限局していないからといって必ずしも手根管症候群を除外することはで きない。3) 手根管症候群では、手のみならず、前腕、上腕にも痛みが生じることは臨床上経験すること で あ る 。 原 因と し て ま ず 考え な け れ ばな ら な い のは 、 ご 指 摘 の と お り 、 “double crush syndrome”であり、頸椎症と手根管症候群の合併である。胸郭出口症候群と手根管症候群 の合併も報告されている。さらに“reversed double crush syndrome”も考慮する必要がある。 4) 手を過度に使わないことや、時々罹患肢を挙上して手の腫脹を抑制することを指導する。3) 母指球の萎縮がみられないような症例に対しては、まず保存療法を行います。最初に試み るのが局所の安静です。装具を使用すればかなりの効果が期待できますが、日常生活の不 便を訴える患者もいます。2) 薬物療法としては、有効性が明らかなものはステロイドであろう。連日もしくは隔日 PSL5mg 程度の少量ステロイドの服用は疹痛を緩和するだけでなく、手根管症候群の進行を遅滞さ せる。1) 柴苓湯がステロイドと併用すると疹痛緩和効果が上がることや、単発でも疹痛が緩和される などの報告がある。しかし、ステロイドほど明らかな効果はなく、今後症例を重ねエビデンス を構築する必要がある。その他に対症療法としては、症状が軽い場合、手首をサポーターな どで固定して局所の安静を図ったり、症状に応じて、消炎鎮痛薬を飲んだり、ステロイドを手 根管に注射を行う。手根管部に NSAID を含んだ湿布療法を施すことも有効なことがある。手 根管症候群を初めとする透析アミロイド症にもっとも効果のある治療法は腎移植である。1) 疼痛の強い患者には消炎鎮痛薬の投与、症状が軽い患者にはビタミン B12 の投与が勧め られます。手根管内ステロイド注射は多くの患者で有効との報告がありますが、効果の持続 性には問題があります。これらの保存療法を 2 ~ 3 カ月行い、症状が改善しない場合は手 術を考慮します。2) ステロイド投与に関しても、装具療法に関しても症例によって効果にばらつきがあり、絶対的 な基準を設定するのは難しい。3) 手術は基本的に靱帯を切って、障害を受けている神経を圧迫から解放することを目的とする が、時期が遅いと特に運動神経は完全に回復しないことがあるので、早めの手根幹開放術 が好ましい。1) 小切開法と鏡視下法の優劣は今なお学会で討論されていますが、最終成績は変わりないと
いうのが本音のところでしょう。2) いずれの手術でも術後、特別なリハビリは必要なく、靱帯を切ることにより、いったん握力が 落ちるが、半年ほどで回復する。筋力については、手術前の障害の程度によって、正常に戻 らない場合もあるが、シビレは平均 6~8 週間ほどで消えることが多い。手首の靱帯を切断し ても 1 ヵ月~数ヵ月で靱帯は再生するので、長期透析患者では手根管症候群の再発を認め ることがしばしばである。1) (参考文献 1,2 より引用) ところで、夜間早朝に痺れが増悪するのはなぜだろうか。論文中からは拾えなかったので、ここ からは推測。 症状は手根管内圧と関連していることは間違いなさそう。寝ている時に手根管内圧が上昇する ような機序があると考えるが妥当と思う。安静にしているはずだし、過剰な屈曲進展は無さそうだ。 そうすると、日中下肢に鬱滞した組織液が上肢に再分布するとか、筋肉の動きが少ないから静脈 に血流が鬱滞しやすいとかそういった理由なのだろうか・・・。まあ、結局良く分からないが、疾患 の表現に特徴があるというのは面白い。
参考文献 1. 高根裕史, 竹中恒夫, 鈴木洋通.手根管症候群.医学と薬学 65(4): 465-470, 2011. 2. 矢島弘嗣.手根管症候群.整形外科看護 16(12): 1272-1279, 2011. 3. 今井富裕, 松本博之.手根管症候群.綜合臨牀 55(9): 2227-2231, 2006. 4. 手根管症候群で障害部位より中枢側に症状が生じる原因は何か?続 他科医に聞きたいち ょっとしたこと(II).no.571vol.55 http://www.eisai.jp/medical/useful/consult/vol55/no571/02.html 5. 捶井 隆, 二ノ宮 節夫, 清水 泉, 他.健常手における手根管内圧. (0910-5700)6 巻 3 号 Page331-333(1989.11)