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アンティグア・グアテマラにおける民族衣装の観光商品化とインディヘナの女性たち : グアテマラ織りとウィピルをめぐって

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アンティグア・グアテマラにおける民族衣装の観光商

品化とインディヘナの女性たち

―グアテマラ織りとウィピルをめぐって―

Commodification of the Folk Costume and Women

of the Indigenas in Antigua Guatemala:

Guatemala Weavings and Huipil

石井 真佑

* 

藤巻 正己

** 要 旨 グアテマラ共和国の先住民であるマヤ系インディヘナの女性は日々、 「ウィピル」(huipil)という民族衣装に身をまとって生活している。ウィピ ルには、マヤ文明から伝わる伝統的なグアテマラ・レインボーと呼ばれる鮮 やかな色使いのグアテマラ織りの布が使われており、それぞれの地域や村で 柄や色、デザインが異なっている。つまり、ウィピルはエスニック・マー カーとしての役割を果たしてきた。 同国の古都アンティグア・グアテマラでは、世界文化遺産に登録されて以 降、急速な観光化にともない、ウィピルのみならず、小物入れやカバン、帽 子、靴などにグアテマラ織りを使った観光客向けの商品化が進むようになっ た。インディヘナにとってグアテマラ織りやウィピルは、日々身にまとい自 らのエスニック・アイデンティティを示す衣類としての役割だけでなく、観  * (株)Rise Up **立命館大学文学部教授

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光商品としての意味を持ち、インディヘナに対して経済的恩恵をもたらすよ うになった。 民芸品店のインディヘナ女性は、観光客の需要や流行に応じてウィピルの デザインを変えたり、安価な商品を作ったりするなど柔軟に対応してきた。 こうした行動は、インディヘナが自己の文化を観光のために切り売りしてい るとみなされるかもしれないが、その一方で自己の文化を価値あるものとし て再確認したうえでの主体的戦略的適応行動と解釈することもできる。言い 換えれば、アンティグアのインディヘナは観光を通じて、グアテマラ織りの 布を自己の伝統文化を表象するものとして、アンティグア・インディヘナと しての誇り、エスニック・アイデンティティを維持、さらには強化している とみなすことができる。 Abstract

The indigenous women of the Republic of Guatemala, known as indigenas in Spanish, wear their folk constume, huipil, in their daily lives. The huipil is made from a fabric produced through traditional Guatemalan weaving techniques inherited from the Mayan civilization. The patterns, colors, and designs differ among different regions and villages. In recent years, the advancement of tourism in the ancient city of Antigua Guatemala has resulted in a remarkable increase of tourist-oriented products made from Guatemalan weaving, not only the conventional huipil but also accessory cases, bags, hats, shoes and the like.

For the Indigenas, the huipil not only serves as an item of everyday clothing but also possesses certain significance as an ethnic marker. However, at the same time, due to the commodification of the huipil and folk crafts through tourism in recent years, it is also providing some economic benefits to the

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indigenas.

Many Indigenas have adapted to the demands of tourists and to fashion trends by changing huipil designs and producing low-cost articles. While such behavior may be construed as the Indigenas selling off their own cultural heritage for tourists, it can also be Interpreted as strategic adaptive behavior upon the reaffirmation of their culture as something valuable. In other words, the Indigenas of Antigua can be considered to have enhanced their ethnic identity and pride as Antigua Indigenas through tourism, using Guatemalan weaving as the representation of their own traditional culture.

キーワード: ウィピル、インディヘナ、観光、商品化、エスニック・アイデ

ンティティ、アンティグア・グアテマラ

Key words: huilpil, the Indigenas, tourism, commodification, ethnic identity, Antigua Guatemala

1.はじめに

現代の国際ツーリズムは、「北」(先進国)が失った「自然」や「未開性」 を残す対蹠点としての「南」(開発途上国)の辺境地域に暮らす先住民族や 彼らの生活文化が現存する他所への訪問を容易にし、エスニック・ツーリズ ムという観光形態をうみだした。他方、1980 年代に世界の先住民族の尊厳・ 権利にかかわる議論が台頭するようになり、1993 年には国連において「国際 先住民年」が制定されるなど、「先住民族」が世界的諸課題として認識され るようになったことを背景として、文化人類学や社会学などの分野を中心 に、エスニック・ツーリズムをめぐるさまざまな議論が展開されてきた1) エスニック・ツーリズムに関わる研究の主たる論調は、少数民族観光の現 場で供される観光文化は観光客のまなざしに応えるために演出、記号化、商

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品化されたものであり、本来の文脈から切り取られた「真正性」を欠いたも のに他ならない、という観光文化の真正性をめぐるものである2)。その一方 で、少数民族の文化が観光の対象となることによって、それまで特に意識し てこなかった自文化の意味や価値を見直し、それを通じて彼らのエスニッ ク・アイデンティティが維持、強化される場合があることも指摘されてきた3) 例えば、大塚4)や亀井5)は、当該の民族を象徴する工芸品が土産物として観 光商品化され切り売りされるとしても、それらの工芸品の価値が認められる ことを通して、彼ら自身が自文化の意義を再確認し、彼らのエスニック・ア イデンティティを強化する契機となると論じている。 以上のような議論をふまえ、本稿では、グアテマラのマヤ系先住民であり、 インディヘナ(Indigena)と称される人々の民族文化の象徴ともいえるグア テマラ織りやウィピルと呼ばれる民族衣装の(写真 1)観光商品化が、彼ら の経済生活やエスニック・アイデンティティにどのような影響を及ぼしてい るのかについて考察する。 写真 1 グアテマラ ・ レインボーと称えられるグアテマラ織りのウィピル (2012 年 8 月、石井撮影)

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本研究は、グアテマラの古都アンティグア・グアテマラ(以下、アンティ グア)での観光現象について、現地での観察で得られた知見、そしてアン ティグア中心部の民芸品店で従事するインディヘナに対するアンケート調 査の結果をふまえたものである。 アンケート調査は 2012 年 7・8 月に、筆者自身が店舗を訪れ、店長または 従業員に対して直接行った。回答者はいずれも同市内に在住、もしくは周辺 地域から出入りしているインディヘナ女性である。アンケートの対象となっ たのは、大規模な集合的民芸品マーケットを除く 39 店舗であり、そのうち 36店舗からアンケート票を回収することができた。また筆者による調査を補 完するために、アンティグアに在住するコロンビア人の知人に、民芸品や ウィピルを扱うインディヘナ女性に対するアンケート調査を依頼した(2013 年 10 月実施)。加えて、長年グアテマラに在住し日本人観光客を対象とする 観光ガイドや、アンティグアで開校している日本人向けスペイン語学校の経 営者、そしてグアテマラ織の研究者 3 名に対してもインタビューを行った。

2.研究対象地域の概観

2-1.グアテマラ共和国 グアテマラ共和国(以下、グアテマラ)はユカタン半島の南に位置し、メ キシコとベリーズ、ホンジュラス、エル・サルバドルの 4 カ国と国境を接し ている(図 1)。国土面積は約 10 万 9 千 km2であり、北海道と四国を合わせ た面積よりもやや大きい。国土の南部は山岳地帯であり、メキシコからシエ ラ・マドレ山脈が太平洋岸沿いに伸び、中米のなかで最高峰といわれるタフ ムルコ(4,220m)のほかに、タカナ(4,093m)、アカテナンゴ(3,960m)、フ エゴ(3,835m)など富士山を超える高さをもつ多くの火山がある。その一方、 古代マヤの都市であり、1979 年に世界遺産(複合遺産)に登録されたティカ ル遺跡が所在する北部では平坦な熱帯雨林地帯が広がっている。

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気候は、標高が全体的に高いため朝晩の寒暖差は大きい。日中は薄着でも 過ごせるが、冬の夜は防寒具などが必要な時もある。中央高原地帯に位置す る首都のグアテマラ・シティは温帯性気候下にあり、年間を通して比較的気 温差は少ないため、常春の地として知られている。海岸低地帯はカリブ海の 南国イメージが当てはまる熱帯気候の特徴を有す。グアテマラ全域で雨季と 乾季があり、おおよそ 5 月∼ 10 月が雨季、11 月∼ 4 月が乾季となる。雨季 は 1 日中、雨が降り続けるのではなく、スコールが明け方と夕方に降るため、 日本の梅雨とは違い湿気が少なく比較的過ごしやすい。 図 1 グアテマラ共和国地域概観図(石井真佑作図)

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2011年の国立統計院の推計によると、グアテマラの総人口は 1,471 万人を 数える。そのうち 22 の部族に分かれているマヤ系先住民のインディヘナ(写 真 2)が 46%、ラディーノと呼ばれる先住民と欧州系の白人との混血が 30%、 ガリフナ族、シンカ族等その他先住民族が 24%を占めている6)。グアテマラ ではスペイン語が公用語として定められているが、北西部山岳地帯に住んで いるインディヘナの大部分は、先住民族固有の言語を今なお使用しており、 そのマヤ系の言語は 20 種類以上あると言われている7) 首都グアテマラ・シティの人口は約 102 万人である8)。政治や経済の中心 地であるが、貧富の差を象徴するスラムがみられるほか、犯罪率が高いなど、 多くの社会問題も見受けられる。首都近郊にはラ・アウロラ国際空港が位置 しており、空路での入国時には同空港が玄関口としての役割を果たしている。 2-2.アンティグア・グアテマラ 本研究の調査地であるアンティグアは、首都から西へ約 40km の場所に位 置するサカテペケス県の県都である(図 2)。アンティグア・グアテマラとは 写真 2 石畳の通りで行商を行うインディヘナ

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「古いグアテマラ」を意味する。 アンティグアの南に高くそびえ立つのが成層火山のアグア火山であり、現 地に住む日本人からは「グアテマラの富士山」と呼ばれている。この他にフ エゴ火山とアカテナンゴ火山がアンティグア周辺にあり、これらの 3 火山は アンティグアの市章にも取り入れられている。 標高 1,520m の高原に位置するアンティグアの街は、スペイン統治時代の 2番目の総督府所在地のシウダ・ビエハが 1527 年の大地震で壊滅したため 図 2 サカテペケス県地域概観図(石井真佑作図)

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に、3 番目の総督府として 1543 年に創建された。その当時のアンティグアは 中米では最も華やかな都市であり、人口は 6 万人にまで達するほどであった という。しかし、1773 年の大地震で街は崩壊したため、1776 年に総督府は グアテマラ・シティに移ることとなった。アンティグアは 1917 年、1978 年 にも大地震に見舞われたが、修復や再建により、スペイン植民地時代のコロ ニアル調の建物やキリスト教会・修道院、そしてルイナスと呼ばれる廃墟な 図 3 アンティグア・グアテマラ中心部の概観図・民芸品店の分布図(石井真佑作図)

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ど、今もなお歴史的遺構が多数残存している。 アンティグアの街はサンホセ大聖堂(カテドラル:1541 年創建)のある中 央広場を中心に碁盤目状に整備されている(図 3)。東西に延びる道をカジェ (calle)と呼び、北の 1 カジェから始まり南は 9 カジェまである。また、南 北の通りをアベニーダ(avenida)と呼び、東の 1 アベニーダから 7 アベニー ダまで続いている。サンホセ大聖堂の正面にある中央広場を囲んで、旧グア テマラ総督の宮殿、アンティグア市役所、ラ・メルセー教会(1751 年)(写 真 3)、カプチナス修道院(1736 年)などが配置され、この街の中心部の特 徴ある景観を形づくっている。また、街中の道はすべて石畳でできており (写真 2)、コロニアル調の建造物とともに植民地時代の街並みを今に残して いる。こうしたスペイン統治期の歴史的建造物や遺構から成るアンティグア の街は、1979 年にユネスコ世界文化遺産に登録された。 写真 3 メルセー教会

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アンティグアの人口は 8 万 7000 人9)であるが、近郊村のサンタ・アナや ホコテナンゴ、サン・アントニオ・アグアス・カリエンテスなどからの住民 が仕事や買い物などのため、また世界各国からの観光客も多く訪れるため、 日中のアンティグアはにぎわう街となる。

3.世界文化遺産都市アンティグア・グアテマラの景観政策と観光

2013年現在、グアテマラでは世界遺産が 3 件登録されている。1979 年に 文化遺産として「アンティグア・グアテマラ」、複合遺産として「ティカル 国立公園」、そして 1981 年に文化遺産として「キリグアの遺跡公園と遺跡群」 が登録された10) 世界遺産リストに登録されるためには、ユネスコの「世界遺産条約履行の ための作業指針」で示されている(ⅰ)∼(ⅹ)の 10 項目の登録基準のう ち、いずれか 1 つ以上に合致しなければならない。と同時に、真正性(オー センティシティ)や完全性(インテグリティ)を併せもち、かつ、締約国の 国内法により適切な保護管理体制がとられていることが条件となっている が11)、アンティグアが遺産登録されたのは次の 3 つの登録基準を満たしてい るからである。「(ⅱ)建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展 に重要な影響を与えた、ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内で の価値観の交流を示すものである」、「(ⅲ)現存するか消滅しているかにか かわらず、ある文化的伝統又は文明の存在を伝承する物証として無二の存在 (少なくとも希有な存在)である」、「(ⅳ)歴史上の重要な段階を物語る建築 物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本で ある」12) アンティグアの主な歴史的建造物や遺構は、先述したスペイン統治期の大 聖堂や修道院などであり、それらが構成する文化景観あるいは街並みが評価 された。世界遺産登録後、アンティグア当局は遺産都市にふさわしい景観を 保全するための政策に取り組んできた。例えば、10 年程前に中央公園を中心

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とした地域では電線が地下に埋設され、新規に 2 階建ての建造物が建てられ なくなった、また、商業用看板が建物の壁から垂直に取り付けることを禁ず る条例が制定された(写真 4)。さらに、アンティグアの建物の外壁の色は白 色、ベージュ 2 色、クリーム色、茶色、サーモンピンク、水色 2 色、黄色、 エンジ色の 10 色に制限されるようになった。私有の建築物については、市 民が上記の色から自由に選択できるので頻繁に外壁の塗り替えが行われて いる。また、アンティグアには信号機が無く、道は互い違いに一方通行で成 り立っている。夜になると、石畳の道にアンティークな街灯に赤みを帯びた 明かりだけが点され、観光地としてのロマンチックな雰囲気を漂わせてい る。 グアテマラを訪れる外国人観光客数は年々増加傾向にある。2001 年には 83.5万人であった外国人観光客数は 2012 年には 195.2 万人となり、この約 10年間で倍増した。外国人観光客の主な送り出し国は陸路で入国できる中米 諸国からである。その他北米、オセアニアからの訪問者が急増しつつある (表 1)。こうした外国人観光客の主要目的地がアンティグアである。 アンティグアの観光資源は、スペインによる植民地支配という負の歴史を 写真 4 景観保全を意識したデザインのファーストフード店

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物語るコロニアル調の建築物やキリスト教会などの歴史的遺構と街並みで ある。また、観光客が最も多くなるのは、3 ∼ 4 月上旬にかけて行われる「ク アレスマ」(Quaresma:四旬節)と「セマナ・サンタ」(Semana Santa:聖週 間)の期間である。クアレスマの 40 日間とセマナ・サンタの 1 週間の期間 中、毎週日曜日にアンティグアを一周するプロセシオン(Procesion)という 御輿行列が出るが(写真 5)、プロセシオンが巡行する通りにはアルフォンブ ラと呼ばれる色鮮やかなおがくずで作られた絨毯が敷き詰められ、その壮観 さが観光客の旅心を大いに掻き立てる。また、教会の中も特別な装飾が施さ れ、それを一目見ようと多くの人が訪れる。 ところで、海外からの観光客は歴史遺産や街並み、そして伝統的祭礼だけ に惹かれてアンティグアを訪れるのではない。グアテマラの先住民であるマ ヤ系インディヘナの人々や彼らの民族文化、とりわけ民族衣装のウィピルや その素材となるグアテマラ織りの美しさが、世界各地から観光客を惹きつけ ている。このことはアンティグアを紹介する web 情報からも容易に知ること ができよう。 表 1 グアテマラへの地域別外国人観光客数の推移 (単位:人) 2001年 2003年 2005年 2007年 2009年 2012年 北米 271,888 307,027 384,599 496,237 604,813 631,947 中米 355,705 354,090 708,377 884,293 892,696 1,010,753 南米 42,851 38,171 47,518 57,070 58,489 62,352 カリブ海 5,732 4,553 7,824 6,062 7,936 6,023 ヨーロッパ 129,975 146,292 133,657 145,188 173,057 185,871 アジア 19,297 16,975 18,920 24,252 20,022 25,458 中東 5,719 5,593 7,975 7,073 7,797 11,297 オセアニア 3,193 4,662 5,547 5,994 9,789 15,555 その他 1,132 2,860 1,229 1,383 2,269 1,917 合計 835,492 880,223 1,315,646 1,627,552 1,776,868 1,455,039 (出典)INGUAT(http://www.inguat.gob.gt/inicio.php)

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4.インディヘナの民族文化の観光商品化

4-1.インディヘナの民族衣装ウィピルとグアテマラ織り インディヘナの女性たちは、日常的にウィピルと呼ばれる民族衣装を身に まとい生活している。ウィピルとは、鮮やかなたくさんの刺繍が施された貫 頭衣の女性用ブラウスのことであり、グアテマラ・レインボーと呼ばれる色 鮮やかなグアテマラ織りの布を 2 ∼ 3 枚つなぎ合わせ、頭を通す穴を中央に あけ、脇の部分を縫い合わせて作られている(写真 1)。 グアテマラ織りはマヤ文明から伝わる伝統的なものであり、見ていて飽き ないほどに色の種類も多く、デザインも多様で 120 種類近くあると言われて いる。ウィピルは、それぞれの村や地域で、独自の「柄」や「色」、「デザイ 写真 5 セマナ・サンタのプロセシオン

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ン」が決められているため、出身地やエスニック・グループが特定できるエ スニック・マーカーとしての役割を果たしている。ウィピルの下には、落ち 着いた色合いのグアテマラ織りのスカートが巻かれることが多く、巻きス カートを止める「シンチョ」と呼ばれるベルトにも刺繍などでデザインが施 され、その繊細な技巧は観光客の熱い視線を集めている。 観光化にともない、グアテマラ織りは今ではウィルピルなどの伝統的衣類 だけではなく、小物入れやカバン、帽子、靴などの観光土産へと「商品化」 されている。グアテマラ織りは手織りが主流であるが、近年、機械織りもみ られるようになった。機械織りは人件費がかからず大量生産ができるため、 商品価値が下がってしまう。これに対して、手織りの方がぬくもりやこだわ りが評価されるため、今でもインディヘナのみならず観光客の間でも人気が ある。 4-2. アンティグアの民芸品店 アンティグアには数えきれないほどの民芸品を扱う店舗が、メインスト リートだけではなく、街中のいたるところに立ち並んでいる(図 3)。また、 晴れの日には店舗を持たずに行商をするインディヘナの女性や子供が多く 見られる(写真 6)。一部の村のインディヘナの男性も民族衣装を着る習慣が あり、まれにアンティグアで行商しているところに出会うが(写真 7)、多く のインディヘナの男性は、道の脇で美しいアンティグアの町並みの風景画を 描きながら、また伝統楽器を演奏したりしながら作品を販売している。 観光客の誰もが口を揃えて言うように、常設の店舗で観光客向けに販売さ れている民芸品はほとんど同じものであり、これと言って大きな違いは無 い。これらの店で扱われる商品は当初、民族衣装の貫頭衣であるウィピルや シンチョと呼ばれる刺繍が施されたベルト、テーブルクロスなど、実際にイ ンディヘナの人々が使用するものが中心であった。しかし今日では、そうし た民芸品とは別に、ウィピルに仕上げる前のグアテマラ織りの布や、それを

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写真 7 民族衣装を着る男性のインディヘナ

(2012 年 6 月 11 日、石井撮影)

写真 6 通りすがりの観光客とインディヘナ女性の行商人

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使用して作成したポーチやカバン、ペットボトルホルダー、最近ではパソコ ンカバーや iPad ケースなども売られるようになった(写真 8)。 ところで、表 2 はアンケート調査を行った民芸品店 36 店舗のリストであ る。中央広場からメルセー教会へつながる 5 アベニーダに、民芸品店が多く 分布していることがわかる。この通りにはアンティグアのシンボルとして親 しまれ観光スポットにもなっているアルコ(Arco)と呼ばれる時計台があり、 日曜日や祝日になると歩行者天国となり、イベントも開催されるため多くの 人でにぎわう。 4カジェは、メルカド(Mercado)と呼ばれる市場の入り口(写真 9)につ ながるメインストリートとして、交通量が比較的多い通りである。それゆえ 観光客向けの民芸品店が多く分布している。特に 4 カジェの中でも、スー パーマーケット付近とカテドラル付近に集中している(図 3)。 以上のほかに、3 カジェに位置する 130 店舗あまりから成る大規模な集合 型民芸品マーケットと、市場近くの 100 店舗を超えるマーケットが存在して いる(図 3)。一つ一つの店舗の広さは畳 2 畳ほどの小さなものから(写真 写真 8 民芸品店のパソコンカバー

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表 2 アンティグアの民芸品店

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10)、大型の店舗まで大きな差があり、観光客の奪い合いが激しいことはあ らためて述べるまでもない。 4-3.インディヘナの店舗経営戦略 筆者自身によるアンケート調査で回答を得ることができたのは、39 店舗中 の 36 店舗である。店舗の創業年は 36 店舗中 23 店舗が 2000 年以降で、その うち 10 店舗は 2010 ∼ 2012 年に開業したばかりであり、全体に新しい店舗 が多い。レストランやカフェと同様に民芸品店も、筆者がアンティグアに滞 在した 10 ヵ月半という短い期間中、経営困難がゆえに閉店せざるを得なく なったり新たに改装して別の店がオープンしたりと、入れ替わりが激しい。 実際、店舗間の販売競争は激しいようであり、他の民芸品店との差別化を はかるため、店舗独自の製品がある場合はそれを「オリジナル作品」として 売り出すが、他店と品揃えが似ている店舗の場合は、観光客に対して「質の 良さ」や「値段の安さ」を強調し、購入してもらうことを心がけているとの 回答が多かった。例えば、商品を 2 つ以上購入すると 10%割引したり、店舗 写真 9 メルカド(市場)の入口

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によっては最大 45%ディスカウントしたりする事例すらあった。さらに、全 体の 69%にあたる 25 店舗でクレジットカードの利用が可能であったこと は、カード会社に手数料を支払ってでも売り上げを大きくしたいというイン ディヘナのビジネスへの取り組み意識の高さを示唆していると言えよう。 民芸品の仕入れ先はさまざまである。個別にインディヘナと契約し商品を 仕入れたり、彼らを直接雇用して民芸品を生産したりして、オリジナル製品 写真 10 集合型民芸品マーケット

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として販売している店舗は 28%を占める。次いで、グアテマラ各地からが 25%、アンティグア近郊からが 11%を占めている。さらに、チチカステナン ゴやソロラの大規模な市場(メルカド)から安く大量に仕入れている場合 (9%)や、店舗に直接売りに来るインディヘナから仕入れるという回答(8%) も得られた。こうした多様な仕入れルートが構築されていることは、いかに インディヘナの民族衣装が観光商品化しているかを示唆するものである。 各店舗に観光シーズンとオフシーズンについて尋ねたところ、クアレスマ とセマナ・サンタの 3 月、4 月とクリスマスのある年末が観光シーズンであ るとの共通認識がみられた。これに対して、セマナ・サンタ後の 5 月から 10 月にかけては雨季にもあたるため、オフシーズンと回答する事例が多数を占 めたものの、観光シーズンであるとの回答も得られた。店舗間でオフシーズ ンに対する反応にバラつきがみられるが、その理由は必ずしも明からではな い。少なくとも客数が店舗によって異なるなど、繁忙度の差異によるもので あろう。同じアンティグアの土産物店であっても、立地条件や店構えなどに よって客足が店舗によって異なっているのではないかと推測される。ちなみ に、オフシーズンであると回答した店舗は、その期間中、「民芸品の製作に 時間をあてる」、「シーズン時よりも安くして販売する」などの対応策が採ら れている。 以上のように、アンティグアの民芸品店においては、シーズンに応じてさ まざまな工夫がなされており、他店と差別化を図るために、オリジナル製品 や値引き、商品の質を上げるというビジネス戦略をもって激しい販売競争に 臨んでいることがうかがえる。

5.先住民文化の観光商品化とエスニック・アイデンティティ

前章では観光客向けに土産物を販売しているインディヘナの民芸品店の 経営実態について考察したが、本章では伝統的民族文化の観光商品化が、イ

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ンディヘナのエスニック・アイデンティティにどのような影響をもたらして いるのかについて検討を加える。そのために、アンティグアに在住するコロ ンビア人の知人の協力のもと、民芸品またはウィピルの製作や販売を行うイ ンディヘナの 20 歳以上の女性 23 人に対してアンケート調査を行った(写真 11)。アンケートの回答者の年齢で最も高い割合を占めたのは 50 代の 35%、 次いで多かったのは 40 代と 60 代でそれぞれ 22%であった。30 代の 9%を含 写真 11 民芸品店で店番をするインディヘナの女性

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めると、大半の人々は家事や育児ともに店舗で従事しており、なかには親子 一緒に働いている場合もあった。 5-1.民芸品店のインディヘナ女性の居住地・出身地 彼女たちの居住地でアンティグア市内の者は 13%でしかなく、多くがアン ティグア外の町や村から働きに毎日出てきている。一番多いのが、サン・ア ントニオ・アグアス・カリエンテスというアンティグアの南西 6km のところ に位置する同じ県の村からである(39%)(図 2)。日本人のある織物研究者 によれば、同村のグアテマラ織りは裏表のない両面同じデザインに仕上げる 織り方に特徴があり、織りに入る前の構成の段階でも難易度が高いため、一 枚を仕上げるまでに相当の時間と労力を必要とするという。そのため中古の ウィピルでも日本円で 5,000 円以上の高額なものもある。ちなみに、アンティ グアからこの村までバスで 20 分程と近いため、観光客が足を運ぶことも多 く、そのようなグアテマラ織りの製作風景を見学するツアーも催されてる。 その他にサン・マルコス県のサン・ペドロ・サカテペケス(26%)、ソロ ラ県都のソロラ(13%)、アンティグアの隣町のホコテナンゴ(9%)からも アンティグアの店に通勤してくる。彼らのアンティグアまでの移動手段はチ キンバスと呼ばれるバスであり、乗車賃はアンティグア近郊であれば 20 円 ∼ 50 円と格安なため、彼女たちの負担にはなっていないようである。 彼女たちの出身地は現住地とほぼ同じくサン・アントニオ・アグアス・カ リエンテス(48%)、サン・ペドロ・サカテペケス(22%)である。なかに はアンティグアから北西方向のキチェ県のチチカステナンゴ(8%)出身者 もいる(図 1・2)。チチカステナンゴ出身者は、アンティグアおよびその周 辺地域と同じくマヤ系先住民であるが、部族・言語を異にしている。アン ケート調査によれば、回答者の 57%がカクチケル(kaqchikel)語の話者で あった。カクチケル語圏はアンティグアを含むサカテペケス県を中心に分布 している。次いで多いのはキチェ(k'iche')語の話者で 26%を占めるが、ソ

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ロラやチチカステナンゴなど民芸品を扱う大規模な市場が存在するために、 そこから出稼ぎに来ていると考えられる。 これまで、先代から受け継がれた土地とともに生きてきたインディヘナは 生まれ故郷との絆は深く強いと考えられてきた。そして、ウィピルは出身部 族や故郷の町や村の伝統文化を表象するものであると理解されてきたこと を考えれば、出身地とは異なる町に移り住み、その地の部族のウィルピルを 製作し販売するという行為は、伝統的なインディヘナ社会の通念からは逸脱 したものである。にもかかわらず、郷里を離れ他所に移り住み、しかも世界 文化遺産都市アンティグアの店舗で「アンティグアのインディヘナ」を表象 する民芸品を販売しているという実態に留意したい。 5-2.民芸品店の店舗経営に関わるインディヘナ女性の語り 彼女たちの収入源は主にグアテマラ織り、ウィピルの縫製や販売、その他 の民芸品の販売である。これらのうち 56%を占めたのは民芸品の販売であ り、自分たちの製作した作品以外にも、チチカステナンゴなど大きな市場で 安く民芸品を仕入れて販売する人もいる13) 現在得ている収入に対する満足度について問うてみると、「満足している」 が 56%。「満足していない」が 35%、「どちらでもない」は 9%であった。「満 足している」理由としては、「自宅で暇な時間にウィピルを縫い、週に 1 日 だけ売りに行くので時間の融通がきくから」家事や農業との両立ができる点 や、「生きていくために必要な収入を十分得ているから」、「学校教育を十分 に受けていないが、母から学んだグアテマラ織りで、いつでも自分で稼ぐこ とができるから」、「ありがたいことに仕事があり、常に自分の作品など何か を売ることができるため」といった内容の回答が多い。 一方で、「満足していない」理由として挙げられたのが、「シーズンによっ て観光客の増減が激しいから」収入が不安定であることや、「同業の店舗間 や販売者間の競争が激しい」、「最近、物価が上がっているにもかかわらず、

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観光客の値引き交渉が多いため」、「以前に比べて、観光客の求めるウィピル の価格が年々安くなっている」など、ウィピルの製作にかかる労苦の割に、 近年では観光客との価格交渉が厳しくなっているなどの不満の声が多く見 受けられた。 観光地化にともない、現在では多くの観光客が毎日アンティグアを訪れる ようになったことにより、町の産業として観光が大きなウェイトを占めるよ うになったことはあらためて述べるまでもない。こうした環境変化にともな い「生活において状況が変化したか」という質問に対して、アンケート回答 者 23 人全員が「変化した」と回答している。変化した例として、「観光客が 増え、収入が上がった」、「売上が上がった」と回答した者は 15 人であり、経 済面に関しては観光化によりプラス効果があったと考えられる。その他に も、「仕事が生きる糧となっている」や「以前は(ソロラ県の観光地である) パナハッチェル(Panajachel)で商売をしていたが、パナハッチェルは観光 客が減少したために、10 年前からアンティグアへ毎週土曜日にウィピルを売 りに行くようになった」などという回答もあり、観光が彼女たちの生活に何 らかの影響を及ぼしていることがうかがわれる。 反対に、「観光化にともない状況が悪化したことはあるか」という質問で は、22%が悪化したと回答し、「アンティグアに住んで働くために、家族を 残して村を出なければならなかった」など、出稼ぎにともなう生活の変化に 対して否定的な回答が多くみられた。一方で「観光客が値引きをせがんでく るようになった」、「買わずに見るだけで、安価でないと購入しない観光客が 増えた」など、労苦の割に収入につながりにくくなったとの声も聞かれた。 このように、シーズンによって売上が大きく左右するために、何か工夫し ているかを問うためにいくつか質問を設けた。まず、グアテマラ織りに関し て、それぞれの村や町には各々の異なったデザインがあるが、「村のデザイ ンのみを作成しているか」という問いに対して「はい」と答えたのが 61%、 「いいえ」と答えたのが 39%であった。結婚式など特別な日のために、日常

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とは違うデザインのものを作るということはあるものの、オフシーズンにも 一定の収入が得られるように、グアテマラ織りのデザインを変えたり、自分 のイメージを取り入れたりして作品づくりを心がけている者もいた。 より工夫している試みとして「ウィピルの他にどのような民芸品を作成し ているか」を尋ねてみると、ウィピル製作のみ行っているのは 10 人であっ た。他の人々は「売上を増やすために違う製品や、経費削減のためにより小 さい製品を作っている」、「古いウィピルを使ってポーチやカチューシャなど にリメイクしている」、「ウィピルだけではなく、ベルトやテーブルクロスも 一緒に作っている」という回答があった。また、「ミシンなどでも刺繍がで きるようになったが、機械だと安く出来る分、値段が安くなってしまう」と 判断し、刺繍についてはミシン縫いをせず、人気があり高収入につながる手 織りに専念するなど、彼女たちのビジネス・マインドは確かであると言えよ う。 5-3.民族衣装ウィピルとエスニック・アイデンティティ 彼女たちは皆、日ごろから伝統的な衣服であるウィルピルを着用している が、「ウィピル以外の服を着用したいか」という質問に対して、23 人中 21 人 が「いいえ」と回答している。その理由は、「いつも祖母や母といった家族 が同じウィピルを着ているから」、「小さい時からウィピルを着て育ったか ら」といったように、ウィピルを毎日着ることは当然であるとする回答は容 易に理解できるが、その他に、「いつもウィピルを着ているから、ウィピル なしにはありえない」といった強い意思が感じられる回答や、「死ぬまでウィ ピルを着られることに誇りを感じるから」と一生ウィピルと共に生きるとい う強い意志を表明する女性もいた。また、「私の村ではみんなウィピルを着 ており、ウィピルを着ない人は嫌な目で見られるから」という回答もあった。 それは周囲からの批判を浴びたくないという仲間意識や、世間体を気にした ものによるものと考えられる。そして「伝統だから」と 4 人のインディヘナ

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が回答しており、先代から自分に、そして自分から子どもや孫へと途切れる ことなく受け継いでいくために、ウィピルがエスニック・グループの連帯を 示すものとして象徴的な意味を帯びたものであることがうかがえる。 「ウィピル以外の服を着用したいか」という質問に対して、「はい」と答え たのはわずか 2 人だけであった。その理由は「ウィピルはとても高くて、他 の服はもっと安いから」、「他の服だといろいろなことがしやすく、動きやす いから」というものであった。しかし、「自分の村のウィピルを着ることに 誇りを感じるか」という質問に対して、アンケート調査の回答者全員(23 名) が「誇りを感じる」と回答している点は注目すべきであろう。 この点については、彼女たちのウィピルとのかかわりが深いこととも関係 していると言えよう。「ウィピルのベースとなるグアテマラ織りをいつ教 わったか」という質問に対して、「10 代前半から」が最も多く、最年少で 6 歳、遅くても 18 歳という回答であった。基本的に彼女たちは、代々受け継 がれる地域や村固有のデザインを母親や祖母から教えてもらっている。ある 60歳の女性によれば、「6 歳からずっと、おもちゃ一つも私に与えず、母は 私に織物をさせた」という。早く収入が得られるために、彼女たちは子ども のうちからグアテマラ織りを教え込まれていたのであろう。そして、彼女た ちは教わってから現在に至るまでグアテマラ織りをやめず継続してきたの である。 こうして、彼女たちはインディヘナとして各々の町や村に生まれ、伝統的 なウィピルを着て暮らし、暗黙裡的に先代からの伝統としてグアテマラ織り の技を子孫へと受け継いできたが、その過程において、ウィピルやグアテマ ラ織りが観光商品化され、さらに観光客の需要に応じた観光土産が創造され るようになった。そして、ウィピルやグアテマラ織りは生計を立てるための 商品としての意義を持つとともに、意識する意識しないとにかかわらず、彼 女たちのエスニック・アイデンティティの維持と強化の用具としての意味を 帯びているとみなすことができよう。

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6.おわりに

インディヘナにとってウィピルは、古来より日々身にまとう衣類として愛 用されてきた。と同時に、ウィピルは彼らの故郷や所属する部族を表象する エスニック・マーカーでもあった。これらのインディヘナ社会における伝統 的織物や衣装のデザインや色彩が世界的に高く評価され、さらにアンティグ アが世界文化遺産に登録され、国際的観光目的地となったことにより、ウィ ピルやグアテマラ織りで製作されたさまざまな民芸品が観光商品化される ようになった。このことは、アンティグアの街中に数多くの民芸品店がみら れることからも明らかである。民芸品店で観光客相手をするインディヘナの 女性たちの多くは、アンティグア市内あるいは近郊の町や村の出身者である が、遠隔地からの出稼ぎ者もいることからみても、彼女たちにとって観光都 市において民族衣装や民芸品を販売することは、確かに単なる伝統文化の 「切り売り」としての側面をもつかもしれないが、他方で彼女たちなりのビ ジネス・チャンスあるいは生計手段になっていることはあらためて述べるま でもない。そして伝統的かつ日常的な民族衣装が、観光商品化されたとして も、外国人観光客から高く評価されていることは、彼女たちの誇りを満たす ものであり、エスニック・アイデンティティの維持や強化にもつなげている ものと考えられる。 観光客の多くはグアテマラ織りの布地や民族衣装のウィピルの美しさに 感嘆するものの、手織りの「本当の」(真正的)ウィピルを必ずしも購入す るわけではない。手織りは、機械で量産されるグアテマラ織りで製作された ウィピルや観光客向けの他の民芸品に比べて高価であるからだ。観光客に とって、「本当の」ウィルピルは憧れの対象であるとはいえ、帰国後に普段 着として着用するとは考えにくい。多くの観光客はグアテマラを訪れた思い 出として、観光経験を語るアイテムとして、「本当の」ウィピルではなく観 光土産向けに機械で織られた安価な作品を購入するのだろう。観光客にとっ

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て、アンティグアの民芸品店で購入した土産の真正性よりも、アンティグア での観光経験の証拠が重要なのである。それゆえ観光客は、民芸品店でより 多くの種類の土産を求めるために店のインディヘナ女性と価格交渉を行う。 その結果、インディヘナの伝統的民族衣装であるウィピルに誇りを抱きつ つ、長年にわたってウィピル作りに携わってきたインディヘナ女性の製作意 欲は大いに減退させられることになる。とはいえ、少しでも売り上げや収入 を増やすため、店舗の存続をかけて、本当のウィピルやグアテマラ織りでは ない、しかし観光客が満足する手ごろな値段や種類の「観光土産」の製作と 販売に取り組んできた。つまり、インディヘナ女性自身は伝統的民族文化の 象徴ともいえるグアテマラ・レインボーの織物であしらわれた「本当の」ウィ ピルをまといながら、伝統的民族文化を感じさせる「観光商品そのもの」の 製作と販売へと、状況に適応したビジネス戦略を実践しているとみなすこと ができる。 アンティグアのインディヘナたちは、今日に至るまで伝統文化を単にその まま(観光人類学者たちが唱える「真正性」を)存続させてきたわけではな い。観光客の注文や流行など外部からの需要に対して、デザインや用途を変 えたり、買い求めやすい値段の商品作りをしたりと柔軟に対応してきてい る。こうした行為は、見方によれば、「観光(者)のまなざし」に応えるた めに、インディヘナの人々はグアテマラ織りやウィピルという自己の文化を 切り売りしているとみなすことができる。しかし、その一方で外部者によっ て評価されることを契機として、自文化を価値あるものとして再認識すると ともに、アンティグアを訪れる他者としての観光客との交渉過程のなかで、 自身の文化に誇りを抱き、インディヘナとしてのエスニック・アイデンティ ティの確認を行っているとも解釈できるのではなかろうか。 付記  本稿は 2013 年度立命館大学文学部人文学科地理学専攻に提出された石井真佑の卒業論

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文「先住民文化の商品化におけるエスニック・アイデンティティーの強化に関する考察― アンティグア・グアテマラの事例―」を改題、改稿したものである。本研究は、石井が 2011年 11 月より 2012 月 9 月まで、アンティグアのスペイン語学校(Atabal 校)に語学留 学期間中に行った現地調査の成果にもとづくものである。本文中にあるように、現地での アンケート調査については、石井本人によるもののほか、補完調査を現地在住の石井の友 人であるコロンビア人の Diana Carolina Vargas さんに依頼した。同氏は、数年前に父親と ともにグアテマラに移住し、オリジナルのアクセサリーを制作するとともに、店舗やイン ターネットで販売している父親のアシスタントをしている。末尾ながら、アンケート調査、 写真提供および石井からのさまざまな質問への回答に快く協力してくれた Diana さんに、 心より謝意を表したい。 1)江口信清・藤巻正己編著(2011)『貧困の超克とツーリズム』、明石書店. 2)橋本和也(2001)『観光人類学の戦略―文化の売り方・売られ方―』、世界思想社. 3)①太田好信(1993)「文化の客体化―観光をとおした文化とアイデンティテイの創造 ―」、民族学研究 57-4、383-410 頁 . ②雨森直也(2012)「新たな『地域文化資源』の 創造とエスニック・アイデンティテイの強化―中国雲南省鶴慶県におけるペー族の観 光村落を事例として―」、アジア経済 53-6、72-95 頁. 4)大塚和義(1996)「アイヌにおける観光の役割―同化政策と観光政策の相克―」、(石 森秀三編『観光の 20 世紀』ドメス出版)、101 -122 頁. 5)亀井哲也(2004)「『建国』の壁絵―南アフリカ共和国ンデベレの事例から―」、(端信 行編『民族の 20 世紀』ドメス出版)、161-184 頁. 6)外務省 HP グアテマラ基礎データ http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/guatemala/data. html#01 (2013 年 12 月 14 日閲覧) 7)在グアテマラ日本国大使館 HP グアテマラ基礎データ http://www.gt.emb-japan.go.jp/ info_japomJA3.htm(2013 年 12 月 11 日閲覧) 8) 総 務 省 統 計 局「 世 界 の 統 計 2014」(2-6 主 要 都 市 人 口 ) http://www.stat.go.jp/data/ sekai/0116.htm (2015 年 1 月 13 日閲覧) 9)地球の歩き方編集室編(2013)『地球の歩き方 中米 2014/2015 年版』、ダイヤモンド 社、50 頁. 10)公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 HP 世界遺産とは http://www.unesco.or.jp/isan/ about/(2013 年 12 月 17 日閲覧) 11)公益社団法人日本ユネスコ協会連盟 HP 世界遺産の登録基準 http://www.unesco.or.jp/ isan/decides/(2013 年 12 月 15 日閲覧) 12)前掲 11) 13)彼女らの中には自分で品物を仕入れている者もいれば、一方でその民芸品店に雇われ

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て販売員として働いている者も含まれているので、店頭の商品を本人達がすべて選ん でいる訳ではない。

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表 2 アンティグアの民芸品店

参照

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