中学校国語科教育の探究 : 表現と認識の統一を求めて
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(2) はじめに. 一九八○年代に入って、非行や不登校という問題が全国的な広がりを見せるようになった。同じころ、私は教. 職についた。一つ一つの仕事を覚えるように、予想をこえて起こる問題のいろいろを経験した。. 何かがあると、その対処に追われることになった。しかし、しだいに、そのような生徒指導は、時間や労力を. 費やす割には効果が少ないということもわかっていった。それでも、まず彼らの生活をきちんとさせなくては、. 学習に臨む体勢を作ることはできないと考え、教科指導よりも学級経営や個別指導などを優先させていた。. ところが、担任をはなれたあるとき、生徒指導の足場を失ったような気持ちにおそわれた。何か手応えのなさ、. 居場所のなさを感じたのである。いつのまにか生徒指導を、学級を中心に行うものとして授業とは切り離して考. えることに慣れてしまっていたことに気がついた。心の指導が先で学習はそのあとからという考え方は、日々の. 授業に対する甘さにつながっていたのではないだろうか。生徒にとって、学校生活のもっとも多くを占める学習. の場が、そのまま生き方の指導の場でもあってほしい。私は、教科担任としてどのような授業をすればいいのか ということに、正面から向き合わないわけにはいかなかった。. 思い出してみると、どんなに荒れた生徒でも、彼らの心に何か響くものがある授業は受けていたし、またその. ような授業は、すべての生徒にとっても楽しいものになっていたように思う。以前は、そのような授業ができる. のは、先生個々の資質や技量の問題と思い、尊敬はしてもあきらめていたことでもあった。生徒にとって生きて. はたらく授業をするには、何が必要なのか。一度原点に戻ろう、そんな気持ちに至った。そこで、このような研. 究の機会を得たことをきっかけに、いい授業がいちばんいい生徒指導だということの意味を、理論と実践の面か. ら確かめてみたいと考えた。特に実践するものにとって必要な考え方や、具体的な指導方法が少しでも学べれば と考え、この研究の入り口に立った。.
(3) 目. 次. 中学校国語科における表現指導の位置と意義 ⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮・. はじめに. 序 章. 生活指導としての表現指導 1その成立と展開. 表現指導と認識の発達. 第三節 生活指導としての表現指導−生活指導における﹁認識﹂の指導 −⋮⋮−⋮⋮⋮−・. 第二節 生活指導と生活認識1﹁生漕綴り方﹂教育実践における生活指導 ⋮⋮⋮⋮⋮・. 第一節 表現指導における生活指導概念の広がり一﹁生活指導﹂の内容と概念 ⋮⋮⋮・. 第一章. 第二章. 第一節 国語教育における認識の位置と意味. =一. 一. 四. 一九. 二八.
(4) 第二節 表現による認識の発達. 第二節 表現指導における生活・認識の指導−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−:⋮−⋮−⋮⋮−⋮−−−⋮⋮⋮⋮. 第一節 表現技能・表現技術の指導と生活・認識の指導 ⋮⋮⋮:⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮・. 六二. 五三. 四五. 三六. 第三節 表現指導の課題と方法 −−⋮⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮−⋮⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−⋮⋮⋮⋮−⋮⋮. 七九. 第三章 表現指導の課題と生活指導. 終 章 中学校国語科における表現指導実践を求めて ⋮⋮−⋮⋮⋮−⋮−⋮⋮⋮⋮−−⋮⋮−;−⋮⋮. おわりに. ︿資料編V.
(5) 一、引用資料中のく中略V︿以下略﹀は、すべて執筆者によるも のである。. 一、引用資料中の傍点は、原文のままである。. 一、引用文は可能な限り初出のものを原文どおりに採った。. 一、︿つづり方﹀の漢字表記は、引用文や書名については原文ど. おりとし、他の部分はすべて﹁綴り方﹂で統一した。.
(6) 序 章 中学校国語科における表現指導の位置と意義. 戦後五〇年を経て、時代のうつりかわり、子どもの質的な変容とともに、学校教育は大きく変革を迫られてい. る。文章表現︵書くこと﹀指導をとってみても、通信機器の発達している今日では、実際に﹁書く生活﹂はむし. ろ減少しつつあり、社会的な実用ということからだけではその意義は見出しにくい。しかし、子どもたちは、学. 校生活の中で、まとまった作品を書くこと以上に、日常、学習の記録や感想を書いたり、メモ書きやノートづく. りなど、あらゆる書く能力を要求されている。ところが、学習としての﹁書くこと﹂には意欲を示さない子ども. たちも、会って話せばすむようなことまで書いて交換するというような生活を送っているのである。書くことの. なかに、ほかでは満たされない何か特別な意味があるからであろう。そこで、国語科における作文指導が、子ど. もたちにとって生きたものになっているのかどうか、あらためて問い直してみたいと考える。. 戦後の作文指導は、昭和二二年﹁学習指導要領国語科編︵試案﹀﹂をもとに﹁国語科作文﹂として出発した。. これは、言葉を伝達のための手段として用いることをめざしたもので、そのための言語経験を重視するものであ. った。昭和二六年になると、改訂版﹁学習指導要領︵試案︶﹂が出されたが、言葉を社会的手段として用いると. いう基本的な考え方はかわらなかった。しかし、この﹁国語科作文﹂とは別に、戦前に盛んだった﹁生活指導の. ための表現指導﹂である﹁生活綴り方﹂の復興も見られるようになった。その契機となったのは﹃やまびこ学校隔. の出版である。その反響は大きく、教育界以外の関心をも集めるものとなった。この戦後の生活綴り方は﹁生活. 綴方的教育方法﹂とよばれ、おもに生活指導として、昭和三〇年代を中心に全国的に広がり、多くの実践と作品 を 生 み だ し た。. このような背景のもとに、 ﹁作文教育か綴り方教育か﹂の論争が行われる。これは、昭和二七年三月一日の朝. 日新聞に掲載された﹁﹃つゴり方﹄か作文か1学校作文への反省﹂という記事に端を発したものであったが、. 一. 一. 1.
(7) ﹁生活綴り方﹂と﹁国語科作文﹂との対立的な構造のなかで、論争は直接的には、 ﹁生活指導か表現指導か﹂を. めぐって行われた。そのため、ともに表現指導であるということを置き去りにして、論争は混迷を深めることと. なった。それは、この問題のなかに教育における本質的な部分にかかわる﹁形式か内容か﹂という問題、教科指. 導における生活指導のあり方、また﹁生活﹂ということばの概念の相違などさまざまな要素が含まれていたから. である。それだけに、この論争は、表現指導の目的、内容、方法といったもっとも論じられなければならない部 分については不十分だったと言える。. しかし、この論争において﹁言語と人間形成﹂ ﹁認識と表現﹂が問題とされるなかで、双方ともに﹁生活と表. 現との統一的止揚﹂をめざすという共通の課題が確認されたのである。この﹁形式と内容﹂ ﹁教科指導における. 人間形成﹂という問題は作文指導に限らず、その後さまざまに論議され、国語教育全体にかかわる課題として今 なお重要な問題となっている。. 現在の国語科教育において、書くことの重要性は認められていても、実際の作文指導は、理解領域の指導に比. べて盛んであるとは言い難い。特に近年の短作文の流行は、書く機会を少しでも多く、作文の授業を少しでも楽. しいものにという教師の切実な願いから出発したものと考えられるが、一面では、短作文ですべてが可能ではな. いということも理解しておかねばなるまい。歴史をふりかえって先人の努力に学ぶとき、国語科教育において、. 作文指導が教科の学習としてもまた心の面でも、今日の中学生に生きて働くものになる方法を見出すことは不可 能ではないと考える。. なお、研究を進めるにあたっては、次のような仮説をたてた。. ︽仮説1︾ 学校生活の一日の多くをしめる教科の学習が、知識や技術の習得だけでなく、生き方を考える、. 心を育てるという機能をもつものであれば、本当の生徒指導ともなりうるのではないか。. ︽仮説2︾ 書くことにおいて、生活や経験を主体的にとらえるということがなければ、認識力を育てるこ. 一. ︸. 2.
(8) とにもならいし、表現も生きたものにならないのではないか。. ︽仮説3︾ 作文の技能・技術の指導は、言語認識であるというの観点のもとにおこなえば、入間形成となり うるのではないか。. これらの仮説を次のような筋道で明らかにしていきたい。. 第一章では、 ﹁生活指導としての表現指導﹂について考える。生活指導と認識の問題を極心に置いた。生活指. 導概念を明らかにしたうえで、生活綴り方における生活指導が﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂をとおして、教 科における認識の発達の基盤となっていたことを明らかにする。. 第二章では、 ﹁表現指導と認識の発達﹂について考える。認識の発達はなぜ作文︵書くこと︶によらなければ. ならないのか、 ﹁書くこと﹂の意義と機能、さらに﹁書くこと﹂と認識の発達のかかわりについて明らかにする。. 第三章では、 ﹁表現指導の課題と生活指導﹂について、中学生の表現指導に不可欠な技能・技術指導の課題と. 考え方を生活綴り方の成果と限界を視野に入れた上で明らかにする。さらに、それを、八○年代の実践記録から 具体的に学び考察を加えるものとする。. 噌. 一. 3.
(9) 第一章 生活指導としての表現指導1その成立と展開. 第一節 表現指導における生活指導概念の広がり一﹁生活指導﹂の内容と概念. 本章では、表現指導、生活指導という言葉の意味を整理するとともに、表現指導と生活指導がどのようにかか わっていったのかを、 ﹁生活綴り方﹂を通して明らかにする。. ﹁表現﹂は、 ﹁表現者の内面に生じた認識・思念を、感覚的にとらえる手段形式によって、外面に表すこと﹂. ハ注一︶であるが、言語による表現のうち、特に﹁作文﹂ないしは﹁書くこと﹂による言語表現をとりあげる。. 表現指導に含まれる指導内容については、大きく二つの事柄が上げられる。一つは、表現の﹁内容﹂にかかわ. る事柄である。表現者が、ある事実を通して、何を認識したのか、何を感じたのか、つまり、心の表れとしての. 内容の問題である。ところが、何を認識したか、何を感じたかの﹁何﹂であるところの﹁内容﹂は、それぞれの. 個性の問題であり、表現が表現と言えるもっとも重要な部分である。したがって、 ﹁内容﹂そのものを指導する. ことは、実質的には不可能である。そこで、 ﹁内容﹂となる事柄をとらえる方法を指導するのである。それは、 認識の仕方、感じ方、思い方ということができる。. 今一つは、 ﹁形式﹂である。表現者が心でとらえたことを、作文という目に見えるものにするには、一定の形. 式に則らなくてはならない。その表現の仕方つまり書き方を指導することである。表現者は、自分がとらえた. ﹁内容﹂を言葉に表現するとき、その事柄とともに、その時々の自身の心情をも想起している。どういう言葉を. 使って、どのような形に整えれば、自分の思いが表現しきれるのかは、これもまた表現者の個性の問題である。. しかし、そのためには、心を言葉に置き換えるための、技能や技術が必要となる。多様で、確かな表現技能・技 術は、表現生活の広がりを可能にするからである。. 一. ﹁. 4.
(10) 次に、生活指導の成立と展開を、生活綴り方の展開をとおしてたどることにする。. まず、生活指導と生徒指導という言葉について整理しておく。一九八一く昭和五六V.年の﹁生徒指導の手引き. ︵改訂版︶﹂ ︵文部省︶では、生活指導という語が、かなり多義的に使われることから、それにかえて生徒指導. という語を用いる、としている。 生活指導ということばが、それまで、さまざまな意味に受けとめられてきたこ とが、何らかの問題をもっていたことをうかがわせるものである。. 現在、中学校では﹁生徒を対象としておこなう生活指導﹂を生徒指導とよんでいる。生徒指導は、人格形成を. 目的として、 ﹁よりよい生き方﹂、 ﹁よりよい生活のしかた﹂ ︵注二︶をさせる指導というのが、一般的である。. つまり、よりよい生き方・よりよい生活の仕方を指導することが、生活指導の概念ということになる。本論文で. は、おもに、昭和三〇年代の作文教育をとおして論じていくために、生活指導という言葉を用いて、今日言うと ころの生徒指導の概念と内容を考えることとする。. 宮坂哲文は、日本の教育において﹁生活﹂を指導するという考え方が誕生したのは、生活綴り方運動にさきが. けて大正期後半であると述べている。それから昭和の初めまでの生活指導は、表現以前の指導としての生活指導. であり、生活を指導することも結局はいい表現をさせるためというものであったととらえている。ところが、昭. 和四年の小砂丘忠義による﹁綴方生活﹂の発刊のころから、その立場は逆転する。宮坂哲文は﹁生活指導は、一. 個の教育概念として、むしろ生活綴方を統制する位置をもつものとなってきたのである。そうして、綴方︵表現︶. 指導は、それ自体生活指導の過程として、位置づけられ、今日いわれているごとき﹃生活綴方的教育方法﹄とし ての性格をになうにいたった﹂ ︵注三︶と述べている。. このように、表現指導における生活指導は、もともとは、表現の向上をめざして成立したものだったのである。. 表現指導の過程がそのまま生活指導の過程になるにいたって、むしろ、生活指導の方が上位概念となっていった. というのである。表現指導即ち生活指導の誕生であり、生活指導のための表現指導ということもできる。. 鞠. 昂. 5.
(11) しかし、生活指導は、生活綴り方による方法だけではない。. 宮坂哲文は、大正期から戦後の公民科指導の構想期の問にみられた生活指導の考え方を、次のように、大きく 三つの型に分類している。 ︵注四︶. 1、人格感化型 ⋮⋮⋮大正期の小定員主義私立学校の生活指導. 2、問題解決型 ⋮⋮⋮昭和初期の公立学校における生活綴り方、生活修身の生活指導 3、躾型 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮国民学校公民教師用指導書の生活指導. 1は、教師と生徒との緊密な人間的なふれあいや感化を目的とするものである。2は、子どもの日常生活の中. から生まれた現実的な問題を学級集団の討議を通して、実践的に解決していくことを求めている。ただし、生活. 修身は、表現︵作文︶という方法はとっていない。3は、社会科の前身である公民科の指導の構想のなかにみら れるもので、基本的生活習慣を身につけさせることを目的としたものである。. これらの生活指導の考え方に共通しているのは、子どもは、全体として存在するのでなく、それぞれの生活や. 性格があることを認めていることである。つまり、学校教育における個人の発見だと見ることができる。一斉に. 指導する教育の中にも、 ﹁一人ひとりの存在﹂が意識され始めたということにほかならない。. 国分一太郎は、表現︵綴り方︶指導を通して、一人ひとりを指導していくという過程が、生活指導さらに、教 育観へと発展していった経過を次のように述べている。. また、ひとりひとりの子どもの、のび方のちがいが、あまりひどくなったりすると、それぞれの子どもに. ふさわしい指導のてかげんも大変であった。しかし、それだからこそ、人間の、子どもの成長は、尋常一様. でないことも、公式通りではないことも、目の前の事実で、ありありとわかってきた。そこからひとりひと. りに対するしんせつな指導の必要も、その手順も見つけだされた。しかも、困難は、それだけではなかった。. 時間や労力や指導の技術だけにはとどまらなかった。かれらのかいた綴方作品をとおして、わたくしたちは、. 一. 軸. 6.
(12) 子どもの生活指導をしょうというのだった。それでは、どのような指導をするのだろうか。綴方にあらわれ. てくる、自然や入間のあらゆる問題をきっかけにして、わたくしたちは、子どもに、どんな物のみかたや考. え方をもたせていくというのか。どんな物の感じ方をそだてていくというのか。どんな意志をもたせ、どの. ような行動にまでおもむかせるのか。こうして、わたくしたちは、綴方にあらわれてくる種々の世界を前に. しては、教育の目標とか、人生観、世界観の問題とか、けっきょく、そういうことまで、真剣に考えなおさ ずにおれなくなった。 ︵注五︶. このように、表現指導と生活指導のかかわりは、子どもは一人ひとりが違う存在であるということを認めると. いう生徒観︵児童観︶から出発している。実は、これこそが一人ひとりの生き方を指導するというガイダンスの. 考え方にほかならないのである。それは、宮坂哲文の、次のような生活指導観︵注六︶から読みとることができ る。. ・ 生活指導とは生き方の指導である。その指導の対象となる子どもの﹁生きかた﹂は三つの視点でとら えられる。. ・ 第一に、ひとりびとりの子どもがすでに、成育の歴史と現在の生活環境によってみにつけているもの. としてとらえること。この生き方の事実に即して、生き方そのものを、たかめたり、ふかめたりするい となみであること。. . 第一.一に、具体的な行動の仕方であると同時に、その行動をうみ拝しているものの見かた・考えかた・. 感じかたを含めたものであること。. ・ 第三に、毎日の生活のなかでゆれうごく個人的ないし主観的な生き方をさしているものであること。. 宮坂哲文が、 ﹁日本の学校における生活指導は、︿中略﹀生活綴り方をそめ唯一の方法技術としてあらわれた. とみなければならない﹂ ︵注解︶と述べているのは、生活綴り方がこの三点を含むものだからだと考えられる。. 一. 一. 7.
(13) 文章表現が、そのまま生活指導であるという教育の方法が、公立学校の教育実践のなかから誕生したのである。 このような生活指導と表現指導とのかかわりは、次のようにまとめることができる。 1、一人ひとりを指導する。 2、現実の生活の事実や問題にそくして指導する。. 3、行動の仕方を指導するだけでなく、その背景にある﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂を育てる。. 生活指導における﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂の指導は、そのまま表現指導における﹁内容﹂指導にほかな. らない。生活指導と表現指導は、指導の対象、方法、目的だけではなく内容においても共通の基盤に立っている。. 戦争を境に中断していた生活綴り方が、再び注目を浴びることになったのは、昭和二十六年の﹃山びこ学校﹄. の実践が世に出たことである。それを機に生活綴り方の実践が昭和三十年置を中心に全国的に展開した。その多. くは、表現指導としてではなく、生活指導として実践されたのであったが、 ﹁教科における生活指導﹂という言. 葉が生まれるほど、いろいろな教科で実践された。これが、いわゆる﹁生活綴方的教育方法﹂とよばれているも のである。. ところが、戦後の生活綴り方は、先にあげたところの、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂や行動の仕方以外の 広がりをもっことになった。. ﹁生活感方的教育方法﹂の提唱者である小川太郎は、生活綴り方の教育は、 コ人の子どもの綴方をクラスの. なかで何かの形で発表し、発表されたものについて、子どもたちが話し合う﹂ ︵注八Vという方法だと述べてい. る。その﹁指導の過程の全体が生活綴方の教育﹂ ︵注九︶だとしているように、書かれたものが、それだけで終. わらないで、全体のなかで発表され話し合いがおこなわれるところにその独自性を見ることができる。そこで、 個人と集団との関係をどうとらえるかという別の局面が展開するのである。. 個人の事柄が集団のものとなり個人の問題が集団の問題として話し合われるところに、個人はほんとうの. 櫛. 一. 8.
(14) 意味で集団の一員となるのであり、集団がほんとうの意味で一人一人の個人の集団となるのであって、個人. は集団のために、集団は個人のためにという新しい集団主義がそこに成立し、その集団のなかでほんとうの ハ マ マ リ. 個人にまで成長するからである。︿中略﹀生活綴方は、生活の真実を書かせそれを集団の前にもち出すとい. う仕方で、かくされていた生活の事実を公けにし、個人の問題であったものを集団の問題とした。このこと. は、学級集団の質を決定的に新しくするとともに、綴方を書くことで達成された個人の自由を、集団のなか. で集団とともに発展する自由にまで高め、端初的に自己のリアルな認識を、集団の話し合いを経て本質的な 法則的な認識にまで深める機会をつくることになった。 ︵注一〇︶. 小川太郎のこの文章には、生活綴り方による生活指導は、個人の﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂そして、行. 動の仕方を集団を通して指導していくにとどまらず、集団そのものを変えていこうとする集団主義的な生活態度. の必要性が、明確に示されている。さらに﹁そのような集団主義的な生活の態度を育てて行くのが、今日の教育. の課題なのである。そして、生活綴方は、ほっておけば分裂に陥るクラスをそのようなヒューマニズムに貫かれ、. 固く統一した、たくましい行動にまで訓練された集団に形成するための有力な方法﹂ ︵注一一︶であるというと. ころからは、学級集団づくりをとおして社会を変革していく行動力を組織したいとの思いを読みとることができ. る。学校や学級も一つの社会であることを考えれば、生活綴り方はもともと、集団化を指向するものなのである。. 生活綴り方の場合、生活指導の最終目標は、個人の生活の指導にとどまらず、集団そのものの質的変化を求めて いることが理解できる。. しかし、生活綴り方は、個人の問題であったものを学級集団の問題として考えることから、問題を通して書き. 手に対する理解や共感を生んだり、問題の内容によっては、学級の全員が指導の対象になったりするなど、その. 指導方法は、集団主義を標榜しなくとも、学習集団づくりや伸間づくり等へと、人間関係を深く結ぶ方向へ発展 していく契機はもっていたといえる。. 一. 一. 9.
(15) また、生活綴り方における生活指導は、道徳指導もその内に位置づけていた。それは、道徳指導の受けとめ方 の反映と見ることができる。. この基本的な考え方について、三浦東吾は次のように述べている。. 道徳なるものは、生活的存在であって、生活指導をはなれて、頭の中で組み立てられた、単なる抽象的・. 観念的な道徳は考えられないのではあるまいか。少くとも、子どもたちのための道徳教育という観点からは、. 生活をはなれた道徳というものは考えられない。だから、道徳教育は、子どもたちの現実の生活から遊離し. た価値観念の世界から、天降り的に投下せられるべきではなく、あくまでも、現実の生活への認識と思考と. 行動を通じて行わなければならない。子どもたちのひとりひとりが、当面する生活の中で生起するもろもろ. の事象、それは、単純な場合もあるであろうし、対立と矛盾という複雑な相において現れる場合もあるであ. ろうが、そうした生活的事象をがっちりと受けとめて、その体と心で認識し、思考し、行動することによっ. て、人間生活への価値基準を体得していくところに、道徳教育の基本的在り方が存在するのである。 ︵注一 二︶. この文章からは、道徳指導もまた、生活と密接につながらなければ、身につかないとする考えが読みとれる。. しかもそれは、与えられるのでなく自ら考え行動することによって受けとめていくことが大切だとしている。こ の点において、道徳指導と生活指導の違いは認められない。. これまで述べてきたように、戦後の生活綴り方は、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂、それに導かれた行動の. 仕方を指導するものとしてのはたらきを持つにとどまらず、ガイダンスや集団主義教育の概念、また、いわゆる. 学級づくり、道徳教育も内包していたと見ることができる。ほかにも、生活態度や習慣の指導はもちろん、朝の. 会や生徒会︵児童会︶などの特別活動、ホームルームにおける学級会などもその内容とするようになった。生活. 指導が、表現指導をその方法として獲得したことは、結局、教育に占める生活指導の存在の大きさを裏付けるも. 一. 一. 10.
(16) の と な っ て いる。 である。. く注V 第一章第一節. ﹁生活綴方的教育方法﹂は、このように教育全体にかかわる生活指導として展開していったの. 一 国語教育研究所編 ﹃国語教育研究大辞典﹄ ︵明治図書 一九九︸︿平三成V年七月︶ 七〇四ページ ニ 宇留田敬一・加藤隆勝 ﹃新生徒指導用語辞典﹄ ︵明治図書 一九八四く昭和五九V年四月︶ 四八ぺ:ジ 三 宮坂哲文 ﹃生徒摺導−実践のための基本問題⋮﹄ ︵朝倉書店 一九五四く昭和二九V年五月︶ 四二ページ 四 同右 一一 三 ペ レ ジ 五 国分一太郎 ﹃新しい綴方教室﹄ ︵新評諭 一九五二︿昭和二七﹀年四月︶ 九ページ. 六 宮坂哲文 ﹃宮坂哲文著作集1﹄ ︵明治図書 一九七五く昭和五〇v年一〇月 再版︶﹁︵1︶子どもの生き方に対する見かたについて﹂から、 引用者が抜粋。. ﹃生活指導一実践のための基本問題一﹄ ︵岡前︶ 四七ページ. 一一〇∼一一 三 ペ ー ジ. 七 宮坂哲文 . 八 小川太郎・国分一太郎 ﹃生活綴方的教育方法﹄ ︵明治図書 一九五六︿昭和三一﹀年九月 再版︶ 五〇ページ. 九同右五〇ペーシ. 一〇 小川太郎 ﹁級育﹂ ︵困土社. 一九五四︿昭和二九﹀年七月号 ﹁生塗綴方的教育方法﹂︶ 四一∼四ニページ. 一一 小川太郎・国分一太郎 ﹃生活綴方的教育方法﹄ ︵同前︶ 五八ページ =一 今井誉次郎・三浦東吾 ﹃生活綴方と道徳教育﹄ ︵福井作文の会 一九五八︿昭和三三﹀年九月目 二六ページ. ︸. 一. 11.
(17) 第二節 生活指導と生活認識. ﹁生活綴り方﹂教育実践における生活指導. ここでは、生活綴り方によって導かれた生活指導が、 ﹁生活綴方的教育方法﹂とよばれ、広く実践されるにい. たった結果、教育の本質に迫る問題を提起していった事実に着目し、現在の教育が学ぶべき点を明らかにしたい。. 生活綴り方による教育の特質を理解にするために、 ﹁生活綴方的教育方法﹂の提唱者の一人である小川太郎の 文章をとりあげる。. いわゆる生活指導のための生活綴方も、全人間的・全生活的という意味では、社会科の中のそれと似てい ハ マ マ リ. る。そこでは、生ま身の人間の、喜びと悲しみ、その底にある人間的な願い、それを条件づける生活の具体. 的な諸事実と諸関係が、ありのままに書かれることを要求する。そして、書かせることで、書いたものによ. って、個人と集団の生活の指導が行なわれるのである。︿中略V生活綴方的教育方法が教育の一般的な方法. であるという主張は、そうした生活指導の中で生活綴方をとおして育てられる、ものの見方・考え方・感じ. 方・行いのし方が、すべての教育を支え貫くものでなければならない、という構想をもっていたのである。. 私は、それを自由・リアリズム・ヒューマニズム・集団主義という原理としてとらえた。このことは、生活. 綴方による生活指導で育てられる、自由・リアリズム・ヒューマニズム・集団主義の精神が、社会科をふく. めたすべての教科を正しい軌道にのせるだろうという期待を意味してもいたのであった。そしてわたしは、. いまでも、生活綴方による生活指導のもっている、そうした基礎構築的な機能を疑ってはいない。 ︵注一︶. 小川太郎の﹁わたしは、今でも、生活綴方による生活指導のもっているそうした基礎構築的な機能を疑っては. いない﹂という言葉には、当時﹁生活綴方的教育方法﹂というものへの批判が少なからずあったことが考えられ る。. ここで読みとれることは、大きく二つである。. 価. ︸. 12.
(18) 一つは、この教育の方法の大きなすじ道である。これを、 ﹁なま身の人間の、喜びと悲しみ、その底にある人. 間的な願い、それを条件づける生活の具体的な諸事実や諸関係が、ありのままに書かれることを要求する。そし. て書かせることで、書いたものによって、個人と集団の生活が行なわれる﹂のだと述べている。書いたものを通. して、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方・行いのし方﹂を指導するためには、題材が最優先する。喜びや悲しみと. いった気持ちだけでなく、それを裏付ける生活の事実や関係をありのままに書かせることに、生活綴り方による 教育の特徴を見出すことができる。. 二つ目は、生活綴り方による生活指導の成果についてである。小川太郎は、生活綴り方による生活指導を最終. 目標としたわけではなかった。というよりも、 ﹁生活指導の中で生活綴方をとおして育てられるものの見方・考. え方・感じ方・行い方のし方が、すべての教育を支え貫くものでなければならない、という構想をもっていた﹂. のである。これは﹁生活綴方による生活指導で育てられる、自由・リアリズム・ヒューマニズム・集団主義の精. 神が、社会科をふくめたすべての教科を正しい軌道にのせるだろうという期待を意味してもいた﹂という部分と. 同じ意味内容をもつことばと理解できる。したがって両者をあわせてみると、生活綴方による生活指導の真の目. 的は、その成果である﹁自由・リアリズム・ヒューマニズム・集団主義の精神﹂で貫かれた﹁ものの見方、考え. 方・感じ方・行いのし方﹂が、 ﹁すべての教育を支え貫く﹂ことであり、要するに﹁社会科をふくめたすべての 教科を正しい軌道にのせる﹂ということにあったのである。. このことから、小川太郎の考える生活指導は、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方・行いのし方﹂を育てることに. よって、教科による教育全体を支えるはたらきを持つものだとみることができる。生活綴り方における生活指導. が、 ﹁問題解決型﹂にあたることは先に述べたが、これは戦後の社会科に期待された視点でもあった。小川太郎. の言う、 ﹁生活綴方的教育方法﹂とは、すべての教科を綴り方︵書くこと︶によって行えばよいという表面的な. 意味ではなく、生活綴り方による生活指導の成果である﹁ものの見方・感じ方・考え方・行動のし方﹂こそが、. 哺. 頓. 13.
(19) 教科による教育を真に生きてはたらくものにする力を、子どもたちのなかに育てるという深まりを持っていると いえる。. 生活指導という言葉が学級づくりを意味するようになって、生活綴り方も、学級づくりの一つの方法として理 解され実践されるようになった。. このような、生活綴り方の教育の質的変化が表面化したことに関して、生活綴り方教育をその中心においてい る﹁日本作文の会﹂の委員長を務めていた今井誉次郎は、次のように述べている。. わたしは、雑誌﹁作文と教育﹂に、一九五五年一一月号から一〇回にわたって﹁考えの形は文の形﹂とい. う研究を載せた。この研究は当時の生活綴方運動が、多分に生活指導の方向にのみ傾斜をかけていて、国語. 科や各教科の指導のうえでは、あまり進んだ実践がなされていない実情を、何とかして打開したいという意. 図でやったことだった。生活綴方︵作文︶による生活指導は、子どもたちの現実の生活をとらえてその正し. い生き方について指導し、認識と実践︵自然の征服や社会の改造︶との関係をたしかなものにするうえで、. ひじょうにたいせつであるが、そのためには、教科の指導に、たしかな知識を系統的に獲得し、科学的・合. 理的な思考力を伸ばし、民主的・国民的な信条を豊かにするものとして、着実におこなわれなくてはならな いと考えたからだった。 ︵注二︶. このように、今井誉次郎は、生活綴り方が学級づくりの一方法にとどまっていることに、物足りなさを感じて. いたことがうかがえる。生活綴り方が生活指導の有力な方法であることを認めてはいる。しかし、書くこと︵作.. 文︶の教育であるという本来のあり方への真剣な取り組みがなされていないこと、また、書くことが学級づくり. の単なる道具になってしまっていることへの危機感さえ感じられる。一九五七︿昭和三二﹀年三月の﹁日本作文. の会﹂第三回作文教育合宿研究会で、 ﹁作文法﹂という方法を提案した経緯も、こういつた学級づくり全盛の状. 況と無関係ではなかったと述べており、当時の会の内部には、今井誉次郎と同様の思いがあったことがうかがえ. 一. 軸. 14.
(20) る。. 生活綴り方本来のあり方とは、生活綴り方のめざすところと考えてもよかろう。それは、生活指導以上に、教. 科における知識を獲得させることであり、思考力を伸ばし、民主的なものの考え方を育てることなのである。つ. まり、生活綴り方は、教科指導という意味での学習指導に貢献することのために生活指導もするのである。. しかし、学級づくりの色彩の濃厚になった状況のなか、教科による実践が進展しないだけでなく、集団主義的. な考え方による学級づくりを進めている立場からは、実感主義・情緒主義だというような批判も続いていたので. ある。そのような現実を、今井誉次郎は、 ﹁具体的な生活指導の面でのかがやかしい成果の現象面にのみ気を奪. われてきた結果である。﹂ ︵注三︶と述べている。これは、生活綴り方が、子ども一人ひとりの生き方を真剣に. 考える教師の願いが築き上げた指導方法であることへの再確認でもあり、教育の形骸化を懸念した言葉だとみる ことができる。. このように、 ﹁日本作文の会﹂の内部にも、広がりすぎた生活綴り方を、教育の一方法として見直すことが必. 要だという認識があったのである。それは、生活指導に関してだけではなかった。一九五二く昭和二七V年頃か. らの特に数年間、生活綴り方は、 ﹁作文か綴り方﹂といわれたほど対立した﹁国語科作文指導﹂の側からの指摘. や批判を受けたという事情もあったからである。そのような状況が、一九六二く昭和三七v年の﹁日本作文の会﹂. において、生活綴り方の位置づけ、内容、方法の見直しにつながっていったと考えられる。それが、六二年度活. 動方針案﹁意義ある伝統のもとに確信をもって前進しよう﹂である。見直しの重要な点は、生活綴り方における 生活指導に関することと、文章表現指導のあり方に関することである。. その二点においてどのような提案があったのか、中心となる部分を次にあげる。. 7 生活綴方・作文教育でいう、いわゆる﹁生活指導﹂という概念を整理していくようにつとめる. わたくしたちのよく使う生活指導というコトバが曖昧であったために、さまざまな混乱が生じている。. 幽. 輔. 15.
(21) 生活指導と言うことが、 ﹁仲間づくり﹂ ﹁学級集団づくり﹂という形で具体的になってくると、ついには. ﹁生活綴方的学級づくり﹂ ﹁生活綴方的方法による集団づくり﹂などといわれるようになったりもする。. しかし生活綴方の実践者たちが、 ﹁生活指導﹂にとりくんだのは、子どもを受けもつ教師としてこれをな. したのであって、この種の生活指導ないし﹁学級集団づくり﹂が生活綴方のしごとと直接不可分な関係を. もつのではない。︿中略﹀こんにち生活指導を専門的に研究する団体や個人の研究成果に、より科学的な. ものがあるのならば、わたしたちとしては、それにすべての教師が学ぶべきであることを確認する。︿中. 略﹀さらに、わたしたちは、今までやや安易に言ってきた﹁生活指導﹂というのは、主に﹁物の見方・感. じ方・考え方・行動のし方の指導﹂であり、これは子どもたちの現実に対する見解・信念・意志・行動な どの指導のことであることをハッキリさせる。 ︵注四>. 2 子どもの表現活動・創造活動を指導する側面としての文章表現︵作文︶教育の独自性を重視し、それ を教育、国語科教育に大きく位置づけるための研究に力を注ぐ. 国語科文章表現の教育は、読み方教育がコトバを手段とする受容の面を受け持つのに対して、コトバ. ︵文字︶を手段とする表現・創造の面を受け持つしごとである。この指導を受けることによって子どもた. ちは、日本のコトバと文字、表記などについての知識を確実にし、自己の伝達・表現力を伸ばすばかりで. なく、自分自身の認識諸能力を発達させ、自然や社会や人間の心の内部や文化についての見方・考え方・. 感じ方を次第に高めていくのである。それは、文章表現というしごとが、きわめて生産的・能動的な知的. 労働であり、その活動には、思想を生み出していく思考・認識の過程と、その思想を内語で考え、コトバ. をえらびながら、表現に定着させていく過程、このふたつをたえず伴っているからにほかならない。︿中. 略Vわたしたちは、この表現・創造活動としての文章表現指導︵つづり方・作文指導︶の側面をひじょう に大切にする。 ︵注五︶. 一. 一. 16.
(22) 生活指導に関する大きな特徴は、生活指導を﹁学級づくり﹂の仕事としてとらえ、これをを切り離したという. ことである。生活指導というかわりにそれに相当することばとして﹁物の見方・感じ方・考え方の指導﹂とよぶ. としている。学級づくりの意味での生活指導は、他から学ぶというのである。生活指導を切り捨て、文章表現指 導としての立場を明確にしたとみてよい。. 宮坂哲文は、この方針案が学級集団づくりを生活指導の内容からはずしたことについて、 ﹁セクト主義に陥っ. たり、形式的機能分担におちいって局部的合理主義に満足する結果になることは極力警戒しなければならない。. そのようなところでは教育の本質的探究への努力はいつしか忘れさられてしまうからである。﹂ ︵注六﹀と述べ、 ﹁形式的機能分担﹂を危惧している。. 宮坂哲文のこの意見をふまえて、とくに、 ﹁生活綴方の運動を担ってきた﹃日作﹄ ︵﹁日本作文の会﹂一引用. 挿注︶がその六二年の活動方針のなかで、生活綴方は、全生研︵﹁全国生活指導研究協議会﹂1引用者注﹀に任. せ全生心から学ぼう、日作としては文章表現としての生活綴方の研究を本来の仕事としていこう、というように 規定してから起こったこと﹂について、小川太郎は次のように述べている。. 六五年の大会でそれが激しく論じられなければならなくなったことは、文章表現は、きちんとしてきたし、. 文章表現の系統案は明らかになってきたが、そうして表れる作品がそもそも生活綴方であるのかどうか、と. いう問題であった。つまり、研究運動の進歩に応じた研究の分業にしたがって、文章表現の研究に専念する. ことに定め、これまでの運動の未熟・未分化のゆえに背負いこんでいた生活指導という﹁重荷﹂ ︵国分一太. 郎﹁生活綴方覚え書き﹂︶をおろすようにしてから、生活綴方のしごとが生活綴方のしごとになっているか. どうかがあやしくなってきたのである。このことは、文章表現の系統案がはっきりしてくればくるほど、子. どものじっさいの作品が﹁おもしろくなくなってきた﹂とか、 ﹁たくましさがみられなくなった﹂とか、い. うふうにいいあらわされたりしている。 ︿中略﹀研究の分業、機能の分担、という運動の進展の結果として、. 印. 哨. 17.
(23) 現実の生活からの遊離という問題状況が生まれた事実から、われわれは何を学ぶべきなのであろうか。 ︵注 七︶. これは、小川太郎が、文章表現について、宮坂哲文がすでに指摘していた機能分担の弊害を示しているものと. 読みとることができる。六二年度方針案について小川太郎は、教科指導固有の指導目標を明確にするという考え. 方から一応評価していたのであるが、その機能分担の悪い面が、具体的な形で表れてしまったわけである。形式. が整っても、内容が整わないということは、生活から遊離して指導された形式、子どもの心に根ざさない形だけ. の指導からは、 ﹁本当の意味での生活文﹂つまり、生活綴り方と呼べるに値する内容をもった文章は生まれない. ということなのである。生活綴り方の実践は、生活から表現という方向性をもつ道筋があってこそ成り立ったの であって、 ﹁書き方﹂から、生活や経験をつかむことの難しさを示してもいる。. 何でも書かせる式の安易な指導をさけるためにも、指導目標、指導過程、指導内容を明確にし、国語科文章表. 現指導として明確に位置づけられたことにおいて、六二年度の方針案を評価することはできよう。しかし、この. ように、その後をみると、形が整うと実質が伴わないという傾向が出てくるということもまた事実である。. 宮坂哲文の﹁形式的機能分担﹂は何も研究組織に限ったことではない。 ﹁序章﹂でもふれたとおり、現在の学. 校教育にもその傾向があることは否定できない。また、文章表現についても、形式面が整うと内容が乏しくなる. ということは、 ﹁内容﹂から求める﹁形式﹂という考え方の必要性を表しているとともに、形式の指導にある種. の要素が不可欠だということでもある。それは、宮坂哲文が﹁形式的機能分担﹂は﹁教育の本質的探究への努力﹂. をしなくなると指摘したように、あることを細かくしていくことは、全体が見えなくなることでもある。六二年. 度方針心後の問題は、今日の教育において、子どもの全体あるいは教育の全体がが見える場に立つことの必要性. を示唆するものである。その重要な観点の一つとして、 ﹁生活﹂から考えていく方法があるということを示して いるのである。. 一. 一. 18.
(24) 五. 四. 三. 二. 一. 宮坂哲文 ﹁生活摺導と生活綴方﹂ ︵﹃講座・生活綴方﹄第五巻 百合出版 一九七九年四月 第一版第八鯛︶. 同右 一 〇 三 ぺ ー ジ. 日本作文の会 ﹁作文と教育﹂ ︵百合出版 一九六二く昭和三七v年八月号︶ 一〇九ページ. 同右 ニペ ー ジ. 今井誉次郎 ﹃生活綴方の認識と表現﹄ ︵明治図書 一九五九︿昭和三四﹀年二月︶ ニページ. 小川太郎 ﹁生活綴方の指導をめぐる諸問題﹂ ︵﹁現代教育科学﹂明治図書 一九五九く昭和三四V年八月号︶. 第一章第 二 節. 六. 小川太郎 ﹃生活綴方と教育﹄ ︵明治図書 一九七二︿昭和四七﹀年=一月 九二︶ 一八六ベージ. ︿注﹀. 七. 第三節 生活指導としての表現指導一生活指導における﹁認識﹂の指導. 一七∼一八ページ. 一〇七ページ. ﹁生活綴方的教育方法﹂の提唱者である小川太郎は、教育を二つの面でとらえている。一つは﹁学力をつける﹂. ことであり、もう一つは﹁人間を作る﹂ことである。小川太郎は、学力をつけることを﹁認識と技能の教育﹂、. ﹁人間を作る﹂ことを﹁入格と世界観の教育﹂ともよんでいる。 ︵注一︶これを踏まえて、生活綴り方において、. ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂を育てることはどのような意味があったのか、教育における意義と位置を明ら かにしたい。. 次の資料からは、小川太郎の生活指導観を読みとることができる。. つぎに、生活指導の方は、教科外での実践の指導と規定する。学校を申心とする、自治活動・文化活動・. 労働・社会活動と、学校外の子ども会の活動の指導がその内容である。われわれの考える生活指導では、リ. 一. 一. 19.
(25) アルで人間的なものの見方・考え方・感じ方が育てられるが、それはとくに実践との関連で実践に即して指. 導されるという特徴がある。逆にいえば、生活指導は、とくに行ない方の指導であるが、われわれの生活指. 導では、リアルで人間的なものの見方・考え方・感じ方と、それで導かれた行ない方が育てられるのである。. これは、生活指導の訓育的な側面であり、生活指導は、本来訓育的な側面を中心とするものである。しかし、. 生活指導は訓育だけを行なうのではなく、同時に、一定の知識や技能を獲得したりそれに習熟したりさせる ことで、陶冶のしごともする。 ︵注二︶. これを、記述にそってまとめると次のようになる。 1、生活指導は、教科外での実践である。 ︵位置づけ︶. 2、学校を里心とする、自治活動・文化活動・労働・社会活動と、学校外の子ども会の活動の指導がその内 容である。 ︵指導の場︶. 3、リアルで人間的なものの見方・考え方・感じ方とそれに、導かれた行ない方の指導である。 ︵指導内容︶ 4、生活指導は訓育的な側面が中心だが、陶冶の仕事もする。 ︵機能・作用︶. まず、生活指導は、領域としては、教科外に位置づけられるとしている。その具体的な指導の場が2である。. これは、小川太郎の児童観の表れと見ることもできる。子どもは既に大人と同じ社会に生きていることを前提と. している考え方がうかがえる。そして、3にあるように、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂を指導することが、. 実際の指導内容である。生活綴り方では、それを文章表現︵作文︶に即して行うわけである。また、4に上げた. ように、生活指導は、訓育的な側面、つまり﹁人間をつくる﹂ということがその中心であり、生活指導は、 ﹁人. 格と世界観﹂の教育といえるが、 ﹁陶冶﹂つまり、 ﹁学力をつける﹂はたらきを持つというのである。生活指導. は、人格をつくるだけでなく﹁技能と認識﹂の教育もするということである。. これらの内容は、小川太郎が、生活指導に関して数多く発言してきたことであるが、1のように生活指導は領. ︸. 一. 20.
(26) 域概念だとしている一方で、4のように機能的なとらえかたもしていることに、あいまいさとともに、生活指導 に対する期待の大きさもうかがえる。. 生活指導を一つの﹁領域﹂としてとらえることは、もう一方の教科指導︵学習指導︶という領域を明確に位置. づけることでもある。これは、それぞれの果たす役割を重視する考え方の表れと見ることができる。しかし、同. 時に生活指導を﹁学力をつける﹂一つの機能でもあるとするのは、一見矛盾した概念のようでもある。これをま. とめてみると、教育の二つの側面は、離れて存在するのではなく、なんらかのかかわりなしでは存在しないが、 両者の間は、領域としての一線を画している、ということになる。. そこで、小川太郎の﹁﹃ものの見方・感じ方・考え方﹄を指導する生活指導が﹃学力をつける﹄仕事をする﹂. という言葉の意味を理解するために、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂と﹁認識﹂の関係をとりあげるものとす る。. 小川太郎は、 ﹁生活綴方の教育は、書かせることで生活についての感性的なまた悟性的な認識を、正確にし、. 豊かにし、深くしていくことはできる﹂が、 ﹁生活綴方で進めるリアルな認識の限度はここまでである﹂. ︵注三︶と述べている。ここから、生活綴り方と﹁認識﹂についての小川太郎の考え方を読みとることができる。 それを三つにまとめると次のようになる。. 1、生活綴り方は、感性的、悟性的認識を正確にし、豊かにし、深くしていくことができる。 2、認識には、段階がある。 3、生活綴り方が、発展させることのできる認識は悟性的という段階までである。. 生活綴り方が、感性的、悟性的認識を確かなものとするという意味は、生活綴り方の﹁ものの見方・感じ方・. 考え方﹂が、認識を発展させるはたらきをもっというこである。しかし、それには限界があるとしている。 その理由について、小川太郎は、次のように説明している。. 一. 一. 21.
(27) 生活の現象と描写は、どのようにリアルになるとしても、その現象を成り立たせている本質的な原因、そ. れを支配している法則の認識のためには、生活綴方からのある飛躍が必要である。それは日常の生活の具体. 的な観察から、社会科学の体系的で理論的認識への飛躍である。生活綴方の認識を感性的あるいは悟性的と. するならば、社会科学の認識は、理性的な認識であるが、両者の間には連続した道はない。生活綴方による. 感性的な認識をどのように、正確にし、豊かにし、深くしても、法則の理性的認識は出てこないのである。 ︵注四︶. 生活の現象をリアルにとらえることによって、感性的ないし、悟性的認識に到達することは可能であっても、. それが理性的認識︵法則の認識、体系的で理論的な認識︶へと発展するわけではないというのである。要するに. 生活綴り方で取り上げられない分野からの題材の提供が必要なのである。別の言い方をすれば、体系化された理. 論的な経験ということもできる。小川太郎が、生活指導における領域概念の立場を主張したのは、このように、. 生活指導では得られない、理性的認識を確かなものにするための、もう一方の領域を重視したからにほかならな い。それが、体系化された経験ともいえる教科指導なのである。. そこで、感性的、悟性的、理性的に類型化された生活綴り方の認識を知るために、認識について、ふれておく。. 認識ということばは、 ﹁一般的にはある事柄について﹃知る﹄ことであるが、狭義には﹃理論的知識をもつ﹄. こと。したがって、また科学的知識をもつことを指す﹂ ︵注五︶とあるように、知るという意味では、 ﹁理解﹂. と近いことばだといえる。認識の本質は﹁何かを知るといった場合、そこには当然知られるもの︵認識対象︶と. 知る自分︵認識主観︶と知るはたらき︵認識作用︶とが区別され、主観が認識作用をはたらかせて対象をとらえ. るところに認識が成り立つと考えられるし ︵注六︶とあることから、認識は、理解という言葉に比べて、知ると. いう作用において自分の主観を多く含んだ言葉だと理解できる。つまり、個々の個性の表れた知り方、わかり方 というものを許容するこ言葉だととらえることができる。. “. 一. 22.
(28) 認識には、段階ないしは種類があると考えられている。ここでは、 ﹃教育学大事典﹄の記述にある、感性的認. 識と非感性的認識のうち、生活綴り方が発展させることのできる感性的認識について、整理しておきたい。. ﹁感性的認識﹂1感覚印象に基づいて事態の把握を行い判断するのは、思考または思惟による。感覚また. 感性を通じて受け取ることは、ありのまま受け取る意味で﹁直観﹂であるが、思惟による. 判断は一般に対象の直観でひとつになっているものを一度に分けて︵分析︶てからその一. 致をとらえる︵総合︶ところに成り立つ。このような認識は感覚を通ずる認識であるから 感性的または実在的認識とよぶ。. ︿図式V感性的︵実在的︶対象一経験直観︵この場合の経験は1判断︵事態の把握︶. 感覚を通ずる意味︶ ︵注七﹀. このほか、感性的認識以外にも、対象が本質直観によってとらえられた﹁非感性的︵観念的︶認識﹂ ︵幾何学. 上の図形とか、自然数とか、論理的関係など︶ ﹁推理﹂による認識︵演繹推理、帰納推理︶などの類型について も述べられている。. さて、この図式に見られるように、対象を直観でとらえ、判断するという過程は、生活綴り方で、生活の中の. 問題を取り上げる過程と同じである。しかし、例えば、社会科学の認識といったものは、手で触り、目で見ると. いうように、感覚でとらえることは不可能である。したがって、 ﹁直観﹂によらない認識は教科指導の任務とな. る。小川太郎が﹁認識と技能﹂ととらえた﹁学力﹂における﹁認識﹂は教科指導による認識の教育ということが できる。. 教科指導によらなければ理性的認識には達しないとするなら、生活綴り方で感性的認識・悟性的認識を発展さ せることは無意味に見える。. この感性的認識と理性的認識のかかわりについて、小川太郎は次のように述べている。. “. ︸. 23.
(29) しかし、このことは、理性的認識があれば感性的認識は不要であることを意味するものではない。理性的. な認識は豊かな感性的認識の蓄積によってはじめて生きた認識になる。社会科学者が生活綴方から教えられ. たというばあいには、このことを言っているのである。また逆に、感性的認識を豊かに蓄積していくことは、. 社会科学によって理性的な認識を発展させるばあいに、その認識をしんに生きて働く力とする。 ︵注八︶. 感性的認識は、体験から直接得るものであるが、理性的認識あるいは観念的認識は、教科の学習という知識や. 技能を通して得られる。教育における知識や技能は、広く間接的な経験ととらえることができる。とすると、認. 識は、経験から遠ざかるほど観念的になることであり、直接対象を捉えた感覚から遠ざかることでもある。それ. は、経験と知識・技能との遊離である。感性的認識が、理性的認識を実際に生きてはたらく力にするということ. は、直接経験が知識・技能を身についた力にすることである。それは、生活が学習を実のあるものにする力を持 っていると読み替えることも可能であろう。. これまで述べてきたことから、生活綴り方におけるものの見方・感じ方・考え方・行動の仕方の指導が、学習. の力をも規定し、また逆に学習が、ものの見方・感じ方・考え方・行動の仕方の力を生きたものするという相互 の補完的な関係を理解することができる。. 次に、なぜ、生活指導では﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂なのかという疑問をあきらかにしておきたい。. 勝田守一は、 ﹁﹃生活綴方﹄は、生活指導と教科の指導とを橋渡しする位置にあった﹂ ︵二九﹀と述べている。. それは、 ﹁﹃ものの見方、感じ方、考え方﹄の指導を含み、これを基礎として生活そのものへの意識と行動の質. を変えようとするものだから﹂ ︵注十︶だというのである。では、 ﹁生活そのものへの意識と行動の質を変える. こ﹂とが、どういう経過で教科の指導にどうつながっていくのだろうか。. それについて、生活指導と教科指導の関わりという観点から、勝田守一は次のように述べている。. 生活指導は、差し迫った現実的な状況で、子どもたちが打ち当たる生活的な問題ととり組みながら、自己. [. 一. 24.
(30) 確立と連帯的な行動や意識を形成し、そのことのために、不可欠な認識の仕方と知識、そして問題を解決す. る技能を学習し、訓練する。しかし、生活の現実は、断片ではない。それは、空間と時間のひろがりのなか. での現在である。生活指導という側面からとらえても、過去の遺産と未来への展望および、国民的および世. 界的なレベルでの認識と知識発展がその訓練のなかに含まれていなければならない。この学習の発展は、必. 然的に教科の指導を予測するだけでなく、生活指導から教科への発展という内的な関連を要求する。 ︵ 注 十 一︶. このように、生活指導における問題解決の過程において必要な、認識の仕方や知識・技能といったものが、時. 間と空間のひろがりのなかで学習され訓練されていくということは、教科指導についても同様だといえる。教科. 指導もいわば問題解決の過程である。生活指導では、現実の差し迫ったことがその﹁問題﹂になるのに対し、教. 科指導では、すでに受け継がれ、体系づけられた﹁問題﹂である。つまり、両者の違いは、 ﹁問題﹂の﹁内容﹂. にあると言える。これが、生活綴り方でいうところの﹁固有の任務﹂と理解することができできる。. 言いかえると、生活綴り方における﹁問題﹂が、現実的偶発的なのに対し、教科指導における﹁問題﹂は教科. それぞれがもつ体系的な知識や技能である。したがって、教科における知的理解の任務をあいまいにしないため. には、 ﹁認識﹂と生活指導における﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂は明確に区別する必要があるといえる。. さらに、これを生活綴り方におきかえることによって、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂と﹁認識﹂の橋渡し のありようをみていくことにする。. まず、生活指導としてみた場合、生活綴り方は、生活の問題を取り上げ、これを解決することで、 ﹁ものの見. 方・感じ方・考え方﹂そして、行動の仕方を、自己σ内に確立する。一方、教科の指導の手段とした場合、例え. ば﹁理科における観察日記、調べる綴方、社会科における報告や、学習後のまとめの記録、さらに音楽を聞いた. 印象を作文にする作業などがある。それらは、それぞれ作文であり、 ﹃綴方﹄であるが、集団思考の組織に対し. 一. ︸. 25.
(31) て、それらがさす役割は、学級集団への知識︵情報︶と問題の提起、認識成果の評価などにある﹂ ︵注十一一︶と. 述べられているように、 ﹁ものの見方・感じ方・考え方﹂が直接に、理科や社会で調べたことや学習後のまとめ. になるわけではない。しかし、 ﹁学級集団への知識︵情報︶と問題の提起、認識成果の評価など﹂の役割を通し. て、間接的に教科固有の認識の教育にはたらくわけである。. ﹁生活綴方が、基本的に追求した﹃見方、感じ方、考え方﹄の訓練が、自己確立と認識の質の変革を目指すの. は、生活指導の領域にあると見られていた。しかし、 ﹃見方、感じ方、考え方﹄の訓練は、知的認識と感情の発. 達にかかわるものとして、じつは諸教科そのものの本質的な役割にほかならない。﹂ ︵注十三︶という勝田守一. の見解にもあるように、生活指導として行われていた生活綴り方の教育は、教科指導と本質的には同じものもの であったと理解できる。. そこで、国語科の場合を考えてみる。国語科で同じように生活綴り方を行うとする。その場合も、 ﹁学級集団. への知識︵惜報︶と問題の提起、認識成果の評価など﹂の役割を担うのは他教科と同じである。したがって、国. 語科固有の認識の教育をより確かなものにすることになる。国語科固有の認識の教育とは、言語教育としてのそ. れと考えることができる。つまり、作文指導において、 ﹁知識︵情報︶と問題の提起﹂以外の認識とは、作文と. いう形を作る過程に必要な知識や技能ということになる。つまり、生活綴り方による作文指導も、国語科作文と. ︵国土社 一九五九︿昭和三四﹀年二月初版発行 ↓九六三︿昭和三八﹀年三月三岳発行︶. =二八∼一四〇ページ. して位置づけた以上、文章表現指導をその固有の任務とするということである。学力を﹁認識と技能﹂とするな ら、文章表現、つまり書き方も、認識の教育ととらえることが可能になるのである。. 一 小 川 太 郎 ﹃国民教育と教師﹄. ︵明治図書 一九七二︿昭和四七﹀一二月九版画︶ 一七九ページ. ︿注V 第﹁章第三節−. 二 小 川 太 郎 ﹃生活綴方と教育﹄. 一. 一. 26.
(32) 同右 三 九 ∼ 四 〇 ペ ー ジ. 三 小川太郎・国分一太郎 ﹃生活綴方的教育方法﹄ ︵明治図書 一九五六︿昭和三一﹀年九月再版︶ 三九ページ 四. 五 細谷俊夫・奥田真丈・河野重男 ﹃教育学大事典﹄ ︵第一法規 一九七八く昭和五三V年七月初版発行 咽九七九く昭和五四V年二月五剛発行V ジ. 同右 四 五 四 ペ ー ジ. 六 同右 四 五 三 ペ ー ジ. 七. 八 勝田守一 ﹁解説﹂ ︵川野理夫﹃授業で子どもをどう変えるか﹄麦書房 一九六五︿昭和四〇﹀年⋮一月一〇日発行︶ 二二一ページ. 同右 ニ ニ ニ ペ ー ジ. 九 同右 二 二 一 ペ ー ジ 〇. 同右 二 二 ニ ペ ー ジ. ︸ 同右・二 二 ニ ペ ー ジ. 二. 四五三ぺ一. 一. 一. 7 2.
(33) 第二章 表現指導と認識の発達. ’第一節 国語教育における認識の位置と意味. 認識には、個人の主観的な判断を含むという意味がある。生活綴り方教育が、認識を重視したことの背景には、. ものごとをとらえる自分の目や心を見失っている子どもたちがいるという現実があったと考えられる。与えられ. たものをただ受け入れるのではなく、自らものごとをとらえて、それに対処するという主体性を養う必要がある という教師の願いをうかがうことができる。 、. 勝田守一は、認識の教育の必要性について、 ﹁現在の発達した社会では、すべてのものが、社会生活をいとな. む上で、その認識の起源をたどって、発生的に順序立てて、これを自分で追発見していくという手続きをとるこ. とはできません。しかも、一定の程度に達した理性的認識の成果を、自分のものとして使用しながら、自分の当 面する矛盾や問題を解決していかなければなりません﹂ ︵注一﹀と述べている。. 社会生活をいとなむためには、認識が不可欠だと述べているのである。ここで勝田守一の言うコ定の程度に. 達した理性的認識の成果﹂とは、 ﹁自分の当面する矛盾や問題を解決﹂するための﹁知識﹂ないし﹁技術﹂と見. なすことができよう。つまり、教育は、社会生活において、自己の問題を自分の考えのもとに解決していく力を. 養うことにあると読みとることができる。その力が、 ﹁認識﹂なのである。したがって、勝田守一は、教育は、. 一定の程度に達した認識の段階に社会的な必要︿中略﹀に応じて、子どもたちを高めなければならないという課. 題を負って﹂ ︵注二︶いるととらえるのである。そして、この認識の教育は、それぞれのこどもの素質や生活経 験に応じて行わなければならないと述べている。. これらのことから、勝田守一のいう認識の教育は、. 一. 一. 28.
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