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総合的な学習における子ども同士の討論過程の質的分析 : Epistemic Episodes と構造化手法を通して

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Academic year: 2021

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(1)学 位 論 文. 総合的な学習における. 子ども同士の討論過程の質的分析 一Epistemic Episodesと構造化手法を通して一. 兵庫教育大学大学院 学校教育研究科 修士課程. 教科・領域教育専攻 総合学習系コース. MO1259A 村 田 一 広 主任指導教官: 松本伸示 教授. 指導教官: 松本伸示 教授.

(2) 目 次. はじめに...______.__._.___.__.___._..._.._3. 第1章 第1節 第2節 第3節. 問題の所在_____.._。。__.____。__4 研究の背景_..___._...._____._._..____4 研究の目的.__.__._..._____.._.._____.6. 研究の概要_.._____.._____._.__.___.6. 第2章 第1節 第2節. 『知識の社会的構築』の見方.6._._..__...._.7 学習理論の変遷_.._____.._..._.___._.__7. 構成主義における学習理論___._.__.._.___10. 第1項構成主義とPiaget,J.の認識論との関わり.. ..............10. 第2項構成主義と科学哲学における見方との関連 ....。..15 ....................16 第3項構成主義者によるカリキュラム開発.. 『知識の社会的構築』の見方.__..__._...__._20 第4項 社会的構成主義の見方__.__.__.____.__.24 第3節 第1項 Social ConstrucdvismとSocial ConstrucHonism_._.24 ...........................,.............25 第2項社会的知識と間主観性 第3項 能力の社会的構成.____.__._.._____..._26 第4項 総合的な学習をr学び』として捉える_____._27 他者の役割__._.___.___._.__.._.___.29 第4節 第3章 第1節 第2節 第3節 第1項 第2項. 第4節. 『知識の社会的構築』における討論の構成理論31 討論(Discussion)の定義___.___.___.__._31 討論の存在理由._._____.______...._._34. 討論の行い方や評価に関する先行研究.___.__..35 1RFパターン.._.___.._.__.____....___.35. 効果的な討論モデル__..____.______.....36. 討論における対話的実践_____.._.__.__._38. 第4章 第1節. Epistemic Episodesと構造化手法._.___41. 第2節. Epistemic Gamesという見方_」_____..____44. Episodesの意味するもの__.____..___.__.41. 第1項Epistemic Gamesと他のゲームとの違い______44 第2項EG法の例示_.._____.___.___.、____.47 1.

(3) 第3項EG法の認識論的特徴..__. ._.__.__..._..__51 .....。............................57 第3節 Epistemic Episodes(EE法).. ......。..........................57 第1項発話のカテゴリー分析__.. 第2項EE法の分析手順..____. ..__.__._..____58. 第5章 第1節 第2節 第3節. 討論に着目した総合的な学習における授業実践62 授業実践の概要_.__.___...______...__62. 授業における活動の実際__.__.__._.___._64 Sprod,T.実践との比較__._.___.__._.___.80. 授業実践における討論過程の質的分析_._..82 第6章 目的_____._..__.__.__._.____._._82 第1節 方法___.___....______.___.__._._82 第2節 3つの分析.___.___.______.....____.82 第3節 分析集団の抽出.___.___..__..___....__.82 第1項 ・比較._.. ...............86 第2項EE法を用いた討論過程の分析 第3項他の分析指標(質問紙法) とEE法との比較.__._92 他の分析指標(構造化手法)とEE法との比較.__.94 第4項 結果_____._.._.__.___.___._.__._97 第4節 考察_____._.._._____._._.____._.97 第5節 分析集団の抽出における考察.___.__...____97 第1項 第2項EE法を用いた討論過程の分析 ..97 ・比較における考察 質問紙法とEE法との比較における考察_._.___98 第3項 柴田らの構造化手法とEE法との比較における考察.98 第4項 ……・…一… _......_.__100 第5項EE法と構造化手法の活用.. .......。........_.。............102 第6項EE法における思考の読取り. 第7章. 結論..脚......。.....。........._.................。....。...104. おわりに_.__....__.__・・_・…・…….. .....。......。。......._...106. 引用・参考文献,論文,その他_._.__. 。......。。....。.............107 図表目次.___.___..____.__. ...______._..110 謝辞_.____._.__.____...._. ____._._。__110. 2.

(4) はじめに 平成10年12月に告示された小学校学習指導要領第1章総則に, 総合的な学習の時間のねらいは, 「(1)自ら課題を見付け,自ら学 び,自ら考え,主体的に判断し…(以下略)1」と,示されている。. また,この時間の活動では,「取り上げられる個々の課題について 何らかの知識を身に付けることが目的ではなく,また,課題を具体 的に解決することそのものに主たる目的があるのではない。…(中 略)…この時間の活動を通して,学校で学ぶ知識と生活との結び付 き,知の統合化の視点を重視し,各教科等で得た知識や技能等が生 活において生かされ総合的に働くようにすることが大切である。2」 とされている。この記述は,総合的な学習における時間では,課題 についての何らかの知識を身に付けることが目的ではなく,その解 決への過程が大切であるとされながら,結果として,学校で学ぶ知 識と生活とが結び付いた統合化された知識を目指していると解釈で きる。. このように, 『知識』注1は,総合的な学習においてキーワード の一つとして捉えることができる。 近年,知識が討論(Discussion)の場でよりょくつくられるという 見方が高まってきている。この見地に立つと,知識がつくられてい く過程をみるために,子どもたちが他者とともに問題を解決してい こうとする討論の過程に着目し,そこでの会話を質的に分析してい くことが期待される。子ども同士の討論過程を質的に分析する方法 の開発と,その有効性をみることは,『子どもたちの知識がどのよ うにつくられるのか』を解明することの大きな一歩となる。. 1文部省:『小学校学習指導要領解説』,大蔵省印刷局,Pp.2−3,1998.. 2文部省:『小学校学習指導要領解説 総則編』,東京書籍株式会社, p.47, 1999.. 注1本論文において,『知識』とは,生活に役立つ内容や方法である。. ただし,これは,個人的なものではなく,言語を通じた他者との相 互作用によってつくられたものに対して用いている。 3.

(5) 第1章 問題の所在 第1節 研究の背景 学習における構成主義(Const川ctivism)という理論的枠組みにお. いて,知識は,身の回りの世界の意味を理解するために,個人が努 力して再構築していくものとしてみられた3。学習者は,受動的で はなく能動的な存在であり,伝達過程としての教授よりも獲得過程 としての学習が重視され,子どもたちが,問題解決のために実際に 使える知識を再構築できるようにしょうとした4。 このような中で,しだいに他者の存在に注意が向けられ,『知識 の社会的構築(The Socialconstruction of Knowledge)』という考え. 方が多くの研究者によって指示された5。そこでは,他者と一緒に 行う問題解決過程が注目された。 『知識の社会的構築』の過程として,授業における討論(Discus− sion)の役割の重要性が指摘されている6。以前,他者の言葉は,個 人にとって伝達情報であり,個人の認知構造に付加(Accretion)した り,調整したり(Tuning),再構築(Restructuring)したりするための. 道具であった7。あるいは,言葉は,頭に浮かんだ物事を他の人に 表現して説明するための手段だと考えられていた。しかし,『知識 の社会的構築』という見方からすると,言葉を発することは思考す ることに他ならず8,討論は,言葉を介した個々の相互作用の場と して考えることができる9。. ヨ. の. Dnver, R. and Oldham,V.:A constructivist approach to curriculum development in science,8飽41ε31η8c診εηcεE伽。α’20〃,13,105−122. 1986.. 4稲葉晶子,豊田順一:『CSCLの背景と動向』,教育システム情報学 会誌,Vol.16, Pp.166−175, No.3,1999. 5Solomon, J.:The rise and fall of constructivism,∫紐(1εε∫魏∫cεeηcε E4配。σ∫’oη, 23, 1−19, 1994.. 6Sprod,T.:“Nobody really knows”the structure and analysis of social const川ctivist whole class discussions, Department of Philosophy, Univelsity of Tasmania, Australia,∬η’εrηα”oηα1 Jo群ηα10ア5dεπc8 E4配。σ’∫oη, 19(8),911−924. 1997.. 7前掲書3 このことは,Rumelhartら(1981)の研究に端を発してい ると記述されている。. 8Burr,V.:『社会的構築主義への招待』,田中一彦訳,川島書店,1997. 9Dillon,J.T.:σ∫’η8 D∫5c㍑∬∫oη5∫〃αα∬700溺∫(Buckingham:Open University Press),1994. 4.

(6) 現在,多くの研究者によって討論に対する検討が行われ,討論の 行い方の重要性が指摘されている10。そして,Sprod,T.(1997)をは. じめとする多くの研究者が,真に相互作用(Interactive)となる討 論を行うためには,教師中心でもなく,子ども中心でもなく,真実 中心(Truth−Centled)となる討論へ近づけることを指摘し,その行い 方に注目している11。. 討論を評価するためには,討論の構成理論と,その理論から導か れた討論分析のための方法論が必要となる。 Perkins,D.(1994)は,3名の思索家(Thinkers)によって行われた. Open−Ended Inquiryを分析し,Epistemic Games(以下,簡略して,. ゲームと表記したり,分析手法としての意味合いを強く出したい時 は,EG法と表記したりする)という探究研究法を提案した12。ま た,Sprod,T.(1997)は, Perkins,D.の理論を基に,討論(Discussion). の有効性をみるための指標として,Epistemic Episodes(以下,簡 略して,Episodesと表記したり,分析手法としての意味合いを強く 出したい時は,EE法と表記したりする)を提供した13。 EE法は,. EG法の会話部分に焦点を当てたもので,概念構築のための推進力 とされる子どもの発問とEpisodesの維持に注意が向けられている。 このような取組みによって,個人単位で分析するよりも,個人の発 言が共同体の中で関連し合っているEpisodes単位で分析する方が, 討論における思考過程,つまり,知識がつくられていく過程を捉え ることが容易であることや,討論が推論の向上に有効であることが 明らかにされてきた。. EE法は,総合的な学習において問題を解決していく討論の過程 を質的に分析するための指標として期待できる。しかし,実際に, EE法を用いて討論過程を質的に分析することが可能なのか,また は,EE法を用いた分析の結果によって知識がつくられていく過程 をみることができるのか,あるいは,EE法は他の分析指標と比べ て有効な方法なのか,’実践的な検証が必要である。 lo. 痰ヲば,次のようなものがある。Whalley,M.J.(1991), Sprod,T.. (1994a,1997), Dillon,J.T.(1994),稲垣・山口(1997),渡辺・田野(2001) 11 vhalley, M.J.’The Practice of Philosophy in the Elementary School Classroom, in M.Lipman(ed,),丁碗π短η8 C配Z4γεπαη4 E伽。α’∫oη 9)㌦1}謬}濃呈糸,智認{1孟」く斉?8εとマ馬さ】急?1是,呈16も為蓋222丘ed Thinking.in Edwards,J. (ed.),二『11’1zた∫η8’1π’εrηα’∫oηαZIη’εr4∼∫c’p1∫ηα7y・Pε「5Pεc’∫vε∫・. (Highett,Victoria:Hawker Brownlow Educational),83−96.1994. 13. O掲書6. 5.

(7) 第2節 研究の目的 本研究は、小集団での問題解決過程における討論を,Epistemic Episodesを用いて質的に分析し、Epistemic Episodesの有用性を提 案する。. 第3節 研究の概要 本論文における研究を概説すると,以下のような流れになってい る。. 第1章では,研究の目的とその背景を記述した。 第2章では,研究の基盤となっているr知識の社会的構築』とい う考え方がどのようにして起こってきたのか,知識を構築する過程 としてなぜ討論に着目するようになってきたのか,その経緯を検討 している。. 第3章では,2章の内容を受け, r知識の社会的構築』における 討論の構成理論について,Dillon,J.T.(1gg4)の見解を中心に検討し ている。. 第4章では,Sprod,T.(1gg7)が討論過程を質的に分析する方法論. として提供しているEE法は,どのような経緯を経て開発されてき たのか,EE法の基になっているEG法とはどのようなものなのか, EE法とはどのような分析法なのかを検討している。そして,それ に加えて,EE法による分析結果を基にした討論過程構造化手法を 提案している。. 第5章では,EE法とそれを基にした討論過程構造化手法の有効 性を明らかにするために行った総合的な学習における授業実践を概 説している。. 第6章では,第5章で概説した授業実践における討論過程の筆記 録を,EE法を用いて質的に分析し,構造化を試みている。さらに, その結果とEE法以外の指標を用いた討論過程分析結果とを比較し, 討論過程分析指標としてのEE法の有用性を検討している。 最終の第7章では,研究における結論と,今後の総合的な学習に おいてEE法を用いることの展望を述べている。. 6.

(8) 第2章. r知識の社会的構築』の見方. 本章では,まず,本研究の基盤となっている『知識の社会的構築』 の考え方がどのようにして起こってきたのかを概観している。. まず,近年における学習理論の変遷に注目した後に,EE法との 関わりが深いと考えられる構成主義と社会的構成主義について,特 に節を起こし,それぞれを第2節と第3節で詳述している。 次の第4節では,知識を社会的に構築する過程として,なぜ討論 に着目するようになってきたのかを検討している。. 第1節 学習理論の変遷 学習理論は,社会的構成主義(Social Constructivism)の見方に至 るまでに,幾つかの変遷を遂げてきた。そのような経緯は,学習観, 子ども観,知識,他者に視点を当てると,Mehlinger,H.D.(2000)14,. 稲葉ら(1999)15が整理したものを基にして,下記のように記述でき る。. (1)行動主義 行動主義の理論は,主に,pavlov,1.p.とSkinner,B.F.によって展. 開されたもので,その原理は動物実験(刺激一反応に対して報償か 罰を与える)から生み出された。行動主義において,学習は,人間 の観察可能な行動変容として捉えられ,外部・からの刺激によって, 子どもに知識を獲得させることができるとされた。行動主義は,プ ログラム学習の発展に影響を与え,教師は,授業によって到達すべ き目標を細分化し,その目標の公正な評価方法を求め,テストでよ い成績がとれるような授業を計画した。 また,Bloom,B.に代表されるマスタリー・ラ一図ングでは,十分 な時間と指導が与えられるならば,誰でも必要とされることを学習 できるとされた。そして,子どもたちの理解の差は,学習の速さの 差として説明された。教師は,テストに合格できなかった場合,そ. 14. lehlinger,H.D.:『情報化時代における学校改革』,中村哲訳,風 間書房,2000.. 15. O掲書4 7.

(9) の子たちのつまずきを分析し,再学習させ,再び同じ目標でテスト の機会を与え,分かるように指導するという方法をとった。 行動主義におけるプログラム学習やマスタリー・ラーニングの考 え方は,社会で生きていくための最小の知識と技能を求めるような カリキュラムに向かった。 (2)探究学習. 探究学習の考え方は,いろいろな教科によって多くの形態がとら れた。その1つめは,Bruner, J.によるもので,いかなる考え方で あろうと,問題であろうと,知識であろうと,どの学習者も認知形 態において理解できるように,最も簡単な形態で指示されるべきで あるとされた。2つめは,学校の教科は学問構造によって組織され るべきであるとするもので,学問の専門家が使用する鍵概念や法則 に基づいた教材を組織するが求められた。3つめは,各学問の研究 者が用いる探究方法を活用することによって,子どもたちは,最も よく学習できるとするもので,子どもは,単に研究者が学習したこ とを学習するだけではなく,彼自身が研究者と類似する方法によっ て情報を発見すべきであるとされた。 これらの考え方によって,研究者が用いる鍵概念に注意が向けら れ,子どもたちは,研究者が用いる方法と同じか類似する手法を用 いて行われた。. しかし,このような探究学習は,新しい教材に対する教師の負担,. 高額な経費,内容不理解による保護者の非協力,本当の発見ではな かったこと注2などから批判された。 (3) 認知主義. 行動主義では,外部からの刺激がどのような内的情報処理過程を 経て行動に至るかを追求することはなかった。認知主義では,学習 は認知的構造の変化としてとらえられ,認知構造のモデルを仮定し た研究が行われた。. 行動主義から認知主義への変換によって,学習の捉え方は大きく 変化した。しかし,知識に関する認識は固定的で,伝達可能なもの. 注2学習は,オープンエンドではなく,利用される教材によって常に 設定されていて,本当の発見ではなく,指示された発見だった。. 8.

(10) であり,正しい知識をどのように伝達するかという教授方法の解明 に主眼がおかれていた。 (4)構成主義. 構成主義では,学習者は,知識を伝達される受動的な存在ではな く,能動的な活動主体であるとしてみられた。そして,知識の正し さや価値は,相対的で,文脈に依存しており,私たちが世界につい て知ることは,私たちの現実解釈から成り立っているとされた。こ のような見方により,教師からの教授によって正しいとされる知識 構造を学習者に伝達するのではなく,学習者が外界に働きかけ,そ のフィードバックを得ることによって独自の知識構造を構築してい く学習が重要であるとして,実際に使える知識を獲得しようとした。 (5) 社会的構成主義. 社会的構成主義では,知識の獲得過程における他者の存在を重視 した。学習者の知識や認知的機能は,まず,学習者と外的世界・他 者との相互作用の中で達成された後,学習者に内化されることによ って獲得されるとされた。他者とともに行う問題解決過程が重視さ れ,知識の状況依存性が強調された。. 9.

(11) 第2節 構成主義における学習理論 第2節では,第1節(4)において概説した構成主義に関して詳述 している。. 構成主義という理論的枠組みは,個人主義的ではあっても,その 見方は,現在も,今後も,教育において大きな影響力をもち,教育 の一つの基盤で有り得るのは間違いない。Sprod, T.(1gg7)は,構成. 主義的討論は,普段使用している日常の概念を,モデルベースの熟 考された概念へ変換する優秀な方法であり,認識論的性質の明白な 局面をつくることができるとしている16。Sprod, T.の提案している. EE法は,構成主義的討論を想定してつくられた分析指標である。 その意味で,構成主義の見方は,EE法の論理的基盤の一部を担っ ていると言える。言い換えると,EE法を用いて討論過程を分析す る時,その討論が構成主義的討論となっていれば,より明確に分析 され得ると推測される。. 構成主義と一口に言っても,長い年月を経て変容してきている大 きな枠組みなので,どの年代で区切るかによって説明の仕方が異な る。また,いろいろな理論が入り混じっているので,網のような様 相をしているようにみえ,説明が困難である。そこで,ここでは, 主にSolomon,J.(1994)とDriver,R.ら(1985)が整理したものを基にし. て,構成主義の見方を紐解きながら,EE法との関連を見ていくこ とにする。. 第1項 構成主義とPiaget,J.の認識論との関わり 東洋(1965)によると,1950年あたりから,アメリカ心理学にお いてPiaget,J.に対する関心が急速に高まり,それに刺激された多く の追試や研究が行われたとされる17。Piaget,J.は,子どもたちに自 然の事実(Natural Events)についての考えを求め,子どもたちが答 えたことを注意深く聞き,子どもの考え方についての特徴を示した。 Solomon,J.(1994)は, Piaget,J.の初期本『The Child’s Conception of. the World(192g)』が,構成主義者の教科書であったとしている18。 16 17. O掲書6. 圏m:『ピアジェとアメリカ心理学』,波多野完治編:『ピアジェ Pp.120−131, 1965. の発達心理学』,第vi章,国土社 18. O掲書5. 10.

(12) また,Driver,R.ら(1985)は, piaget,J.が,子どもたちの知識の構築. に関して個別学習における「自己調整(Self.Regulation)」過程の重. 要性を認めた時から構成主義として記述されたとしている19。この ように,Piaget,J.は,構成主義と言われる大きな枠組みの流れの発 端をつくった一人だとしてみられている。 Piaget,J.の認知論は,日本においても大きな影響を及ぼした。『発 達段階』『自己中心性』という言葉が学校現場でよく用いられるが, このような言葉の見方は,piaget,」.によるものである。ただし,こ. の見方においては,いくらかの注意点が必要である。それらについ て,以下に詳述する。. (1) 発達段階について ). Piaget,J.は,知的操作の発達段階を,大きく3つの時期[感覚運 動的知能の時期][類,関係,数の具体的操作の準備および組織の時 期][形式的操作の時期]に分け,それらを更に幾つかの段階に分け ている。鈴木(1965)は,このような発達段階には特性があり,それ. が段階区分の基準になっているとしている20。これを要約して以下 に示す。. や段階は,一定の1頂序にしたがう。ただし,特定の行動の現れを,. 一定の年令に固定してはならない。重要なのは,特性の出現の 順序である。 李段階には統合性がある。例えば,感覚運動的操作の段階で構成 される対象の永続性は,具体的操作の段階で構成される数,量, 重さ,空間などの保存の基礎をなしている。 や児童の思考は複雑で,外観は無関係なように見えようとも,そ れは,つねに全体的構造に基づいている。だから,もし,子ど もが一定の構造(段階)に達したとするなら,子どもは,その 構造にふくまれるすべての操作を行うことができる。 く》一つの段階は,準備期と完成期とに分けることができる。構造 は準備された後に完成する。 19. 20. O掲書3. 髢リ治:『精神発達の段階』,波多野完治編:『ピアジェの発達心. 理学』,第1章,国土社,Pp.16−33,1965.. 11.

(13) 李構造形成の準備期は,一つの段階だけに限られるものではない。. 一つの段階は,一方から見れば,一定の構造の完成期だが,他 方から見れば,次の段階の形成期である。 上記のような見方に対する批判は多い。Sprod,T.(1994)は,長い 時間をかけて多くの出版物を著してきたPiaget,J.の見方を単純に整. 理するのは難しくて,今も論争が続いている注3としながら,2つ の重要な考え(Key ldeas)があるとして取り上げている21。これは,. 上記にあげた特性の特に一番上のものに関すると思われる。 (1)子どもたちの発達は,論理的道具の獲得によって変わる3つ の包括的な段階(Three global stages)を通してなされること。. (2)これらの段階は,すべての子どもたちがおおよそ同年齢で通 過していく発達に関連していること。. 子どもたちの発達が順序性をもち,年令は固定できないけれど, このような段階はおおよそ同年齢において通過されるという見方は, 教育を行うことへのものさしと成り得る。もしも,このような見方 をもたなければ,子どもたちが,一体どのような考え方をしている のか見当も付かない。学習形態においても,どのように行うことが 適当なのか,判断できない。また,カリキュラムを編成することも, 非常に困難となる。 柴田(1965)は,Vygotsky,L.S.を引き合いに出し,「ヴィゴッキー. が教育の役割をとくに重んずる発達論を展開するのに対して,ピア ジェはどちらかというと発達段階に重きをおいた教育論を述べると いうような差がでている。22」とし,Piaget,J.の科学的概念の形成. 過程の研究は,自然発生的発達を問題にしていたと指摘している。. 注3例えば,Piaget,J.の段階理論は,環境との個別的相互作用 (Individual Interaction)を支持し,対話(Dialogue)と社会的相互作用 (Social Interaction)を過小評価していたと.みられていることなど。 21. SPIod,T.’Dθvε10p功81五8乃ε70r4εr Th’ηん∫η8地70㍑8h 研ho1θC1α∫∫ 1)’3c配∬∫oη’ηα5c∫εηcεC1α∬roo〃2 Dissertation submitted to the. University of Oxford クin partfulfilment of the requirements for the degree of Master of Science in Educational Research Methodology, 1994.. 22. ト田義松:『ソビエト心理学からみたピアジェ』,波多野完治編:. rピアジェの発達心理学』,第V皿章,国土社,Pp.156−170,1965. 12.

(14) しかし,Sprod,T.は, Piaget,」.の認知発達に関して次のように示し ている。. 「子どもたちには,能力(Ability)における発達と,考えの扱い方 (Style of Handling Ideas)における発達とがある。それらは,. 子どもたちの周囲の状況(Surroundings)との相互作用で構築さ. れる。子どもたちは,そのような順序を通して扱われる必要が ある。そして,身体の発達による部分的な制御と,身体的・社 会的な環境(Environment)による部分的な制御との相互作用に よって,子どもたちの発達は異なった速さで起こる。Piaget,J. は,発達における環境要因(Environmental Factor)のどちらか. が,教育的な役割のあることを意味する範囲だとする両面的態 度をもっていた。すなわち,教育によって,1つのレベルから 他のレベルへ進展を速めることができるという態度をとってい たと思われる。23」 Sprod,T.は,上記の(1)(2)において個々に速さの差異が生じる原 因を,Piaget,J.論の解釈に求めている。つまり,その差異の原因は,. 身体の発達による部分的な制御と,身体的・社会的な環境による部 分的な制御との相互作用によるとみたのである。そのような見方を すると,教育によって,その速度を促進することが可能であるとし て考えることができる。 (2) 自己中心性について. 学校現場ではr自己中心』という言葉がよく使われる。この時, これは『自己中心性』と同類の言葉として用いられていると思われ る。波多野(1986)は,終戦後,アメリカの指導のもとにつくられた 学習指導要領(試案)の小学校の部は, 「子どもの本性を『自己中 心性』と規定し,小学校は,それがr消去』されていくプロセスを 助けるものと考えている24」としたが,まさに,今日までその影響 が及んでいるのだろう。. 『自己中心性』という言葉を用いる場合,これは,子どもの利己 的な態度や自意識の過剰,個人主義を表すものではないことや,子. 23. 24. O掲書21,Pp.9−10. g多野完治編:『ピアジェ入門』,国土社,p.58,1986.. 13.

(15) どもの心性の道徳的な評価のためのものではないことに留意すべき である。. このことについて,波多野(1965)は,子どもの知性は『知覚体制』. の優位という性質をもって自分の立場からの条件によって決まり, 思考も具体的感覚的であるところがらr中心化している』とされた のが自己中心性の起源としている25。また,鈴木(1965)は,論理的 思考作用として考えられる操作(Operation)の発達は, 「知覚的な,. 自己の行動に関係づけた自己中心的な見方(中心化)から,行動の 構造化による客観的な見方(脱中心化)に発達する,という発達の 原理にしたがっている。26」として,発達による見方の変容として 説明している。そして,柴田(1965)は, 「子どもの適応活動では,. いわゆる同化が支配的で,調節がそれにともなわないことが多い。 このような同化と調節との不均衡状態からの解放を,ピアジェは『脱 中心化』の過程として描こうとする。ピアジェの『自己中心性』と いう概念は,子どもにおけるこのような脱中心化のでき得ない状態 を指すはずのものだった。27」として,『自己中心性』の弁証法的 解釈と,『自己中心性』という命名による誤解の生じやすさとを指 摘している。. 柴田は,さらに,「最初は個人的であることばの社会化が不充分 であるところがら自己中心的言語が発生するというピアジェの見解 に対して,自己中心的言語はもともと社会的なことばであり,社会 的なことばの内部から分化して出てくるものであるとして,社会的 ことば一自己中心的ことば一女言という図式をヴィゴツキーが提出 した28」と,Vygotsky,L.S.との違いにふれている。 Piaget,J.の見方と,それに対峙する部分をもつVygotsky,L.S.の見. 方と比較することは,非常に有効である。 Sprod,T.は, Vygotsky,L.S.の見方の重要な部分として,以下の点. に言及している。. 「子どもたちは,彼らの個別の能力を越えて,社会的な状況で活 動する(Work)ことができる。そして,これらの能力の結果として生 ずる内化(Internalization)は,発達が,このように社会的対話と言 25. g多野完治:『ピアジェ心理学の根本概念』,波多野完治編:rピ. アジェの発達心理学』,序章,国土社,Pp.7−13,1965.. 26. 髢リ治:『精神発達の段階』,波多野完治編:『ピアジェの発達心. 理学』,序章,国土社,p.18,1965.. 27 28. O掲書22,p.158 O掲書22,P.159 14.

(16) 語のための主要な役割を伴うことを意味する(Piaget,J.が認めてい たと思われる以上に)。29」 社会構成主義者は,Piaget,J.の見方よりも,Vygotsky,L.S.の見方. を強調するようになっていった。このことは,彼らが,他者の存在 や討論への関心を高めていった1つの契機と言えよう。. 第2項 構成主義と科学哲学における見方との関連 狩野(1993)は,構成主義学習理論が,科学者にとって論理的な手. 法よりも,創造的な意味付けの過程を重視していたとして,1960 年代からの科学哲学に関連付けて説明している。ここでは,それを 部分的に援用する30。. 「 ハンソンは,事象に対して科学者の行う解釈が客観的なも のではなく,感覚も含あた主観をともなっていることを理論 負荷性として提唱している。このことは,子どもたちが事象 の観察において,ありのままに観察するのではなく,既有の 知識や経験に基づいたアイデアを結びつけて解釈しているこ とにつながると考えられる。. ポッパーは,科学者が事象を受身的に観察しているのでは なく,創造的な推測や仮説を自分の持っている既有の知識や 経験を使って公式化していると述べている。そして,観察に よって得られたデータは観察者の解釈に基づいた反証のため の道具としてとらえ,理論の誤りを立証するデータを求める という意味でのいわゆる反証可能性について提唱している。 複雑で抽象的な科学の概念や理論は,科学者によって観察か ら直接推論されたものではなく,科学的な知識や理論を構成 する際に,創造的な意味づけをしているものと考えられる。 ターンは,単一の普遍的な科学の方法に対する考えを否定 し,パラダイムと科学革命の概念を提案している。ある時代 の中では,科学者間の合意事項としての科学という特定のパ ラダイムが使われており,科学者はその世界でのパラダイム 29. O掲書21,p.10 ??pM:『ニュージーランドにおける理科カリキュラム改革の 分析一構成主義的観点を中心として一』,兵庫教育大学大学院修士課. 30. 程学位論文,Pp.85−96,1993.. 15.

(17) の枠組みの中で活動している。古いパラダイムの崩壊と新し いパラダイムの受容は科学革命につながり,したがって,科 学は社会的な構成物であり,科学者の協議と意見の一致に対 する暗黙的な同意の構成物であるといえる。」. 上記にあげる3者の構成主義者への影響は,多大である。構成主 義者が,子どもを能動的なものとしてとらえ,学習を重視したこと は,このような理論的背景が存在していた。 構成主義者の見方(constructivist perspective)は,徐々に,個人的. な知識だけではなく,公共の知識に対する見方にも適用されるよう になっていった。Driver,R.ら(1985)は,上記の考えを引き継ぎ,公. 共の知識について,そして,授業実践について,以下のように解釈 した。. 「 公共の知識は,合理的な基準として生成されているので, 私たちの知識は客観的な観察Cobjective’base of observa−. tions)によるのではない。知識をつくることは, r事実 (Reality)』を理解するために構築された理論的な構成要素. (例えば磁界,遺伝子,電子軌道など)を通し,私たちの 経験を解釈したり再解釈したりして, 『真(Real)』である. 世界を構築していくということである。31」 「 実に,子どもたちは,科学者の「めがね(Spectacles)」を 身に付けるために,手助けされ,導かれることを必要する。. そして,子どもたちが学習経験を意味付けるために,能力 に対する自信を失わない方法や科学的な考えを誤り伝えな い方法を用いてカリキュラム開発を行っていく。32」. 第3項 構成主義者によるカリキュラム開発 1980年代に入り,英国の特に中等学校(Secondary Schools)段階 において,ある特定の科学的思考を理解することへの生徒の困難や,. 教訓的な教授方法に対する問題が指摘され始めた。そして,1983 年になると,中等学校科学カリキュラムの再検討(The Secondary 31. 32. O掲書3 P.109 O掲書3 p.nO, 16.

(18) Science Cufriculum Review)が必要とされ,教授アプローチを修正 するために,The Children’s Learning in Science projectが設置さ れた。. このような流れの中で,Driver,R。ら(1985)は,3っの理論をもと. にしてカリキュラム開発モデルを示し,科学学習アプローチを再考 した33。以下にそれを整理・記述する。 (ア) 3つの理論. 李子どもたちの考え(Children,s ldeas)は頑固に保持され持続され る。. 奇意味の世界は,事前の経験をもとにして個人によって構築され る。. や個人の知識は,個々のかけら(Bits)ではなく,学習によって構 造変更の起こるものである。 (イ) カリキュラム開発モデル. 子どもたちの考え方などをもとに学習方法と教材を決定し,カリ キュラムを立案・実践し,方法や教材に対して評価するとともに, 理論や研究仮説も必要あれば変更する。 (ウ) 科学学習アプローチ. 学習場面を5段階(方向づけ,引き出す,再構築,適用,再検討) で構成する。 (ア)の一つ目の理論における【子どもたちの考え(Children’s Ideas)】 は,Gilbert,J.K.ら(1982)が【子どもたちの科学(Children’s Science)]. と呼んだものとほとんど同意である。Gilbertらは,事例面接研究 法(The lnterview−about−Instances)と事象面接研究部(The Interview. −about−Events)によるインタビューで,子どもたちの考えを熱心に. 聞いた。そして,子どもたちは類似の考え方をもっているとして, 「子どもたちの科学(Children’s science)」と名づけ,以下に示す5. つのパターンを記述した34。 33 34. O掲書3. filbert,J.K and Osborne,R.J. alld Fensham,P.J.:Children,s Science and Its Consequences for Teaching,5c∫εηcεE4配。α”oπ66(4),623−633, 1982.. 17.

(19) 『子どもたちの科学(chiMrenlsscience)』としての5つのパターン 李 日常語(Everyday Language)を使う。. 李自己中心(Self−sentered),人間中心(Human−Centered)の見方 (Viewpoint)をする。. や観察できないものは存在しない(Nonobservables do not exist). 奇対象は,人間や動物のような特性をもっている。 や対象は一定の物理量(ACertain Amount of a Physical Quantity). をもっている Gilbert,J.K.ら(1982)は,子どもたちが『空白な心(Blank−Minded)』. をもったr白紙状態(Tabula Rasa)』にあるとするのではなく,子 どもたちの科学を高く評価することが必要であるとした。そして, 授業では,教師優位(Teacher Dominance)ではなく生徒優位(Student Dominance)と仮定し,現在の見方よりも筋が通った,有用で,用 途の広い考えとなるように,子どもたちが考えを表現することを奨 励するとともに,いろいろな方法を考慮する必要性を記述した35。. これらの理論から,子どもの考えのいくらかは不正確であるかも しれないけれど,彼らにとって首尾一貫した方法で連結されている ので,たとえ授業において扱われたとしても,頑固に保持され,持 続することがあるということを読取ることができる。Driver,R.らは,. これが,子どもたちにとって,象徴によって表された知識領域と, 生活世界の知識領域との2つを関係づけることを困難にしている理 由であるとして解釈したと考えられる。 そして,構成主義は,子どもが中心となる授業に向かい,教師の 役割は,子どもたちの思考を奨励したり,概念的な変更を容易にし たり,表現する(Communicate)機会を与えたりすることされていっ た。. 狩野(1993)は,ニュージーランドにおける理科カリキュラム改革. の分析を行い,ニュージーランドにおいて1985年に改訂された一 連の理科カリキュラムは,従来の単に学習されるべき内容だけを重 視した改訂とは異なり,構成主義的な観点に則って開発されたとし 35. O掲書34 18.

(20) ている36。このことは,構成主義の見方が,広く認められていたと いうことを意味する。. 1989年に教育省によって配布されたF1−F5理科ドラフトシラ バスは,教育省が1985年前ら1989年にかけて行った国家的なF 1−F5の理科シラバス改訂委員会からの回答を反映している。狩 野は,このシラバスの中で記述されている『理科の学習』に関する 10項目に関して,構成主義的観点について3つの特色をあげてい る。以下に示しているのは,それを要約したものである。 1.意味の構成におけるリンク. 学習者が,既有の考えと学校で学習する新しい考えとの問を リンクし,意味を構成することである。 教師は,子どもたちの考えを心から尊重し,他の子どもたち も同様に尊重することを奨励する。また,子どもたちが,意味 の生成におけるリンクを正しく評価することを援助する。 2.学習のためのコンテキスト. 形式的な科学そのものの学習は,子どもたち自身の生活に関 連がなく,役に立たない。理科で学習されるべきコンテキスト (“子どもたちの世界における科学”として開発された,)は,. 彼らの生活に関連するもので,これらを利用することを可能に する。. 3.生徒が自分で意図した学習経験. 生徒が新しい概念と自身の生活から獲得された知識とを関係 づけることを援助するのは,生徒が自分で意図した学習経験で ある。例えば,討論,ロールプレイのような言語活動や,ポス ター,図,コンピューターグラフィックスの展示のような芸術 活動の経験は,子どもたちに自身をもって新しいアイデアや技 能を学習することを援助する。. 36. O掲書30 19.

(21) ここで示されたカリキュラムは,個人主義的な構成主義の見方が 最も発展したものだと考えることができる。 また,上記の1と2に関連した方法として,Metaphor(隠喩)を 活用した提案がある。 森本ら(1993)は,ホーキンスの共通感覚理論(common sense the− ory)や,Saussure,F.D.の『言語の恣意性』という考え方を基にして,. 命題や概念の体系的な枠組みとして科学的概念を理解するよりも, 子どもたちの表現の多様性を保証することによって,子どもたちに とって意味ある学習を保証することを提案した37。 また,Solomon,J.(1994)は,1980年代に起こった構成主義の新し. い局面として,Driverらが指摘したものの他に,【知識の社会的構 築(The social construction of knowledge)】をあげ,討論参加者が円. 状に座り,Metaphorを用いながら,会話の意味を理解したり,そ の共同体の中の一員となっていったりするような学習のあり方を提 案した38。. このように,Metaphorを利用しようとする傾向は,他にも多く みられる。. 構成主義者は,学習論の立場を強めていき,教授論と学習論の橋 渡しとして,Metaphorを活用する授業を取り入れていったと考え ることができる。. 第4項. 『知識の社会的構築』の見方. Solomoh,」.が述べたr知識の社会的構築(The social construction. of knowledge)』という見方は,最初は『個人的な概念構築』とい う見方をもつ構成主義者に寄与しなかったが, r知識社会学(The Sociology of Knowledge)』の考え方と結合された時,大きな影響 を与えたとされる39。. 37. X本信也,神沢恒治:『構成主義的理科学習論の問題点とその発 展可能性一ホーキンスの共通感覚論を基礎として一』,日本理科教育 学会研究紀要Vol.34 No1, Pp.47−54,1993.. 38 39. O掲書5 O掲書5 20.

(22) (1) 知識社会学の影響. 知識社会学の見方において,人間の概念や思考は,社会的要因に よって決定されるものとして捉えられる40。また,教育知識は,社 会的な構成物としてみられる41。したがって,知識は,時代や文化 に拘束的であり,心理学によって,人間性についての決定的な記述 をすることができないとされる。このような見方に属する人たちは,. 人びとが自分の住む社会をどのように生み出し,その社会によって 人々がどのように生み出されるのか,人々はどのように日常言語の 多様な意味の使い分けをやりとりするかに注意を向けていたと考え られる。. これらは,『個人的な概念構築』を提唱する構成主義者にとって, まさに反対側にある見方であるように見える。Solomon, J.(1994) は,このことに関して, 『知識の社会的構築』は,知識が社会的に 構築される方法だけではなく,その特定場所的(Local)特徴,ある いは“生活世界(Life−world)”特徴を示したとし,それが小集団. 討論によって生成された注4という報告が,ちょうどうまく構成主 義者の考え方を強めるのに役立った。42」と,理由付けている。 『知識の社会的構築』の見方は,言語の研究から生じたとされる B言語は,もともと,私たちが公平に使用する意味のきまりであ ったが,ここに,Wittgenstein,しの『言語ゲーム』の考え方が大き. 43. く影響した。橋爪(1985)は,Wittgenstein,L.が,思考と言語はそも. そも一体のものだと考えていたとしている44。橋爪の論を要約する と以下のようになる。. 『言語ゲーム』は, 『主体』やr世界』を産出するような当. のメカニズムそのもののことであり,言語の用法にかかわる 規則の束である。社会はゲーム板で,社会的人間は駒にあた. 40 41. ゥ田宗介他編: 『社会学文献事典』,p.158,弘文堂,1998. 坙{カリキュラム学会:『現代カリキュラム事典』,株式会社ぎょ. うせいP.3,2001. 注4Solomon, J.(1994)は,例としてSchutz and Luckmann(1973)をあ げている。. 42. 43. 44. O口書5,P.8. O掲書5. エ爪大三郎:『言語ゲームと社会理論』,勤草書房,1985. 21.

(23) る。語と思考は,社会的に組み立てられ, 含むという意味でrゲーム』である。. 『生活の形式』を. 構成主義における理論は,能動的な学習者が,自らの知識を再構 築し,それを生活に役立てていくという見通しをもった学習論であ る。また,構成主義者にとっての教授は,個人から集団への説得行 為であるとしてSolomon,J.(1994)によって指摘されている45。した. がって,ここに,学校教育という教授論を持ち込むことは,1980 年代初期に指摘されたような,科学的思考を理解することへの生徒 の困難や,教訓的な教授方法に対する問題が生ずることになる。 Solomon,J.(1994)は, Driver,R.らの早期の論文において,構成主. 義には,すでに本質的な問題,つまり,科学教授における,子ども の文脈依存性(Context−Dependency)と概念における自己一貫性の欠 如(Lack of selfconsistency in pupils’notions)という問題が存在し. ていたとしている46。授業において,新しい言葉とそれに関連する 暗喩(Metaphors)を用いて,多くの子どもたちが持っている選択的 な考え(Altemative Ideas)と意味(Meanings)を説明しようとするが,. 科学と生活世界(Life−World)との関係に隔たりがあるのである。こ れは,送受信両用(Two−way)で相互作用(lnteractive)をもつ,仲間と 一緒に行う日常話(Everyday Talk)とは明らかな違いを生ずる。. Solomon, J.は,構成主義者の授業風景を,興味深い隠喩を用い て以下のように表現している。. [外国語を話すことのできない人が外国へ行った時] 【全く新しい光景を見るために窓を開ける時] [完全に知らないゲームを行ったりする時】. 上記の状況時,子どもたちは,自身が経験によって記憶している どんなものも,役に立たないと感じるかもしれない。これは,子ど もが学習過程において知らない言語で奮闘する時と同様な困難であ るとみらえる。このような状態に子どもたちが置かれているとした ら,学習に困難を感じるのは,当然のことである。文脈依存性の問 題は,文化や社会の違いによって言葉や見方や考え方に差異が生じ 45. 46. O掲書5 O掲書5 22.

(24) ることへの説得力ある要因として考えることができる。また,ニュ ーヨーク州Ithacaのコーネル大学で,1983年に開かれた会議にお いて, 『Misconceptions』が,科学知識と比較して『間違っている (Wrong)』と考えるのでははなく,単に『異なっている(Different)』. と考えるべきであるとされたのも合点のいくことである。 Sprod,T.は,分かるために,社会的再考,つまり,多くの仲間と 一緒に,多くの方針(Paths)を使って,状況(Landscape)を幾度も考. え直す(Re−walk)必要性を指摘している。討論は,まさに,このよ うな営みの場である。. 23.

(25) 第3節 社会的構成主義の見方 第1項 Sod副ConstructivismとSocial Constructionism 社会的構成主義(Socia1 Constructivism)は,社会構築主義(SociaI. Constructionism)という言い方が用いられる場合もある。上野(2001). は,Constructionismに対する訳語にも,日本語圏注5では,構成主 義としたり,構築主義としたりする傾向があり,どちらの用語法を 採用するか,決着がついていないとしている47。Burr,V.(1995)は, Constructivismが, Piaget,J.の理論を指したり,ある特定の種類の. 知覚理論を指したりするのに用いられることによって混乱を生じる 恐れがあるという論を受け入れて,Constructionismを採用し,「社 会的構築主義の立場を特定すると言える唯一の特徴は,存在しな い。」としながら,4っの大まかな仮定を示し,どんなアプローチ であろうと,その基礎に,4つのうちの一つ以上をもつなら大まか に社会的構築主義に分類できるとした48。千田は,それを組み直し,. 扱いやすくするために,暫定的な規定とした上で以下の3つに特徴 を整理し,構築主義はひとつのアプローチであり,このような見方 によってどのような現象がどのように記述されるのかが問われると している49。. (1) 社会を知識の観点から検討しようという志向性をもつ。. 「言語からなる知識こそが,わたくしたちの世界の現れ方を決定 づけるのであり,言語なしにはわたしたちは何も知覚すること ができない。」 (2) 知識は,人々の相互作用によってたえず構築され続けていることに. ついて,自覚的である。. 「知識は,個々のひとびとの頭の中に単独で存在しているのでは ない。(中略)わたくしたちはつねに他人との相互作用によっ て知識を確認し,またその知識を再生産し続けている。」. 注5英語圏では,1985年,ガーデンによって区別することが提唱さ れ,定着してきているとされている。. 47上野千鶴子:『構築主義とは何か』,Pp. i−iv,明旦書房,2001. 48Burr,V.:『社会的構築主義への招待』,田中一彦訳,川島書店,1997. 49. 逑c有紀:『構築主義の系譜学』,上野千鶴子編:『構築主義とは. 何か』,Pp.1−41,山草書房, Pp.5−7,2001.. 24.

(26) (3) 知識は,狭義の意味での制度だけではなく,広義の社会制度と結 びついていると認識している。. 「あらゆる知識は権力や利害とは無縁ではありえず,権力や利害 の網に絡めとられている。」. このようなアプローチによって,私たちにとって当たり前のこと が違った見え方をしてくる。例えば,総合的な学習において効果的 な評価法であるとして期待されているrポートフォリオ』について 記述すると,今,これはポートフォリオだと推測するものがあった とすると,(1)のような見方から,この言葉のない数年前は,言葉 がないのだからそのように表現することできず,別な形,たとえば,. 【学習の足跡をファイルして評価に活用したり,自己学習力を身に つけたりするもの】などと言われていたかもしれない。つまり,『ポ ートフォリオ』という言葉のないときは,もしもこのような表れが あったとしても,知覚することはできないということになる。また, (2)のような見方から, “これはポートフォリオだ”としてその適. 切な使用方法をみんなで確認しあっているからこそ,そこに存在し ていると言えるのである。さらに,(3)のような見方から,ポート フォリオを利用していこうとする背景には,個人ポートフォリオを,. 個々の履歴とし,大学受験や就職,あるいは資本主義社会における 一つの道具として活用していこうとするような,人材育成や個々の 経済的自立というような社会的な意図を感じ取ることもできる。. 第2項 社会的知識と間主観性 Burr(1997)は,「われわれの言うことはわれわれの考えること50」. としながら,「もしもわれわれが社会的世界の説明を(個々の人び とが行ない感じることの視点からであろうと,集団や階級や社会の 視点からであろうと)求めているのなら,われわれは諸個人の内部 に眼を向けるべきでなく,外部の,彼らが他の人びとと活動する言 語的空間を調べるべき51」としている。 また,Solomon, J.は,個々の子どもが個人的に概念を構築して いくといった見方では,日常の知識(Everyday Knowledge),科学的 50 51. O掲書48,p.68 O掲書48,p.63 25.

(27) 知識(Scientific Knowledge),理科授業(Learning of Schoo1 Science). を記述するために不十分だとする52。その根拠として,私たちの普 通行うCommunicatingは,伝言を伝える(Pass on Messages)ことよ. りも,さらに多くのことを(あるいは少しのことを)行っているこ とをあげている。Communicatingは,他者と意味を共有するための 洗練努力(Sophisticated efforts)であり,その過程で行われているの. は,経験の比較ではなく,間(相互)主観的注6な作業(Operation of Intersubjectivity)として捉えられている。. 生活世界(Life−World)には正式なテキストがなく,生活世界にお. ける社会化は,私たちの理解が他の人たちに通じ,意味をなすとい うことである。表現としては表さないが,私たちの話には,絶えず,. 言っていることが何を意味するか,あなたはわかりますか?」とい う問いが含まれ,もしも相手が同意しないなら,言葉や調子を変え るなどの工夫をしたり,伝言の意味でさえ変えたりすることがある と言われる。一般的な知識の主要な品質は,他者と会話する時,普 通の意味として通じることとして解釈できる。. 第3項 能力の社会的構成 苅谷(1997)は,ピグマリオン効果の例を引き合いに出し,その効 果がはたらくのは,能力をまるで個人の『持ち物』のような実体と みなすことが前提となっていることを指摘し,他の見方,つまり, 能力の社会的構成という見方を提案している53。能力の社会的構成 とは,[個人に能力があるから高い地位についているのではない。 それらの地位をどのように人びとに与えるのかという,組織や制度 の取り決めが,個人に能力があるのかどうかを決めている]という 見方である。. 例えば,テストで高得点を得た子が能力の高い子として認められ るのは,テストの得点が高ければ高いほど能力があると認めようと する取り決め(苅谷は,このように,人びとの問のやりとりや取り 決めを,能力シグナルと呼び,社会的な取り決めや組織,制度のあ 52. O掲書5. 注6Solomon, J.は,間主観性を,「相互でやり取りをし合う一つの過. 程であり,話し手と聞き手が社会化された多くの言語道具の中から 意味を選択する時の一つの原動力である」と説明している。 53 。谷剛彦:『能力の見え方・見られ方』,天野郁夫編:『教育への 問い』,第4章,東京大学出版会,Pp.97.123,1997 26.

(28) り方によって変化するとしている。)によると説明できる。従って,. このような見方からすると,能力は,個人の持ち物として存在し, それは,個人の努力の結果として高めることができることになる。 さらに,能力を認められないのは,個人の責任ということになる。 苅谷は,アメリカは能力の違いを重視している社会であり,日本は 努力を重視する社会であるとして,日本では,「それぞれの個人の 問題になって,その背後で,能力の見え方や能力シグナルの選び方 を決めている社会のしくみやしかけが見えなくなる。54」としてい る。. 苅谷の見方は,これまで論を進めてきたr知識の社会的構築』の 見方と合致する部分が多い。また,これは,Social Epistemology (社会的認識論)の立場をとるFuller,S.(2000)の考え方にも近い。. 知識と能力の関係については,この場で言及することは避けるが, 知識も能力も同様に,知識とはこういうもので,能力とはこういう ものだとして,私たちがみんなで認めたものと言える。. 第4項 総合的な学習を『学び』として捉える 佐伯(1997)は,認知科学研究や人工知能研究が,個人の頭の中の 情報処理過程を解明することには役立つけれど,なぜ人がそういう 思考をして別の思考をしないのかということの説明にはならないと して,学びを,社会的な状況の中で,その人が他者に応える形で行 う『いとなみ』あるいはr実践』としてみることを提案している55。 その理論的背景としてはVygotsky,L.S.の[発達の最近接領域(The Zone of Proximal Development:ZPD)】や,学びを社会・文化的な 視点から考察したLave,」.らの[正統的周辺参加(Legitimate Pe− ripheral Participation:Lpp)1の概念があげられている。それらに対. する佐伯の解釈は,以下のように要約することができる。 ●ZPDとは,人びとの活動の場のことであり,人はそういう場 での活動に参加し,他の参加者と協力し合うことによって,そ ういう場にふさわしい概念,言葉,マナーを獲得していく56。. 54. O掲書53,pp.11g.120 イ伯絆:r考えること・学ぶこと』,天野郁夫編:『教育への問い』, 第3章,Pp.63.96,東京大学出版会,1997.. 55. 56. O掲書55,P.83 27.

(29) ●LPPでは,本人がどれだけ『なってよかった自分』に納得して なっているか,またそれが共同体全体でどれだけ一人前として 認められ,有意味な仕事に携わり,ありがたがられるかという ことが学びの深さと広さの指標となっている。誰から何を学ぶ のかは,当人が自ら参加しようとする共同体しだいである57。 佐伯は,学習を『学び』と言い換えることによって,学習を,今 までの狭い捉え方ではなく,全人格的なものとして印象づけようと している。ここで用いられる『学び』は,他者との関係性の中でい となまれ,あるいは,実践されていくものとして捉えられる。これ は,ある状況における人々の思考を解明する糸口に成り得る。 人々の行為は,それぞれの人の背後にあると想定される【態度】 が表出しているとしてみる見方がある。しかし,ZPDやLPPによ ると,人々の行為は,固定的な[態度1にではなく,状況に依存して いることになる。そして,集団の中での他者との関係性において初 めて[自分]を実感することが可能となる。. 社会的構成主義の立場に立つと,今まで[態度]というもので一貫 していた【自分】は,単に,そのように一貫した存在であるとして感 じられていたものと捉えられる。つまり,【自分】は,実は,何らか のモデルを参考にしながら,今までの行為が一貫するように構成さ れた物語の主人公として説明される。逆に言えば,人々は,そのよ うな物語として構成することによって,自分を実感しようとしてい るのである。例えば,過ちを起こした時に,【本当の自分は…】と語 り,いかにも【偽りの自分]がいたように説明しようとする場合があ る。これは,[自分]というものが[態度]というもので一貫されてい ることを前提として,一貫している[自分]が【本当の自分]で,それ に反するものは[偽りの自分]であるとして物語ろうとしているので ある。しかし,どの時点における【自分]も[本当の自分]なのであり,. そのような状況に埋め込まれた時の[自分1なのである。他者ととも に,r学び』の過程を振り返りながら,その活動の意味をみつめる 活動は,【自分]を物語るために重要な役割を果たすことになる。 佐藤の表現する『学び』の姿を,総合的な学習において写し出そ うとする時,探究活動や,集団における討論や,対話を交えた相互 評価が重要な意味をもってくる。 57. O掲書55,P.90−91 28.

(30) 第4節 他者の役割 他者の役割について,多くの著者がその重要さを指摘している。 佐伯(1gg7)は, Vygotsky,LS.のZpD概念において, Vygotsky,L.S.. の著書『思考と言語』に,「あらゆる高次の精神機能は,子どもの 発達において二回あらわれる。最初は集団的活動,社会的活動とし て,すなわち,精神問機能として,二回目は,個人的活動として, 子どもの思考内容の方法として,精神内的機能としてあらわれる。」 と表記されている部分に関して,rr精神問機能』というのは,多 様な精神機能の間の相互関連性という意味である…(中略)…『精 神内機能』としてあらわれるというのは,r外部には観察されない 形で,ヒトがその場にいなくても,あたかもその場にヒトがいるの と同じようにはたらくようになる』ということである。58」として,. 高次精神機能(すなわち思考)が社会的であるということを意味し ているとしている。 また,佐藤らは,Vygotsky,LS.の著書『思考と言語』の中の「思. 考はコトバで表現されるのではなく,コトバのなかで遂行される」 という表記は「他人に自分の考えを伝えようとしてことばを発する 過程の中で自分の考えが作られ,明確にすることができる59」とし て捉えている。. 両者の考えをまとめ,言い直すと,以下のようになる。. 子どもたちが,自分の思い通りにならないような他者ととも に,他者の視点をとったり,他者の立場に立ったり,言葉を 交わしたりしながら思考すると,その他者の存在のいない場 でも,その他者があたかもそこに存在しているように,自問 自答という形で思考に加わるようになる。そして,たとえ一 人で思考していたとしても,いつも他者の視点や立場が思考 の中にあらわれるということになる。 討論を行うということは,そのような視点や立場を増やしていく ということになる。他者の役割の強調は,知識の社会的構築を,よ り効果的に行う方法としての討論を強調していることに他ならない。 58. O掲書55,P.85 イ藤公治,白川清久:rリテラシーとオーラリティの統合をめざ した学びと学習文化』,北海道大学大学院教育学研究科紀要第84号,. 59. p.251, 2001.. 29.

(31) ここで,Vygotsky,LS.のZPD概念における[他者]がどのような 存在を意味するのかについて,触れておくことにする。 茂呂(1999)によると,ゾーン(ZPD概念における社会的空間)は, 「学習と発達の関係の複雑さを,コミュニケーション空間の編成に よって表現しようとした概念60」であり, 「学習に含まれる同一性 と差異の社会的表現61」である。つまり,ゾーンは, 【学習者とイ ンストラクター(教師)が,コミュニケーションを通じて,行為を 再生産しようとしたり否定しようとしたりしながら学習を行う場】 として説明できる。学習者は,そこで行われた相互行為を独自のも のとして内化しようとし,インストラクターとしての教師は,学習 者の発達を願って積極的に問題解決に対する視野を転換して子ども に歩み寄ろうとする。ここで,他者として強調されるのは,教師と なる。茂呂は,ZPD概念に由来する【足場かけ(Scaffolding)】注7とい. う見方においても,教師の役割に注目している。 他方,佐藤(1999)は,教師ばかりではなく,発達を促進するよう な形で関わっている子どもをも他者として含めている62。ここでの 発達について,佐藤は,「外部にあるものを内部に機械的に取り込 むことが発達なのではなく,そもそも発達主体の内的論理や諸条件 の影響を受けながら加工し,変形されていくことで内部に取り込ま れ,発達となっていく63」としている。そして,Scaffoldingを[足 場作り]と訳し,1つの対象に対して違った視点で見たり,別の考 え方をしたりしている子どもどうしの相互作用的活動経験によって, 子どもの中に新しい理解と知識が生まれると考えている。つまり, 佐藤は,教師と子どもの差異を,熟達化の相対的な度合いとしてみ ているのである。 本論文における[他者]は,佐藤と同様に,教師も友達も含んでい る。Sprod,T.(1997)も同様の立場をとりながら,Lipman,M.の『子ど. もたちの哲学に関するプログラム』の討論モデルを参考にして実践 している64。これについては第3章にて詳しく説明している。 60 61. ホ呂雄二:『具体性のヴィゴツキー』,金子書房,p.144,1999.. O掲書60,p.144. 注7Scaffoldingについて,土井捷三(2001)は,Bruner,J.がVygotsky,L.S.. のZPD説からヒントを得,それをTutoring(個人指導)の役割として 発展しようとしたものとして説明している。 62 イ藤公治:『対話の中の学びと成長』,金子書房,1999. 63 O掲書62,p.30 64 痰ヲば,Whalley, M.J.(1993)やSplod,T.(1994)などがある。. 30.

(32) 第3章. r知識の社会的構築』における討論の構 成理論. 本章では,本研究における討論(Discussion)の捉え方について記 述している。. まず第1節において,Dillon,J.T.(1994)注8の見解にしたがい,討. 論と談話(Discourse)とを比較しながら討論の特徴を明らかにし,定. 義づける。それに基づいて,第2節では,討論の構成理論について 検討し,討論の存在理由にまで言及している。 第3節では,Sprod,T.(1997)の研究にしたがいながら,談話パタ. ーンと討論モデルとを比較し,その差異を更に明確にすることによ って,討論を特徴づけているものは,対話(Dialogue)であることを 導く。第4節では,第3節においてキーワードとされた対話につい て詳細している。. 第1節 討論(1)iscussion)の定義 討論(Discussion)は,Dillon,J.T.(1gg4)の言葉を用いると, 「私達. が『仲間』と一緒に,問題(Issue)や質問の中にあるいくらかの話題 (Some Topic)について話す集団相互作用(Group lnteraction)の1つ. の形態65」と定義づけることができる。 Dillon,J.T.は,集団相互作用を説明するために,討論(Discussion). と毎日の談話(Everyday Discourse)とを比較して,その差異を陳述. し,討論の含意するものを明らかにしょうとしている。毎日の談話 としては【Conversation],[Arguments and Debates],[Bull sessions】,. [Classroom Recitationlをあげている。. 英語を日本語に翻訳する場合,母国語として扱っている人々と比 べると,どうしても語に対する解釈の違いが生じてしまう。例えば, ArgumentsやDebatesは,日本語では『討論』と訳すことができる。. 注8Dillon,J.T.は,カリフォルニア大学の教授で,討論の世界的権 威であるとされる。. 65Dill・n,J.T.:σ・∫・8 D∫・c・∬娩・∫・C1・∬…溺・(B・・ki・gh・m・OP・n. University Press),1994.. 31.

参照

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