211-[f'奈良法学会雑誌』第7巻3・4号 (1995年3月〉
公的扶助行政の法的統制の理論同
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ドイツ社会扶助法を手がかりとして││
日 次 はじめに 第一章扶助基準設定過程の法的統制 第一節司法審査の範閲 第二節扶助基準の設定と、基準額算定方法 第三節扶助基準の設定に関する法的問題(以上第六巻二号) 第二章最低生活需要の認定 第一節﹁必要な生計﹂需要の拡張 第二節需要の程度の認定 第三節必要即応原則の解釈への示唆(以上第七巻一号﹀ 第三章基準額算定方法の改革 第一節改革の背景 第二節改革の過程と論議(以上本号﹀s
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第7巻 3・4号一一212 第四章学説および裁判例の新たな動向 む す び に か え て
第三章
基準額算定方法の改革
第一節 改革の背景 第一章で述べたように、ドイツ連邦行政裁判所は、扶助基準設定行為について、行政判断の専門性を尊重して、こ れに対する司法審査の範囲を隈定する。そこで念頭におかれた専門性は、社会扶助に関する専門知識をもっ民間団体 (ドイツ公私扶助連盟)の意見を踏まえたうえで、各州で扶助基準が設定されていた点について認められたものであ った。また、同時に示された扶助基準設定行為についての司法審査の基準は、同連盟による需要算定方式、及びこれ による算定過程をも視野に入れたものであった。ところが、八0
年代のほぼ一0
年聞を費やした需要算定方法の改革 論議を経て、約三0
年間基準額算定の基礎として用いられてきたマーケットバスケットに代わり、新たな需要算定方 式が導入された結果、連邦行政裁判所の右の立場はその基盤を大きく揺るがされることになる。 本章では、需要算定方法の改革を検討の対象とするが、この節ではまず、改革の背景となった七0
年代から入O
年213一一公的扶助行政の法的統制の理論同 表 1:1970年を100とした基準額の指数
目│実
質 │ 1970 100 100 1971 114 110 1972 129 118 1973 139 120 1974 156 127 代にかけてのマーケットバスケヅトをめぐる状況の変化をみることにしたい。 ドイツ公私扶助連盟は、 一 九 七O
年に改訂したマーケットバスケットを各州に 註131引用文献により作成。 提 示 し た 際 、 およそ五年ごとに、住民の消費実態の変化に合わせてマーケットバ スケットの改訂を行う必要性を指摘してい訂それにもかかわらず、 一 九 七 五 年 時点では、財政への影響の見通しが困難であるという理由で改訂が見送られ、結 改訂が最後となった。 局、同連盟が従前と同じ形式で各州に改訂の結果を提示するのは、 一 九 七O
年 の 一 九 七O
年から一九七四年までは、基準額は、当時の地方自治体財政の好調に 表2: 1974年を100とした基準額の指数目│実
質 1974 100 100 1975 106 100 1976 113 103 1977 121 105 1978 123 106 1979 125 105 1980 130 105 1981 138 105 1982 142 103 1983 144 101 支えられてめざましい伸びを示した(表ーによれば、 九 七O
年 を 一OO
とすると一九七四年時点で名目で一五六、 実質で二一一日。しかし七0
年代半ばを境として、当時の 註131ヲ開文献により作成。 経済事情を背景に状況は一変する。表2
によれば一九七四 年 を 一OO
とすると基準額の指数は一九七八年には実質で 一O
六となるが、その後の伸びは鈍り一九八三一年では一O
一にすぎな川 ω それゆえこの時点での基準額は、実質的に は一九七四年頃の物価水準に応じた生活を確保しているに す ぎ な い 。第7巻3・4号一一214 表3 : 1962年を100とした基準額・実質賃金・年金の指数 標準基準額 基準額 物価指数 基準額 実質賃金 実質年金 (ドイツマノレク〉 指数 指数 指数 指数 年 名目 実質① ② ③ 107 100 100 100 100 100 107 100 103 97 104 103 114 107 106 100 109 108 118 110 111 100 117 114 120 112 115 97 119 119 129 121 117 103 117 126 131 122 119 103 123 134 137 128 122 105 134 142 155 145 126 115 149 146 188 176 132 133 154 147 203 190 139 136 158 148 218 204 149 136 163 151 236 221 159 139 165 158 252 236 170 139 163 165 268 250 178 141 169 174 287 268 184 145 175 187 290 271 188 144 179 201 297 278 195 142 185 203 309 289 205 141 186 201 328 307 216 142 183 198 338 316 228 138 180 198 345 322 235 137 179 198 註(6)引用文献により作成。
基準額水準の相対的な低下もまた八
0
年代に入って顕著となった。この事実は、①基準額の伸びと、②賃金、及び @年金支給額の伸びとを比較すれば明白である o 表 3 に よ れ ば 、 一 九 六 二 年 を 一OO
とすると、それぞれの指数は実 質で、一九七O
年には①一一五、@一四九、@一四六であったのが、 で あ っ た 。 215一一公的扶助行政の法的統制の理論伺 一 九 八 三 年 に は ① 一 一 一 一 七 、 ② 一 七 九 、 @ 一 九 八 他 方 で 、 一 九 七O
年以降住民の消費習慣に著しい変化がみられた。たとえば、栄養需要についてみると、各地にお けるスーパーマーケットの利用者数の増加、パッグ詰め食品・ 表4:受給者世帯の家計支出の配分 理想的配分│現実の配分 割合 % [ 割 合 % 飲食費 6,19 35,2 調理や照明等の光熱費 6, 1 8,7 衣類・家財道具等の補修, 少額分の調達 5,6 10,5 衛生・清掃 9,2 6,9 日常生活の個人の需要 17,2 27,2 (ローン・グレジットの返済〕 11,5 計 100,0 100,0 冷凍食品・調理済み食品、外国産商品の普及等の現象がみられ る。それにもかかわらず、 マーケットバスケットの改訂が行わ れないことによって、その具体的な中身と住民の消費実態との 事離はますます大きくなった。 一九八五年に発表されたアンケ ート方式による社会扶助受給者世帯の家計調査結果によれば、 マーケットバスケットに示される理想的な家計支出の配分と、 註(8)引用文献により作成。 実際のそれとの違いは、ほぼすべての世帯で見出された(これ はとくに子どものいる世帯で著しい﹀。さらに表 4 からはつぎ のことが明らかとなる。まず、 日常生活における個人の需要に ついては、家計支出全体に占める実際の支出額の割合が二七・ 二 % を 占 め 、 一七・二%という理想的配分をはかるに上回って いることが注目される。これは、 マーケットバスケットの中の第7巻 3・4号一一216 7 6 4 3
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5 QUOIC% グラフ 1:社会扶助および生活扶助の受給者の対人口比 So~íalhilfe '89:5.8% (Bund田gcbiCIincl. W白Ibcrlin) 宮3.6.Mio... 呆性骨~市 し生活扶助 l・。
1989 1985 1981 1977 1973 1961 1965 1969 註(13)引用文献により作成 費目には挙げられていない電話代、贈答費、交通費、及び噌 好品費等の支出の増加によるものである。 つぎに、衣類・家 財道具等の補修、及び少額分の調達のための支出(一0
・ 五 v b ) が、理想的配分(五・六%)を大きく上回っている。ま た、家電製品や温水設備の普及に伴い光熱費(暖房費を除 く﹀が上昇したため、不十分となっていることがわかる(六 一%に対して八・七%)oそのほか、 ローン・クレジット 等 の 返 済 に 、 一一・五%強が充てられている。これは主とし て被服、家具、及び家電製品の購入によるものである。他方、 飲食費については、理想的な配分(六 -九 万 ) と 比 べ る と 、 実際の家計支出の三五・二%を占めるにすぎず、その比重が 著しく小さい。すべての調査対象世帯で飲食費が第一の節約 費目であるという回答が寄せられていることから、完全な栄 養需要の確保を眼目としてリストアップされたマーケットバ ハ 9 ﹀ スケット上の食品目に係る経費を切り詰めることによって、 他の諸費用を捻出していることがわかる。 物価上昇に応じた基準額の引き上げとは別に、住民の消費 習慣の変化に即応したマーケットバスケットの改訂、及びこれを踏まえたうえでの基準額の引き上げが急務であることは、右にみたようにすでに誰の自にも明らかとなっていた。 しかしこれを阻んだのが、社会扶助支出の増加による地方自治体財政の逼迫である。 社会扶助総支出の約八割を、地域扶助主体である郡独立市と郡が負担するが、社会扶助の総支出は、 一 九 六 三 年 か ら八八年までの間に名目でおよそ一九億マルクから二七
O
億マルク、そのうち生活扶助の支出は同期間でおよそ九億 二了八倍に増加した。このような社会扶助支出の増大ば、五0
年代から七0
年代半ば マ ル ク か ら 一 一O
億 マ ル ク 、 までは基本的に給付内容の改善の結果としてもたらされたのに対して、七0
年代半ば以降は、介護扶助分野での経費 増加のほか、生活扶助の受給者数の増加に原因が求められる。 社会扶助受給者は、 一九八六年にはじめて三OO
万 人 を 超 え 、 一九八九年時点での社会扶助の受給者は約三六O
万 人であり、全人口の六%近くが社会扶助を受給していることになる(グラフ 1 参照)。そのうち生活扶助の受給者数 は約二八O
万人であり、全人口に占めるその割合は約四・四劣である。とくに注目されるのは、生活扶助の受給者数 217一一公的扶助行政の法的統制の理論肖 が 八0
年代に入って著しく増加し、全人口に対する割合が一九八八年時点で一九八O
年の二倍以上となっていること である。その主要な原因は、失業率の増大である。しかもこれに伴い、雇一用促進法に基づく失業手当や失業扶助につ いて、その支給水準の引き下げや、支給期間の短縮、受給要件の厳格化などの経費抑制措置がとられた結知 v こ れ ら の給付のほかに社会扶助を受給する者の割合は、一九七O
年には0
・七%であったのが一九八二年には二了五万に 上昇しており、最後のネ y トである社会扶助に頼らざるを得なくなった者の増加が著しい。さらに、若年層の社会扶 助受給者数の増加もまた特徴的である。 一八歳からニ五歳までの年齢層の生活扶助受給者数は、経済危機の開始前の 一九八二年には一七万九千人にのぼっ格以上のような状況のも 一九七三年では二万六千人がであったのに対して、 とでは、地方自治体の社会扶助支出が今後もさらに増大し、その財政の悪化が避けられないことは確実であった。第7巻3・4号一一218 地方自治体の財政危機への対応策としてとられたのが、 入
0
年代前半の一連の経費節減立法によるBSHG
改正で ある。これらの立法措置は、 マーケットバスケットを基礎として算定された基準額を、扶助基準設定権限をもっ各州 の行政庁(及びその受任機関)が物価上昇に応じて(通例は毎年)引き上げるという従来の扶助基準の改訂方法を、 その根底から覆すものであった。 つまり、物価水準や生計費の上昇を考慮せず従来の需要に即した算定を全く無視す るかたちで、基準額の引き上げ率ないし引き上げ幅が、BSHG
に直接規定されたのである。 一九八二年に施行された第二次予算構造法により、BSHG
二二条に新たに四項が挿入され、そこで一九八 ま ず 、 二年と八三一年の基準額の引き上げ率が三%と明記された。従来の基準額改訂方法によれば右の時点で少なくとも四・ 五%から五%の引き上げが見込まれていたにもかかわらず、これを下回る引き上げ率が法律上規定されたのである。 一九八三年に施行された予算随伴法により同項は改正され、これにより基準額の引き上げ時期が半年延期さ つ ぎ ﹂ に 、 れて一九八三年七月一日とされ、 そ の 後 、 しかも引き下げ率が二%に切り下げられた。 ( 加 ﹀ 一九八四年の予算随伴法の施行により再び四項が改正され、 一九八四年七月一日以降は基準額の改訂権限 が各州行政庁に再び戻ることとなった。但し、基準額の引き上げ率は、 一九八五年六月三O日までの期間に見込まれ る生計費上昇分を上回ってはならないと規定されていた。これにより生計費上昇分を上限とする引き上げは認められ たわけであるが、基準額とマーケットバスケットの実際の価格との差は一九八三年ご一月三一日の時点ですでに前者 の八克に到達すること、及びその後の物価上昇を考慮に入れると、一九八四年の基準額が前年のそれを少なくとも一 O%は上回るものでなければならない、という見積りに照らすならば、同項で認められた引き上げ率は到底これに及 ぶものではなかった。 右の一連の立法措置は地方自治体財政に対してどのような影響を及ぼしたのであろうか。 一 九 八 一 一 年 の 社 会 扶 助 支出は全体で前年比一
0
・ 五M
の増加であった。なかでも生活扶助の支出は一六・六%増加し、そのうち八四%を占め る(扶助基準に基づき算出される)経常給付の支出は一九・七Z
増加している。また、 ( 忽 ﹀ ぽ、郡独立市においては経常給付の支出は一二広増加した。それゆえ、地方自治体の支出抑制に右の立法措置はさほ 一九八四年の財政報告によれ ど目立った効果を及ぼしていないといえる。 他方で、受給者の生活が実質上悪化したことは明白であった。 一九八一年から八四年までの(加算等を含めた﹀支 給総額の切り下げ率は、六五歳以上の受給者については一七Z
、 ( お ﹀ いては一三%であるという推計がある。 一六歳以下の複数の子を育てている単親受給者につ 以上の立法措置は学説上強い反発を受けた。基準額の水準は人間の社会的・文化的な最低限度の生存に直接かかわ るものであるがゆえに、基準額の物価上昇分の引き上げが行われないことは、基本法第一条に鑑み違憲の疑いがある ︹ お ) ( 巾 血 ﹀ という批判ゃ、社会扶助法の基本原理である需要充足原理の重大な違反であるという批判がある。 219一一公的扶助行政の法的統制の理論司 マーケットバスケットに基づく扶助基準の設定を前提とした連邦行政裁判所の従来の立場に照らす ならば、右の立法について、裁判所がどのような判断を行うかが注目されていた。プレ I メン上級行政裁判所は一九 ︿ 幻 ) 八五年八月二O
日判決で、この点についてつぎのように判示している。すなわち、立法者が、当時の経済事情を考慮 上 述 の よ う に 、 に入れるとともに、連邦・州・地方自治体の深刻な財政事情に配慮して、社会扶助経費の増加を抑制する立法を行つ たことは、違法ではない。たしかに、要扶助者に対する扶助が憲法に基づく社会国家の義務であることに、立法者は 留意しなければならない。しかし、支給される扶助の具体化について、憲法は立法者に判断余地を与えている。この 判断余地のなかには、景気の動向に合わせて予算を執行するうえで、財政規模やその他の国家的任務を考慮に入れつ っ、社会扶助にどの程度の予算を割り当てるかを決める権限もまた含まれている。立法者が、財政再建のために経費会 l罫;謡"",l'(ð AJ ム心阿国千;'曜唱 E塁側 Q 剖体み J鍵~I:!正~l'(ð心必 FJ Z事臨時Ìii'ぷ~Ill量制斗'~剣道三盤出臨み j誼握←l'(ð ;J 心己紘 偽れ Jぷ ~l'(ð O ~~' ~4 目指古 ~U 罰心矧 y ,工、兵~トド肱-Q-;J 兵は糊千〉認な徒 P 制賠園時骨平ム」寂,...) y 土器主 3 必 l却 K混←l'0~臨機会 j 醒!と←l'0 Qu 十余
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と('.;1.羅制棋倒4
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制 AXν , 1 ・民-\J O 社Î' -~"ι'~ r< ~ "ム主 44 再会的富民 1蝋制 E匹 ~Q 紘J:W~ç'ム ν , ',l.)崎、 川 λ4 レ'"特 11'\え~ç' ~ν 制 4く ~1 モ E辺 ~~c 、,制12.'固ま榔 4 化。~.;1.作(坦緩や土 i氷糊会,+・~~桜鮮や.w必~-'J,...) ν , ~J 兵会 1謡穿 ",..1Q.,6l Qμ , KargjPiekarskijKe l1 mayer , 1st der Regelsatz ausreichend fur eine bedarfsgerechte Ernahrung ?, NDV 1984 , 362 ff. ~~lQ o l¥J Q !l!-iミ, I'-ふ " ,L.'~ r< ~示品主 4 造語草ま,...).;1.~剖興倒〈謡 Q~ 器 ~11 -'J ,...)ν
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S. 525)。
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S. 525 任. (;::!;) ~J. 呉必 Q 綿製紙 Q 室長~~ c' ~ν j;\主,...) v :t:'黒担経費時 1 r恒弘、「れ贈謝匝悩 Q~ 、従="ト J 1酎民 4く動詞~案書ト庫駅伝曝 líl 語感車産 Ql 題詞血器時(斗)~(1
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287. 部同蝦tW u 糊勺 γ 者窓糊製品 Q~ 悪:R\キ十余t'~)(l..\j,...)Y' -4.s:--i担感 Q 絡を事糊製品以糊勺 γ 怨 1主演惚終れ l_ 式~ 怖鰍t'~)(l。 (~) FEVS 35,
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社世筏t'同・田沢千 J NNNl ーや噌・的判ド肺臓第二節 改革の過程と論議 マ 1 ケ v トパスケ y トの最後の改訂からほぼ一
O
年を経た一九七九年に、ドイツ公私扶助連盟内部の﹁扶助基準の 構成﹂ワーキンググループが、 マ l ケ y トバスケットの改訂作業に着手した。 ここではまず、住民の消費状況の変化に対応するために、連邦統計庁による一九七八年の所得消費抽出調査盲目ロ・ -8 5 5 8 中ロロ仏ぐ叩﹃ぴ﹃帥 H H n v 由 由 民 口 開6
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の結果が参酌された。それとともに、年金や生活扶助の受給者世帯の家計を手 がかりに要扶助者の需要を算定するという統計資料の﹁循環﹂現釘ピ対する批判に応えて、標準となる世帯類型が、 中位の所得階層に属し四人の世帯員から成る被用者世帯に代えられた。さらに、 マーケットパスケ?ト上の品目が当 223一一公的扶助行政の法的統制の理論同 時の消費習慣に合わせて再編成されたほか、その見積りが拡充された。とりわけ光熱費や日常生活における個人の需 要(とくに子ども及び青少年の需要)については、一九七O
年 マ i ケ y トバスケットにおける見積りでは少なすぎる ことが明白であったことから、質・量ともに著しい拡充がみられた。 こ の マ l ケずトバスケットが導入されることによって予想される基準額の伸び率は、連邦平均価格で算定した場合、 ゴ二%であった。それゆえ、その導入に対して、費用負担者である地方自治体の激しい反対を引き起こす結果となっ た。ワーキンググループによる作業のとりまとめを受けて一九八一年一O
月に行われた理事会では、地方自治体の連 合団体の代表の異議により、右のマ l ケ v トパスケ y トをそのままドイツ公私扶助連盟の意見として表明することに ついて、構成員の一致が得られなかった。反対派の有力な論拠となったのは、基準額が低所得層の労働報酬を上回つ てはならないというBSHG
二二条三項二文に基づく要請である。結局、新たなマーケットバスケットは、扶助基準 を改訂するための参考資料として、各州に送付されるにとどまっ切第7巻3・4号一一一224 こ の 当 時 、 マーケットバスケットは相反する二つの方向からの批判を受けており、これらが新マーケットバスケッ トの導入を囲み、新たな需要算定方法への転換を促す原動力となっていた。 一方の批判は、社会扶助経費の増大を懸念する立場からのものである o これらは、物価調査の結果や低所得層・中 問所得層の消費実態に関するデータに照らして、現行の需要算定が過剰給付につながる傾向があり、とりわけ家族数 の多い受給者世帯に対して付加的な給付が累積することにより過剰給付が顕在化していると主張する。 もう一方の立場は、基準額が受給者の必要な生計を確保するのに十分ではないという現状認識を前提として、 』マ ケットバスケット改訂が一
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年を経てもなお実現されないことが右の原因であるとして批判するにとどまらず、 ?ミ戸 ケットバスケットに内在する問題点をも指摘する。その主張によれば、 マーケットバスケットは、学問上の成果(栄 養生理学および統計)と扶助実務の経験に依拠して、BSHG
二二条三項にいう﹁事実上の生計費﹂を把握し、事後 的な再検討の可能な基礎資料を提供するという役割を果たしてきた。L
かし、この役割を果たすために動員された専 門的知見によっても、 ﹁事実上の生計費の考慮﹂という法的要請はなお充たされていない。たとえば、栄養需要につ 日常生活において蛋白質、脂肪、炭水化物などの栄養素をどの程度摂取すべ きであるかを示すことはできても、具体的にどのような飲食物の組合せが必要であるかという聞いに対する明確な解 答まで与えるものではない、と。 いて考えると、栄養生理学はたしかに、 マーケットバスケットに対する批判のみならず、これを作成・提示する役割を担ってきた ドイツ公私扶助連盟に対しても批判の矛先を向けるものがあお山その根底には、マーケットバスケット作成手続の適 正さにかかわる上述の批判一かみならず、経験的・学問的手法を用いて最低限度の生活水準を客観化・具体化するもの 後者の立場のなかには、としてマーケットバスケットが採用されてきたのとは裏腹に、受給者世帯の生活水準とほぼ一致する低所得層が実際 及び政治的・政策的意図の排除という導入 の算定において標準とされている点(上述の統計資料の﹁循環﹂現象)、 当初の意図に反して、財政的配慮の混入が需要算定において(とくに品目の選択に際して)避けられない点について、 同連盟の行うマlケヅトバスケット作成に対する不信感が存在していた。 右のような批判を受け、ドイツ公私扶助連盟の主催で、需要算定方式を含む扶助基準制度の理論的な再検討をテー マとする学術会翫
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開催された一九八O
年頃より、マ I ケ γ トバスケットを基盤とする従前の扶助基準制度自体を右 の後者の立場に立って批判し、代替的な基準額算定モデルを提示するものがあらわれた。そこでは、従来のマIケッ 225一一公的扶助行政の法的統制の理論同 のちに採用される統計モデル、さらに単身労働者及び職員の平均賃金ないし給与の一定割合 を標準基準額として設定するという算定モデルを、憲法・BSHG
上の社会的・文化的な最低限度の生存の確保の要 請への適合、稼働収入の水準や経済事情との関係、及び再配分機能等の観点から比較検討することをつうじて、社会 における富の一定割合の配分可巴EZE
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ロ]を標準とするという算定モ トバスケットモデルや、 デルの優位性が示されている。その主張によれば、このモデルは、経済事情の悪化や稼働収入水準の低下に左右され ない最低限度の生存の﹁土台﹂を堅持する一方で、 いかなる者も国民所得に対して正当な分け前を有することが保障 る さ と れ さ る れ と る官い O~ う 分 配 正 義 の 要 請 適 一般住民の生活水準の上昇に即応した給付水準の引き上げを確保するものであ 他方、各州は、ドイツ公私扶助連盟より資料として送付されたマ l ケ y トバスケットを基準額算定の基礎として利 用することなく、また、右に述べた代替モデル案を取り入れることなく、行政主導で独自に基準額算定方法の再検討第7巻 3・4号ー←226 を進めることに合意した。 つまり、扶助基準設定権限を有する各州の行政庁から成る﹁州最上級社会保障行政庁会 議 ﹂ 盲 目 巾 開 。 ロ な お 自 己 20ZEZ ロ 戸 田 口 a O Z O N E - σ 巾
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の 提 案 を 受 け て 、 一九八二年八月の﹁州労働・社会保障相会 議 ﹂ [ 品 目 巾 州 内 0ロ 同 2 2 N 弘常﹀﹃ Z -F ロ ロ 仏 ∞ O N U M 5 2 2 丹 市 円 己 2 E -ロ 門 凶 巾 円 ] は; 一九八四年一月一日までに新たな基準額算定 方式の提案を準備するワーキンググループを、各州が共同で設置することを決定したのである。 その亙式なメンバーとなったのは、各州社会保障行政庁の代表と、各州の内務省および財務省からの各二名の代表 である。さらにオブザーバーないしアドバイザーとして、連邦婦人・青少年省から一名の代表、地方自治体の連合団 体、ドイツ公私扶助連盟、及び民間福祉事業団体から複数の代表がこれに加わった。審議のなかで、これらの代表ら マーケットバスケットを評価し、こ の主張する意見は大きくは二つに分かれることとなった。すなわち、 ひ と つ は 、 れを維持しつつ改良をめざすグループ(各州の社会保障行政庁の代表の多数派と、民間福祉事業団体の代表﹀、 も う ひとつは、算定方法の点では見解の相違があるが、経費がより少なくて済む問題解決を志向する点で一致のみられる グループ(前者の少数派、地方自治体の連合団体、及び各州の財務省と内務省の代表)である。このようにワiキン ググループでの討議は、当初から財政事情への配慮に大きく左右されていた。各州の財務省と内務省の代表は、財政 緊縮の要請を根拠に、物価上昇率を超える現行基準額の引き上げに激しく反対し、上述の経費削減立法による基準額 切り下げ分の埋め合せについても、妥協の余地がないという態度を示していた。その主張のなかでは、BSHG
一 一 一 一 ハ H H ) つねに論拠として前面に出されていた。 条三項二文に基づき低所得層の稼働所得との差を保持するという要請が、 ワーキンググループ内の栄養需要を担当する部会が、意見の対立により、当初意図された期限までに多数の支持す る最終的な結論を出すことが困難となったことから、 一九八一二年二月に、栄養需要についての算定モデルを作成する ために、需要算定の基本的な考え方と、依拠する資料がそれぞれ異なる三つの部会が新たに設けられ、各部会は討議ののち算定モデル案を提示した。第一部会は、 マーケットバスケットモデルに依拠した勧告を行った。このモデルは、 各州の社会保障行政庁の代表の多数と、民間福祉事業団体の代表が支持した o その基礎となったのは、ドイツ公私扶 助連盟が一九八一年に作成し結局日の目を見なかったマーケットバスケットであり、これにいくつかの修正を加えて いる。その結果として予想される財政支出の増加(約五出億マルク)の対策として、基準額の引き上げを段階的に実現 することを提案していた。 つ ぎ に 第 二 部 会 は 、 ﹁ 統 計 モ デ ル ﹂ [ 雪 印 ω S H E -w -臣 、 白 色 巾 旦 に 依 拠 し て い る o つ ま り 、 一 九 七八年所得消費抽出調査の結果から明らかとなる低所得層の家計支出を基礎とした。ここでは低賃金層の所得を上回 らないという法的要請の遵守が基本姿勢として維持されている。このモデルは、地方自治体の連合団体の代表が作成 した。第三部会は、右の二つの折衷案であり、意見の対立によって新算定方式の導入が遅延することを見越して、暫 定的に用いられるモデルの提示をめざしていた。これは、 マーケットバスケットを基礎としながらも、経費抑制を主 限として、以下にみるようないくつかの重大な修正を加えたものである。 227一一公的扶助行政の法的統制jの 理 論 肖 ワーキンググループとしての提案は一本化できず、コ一案併記のまま一九八四年九月に聞かれた州労働・社会 保障相会議に提出された。同会議は、一九八五年七月一日以降の扶助基準の改訂に間に合わせるため、七対四の多数 で第三部会の案である﹁暫定モデル﹂
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念 日 目 ] を と り あ え ず 採 用 す る こ と を 決 定 し た 。 の案である統計モデルを将来的に導入する方向で、引き続き検討を行うことが決定された。 結 局 、 同時に、第二部会 右の決定によって各州は、 一九八五年七月一日以降、暫定モデルに依拠して扶助基準を制定することになった。同 一連の経費削減立法に基づく扶助基準の改訂に終止符が打たれた。右のモデルは、 ﹁代替的マーケットパスケ 時 に 、 ッ ト ﹂[ a
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と も 呼 ば れ 、 マーケットパスケ γ トをつうじて算定するという方法は基本的には 維持されてはいるが、 マーケットバスケットの構造において無視し得ない修正が施されている。すなわち、第一に、第7巻 3・4号一一228 より弾力的な需要算定を可能にするために、 マーケットバスケットの構成は従来のものよりも簡素化された。 つ ま り 、 要)に減らされ、また、 日常生活における個人の需 マーケットバスケットは単身者世帯についてのみ組まれ、もはや年齢階層ごとではない。第 マーケットバスケットを構成する需要類型が五つから三つ(栄養、世帯運営上の需要、 二に、各需要類型を構成する品目の価格見積りは、従来のように連邦平均価格に依拠するのではなく、ある品目につ いての市場価格の幅を四等分したうち最低層の平均価格
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が用いられた。その結果、食品目で平均価 格よりも一三%低い価格が見積りの基礎とされ明第三に、焦眉の課題であった電力消費量の引き上げが低水準。包 }内君げ¥泊)にとどめられた。この数値は現実からかけなれているという批判があるにもかかわらず、その算出根拠は必 ずしも明らかではない。というのは、見積りの基礎とされていたのは、ドイツ電力事業者連合の一九八O
年の調査結 果より得られた単身者世帯の平均電力消費量であったが、受給者には不可欠の需要しか認められないという理由で、 ( 加 ) これからさらに一定量が切り下げられることとなった。これに対して、電気料金は地域の電力会社によってさまざま であり、また電力需要も地域により種々であるため、家賃や経常的暖房需要と同様に、 扶助基準の対象から外すべきであるとする根強い批判が以前より存在していた。 マーケットバスケットないし 代替的マーケットバスケットに依拠した算定では、基準額の五%から八%の引き上げという結果となった。もっと 一連の経費削減立法によって基準額の伸び率が固定された結果生じた損失分を調整するという意味をも も 、 こ れ は 、 一 九 七O
年マlケッ ハ 匁 ) トバスケットの各品目を一九八四年時点の物価水準で見積もるとコ一八0
マルクという推計が存在していたからである。 つにすぎなかった。なぜなら、 八%の引き上げにより基準額は連邦平均三八四マルクとなるが、 それゆえ、生活水準の向上や消費習慣の変化に応じたマーケットバスケットの改良、さらに基準額と実質賃金等との ( お ) 格差の是正には決して十分なものではなかったことが認められる。一九八七年九月に開催された州労働・社会保障担当会議において、これより先に統計モデル導入にあたっ て作成された州最上級社会保障行政庁会議の審議報告書を基に、一九八八年七月一日以降に統計モデルに基づく基準 ( お ﹀ 額算定を実施することが決定された。しかし、基準額の引き上げ率が約一
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となることが判明したため、州財務相 そ の 後 、 会議および内務相会議のほかに、同モデルの発案者であった地方自治体の連合団体までも、導入に伴う地方自治体財 ( お ﹀ ( 訂 ﹀ 政への影響という観点から、同モデルへの全面的な転換に対して強い異論を唱えた。また、統計モデルでは単身者世 帯の家計調査が基礎とされることから、世帯主以外の世帯員の基準額算定方法について、ドイツ公私扶助連盟の鑑定 ︿ 沼 ) 意見の必要性が認識されるにいたった。そのため、導入、及びその時期が最終的に決定されたのは、 一 九 八 九 年 一O
月の各州首相会議においてであった。これにより一九九O
年七月一日に改訂される扶助基準から、その算定基礎が統 計モデルに転換されることとなったが、これに伴う財政への影響を分散させるために、三回に分けて段階的に導入さ ハ 明 日 ﹀ れることになった。 229一一公的扶助行政の法的統制の理論同 統計モデルについて最も重視されているのは、受給者が共同社会のなかで生活を営むことを一定範囲で可能にする というBSHG
一条二項にいう社会扶助の目的であり、換言すれば生活扶助の社会統合機能により大きな比重がおか ︹ 初 ) れている。低所得層世帯の消費支出実態への適合が、統計モデルの基本枠組となる。基準額算定の基礎資料とされる のは、連邦統計庁によりほぼ五年ごとに実施される世帯の所得に応じて分類された所得消費抽出調査結果である。こ の調査では、連邦内の約五万世帯が無作為抽出(そのうち四万四千世帯が協力。なお外国人世帯や施設入所者は除 外﹀され、各々の家計簿上の所得および支出の項目と金額の記入事項や、家族構成や稼働者数等についての聞き取り をつうじてデータが収集される。 統計モデルに基づく基準額算定過程はつぎの三つの段階から成る。まず第一に、対照される所得層の世帯類型を確第7巻3・4号一一230 定する。上述の統計資料の﹁循環﹂を防ぐために、対象となる世帯の所得の下限は、 社会扶助水準
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( 連 邦 平 均 で の 基 準 額 、 田 口 町 唱 巾 口 開 ] その一定割合として見積もられた加算・一時給付、 及び家賃・経常的暖房費の見 積額の合計額で表される)をある程度上回るものでなければならない。それ以下の低所得世帯で社会扶助を受給して 一九八三年の調査結果によれば、右の水準は七六九マルグであ る一方、対照される単身者世帯は入OO
から九九九マルクの所得層である o 第二に、扶助基準の対象とすべき需要類 日常生活における個人の需要)に分けられ、 いない潜在的な受給資格者の家計は対象とならない。 型は代替マーケットバスケットと同様に三つ(栄養、世帯運営上の需要、 それぞれに該当すべき右世帯の家計上の費百を確定する。第三に、対象世帯がその各費目について毎月支出する額を 個別に算定したうえで総計し、基準額を算出する。 統計モデルの最大の難点は、過去の調査結果を、基準額算定の基礎資料として用いざるを得ないことである。この モデルでは、住民の消費習慣の変化の反映は、通例五年ごとに実施される所得消費抽出調査結果にあらわれた対照世 帯の消費実態を算定基礎とすることにより確保される。この点で、 マーケットバスケットの改訂のたびにドイツ公私 扶助連盟内部の意見の一致をみるまで多大な労力と時間を必要としたため、改訂が遅延したり見送られたことを考え れば、算定基礎の改訂ははるかに容易である。ところが、統計モデルによりはじめて基準額を算定した一九九O
年 の 時点で基礎資料とされたのは一九八三年の所得消費抽出調査の結果であった(一九八八年の所得消費抽出調査の結果 は一九九二年の基準額算定にようやく利用可能とされた﹀。 それゆえ、基準額の算定において、 いかなる方法で右調 査後の物価上昇分、及びこれに伴う家計支出増加分を考慮するか、換言すれば、統計モデルにより算出された額にど の程度上のせするのかが問題となる。ドイツ公私扶助連盟の鑑定意見では、全世帯の家計に係る物価の上昇分、ある いは対照世帯層の支出の増加分、という二つの選択肢が示されたが、結局、財政上の影響に鑑み、経費増加が後者の(引品﹀ 半分で済む前者の案が採用された。 ほ ぼ 一
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年聞を費やした需要算定方法の改革作業は、統計モデルの導入で一応の決着をみた。もっとも、これに対 しては、種々の見地からの批判が存在する。 マ 1 ケ y トバスケットモデルを引き続き維持して、その改良を図っていくべきであるという見地からの反対意見が ある。これによれば、救貧行政においては、需要充足原理に鑑み、最低限度の生存を構成する要素は、いかなる経済 状況のもとでも揺らぐことのない﹁社会国家の土台﹂として引き続き堅持すべきであるとされる。もっとも、統計モ デルの導入というかたちで結論が出されて以降は、経費抑制を最優先する立場からの反対が強まりつつあった状況の もとで、焦眉の課題である基準額の引き上げを挫折させてしまうことへの懸念の方が、むしろ強かったようである。 統計モデルに内在する問題、及びこれに依拠した基準額算定上の難点を指摘するものもまた存在する o まず、対照 される世帯の所得層の確定において、これが不当に低く見積もられているとする批判がある。 つ ま り 、 一 九 八 三 年 の 231一一公的扶助行政の法的統制の理論白 所得消費抽出調査の結果が統計モデルの基礎とされるのみならず、同時点での基準額(一ニ四五マルク)を基に右の所 得層が確定されていた。ところが、この時点での基準額は、上述した経費削減立法に基づき、当時の物価水準を無視 して頭打ちにされた引き上げ率により算出されたものであり、 しかもその聞に賃金水準や年金水準との格差が拡大し ていたわけであるから、その後の物価上昇分をこれに上のせしたとしても、基点となる額としてそもそも低すぎるの ( 幻 ) で あ る o このことから、社会扶助水準との間である程度の幅をもって上回るべき上述の対照世帯の所得は、統計資料 の﹁循環﹂を回避するには十分であるとはいえないことが明らかとなる。っ、ぎに、右の対照世帯の年齢および性別の 構成をみると、受給者世帯のそれとは大きく異なる点が指摘されている。すなわち、前者の七二・一%は女性である のに対して、後者におけるその割合は五三・九%である。また、前者の四三万が六五歳以上の高齢者であるのに対し第7巻3・4号一-232 て、後者では二二・四%を占めるにす、ぎない。とりわけ年齢や性別により消費項目や支出額に大きな違いがみられる 日常生活における個人の需要については、前者の消費実態が、要扶助者の需要の中身と大きく食い違うことも予想さ れ、これが基準額で十分に充足されないおそれが存在す時 w 第三に、対照世帯の消費水準が低下する局面では、基準 額もこれに連動して低下することが予想されるが、基準額水準の著しい低下(換言すれば上述の﹁社会国家の土台﹂ の侵食) への歯止めが存在しないことに対する懸念が示される。 以上述べてきた基準額算定方法の改革の過程と論議について、わが国の保護基準制度と比較するうえで、注目され る点を挙げておきたい。 まず、統計モデルは、対照世帯の家計実態に依拠し、その消費動向が如実に反映されるものである。ここでは相対 的貧困観が前面に出ている。たしかに、 マーケットバスケットに依拠した算定においても、品目の選択や量の見積り の点について、低所得層の住民の消費実態が参酌されていた。が、 マーケットバスケットはあくまで、個々の需要の 積み上げによる理想的な生活を確保するという考え方を出発点とするものである。それゆえ、 モデルから統計モデルへの転換は、 マーケットバスケット 一言でいえば、需要の積み上げによる理想的な生計費の算定方法から、最低生活 水準の相対性を基礎に、統計結果に示される低所得層の消費実態に連動した算定方法への転換ということになる。 っ、ぎに、統計モデルが導入された背景の一つとして、マーケットバスケットによって、社会的・文化的な最低限度 の生活の中身を、経験的かつ学問的手法により具体化し算定することには困難が伴い、現実の需要算定には政策的考 慮が一定程度混入せざるを得ないという認識が存在した。他方、このような困難は、ドイツ公私扶助連盟が、住民の 生活水準の上昇や消費動向の変化に合わせてマーケットバスケットを頻繁に改訂して絶えずその整備を図ることによ
(川叫﹀ って、克服可能であるという見解も示されていた。この困難が、上述の学説のいうようにマーケットバスケットに内 在する限界のあらわれであるにせよ、あるいは財政事情等の外在的理由によるマーケットバスケット改訂の遅滞や、 算定過程における過誤に起因するものであるにせよ、右のような認識が、経費抑制の必要性の認識と相侯って、 ーマ ケットバスケ y トの放棄を促したことに疑いはない。 マーケットバスケットモデルにおいて合致することが前提とされていた需要水準と給付水 第三に、統計モデルは、 準とを切り離して、もつばら後者を決定する意味を与えられていると考えられる。それゆえ、憲法および社会扶助法 上保障された社会・文化的な最低限度の生存、及び需要充足原理という規範上の要請を確保するために、要扶助者の 需要に適合しているか否かについての再審査を行う必要が認識され、現に統計モデルの運用のなかでマーケットバス ケットによる﹁検証﹂が予定されている(もちろん、従来のように基準額の算定基礎となるものではない﹀。もっとも、 需要水準と給付水準の差が大きくなり、前者が後者を一定程度上回るような状況下では、種々の政策的・財政的配慮 233一一公的扶助行政の法的統制の理論同 や時々の政治経済的情勢により前者が切り下げられるという事態が当然予想され、果たして予定されているマ l ケ ッ トバスケットのコントロール機能(言い換えれば﹁社会国家の土台﹂を確保するという役割)が運用上どこまで十分 に発揮されるかは定かではない。 本章のはじめに触れた連邦行政裁判所の見解が、新需要算定方式に依拠した扶助基準の設定に、そのままではもは や妥当しないことは明らかである。次章に進む前に、この点に関連して留意しておくべき問題をいくつか指摘してお き た い 。 第一に、最低限度の生活の中身を経験的かつ学問的に客観化・具体化するというマーケットバスケットの理念を実
第 7巻 3・4号一一234 現するのに最適任者であるとみなされてきたドイツ公私扶助連盟の役割が、右の理念への疑念が強まるとともに低下 したことによって、連邦行政裁判所の尊重する扶助基準に係る行政判断の専門性の内実が変化したことになる。算定 方法の選択も含めた扶助基準の設定が、政策的な評価と不可分であることを正面から認めるならば、全面的に行政の 決定に委ねるべきであるという考えが導かれる。このような考え方を背景に、扶助基準の設定権限をもっ州行政庁が 共同で、需要算定方式作成のためのワーキンググループを設置した。これに関与した関係諸機関の政策的考慮がその 作業に大きく反映されることに対する規範上の歯止めは、もはやほとんど意味をもたなかった。その結論である統計 ハ 必 ) モデルの選択自体、が、財政上の思惑を背景とした政治的決定としての側面をもつものであったともいえる。このこと から、次章で検討の対象となるつぎのような問題点が浮かび上がる。すなわち、まず、扶助基準の設定における行政 の政策的な判断余地について、これを事実のレベルで認める従来の連邦行政裁判所の立場が依然として堅持されるか、 あるいは法解釈レベルでこれを正面から位置づけて説明するのか。 つぎに、行政庁の判断余地の承認は、司法審査に おける扶助基準の法的性格、及びその適用範囲についての従来の認識に変更を迫ることになるのか。さらに、前章で みた一時給付をめぐる裁判例における個別化原則に基づく司法審査の範囲の拡大現象が、扶助基準設定における政策 的価値判断の承認、また統計的手法の導入によって、 いかなる影響を受けるか、である。 第二に、扶助基準の実体的コントロールという点で、ドイツ公的扶助法の基本原理である需要充足原理がどのよう ( H世 ) な意味をもつのかが問題となる。統計モデルは、もはや需要充足原理を放棄したという考え方がある。
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かし、需要 充足原理のあらわれであり、 かつマーケットバスケットにみられた、最低限度の生活の具体的な中身を構成する個別 の需要に着目する態度は、統計モデルにおいてもなお堅持されていることが注目される。まず、州最上級社会保障行 政庁会議の統計モデルに係る上述の審議報告書中の﹁所得・消費の統計結果を、生計上の需要を充たす具体的なもの( 必 ﹀ によって充填することが不可欠である﹂という認識である。 つぎに、統計モデルによる算定の第二段階、すなわち対 照世帯の家計上の費目のなかから、扶助基準の対象とすべき需要に相応したものを確定するという判断にあらわれて いる。右の費目は、所得消費抽出調査の対象費目から選択されてリストアップされており、扶助基準により保障され (日明﹀ る﹁必要な生計﹂の中身(その量の見積りは別にして)を知る手がかりとなる。さらに、上述のように、統計モデル による基準額算定を定期的に見直すうえで、ドイツ公私扶助連盟が引き続き作成するマーケットバスケットがこれに ( 円 引 ) コントロールを及ぼすという役割が期待されている。以上の点で、規範上の要請である需要充足原理のもつ意味に留 意する必要がある。 第三に、扶助基準設定行為に先行する基準額算定過程を視野に入れるという連邦行政裁判所の司法審査の方法は、 統計モデルによる算定過程にあてはめて審査基準を再構成することによって、新たな基準額算定方式に依拠した扶助 基準についてもこれを維持することが可能である。統計モデルの利用においても、これに基づく需要算定と、扶助基 235一一公的扶助行政の法的統制の理論同 準の設定ないし引き上げの過程の分離は引き続き維持されており、またそれぞれの過程において判断の基礎となるデ ータや考慮事項についてはその基本部分が公表されている。後述するように、八
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年代後半以降、学説、及び下級審 裁判例では、新たな司法審査の基準を提示するものがみられるようになる。それゆえ扶助基準設定過程のコントロl ル の 方 法 は 、BSHG
一一四条に基づく手続的統制とともに、依然として開かれている。 ( 1 ) ( 2 ) ( 3 ) 詳 し く は 本 稿 第 一 章 第 三 一 節 参 照 oz s
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・ 連 邦 や 州 に 対 し て 自 治 体 の 利 益 を 主 張 す る と と も に 、 意 見 や 経 験 を 相 互 に 交 換 す る た め に 、 ゲ マ イ ン デ 、 郡 独 立 市 、 及 び総 11".. 心堤告きれ )~.(J 出 ~m~tß 士主役 :'V\'1 ミ枠制 .. .Y Ij 兵必 i 戦。盟主主t!' Die kommunale Spitzenverbande 判事三捻れ)~点。 田区ト司法『弘、,,>-蛍袋詰量殺 E税事権剖(~ ( 1 -F:長
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t!' Studientagung des Deutschen Vereins uber die Regelsatze in der Sozialhilfe , NDV 1981 , 97 ff. ヤ ~EI 至。 (コ) LeibfriedjHansenjHeisig , 30 Jahre Warenkorb in der Sozialhilfe , BldW 1985 , 23 , 26 f. C~) Ebenda; Leibfried , Zur Sozialpolitik der Verteilungsformen in der Sozialhilfe , NDV 1981 , 261 , 270. IJ 兵心ピ 制.}l'脱旧民1d.~寝中..J.(J -íミ .(J~~ 蝋単 E量制 Q 剖 11 中 Q 1"斗H
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\-'~出 Jγ :t!' Naegele , BldW 1985 , 37 f.; SchultejTrenk-Hinterberger , Sozialhilfe , 155 f. ヤ~区。 (ヨ) ←;'::!~必'主義母く・盤桜 ~Q .l..j Q 中 Q1 怨""=1'時:\\t思総会 lドー E ぬ題意年y..; Ql 院患, ~時々榊 4号付 'p11-< 単 l侮以ひム ν10 ,;ミ必 110 ーモ Q 雌旧制 Q .l..j Q キ J 刻iTt"点心。 (~コ) ~J Q 長限延誌記ム, 1 ・尺〈亘社主 L I':;l<l<¥日曜矧お'-6 o #<¥目古語首長目玉駅伝 J [das Institut fur Sozialforschung und Ge-se l1 schaftspoli tik ]は梶指印 1ト犬神戸く Q ぷ:Q Q 忘駅京総組杓~' <1 く社,il.迫れ )~~>v Q~ 区招提時'~' ¥さ難延翻意迫属桝.j(J糊 ,il...l~m\!と Q 接言~卯 1トえ Q 医割拠 4ミぷ"D勺 γFν __,子。 o s. GroβjohannjHartmann , Auf dem Weg zur Neufestsetzung der Sozialhilfe -Regelsatze , Theorie und Praxis 1986 , 362; Tschoepe , Neues Bedarfsbemessungssystem fur die Regelsatze in der Sozialhilfe nach ~ 22 BSHG , NDV 1987 , 433. (~) ど詳細:liiトーふト,.L. ';~ K.ふトム Q 1I1司:t!' U. Tiburcy , Wie setzen die Bundeslander die Regelsatze ab 1. Juli 1985 fest? , NDV 1985 , 46 , 48 妊.1l斡有毒物 ~ν __,向。 (2l) Tiburcy , NDV 1986 , 47. "Gl C' ..lJ"Gl'_:,
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ト的 N第7巻 3・4号一一238
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を占めるものであった。地方自治 体の経費負担増大の解決策として、短期的には連邦および州による負担の肩代わりが主張され、また中長期的には社会保障 制度の改革ハたとえば、介護扶助の社会扶助からの制度上の独立、生活扶助受給者予備軍である失業者に対する失業手当や 失業扶助の充実、年金法分野の改革)が主張されている。以上につき、Z
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・宮崎叫・を参照。他方、各州の社会保障相も また、統計モデル導入の決定においてその足並みが必ずしも揃っていたわけではなかった(斗R
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財政上の理由のみで段階的な導入が決定されたことについて、同じ州首相会議の報告のなかでは新算定方式への転換が緊要 の課題であると位置づけられていたこともあり、多方面からその一貫性を疑問視する戸を招くこととなった3
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