ナノ秒レーザ光励起による有機色素・光合成
色素混合系のエネルギー移動発光(I)
小岩井正浩
芝文一
武藤真三
伊藤千秋
(昭和58年8月31日受理)Energy Transfer Emission in Mixture of Organic Dye and
Photosynthetic Pigment Pumped by Nanosecond Laser Pulse (I)
MasahiroKOIWAI HumikazuSHIBA ShinzoMUTO ChiakiITO
Abstract When the mixture systems of several laser dyes(organic dyes)and photosynthetic pigments were pumped by a nanosecond laser pulse, the sensitized fluorescence of chloro. phyl1.a and chloroplast due to energy transfer from the excited organic dye was observed. The rate constants of these processes are experimentally estimated. The theoretical analysis of the phenomena observed has been also studied. ついて報告する。 1. まえがき 光合成は植物や光合成細菌における太陽光エネルギ ーを化学エネルギーに変換する一連の反応過程であ り,近年,生物学的あるいは物理化学的見知から盛ん に研究されている1}剤。また最近では,この反応をモ デルとした光エネルギー変換素子の開発研究なども進 められており4),これらの諸機能,諸反応は工学的に も非常に興味あるものとして注目をあびてきている。 その中で,本論文では光エネルギーの有効利用とい う一観点から,特に光合成色素に有機色素(主にレー ザ用色素として使用されているもの)を加えた混合系 をナノ秒紫外レーザ光パルスで励起したときのエネル ギー移動と発光に関する基礎的研究を行った。その結 果,有機色素・光合成色素間エネルギー移動が効率よ く生ずることなどが実験的および理論的に明らかにさ れた。 本論文では主にin vitro状態におけるその結果に *電気工学科,Department of Electrical Engineer− ing 2.実験的検討 2.1 光合成色素の抽出とその光学的特性 葉緑体(クロロプラスト)および光合成色素(クロ ロフィルa,クロロフィルb,β一カロチン)は通常の 方法5)・6}でホウレン草,ケール葉およびイチヨウ葉な どから抽出した。すなわち,クロロプラストはtris− HCI緩衝液(pH∼7.8)中で遠心分離した後80°Cで クロロフィル分解酵素を不活性化し,さらに80%アセ トン中で再び遠心分離を行って得た(80%アセトン抽 出液)。つぎに,これのn一ヘキサン抽出を行い,ペー パークロマトグラフイ(展開液:石油ベンジン96%+ イソプロピルアルコール4%)によってβ一カロチン, クロロフィルa(chl・a)およびクロロフィルb(ch1・ b)を分離した。分離した各光合成色素はエチルアル コールなどに溶して用いた。 このようにして得たクロロプラストおよび各光合成 色素溶液の吸収スペクトルは分光光度計を用いて測定 し,また,それらのけい光スペクトルはパルス紫外N2
レーザ光励起(ピーク出力100kW)と回析格子分光 器などを用いて測定した。図一1にけい光強度およびそ のスペクトルの測定系を示す。得られた各光合成色素 の吸収及びけい光スペクトルと数種類のレーザ用有機 色素(以後,単に有機色素と略す)の吸収およびけい 光スペクトルをおのおの図一2(a)および(b)に示す。図に は示していないが,クロロプラストの吸収スペクトル は各光合成色素吸収スペクトルを合成したような形を 与える。図r2(a)には自作したN2レーザ励起波長可変 色素レーザを用いて測定したクロロフィルaの励起ス ペクトルも併せて示してある。これらの測定結果か ら,光合成色素は450nm以下の短波長光によっても 十分励起されること,および,図一2(a)の光合成色素の 吸収スペクトルはいずれも有機色素のけい光スペクト ルと大きく重なっていて一般に色素分子間エネルギー cell(・rgani・dy・+ph・t・・y・thesi・pigment) monochromator
〈〉
殿
口
囚
品品、 N21aser 図一1実 験 糸 Fig.1 Experimental setup. 移動が効率よく生ずるための条件をよく満たしてい る,などのことがわかる。有機色素の吸収スペクトル を見ると光合成色素の吸収しない波長域に大きな吸収 を示すので,植物葉にこれらの有機色素が取り込まれ るならこの有機色素・光合成色素間エネルギー移動に よって光エネルギーはより有効に利用され,光合成反 応がより促進される可能性も考えられる。 ところで,植物が生きた状態で土中からある種の有 機色素を取り込むか否かを調べるのは容易ではない。 そこで,葉柄の部分を有機色素ローダミン6G(R6G) やクマリン1(Cl)を溶かした緩衝液中に一昼夜浸し たホウレン草葉を用意し,それに前述の抽出操作を加 えてクロロプラスト(十有機色素)80の%アセトン抽 出液を得てその吸収およびけい光スペクトルを調べて みた。その結果を図一3に示す。図一3(a)中の吸収スペク トルはクロロプラストのみのそれと比較して全く変化 していないが,そのけい光スペクトル(白丸の曲線) 中にはクロロフィルaのけい光とともにローダミン 6G固有のけい光スペクトル成分が現れている。この 成分は試料抽出時の遠心分離速度を通常の1/2にする ことより明確に観測された(黒丸の曲線参照)。図一3(b) においても同様である。したがって,非常にわずかで はあるがこれらの有機色素がホウレン草葉内に取り込 まれているといえる。しかし,それらが葉内あるいは 葉緑体細胞内のどの部分にどのような状態で取り込ま れているかは現在のところ不明である。 言 『 駕 二 る 』 .昌 § § § ξ 盲 § ξ 』 < 0 一 absorption r−・一・@fluorescence coumarln・1 30ぴ cresyl’v三〇let nile・blue 〈. /二〆 500 600 Wavelength(nm) 300 ノノ〆烈
r/ 400 \ミ 500 600 Wavelength(n n) 700 図一2光合成色素(a}と有機色素(b) の吸収およびけい光スペク トル Fig.2 Absorption and fiuorescence spectra of photosynthetic pigments(a)and organic dyes(b).§ ξ 』 < § 苔 』 < 0.5 0 0.5 0 (a)
八 (
\』 400 500 600 700 (b) /へ /ノ尊. /↑’・、\1へ\ 漁一
1 \一㌔!プ1卜
700 喜1弓
皇 § § § 邑 400 500 600 Wavelength(nm) 0 頁 ;1毛
・5 § § § 邑 0 図一3有機色素を含む緩衝液中に浸したホウレン草クロ ロプラストの吸収およびけい光スペクトル Fig.3 Absorption and fluorescence spectra of ch− loroplast obtained from spinach which was immersed in buffer solution containing rhodamine 6G(a}and coumarin(b), respec− tively. ⊂一一一・h1・r・Plast−一一一一一一一一1 } 1 }ene「gy itransfer S1 ρpumplng So =〒⇒@ is・
}・・ i彩
lz l Sl i il、。\IZIIIiliZ
l β一carotene ;’ @ S2 S1 fluoresceRce | So 2.2 有機色素・光合成色素間エネルギー移動速 度定数の見積もり 有機色素・光合成色素間エネルギー移動に関係する エネルギー準位をC1色素を例にとって図一4に模式的 に示す。クロPプラスト中では効率よい光合成色素間 エネルギー移動により,吸収された光エネルギーが β一carotene(S1)一→Ch1・b(S1) 一一→Chl・a(Si) (1) の順に移動することはよく知られているが1)・7),図一2 のスペクトル関係からして図一4の場合にはC1色素が 主ドナとなり C1(S1)+Ch1・。(S。)−k− ci(S。)+Ch1・・(S,)(・) CI(S1)十Chl・b(So)一一一→Cl(So)十Chl・b(S2) (3) Cl(S1)+β一carotene(So) 一一→C1(So)十β一carotene(S1) (4) などで表されるエネルギー移動(主に非放射的共鳴移 動が寄与する)も効率よく生ずると考えられる8}。 そこで,まず,in vitro状態におけるその速度定数 leの見積もりを行った。これはアクセプタである光合 成色素の濃度2V、を変化させ,そのときのドナ色素の けい光強度変化あるいはその寿命変化などを測定すれ ば,次のStern−Volmerの関係式9)・1°)からleの値が coumarinl chl・b (chl・a 」_____________________−」 図一4 有機色素・光合成色素混合系の模式的エネルギー 準位図 Fig.4 Schematic energy level diagram ln organlc dye (C1) and photosynthetic pigments mixture. 1.2 暑 ES 甘 1.1 ミ ぼ 1.0 一chl・a mixture NCt=5×10−4mol/1 τdO==4.4nsec (in EtOH)’吐ノ十
0 2×10−5 4×10一s Chlorophyll−a eoncentrati籠(me1/1) 図一5 C1色素けい光強度のクPロフィルa濃度依存性 Fig.5 Fluorescence intensity of Cl dye as a function of chlorophyll a concentration. 者 菖 甘 ミ ミ 1.2 1.1 1.0 0 一chl・a mixture RfiG=5×10−4 mol/l dO=6.8 nsec (in EtOH) 2×10−5 4×10−5 ChloroP】1yU−a concentratton(mol/1) 図一6R6G色素けい光強度のクロロフィルa濃度依存性 Fig.6Fluorescence intensity of R6G dye as a function of chlorophyll a concentration. 見積もれる。すなわち晋(一÷)一・+k…Na (・)
ここで,九。,τd。はおのおのドナ色素のみのときの けい光強度および寿命,Jd, Tdは混合時のドナ色素の それらの値を表す。 図一5∼図一7に実験的に得たStern−Volmerプロッ トの例を示す。これらの直線の傾きと式(5)との比較か江 勺
o
岩 書 1.4 12 C1一β・carotene mixture Nc1 =5×10}4 mo1/1 Q! 2×10−4 4×10−a β’Car・tene C・nCentrati・n(m・1/1) 図一7 Cl色素けい光強度のβ一カロチン濃度依存性 Fig.7 Fluorescence intensity of CI dye as a function ofβ一carotene concentration. 表一1有機色素・光合成色素混合系におけるエネルギー 移動速度定数 Table l Energy transfer rate constants of organic dye and photosynthetic pigment mixture systems.A
で 占b
’窃 8 さ .桝 8 ♂ 8 9 8 = ♪z
u
O.5 汐 題\
!63e 670 710 Wavelength(nm) 図一8Cl一クPtロプラスト混合系におけるクロロフィ ルaのけい光特性 Fig.8 Fluorescence characteristics of chloro. phyl1・a in C1・chloroplast mixture. donor organic dye coumarin・1 rhodamine 6 G cresyl violet nile blue coumarin.1 〃 〃 acceptor photosynthetic Plgment chlorophy11・a 〃 〃 〃 chlorophy11・b β一carotene 〃 energy transfer rate le(1・mo1−1・s−1) (4.5±0.5)×1011 (2.5±0.5) 〃 (4±0.5) 〃 (5±O.5) 〃 in EtOH (6±1) ×1011 in EtOH (1.3±O.3)×lon in EtOH (2.2±0.2)×lou ni 80%. acetone ら得た種々の有機色素・光合成色素間エネルギー移動 速度定数の値を表一1に示した。いずれの場合も々の値 は大きい。 2.3 有機色素・光合成色素間エネルギー移動発光 エネルギー移動速度定数の見積もりから式(1)∼式(4) で表される*うなエネルギー移動が効率よく生ずるこ とが示されたので,少なくともin vitro状態では光 合成色素に有機色素を混合するとCh1・aからのけい 光強度が増大すると考えられる。そこで,このChl・a けい光強度の有機色素濃度依存性を調べた。その測定 結果を,図一8,図一9に示す。これらの図において, Chl・aの濃度が低い(kN、の値が小さくなる)ことや ドナ色素Clによる濃度消光などの失活過程もまた同 時に存在するなどのためCl濃度が高くなるとChl・a のけい光強度は減少し始めるが,その濃度が(0.5∼ 1.5)×10−4mol/1付近ではChl・aけい光強度の明らか コ 倉 合 8z
v お .2 蓄 警 冨 8 目 .買 8 5 8 巴 言 露 1.5 Cl−chloroplast.mixture (in 80%acetone) C1−chl・a mixture (Nchia4×1『5mol/I in EtOH) 2×10−4 4×10−4 C・umarin・1 c・ncentrati・n N。、(m61/1) 図一9 クロロフィルaおよびクロロプラストけい光強度 のCl色素濃度依存性 Fig. g Fluorescence intensity of sensitized chloro− phy11. a and chloroplast as a function of CI dye concentration. ’al 占 訟 ’房 5 G ・一 8 δ 8 2 8q
㍍ 田u
0.5 & ’鼠630 670 7iL,一一一
Wavelength(nm) 図一10CV−Chl・a混合系におけるクロロフィルa のけい光特性 Fig.10 Fluorescence characteristics of chlor− ophyll・a in cresyl violet−chlorophy11・a mixture.な増加が観測された。一方,図一10は有機色素クレジ ル・バイオレット(CV)をドナとしたときのCh1・a のけい光特性で,この場合も CV(S1)十Ch1・a(So)一→CV(So)十Ch1・a(S1) (6) で表されるエネルギー移動によってChl・aのけい光強 度の増加が見られた。 このように,Chl・aからのけい光特性の測定によっ て,有機色素・光合成色素間エネルギー移動が生じて いることがより明らかとなった。 3.理論的検討 ドナ色素Dおよびアクセプタ色素Aとすると,D−A 混合系をパルスレーザ光励起したときの各色素の励起 一重項状態分子密度nd, n、に対するレート方程式は 誓一・・(2P)・(t)(N・−n・)一鴛 一kNαnd−4Ndnd (7) 罐一・・(λρ)・(の(N ・・)一鴛 +leN。nd−qN、n。(8) で与えられる9)。ただし,添字d,aはおのおのDお よびA色素の諸量を表すとして,σ(Rp)は励起光波長 における色素吸収断面積,τ。はけい光寿命,および」V は色素濃度である。また,qはD色素による濃度消光 定数,1(t)は励起割合であり,ここでは簡単化のため DおよびA色素の三重項状態の影響は無視した。 ここで, R1==(1+leτ、N。+qτ、 Nd)/ωτ、 R,=σ、(λP)τ、1(の/ωτ、 R、=(1+qτ。」Vd)/ωτα R、… a。(λP)τ。1(の/ω・。 (9) ωは励起光パルス幅に関係した定数 とおくと,t=0でηd=κ、=0であるから式⑦の解は n・(t)⇒一∫1‘(R,+R・)d(ω・)] ・∫陣r[∫1‘(R・+R2)d(ω・)]d(ω・)−a・) となる。同様に式(8)の解は n・(・)=:・xp[一∫lt(R・+R4)d(ωめ ・∫ltNa(R4+k−!’:・lflt・”.d.(の) × ・x・ [∫1‘(R・+R・)d(ωの]d(ω・)(・1) と形式的に表せる。けい光強度はnd(t), n。(t)に比例 するので,この式ao),(11)を計算すればよいことになる。 さて,式(7)∼式仰には時間の関数である励起割合 1(のが含まれているが,この1(のは実験で用いた励 起光であるN2レーザのパルス波形に対応する。そこ で,ナノ秒で表した時間Zに対して1(のを以下のよ うに表すことにする。 1(t)=losin(πt/10),
@ =10cos2〔π(t−5)篇τぎIL蜘}(lz
この式(IZは図一11に示すようにN2レーザ光波形の非常 によい近似を与える。ただし,1。の値は実験状条件で は,1。=3×1024cm−2 sec−1であり,また,ω=π×108 rad/secである。 式a2)を式(9)∼ao)に代入し, C1色素による濃度消光定 数と寿命の積をqτd=22001・mol−1と仮定したときの Cl−Chl・a混合系におけるChl・aけい光強度の時間変 化を計算すると図一12を得た。同様に,Cl−Chl・b混合 系におけるCh1・bけい光強度の時間変化を計算した 結果が図一13である。これらの計算結果はいずれも観 測波形に類似した。 三 占 言 竃 苫 § § § 邑 t” ε ご 蓉o.5 .胃 旨 田 0 図一11 Fig.11 N、1aser p・1・e wavef・rm 1(の==lo s{n(πt/10) 0≦:t≦95nsec =工ocos2(π(t二5)/16) 5≦;彦く13nsec 5 10 15 Time t(nsec) N2レーザ光波形とその近似波形 20 N21aser pulse waveform and its apPoroximated one. 修0 510ユ520
Time(nsec) 図一12N2レーザ励起C1−Chl・a混合系におけるクロロ フィルaけい光の計算波形 Fig.12 Calculated waveform of chlorophyll・a fiuorescence in C1−chlorophyll・amixture pumped by a N21aser pulse.言 上 主 § 苫 § § § ξ (●,Oexperimental)〔ミ・ 0 10 15 20 Time(nsec) 図一13N2レーザ励起Cl−Chl・b混合系におけるクロロ フィルbけい光の計算波形 Fig.13 Calculated waveform of chlorophy11・b fluorescence in C1・chlorophyll.b mixture pumped by a N21aser pulse. 言 上 £ 壱 甘 倉 § 三 § § §o・5 E 図・−14 Fig.14 0 2×104 4×10−4 Coumarin・1 concentration Ncl(mol/1) C1−Ch1・a混合系におけるクロロフィルaけ い光強度のC1色素濃度依存性(計算値) Calculated fluorescence intensity of sensitized chl・a as a function of Cl dye concentration. また,それらのよい一致性から逆にC1−Chl・a間あ るいはCl−Chl・b間エネルギー移動速度定数を割り出 すと