は
じ
め
に
アジアには性格が大きく異なる文明が存在する。すなわ ち、中華文明、インド文明、イスラム文明である。これら の 文 明 は、 人 の 移 動 と そ れ に 伴 う 物 や 情 報 の 伝 播 を 通 じ て、アジアの諸地域における文化・社会形成に大きな影響 を 与 え て き た。 と り わ け 東 南 ア ジ ア に お け る 影 響 は 大 き かった。今日の東南アジアには、これらの文明の継承者を 自 任 す る 人 た ち が 存 在 し、 彼 ら は「本 場」 あ る い は「本 家」 の 動 向 の 延 長 線 上 で と ら え ら れ る こ と が 多 い。 し か し、そのようなとらえ方は、文明の周縁で文明の中心と仕 組みが異なる社会に生きる文明の継承者たちにとって、あ るいは他者からそう見られてしまう人たちにとって、大き な障害や問題となることがある。 たとえば、中国脅威論が出るたびに、中国と東南アジア の華人を一体視し、中国の延長線上に東南アジアの華人を とらえる議論が現れてきた。一九六〇年代には、中国から の共産主義の拡大とその手先としての華僑という脅威論が あ っ た (河 部 一 九 七 二 ; 岡 部 一 九 七 一) 。 一 九 七 八 年 に 中 国が「改革開放」に転換し、東南アジア華人による対中投 資が増加すると、華人の中国に対する「愛国」を強調する 「大 中 華 経 済 圏」 構 想 が 中 国 に よ っ て 打 ち 出 さ れ、 中 国 と 東南アジア華人を一体視し、中国の延長線上に東南アジア 華 人 を と ら え る 傾 向 が 強 ま っ た (田 中 二 〇 〇 二) 。 こ う し た議論に対して、東南アジアの華人は居住国の国民として 自らを位置づけているとして、中国の延長線上に東南アジ第Ⅱ部
混成
の
う
ね
り
―
東南 ア ジ ア 映画 の 新 た な 冒険継承
と
成功
︱︱東南
ア
ジ
ア
華人
の
﹁
家
﹂
づ
く
り
篠崎香織
中で現実ではあまり見られない設定で言語を使うことで、 登場人物たちの関係性や場の性格を際立たせて描くことも できる。 マレー語や英語、華語の間での言語の切り替えは活字で 書き表せないこともない。しかし華語以外の中国諸語を文 字 で 書 き 分 け る 手 段 は、 東 南 ア ジ ア で は 確 立 さ れ て い な い。そもそも、東南アジアでは華語以外の中国諸語は話し 言 葉 で あ っ て 書 き 表 す 言 語 だ と は 認 識 さ れ て い な い。 ま た、イントネーションの違いが、その言語を話す人やその 言語が話される場に関する重要な情報を持つことがある。 活字媒体ではイントネーションの違いを明確にして表現す ることには限界がある。 話者と言語の関係も重要である。非主流派の民族に属す る人が主流派と同じ言語を話す時、その人の容貌が映像と して示されることで、その言語を発している人がどのよう な出自の人であるかをその都度確認することができる。こ の点においては、活字表現で登場人物の出自や属性をいか に詳細に書き表したところで、映像が伝える情報にはかな わない。 こうした混成性のあり方は、言うまでもなく、インドネ シア、マレーシア、シンガポールそれぞれに異なる。本論 では、それぞれの地域の華人が抱える混成性を映画から読 み解くとともに、混成社会を生きるなかで華人であること がいかに継承されるのか、その課題と乗り越え方のヒント を映画から読み解く。 イ ン ド ネ シ ア に つ い て は、 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 と『動物園からのポストカード』を取り上げる。これらの 作品から、国家や社会から華人として扱われる人たちが華 人であることにどのように向き合ってきたのかを見る。世 の中に関わるうえでは家や血統を継ぐことが何よりも重要 であり、その資格は限られた者にのみ与えられるという考 え方に対し、血統ではなく技を受け継ぐことによって社会 と関わるという発想が示される。 マ レ ー シ ア に つ い て は、 『 Rain Dogs 』 (以 下、 『レ イ ン ド ッ グ』 ) と『セ ル ア ウ ト!』 を 取 り 上 げ る。 中 華 文 化 の 継承が家や社会から期待される一方で、マレー語や英語な ど他文化も身につけなければ生きにくい情況に対して、身 につけた言語や文化が「本家」の「本物」に忠実でなくて も よ い と い う 考 え や、 「本 物」 探 し を し て し ま う 発 想 そ の ものの相対化が提示されている。 シ ン ガ ポ ー ル に つ い て は、 『フ ォ ー エ バ ー・ フ ィ ー バー』 、『一二階』 、『シンガポール・ドリーム』 、『881 歌 え! パ パ イ ヤ』 、『 Sandcastle 』 (以 下、 『砂 の 城』 ) を 取 り 上げる。東西両文化を乗りこなし、洗練され成功したシン ガポールという自負があるなかで、個々の「成功」は家の 継 承 と 繁 栄 と 結 び つ い て い る。 ほ と ん ど の 人 が 公 団 に 住 アの華人をとらえることができないという批判が繰り返し なされてきた * 1 。 ま た 近 年 に お い て は、 「華 人 で あ る こ と」 の 自 己 認 識 や 華人という集団性が形成される過程を居住国社会の文脈を 重 視 し て 論 じ る 試 み が 活 発 と な っ て い る。 「華 人 で あ る こ と」を認識する要因は、中国との物理的・心理的なつなが りにあるとされてきた。一九世紀末から二〇世紀初頭の中 国におけるナショナリズムの高まりを受けて、東南アジア の華人も華人として自己認識を持ち始めたとされてきた。 冷戦下で東南アジアと中国との間を自由に往来できなくな るなかで、中華文化を維持し実践しようとする動きについ ては、中国から切り離されたことに対する痛みを埋めるた め だ と 説 明 さ れ て き た。 こ れ に 対 し て 貞 好 (二 〇 〇 四) と 津 田 (二 〇 一 一) は、 イ ン ド ネ シ ア の 華 人 に つ い て、 自 身 の認識がどうであれ、インドネシアの公権力や社会から否 応なしに華人と認識されるなかで彼らが華人性をどう引き 受 け て き た か に 着 目 し て「華 人 で あ る こ と」 を 論 じ て い る。 黄 (二 〇 一 一) は、 タ イ、 マ レ ー シ ア、 シ ン ガ ポ ー ル で一九八〇年代から教勢を増している徳教という宗教慈善 文化団体について、それが東南アジアで独自に発展し、徳 教を通じて宗教・文化活動を実践することで「華人である こ と」 を 実 践 し て い る と 論 じ て い る。 篠 崎 (二 〇 一 一 * 2 ) は、一九世紀から二〇世紀初頭のペナンを事例として、中 国からの影響や働き掛けがなくとも、ペナンの文脈の中で 華人としての自己認識・組織化・自己表明が展開したこと を論じている。 こうした最近の研究動向を踏まえ、本論は、世界的に注 目されつつある東南アジアの華人監督による映画を資料と し、 東 南 ア ジ ア の 華 人 が 自 ら の 華 人 性 に ど の よ う に 向 き 合 っ て い る の か を 探 る。 具 体 的 に は、 イ ン ド ネ シ ア、 マ レーシア、シンガポールにおいて、華人であることを受け 継いでいくうえでどのような課題があり、それに対してど のような解決策が示されているのかを映画から読み解いて いく。 近年、東南アジアの華人監督による映画製作が活発化し ているのは、技術的には個人が容易に映像を撮れるように なり、自らを取り巻く混成社会の現実を描くうえで映像表 現に可能性を見いだす人が多いためであろう。東南アジア の 華 人 社 会 は 文 化 混 成 的 で あ る。 そ の 文 化 混 成 的 な 現 実 は、活字ではなかなか表現しきれない。たとえばマレーシ ア で は、 相 手 と 場 に よ っ て、 マ レ ー 語、 英 語、 中 国 諸 語 (華 語、 広 東 語、 福 建 語 な ど) の 複 数 の 言 語 を 切 り 替 え て 使 う。どの言語が使われているかを見ることによって、その 言語が交わされている人たちの関係性や場がどのようなも のであるかを知ることができる。あるいは、その言語が使 われることに対する社会的な了解を逆手にとって、映画の
イで、男性の恋人がいるが、恋人はハリムとの性交を受け 入れてくれない。サルマをオーディション番組で優勝させ る の と 引 き 換 え に、 ヤ フ ヤ は 恋 人 と 間 接 的 に つ な が る た め、 ハ リ ム の 体 を 利 用 さ せ て も ら う。 サ ル マ は オ ー デ ィ ションで優勝し、ハリムと結婚した。そして二人の間に男 の子が生まれた。
2﹁多様性
の
中
の
統一﹂
と
華人
インドネシアは「多様性の中の統一」を掲げてきたこと で知られている。インドネシアには、ジャワやバリ、トラ ジャなど多様な地方文化が存在し、それらの多様な要素に よって構成されているのがインドネシアであるとされてき た。しかし、そのような多元主義はインドネシアの華人に はほとんど適用されてこなかった。独立直後のスカルノ政 権 期 (一 九 四 五 ~ 一 九 六 六 年) に は、 一 九 五 〇 年 代 よ り 華 人に対する管理が厳しくなり、同年代末には華人を排斥す る 政 策 が 次 々 と 導 入 さ れ た。 華 語 の 学 習 は 著 し く 制 限 さ れ、華語出版物の発行は禁止された。小売業をはじめとし たさまざまな業種から華人が排除され、居住・転入が可能 な地域が著しく制限され、多くの華人が国外への脱出を余 儀 な く さ れ た。 続 く ス ハ ル ト 政 権 期 (一 九 六 六 ~ 一 九 九 八 年) に は、 華 人 と そ の 文 化 は イ ン ド ネ シ ア の 正 当 な 構 成 要 因と見なされてこなかった。華語の学習・使用や、旧暦新 年などの中国文化に由来する祭祀は禁止され、華人は中国 名 の 放 棄 と イ ン ド ネ シ ア 名 へ の 改 称 が 奨 励 さ れ た (相 沢 二 〇 一 〇 ; 津 田 二 〇 一 一 ; 丁 二 〇 一 一) 。 ハ リ ム の 父 で リ ンダの祖父が「中国名はウィー・ギアンティック。学生時 代はベルナルトゥスと呼ばれ、後にスウィスノ・ウィジャ ナルトという名前になった」と語るのは、華人とその文化 を め ぐ る イ ン ド ネ シ ア の 歴 史 的 変 遷 を 反 映 す る も の で あ る 。 中国的な属性を捨て、文化的には他のインドネシア人と 同じになったように見えても、誰が華人であるかは身分証 などですぐにわかるようになっていた。スハルト政権期の 初期を経験した華人には自分が華人であることを隠そうと する傾向が強いという。華人であることが命取りとなる経 験をしたためである。スハルトはスカルノの影響力を一掃 するため、インドネシア共産党の掃討作戦を行った。その 犠牲となった人は五〇万人とも一〇〇万人とも言われてい る。共産党と関係があるとされて掃討作戦や略奪・焼き討 ちの犠牲となった華人も多かった。チャヨノの両親がチャ ヨノをリンダから引き離し転校させたエピソードの背景に は、こうした事情がある。 一九九八年五月のインドネシアでは、各地でスハルト大 統 領 の 退 陣 を 求 め る デ モ が 行 わ れ た。 し か し、 ジ ャ カ ル タ、 ソ ロ、 メ ダ ン な ど い く つ か の 都 市 で は デ モ が 暴 徒 化 み、外見上は均質に見えるなかで、他から抜きん出て「成 功」するには家の構成員がそれぞれ外から認められる成果 を上げなければならない。そのための奮闘が結果として家 族をばらばらにしてしまうというシンガポールの生きにく さがある一方で、全体ではばらばらでも一つ一つのつなが りを重ねていけばよいという希望も見いだせる。Ⅰ
血統
で
は
な
く
技
を
継
ぐ
︱︱ イ ン ド ネ シ ア1﹃空
を
飛
び
た
い
盲目
の
ブ
タ
﹄
︱︱家 を 継 ぐ こ と の 難 し さ エドウィン監督の長編第一作となる『空を飛びたい盲目 のブタ』は、一見関係性のないシーンが時系列もばらばら に断片的に提示される手法を取っている。それぞれのシー ンをどう繋ぎ、全体を通じたメッセージをどう読み解くか は観客に委ねられている。まず、筆者が断片的なシーンを 繋いで了解する『空を飛びたい盲目のブタ』の物語を整理 しておきたい。 冒頭のシーンは、中国対インドネシアの女子バドミント ンの試合である。インドネシアの代表選手はベラワティ選 手で、双方一歩も引かないラリーが続くが、会場で試合を 見ていたインドネシア人の男の子の一言でベラワティの足 が止まり、ショットをミスする――「どっちがインドネシ アなの?」 。 ベ ラ ワ テ ィ に は、 盲 目 の 歯 科 医 で あ る 父・ ハ リ ム と、 「爆 竹 を 食 べ る 美 女」 と し て テ レ ビ 番 組 の 取 材 を 受 け た 妹 のリンダがいる。母親はすでに亡くなっている。一家は中 国系インドネシア人だ。 映像編集を仕事とするチャヨノは、リンダの映像を観る 機会があり、それが幼いころいつも一緒にいたリンダだと 気づき、それを契機にチャヨノはリンダと再会する。 チャヨノは日本人になりたがっている。日本語のチーム 名 の つ い た 野 球 の ユ ニ フ ォ ー ム を 着 て い る。 小 学 生 の と き、 チ ャ ヨ ノ は 同 級 生 に い じ め ら れ、 ブ タ と 呼 ば れ て い た。 大 き く な っ た ら 何 に な り た い か と 尋 ね る リ ン ダ に、 チャヨノは「華人以外ならなんでもいい」と答える。チャ ヨノの両親は、チャヨノが華人と一緒にいるのがいけない と考え、チャヨノを華人が少ない学校に転校させる。 ハリムの再婚相手は歯科医助手のサルマだ。彼女は歌の オ ー デ ィ シ ョ ン 番 組 に 出 る の が 夢 で、 「ヤ フ ヤ さ ん の コ ネ を使ってオーディションで優勝できたら、先生に後継ぎを あ げ て も い い よ」 と ハ リ ム に 言 う。 息 子 が い な い ハ リ ム は、サルマの申し出に賭けることにした。ヤフヤはハリム の患者で、テレビ局のプロデューサーをしている。彼はゲいようとも、彼女たちがその役割を担うことはない。女で あ る お 前 に は 私 を 弔 う 資 格 は な い。 だ か ら ど ん な ふ う に 弔ってもらいたいか言っても仕方がない。余計なことを考 えるな。それがリンダの問いに対する祖父の答えだ。 男子の子孫を残すこと * 3 をめぐるエピソードは、東南アジ アの華人社会を題材にした映画にしばしば描かれている。 シンガポールで制作された『シンガポール・ドリーム』で は、資質として姉がどれだけ弟より優れていようとも、一 家が捻出しうる教育のための費用は弟だけに惜しみなく注 がれる。その結果、弟は形式的には立派に祖先を弔い家を 継ぐが、それが現世に生きる家族の絆を強めたわけではな かった。マレーシア映画の『踊れ 五虎〈ウーフー〉!』 では、女の子ばかり四人生まれた夫婦が、娘たちに「弟を 待つ」という意味の名前をつけ、五人目で男の子を授かる エピソードが差し挟まれる。このエピソードは、物語のメ イン・プロットではなくさらりと描かれているだけだが、 そのことが余計に男子の子孫を残さねばならないことの重 み を 伝 え て い る。 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 で チ ャ ヨ ノ が日本人になりたがっていることは、家を継ぐことの重さ から逃れたいというチャヨノの思いを表している。 息 子 の い な い ハ リ ム は、 サ ル マ と 結 婚 し て 息 子 を 授 か り、 自 分 を 弔 う 男 の 子 孫 を 確 保 す る こ と が で き た。 し か し、サルマとの結婚でイスラム教に改宗したことにより、 自 分 の 父 や 祖 先 を ど う や っ て 弔 う か と い う 問 題 が 発 生 し た。これに対してハリムは解決策を示さず、考えることを 放棄したようにも思える。それは彼が盲目であることに表 されている。ハリムが自分で目を傷つけるシーンがあり、 リ ン ダ の 祖 父 が オ ラ ン ダ 語 の こ と わ ざ を 語 る シ ー ン が あ る。 「矢 を 放 つ が よ い。 だ が 私 の 目 を 射 る な。 目 は み ん な の も の。 だ が 心 は 君 だ け の も の だ」 。 ハ リ ム の 行 為 は、 自 分を弔ってくれる子孫を残すために、祖先を弔う責任を放 棄した身勝手なものであるが、他方で、それによって男子 の子孫を得て家を継ぐ責任は果たしたとも言える。 冒頭のバドミントンの試合で「どっちがインドネシアな の?」と問う男の子はハリムの息子だ。インドネシア代表 として試合に出ているベラワティは、その子の異母姉にあ たる。ハリムは息子を得たが、その子は異母姉を自分と同 じコミュニティの人間だと認識できない。 リンダはチャヨノと一緒に祖父の骨を海に撒く。タバコ の煙で輪を作る祖父の技を継承し、そうすることでリンダ は自分なりに祖父の生きた証を継ぐことにする。チャヨノ はリンダのそばで、線香の煙で輪を作り、リンダと一緒に 「心の愛」 ( I Just Call to Say I Love You ) を歌う。これら のシーンにはチャヨノがリンダを見守って行くことが暗示 されている。爆竹の音とともにブタが解き放たれるのは、 リンダがチャヨノと出会うことで家族の苦悩から解き放た し、華人に対する暴力に向かった。チャヨノが編集してい る暴動の映像はそのときの映像だ。 一九九九年に大統領に就任したアブドゥルラフマン・ワ ヒド政権下で、華人に対する差別的な法律が次々と廃止さ れていった。華語の学習・使用に対する規制が解かれ、中 国 的 な 祭 祀 を 公 の 場 で 行 う こ と が 可 能 と な っ た。 『空 を 飛 びたい盲目のブタ』では、野原で木に首を繋がれているブ タの姿が何度か映し出される。ブタは映画の最後に解き放 たれ、自由に野原を歩くかに見える。しかし、その姿は画 面の端に映っており、画面の外側の映っていない部分にあ る 何 者 か に 押 し 出 さ れ て い る か の よ う だ。 ブ タ は 自 由 に なったものの、それは自分の意志ではなく外部の大きな力 の働きによるもので、新たな状況に放り出されたブタは少 し戸惑っているようにも見える。華人やその文化を取り巻 く状況が急速に大きく変化するなかに置かれたインドネシ ア華人の姿と重なって見える。 エドウィン監督は、一九七八年にインドネシアのスラバ ヤで生まれた。華人であることが命に関わる時代を経験し ていないが、両親の世代と接するなかでそうした時代を感 じ取ってきた。エドウィン監督自身は、文化的な属性とし て自分のなかに中国的な要素はほとんどないと思っている が、 自 分 の 出 自 が 中 国 に あ る こ と は 認 識 し て い る。 た だ し、その認識は、公権力や社会に華人としてマーキングさ れてきたなかで、自分の意志だけで自分の出自から逃れる ことはできないことを正面から受け止めた結果であるよう にも思える。華人であることを強調しないが、自らの出自 をことさらに隠すことには疑問を抱いており、そのような 状況で自らの華人性をどう受け止めていくかを模索してき た。
3
家
を
継
げ
な
い
女、
家
を
継
ぐ
が
民族
を
継
げ
な
い
男
『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 で は、 祖 父 は よ く 友 人 た ち とビリヤードを楽しみ、リンダはそこに遊びに行くのが幼 い頃から好きだった。だが今やビリヤードを楽しむのは祖 父一人となってしまった。リンダは祖父に「死んだらどの ように弔ってほしい? 火葬? 散骨? 土葬?」と尋ね る。だが、祖父に「それは重要ではない。余計なことを考 えるな」と言われてしまう。一見するととくに大きな意味 を 持 た な い よ う に 見 え る や り 取 り だ が、 こ の 祖 父 の 答 え は、リンダにとって大きなショックだった。キューに付け る滑り止めを指に塗って気を紛らせるしかない、所在なげ に自分を取り繕うリンダが映る。 東南アジアの華人社会では、祖先を弔い家を継げるのは 男性のみとされている。女性の子孫にどれほど優秀な者が出マジックのように、中に入っていたはずのカウボーイは 消えてしまう。一人になったラナは動物園には帰らず、人 間の社会にしばしとどまる。マッサージ店で男を相手に働 く が、 ラ ナ に と っ て そ の 仕 事 は カ バ や ト ラ の 身 体 を 水 で 洗ってやるのと同じだった。ある日ラナは、キリンバスが 店の外に止まっているのを発見する。ラナはバスを運転し て動物園に戻る。そしてずっと憧れていたキリンのお腹に やっと触ることができた。 ラナはカウボーイからマジックという技を継いだ。その 技 は、 ラ ナ が 動 物 園 の 外 で 居 場 所 を 得 る 足 が か り と な っ た。 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 で は、 自 分 が 世 の 中 に 関 わるうえで家や血統を継ぐことが何よりも重要だと考え、 自 分 に そ の 能 力 や 資 格 が な い 人 た ち の 落 胆 が 描 か れ た。 『動 物 園 か ら の ポ ス ト カ ー ド』 で は、 血 統 で は な く 技 を 継 ぐことで世の中に関わりうるという発想が明確に示されて いる。しかも、技を継ぐのは血のつながった祖先からに限 らず、素性がわからないカウボーイでも誰からでもよいの である。 ラナがキリンに触れたがっていたのは、ラナがキリンに なりたかったからだ。動物園の檻を出て散策し、また檻に 戻るキリンのように、ラナは動物園を出て、動物園に戻っ て来た。キリンになるという夢は、ラナが父親から受け継 いだものではない。幼いころに父親に置き去りにされたと き、ラナが着ていたキリンのような黄色い服は父親が着せ たものだったかもしれないが、ラナは父親とはぐれたあと でキリンの声を聞き、キリンのように大股で歩きだす。キ リンになりたいというのは、父親の願望を受け継いだので はなく、ラナ自身の夢なのだ。 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 で、 男 で は な い リ ン ダ は 祖 父 を 弔 う こ と が で き な か っ た が、 『動 物 園 か ら の ポ ス ト カード』ではラナはカウボーイを「弔う」ことができた。 ラナに技を教えてくれたカウボーイは、ラナにとっていわ ば親のようなものである。木の箱に入れて燃やすのは弔い の儀式に他ならず、ラナは疑似的な父親を弔うことができ た。
Ⅱ
新
た
な
文化
を
身
に
つ
け
て
生
き
る
︱︱ マ レ ー シ ア1﹃
レ
イ
ン
ド
ッ
グ
﹄
︱︱個人 と 世代 の 成長物語 東 南 ア ジ ア の い く つ か の 国 で は、 マ レ ー シ ア や シ ン ガ ポールのように、国民がそれぞれ文明の継承者であること を積極的に名乗ることが奨励されている。マレーシアでは 「民 族 の 政 治」 と い う ル ー ル が 設 定 さ れ、 マ レ ー 人 (ブ ミ れたことの暗示となっている。4﹃動物園
か
ら
の
ポ
ス
ト
カ
ー
ド
﹄
︱︱血統 で は な く 技 を 継 ぐ 『空 を 飛 び た い 盲 目 の ブ タ』 で は、 祖 先 た ち の 故 郷 と は 全く異なる環境のインドネシアに生きるということ、そこ で自分が自分であるために何をどう受け継いでいくかとい うインドネシアに生きる華人の苦悩が表現されていたが、 同じエドウィン監督による長編第二作の『動物園からのポ ストカード』では、その課題を乗り越える発想がうかがえ る。 ラナは幼い頃に父親に動物園に置き去りにされ、動物園 で育った。動物園にはさまざまな人が流れ着き、住み着い ている。動物園を去る者もいれば、しばらくして戻って来 る者もいる。彼らはどこから来たのか問われず、それぞれ が動物園を支える役割を何かしら与えられている。動物た ちも、アフリカなどのインドネシアの外からやってきた存 在だが、その出自がどこであるのか問われることなく、人 びとに親しまれている。出自は意味を持たないが、出自を 閉ざす必要もない、そうしたあり方が象徴される場所とし て描かれている。この作品には華人として明確に設定され ている人物は登場しない。したがって華人を直接描いた作 品ではないが、舞台の動物園がさまざまな出自を持つ人の 寄り合い所帯であるインドネシアと重ねられることで、華 人を含むさまざまな人々にあて は まる広がりが与えられて いる。 『動物園からのポストカード』では、 「継ぐ」ことと「弔 う」ことについても新たな発想が示されている。 ラナは幼いころからキリンにあこがれている。キリンの お腹に触りたいけれど、手が届かずになかなか触ることが できない。成長したラナは、動物園の同居人から、キリン は鄭和の時代より中国では権威の象徴であること、また身 体の構造上お辞儀をしない誇り高い動物であることを教え られる。ラナのいる動物園のキリンは、夜中に檻を抜け出 し、動物園の中を自由に散策し、夜明けに檻の中に帰ると 噂されている。 ある日、動物園にカウボーイの格好をした男がやってく る。 自 在 に 光 や 火 を 操 る 彼 の マ ジ ッ ク に ラ ナ は 魅 了 さ れ る。カウボーイはラナにマジックを教え、ラナを動物園の 外に連れ出す。キリンを模した園内循環バスにカウボーイ を乗せ、カウボーイの指示に従ってラナが運転して街に向 かう。カウボーイとラナは、マジックを披露することで街 の人間の社会に居場所を得るが、カウボーイは突然消えて しまう。カウボーイはラナに自分を木の箱に入れて燃やせ と命じ、ラナが言う通りにすると、木の箱は焼け落ち、脱中国からマレーシア地域にやって来た背景は、一八六〇年 代頃からマラヤ、スマトラ、シャム南部などで錫鉱山やプ ランテーションの開発が本格化したことによる。これらの 事業に投資を行う華人資本家もいたが、圧倒的多数の華人 は、一九世紀後半から二〇世紀前半にかけて錫鉱山やプラ ン テ ー シ ョ ン で の 安 価 な 労 働 力 と し て マ ラ ヤ に や っ て 来 た。自らの意志で家を離れた人もいれば、誘拐されるよう な状態で無理やり家を離れた人もいた。 ホンは、母と弟が暮らす家を離れ、都会に向かった。し かし、それによってホンが社会的な上昇を約束されたわけ ではなかった。ホンは中等教育を修了せずに都会に出た。 今日のマレーシアで、中等教育を修了していない人が何の コネもなく都会に出て、収入がそれなりの堅気の仕事に就 くのは難しい。そのためホンは給料が安い工場で働くしか なかった。この工場ではインドネシア人も働いていること が示唆され、このことは、この工場がマレーシア人にとっ て 喜 ん で 働 き た く な る 環 境 や 待 遇 に な い こ と を 示 し て い る。安価な労働力を外部から導入し、産業を支えるという 構造は、現在もマレーシアに存在する。その労働力として マレーシア華人が想定されることはもはやほとんどない。 しかしホンはその労働力となった。ホンは、その意味でま さに「移民」だったのだ。 ホンは、工場で一緒に働いていた恋人らしき女性の同僚 ティンに対する上司の待遇に憤り、上司を殴って工場を辞 めた。この行為はホンの正義感の強さを示している。ホン が向かったのは堅気ではない世界だった。ホンは賭けビリ ヤードで頭角を現し、稼げるようになった。かつて錫鉱山 やプランテーションには、政府から営業許可を得た華人資 本家が開いた賭博場があり、過酷な労働で得たなけなしの 賃 金 を つ ぎ 込 み、 身 を 滅 ぼ す 華 人 労 働 者 も 少 な く な か っ た。 他 方 で、 労 働 者 の 身 分 か ら 抜 け 出 す 一 つ の 方 法 と し て、鉱山や賭博場を経営している華人企業に加わるという 選択肢もあった。しかしそれは、企業の私兵となることを 意味した。当時の華人企業は、他企業との競合や労働者の 管理を武力で解決する傾向が強く、一時期は植民地政府も コントロールしきれないほどの存在だった。 ホンが飛び込んだ新しい環境は、まさに公権力のコント ロールの外にある力が物を言う世界だった。トンは、ホン の家で何気なく開けた箱の中にジャックナイフを見つけて 驚く。ホンは普段はそれを持ち歩いていないにしても、そ う し た 物 騒 な も の が 時 に は 必 要 な 場 に 身 を 置 い て い る の だ。そしてその危険は現実となってホンに襲いかかった。 ホンは自分と直接関係のない諍いに巻き込まれ、突然命を 落とした。ホンを殺した犯人に制裁を与えたのは、公権力 ではなく、ホンの仕事仲間で友人でもあるホックだった。 自分の庇護者であると思っていた母親が庇護者ではない プ ト ラ) 、 華 人、 イ ン ド 人 と い う 枠 組 み が そ の ル ー ル に 参 加 す る 資 格 を そ れ ぞ れ 得 た ( Ariffin 1993 ; 金 子 二 〇 〇 一 ; 山 本 二 〇 〇 六) 。「民 族 の 政 治」 と は、 政 府 に よ る 資 源 の 公的な分配において民族性が考慮される側面と、政府と意 思疎通を行う上で民族の代表者を通じて政治が行われる側 面とがある。政府による資源の分配ではブミプトラに一定 の割当てが確保される。ブミプトラはマレー語で「土地の 子」を意味し、一九世紀以降に大量に流入して来た華人と インド人を「外来者」と位置づけることで成立する概念で ある。ブミプトラという概念を成立させ、維持するには、 華人とインド人がブミプトラに同化するのは都合が悪い。 そのためもあり、マレーシアでは華人とインド人が自己の 努力によって固有の文化を維持・実践することに大きな妨 害が加えられることはなかった * 4 。 マレーシアで「華人であること」は、主に華語教育の継 承 者・ 擁 護 者 と し て の 立 場 を め ぐ っ て 内 外 に 示 さ れ て き た。マレーシアでは一九五〇年代から六〇年代にかけて公 的な教育制度が構築され、国語であるマレー語をその根幹 としつつ、華語やタミル語など「母語」による初等教育も 制度の一部に組み込まれた * 5 。ただし、マレーシアでは華語 を母語とする華人はきわめて少なく、華人にとって華語は 学校で勉強して習得する言語であると考えられている。大 部 分 の マ レ ー シ ア 華 人 に と っ て、 家 族 と の コ ミ ュ ニ ケ ー ションを通じて自然に習得する言語は広東語や福建語など の方言である。マレーシアの華人が華語教育に強い関心を 寄せるのは、華語が自らの母語であるためというより、華 人がマレー人に対して勝ち取って来た権利の象徴が華語教 育であるためだと言える。 本 節 で は、 マ レ ー シ ア で 華 人 監 督 に よ っ て 制 作 さ れ た 『レ イ ン ド ッ グ』 と い う 映 画 を 題 材 に、 マ レ ー シ ア に お い て「華人であること」を、言語に焦点を当てて、華人社会 の変遷を交えつつ考えてみたい。
2
移民第一世代
と
し
て
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ホ
ン
『レ イ ン ド ッ グ』 の 舞 台 は 現 代 マ レ ー シ ア で あ る。 中 等 教 育 修 了 試 験 (S P M) を 終 え、 そ の 結 果 を 待 つ 長 期 休 暇 の間に、華人少年トンが大人でも子どもでもない危うい不 安定な時期を迎え、ともすれば道を踏み外しかねない状況 のなかで、一人の青年が大人になっていく過程を描いた。 『レ イ ン ド ッ グ』 は 兄 ホ ン の 死 を き っ か け に 主 人 公 の ト ン が成長する物語であるが、トンとホンは異なる時代に生き るマレーシア華人の生き方を体現する者として描かれてい る。 ホンの生き様は、華人の移民第一世代のようだ。今日の マレーシアの華人コミュニティにつながる移民第一世代が華 ) が 所 有 す る フ ォ ー カ ス ・ フ ィ ル ム ( 映 藝 娛 樂 有 限 公 司 ; Focus Films Limited ) と Star Chinese Movies Network が「 FOCUS: First Cuts (亜洲新星導) 」プロジェクトを開 始し、シンガポール、香港、マレーシア、中国、台湾の若 手 映 画 制 作 者 に 制 作 資 金 を 出 資 し た。 『レ イ ン ド ッ グ』 は その一つだった。また、ホー監督の二作目『心の魔』は、 釜 山 国 際 映 画 祭 や 韓 国 の 投 資 家 か ら 制 作 資 金 を 調 達 し た (投 資 家 が 倒 産 し、 そ の 分 を 自 身 で 肩 代 わ り す る こ と に な っ た が) 。 外 部 社 会 の 資 源 を 積 極 的 に 使 っ て ホ ー 監 督 が 一 貫 して描いてきたのは、マレーシアの華人社会の姿である。 外 部 性 を 高 め る こ と が マ レ ー シ ア 性 (マ レ ー シ ア 華 人 性) を強めていると言える。
4﹃
セ
ル
ア
ウ
ト
!﹄
︱︱新 た な 文化 を 身 に つ け て 生 き る マレーシア華人には、自らを華人として認識しているけ れど、中華文化以外の文化を身につけて生きていこうとす る人もいる。そのような人びとのうち、英語の世界で生き る華人を描いたのが『セルアウト!』である。タイトルに は複数の意味がある。商品を売りつくす、金などのために 人・国・秘密・主義を売る、裏切る、信念を曲げるなどで ある。これらの諸側面がブラックユーモアあふれる一見バ ラバラなエピソードで展開し、最後に一つの結末に収斂し ていく。 ラ フ レ シ ア・ ポ ン は 華 人 女 性 で、 「芸 術 の た め に」 と い う英語のテレビ番組のホストを務めている。最近視聴率が 落ちていて、番組打ち切りの危機に直面している。ラフレ シアは、不治の病に冒された詩人の元恋人に懇願され、仕 方なく恋人に向けてカメラをまわすと、元恋人は病床で詩 を読みながら息を引き取った。これが放映されて大反響を 呼んだため、ラフレシアは上司に談判し、死ぬ間際の人に インタビューするリアリティ・ショー「最後の一言」を始 めることになった。ラフレシアは死ぬ間際の人探しにやっ きになる。 エリックはイギリス人と華人の両親を持つ青年で、FO NY電器のエンジニアだ。大豆から豆乳や豆腐、醤油など 八種類の大豆製品を作れる「8イン1大豆調理マシン」を 開発した。だが上司は、オリジナルな製品など作らず、保 証期間が終ったら即座に壊れる仕組みも含めて他社製品を コピーしろと命じる。その要求になかなか応えられないエ リックは、怪しげな祈祷師のところに連れて行かれて「悪 魔祓い」ならぬ「夢想家祓い」を受け、夢想家のエリック と現実主義的なエリックの二人に分裂してしまう。上司に 言われるままに大豆調理マシンに手を入れ、金儲けをしよ うとする現実主義的なエリックと、それを阻止しようとす か も し れ な い と 感 じ た ト ン は、 実 家 に 戻 る よ う ホ ン に 乞 う。しかしホンは戻らない。だがホンは母とトンを見捨て たわけではない。ホンは実家に戻るトンに一〇〇〇リンギ を持たせた。工場で働いていたとしたら数か月分の賃金に 当たる大金だ。なけなしの金を中国に残る家族に送金した かつての華人労働者の姿が思い浮かぶ。さらに、ホンは今 いる場所に自分の家を構え、そこに母とトンを呼び寄せよ うとした。自分が生れ育った家から遠く離れ、戻ることは なく、今いる場に自分の家を構えた一人ひとりの存在。こ れが、ホー・ユーハン監督がこだわって描き続ける今日の マレーシア華人社会の基礎となっている。3
移民第二世代
と
し
て
の
ト
ン
トンは兄のホンと違い、自分の家を構えることにこだわ らなかった。トンが母と暮らす家を出て向かったのはホン の家であり、おじの家だった。問題が解消されたと感じれ ば、母と暮らす家に戻ることにもこだわりはない。 ト ン は 父 親 を 知 ら な い。 父 親 は ト ン が 生 れ る 前 に 亡 く なっている。それ自体はよくあることかもしれないが、ト ンは父親の写真も見たことがなく、その顔も知らない。マ レ ー シ ア に 限 ら ず、 一 般 に 華 人 社 会 で は、 父 系 の 出 自 は 子々孫々明確に記憶されるべきものであり、それによって 自らの出自が確認される。また、自らが子孫に記憶されて いくという感覚は、肉体が死んでも魂は永遠に生き続ける ことを信じさせてくれるものである。 トンが知る父親像は、ホンの葬儀の後、ホテルの部屋で 母親から聞いた話のみだ。しかもそれは、母が父と駆け落 ちして、どこにも行き場がない二人がホテルで過ごしたと きのエピソードだった。その直前に母親は家を買ったとき の話をするが、父親の思い出話はそこには出てこない。ト ン の 出 自 は、 血 筋 に お い て も、 場 所 に お い て も 曖 昧 で あ る。 出自の曖昧さは、マレーシア華人を取り巻く状況になり つつある。マレーシアの華人は、自らの出自を中国に辿れ るという認識を持っているが、現実に彼らを中国の「家」 と結びつける地縁・血縁のつながりは多くの人が失ってい る。 「華 語 は 華 人 の 魂」 と は 言 う も の の、 英 語 や マ レ ー 語、日本語など、他の文化を積極的に身につけ、どこでで も生きていける態勢を備えようとしており、個人のレベル では文化的な「雑種性」が進展している。 ホー監督自身も、マレーシアの華人社会を描くのに外部 社 会 の 資 源 を 積 極 的 に 利 用 し て い る。 『レ イ ン ド ッ グ』 は、 オ ラ ン ダ の Hubert Bals Foundation よ り 助 成 を 得 る とともに、香港映画界からも制作資金を得た。二〇〇五年 三 月、 香 港 の 世 界 的 大 ス タ ー で あ る ア ン デ ィ・ ラ ウ (劉 德ハンナは、ファンタジーをもっともらしく見せるのがリ アリティ・ショーだと言う。ラフレシアは、どこまでリア リティでどこからがフィクションかわかりにくいのがリア リティ・ショーの素晴らしさだと言う。本物と虚構の境界 の あ い ま い さ は、 「本 物」 や「オ リ ジ ナ ル」 が 厳 然 と 存 在 するのかという問いかけとして理解しうる。 死ぬ間際の人を探すラフレシアに現実主義のエリックが 差 し 出 し た の は 、 夢 想 家 の エ リ ッ ク だ っ た 。 そ の 見 返 り に 、 ラ フ レ シ ア の 番 組 で 大 豆 調 理 マ シ ン を 売 る こ と を 要 求 し た 。 ラ フ レ シ ア は 自 分 の 番 組 は テ レ ビ シ ョ ッ ピ ン グ で は な い と し て 、 一 度 は エ リ ッ ク の オ フ ァ ー を 断 っ た が 、 結 局 番 組 を 存 続 さ せ る こ と を 選 ん だ 。 ラ フ レ シ ア は 番 組 の 中 で 、 大 豆 調 理 マ シ ン で 作 ら れ た 豆 乳 を 飲 み 、 手 作 り の 豆 乳 以 上 に 心 が こ も っ て い る と 感 想 を 述 べ 、 静 か に 涙 を 流 す 。 す か さ ず 画 面 に 大 豆 調 理 マ シ ン の 購 入 案 内 が 流 れ る 。 注 文 が 殺 到 し 、 大 豆 調 理 マ シ ン は 売 り 切 れ た 。 現 実 主 義 の エ リ ッ ク は ラ フ レ シ ア に 礼 を 述 べ 、「 君 の 涙 に ぼ く も だ ま さ れ そ う だ っ た 。 あ の 涙 は す ご く リ ア ル に 見 え た よ 」 と 言 う * 6 。 理想主義者と夢想家の二人に分裂したエリックは、自分 たちで折り合いをつけて再度統合することができず、どち らが消えるべきかを視聴者の投票に委ねた。会場にいる人 も視聴者も、いかなる民族も、都会の人も田舎の人も、マ レ ー シ ア に い る 外 国 人 も、 み な が 携 帯 電 話 を 手 に 取 り ショート・メッセージ・サービスで投票する様子が映し出 される。そしてマレーシアの決定は現実主義のエリックを 残すことだった。だが、そもそもこの話を持ちかけたのは 現実主義のエリックであったため、投票結果と関係なく夢 想家のエリックが消えることになっていた可能性もある。 本物の投票結果はどうだったのかという疑問がわく。 『セ ル ア ウ ト!』 で は、 「本 物」 と は 何 か、 「本 物」 と そ う で な い も の の 境 界 線 は ど こ に あ る の か、 「本 物 探 し」 を す る こ と が そ も そ も 意 味 の な い こ と で は な い か、 と「本 物」をめぐる判断基準を相対化する問いかけがなされてい る。こうした問いかけがマレーシアから発信されるのは、 マレーシアの人びとが世界における自らの位置づけに十分 な自信がもてないためである。マレーシアの人びとの多く は、マレーシアの外に「本家」があるとされる文明の継承 者 を 自 任 し て い る。 イ ス ラ ム 文 明、 イ ン ド 文 明、 中 華 文 明、西洋文明などであり、それぞれ文明の継承者にふさわ しい振舞いを心掛けているが、異なる文明を背負う人が隣 り合って住む土地ではそれぞれの文明は改変を余儀なくさ れる。その結果、もはや「本家」では見られなくなった文 化が実践されることもある。そのことにはこれまではあま り目が向けられてこなかったが、グローバル化の進展のな かで人の往来が増大し、自分たちの文化的実践が「本家」 の人たちの目にさらされるなかで、マレーシアの人びとは る夢想家のエリックが衝突する。
5
文明
の
周縁部
に
於
け
る
﹁本物探
し
﹂
本 作 品 に 一 貫 し て 流 れ る テ ー マ は、 「本 物」 と は な に か、 「本物探し」に意味はあるのかという問いかけである。 ラフレシアは自分の番組の人気が落ちていることを気に している。現在人気急上昇中なのは、イギリス生まれでイ ギリス人の母と華人の父を持つハンナだ。ラフレシアはマ レーシア風のアクセントの英語を話すのに対し、ハンナは イギリスのアクセントの英語を話す。ラフレシアに同行す るカメラマン兼ドライバーは、ラフレシアの英語はまがい 物でへたくそだと言う。ラフレシアは、英語の何がわかる のだと返す。ちなみに二人は広東語で会話をするが、英語 の単語が所々に入るなど、純粋な広東語ではない。ラフレ シア自身は、自分の人気が落ちている理由を自分が「純血 のアジア人」であるためだと思っている。ここで「純血の ア ジ ア 人」 と は 特 定 の 民 族 の 血 統 を 持 っ て い る こ と を 指 す。それに対し、人々が求めているのは「華人にもインド 人にもマレー人にも白人にも何人にも見える、あるいはそ れら全ての混血に見える汎アジア人」だと言う。アジアの 特定の民族に出自を特定しうる人が英語を話すことにラフ レシアは違和感を抱いているようだ。 他方で、流暢なイギリス英語を話すエリックは上司から 批 判 さ れ て ば か り い る。 上 司 は、 「何 を 言 っ て い る か わ か らない。なぜ変なアクセントで話す?」と尋ねる。エリッ クは「これは自然なアクセントです。僕はイギリス人との ハ ー フ ( half-English ) な の で」 と 答 え る。 エ リ ッ ク は 英 語 の世界の「本家」により近い所にいるということだ。これ に 対 し て 上 司 は、 「こ こ は 多 国 籍 企 業 だ。 中 途 半 端 な 英 語 ( half-English ) を 話 す な」 と 返 す。 ま た あ る と き に は「な ぜオーストラリアのアクセントで話す? ここはマレーシ アだ。ちゃんと話せ」と言う。自分の英語は「本家」の発 音であるというエリックの主張はあっさりと彼方に追いや られる。 英語の世界で「本家」から遠くにいるラフレシアの迷い は、 「本 家」 の 権 威 が こ と ご と く 無 力 化 さ せ ら れ る エ リ ッ クのエピソードによって救われる。社会の現実がどうであ れ、 「本 家」 の も の を そ の ま ま 持 ち 込 む よ り、 自 分 た ち が 今ここに生きる現実に合わせて「本家」のものを改変する こと、それがマレーシアのあり方だという主張にも聞こえ る。 「本 家」 と「周 縁」 を め ぐ る 議 論 を 超 え て、 そ も そ も 「本 物」 は 厳 然 た る も の と し て 実 在 す る も の な の か、 も し 実在しないならそれを探すことに意味はあるのか、という 問いがなされているように思える。デー・ナイト・フィーバー』では、主人公は自分の前途を 切り拓くために家族や友人など自分を取り囲んできたもの を 置 い て い く。 こ れ に 対 し て『フ ォ ー エ バ ー・ フ ィ ー バー』では、自分だけ幸せになるのではなく、家族も幸せ にすることでハッピー・エンドとなる。 レスリーは二一歳の誕生日に「これまで両親を喜ばせる ために生きて来た。でももう自分に嘘はつけない。女にな りたい」と家族に告白する。両親はレスリーが医者になっ て家を繁栄させてくれると期待していた。しかしレスリー は、家を背負って行くことから降りてしまった。レスリー は あ り の ま ま の 自 分 を 家 族 に 受 け 入 れ て も ら お う と す る が、自慢の息子が男でなくなることが許せない父に強く拒 絶されて深く傷つく。ホックは、自分が開いた前途を心身 ともに女になりたい弟に差し出す。ホックは自らの前途を ダンスでさらに開くことができたが、最後はホックが自分 の 家 を 築 い て い く こ と を 予 想 さ せ る 場 面 で 終 る。 ホ ッ ク は、それまで家族を支えてきたように、自分の家を築き、 家を継いで行くのだろう。 ホックもレスリーも、親からもらった名前と違う名前を 名乗ることで今の自分ではない自分になろうとする。レス リーは自分らしくあるためにアーベンという名前を拒否し た。アーベンという名前は、シンガポールやマレーシアの 華 人 社 会 で は、 流 行 を 追 い か け る が ど こ か あ か 抜 け な い 「中途半端」な華人男性を半ば蔑んで呼ぶ名前である。 「中 途半端」な自分から決別するための最初の一歩がレスリー という名乗りだったのだ。他方、ホックはトニーと名乗る が、自ら得た輝きとともに家族と友人のところに戻る決意 を胸に、再びホックと名乗る。平凡だったホックが輝いて いく様子は痛快かつ爽快である。
2﹃一二階﹄
︱︱公団 で 築 か れ る 家 ほとんどのシンガポール人は、住宅開発庁が計画・管理 する公団で家を築く。都市部の人口密集と劣悪な居住環境 を改善すべく建設された公団は、限られた国土の有効利用 や、持ち家を通じたシンガポールへのコミットの強化、民 族の混住化を通じた国民統合など、さまざまな政策が展開 する場でもある。公団に住むシンガポール人の割合は一九 八五年に八割を超え、一九九〇年代には八七%に達し、二 〇一二年現在は八二%である ( HDB 2012 ) 。 『一 二 階』 で は、 公 団 に 暮 ら す 三 つ の 世 帯 の 話 が 並 行 し て描かれる。そこには「成功」に乗り切れない人や乗らな い人が登場し、理想とは違う家族の現実に苦悩する人たち が描かれる。 モンは心身ともに健全であろうとする模範的な教師だ。 少し年の離れた妹と弟を小さな頃から世話してきた。両親 自分たちの文化が由緒正しくないものとしてとらえられる の で は な い か と い う 懸 念 を 抱 い て い る。 こ れ に 対 し、 「本 物」探しをする発想を相対化してはどうかという方向性が 『セルアウト!』で示されている。Ⅲ
姿
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な
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ぐ
︱︱
シ
ン
ガ
ポ
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ル
シンガポールは、その目覚ましい経済発展ゆえに、一九 八〇年代より「奇跡」や「成功」などの言葉で語られてき た。その一方で、文化的な豊かさに関しては、独自の文化 的 コ ン テ ン ツ が ほ と ん ど 存 在 し な か っ た た め、 「文 化 砂 漠」 な ど と 形 容 さ れ て き た。 し か し、 そ の よ う な ラ ベ ル は、一九九〇年代後半に「復活」したシンガポール映画に より過去のものとなった。今日のシンガポール映画は、国 内で一定の市場を形成するとともに、国際映画祭をはじめ 海外でも高い評価を得ている。そのほとんどは、人口の七 割 以 上 を 占 め る 華 人 を 主 な 登 場 人 物 に 据 え、 「国 家 は 成 功 した。しかし社会はどうだ?」と問うている。そこに顕著 に表れるのが、シンガポールの個々の華人にとっての「成 功」とは家の繁栄と継承であるという発想である。1﹃
フ
ォ
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エ
バ
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ィ
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バ
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︱︱ シ ン ガ ポ ー ル の 成功物語 『フ ォ ー エ バ ー・ フ ィ ー バ ー』 は、 一 九 七 七 年 の シ ン ガ ポールを舞台とした作品である。この映画は、東西両文化 を受け継ぎ、洗練された都市国家という自分の立ち位置に 自信をつけた一九九八年のシンガポールが、自らの成功物 語を回顧する内容となっている。 主人公のホックは、祖母、両親、妹とチャイナタウンに 住んでいる。人生の指南者はブルース・リーだ。スーパー マーケットの店員であるホックの収入が家計の大部分を支 え て い る。 ホ ッ ク に は 医 学 生 の 弟 レ ス リ ー が い る。 レ ス リーは大学の寮に住み、週に何度か家で夕飯をとる。それ を両親は何よりも楽しみにしている。レスリーは両親の期 待の星だ。ホックは肩身の狭い思いをしている。 平凡なホックは、ディスコ・ダンスによって自らを輝か せ、前途を切り拓いていく。それが気に食わないライバル の暴力には、日頃鍛錬しているブルース・リーの技で立ち 向かう。東西両文化をうまく乗りこなして世界に打って出 て い け る と い う、 「成 功」 を 遂 げ た シ ン ガ ポ ー ル 人 の 自 信 が表れているかのようなストーリーである。 しかし、本作品の泣かせどころはそこではない。本作品 とよく似た筋書きであるためにしばしば比較される『サタ物語である。姉のメイは結婚し、弟のセンはアメリカに留 学している。メイは機転がきき頼りになるが、ロー家が捻 出しうる教育費はすべてセンに注がれ、メイは高学歴が得 られなかった。メイは小さな個人事務所で社長秘書をして いる。身重なのに不条理な仕事も押しつけられる。メイは 自分が築いた家族でシンガポール・ドリームを実現しよう としている。買える当てがあるわけでもないのに、新しく 建設されるコンドミニアムのモデルルームを訪れる。メイ の夫は国軍の音楽隊に勤めていたが、より多くの稼ぎを得 る た め、 保 険 の 外 交 員 に 転 職 し た。 し か し 成 績 は 振 る わ ず、常にメイに叱咤されている。センは、両親が苦労して 工面した金と、婚約者からの金銭的支援を受けながら、ア メリカで学業を終えシンガポールに帰国した。父親は宝く じを当てて大金を手にした。ロー家とそれを取り巻く人び との前途は、限りなく明るいものに見えた。 センばかりに教育費が注がれるのは、ロー家の繁栄を父 親が強く願っていたためである。ロー家の繁栄とは、現世 における家の発展はもちろんのこと、これまで受け継がれ て来たロー家を子々孫々受け継いでいくことである。中華 圏では、人の死後、霊魂は死者の体を離れて幽界に入り、 現世に生きる子孫から送り届けられる食物や衣服、金銭な どに支えられて幽界での生活を始めると信じられている。 霊魂は、幽界で安定した生活を送れないと現世に来て人々 に危害を与える。それを防ぐためには後嗣を絶やさず、祭 礼 を 維 持 し な け れ ば な ら な い (丸 尾 一 九 九 三: 一 〇 ― 一 八) 。家を継ぎ祖先を弔う資格があるのは男性のみである。 センはアメリカで学業を終えたが、実は大学を卒業した わけではなかった。就職活動はうまくいかず、自分で事業 を 立 ち 上 げ る と 言 い 出 す。 父 は そ れ を 金 銭 的 に 支 援 す る が、 セ ン は そ の 金 で 高 級 車 を 買 っ て し ま っ た。 そ ん な な か、父は突然他界する。父の葬儀は盛大に行われ、センは 形 式 的 に は 立 派 に 父 を 弔 っ た。 た だ し、 葬 儀 に か か わ る 細々としたことを実質的に手配したのはメイだった。そん なメイは、代々引き継いできた家を自分も背負えると気負 う中で、自分が築いた家を危うく壊しそうになる。 センが父から受け継いだ遺産は、父が自身の家を築いて きた公団の小さな部屋だけだった。祖先を祭る祭壇が映し 出される。それはかつてセンが「自分はこんなもの信じな い」と軽んじていたものだった。センは家を継いだ。しか し、その家はもはや現世に生きる家族の磁場ではなくなっ ていた。家族の期待に応えられない者は、家でも居場所を 失っていく。そんなシビアな社会が描かれている。 は い る が、 モ ン が ほ ぼ 家 計 を 支 え て お り、 「兄 さ ん に 何 で も聞け」と家父長的に振る舞う。モンは美しく成長した妹 がとくに気にかかる。妹は中等教育修了資格の取得に再ト ライ中で、その学費をモンが負担している。だが妹は勉強 せ ず、 夜 遅 く ま で 出 歩 い て い る。 「倉 庫 係 で 一 生 が 終 る 父 さ ん み た い な 人 生 で い い の か?」 と 尋 ね る モ ン に、 妹 は 「ブ テ ィ ッ ク の 店 員 と し て 働 け ば い い、 そ れ が 自 分 に 合 っ ている」とシンガポール英語で答える。しかも妹は、金は あ る が 学 歴 の な い シ ン ガ ポ ー ル 英 語 丸 出 し の 男 (モ ン は 彼 を ア ー ベ ン と 呼 ぶ) と デ ー ト し て い る。 モ ン は 自 分 の 思 い 通りにならない妹にとうとう爆発する。 アグーは容姿に恵まれない中年男で、屋台で生計を立て て い る。 妻 の リ リ ー は 北 京 で 知 り 合 っ た 中 国 人 だ。 「自 分 と結婚したら飲食店のオーナー夫人だ」などと事実を誇張 したアグーの言葉に、リリーはシンガポールでの豊かな生 活 を 夢 見 た。 し か し 現 実 は 屋 台 で 働 く 日 々。 リ リ ー は 毎 日、大陸風の発音の中国語で夫に不満をぶちまける。夫は 妻の愛欲しさに妻の不満や要求を全て受け入れるが、やり 切れない。 サンサンは、実の両親に捨てられ、継母に育てられた。 容姿にも資質にも恵まれず、家事をただ黙々とこなすサン サ ン を 継 母 は ブ タ 呼 ば わ り し、 広 東 語 で 一 日 中 罵 っ て い る。自分の存在意義を見いだせないサンサンは、公団から 飛 び 降 り よ う と す る。 そ の 瞬 間、 サ ン サ ン は 男 と 目 が 合 う。サンサンの目は救いを求めていたが、男は何も言わず その場を去る。 男はそれからほどなくして、公団の一二階から飛び降り る。サンサンは飛び降りるきっかけを失う。男は父名義で 公団の部屋を買ってもらい、そこに一人で住んでいた。強 いヒーローに憧れるが、病弱なため理想の自分になれず、 引きこもっている。吐血しても酒をあおり、煙草を吸い、 自ら命を縮めようとしているかのようだ。男が飛び降りた 理由は明らかにされていない。男は霊になり、公団を徘徊 する。モン、アグー、サンサンは、公団の公園や廊下です れ違うが、互いのやるせなさなど知る由もない。やるせな い思いに触れられるのは霊となった男だけである。男はサ ンサンに温かく寄り添う。 本 作 品 で 霊 と な っ た 男 は、 『一 緒 に い て』 で も 父 と 兄 に 無 能 と 罵 ら れ る 男 の 孤 独 に 触 れ る。 『一 緒 に い て』 で は、 妻を亡くして悲しみにくれる夫が立ち直るのを妻の霊が見 守っている。
3﹃
シ
ン
ガ
ポ
ー
ル
・
ド
リ
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ム
﹄
︱︱男 の み 継 げ る 家 本作品は、古い公団の小さな部屋に住むロー家をめぐるやり過ごそうとする。 エンの家族は、世代間でことごとく断絶している。それ は、意思を伝える重要な媒体である言語面で顕著である。 祖父と祖母、母は福建語で会話するが、エンはそれがわか らない。祖父と祖母、母はエンと華語で会話する。国民統 合 と 小 国 の 生 き 残 り の た め に 推 進 さ れ 成 功 し た 言 語 政 策 が、家では世代間の断絶を招いている。 一九八〇年代以降、シンガポールでは、英語と「母語」 の二言語政策が押し進められ、華人は英語と華語を学ぶも のとされた。だが大多数の華人にとって、家族とのコミュ ニケーションのなかで自然と身につける母語は福建語や広 東語などの中国系の方言であり、華語は学校で初めて習う 言語であった。英語と華語の習得が負担となり、英語も華 語も身に付かない華人学生が増えるなか、政府は公の場か ら方言を排除し、方言を華語に切り替える政策をとった。 そのため若い世代では、家庭や友人との間で華語を話す人 が増えている。 エンが華語を話せるのは、エンの両親が望んでいたこと であった。エンは祖父の家で、祖父が撮った父の写真や、 父自身が撮った写真、父が母にあてた手紙を見つけ、自分 が知らなかった両親の過去に触れる。両親は一九五〇年代 から六〇年代にかけて、華語学校を英語学校に統合する政 策に反対し、学生運動に身を投じたと説明される。華語を 学 ぶ 場 を 確 保 し よ う と し た 両 親 の 世 代 の 思 い は、 シ ン ガ ポ ー ル と い う 単 位 で 見 れ ば、 受 け 継 が れ た も の と 言 え る が、結果としてエンの家には大きな断絶をもたらすものと なった * 7 。 エ ン の 父 ブ ン は 学 生 運 動 の リ ー ダ ー を 務 め、 と ら え ら れ、 国 外 に 追 放 さ れ、 隣 国 マ レ ー シ ア の 国 境 の 街、 ジ ョ ホールバルで暮らすようになる。父はエンの誕生にも立ち 会えなかった。ブンは子供も生まれたのだから自らの誤り を認めたことにして帰ってこいと母に懇願されたが、信念 を曲げなかった。 父は命つきる直前に、過去を振り返り思いを綴った手紙 を妻にあてた。エンはその手紙を祖父の家で見つける。だ が、父の手紙は繁体字で書かれており、エンにはそれが読 めない。シンガポールでは一九六九年以降、華語の教育は 簡体字で行われている * 8 。 エンが手紙を見つけたその日、祖父は他界する。祖父は ジョホールバルにある父の墓にエンを連れて行く約束をし ていたが、それは果たされなかった。エンは母に父のこと を問うが、母はエンに父は学生団体に参加するなかで洗脳 されて反政府的な行動をとったと説明する。エンは父の過 去について祖母に尋ねるが、祖母は、母から父のことを聞 いているならそれでよい、過去を蒸し返すな、と言う。 エンは中国人の女の子と親しくなる。彼女は一家で中国