著者
渡邊 真央
雑誌名
関西学院大学社会学部紀要
号
108
ページ
151-176
発行年
2009-10-30
URL
http://hdl.handle.net/10236/3269
(安田賞)受賞論文
外傷体験を起因とする生存者罪悪感:∼生存者罪悪感の概念的
枠組みと手記・事例分析によるトラウマ反応への包括的理解の試み
渡
邊
真
央
序章.本研究の目的と意義
1.はじめに 198 0年、精神疾患診断統計マニュアル(DSM-Ⅲ)に お い て、心 的 外 傷 後 ス ト レ ス 障 害 (PTSD)が 精 神 疾 患 の 一 つ と し て 公 認 さ れ、 PTSD に関連する研究に拍車がかかった。しか し、外傷の影響は、PTSD の枠組みだけで捉える ことはできない。社会生活上の困難やスピリチュ アルな内的変容など、複合的な影響を及ぼすと考 えられる。本研究では、トラウマの長期的影響の 一つとして、中でも臨床的意義が注目される「生 存者罪悪感」の概念を取り上げたい。 「生存者罪悪感とは、災害、虐待、暴力、犯罪 被害、家族の突然死などの外傷体験を経験したの ち、自分が生存していること自体に対して感じる 罪悪感を表す」(Williams, T., 1987;Williams, T., 1993)[池埜,2001:55 参照]。 トラウマ反応としての「罪悪感」の存在は、 1950年代から、障害児出産を経験した母親、第二 次世界大戦の被災者、ホロコースト被害者などの 研究によって確認されており、中でも「生存者罪 悪感」は、主に戦闘体験者の調査をもとに概念基 盤が整備されてきた(池埜,2001)。しかし、日 本においてこの概念の理論的、実証的研究は進ん でおらず、日常的に起こる外傷に起因する生存者 罪悪感の研究は、個別の事例検討の枠にとどまっ ている。また、外傷体験の被害者の長期的支援に おいては、生存者罪悪感の視点を十分に考慮し、 これが個々人のトラウマの対処を左右する重要且 つ肯定的な要素となり得る可能性を視野に入れ、 支援のあり方を考察する必要性があると考える。 本研究では、「生存者罪悪感」の理論的理解を 深めると共に、外傷体験の被害者の手記・事例分 析により、トラウマ反応、及び「生存者罪悪感」 を包括的に捉えること、また、外傷の影響を肯定 的側面から見つめ、被害者のコーピングプロセス の中で有意に働く一要素として「生存者罪悪感」 の存在意義を捉えなおすことを目的とする。 第Ⅰ章では、文献レビューにより、生存者罪悪 感に関する概念研究を行う。第Ⅱ章は、異なる性 質の外傷を経験した被害者の、3冊の手記・事例 分析により、トラウマ反応、及び生存者罪悪感へ の包括的理解を試みる。最後に、第Ⅲ章では考察 として、今後の研究課題とソーシャルワーク実践 への示唆を提言する。 2.定義 1)「生存者罪悪感」の定義 「生存者罪悪感は、全く責任がないと思われる 外傷体験に対して被害者が自らを責めるという、 いわば『逆説的な罪悪感』を示す」(Lifton, 1993) 「生存者が外傷体験を克服しようとしてとった 対処行動に対して抱く罪悪感も生存者罪悪感の概 念的枠組みに加える」(Matsakis, 1999)[池埜, 2001:55 参照] 本研究において「生存者罪悪感」とは、外傷体 験の生存者が抱く、その出来事に起因する多種多 様な「罪悪感」を捉えた概念と定義し、一般的に 「生存者罪悪感」呼ばれている上記の概念よりも 広義に解釈する。 2)「生存者」の定義 「生存者」とは、DSM-Ⅳ-TR(2005)に記載さ れる「外傷的な出来事」の特定因子に基づいて、 外 傷 体 験 の 直 接 的 な 被 害 を 受 け「生 き 残 っ た 人々」、また、本人が直接的な被害(死の恐怖へ 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】3
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October 2009 ―151―の直面、大怪我など)を体験したわけではない が、その出来事による他者の犠牲を目撃した、も しくは、家族や親しい人とその出来事によって 喪った「遺された人々」を指す。本研究において は、「被害者」をこれと同義として用いる。 3)「外傷体験」の定義 生存者罪悪感の定義に列挙される、「災害、虐 待、暴力、犯罪被害、家族の突然死などの外傷体 験」と は、DSM-Ⅳ-TR(2005)に お け る PTSD の診断基準、及び Herman(1999)の説明から、 “実際に自分または他人の死や身体保全の危険を 体験、目撃、直面するという客観的な出来事に対 して、本人が主観的に恐怖、無力感、孤立無援感 を感じる圧倒的脅威の体験”と定義する。また、 一般的に「トラウマ」とは、外傷的な出来事を経 験したことによる心理的・感情的苦痛を伴う状態 と説明される。
!章.生存者罪悪感に関する概念研究
本章では、外傷体験の被害者の抱く生存者罪悪 感とはどのような情動であるのか、先行研究レ ビューにより概念的枠組みを整理する。 1.「罪悪感」とは何か 「生存者罪悪感」について論じる前提に、人が 抱く「罪悪感」という情動について、精神分析、 心理学領域の研究から概観する。 精神分析分野において、フロイト(1923)は、 エス、超自我、自我の心的構造論の提示と共に、 人が罪悪感を抱くメカニズムとして、超自我(非 難するもの)の自我(非難されるもの)に対する 批判に由来するという罪悪感論を確立した。後の 1964年、グリンベルグは、自己懲罰的な「迫害的 罪悪感」と、悲哀、愛惜の情、真摯な償いといっ た形で経験される「抑うつ的罪悪感」という、性 質の異なる二種の罪悪感を提示している。現在の 研究では、罪悪感情の表現形はさらに細分類化さ れており、自責、自己懲罰、懲罰願望、自 己 破 壊、罪意識、羞恥心、空虚感、死の願望や恐れ、 償いの希求、自己犠牲的献身、愛他性、躁的万能 感、こころの退避、自己愛他的一体感の希求な ど、さまざまなものが挙げられる(松木,2002)。 また、心理学領域においては、罪悪感の生起因と 機能に関する研究が多くなされているが、先述の 多様な罪悪感情の表現形、及び、心理学的研究に よる「適応的機能」の要素から、「罪悪感」とは 次のように説明できる。“自分 の 行 動 を 振 り 返 り、その善し悪しを評価することによって生起す る、自分がいけないと思う自己非難や自己懲罰な どと、傷つけた対象に対して申し訳ないと思う、 負い目、償いの希求、後悔と自責などの感情であ り、他者や敵意を抑制し、向社会的行動を促進す る機能を持つもの。” 2.生存者罪悪感の概念的枠組み 罪悪感の中でも、「生存者罪悪感」とは、どの ような概念として捉えられるのか、その枠組みを 整理したい。DSM-Ⅳ-TR(2005)、Hoffman(2001)、 藤井(2000)、池埜(2001)、中島(2006)らの研 究をレビューし、考察する。 Williams(1993)は、生存者罪悪感を「実存的 罪 悪 感(existential guilt)」、「実 体 的 罪 悪 感 (content guilt)」に 分 類 し た(池 埜,2001)。以 下、両概念について説明する。 1)実存的罪悪感 池埜(2001)は、先行研究をもとに、実存的罪 悪感を次のように説明している。「実存的罪悪感」 とは、戦争や災害などを経験した被害者が、自分 が偶然にも生存したり軽傷で済んだ場合に、「な ぜ自分が助かったのか」、「自分の命は他者の犠牲 によって救われた」という一見不合理な認識の上 に抱く罪悪感である。これは、Lifton(1993)の 広島被爆者への調査研究からも明らかにされてい る。「実存的罪悪感」は、「生存したことの意味と は」、「人生の価値とは何か」といった人間存在の 根底に関る問いを含み、スピリチュアリティや宗 教観に影響を与え、その人の自己存在や対人関 係、社会に対する価値観を揺るがすものであると 考えられる。 「なぜ自分が助かったのか」という疑問は、外 傷を受けた時点において、被害者の自己統制感が 崩壊させられることによって生まれ、あらゆるこ とに責任を感じ、「自分が悪いのに、なぜ自分が ―152― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号生き残ったのか」という、生への負い目につなが ると考えられる。
また、「自分の命は他者の犠牲によって救われ た」という認識については、 Hoffman(2001)が、 Lifton(1968)Death in life: Survivors of Hiroshima の中から次の一節を引用して説明している。 「無意識のうちに体が社会的なバランスを取っ ているということなのだろう。それは、自分の生 きていることが他人の死によって可能になってい るという感覚である。もし彼らが死んでいなかっ たとしたら、自分が死んでいただろうし、もし自 分が生きていなかったら、別のだれかが生きてい たであろう」(pp.76)[pp.209 参照]。 生存者には、他者と生死、侵害の程度が分けら れたという事実、その不公平さや不当さを正当化 で き な い と い う 感 覚 が 付 き ま と う(Hoffman, 2001;Hervey,2003)。「他者が 死 ん だ の は 自 分 のせいではないか」と自己非難することで、犠牲 者への負い目という罪悪感が生起すると考えられ る。 これら2つのタイプの実存的罪悪感には、生存 者が罪悪感を抱く根拠の中に“漠然としていて何 にも原因帰属できない部分”があることが共通し ている。 2)実体的罪悪感 次に、池埜(2001)は、実体的罪悪感を以下の ように説明し、構成概念を5つに分類している。 「実体的罪悪感」とは、外傷体験の対処行動への 罪悪感である。つまり、事故や災害などの外傷時 において、生存者が危機を回避するために自らが 取った行動に対して抱く罪悪感を示す。具体的に は以下の通りである。 ①対処能力に対する罪悪感…混乱状態のなかで、 自分の思いとは異なる行動を取ってしまったこ とへの罪悪感を示す。 ②不注意・怠慢への罪悪感…見過ごしや、注意を 怠ったために事件を引き起こしてしまったと思 い込むことで生まれる罪悪感を示す。 ③道徳的・宗教的価値に基づく罪悪感…戦争にお ける殺人など、社会道徳や、信仰の価値と照ら し合わせて許しがたい行動を取ったことに対し て持つ罪悪感を示す。 ④超人的な力に由来する罪悪感…現実的に考えて 自らが全くコントロールすることができない状 況であるにも関らず、自分の責任を感じること で生まれる罪悪感を示す。 ⑤身動きが取れない状況・ジレンマに基づく罪悪 感…いかなる対処行動をとってもジレンマを感 じ、結果的に自分が納得できないことで生じる 罪悪感を示す。 実体的罪悪感は、外傷体験に遭遇した時の自ら の行動を想起して後悔すること、すなわち、実存 的罪悪感とは反対に“具体的に何が悪かったの か”と、原因帰属に専念する方向に意識が向くこ とによって生起すると考えられる。 3)個人的な過去への後悔 さらに、中島(2006)は、ある出来事に対する 後悔は、自分の過去を手繰り寄せて想起すること で、さらに広範囲に拡がりをみせると述べてい る。被害者が何とかして外傷の原因を見つけ出そ うとするとき、傍から見れば出来事自体と直接関 連がないと思われる、遡った過去の範囲にまで生 存者罪悪感が及ぶことがある。そして一つには、 その後悔が究極的に“自己の存在”にまで行き着 いたとき、「なぜ私が生存したのか」、というよう な実存的な問いかけ(実存的罪悪感)に結び付く のではないかということも考えられる。 過去への後悔は、外傷の原因追究のプロセスで 生まれるという点では対処行動に対する罪悪感の 範囲とある程度の連続性を成しているが、外傷体 験と関係性のあまりに薄い、非論理的に語られる 罪悪感はこれと区別して、“個人的な過去への後 悔”と呼ぶことにする。 “個人的な過去への後悔”に含まれる罪悪感 は、まず1つ目に、対処行動の罪悪感と類似した 性質で、行動を想起する連続性の中にある過去の 行動に対する罪悪感である。前述したように、そ れは、外傷の原因追究のために延々と過去を振り 返ることで生まれる相当に遡った過去の自分の行 動に対する後悔である。 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】
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October 2009 ―153―2つ 目 に、Hoffman(2001)が「関 係 の 罪 悪 感」と呼んだ概念が含まれると考えられる。 「関係の罪悪感」とは、家族などの親密な対人 関係においては、自分の言葉や行為が相手に与え る影響について敏感になっている上、日常的に相 手を傷つけてしまうチャンスが無数にあるとい う、その“関係”の中から生まれてくる罪悪感で あ る(Hoffman,2001)。過 去 に 存 在 し て い た “関係”の中にある自分の行動を省みたときの後 悔(「あのとき、あんなことを言ってしまって申 し訳なかった」など)も、遺された者の抱く生存 者罪悪感の多くの部分を占めるようになることが 考えられる。これは、家族などの愛する人との死 別を経験した場合に、過去に存在したその“関 係”に注意が向けられることで生まれてくる。 さらに3つ目に、因果応報や自業自得といった 考え方から、外傷体験を「過去の悪事への報い」 だと捉え、自分の人生を罪の意識を持って振り返 ることが挙げられる。藤井(2000)は、これを、 末期の病を持つ患者の「たましいの痛み」の一つ に挙げている。 以上の生存者罪悪感に関する各概念が指し示す 範囲を視覚的に表現すると、図1のようになる。 この図は、横軸に生存者罪悪感の内容の具体性 について、縦軸に生存者罪悪感を抱く根拠と外傷 時の対処行動との関連性、因果関係の強弱を表し ている。つまり、具体的に何が悪かったのか、外 傷体験の原因追究に専念する方向に意識が働くと きに見られる対処行動の罪悪感と個人的な過去へ の後悔は、右側の象限に、原因帰属が不十分もし くは、正当な答えが見つからないことで生まれる 実存的罪悪感は、左側の象限にその範囲を成す。 そして、縦軸の設定は、生存者罪悪感を抱く根拠 に注目しているため、上方ほど外傷時の対処行動 を根拠とした罪悪感であり、下方にいくほど、相 当な過去の行動や、関係が薄い出来事から非論理 図1 『生存者罪悪感の概念分類』 ―154― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
的に語られる罪悪感を表す。そのため、対処行動 の罪悪感は上方の第1象限に、外傷時の対処行動 よりも過去の想起によって生まれる個人的な過去 への後悔は、下方の第4象限に、実存的罪悪感 は、その内容自体が漠然としていることからも、 抱かれる根拠も広範囲に渡ると考えられ、第2、 第3象限を凡そその範囲と示した。
!章.手記・事例分析による生存者のト
ラウマ反応及び生存者罪悪感への
包括的理解
本章では、虐待やレイプ、事故、災害、犯罪被 害など、出来事の性質が異なる外傷を経験した被 害者のトラウマ反応、及び生存者罪悪感の包括的 理解を深めることを目的として、外傷体験の分類 を行い、続いて、その分類に基づいて選出した手 記・事例分析を展開する。 1.外傷体験の分類 外傷体験の分類は、生存者の外傷体験への巻き 込まれ方、生存者と犠牲者との関係性、出来事の 客観的な責任の所在、の3点に着目して行う。 外傷体験への巻き込まれ方については、DSM-Ⅳ-TR(2005)の PTSD の 診 断 的 特 徴 に あ る、 「直接体験される出来事」、「目撃した出来事」、 「他人が体験した出来事を知ること」に依拠して、 さらに、被害を受けた生存者と犠牲者の関係性を 明確に表すことで次の3つに分類する。 個人的な臨死体験:自分自身が個人的に外傷 の直接的な侵害を受け、生命、身体保全の危 険に遭遇した中で生き残った。 自己の臨死体験と他者の犠牲:外傷の起きた その場に居合わせた他者と同様の危機的状況 に遭遇した中で、他者が犠牲になり自分は生 存した。 外傷的死別体験:その出来事により自分の身 体へは直接的な危害が及ばなかったが、家族 や愛する人、重要な他者を突然に喪失すると いう外傷的な死別を経験した。 さらに、出来事の客観的な責任の所在は、原因 や責任追求の仕方に相違をもたらすと考えられる ため、出来事を起こした外力に注目し、大きく次 の2つに分類する。 偶発的:自然災害や予期しない事故など、偶 発的である。 人為的:誰かの意図が絡んだ残虐行為など、 人為的である。 以上の点を踏まえて、表1に具体例を示す。 個々のケースによって厳密には複雑な状況、原 因が絡み合っているため、この分類は不十分なも ので、具体例もこれに限られてはいない。また、 一般的にトラウマの階層分類として用いられ、外 傷の衝撃の強さを示すストレスへの曝露のレベル については、トラウマ反応に影響する重要な要素 表1:「生存者と外傷および犠牲者との関わりと原因の所在による外傷体験の分類」 関わり 原因 個人的な臨死体験 自己の臨死体験と 他者の犠牲 外傷的死別体験 偶発的 致命的な病気の診断 個人的な事故 大規模な事故 偶然による他人の 大怪我や死の目撃 偶 発 的 な 出 来 事 によ る 家 族 な ど 重 要 な 他者の喪失 人為的 原因=自分 原因=他者 人為災害 戦闘 捕虜・強制収容 拷問 テロリストの襲撃 人為 的 な 出 来 事 に よ る 家族 な ど 重 要 な 他 者 の 喪失 ドラッグ・ アルコール依存 自傷行為 個 人 的 な 暴 行 (虐 待・DV・レ イプ・いじめ) 誘拐 強盗 自然災害 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】3
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October 2009 ―155―ではあるが、明確な判断に限界があると考えられ たため、今回はこの点について言及していない。 2.事例の概要と分析内容 現段階の生存者罪悪感に関する研究では、事例 検討及び実証的研究に基づく援助方法の実践理論 が未だ確立されていないため、本研究では、手記 ・事例分析を通して探索的な質的研究を進めるこ とに意義があると判断した。どのような外傷を経 験した被害者が、どのようにして、どのような生 存者罪悪感を抱くのか、生存者罪悪感の包括的理 解を深めたい。本研究において分析対象とする手 記・事例は次の3冊である。 ① 個人的な臨死体験−レイプ 緑河実紗(1998).『心を殺された私―レイプト ラウマを克服して―』河出書房新社. ② 自己の臨死体験と他者の犠牲−人為災害 前田正治・加藤寛(2008).『生き残るというこ と―えひめ丸沈没事故とトラウマケア―』星和書 店. ③ 外傷的死別体験−犯罪被害 入江杏(2007).『この悲しみの意味を知ること ができるなら―世田谷事件・喪失と再生の物語』 春秋社 手記・事例概要は次の表2に示す通りである。 尚、これらの事例は、計14冊の文献を通覧した 上で、本研究の外傷体験分類に基づく異なる3タ イプの該当ケース、ナラティブが詳細であるも の、外傷後数年に渡るトラウマの影響の記述があ るもの、という基準で選出した。また、外傷のタ イプ以外の側面において大きな差異のないよう、 近年の国内事例、被害者がある程度成熟した年齢 であること、突発的で単回、且つ人為的なストレ 表2:手記事例の概要 外傷体験 ①個人的な臨死体験 レイプトラウマ ②自己の臨死体験と他者の犠牲 えひめ丸沈没事故 ③外傷的死別体験 世田谷事件 発生日時 1995年4月 2001年2月10日 2000年12月30日 記録期間 外傷後約2年 外傷後約1年半 外傷後約6年 発生場所 ひとり住まいの 自宅マンション ハワイ州オアフ島沖海上 遠洋航海の実習船 東京都世田谷区、閑静な住宅地 二世帯住宅の隣家 犠牲者 緑河実紗(生存者本人) 県立宇和島水産高校2年男子生徒 4名、指導教官2名、乗組員3名 宮澤みきおさん(当時44歳)ら一 家 四 人。妻 の 泰 子 さ ん(当 時41 歳)、長女のにいなちゃん(当時 8歳)、長男の礼君(当時6歳) 生存者の 基本属性 緑河実紗(20代、女性) 独身で、都心近くにひとり住 ま い。出版社勤務。父親はサラリー マン、母親はカトリック教徒 だ が、日本の一般的な家庭に育 っ た。 愛媛県立宇和島水産高校2年、男 子9名 生徒ら(亡くなった生徒も含 め て)は、2年 間 同 じ ク ラ ス だ っ た。 入江杏(40代、女性) 殺害された泰子さんの実の姉。妹 一家の隣の二世帯住宅で、実母と 夫と息子と暮らしていた。妹の泰 子さんとは非常に仲が良かった。 事件概要 実紗さんは、旧知の K と い う 男 性からの紹介で、某スポーツ新聞 記者の X(30代後半∼40歳前後の 男 性)と 知 り 合 う。X と 初 め て 会って外で食事をした日の夜、ト イレを貸してほしいというのでひ とり住まいの部屋に上げたとこ ろ、突然襲いかかられ、レイプさ れ た。X は そ の 後1年4ヶ 月 に 渡って、一方的に猥褻な電話を寄 こしてきた。 2ヶ月間の遠洋実習航海中であっ た水産実習船「えひめ丸」と、ア メリカの原子力潜水艦「グリーン ビル」が、ハワイ沖で衝突。衝突 の瞬間から「えひめ丸」の船内は 海水と大量の燃料油で溢れかえっ た。生徒らは濁流に足を取られな がらも船の最上部へ上るが、船は 5分も経たずして沈没した。事故 当時行方不明とされてい た9名 は、8ヶ月後の船体引き揚げ時に 遺体となって発見された。 泰子さんの実母が、泰子さんら一 家四人が、何者かによって殺害さ れているのを発見した。死亡(犯 行)推定時刻は発見時より10∼15 時間前とされている。室内は荒ら され、食糧の物色や金銭の強盗も あった。事件現場には犯人の血痕 や指紋、靴跡のほか多数の遺留品 が残されているにも関わらず、捜 査は難航、事件から約8年が経過 する現在も未だ解決に至っていな い。 ―156― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
スによるものという点も考慮している。 分析は、本研究の目的に基づいて次の3つのト ピックを設定して行う。 1)外傷性ストレスによる被害者の心身反応 外傷的な出来事の発生時点から、「出来事と状 況」を追い、「生存者の様子や言動」の中の被害 者の心理的・身体的反応、症状の変化に着目し、 「トラウマ反応と回復プロセス」を時系列で辿る ことで、外傷性ストレスが被害者の心身にもたら す影響を検証する。 2)生存者罪悪感の様相 異なった特性の外傷を経験した被害者が、どの ような様相の生存者罪悪感を抱いたのか、概念的 枠組みと照合しながら、生存者の様子や言動にみ られる表出場面の内容を描写する。理論的研究に よって得られた生存者罪悪感の概念を、より臨床 場面に近い形で理解しようとする目的である。 3)生存者罪悪感の変容とそれが左右された要因 生存者罪悪感の変容について考察を深め、ま た、それにどのような外的要因が作用していると 考えられるのか関連を読み解く。トラウマの対処 過程における生存者罪悪感の存在意義を捉えなお すこと、また、生活上の外的な要因がトラウマ反 応と作用し合う点を明らかにし、ライフモデルに 立脚したソーシャルワーク固有の援助への示唆を 導くことを目的とする。 3.分析結果 まず、分析トピック1)外傷性ストレスによる 被害者の心身反応について、結果の概要と比較考 察を記す。 表3:外傷性ストレスによる被害者の心身反応についての3ケースの分析結果概要 ケース 影響 ①個人的な臨死体験 レイプトラウマ ②自己の生存と他者の犠牲 えひめ丸沈没事故 ③外傷的死別体験 世田谷事件 内的反応 ・恐怖、身体的・心理的ショック ・人間や世界への基本的信頼感の 崩壊 →世の中の全ては「害」 ・レイプされた子宮の異物感、汚 れた感覚 →自己の無価値感 →希死念慮 ・加害者 X への憎悪 ・「以前の私は死んだ」「決して取 り戻せないものがある」 →時間の凍結 ・「なぜ自分がこんな目にあうの か」外傷時の対処行動に対する 後悔、自責 …生存者罪悪感 ・恐怖 ・夜(暗い場所)、乗り物が恐い ・非現実感、現実の否認 →仲間を失った悲嘆作業の遅れ ・ワドル元艦長への怒り ・「おめおめ生き残ってしまった」 …生存者罪悪感 →希死念慮 ・トラウマを経験した後のプラス の変容 …PTG ・恐怖、混乱、ショック、現実の 否認 ・世界の安全性の崩壊 ・不安、喪失感、孤独感 強い悲しみなど …悲哀感情 ・怒り、人間に対する 不信 ・「忌 ま わ し い 事 件 の 被 害 者 に なってしまった」 →恥の意識 ・「なぜ生きているのだろう」 …生存者罪悪感 →死と生の意味の探究 →使命感の獲得、価値観の変化 心身の 諸症状 抑うつ 体重の激減・無気力・睡眠過多 PTSD 再体験:フラッシュバック 過覚醒:過剰な驚愕、特異刺激に 対する激烈な反応 狭窄:X が遠い存在 抑うつ PTSD 再体験:フラッシュバック、悪夢 過覚醒:重度の不眠、怒り、警戒 心、過剰な驚愕 狭窄:興味の減退、将来の短縮感 強い悲嘆 悲しみの表出が顕著 抑うつ傾向 喪失感、自己否定感、無力感、自 暴自棄、希死念慮 社会生活 への支障 ・他人との交流が持てない ・無気力で日常生活の維持が困難 ・睡眠障害による昼夜逆転生活で 登校できない ・周囲からの目が気になり、遺族 に合わす顔もないと家に引きこ もる ・恐怖や疎外感から引きこもりが ちになる ・捜査協力の負担 ・報道による二次被害 ・周囲からの偏見
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【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】 October 2009 ―157―3ケースの分析結果の概要は次の表3にまとめ る。外傷後の感情反応、感覚・価値観の変化は 「内的反応」とし、明らかな発現のあった症状に ついては、「心身の諸症状」の項目に記載してい る。また、これらの外傷の心身への影響と外的な 要因によってもたらされた生活上の困難を、「社 会生活への支障」としてまとめている。 「内的反応」の共通項からは、まず一つ目に、 DSM に記載のあった「(外傷を受けた)その人の 反応は、強い恐怖、無力感または戦慄に関するも のである」ということが分かる。また、人による 残虐行為が明らかな、レイプトラウマと世田谷事 件では、世界の安全性や人間に対する信頼感の崩 壊が顕著に見られた。そして、どのケースの生存 者も、トラウマの対処過程で「生存者罪悪感」を 抱いていたことがわかった。これについては次の 項で詳しく述べる。 次に、「心身の諸症状」について、外傷の直接 的な侵害を受けたレイプトラウマと、えひめ丸沈 没事故の生存者は、PTSD と抑うつを経験してい る。具体的な症状については、三大別症状として 共通するカテゴリーの発現が見られるが、その内 容はあくまでも外傷場面の状況に依拠しているた め、全く異なる様相を示しており、例えば、フ ラッシュバックの内容や外傷を想起させる特異刺 激は異なっている。一方、“外傷的死別”を経験 した世田谷事件の遺族は、妹一家との突然の死別 よる強烈な悲嘆感情が反応の中核にあった。 そして、外傷の影響は、被害者の身体的・心理 的側面への打撃だけでなく、“生活”にもあらゆ る負荷を与えていることに注目したい。「社会生 活への支障」は、被害者自身の心身症状や人間不 信などの内的な感情の変化で、引きこもりがちに なったり、これまでの日常が維持できなくなった りすることに加え、被害を受けたことによってさ らに突きつけられる難題への対処、二次被害、例 えば世田谷事件では、警察への対応や報道被害な どの外的な要因とも関連している。外傷そのもの による心身への打撃と、その影響やその後のさま ざまな問題に付随して生まれる生活上の負荷は、 互いに影響し合っていると考えられるため、特に “生活上の問題全般”を対象と す る ソ ー シ ャ ル ワーク実践においては、これら両側面からの支援 を考える必要性がある。 続いて生存者罪悪感に関する分析項目、2)生 存者罪悪感の様相、3)生存者罪悪感の変容とそ れが左右された要因について、事例ごとにテキス トデータを引用した分析の詳細を記した後、比較 分析と考察を加える。 ①“個人的な臨死体験”―『心を殺された私―レ イプトラウマを克服して―』 a)生存者罪悪感の様相 レイプに起因するトラウマ反応としての罪悪感 と自責感は顕著であり、それは被害者が自分自身 の個人的な責任を過大視することから生まれてく るのではないかといわれている(Herman,1999; アバーバネル&リッチマン,2003)。個人的な責 任とは、加害者からの攻撃を避けるべきだった、 抵抗できたかもしれない、と主観的に認識されて いる葛藤である。これは、生存者罪悪感の概念で は対処行動の罪悪感の対処能力に対する罪悪感に 分類される。 本手記分析からも、実紗さんが外傷後に加害者 への憎悪や怒りと共に、レイプされたときの自分 自身の行動に対する後悔や自責感を経験している ことが読み取られた。さらに、彼女の場合は、手 記に記されている外傷後約2年間、この生存者罪 悪感に大きな変化が見られなかった。以下、これ らが顕著に表出されている場面を記していく。 !)対処行動の罪悪感 対処能力に対する罪悪感 実紗さんは、X にレイプされた時の場面を次の ような後悔とともに振り返っている。 (X は)全体重で私の体に重圧をかけ、空いた 手でバッという感じで、ゴムのウェストのパンツ と下着を一気に引きずり下ろした。私はストッキ ングをはいていなかった。(これもくだらないが ずっと悔やんだ) また、外傷直後のその日の夜、彼女は自責感に 苛まれていた。 (こんな時間に、いくら知り合いの紹介だか らって、初対面の人間を部屋に入れた自分が悪い ―158― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
のか?) と私は、他人が口を揃えて言いそうな意見につ いても繰り返し考えた。百も千もいろいろなこと を考えて、とりあえずは毛布にくるまって眠っ た。 「初対面の人間を部屋に入れた自分が悪いの か?」 という言葉は、彼女の抱いていた自責感 を最も顕著に表している。 外傷を受けてから1年1ヵ月後、レイプのこと を初めて母親に開示したあと、我慢していた感情 の爆発が頻発するようになった。 なぜ、自分がこんな目にあうのか。こんなこと さえなければ通常に幸せを保っていられて、みっ ともない自分でもなくて、苦しくもなくて……明 らかに自分のせいじゃあない!しかも、私はその 事態を自分から招いたのだ。この後悔、焦燥感と いうものは、筆舌に尽くし難い。相手を信頼して 人間として受け入れたばっかりに! ここには、「なぜ自分がこんな目にあうのか。」 という出来事の原因追究に対して「明らかに自分 のせいじゃあない!」 という、X(明らかな加害 者)への怒りや憎しみといった思いと共に、「私 はその事態を自分から招いたのだ」 と自分の個 人的な責任を過大視している心情が見受けられ る。 外傷後 PTSD 症状に苦しんでいた実紗さんは、 医療機関を受診するが、なかなか専門的なケアを 受けることができなかった。母親にそのことを電 話で告げる次の言葉からも、“X によくした(部 屋にあげてトイレを貸した)”自分を責める感情 が読み取れる。 「なんで私がこんな思いするの?こんなに努力 して我慢して、今までだって人になにもしてない し、きちんと生きてきたし。そういう自分が大好 きだったし、一度も自分に後悔したことなかった し。なんなの、あの中年の汚らしいブサイクな男 は! ・・・ねぇ、どうして人にはみな親切にしなさ いって子供の頃から私に教えたの?お母さん。だ から私、よくしてくれた人にはいつもよくしよ うって。たったそれだけで、うっ・・・いったい どこに行けばいいの。どんなに努力してもダメ、 いつこれが終わるの?わたし、少しはきれいなの よ。ホント他人は全員怖いし、いつもビクビクし てるし、なんなの、これは!もう死にたいよ。生 きてる価値ないよぉっ。本当、死にたい……もう 他人なんかになんの温かい感情も湧かないし、誰 か好きな人に巡り会っても、私なんてゴミだよ。 なんの価値もない」 文字通りわめくという感じで、泣いて、泣い た。混乱する。セーブはきかない。 彼女の生存者罪悪感の顕著な部分は、このよう な自分の対処行動に対する後悔や自責感であっ た。レイプ被害者が語るのは、外傷時の行動に関 する罪悪感で、「私がミスをしたか、何か間違い を犯したからレイプがおこった」というものが一 般的なタイプである(アバーバネル&リッチマ ン,2003)。しかし、自責感の焦点が別のところ に絞られる不適応なタイプがあるとアバーバネル &リッチマン(2003)は述べている。上記の実紗 さんの言葉からは、外傷以前の自己イメージは肯 定的なもの(きちんと生きてきたし。そういう自 分が大好きだったし)であったが、レイプされた ことによって「なんの価値もない」と無価値感に 陥れられたことがわかる。一方、不適応なタイプ とは、これとは異なり、自分の性格的な部分や過 去の悪事とレイプのトラウマとを結びつけて考え るというもので、「私が悪い人間であるか、ある いは不適切な性格のためレイプが起こった」と、 外傷の原因を個人的な欠点に帰属させるというも のである。 実紗さんは、後者のタイプの罪悪感は手記の中 で語ってはいなかったが、区別すべき2種類の罪 悪感として、この概念を併記した。 !)個人的な過去への後悔 また、実紗さんの理不尽な出来事の原因帰属 は、外傷時よりも前の過去にも遡る。 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】
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October 2009 ―159―過去の行動に対する罪悪感 彼女は、自分に X を紹介した K(旧知の仕事 相手)と外傷から1年半後に連絡を取る。K に対 してはその時はじめてレイプの事実を開示した。 「・・・ (X は)確かに文章力はある け ど、 そのときも酒飲むと変わるし、くどいっていう か、あれは酒乱に近いですね」[K] 私は絶句した。この K はなんて男を紹介して くれたんだろう―。この男が賞賛するから、普通 に信頼して、強姦されてりゃ世話はない。運命っ ていったいなんて扉を用意しておくのだろう、と また気が狂いそうになった。頭に血が昇って怒り で切れるんじゃないかと思った。 ・・・確かにトイレを貸すという判断をしたの は自分だし、(ただ、断ればよかったのだ)、言い 換えれば「泥棒をもてなした」のは自分なのだ。 でも、それは K の紹介だからと―メビウスの輪 のように考えがぐるぐると頭を回った。 レイプ被害に遭ったそもそもの原因は、K が X を自分に紹介したこと、そのことに怒りを感じな がら、ここでもトイレを貸すと判断した自分の責 任を感じている。 それからさらに以前の出来事に遡って、自分に X を紹介した K との関係がはじまったきっかけ (一人暮らしを知らせる葉書を K に送ったこと) を後悔している場面も見られた。 そして引っ越しの葉書も、ブルーの引っ越しト ラックの模様が印刷された可愛目のものを選ん で、とりあえず住所録に書かれている知人に旧知 を問わず送った。(これが絶望の元凶の一つで あったのだが。その後何度も、この葉書をポスト に入れたことを気が狂うほど後悔した) b)生存者罪悪感の変容 実紗さんが抱いていた生存者罪悪感は、外傷時 の自分の行動についての後悔や自責が大部分を占 めており、レイプに遭うという理不尽な出来事の 原因帰属による後悔は、外傷より以前の過去の行 動にも及んでいることがわかった。 まず、分析の結果から生存者罪悪感の変容につ いて読み解くことのできた部分を示す。 a)生存者罪悪感の様相において、手記の内容 をレビューし示したが、実紗さんは、外傷直後か ら自責感に苛まれ、その後も自分自身の行動如何 によっては、被害は避けられたかもしれないとい う後悔を抱き続けていた。外傷から1年が経過し て PTSD 症状に苦しめられていた頃には、 癒しを可能にするはずの一年という時間の経過 も、私の症状と、気が狂うような後悔を増長させ るだけでしかなかった。 と語っている。そして、外傷から1年半後に、X を紹介した K に電話で話した後も、 確かにトイレを貸すという判断をしたのは自分 だし、(ただ、断ればよかったのだ)、言い換えれ ば「泥棒をもてなした」のは自分なのだ。 と、自己の行動に原因を帰属させている。この点 は、時間経過に関らず変わりがない。自責感の強 度がどれほど変化したかについては、手記からは 判断できないが、“なぜ自分がこんな目に遭うの か”という原因追究を始めると、X への怒りや恨 みと共に、自分自身の責任(と彼女が過大視して いる部分)に関しては、「X を部屋にあげ、トイ レを貸した」という、ほぼ同じ内容の行動を想起 し、後悔による自責感を繰り返し抱いていたと考 えられる。 c)生存者罪悪感の表れ方が左右された要因 次に、彼女のこのような生存者罪悪感が、長期 に渡り変化しなかった要因として考えられるもの を3点挙げる。 !)レイプ、性犯罪被害の自己開示の難しさ 性犯罪被害は、特有のストレス(羞恥心や復讐 の恐れ、周囲の人々からの扱いの不安など)を内 包 さ せ て い る(ア バ ー バ ネ ル&リ ッ チ マ ン, 2003)。被害者は、「被害者の方にも落ち度があっ たのではないか」といった偏見を恐れ、沈黙を維 持し、自責感を助長させるとも考えられる。本 ケースの場合、PTSD 症状を含むトラウマ反応に ―160― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
ついても、外傷後1年以上誰にも開示せず、我慢 していたことがその悪化の原因となっている。 また、彼女は、自分自身の性格について「内向 的、かつ、遭遇した事態を『自分の責任=我慢し てやり過ごす』という考え方を身につけていた」 と述べており、この性格傾向も開示を難しくした 一つの要因だと考えられる。 ")知人によるレイプ(正当に理解されない犯罪) 実紗さんの遭遇したケースは“X という知人に よるレイプ”である。アバーバネル&リッチマン (2003)は、“見知らぬ人によるレイプ”と“知人 によるレイプ”を区別し、後者の場合、周囲から は“それがレイプだと信用されない”ことが多い が、被害者本人にとっては、“信頼する人間から の重大な裏切り行為”を意味しているという、理 解のずれが生じると述べている。本ケースの場 合、実紗さんの抱いた自責感の特徴は、この点に 重心があると考えられる。実紗さんにとって、X のレイプが意味したものの一つは、“自分が信頼 した人間からの裏切り”であった。 (相手が信頼できる人間かということを判断する のには多少時間がかかるにも関わらず)(社名の) 「看板」と「知人の紹介者」ということでカット してしまったのだ。そしてこれが、恐ろしい、最 大の失敗だった。甘さだった。 #)外傷後のXとの接触と、専門的なケアの不 十分さ 加害者の X は、レイプの後、実紗さんに7、 8回猥褻な電話をよこし、仮処分申立の際も“肉 体関係を持ったことは事実だが合意の上”と主張 した。X に悪びれる様子はなく、自分の行為を認 め、謝罪することもしなかった。そして、1995∼ 1996年当時、医療機関でも PTSD の専門的なケ アを受けることはできず、彼女は家族の支えや知 人の力を借りて、自ら回復への道を這い上がるし かなかった。 この2点は、彼女の生存者罪悪感が長期に渡り 変化がなかったことに影響したと考えられる。つ まり、彼女が「自分のミスだ」と不合理な理由で 自分を責めていたことに対して、現実吟味を与え てくれる事柄(明らかに加害者が悪いという事 実)や、第三者の助けが欠落していた。罪悪感を 抱く根拠は、客観的事実よりも主観的な認知が先 行する部分が大きいと考えられている。そのた め、本人の思い込みからくる必要以上の罪悪感に ついては、客観的な状況把握を支え、現実吟味を 助けることが重要である。 ②“自己の臨死体験と他者の犠牲”―『生き残る ということ―えひめ丸沈没事故とトラウマケア ―』 a)生存者罪悪感の様相 久留米医科大学教授ら査定チームにより実施さ れたメンタルヘルス調査の構造化面接により、ほ とんどの生徒に実存的罪悪感と対処行動の罪悪感 の発現が確認された。これらについて考察を行 う。 !)実存的罪悪感 第1次メンタルヘルス調査では、生還生徒9名 のうち、8名が実存的罪悪感を抱いていたことが 報告されている。 生存の疑問から生まれる生への負い目 (ハワイから帰国の際、空港で) 彼らはうつむいた表情で何も語らなかった。 生徒たちには生還した喜びなどほとんどなかっ た。 おめおめと生きながらえて助けを求める気持 ちにもならない、人前に出たくもない。 (2001年10月、えひめ丸引き揚げ時) 実際に引き揚げが始まると、遺体発見の情報 が日本に届くたび、生徒たちの精神症状は悪化 した。「遺族に合わせる顔がない」と、宇和島 での葬儀にも出席することができなかった。そ のことでさらに自責感は強まっていた。 「死にたい」 「もう死んだほうがましだ」 生還生徒のこれらの様子や発言から、生き残っ た自分の“後ろめたさ”が読み取れる。さらに、 亡くなった仲間や遺族の現実に直面したことで、 罪悪感が強化され、自己非難を招き、「死にたい」 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】
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October 2009 ―161―「もう死んだほうがましだ」といった希死念慮に 発展している。 生存の不公平さ・不当さから生まれる犠牲者への 負い目 (事故後、ハワイから日本へ) 帰国後、行方不明教師の家族と対面した際、気 が遠くなって倒れてしまった生徒がいた。教師は 生徒を探しているうちに逃げ遅れてしまった可能 性があるため、生徒は自責感を強く抱いていた。 この生徒の自責感からは、他者(教師)の犠牲 の上に自分が助かったのではないか、という生存 の不公平さ・不当さから生まれる罪悪感と、自分 を“探させてしまった”という自己非難が読み取 れる。 これらの実存的罪悪感が多くの生徒に見られた 要因としては、自分と他者が同じ外傷体験に巻き こまれながら、生死の分かれ目が納得しがたいも のであったことが挙げられる。 こういった状況に対する生存者の認識につい て、共感的苦痛を抱くメカニズムを分析に応用す ると、自分も死の危険に直面したがゆえに、他者 の犠牲に対しては、自己注視的なイメージを起点 に、強い苦痛の情動を感じつつも、他者注視的な イメージによって、その犠牲者の存在と彼らの苦 痛は自分と同一ではないところに保存されている という認識を苦痛に内包させているのではないか と考えられる。このように、自己の臨死体験と、 同じ状況下での他者との死別を経験した生存者 は、“自分の生”と“他者の死”に対する注目を 行き来させることで、「自己の生への負い目」、 「犠牲者への負い目」といった罪悪感を、同時並 行的に強く抱くのではないかと考えられる。 !)対処行動の罪悪感 次に、同調査の結果によると、対処行動に対す る罪責感を生還生徒9名全員が持っていた。対処 行動の罪悪感が多く見られた要因は二つ考えられ る。 まず一つ目に、このケースの場合、生還生徒自 身が“沈没事故”による臨死体験を実際に経験し ていることが挙げられる。事故発生時、“その場 にいた”という事実は、“あの時、ああすること もできたかもしれない”という意識と直接的に結 び付く。 例えば、次のような状況から「対処能力の罪悪 感」が生まれたと考えられ、入院治療を受けてい た O 君は、船体引き揚げの終結時期に次のよう に語った。 多くの生徒や乗組員は真っ暗な船内を濁流と戦 いながら上へ向かった。ある生徒は階下にいる誰 かに向かって「ここから出ろ!」と叫んだ。僚友 がどうなったか、後ろを振り返る余裕はほとんど なかった。 (O 君の発言) 「事故のとき、食堂に向かって叫べていたら、 一緒に逃げることができたのではないか」 二つ目に、生徒たちの事故に対する心の準備が 乏しかったことが挙げられる。これは、生還生徒 たちの PTSD の病状の悪さと他の乗組員のそれ とを比較した上で(PTSD の有病率…生還生徒: 78%、乗組員:13%)、前田(2008)が次のよう に述べている。 海難事故によって負傷したり命を落とすことも ある危険な職務に長くついた船員は、少なからず 身の危険にさらされた経験を持っている。乗組員 の方が、事故自体は「自分たちの力では到底対処 できなかった」と現実的で妥当な認知ができたた めに、罪悪感はそれほど強いものにはならなかっ た。そして、はるかに早く僚友の死を受け止める ことができたのである。 b)生存者罪悪感の変容 ほとんどの生徒が事故直後から、対処行動の罪 悪感と実存的罪悪感を併せ持っていたことが第1 次調査から明らかにされている。この調査から約 1年半後、生徒らの高校卒業後に開始された保健 所でのデイケアプログラム(通所リハビリテー ション)の中で、一人の生徒の「遊ぶ自分を許せ るようになった」という発言からは、罪悪感への ―162― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
“許し”が読み取られた。しかし、この間に生徒 らの生存者罪悪感が具体的にどのように変容して いったかまでは、この本から読み解くことができ なかった。 c)生存者罪悪感の表れ方が左右された要因 生存者罪悪感の現れ方を左右した要因について は、次の4点が考えられる。 !)事故の特異性と生存者の思春期心性 この事故は、通常の輸送災害のように、“その 時たまたま乗り合わせていた集団”にもたらされ たのではなく、“連帯意識や凝 集 性 が 非 常 に 高 かった集団”にもたらされた被害ということが特 有である。生徒らはおよそ2年間の学生生活と1 ヵ 月 の 厳 し い 航 海 実 習 を 共 に し て い た。前 田 (2003)によると、van der Kolk は、ベトナム帰 還兵の悪夢の研究おいて、18歳の兵士に圧倒的に 高い率で PTSD が発症していることを発見し、 これには青年達の部隊への帰属意識が強いことが 関係していると示唆した。この研究は、この事故 の生還生徒にも通じるものが多く、生徒らが生存 者罪悪感を強く抱き、級友や指導教官の死を受け 入れられず、事故の現実を否認する傾向が長期間 続いた前提にある要因だったと考えられる ")社会の理解と反応 事故後、世間の関心や米国の謝罪は、もっぱら 行方不明者家族の方に向けられていた。特に(行 方不明者に関しての)対応に追われる学校では、 生還生徒が自分たちの苦悩を語ることは事実上封 印されていた。生還生徒や家族は、「生きて帰れ た分だけ幸せじゃないか」と随分耳にしたことも 辛かったようである。また、このような状況で生 還生徒らは、はじめのうちは誰からの支援も拒絶 し家に引きこもってしまっていた。 #)現実への直面 事故から約8ヵ月後の、えひめ丸の引き揚げが 行われ、遺体発見の情報が日本に届くたび、生徒 たちの精神症状は悪化した。船体引き揚げ後に実 施された第2次メンタルヘルス調査でも、抑うつ 症状の悪化と罪悪感の強化によって希死念慮を抱 く生徒がおり、3名が入院治療を受けることに なった。心のどこかで“行方不明”に希望を抱 き、受け入れがたい現実を否認・回避していたこ とで、外傷性ストレスをコントロールしていた生 還生徒にとって、遺体発見の情報や、行方不明者 家族が“遺族”となったその現実に直面したこと は、精神症状の悪化を招き、生き残った自分の “後ろめたさ”をさらに強く感じる要因となった のではないかと考えられる。 $)遺族との対面 事故被害者の遺族の多くは、生還生徒から息子 の最期の様子を聞きたいと望んでいた。しかし、 生還生徒らにとっては、遺族に顔向けできないと いう気持ちが強かった。具体的には次のような出 来事があった。 ハワイから帰国してすぐ、行方不明教師の家族 と対面した際、気が遠くなって倒れてしまった生 徒がいた。 えひめ丸引き揚げの際に、遺族らは発見された 遺体を引き取り、事故後8ヶ月経って改めて地元 宇和島での葬儀を催したが、「遺族に合わせる顔 がない」と出席できなかった。 事故からちょうど一年後に開催された合同慰霊 祭には、多くの生徒が出席と献花を望んでいた が、遺族に会うことにはまだ強いためらいがあっ た。そのため、生還生徒だけは式の前日に担任や 保健師、医師らと共にほとんど全員で静かに献花 を行い、死亡した生徒、教師、乗組員に哀悼を表 した。 ③“外傷的死別体験”―『この悲しみの意味を知 ることができるなら―世田谷事件・喪失と再生 の物語』 a)生存者罪悪感の様相 杏さんの経験の中で表出が読み取られた生存者 罪悪感は、対処行動の罪悪感の中の不注意・怠慢 の罪悪感、対処能力に対する罪悪感、過去の行動 に対する罪悪感、実存的罪悪感、個人的な過去へ の後悔の内の関係の罪悪感であった。 !)実存的罪悪感 自己の生存の疑問から生まれる生への負い目 「なぜ生きているのだろう」というような言葉 で表現される自己の生存に対する疑問は、事件直 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】
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October 2009 ―163―後から繰り返し、長期にわたって記されていた。 これは、自分の生存や存在を否定するように作用 し、生きていること自体に負い目を感じさせるも のだと考えられる。 事件直後は、種々の対処行動の罪悪感と複合し た形でこれが見られた。詳細な内容については対 処行動の罪悪感の各概念と共に記したい。 その後、混乱期から回復過程に至る中でも、生 への負い目について語られている場面があった。 以下に2つの場面を挙げる。 2000年4月30日、事件後初めて 迎 え る に い な ちゃんの誕生日に、杏さんは、墓前で『スーホの 白い馬』を読んだ。にいなちゃんが亡くなる少し 前、最期に遺したものがこの物語の詩画だった。 私はどうしてスーホになれなかったのか?スー ホのように、傷つき、助けを求めたに違いないに いなを、妹たちを、なぜ救ってやれなかったのだ ろう?闇の中でどれほど怖い思いをしただろう …。 ・・・読み進むうちに、私は不思議な思いに包 まれた。今ここには、父も妹一家もきっといる、 と感じられた。いつしか、妹たち家族の存在がと ても近くに感じられたのだ。 なんのために生きているのだろう、なぜ生き 残ったのだろうと自問していた。そんな私ににい なが遺してくれたもの、それが悲しくも美しい再 生の物語だったことに不思議な符号を感じざるを 得ない。 『スーホの白い馬』は、自身のグリーフケアの 途上に与えられた道しるべではないかと捉え、杏 さんに回復への変化が見られた場面である。ここ では、今まで自分自身が生きていること、生き 残ったことに負い目を感じていたことが語られて いる。 また、杏さんは事件以降、表面上は今まで通り に学校生活を送っているものの、誰にも事件のこ とを話せないという息子の心の内を心配してい た。事件から約2年後、彼に対する思いを次のよ うに語られている。 (息子は)自分の殻に閉じこもっていたとはい え、その苦痛を訴えるでもなく、なんとなく辛い 寂しい悲しい気持ちを抱えたまま、時をやり過ご していたのだと思う。たとえ、いくらか年をとっ ていたとしても、私たち親の方も同じように、 「なぜ生かされたのか?」という難題の前に立ち 往生していたのだ。息子の苦しみに手を貸してや ることもできずに…。 この2つの場面での語りのなかにある、「自問 していた」、「立ち往生していた」という言葉か ら、実存的罪悪感に含まれる生への負い目は、何 かの機会に「なぜ生きているのだろう」と言葉に されることがあるが、心の底にずっと在り続ける ものだと考えられる。 生存の不当さ・不公平さの疑問から生まれる犠牲 者への負い目 ま た、「な ぜ、自 分 で は な く て 他 者 が 犠 牲 に なったのか」ということが納得できないことで生 まれる犠牲者への負い目については、次に挙げる 場面で語られていた。 自分を責めてやまない。私たちの大切な心の絆 さえも、事件によって汚されてしまった。それに しても納得がいかない。なぜ、妹の家が狙われた のだろう?刑事さんとも何度も話したことだが、 開口部は我が家のほうがずっと大きいし、広く て、入りやすい。狙う気になればいつでも侵入で きたはずなのだ、なぜ妹の家に?今でも残る疑問 だ。常人の思いの及ばぬ何かが動機となっている ように思えて戦慄する。 家族や身近な人を失くした場合、その亡くなっ た方と情緒的な結びつきの深い関係が以前にあっ たことから、生存者は共感的苦痛や彼らとの一体 感を抱きやすいのではないかと考えられる。この ように、“身近な人の死”と“自己の生存”が連 合した感覚で強く経験されたとき、「なぜ私では なくて彼が犠牲になったのか」というような疑問 が生まれる。しかも犯罪などの不合理な形で外傷 的な死別を経験した場合、悲惨で納得しがたい死 を遂げた家族に対しての申し訳なさや、死の疑問 ―164― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
は強く残り、「彼が死んだのは自分のせいだ」と いう自己非難につながるのではないかと考えられ る。 !)対処行動の罪悪感 分析の結果から、杏さんの場合、外傷体験と関 係する2つの行動に対する主観的認知により、対 処行動の罪悪感を経験されていることが分かっ た。 不注意・怠慢への罪悪感 主観的認知の一つ目は、事件当時、妹一家の殺 害された隣の家にいながら、彼女らの叫び声や物 音に気づかなかったということである。これに対 して、後に自分を責める言葉が多く見られた。 事件発覚から2日後、第一発見者の母親と杏さ んの二人で警察の現場検証に立ち会い、事件後初 めて妹宅に入ることになった。 私は二人の叫びが聞こえるような気がした。 「おねえちゃま∼!助けて∼!死ねない!いま 絶対に死ねない!」 私のことをきっと叫びづけたのではないだろう か?私は勝手に頼りになるお姉さんだと思い込ん でいたけれど、こんなに近い距離で私に助けを呼 んでも何も気づかないなんて。私は何をしていた のだろう?ごめんね、ごめんね、なぜ生きている のだろう。私は身体中から血の気が引くように感 じ、とてもこの場にいられないと思った。 「助けを呼んでも何も気づかないなんて 」と いう言葉からは、不注意・怠慢への罪悪感が読み 取れる。事件発生時の状況下では、隣家の物音や 叫び声には“気づくことができない”ことが後に 確認されたが、そのような客観的事実は納得する ことができず、“気づくことができなかった自分 がいけない”と自分を責めている。この場面では 続いて「なぜ生きているのだろう」と実存的罪悪 感も表出されており、これらが複合的な形で見ら れる。 対処能力に対する罪悪感 二つ目は、妹たちの最期を見届けてあげられな かったことに対しての罪悪感である。 母親から4人が殺されていると聞いて、混乱状 態の中妹宅を訪れたとき、あまりの恐怖に足がす くみ、杏さんは4人の遺体を自分の目で確認する ことができなかった。 どうしてきちんと向き合えなかったのか。あと でずっと自分を責めることになる。あの場に留 まって、妹の死に顔を見届けてあげられたら、と も思う。でもあの散らかりようは、そんなゆとり を吹き飛ばす異常な光景だった。 思い返すと胸が締め付けられる。あの日、な ぜ、妹たちが、慣れ親しんだ家を出る時、たとえ 変わり果てた姿で運び出されたにしろ、私たち家 族があの場で、妹一家を見送る時間が許されな かったのか。・・・手を合わせて見送ってあげた かった、そのわずかな時間がどうして持てなかっ たのかと思う。どうして気が回らなかったのか、 そんな風に私は、妹たちが生きている時も空まわ りしていたのではないか?そんな思いにとらわれ て、この文章を綴っている今も苦しい、辛い。 自分の思いにかなわぬ行動を取ってしまい、被 害者はこのような自責の念に駆られることがあ る。これは、対処能力に対する罪悪感である。喚 起要因としては、圧倒されるストレスの下で、混 乱や現実感の低下、無感覚・解離といった心理的 反応が起こり、正常な判断が困難であったことが 挙げられる。 ")個人的な過去の後悔 過去の行動に対する罪悪感 次に挙げる場面での生存者罪悪感は、過去の想 起によって被害の原因を追求しようとすることで 経験されている“個人的な過去の後悔”に含まれ る「過去の行動に対する罪悪感」で、ジレンマの 要素を含んでいる。 杏さんと妹一家は、事件のあったその当時、 近々、新築を建ててそちらに引っ越す予定だっ た。そのことについて杏さん夫妻は、次のように 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】
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October 2009 ―165―考えている。 妹一家がいなくなった今、この世田谷の地にい る意味があるのだろうか。この地にいること、ど ころか、私はなぜ生きているのだろう?とそんな 思いでいるのに、今さら家を建てるとかどうでも いいようにさえ思えた。 「あと半年早く引っ越していればなぁ、こんなこ とにならなかったかもしれない・・・・」と、夫 が呟く。わからない。どうしてこんなことになっ たのかわからないのだから、どこに住んでいても 犯人はやってきたかもしれない。でももっと安全 な場所だったら、セキュリティの厳しい場所だっ たら・・・・と、また悪いことを探してしまうの だ。 このように、「もし○○していたら…」という 後悔からはじまり、いかなる行動をとったとして も結果的に自分が納得できないことで生じる罪悪 感は、ジレンマに基づく罪悪感といえる。 関係の罪悪感 「関係の罪悪感」は、家族などの特に親密な “関係”のある相手との死別という外傷体験にお いて生起する可能性が高い。 杏さん一家がイギリスで暮らしていた時、妹と の電話でのやり取りの中で忘れられないものがあ るという。発達障害のある礼君をにいなちゃんと 同じ幼稚園に通わせることができない事を告げ て、妹は電話口で泣きじゃくっていた。杏さん は、このときのやりとりを、次のように後悔と共 に振り返っている。 「いいじゃないの、礼くんには礼くんに合った場 所があるんだから。」電話口で妹があんまり泣く ものだから、ちょっと突き放すように言ったかも しれない。礼くんには礼くんらしい育ての場所が あるはずだから、と思ったままを口にしたのだけ れど。・・・今思うと、妹の気持ちをどれほど汲 めたかわからない。妹の嗚咽はしばらくやまな かった。 あの時ほど電話口で歯がゆい思いをしたことは ない。飛んで帰ってゆっくり妹の話を聞いてやれ たら。自分で自分がもどかしかった。 !)自己非難から派生した罪悪感(周囲の人々に 対する罪悪感) これまで、生存者罪悪感の概念的枠組みに照合 しながら分析を行ってきたが、生存者が自己の生 存や犠牲者に対して持つ罪悪感以外にも、杏さん は事件の直後から、自分の夫や息子、身近な関係 者に対しても申し訳なさを感じていることが読み とられた。 時系列の流れで、姑に対して、にいなちゃんの 友達に対して、息子に対して、夫や家族に対し て、杏さんの感じていた罪悪感を挙げる。 事件発覚から3日後、非常線の中親類の弔問が 相次いだ。夫の母親である姑が心配して駆けつけ てくれた。 来るな、と言っても必ず駆けつけてくれる姑 だった。どれほど心配をかけたのだろう、疲れた 顔をしている。しかし、姑は夫の顔を見て、「疲 れた顔をしているわねぇ」としみじみ言う。その はずだ、夫は時差ぼけも取れていないのに、こん なことに巻き込まれてしまったのだから。夫に姑 に申し訳なく思う。 その一週間後、にいなちゃんの通う小学校で始 業式があった。にいなちゃんと仲良くしてくれて いた子どもたちに対しても申し訳なさを感じてい る。 にいなと仲良くしてくれてありがとう。でもそ んなあたりまえのことさえ、今はきちんと伝えら れるかわからないの。にいなちゃんのおばさんは 悲しくて悲しくて、今はどうなってしまうかもわ からない。何ができるかもわからない、ごめんな さい、怖い思いをさせちゃったね……おばさんも ただただ怖いです。 また、事件から数週間したある日、息子が手持 ちの学生かばんを電車の中に置き忘れてきたこと があった。 ―166― 社 会 学 部 紀 要 第 108 号
ごめんね、つらい思いをさせて。無理に学校に 行かなくてもいいよ、と言ってあげた方がよかっ たのだろうか?今でもあの時を思うたびに何が最 善の方法だったのかと考えさせられる。ただ、息 子にはどれだけ辛い思いをさせたか……この事実 は変わらない。 このとき、杏さんこれ以上辛いことが重なった ら決定的にだめになってしまうかもしれないとい う不安に襲われていた。 2月初めに行われた分骨法要の際には、独り悲 しみに浸りきっている自分について、夫や家族に 対して申し訳なさを感じていた。 「ごめんね」私は夫の胸で泣いたのだ。本当に ごめんなさい、自分の悲しみだけに囚われて。苦 しんでいるのは私だけじゃない。夫とふたりで、 墓地の中をしばらく歩いた。武蔵野の冬木立を相 変わらず冷たい風が吹き抜けていたけれど、夫の 胸のぬくもりは確かなものだった。息子は車の中 で待っていた。心配そうな顔をしている。私が母 を心配するように、息子が私を心配している。た だ、夫を信じて、息子を思いやって、母を気遣っ て生きる、それが私のなすべきことだと思った。 これらの罪悪感、周囲の人々に対して申し訳な いと思う気持ちは、「こんなことに巻き込まれて しまったのだから」という言葉に明らかなよう に、自分と同じように“犠牲者の死に対して悲し みを経験すると考えられる人”に対して感じてい ると考えられる。これは、「自分が、彼らを悲し ませるようなことに関わってしまった」もしく は、「自分が彼らを悲しませるようなことをして しまった」という認識の上に在る罪悪感だと考え られる。 b)生存者罪悪感の変容 杏さんの場合、事件を起点に、過去・現在・未 来と時間を軸にたどっても、犠牲者・家族・周り の人々と、本人を起点に周囲との関係性をたどっ ても、種々の生存者罪悪感が広範囲に及んでいる ことが分かった。分析の結果、対処行動の罪悪感 や関係の罪悪感といった、比較的具体的な行為に ついての後悔として表出される罪悪感は、外傷を 想起する場所への接近や、現在の生活の中で過去 の出来事が関連して思い出されたときに喚起され ていることが読み取られた。一方、先述したよう に、実存的罪悪感は、生存者の心の底にあり続 け、長期に渡り彼女を苦しめているものだとわ かった。「あとがき」には次のように綴られてい る。 ・・・・それまでは、心の底で自分を責めてい ました。あんなにつらい思いをして亡くなった妹 たちを思うと、私が生きる喜びに向かうことが許 されるのだろうか、とずっと自分に負い目を感じ ていたからです。 しかし杏さんにとって、当初ただ自分を責める ものだった「なぜ妹たちは死んでしまったのだろ う、私はなぜ生きているのだろう」という疑問 は、“遺された私の生の意味”を探るものへと変 化している。そして、この問いに自身で答えを見 つけるべく“意味の探究”をすることによって、 トラウマからの回復が導かれていることが読み取 られた。 彼女の場合は、絵本の世界との出会いが回復に 寄与している。事件から3年後、杏さんは、学校 の図書館での読み聞かせの仕事をルーティンワー クとして生活の中に定着させる。彼女はこの活動 について、次のように記している。 あまりに異常な犯罪に遭遇した身として、その 不毛さにただ怯えているだけではいたくない。犯 罪を生む不毛な土壌が、想像力と潤いに満ちた肥 沃な土壌となったなら。・・・犯罪が蔓延するこ とができないような、豊かな心を育てることがで きるなら。それこそが、私にとって、犯罪の被害 からの本当の回復を意味するのではないかと思っ たのだ。 ・・・伝えたいこと。それは、人のやさしさ、 すばらしさといた気高いものから、滑稽さ、残酷 さ、不条理さも含めた、生きることへの喜びや悲 しみなどだ。自分が再生の道のりを探ることで気 づいたこと、今の私だから伝えられるメッセージ 【L:】Server/関西学院大学/社会学部紀要/社会学部紀要第108号/渡邊真央【安田賞】