ポール・レオトー、あるいは内面の都市-(3)
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(2) ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. てこの空間にあったことを思うと、この火災は決して偶然ではないの. 別にコメディ-=フランセ-ズの火災によって変化することばなかっ. セーズ。そういえば、この炎の明るさは劇場の内部の、あの出し物が. 始まる前の奇妙な明るさに似てはいないだろうか。「私」はこの明る さを何度も体験したことがある。輝かしいあの時間帯、トロワ・クー が響き渡り、幕が上がり、まばゆい照明に包まれたあの時間帯と今 「私」がこうして見ている炎の明るさとは同七力に支配されてはいま いか。もちろん、目の前の火事は何かの始まりではない。焼け落ちる. る関心となる。. その世界とはポ-ルが一九〇二年にメルキュ-ル・ドゥ・フランス. から出版することになる小説『情人』 である。前もって語ってしまう. と、この小説はゴンク-ル賞の候補作ともなり、もちろんさして売れ. たわけではなかったが、それでも、文学の--ユ-ではある種の評価. しておらず、この作品がポ-ルの唯1のフィクションということにな. を得た作品ではあった。幸か不幸かポ-ルはこの作品以外に小説を残. っの方向を併せ持っている。「私」の過去への遡行、つまり、すでに. るのだが、少なくともこの作品を読む限り、この作品のはとんどはポ-. ルが幼少時の思い出として、ロベ-ル・マレに語ったのと何の差異も. ないノンフィクションとさえ考えられる。つまり、これは小説ではな -、少しばかり早すぎるポ-ルの自伝とも読めるかもしれない。たと. えば、ポ-ルがロベ-ル・マレに語ったパ-九区の実に瑞々しい描写. 中に表れる。つまり、現実のポ-ルがこの地域で生きたのは一八七〇. は『情人』 におけるそれそのままであり、寸分違わぬ言葉遣いがその. 限り、ポ-ルの内部に起こったほずのこうした変化、というか、突然. あり、さらにまた、ポールがこの界隅をマレに語ったのは一九五〇年. 年代末のことであり、この小説が記されつつあったのは一九〇〇年で. ていない。彼は、相変わらずバルブロン不動産に勤め、相変わらずメ. 実にわれわれは驚きを感じるのは当然なのだが、それと同時に、この. 老人は、全-同じ内容のことを同じ言葉で繰り返すのである。この事. 老人が語り直すまでに五〇年の時間が流れている。そして、話者たる. なのである。事実から小説までが二〇年以上経過し、それをひとりの. は大き-ポ-ル(・レオト-)を凌駕するヴァレ--の友人たちに紹. に出入りし、ときにはポ-ル・ヴァレ--宅に招待され、教養の面で. ルフレッド・ヴァレットの妻ラシルドによって主宰される文学サロン. ルキュ-ル・ドゥ・フランスに毎週火曜日に通い、そこで行われるア. の運動の方向転換を読み取ることばできない。彼の現実は何も変わっ. 二〇年間の時間 その間も書き続けられていたポ-ルの『日記』を単純に読み続ける. 動かしているものではない別の力を見出すために、未来の中にではな -過去の中に、「私」を置いてみる時間の始まりなのである。. 忘れていた、否、忘れてはいないまでも、決して「私」の現在を強く. 建物、それは、ひとつの終末にすぎない。だが「私」にとってはこれ は明らかな始まりの記号なのである。その始まりとは矛盾にみちた二. のない世界の方へポ-ルが身を乗り出したことこそ、われわれの次な. だ。他の誰でもないポ-ルの目の前で焼け落ちるコメディ-=フラン. 介されるが、彼らと余り口をき-ことなく帰宅するといった生活は、. 二. た。だが問題なのはそうしたポ-ルの表面的な文学生活の方ではない。 この火災によってスタンダ-ルやマラルメとは別の、自らの掛け替え. いて思考しないわけには行かない。二七年間の彼の人生の出発がすべ. 梅本.
(3) 老人の語り口が余りに生き生きしたものであるために、まるでわれわ れが今その地域を生きているのではないかと錯覚さえしてしまう。 まず『情人』 の冒頭を読んでみることにしよう。. あるだろう。. 私は、しばら-前から、シ-ズンによってフォリ-=ベルジェ-ル とかジャルダン・ドゥ・パ-とかに毎晩通っていた。偉大な書物か. ホ-ルにいた。今でもわたしは思い出すことができる。テ-ブルと. しんだ。活気のない沈んだ作りものの世界の後では、それこそが色. ら逃れて、こうした色とりどりの場所に-ることを、私は心から楽. 椅子のある大きなホ-ルがあり、それを立ち見席が取り囲み、両側. 彩に満ちた生活だったし、そうした場所を排御すればするはど、私 はそうした場所にいるのを楽しんだし、こうして女たちの何人かと. もう何年か前のある晩、わたしは友人たちと有名な-ユ-ジック・. に回廊があり、奥に舞台、そして右側に楽屋に通じる扉があった。. 親しくなり、そのうち何人かとは馴染みになっていfNL.. ここにも劇場が存在している。『文学日記』を記し続けるポ-ルには. たったひとり残されて、犬のタバと共に家で読書に勤しんだポ-ルの. からの解放をめざした時間がそこに流れているだけである。われわれ は、父フィルマンがコメディ-=フランセーズで仕事をしている最中、. 別にスペクタクルそのものに関心があったからではなく、文学と書物. そこにはすべての種類の女たちが排御しており、少なくともその優 雅さと力強さにおいて、他の大都市にはいない種類の女たちである (-). 余り見られない記述として劇場。コメディ-=フランセ-ズの火災が. ことだけは確かである。. パ-のおそら-モンマルトルの-ユ-ジック・ホ-ルと重ね合わされ. 姿を忘れたわけではない。ただ、幼年時のポ-ルから、『情人』のポルまで、二〇年の時間が流れているのを知っているだけである。結局、. ね、求める文学に舵をとっても、彼の生活は変わらない。セ-ヌ右岸. 何も変わってはいないのだ。パリのセ-ヌ左岸を何度も引っ越しを重. コメディ-=フランセ-ズの火事と『情人』の冒頭で、劇場と女性と. で見たコメディ--フランセ-ズの火事をきっかけに自らの生活の過. ている。ポ-ルの人生の節目には必ず出現する劇場。彼とアルフレッ ド・ヴァレットの出会いもリユニェ=ポ-の制作座を介して行われた。. いうポ-ルには欠-ことのできないふたつの要素が接ぎ木されるので. 去に遡行したポールだったが、あれほど変化したと考えていた彼の生. 、あるいは内面の都市. 活も実は何ら変化のなかったことにポ-ル自身が気付-だけのことで ある。その手触りを得るために彼は過去へと、彼自身が生きた空間へ と遡行を開始する。つまり『情人』を書くことである。. ある。. 全八草一九五頁から成るこの小説の冒頭の一章は、すべて劇場の描. 写によって成立している。「どの友人とそこに行ったかはわからない」 とポ-ル自身も書いているのだが、後に演劇批評家としても健筆をふ るうポ-ルのことだから、その正確な記述は当然のこととしても、彼. ポール・レオト-. 梅本. が、何故、.冒頭の一章を劇場から開始したのかは、考えてみる価値が ■L「リ.
(4) 彼女の面影. ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. ところでポ-ルがフォ---ベルジェ-ルやジャルダン・ドゥ・パ. あるとき、ひとりの女が私たちの前に現れ、男たちと喋っていた。. l章で彼が思い出すのはポ-ルにとって欠如としてずっと彼の記憶か ら抹殺されていたある女性の面影である。. 彼がこの後文筆活動をするための通過儀礼となっているのだろうし、. 彼の従来からの関心の中心にあったスタンダ-ルでもマラルメでもな く、彼は、最初の書物を自らの育った環境に求めようとする。それは、. 劇場と女性、そしてそれら二つの要素に関わる母の記憶。作者の言葉 を信ずるならば、『情人』の原動力になったのはそれらの要素である。. 良き右岸のパ-を想い、この小説執筆から五〇年後に、この小説そっ くりの話をロベ-ル・マレに語るポ-ルの姿は滑稽であるかもしれな. て離さなかったのは皮肉な結果かもしれない。左岸に住みつつ、古き. すると、もうひとりの女がやって来て、彼女はとても美しかった。. 能があれば、今では男たちに追い掛けられていたろうし、彼女の徳 (3) と人間関係を私も享受していたろう」。. とにかく私はこの書物、そのはとんどが思い出で占められている書. から時を経ず、それこそ一気に書き上げられたのである。劇場の記憶 に促されて、女たちを見つめ、そして、おぼろげな母の記憶に導かれ. そして『情人』は書き始められた。コメディー-フランセ-ズの火災. く直さなかった。何度反窮しても飽きることがなかった. んでもらい、彼らの意見を聞いたかもしれない。だが私は文章を全. 物を、気にいられるかどうか判らぬまま書き始めよう。(中略) し私に文学をやっている友人がいたら、この書物を送って彼らに読. も. すでに述べた通り、ジャンヌは、ポ-ルを生んですぐにフィルマンの. 許を離れ、彼女の記憶はポ-ルにははとんど存在していないのだが、 それでも劇場と共に女たちと共に、ご-自然な形でポ-ルは母のこと を思い出すのである。そして、この突然の記憶はまるで氷山のように 『情人』を支配することになるが、それはもっと先で語ろう。しかし、 なぜポールは突然母を思い出したのだろ.,つか。. 私はそう繰り返した。今、口に出したことと別のこととは考えられ なかった。恐ら-、それは私の意志とは別の言葉だったかもしれな. O. 「母にこんなに勇気がなかったのは残念なことだ。彼女-らいの才. 事実、彼がその目的のためにこの自伝的小説、あるいは小説的自伝を. のことだ還。. いし、私の感情から出た訳の分からない快楽から出たのかもしれな この書物を書こうと思いたったのはその晩 い。(中略)とにか-r. 四. 私の友人たちも私も、彼女を何も言わずに見ていた。友人たちはこ. -∨ヽー. 著そうとしたのだろうが、逆に、こうした行動が終生、ポ-ルを捉え. の第. れといった理由もな-そうしていたのだろうが、私は彼女を興味深 -見つめていたのだ。私は何気な-自然にこう言っていたのだ。. のは、劇場とそこに集う女たちの記憶ばかりではない。『情人』. -といった右岸の-ユ-ジック・ホ-ルの固有名詞と共に思い出した. 梅本.
(5) い,. て、この書物は書き始めせれた。極めてレオト-的な劇場の記憶、そ のために一冊の書. してポールだけにしかない母の記憶、そしてパ-九区に集う女たち. 無論、その多-が娼婦と呼ばれる存在だったが. -. ヌゲィエ-ヴ教会とパンテオンが建つセ-ヌ左岸の坂道でもないし、. 絵葉書のパ-と化したサクレ=ク-ル寺院へと登るあの急で細い坂道 でもない。グランプールヴァ-ルと呼ばれるオ-スマンの都市改革の. の幼年期の舞台である。. 結果生まれた広大な大通りから、モンマルトルの丘まで、なだらかに ゆるやかに続-坂道の数々こそ「私」. 私はすでにどこかでこの消えかかった優しさと大切な香りのする. での出会いの後、私が私の心の最も大きな部分を置いてきたのはこ. 会するためにやってきた。フォ--=ベルジェ-ルの立ち見席の端. 場所について書いたことがある。そこには私はまず私の女友達に再. やかに傾斜しているから、誰でもがそれを坂道と呼ぶことに納得する. の少しばかり陰哲な場所だろうと思われたからである.それは、.ピ. とり、午後は化粧をしに行-時間を待ち、夜、それは彼女たちがカ. はほとんど人はやってこない。女たちはそこで昼食をとり、夕食を. 今ではな-なったチ-ズ屋のような店でのことだった。そこに日中. ガ-ル街の外れにあり、ブラッス--・フォンテ-ヌから遠-ない. だろう。広い大通りが一本真っ直ぐに丘に向かって延びているのでも. 分解する。都市は風景としてかれの身をひら-とともに、部屋とし てかれをつつみこむ恥が。 そうし記したのヴァルタ-・ベンヤミンである。われわれのこれらの. 坂道を縦横に歩-遊歩する「私」はベンヤ-ンの書-「かれ」に. だ宗。. こうした女たちとはもちろん娼婦のことであり、別にポ-ルが彼女. たちと何度も交渉を持ったわけではないのだが、少なくともポ-ルに. ベンヤミンが記したパリの遊歩者た. とって彼女たちの記憶とは彼の幼年時代の記憶と重ね合わせることが できるのである。街路と部屋. ちの行動とこれら娼婦たちの行動が同一なものであることは、すでに 述べるまでもなかろう。. コンデ街、サヴォワ街、ボナパルト街といった左岸の地名の代わり. 五. パ-の坂道であ 置き換えられる。この坂道とは、「一九世紀の首都」 り、正に一九世紀にポ-ルと乳母のマ--・プゼが歩いた坂道の群れ. 、あるいは内面の都市. -. と厳密にいえば、遊歩者にとってこの都市はその弁証法的な両極に. フェや-ユ-ジック・ホ-ルに散り、偶然の出会いを楽しむ時間 風景1じじつ遊歩者にとってパリは風景となる。あるいは、もっ. はない。その坂道とは「私」の幼少時の記憶の中にしか生きてはいな 。けれども、それらの坂道は、今でも、われわれの前に存在する。. われわれの舞台である。「私」は今、その坂道で生活しているわけで. なく、数々の坂道のみが、それも右に左に丘に接近する坂道の群れが. あの坂道について語りたい。確かに坂道と呼べば、その街路はゆる. 坂道の記憶. 似ている不思議な書物がここに誕生しはじめるのである。. 物を世に出すこと。思い出とも私小説ともつかないポ-ルに実によ-. -. である。だが、この坂道はパ-といえば誰でも思い出すサント=ジュ ポ-ル・レオト-. 梅本.
(6) ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. 梅本. 『情人』の主要な舞台となるのである。事実、ポ-ルの記述は詳細を. 極める。坂道の昇降運動マ--・プゼの腕に抱かれてこの地域を 排桐するポ-ルの行動、そしてその視線がわれわれの次の関心になる だろう。. 自らの視線を確かめるために. 再び劇場と女建ち. 炎に包まれたコメディ-=フランセ-ズと輝-ような照明に照らさ れた-ユ-ジック・ホ-ル。二つの劇場空間の接ぎ木によって生まれ. の幼年期へと回帰するために準備されたとしか思えない女たちの記述. 六. 私はそんな女のひとりと待ち合わせ、彼女が私に与えて-れた優し さに何のためらいもなく身を任せることができたo そのとき、どん. なに自分の身を忘れることができたか。そこにわたしの幼少時の思. い出のすべてが通り過ぎたのだった。女たちは、私の前ではパリの. 広場に立つ女たちになり、彼女たちが私に語ることがその名に値す る優雅さを備えていると、私は、昔、母の衣服に包まれ穏やかさに. ゆく運動などどこにも発見できるものだろう。しかし、い-ら母を思. 包まれおとなしくしている子供に戻った気が. 落ちた小説『情人』。ポ-ルの空間、ポ-ルの運動 極めて私性の 高いこうした運動の果てに、ポ-ルが自らの「思い出」に遡行するの は、とりたてて不思議なことではなかろう。そして劇場で出会った女. い出そうとしても、ポ-ルの生後三日目にフィルマンの許を去ったジャ. さに触発されたポ-ルの想像力にすぎないのかもしれない。思い出な. ど、結局は、思い出そうとする人の担造した空間の中に広がる運動に. すぎないのだ。コメディ-=フランセ-ズの火災がなければ、彼の関. 心は、専ら彼の現在に現在の文学に向けられていたはずである。事実、. すでに述べた通り、彼は外面的にはそうした生活を送っていたのであ. 部分であるが、そこから無作為にどんな文章を取り出してみても、彼. 『情人』の第二章は、そうした彼の幼少時へと戻るために用意された. 道を選んで移動する姿の中途で、彼は多-の娼婦たちに出会った。. かめてみたいという欲望を押さえきれな-なってしまったからである。. て彼を育んだ地域に足を運んでみる。自らの思い出の手触りを再び確. れて行き、それが彼の外面にまで表出してくる。つまり、彼は意識し. 街一四番地に移動する-い-つもの交錯する坂道の中から一本の坂 る。しかし、そうした中で、彼の内面は、次第に大きな思い出に包ま. はな-、薄幸の少年の姿がそこに浮かび上がるだけである。確かにマ リー・プゼの腕に抱かれて、マルティ-ル街二一番地からクロ-ゼル. だが、すでにわれわれがロベ-ル・マレとのインタヴユ-を手掛か りにして触れた通り、ポ-ルの幼少時とは決して郷愁に満ちたもので. つの劇場空間の接合の成せる自然な運動なのである。. の中からひとりの女-すなわち彼の母の面影を抽出することも、二 ンヌの記憶など戻って-るはずはないのだ。それは女たちの艶めかし. 女たちの記憶が、その柔らかさに満ちた記憶が母の記憶に収赦して. 遠から、彼が幼少時に街角で出会った娼婦たちを思い出し、さらにそ. -. たとえば、ああした午後のこと、それはもっと快いものだった。. 地域1マルティ-ル街、クロ-ゼル街、モリエ-ル街など-が、 に出会ってしまう。. に、セ-ヌ右岸のパ-九区の、かつてわれわれが引用したことのある. 1Jl.4. Ⅷ.
(7) そして、その運動は女たちとの出会い、さらに劇場空間によって強調. -ユ-ジック・ホ-ルの代わりにコメディ--フランセ-ズが置か. れ、さらにまたその上演演目として『フィガロの結婚』の第五幕が選 ばれ、その上、そこでシェ-ユバンの歌う「私には乳母がいた」が引. されるのである。. もちろんポ-ル自身も、自らの運動を文字にしてみることにためら. がマ--・プゼであることは言うまでもない。舞台装置は整えられた。. 用され、そして、自らの地域が定められる。もちろん、乳母となるの. いがなかったわけではない。「私は、読者がこれから私が語ろうとす る幼少時の思い出の数々を楽しむかどうかわからない」と書くことで. サン=ジョルジュ広場. 『情人』の第三章を開始しているからである。だが、同じ頁の中で、 「否、違う、私は、女たちに向けたのと同じ配慮ある優しさを込めて、. たとえば都市小説というなら、その作者がバルザックでもゾラでも. われ、「私には乳母がいた」と歌われる恋唄は私を涙ぐませた。否、. ルの文体は遠い。文学史から彼が排除されるのも別に不思議なことで. 慣を特徴付ける半過去時制が無反省に並べ,ケれているだけである。つ まり、ある時代を画する文体からも、作家を決定しうる文体からもポ-. が見られないのである。たとえば前半部を占めているパ-九区の記述 もまた、回想であるがゆえに用いられている単純過去時制と過去の習. 語としての主題を欠いててるとさえいえよう。彼の文章には余り特徴. せているわけではない。確かに記述には無駄が多-、反復もあり、物. いのだ。そして、その記述を特徴付ける文体もまたポ-ルが持ち合わ. レオト-である必然性はないだろうし、それが誰であってもかまわな. かまわないだろう。記述することが都市を読むことになるならば、あ る年代のある空間を記述の中に収めるならば、その作者は何もポ-ル・. そして誰にもショックを与えないように配慮して、この子供のことを 語ろうと思,Lo]'と気を取り直し、自らの思い出を少しずつ語り始める。 そうした記憶の冒頭には、ここでも劇場が登場する。 そしてまた、私はしばしばフランス座の廊下や舞台も散歩した。だ が、コメディ-(=フランセ-ズ) の大きな話題になった出し物に -は興味はなかったし、現代演劇の傑作の上演中に眠ってしまうこと. さえあった。そうした中で、私が唯一持っている記憶は『フィガロ の結婚』の第五幕。公園の場面ある。シェ-エバンが恋唄を口ずさ. そのことを思い出してみると、コメディ-=フランセーズは私の散. を持った信じ難い時間の長さも、そもそも作家の価値とは無関係に存. みながら通る公園の場面だった。公園は私にとって巨大なものに思. 歩の好みの場所ではなかった。私にとって最も親しみ深い地域、私 が常に持っている、私の目の中で映像が溢れている地域、それは、. 在している。ポール自身もそのことに気付いていた。たとえば、一九. 今日の午後三時ごろ、『情人』が各書店に三冊づつ並べられた。誰. はない。全十九巻という膨大な『文学日記』の量も、彼が文学と関係. ノ-トルダム-ドゥ-ラ-ロレット街とフォンテ-ヌ街、ク-ツシ-. 〇三年三月一八日付けの『日記』に彼は次のように記した。. 、あるいは内面の都市. 梅本. 大通りとロシュシュア-ル大通り、そしてロシュシュア-ル街とラ マルティ-ヌ街に囲まれた地域である。. ポール・レオト-. 七. (10).
(8) 、あるいは内面の都市. いたのはガヴァルニの彫像がサン=ジョルジュ広場に建てられた事実. ポ-ル・レオト-. もその書物を手にとって見る者がいないことを見るのは気分の良い. サン-ジョルジュ広場は美しい広場だ。美しい、と記してもそれは. 築上のことではない。ポ-ルが記し続けた三階建てから七階建ての低. たとえばノ-トル-ダム寺院やサクレ=ク-ル寺院が美しいという建. 今朝は、ゾラの厚-重い小説『真理』もまた出版された。すでに. 層建築が坂道の上に張り付-ように建ち並ぶこの地域の中心にあって、. サン-ジョルジュ広場は他の場所と異なる様相を呈しているのだ。建. ば-ユ-ジック・ホ-ルの立ち見席や女友達の家での夕食の情景への. 物と坂道の傾斜によって圧迫され、そこからははとんど空が見えない のである。『情人』は確かにパ-のこの地域の、ある時間帯とそこに. いない。. 才能を定義することは不可能だし、ゾラとポ-ルを比較することも意. 『情人』の出版後、メルキュ-ル・ドゥ・フランスのアルフレッド・ ヴァレットから、「常に何かを試みるのは良いことだ」と言われたポ-. 記述は詳細を極め、そこには劇場のスポットライトや、部屋の照明の 「私」は乳母マ 中で浮かび上がる女たちの記述も多-見られる。幼い --・プゼに抱かれて、ところどころで商店に立ち寄り、さらにもう. 住む人々を提示しているのだが、そこには天候は不在である。たとえ. ルは失望せず文章を書-作業を続けようとする。『情人』出版後の初. 少し上の大通りで客待ちをする娼婦たちと出会いながら、マルティル街を登って行くのだが、出会う人々の詳細な記述に何度も出会いな. がらも、その日がいかなる天候だったはまるで知ることができないの である。. 時刻は記されてはいる。だが、その日が晴天だったのか曇天だった. のか、あるいは雨が降っていたのか、われわれには知ることができな. 人を嫌っていたわけではな-、その反対に『情人』の中にもガヴァル. する上での共通点があったはずである。ポ-ル自身もガヴァルニその. 場だけには、その空間に、空が、光りが存在しているのである。. が出現してくる情景は感動的でさえある。だが、サン=ジョルジュ広. 確かに空が不在であるその地区には、ある種の暗さがあることは明ら かだ。暗さの中から、その中でこそ商売を営める青白い顔の娼婦たち. い。天候の不在の中を「私」とマ--・プゼは歩を進めるだけである。. ニについての好ましい記録が見られるはどである。ポ-ルが反対して. 録しっづけたポ-ルの敵対者ではありえない。ポ-ルの生まれた時代 にこの世を去ったガザァルニとポ-ルはむしろ一九世紀のパ-を記録. とシャルル・ボードレ-ルに言わしめたガヴァルニは、パ-の街を記. し、「旧王制の年月を思い出すには彼の版画集を捲ってみればよい」. は一九〇三年のことである。まず建築家を志し、後に多くの版画を残. ポ-ル・ガザァルニの彫像がサン=ジョルジュ広場に建てられたの. 仕事はサン=ジョルジュ広場に建てられたポ-ル・ガヴァルニの彫像 についての文章だった。. 味がなかろう。文学史はゾラの氏名を伝え、ポ-ルの氏名を伝えては. かを感じたことも稀なことだ。. (u). 四万一千冊刷っている。私の才能を確信したことは一度もない。何. の場所に戻していた。. りの遊歩者がそれを手に取り、め-り、ところどころを読み、もと. なのである。. ′\. ものではない。イタリアン大通りのフランマ-オン書店では、ひと. 梅本.
(9) 1九〇四年1二月1七日. 私は再び午後マルティール街界隈を散. ルジュ広場の池が埋めたてられた跡に建てられた。. ラフエリエール街〓八番地. もちろん、この地域に留まり続けるわれわれとポ-ルにとって、最. も重要な記憶とはポールの母のジャンヌ・フォレスティエのことであ. ることは述べるまでもあるまい。ポ-ルが想像力の中でこの地域に戻っ. を散歩した。(中略)私はまた父の愛人が住んでいたラマルティヌ街の家を覚えている。ある日彼女はピストル自殺を図り、私たち. からモ-ブージュ街に続-今ではな-なってしまったバッサ-ジュ. 屋の息子であるラングロワ兄弟と遊んだ。私はしばしばロディエ街. の界隈で追い求めようとしたのだろう。ポ-ルが、父フィルマンと新 し-フィルマンの妻に迎えられたルイ-ズ・ゲィアルと共にク-ルブ. 引用しておいたが、行方も知れないジャンヌの姿を、なぜポ-ルはこ. 向にポ-ルの記憶の中に浮上してこない。ポ-ルが、ロベ-ル・マレ. 漢-現れる乳母マ--・プゼのイマ-ジュに反して、母ジャンヌは1. てきたのも、母ジャンヌの面影を追ってきたからである。しかし、色. はラリボワジエ-ルやボ-ジョン 引用者) (どちらも病院の名 に彼女に会いに行った。そうした思い出のすべては私の中で未だに. ヴォワに去る直前、つまり、1八八1年の中頃、ポ-ルとジャンヌの. われわれはこの坂道の群れの表情を知ることができる。光が不在であ る坂道.けれども、そこにたった1箇所、自然の要素が音もな-介入 するところがある。すなわち、サン-ジョルジュ広場の池であり、そ こに小舟を浮かべたことで示される水である。暗-狭い坂道が幾重に も続-街路が集中するサン-ジョルジュ広場にあり、まるで暗さから. 、あるいは内面の都市. 梅本. の幼い記憶 光が侵入するように、水面に光が反射するように、「私」 の最良の日々が建ってくる。ポール・ガヴァルニの彫像は、サン=ジョ ポ-ル・レオト-. この時期の唯一の避造が実現している。もっとも、こうした避遁が、. 歳であり、自ら望んでジャンヌと会いたがP.たわけではないし、むし. ろ、ポ-ルはジャンヌのことなど、全-忘れていたのである。避遁の. 時は突然やってくる。. 何年かたって、一八八一年の中頃、私がほとんど知らなかった母. がパリにやってきた。パ-で遊ぶためと私に会うためだった。当時、. 私たちはマルティ-ル街二一番地に住んでおり、中庭の奥にある小 さな家で私は生活の退屈さを知り始めていた。マリ-は家を去り、. 全-別の若い女が彼女の代わりをしていた。わたしは、当時」父の. 九. すれちがった娼婦たちの表情や共に遊んだ子供たちの描写と共に、. ちどまらずそこを通り過ぎることは決してでき挺。 どのように実現したのか、ポ-ルには知るよしもない。彼は、未だ八. -. に、「マリ-を私の母とも田心っている」と述べていたことは、すでに. 生き生きとしており、(中略)心を感傷で一杯にして、当時私が何 回か小さな船を走らせて遊んだサン=ジョルジュ広場の他の前に立. 私はときどきイポリット=ルバ街の市場でマルティ-ル街のパン. ように記している。. ガヴァルニの彫像がなぜ醜悪なのか。『情人』 の中でポ-ルは次の. 歩した.私はあの醜悪なガヴァルニの彫像を暫。. -.
(10) <∪ハU. ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. 梅本. の前半部の中心をなすのが、この部分であるかもしれないが、ひたす. 一〇. ようにフィルマンの女性関係が原因だった。そして、マリ-に去られ. マ--・プゼがレオト-家を去った理由については、すでに述べた. 場所の雰囲気は一切変わっていないと断言するポ-ル。そしてその雰. る。すでに存在しない小路での避追、そして存在はしていないがその. 具体性を増し、当時と現在の比較をも交えながら、強い心情に支えら れているようだ。幼いポールの心の襲までもが極めて正確に読み取れ. 囲気とは「静か」で「女性的」なのである。もちろん、その二つの形. 容は、「母」のイマ-ジュに重ね合わせられることば当然のことだろ. た。はんの数分間、私ははとんど口をきかず、ほとんど母を見るこ. 当時、そのどちらを言った方が正しかったかが分からなかったのだ。. 私はそこに到着し、母の部屋を訪ねるのに彼女の名前を何と言った のかはもう覚えていない。否、むしろ、二つの名前を覚えていて、. 'つ○. ともできなかった。ようや-、やっとのことで、「マダム」と呼び. いずれにせよ、私は教えられた部屋. のまま出ていた。彼女は、近-に来て-れと言い、私にキスし、私. に流れるままで、大きなシャツを上からはおっていたため、首がそ. て決して小さな出来事ではなかった。ラフェ-エール小路は、今で はラフェ-エ-ル街になっている。ノ-トル-ダム=ドゥ=ロレッ ト街とブレア街に通じる出口にあった鉄の扉はもうなくなってしまっ. 感じもしながら、近付いていった。彼女は私の首に手を回し、胸の. あり、私はそれらに目を見張っていたが、それらは無造作に椅子の. 的なままである。. 劇場と女たちに導かれて、母ジャンヌに辿り着-ことになる『情人』. 方に寄せ、1瞬、子供のように接吻をした。私は、頬に接吻するた びに揺れる彼女の胸を感じていた。どの下着も優雅で流行のもので. (.1. 母ジャンヌとの束の間の避遁を伝える文章は、詳細を極めている。. tL'). は彼女のベッドの方に、うれし-もあり、少しばかり、気づまりな. が、私に触れるはど近-にいたのだった。彼女はまだ寝間着姿であ り、胸の形は少しっ-られていたが、髪はまとめておらずゆるやか. そのあ 、部屋に入ると、その女性. のドアをノックすると、鍵穴に差し込まれた鍵が回され. 二階だった1に行き、そ. かけた。すると彼女は立ち上がり、スカ-トの裾をたたいて、身支. たりももうはっきり覚えていないが. -. -. -. た。しかし、それ以外は、そこのすべては当時のように静かで女性. 路の家に向かった。緊張していたにちがいない。そのことば私にとっ. 度をすると、出ていった.翌日は、1日中、彼女と過ごすことになっ ていた。(中略)翌日の朝、私は、彼女に会いにラフェリエ-ル小. どんなふうに育っているかを見たがった。この避追は短いものだっ. まだ残っている一六番地にある家具付の家に落ち着き、すぐに私が. ある午後のこと、母が到着した。彼はラフェ-エール小路の、確か. 現れる。. たポ-ルに、まるでマ--にとって代わるかのように、母ジャンヌが. ぐにその部屋に入れられた.微笑みの時は本当の終りを嘩挺. ら自らの見たものを記述していたポ-ルの筆遣いは、それ以前より、. 家に一部屋もらっていた。天井が低-、小さな部屋で、夕食後はす. ■LJ.
(11) この体験はポ-ルにとって一生付きまとうものとなるだろう。女性. なってisi!。. ストランでとられたわけではない。パリで有数の優れたレストランで. 大き-、そして果てしな-拡がっていったからだ。おそらく初めての ことだったろうレストランでの食事、しかもその食事も単に街角のレ. 母の存在がポ-ルにもたらした変化は計りしれないものがある。それ までは天候もよ-分からないパリ九区の坂道が舞台だった彼の世界が. 上に脱ぎ捨てられていた。香水の香りがたちこめ、わたしは荘然と. たちの頂点に立つ存在としての母。そして、この母とのほとんど性的. あるダランヴュフ-ルでの夕食。そして、窓際に見えるパレ・ロワイ. 記述が一切消え去ってしまう。. こうした母にまつわる情景を最後に『情人』からポ-ルの幼少時の. 母の友人を名乗る男たちである。そして母と男たちが生み出す笑い声 の背後に「ボルド-のさりげない生活」、「アマンダの恋人」、「商務の ワルツ」といった当時のパリを飾りたてていた音楽が聞こえていた。. だが、そこでポ-ルが見ることになるのは、素晴らしい舞台ではない。. の回廊が見えていたかもしれない。事実、ポールとジャンヌはその後 シャトレ座やフォ-I-ベルジェ-ルといった劇場に出向くのである。. ヤルの庭園。そしてさらに庭園を隔てて、コメディ-=フランセ-ズ. とも呼べるような関係。ポ-ルにとってジャンヌの存在は、すでに親 子の関係ではなかった。というより、ポ-ルの許を生後二日で去った ジャンヌをポ-ルが覚えているはずはない。この避遁がポ-ルにとっ て初めての母親体験であると同時に、初めての女性体験でもありうる0 後に『情人』はエロティズムの文学に数え上げられ、その一節が、エ ロティズム文学選集な収められることにもなるが、子供の見た街の情 景といったこの小説の開始の二章と、母との避遁を記述するこの部分 とはかなり姿勢が異なっていることは重要である。 .〇の日、ポ-ルに母ジャンヌは、父フィルマンと昼食の後、馬車で パリ市内を廻ることになる。シャンゼ-ゼを走り、動物園に行き、リ ヴォ-街に入り、それからグラングェフ-ルという現在も残るパリの. クローゼル街一四番地. るわけではない。あれから二〇年が流れ、ポ-ルの記憶は騰ろげになっ. いた。だが当然のことながらその生々しさば記憶だけに頼って生まれ. もちろんポ-ルはこうした記憶のすべてを思い出という形で持って. 九区の一部という極めて小さな地域に限られていたポ-ルにとって、 パリのほとんどすべてが視線に収められるのである。「それら、すべ. 高級レストランで夕食をとる。その一日、それまで、行動範囲がパリ. てがマルティ-ル街やサン=ジョルジュ広場の池やピガ-ル広場から. てい-ことば述べるまでもないだろう。彼は、再びこの界隈を訪問し. 最近、私は、おそら-余りに語り過ぎたかもしれないマルティ-ル. ている。. はずっと遠いものに感じられi[h]'。そうポールは回述している.. 私は、あのレストランの食事を1生忘れないだろう。窓側の、私た ちを見ている他の客たちから余り遠くないところで、私の前に母が. 、あるいは内面の都市. 一、竺. いて、私の右側の目の先には公園が広がって担. 街界隈を訪ねてみた。この章を書き始める前に私の記憶を確かめて ポ-ル・レオト-. 梅本.
(12) 、あるいは内面の都市. くなり、ポ-ルは身を屈めなければ通れないくらいである。ここでも. ポ-ル・レオト-. みたかったからだ。子供の頃、よ-散歩した街路を、女友達とのか. た彼女の部屋をどうしても見たかったからだ。扉が開かれ、若い女. 私は再び階段を降り、昔ルル-夫人が住んでいた五階の部屋の扉を ノックした。可愛そうな娼婦であり、私の最初の女友達のひとりだっ. に、子供の頃の記憶はより鮮明になってゆく。娼婦たちから声がかか. と披女. は言った。そして私が説明しはじめたので、彼女は部屋の中に入れ. 地悪には見えなかった。そして、私は話した。この階段をいったい. のすべては小ぎれいに整っていて、見た目が良かったし、彼女も意. 母がいた部屋の窓を見上げてみる。ただあの窓を見つめているだけで、 あの日の、あの記憶が強-心に廻って-るのを感じる。. マリ-・プゼが. て-れた。私はどこから説明してよいかわからなかった。この部屋. を与えたのは、もちろんクロ-ゼル街の一四番地 毎晩ポ-ルを抱いて帰ったあの部屋である。. 何度上がり、そして降りたかを語った。そして、それは、もう昔の ことだなどと言った。その意地悪ではなさそうな女は良-判って-. れた.「幼い頃の思い出ね.皆そこへ戻ってくるものよ頂. ポ-ルは黙って女の声を聞いている。彼は彼女の話を聞いているわけ. ではない。その女がルル-夫人の後にその部屋に入居したことを確か. ルは他の女たちの記憶を取り戻すのだ。二九歳のポ-ルにとって文学. めたいわけではない。ポ-ルはそこにいてただルル-夫人の面影を反. 女にどこにでも付いて行-、内気で思慮深い子供のことも良く覚え ていた。彼女は私にほとんど聞こえないような小さい声でこういっ. の世界も、メルキュ-ル・ドゥ・フランスも、すべて遠いものに感じ. 変わってはいない。壁のタイルまでが同じだ。だが、天井がとても低. それから彼はマ--と彼がいつも通った階段を登ってみる。何もかも. 夫人と語り合い、接吻しあったたことだろう。今、彼女の記憶は女た. けである。この場にあった椅子に、ポ-ルは正に腰かけ、何度ルル-. られ、今、自らの、自らにしかない世界に戻ったことを感じているだ. 窮したいだけなのだ。母ジャンヌに出会ったのをきっかけにしてポ-. た。「あれから随分経ったわね。あなたももう大人だし(]%). の小さな部屋に住んでいた。かなり年を取っていた。(中略)彼女 は私の母プゼのことも彼女がいつも持っていた柳の龍のことも、彼. ら引っ越していたが、ルグラン嬢に会うことができた。彼女は五階. だそこに住んでいるか、と尋ねた。ルル-夫人は随分以前にそこか. は管理人に、ルル-夫人とマ--が良-知っていたルグラン嬢がま. 私は次にクロ-ゼル街のマ--が住んでいた場所に行ってみた。私. -. だが、歩いてみたい場所はそこばかりではない。最も彼に強い印象. らないと言うのを驚いて見せた。「わたしの前にいた人ね」. がネグリジェ姿で現れた。ルル-夫人に会いたいと言い、彼女が知. かつて存在していた店の前に立ち止まり、現在の変化を確かめる度. 時間が流れたことを感じないわけにはゆかない。. 一二. なわぬ待ち合わせの場所となったあれらの街路を一歩一歩回ってみ. 梅本. る。もちろんラフェリエ-ル街の母に会った家の前にも立ち止まり、. iieo).
(13) ことだけはまちがいない。. れたポ-ルにとって、そうした記憶は彼の胸をしめつけるものである. 限られた小さな地域に固執することで、自ら打過去を取り戻す.そ れは決して輝かしいものではないかもしれないが、再びこの界隈を訪. ちの方へ急激に回帰しっつあるようだ。. PL. RM. PL. に記されていることは、ほとんど事実なのであり、たとえばポ-ルは. 部分を読むことになるが、それにしても(小説)と記されてはいるも のの、後にポ-ルがロベ-ル・マレに告白しているように、この書物. れから、われわれは、この小説が多-の頁を割いている彼の女友達の. RM. PL. ようにポールが女たちの (情人) であったことから、この書物の題名 は決して内容を裏切っていることもないが、それでもわれわれはこの. 決して小説でもな-、ポールは自らのエク-チュ-ルを記し続ける。 こうした文章の群を一体何と呼ぶべきなのか。こうした姿勢で知らさ. 『情人』執筆中は、あの『日記』には、はとんどといってよいはど、. れ続けた文章とは一体どういったジャンルに収まるものなのか。ポ-. 、あるいは内面の都市. タイトルにやや違和感を持たざるを得ない。ここで、少しばかりロベ-. 言った。「この本では何がおこるんだい」。「娼婦たちの情人だっ た若い男の話です」。私はそう答えた。するとヴァレットはこう. 私もタイトルを見つけるのが苦手だった。ヴァレットは私にこう. トが参加したが、このタイトルがヴァレットの気にいらなかった。. メルキュ-ルで会議が開かれ、グ-ルモンとレニエとヴァレッ. 『情人』ではな-、『淫らな思い出』というタイトルだった。 なぜタイトルを変更したのですか。. 私がメルキュ-ルにこの原稿を持っていったとき、これは. じたことは全-ないと繰り返しています。. ではない。それにあなたは、いろいろな場所で、小説に魅力を感. 属しているのかを確かめたいからです。この書物が最初に出版さ れたとき、小説と呼ばれていました。けれども、この書物は小説. 私がそれをお伺いしたのは、『情人』が一体どのジャンルに. では、この作品は自伝的なものなのでしょうか。 はとんどが自伝的だ。. ていた。. まず何より私はこの書物に記した淫らな女たちに興味を持っ. ….;.p郎い㍑㍍域〈情. ル自身もそのことを考え続けていたようだ。すでに述べた通り、この. ポ-ル・レオト-. 梅本. ル・マレによるインタヴユ-を読み直してみることにしよう。. と呼ばれ、(自伝)とは呼ばれないのか、そして、これから読まれる. パ-の街並み そうしたわれわれの読解から、その位置は少しは明 らかになったはずだが、ここでの問題は一体なぜ、この書物が(小説). -. せざるを得なかった母の影、それらを包みこむマル一丁イール街界隈の. それにまつわる女たち、そして彼の幼少時に決定的な欠如として存在. 物とは一体何なのか。ポ-ルの中でこの書物の占める位置は、劇場と. それを「アナト-ル・フランスのように」書きたいと考えた。この書. PL. F淫らな思い出』 ところで、この小説は、なぜ(情人)と名付けられたのだろう。こ. 女たちを語る. RM. Ⅸ.
(14) ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. の中に次のように書き付けたことがあった。. 一九〇二年二一月三日付の『日記』に記されたそうした数行が『情人』. 的な影響を受け、その影響から、常に何かを保ち続けるものなので. にその年の八月には『情人』 の執筆は終えられており、当時、ポ-ル. 女たちのために捧げられた一章を書き始める。そうした女たちのまず. はメルキュ-ルの出版に関する会議の結果を待っていたのだが、ポルがなぜこの書物のタイトルとして『淫らな田心い出』にこだわったの. 別の女と待ち合わせをしていた彼は、すぐ側の席にいたイヴォンヌ嬢 と知り合いすぐに住所を交換した。イヴォンヌ嬢は翌日彼の部屋を訪. 最初に-るのは、イヴォンヌ嬢である。 イヴォンヌ嬢とは彼はカフェ・ヌ-ヴュル=アテ-ヌで知り合った。. 女たちの思い出. れる。彼女は部屋にやって-るなり、ベッドに横たわって-つろぐ。. 上話を始める。それから、下手な歌を-ちずさむ。彼女は結局六時半ま でそこにいて、次の日に彼女のルピック街のホテルに来るように言わ. イヴォンヌ嬢はむきだしの両足をベッドから壁にもたせかかり、身の. 展開してゆ-のだが、母を中心に、マリー・プゼの思い出が女たちの. れるが、彼は生返事をする。結局、彼はそこに出向かなかったが、1. はそのように. 影を支えているそれまでの章に比べて、第四章は女たちの影がもっと. 出も、イヴォンヌ嬢のそれと同じように多-の場合、彼女たちとの性. そしてマルト嬢、レニ-嬢の思い出がそれに続-。彼女たちの思い. 年後、オランピア劇場の出口で彼女に出会う.1年前よりずっと美し くなっており、それから、彼はイヴォンヌ嬢と友情の関係で結ばれる。 それでは、今から、私の女友達の幾人かについて語ろう。他の女. 色濃い。ポ-ルはこの章を書き始めるに当たって、自らの意図を次の ように解説することから始める。. うした空間へとポールが回帰してゆ-第三章。『情人』. マルティ-ル街界隈の思い出が瑞々し-語られる第二章、さらに、そ. 劇場で見た女の面影が彼の母に展開する第一章、そして、幼少時の. かが、この文章からも読みとれるだろう.そして(淫らな思い出)と はもっばら彼が関係した女たちの記憶に関わるものである。. ポ-ルは自らの意図をそのように解説してから、この. あ態). 会-らいに心に染みいるものはない。彼女たちから、しばしば決定. 悦に満ちたこうした女たちを後年になって愛することな-、私のよ うな幼年期を持つことはかなり困難なことなのである。女たちの社. 純な女たちを母と混同してしまうとは--などと。しかし、だから こそ、わたしは少年時代の思い出の幾つかを語ろうとしたのだ。愉. ついて持っている感情について驚かれるかもしれない。こうした不. 友達についてはまた別の日にしよう。まず何より、私が彼女たちに. 一四. を記し続けたポールの姿勢であることだけはまちがいなかろう。すで. 物であ&S'. 書かれた書物である。(中略)そうした書物は思い出や自伝的な書. 必要なのは明らかではっきりした事実についての、「明確で短-」. のように『日記』. 執筆中の書物についての記述は存在していない。だが、ポ-ルは突然. 梅本.
(15) ユ-モアを交えて記されるそうした情景もまた、ポ-ルがマルティ-. 客観的に記述するだけのことだ。それらは、確かに性的な関係を語っ てはいるのだが、そしてその描写はかなり綿密なものなのだが、時に. て感情を込めたものではない。ただ、彼の周囲におこったことどもを. であり」、ペリユツシュの場合もそうした出会いのひとつだった。彼. 決め、一夜を共にする。「そうしたことは人生の中で何度かあること. 女に出会い、声をかけ、女もそれに答え、待ち合わせの時間と場所を. ペリユツシュと彼が知り合ったのに別に劇的な事件があったわけでは. 的関係に関するものである。それらを語るときのポ-ルの姿勢は決し. ル街界隈で見た光景と何ら変化がないような形式でそこに置かれてい. 女は決して美しぐもな-、若いわけでもなかったし、知的であったこ. 彼女を愛したことがあり、愛していた時間がありさえすれば、それ で十分だった。私は、未だにあの朝のことを覚えている。その朝、. ともない。. ない。その出会いは「通俗的」で、「魅力的」ではあったが、通りで. るだけである。. 若かりし頃の性的興奮がそこに描かれているわけでもなく、性的な 女たちの性格が示されることもない。ただ、彼が夜を過ごす情景が女 たちの存在によって明るく照らされているだけである。街が女たちに. 描写が、文章を記す目的でもな-、さらに、詳細な書き込みによって. 変身し、時刻が光によつて示される代わりに、女たちの顔の表情が曇っ. 乳房が砂糖壷の上にあっiP. 私は、彼女の部屋で目を覚まし、彼女が全裸で私にべッドまでコヒ-を運んできてきれた.右の乳房がコ-ヒーカップの上に、左の. たり明るくなったりするだけである。. ペリユツシュ. ペ-エツシュだけは、愛称であり、本名は判らない.が、ポールにとっ. か、レニー嬢とか固有名詞で与えられている他の女性に比べて、この. なければ済まされない女性がいる。ペリユツシュである。マルト嬢と. 関係を伴ったものではなかったし、彼女たちは彼に様々な問題につい. 彼はそれらのどの女性とも肉体関係はあったものの、それは別に金銭. ののために彼女たちに出会ったわけではないのだ。つまり、もちろん. ちが娼婦であることは事実なのだが、彼は、彼女たちの職業であるも. それらの女たちは彼にとって単なる娼婦ではない。もちろん彼女た. てこの女性がもっとも重要な存在であることは、次のような文章から. だが、そうした女たちの中でただ一人、彼にとって深い感情を与え. も読みとれるだろう。. が、彼にとって、彼女たちと共にあることは、彼の文学への夢が順調. にも、彼女たちの客にも、私は良-似ていた」、と記すポ-ルだった. ペリユツシュを伴って、街に出たりもしているのである。「彼女たち. て忠告を求めたし、さらに、驚-べきことに彼には彼女たちのひとり ひとりと別々につき合うといったことはな-、レニ-嬢とマルト嬢と. 、あるいは内面の都市. 三. 最後の場所をあの優しいペ-ユツシュのためにとっておいた。彼女 の番なのだ。彼女は、一生、とてもロマネスクで淫らな生活をおくっ tj.i.. ポ-ル・レオト-. 梅本.
(16) ポ-ル・レオト-. 、あるいは内面の都市. ははとんど存在せず、この部分は例外といえるだろう。ポ-ルはなぜ、. 信じて良いものだろう。. ところでペリエツシュである。そうした彼女との麗しい日々を過ご していたある日、彼女は彼を真剣に見つめてこう言う。 -わかっていると思うけれど、あなたのこと気に入っているのよ。 あなたがのぞめば愛しあうことだってできる。 -何だって君がそうしたければね。 -よかったら、午後、わたしの所にきてよ。真面目にね。 -うん。でも、いつ-. -身の上話をしてあげる。 -それは楽しそうだ。 -アドヴアイスしてくれるわね。 -いくらくれる-. -それに、もう客は取らないから、いつ釆てもいいのよ。 -でも、それは-0. -それから出掛けましょう。 -どこへ-. -わたし、本当は優しい女なの。思いやりもあるし、わたし、自分 のことを忘れるこどたってできる。あなたもいつかわたしのこと愛 して-れるわ。どんなことがおこるかわからないでしょう。 -その通りだ。何がおこるかわからなisA). やや引用が長-なったが、こうした会話を記した部分はこの書物に. ないね」。私は快活を装って彼女に言った。馬車の窓から流れてい. 私たちの夢も、笑い声も、軽やかな人生も遠ざかって行く。まだ始 まったばかりの楽しい生活も遠ざかって行-。「これじゃ、つまら. を抱えて、急な階段を降り、彼女を馬車に乗せ、病院に向かう。. の容体が急変する。彼は馬車を呼びに行き、ベッドからペ-エツシュ. 室のベッドでペリエシュが痛みに耐えていた。昼食後、ペ-エツシュ. 中に目を向けると、かつてペリエツシュと彼が、毎朝楽し-整えた寝. た様子で立っているのを中庭越しに見ていた。そして彼がいる部屋の. ある。窓際で煙草を吸いながら、昼ごろ、ベル-オ-ズがいらいらし. 持ちが良いと言うので、彼女の腹に温めたタオルを当ててやるだけで. 事を書き続けた。彼にはどうすることもできない。ペリエツシュが気. ベッドに横になり続けている。彼はそこでメルキュ-ルに提出する記. んだが、診断は同じだった。そして一l月四日、彼女はもう六日間も. の病気がかなり思い子宮筋腫であることが判明する。何人も医者を呼. 腹を押さえて苦しみ始める。終演を待たずに二人はペ-エツシュの家 に戻るが彼女の苦しみは消えない。翌朝、医者が来て、診察し、彼女. たが、それはかなり退屈なものだった。幕合でペリエツシュが突然、. に出掛ける。そこではユゴ-かデュマ・フィスの戯曲が上演されてい. O月二九日、彼はペリエツシュを伴ってコメディ-=フランセ-ズ. る部分には全く現れなかった日付が頻出するようになる。たとえば、. 『情人』を少しだけ読み続けるだけで明らかにななる。当時ペ-ユツ シュはすでに病に冒されていた。この会話以来、女たちの思い出を語. に進行しない時間の中で大きな慰めとなっていたし、彼女たちのこと. 1六. わざわざこうした会話を記したのだろうか。その理由を知るのは、. l. を語ろうとする度に、感傷的になる、というポ-ルの言葉もそのまま. 梅本.
(17) 私たちは病院に着き、ペ-エツシュが診察されている間、私は二時. セ街、そしてモーブージュ街などが窓の外に流れて行-。ようや-. 理由のひとつは、ペ-ユツシュは実在の女性であるのだが、実際は死. マレにポ-ルが語ったところによると、この書物を小説と呼んで良い. かしたことはない。当時、ポールと同棲中だったのはブランカ・ブラ ンという女性だが、彼女は娼婦だったことばない。また、ロベ-ル・. く街路を見ていた。ドゥドエ街、ゲィクトール-マセ街、コンドル. 間も凍るように冷え冷えした待合室におり、それから、ペ-ユツシュ. O月、カレー. んではいないことが挙げられるとのことである。. I九〇l年J. を指示されたベルニュッツ室の一一番のベッドに運んだ。私は彼女 にキスしながら、また明日、と言って、病院を出た。私が当時住ん. でいたボナパルト街まで帰る間、私の頑の中で、別に思い出したわ. けでもないのに、「青いワルツ」の高が鳴り響いていiP' 『淫らな思い出』執筆中のポ-ルに思いがけない事件がおこる。ペ. 翌日、彼女を病院に見舞う。同室に老女の患者がおり、彼女があげる. 見た人である。まずフィルマンの恋人だったのはファニトであり、ファ. ニ-が病に倒れたという知らせである。ファニ-といえば、母ジャン. リユツシュの思い出を語り終わったポ-ルにおこったのは、伯母のファ. 苦しみの声が間断なく聞こえて-る。そして、彼女の病気はますます 1頃、彼. ニ-の許を訪れたジャンヌまでもがフィルマンの愛人になってしまっ. ヌがフィルマン・レオト-の許を去った後、残されたポ-ルの面倒を. 重-なっているように見える.結局、二月二六日の午前1. 性であり、ポ-ルが自活するようになってからも、金銭的にポ-ルを. たことはすでに触れたことがある。そしてファニ-は優しい性格の女. それほど多くの死者たちが埋葬されていたわけではなかった。彼は乳. 助けていたこともすでに述べた。そのファニ-が病に倒れる もおそら-は不治の病に冒されることば、求-ルの不意を打つ事件で. ポ-ルはサン-カンの墓地に彼女を埋葬する。当時、その墓地には. 女は亡-なる。. 母のマ--を思い出す.彼女はその墓地に葬られているはずだった。 彼と共にそこに仔んでいたのは、ペリユツシュの数人の友達と、管理. の旋律が聞こ. 人の女だけだった。彼は、その後、よ-この墓地に行って見る。小さ な花束とお菓子を手に、ときどきペリエツシュの思い出に浸ってみる0 そうしたとき、いつも彼の頑の中には、「青いワルツ」 えていることば記すまでもないだろう。. ペリエツシュの記憶にも、このかけがいのない女性の記憶にもまた コメディ-フランセ-ズの思い出、それも演目の記憶ではな-、ペ-エツ シュが初めて倒れたこの劇場の内部の記憶が重なっている。. 、あるいは内面の都市. あることは言うまでもなかろう。ポ-ルは、早速、伯母ファニーが身. -. 感がなかったわけではない。. の脳裏にカレ-で彼女、母ジャンヌに会えるかもしれないという、予. -が住むノルマンディ-の海岸の町カレ-に向かう。もちろんポ-ル. を寄せていた彼女の母-したがって、ポ-ルの祖母、ジャン. それ. 私がそこに呼ばれたのは、独身の私の伯母の最後の時を共に過ごす. ためである。その伯母はこの書物の五〇ペ-ジで語ったのと同じ人. 一七. ところで、このペ-ユツシュのモデルが誰であるのか、ポ-ルは明 ポ-ル・レオト-. 梅本.
(18) ポール・レオト-. 、あるいは内面の都市. 一八. 的な女性にそこでおそら-再会するのではないかと考えていた。そ うした考えは私にとって大きな満足をもたらすものであると同時に. だった。もちろん、ポールがジャンヌに言った1言は、通常の挨拶と. きと全く同じ言葉である。そしてジャンヌの到着で自分の部屋を譲ら. ム. 屋を移らせてしまって申しわけございませんね」。「いえ、そんなこと ダ. る。そして、ジャンヌは、今では、別の人と結婚しており、子供が二. 話をポ-ルにして-れる。ジャンヌもポ-ルと同様、ファニ-の春体 について知っており、その内、ここに来るだろうと、祖母は彼に告げ. カレ-に着-。初めて会う祖母は決して悪い人ではない。ジャンヌの. らに行き、「伯母さん、どう-」と声を掛けるが、答えはたどたどし. ニ-は起き上がろうとするがすでに不可能だった。ポ-ルが彼女の傍. 残される。伯母は一晩中、坤き声を上げ、噴いでいた。ときどきファ. 夕食後、祖母は、すぐに休み、ジャンヌとポールがファニ-の部屋に. ゆっくりと朝が訪れる。風が窓の隙間から吹き込む。程近い海の匂い. がする。地元の新聞売りの声が聞こえる。伯母がまた起き上がろうと. 聞いている。祖母と荷物を解いているのが聞こえる。祖母が遣って釆. が階段を上り、部屋に行き、祖母にキスをし、姉を見舞うのをじっと. 彼女が到着するのを物音で感じ、自分の部屋に閉じ寵もったまま、母. もちろんポ-ルは彼女の到着に動揺しないわけはない。祖母の家に. 彼女の話を止めさせようとしたが、もう止めることはできなかった。. 女は語った。私は両手を頭に当てて、何の喜びもな-彼女に言って、. が見た私の子供時代のこと、彼女の夫のこと、子供たちのことを彼. の青春、1五歳か1六歳頃の彼女の初恋の話。私を捨てる前の彼女. 「ねえ、ポ-ル。わたし、あなたが誰だか知ってるのよ」。それか ら、小声で彼女の話が始まった。もうずっと遠い昔のことだ。彼女. する。ポ-ルは「どう?伯母さん」といつものように声を掛ける。そ して再びソファに腰を降ろす。そんな時、ジャンヌが語り始める。. て、あなたが誰だか言わないでおいた、ファニ-の友達の劇場関係の. 鉄道にゆられ、彼女は午後l時頃到着し海. ソ-の国から、パ-は乗り換えのために横断するだけで、一五時間. 一〇月二四日木曜日、現在の彼女が生活するジャン=ジャック・ル. るとは信じられないだろう、と彼女はポ-ルに語った。. い。すでに妹ジャンヌを認識することはできなかった。この夜は長い0. はございません、奥さん。お安い御用です」。ポ-ルもそう応えた。. マ. 人いるが、まだとても若-見え、誰もポ-ルのような大きな子供がい. と思うだろ,L%'. はいえ、ポ-ルがラフェ-エ-ル街一八番地でジャンヌに再開したと. ム. やっかいなことでもあった。私が、この書物の第三章に書いたのは、. ダ. なければならなくなったポ-ルにジャンヌはこう言うのだった。「部. マ. 私が想像した1八八1年の優美な母であり、私が実際に会い、会っ て欲しいと思った女性なのだ。一体、誰がこの時に彼女に再会する. 会うためにそこに遣って来る、私がもう長いこと会っていない魅力. 祖母がまずポ-ルの部屋に入り、次いで母が入って-る。母は「今日 は」と言い、ポ-ルも「今日は、奥さん」と答える。会話はそれだけ. 物だ。出発の日、私は、やはり私のように瀕死の状能だある彼女に 人だとだけ言っておいた、とポ-ルに伝えた。そして、母との再会。. 梅本.
(19) しかし、それは良いことだったろう.1時間で彼女のすべての人生. が流れていっな) 彼女が一九〇〇年の万国博覧会に夫と子供を連れてパ-を訪れたとき、 マダム街に泊まったのだが、そのとき、ポ-ルに会いたかったこと。 そしてポ-ルはそれはど遠-には住んでいたわけではなかったこと。 ポ-ルの名前をメルキュ-ルで見たこと。多くの情報が交換された。 手紙を書きたかったがどこへ出してよいか分からなかった、と母は言 う。話終わると、彼女は、自分の部屋へ戻って眠るという。彼は彼女 を部屋まで送って行-0. そして私は自らの意志に反して彼女を両手で抱き締め、首に、目に、 喉に接吻した。もし繰り返せるのなら、何度も同じことをするだろ 'つ○. すると彼女は私を見つめて、私の前に立ち、私の両手を彼女の胸 に当ててこう言った。「母って変わらないものよ。こんなに長いこ と子供に会わなくても同じことなの。いつも愛している、愛そうと って言っ. 3 (6)(5)(4)(3) (2) (ll)(10)(9)(8) (7) ¢0)(19)(18)(17)(16)(15)(14)(13)(12). しているのよ。わたしに手紙をちょうだい。『お母さん』. て欲しいの。よそよそしい言葉遣いはもう止しましょう。わたしの 住所をあげるわ。わたしも手紙を書-から。さあポ-ル、もう行っ て(]%). その日、ファニ-は死んでゆく。葬儀を済ませた二人は別々の汽車. 、あるいは内面の都市. 待ち合わせる。ひとりの女の死がポ-ルに過去を思い出させた。そし て、ポ-ルと共にあるわれわれには、これから別のテクストが残され ることになる。膨大な数に上るポ-ルの記した母への手紙である。そ. れは『情人』から五年後にポールによってまとめられ、さらにその五. 〇年後に出版されることになる『母への手紙』である。 (以下次号). p.也(以下pAと略す). (注) pau)LEAUTAUD,LePetitATni.MercuredeFrance.)903,Paris. PAp.-O PAp.)2 PAp.)2 PAp.)4. ヴァルタ-・ベンヤ、、、ン「遊歩する人」、野村修訳「現代思想」一九八五 年三月号、六九頁 PAp.-哩 PAp.22 PAp.29. PaulLEAUTAUD.LeJournallitteraire].MercuredeFrance}. PAp.3). )956.Paris,p.65. Pau)LEAUTAUD.ibid.p.)49 PAp.35 PAP.∽∽ PAp.53 PAp154 PAp.56 PAp.57 PAp.60 PAp.62. 一九. でパリに戻る。ポ-ルはその晩ファニ-の遺骸と共に六時の汽車に乗 り、ジャンヌは翌日の汽車に乗る。二人は翌日の六時にパリの北駅で ポ-ル・レオト-. 梅本.
(20) Paul. PAp.63. ポ-ル・レオト-. LEAUTAUD,Entretiens. France,)95),Paris,p.)24. Pau)LEAUTAUD,op.cit,pA7 PAp.69 PAP.∞PAp.84 PAp.))2 PAp.)2) PAp.)24. 的 帥 帥. 帥 糾 @9)C28)@7) ¢6)C25)@4)¢3). auec. Robert. 、あるいは内面の都市. PAp.)25 PAp.-∽∽ PAp.)35. Mallet.Mercure. 梅本. de. ⊂⊃.
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