意味性認知症およびアルツハイマー型認知症におけ
る味覚機能障害と食行動異常との関連に関する研究
著者
坂井 麻里子
内容記述
学位記番号:論保第22号, 指導教員:西川 隆
大阪府立大学大学院
総合リハビリテーション学研究科
博 士 論 文
意味性認知症およびアルツハイマー型認知症
における味覚機能障害と食行動異常との関連
に関する研究
2017 年 3 月
坂井麻里子
目次
要約 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 1 Ⅰ.緒言 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 2 Ⅱ.研究方法 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 3 1. 対象 1)対象者 2)基本情報 2. 認知機能検査 3. 味覚機能検査 1) 味覚閾値検査 2)味覚の識別課題 3)味覚の同定課題 4)好きな味覚の選択課題 5)好き・嫌いな食べ物の絵の選択課題 6)食行動に関するアンケート調査 4.解析方法 Ⅲ.結果 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 9 1. 認知機能 2. 味覚閾値 1)total threshold 2)各味覚の閾値 3. 味覚の識別課題 4. 味覚の同定課題 5.好きな味覚の選択課題 6.好き・嫌いな食べ物の絵の選択課題7.食行動に関するアンケート調査 Ⅳ.考察 ・・・・・・・・・・・・・・・・22 1.SD の味覚機能 2.嗜好と食行動の特徴 3.まとめ Ⅴ.研究の限界 ・・・・・・・・・・・・・・・・27 文献 ・・・・・・・・・・・・・・・・28 謝辞 ・・・・・・・・・・・・・・・・32
- 1 - 要 約 意味性認知症(semantic dementia: SD)患者における味覚機能について検討し た。SD18 名,アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease:AD)18 名,健常 高齢者(Control)22 名に,基本 4 味覚(甘味・塩味・酸味・苦味)の検知閾値 と認知閾値を計測し,さらに味覚の識別課題(味の異同弁別課題)と味覚の同定 課題(味覚刺激と食べ物の絵の照合課題)を施行した。検知閾値・認知閾値とも に,4 味覚の閾値の合計である total threshold が SD 群と AD 群においては Control 群に比べ有意に高かった。重症度別ではSD の clinical dementia rating (CDR) 0.5 群で検知・認知閾値ともControl 群より有意に高く,AD の CDR 0.5 群では認知 閾値のみ高かった。味覚別では,SD 群では甘味と塩味の検知閾値と,塩味・酸 味・苦味の認知閾値が有意に高く,AD 群では塩味と酸味の認知閾値が有意に高 かった。味覚の識別課題はSD 群,AD 群とも保たれていたが,味覚の同定課題 では SD 群,AD 群ともに著明に成績が低下していた。SD 群の脳萎縮の左右に よる下位群間の比較では,味覚機能検査のどの課題においても成績の差はみら れなかった。 以上より,味覚の障害はSD の初期症候の 1 つであり,感覚と意味の両方のレ ベルにおいて障害されていたと言える。甘味に注目するとSD 群では検知するこ とが困難であったが,他の味に比べて同定しやすかった。これらはSD における 甘味への嗜好の基礎に,味覚閾値の変化が関与していることを示唆しているか もしれない。 味の嗜好課題では,甘味は認知症者に限らず快い味であるが,健常高齢者と認 知症者の違いは,健常高齢者は甘味に著しい偏倚がなく,酸味を好ましく感じる 割合が高いという結果となった。つまり認知症者は食べ物の味を快く感じる範 囲が狭くなっていることが示唆された。健常者が発達の過程で順次獲得した賞 味の能力が,認知症では発達の前段階へと退行していくのかもしれない。
Key words: 意 味 性 認 知 症 semantic dementia , ア ル ツ ハ イ マ ー 型 認 知 症 Alzheimer’s disease,味覚機能 gustatory function, 味覚閾値 gustatory threshold,食行動異常 abnormal eating behavior
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Ⅰ.緒 言
認知症は脳の様々な疾患によって生じるが,その病状が進行するにつれて認 知機能の低下だけではなく,行動心理症状(Behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)も出現するようになる。認知症者は食事,入浴や排泄など 日常生活動作が徐々に困難となり,いずれ介護が必要となる。認知症者の介護は 介護者の負担も大きく,介護者に明らかなうつ状態が認められるという報告も ある 1,2。特に食事介助には時間を要することが多く,在宅認知症老人の介護に おいて,多少とも困った,あるいはつらいと感じた項目の中で,「食事・服薬の 拒否」が90%近くを占める3。介護施設入所者のケアのうち,食事介助に要する コストは総費用の25%を占めるとの報告もある4。 また,拒食は栄養状態にも影響を与える。一般的に高齢になるに従い体重は減 少する5, 6が,アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease:AD)では体重減少 の速度は健常人よりも速く,認知症の発症前から体重減少が始まる 7,8という報 告もあり,拒食もその要因の一つであるかもしれない。しかし,拒食を示す患者 でも甘味の強い食事であれば好んで摂取する場合があり,一部の AD 患者で体 重が増加する 9,10 要因として甘味の摂取量の過多が影響しているのかもしれな い。体重が減少すれば,筋力低下,自主性の低下,転倒の危険性,褥瘡,感染な ど他の疾患を合併する危険性も増し,本人や介護者のQOL の低下も懸念される 11。一方で,体重が増加すれば,糖尿病発症の恐れもある。このように認知症に おける体重の増減は生命維持にとって大変重要であり,食事の管理にも配慮が 必要となる。 BPSD の代表的評価法である Neuropsychiatric Inventory(NPI)12,13には食行動 異常の項目が含まれており,認知症の 26%で食行動の異常がみられるとされる 14が,認知症のタイプによってもその頻度は異なる。NPI での頻度をみると,食 行動異常の項目は前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia:FTD)が最も多く, 次いで意味性認知症(semantic dementia:SD),AD の順となっている15。食行動 異常には過食,拒食,食習慣の変化,嗜好の変化や異食などが含まれる16,17が, 認知症のタイプによってその内訳の頻度も異なる。他の認知症に比べ,特に前頭 側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration:FTLD)や AD で高頻度にみら
- 3 - れる食行動異常の特徴として嗜好の変化が挙げられる18-21。中でもSD は AD の 2 倍以上の頻度で認められるという報告もある22。食嗜好の変化には甘味への嗜 好が多く,臨床場面でもよく観察される。甘味への嗜好についての要因は多数あ ると思われるが,嗅覚や味覚機能の障害の可能性も推測される。嗅覚に関しては, 特に AD では膨大な研究がなされている一方 23で,味覚機能に関する研究は少 なく24-28,また,AD の味覚閾値については,それぞれの先行研究が異なる結果 を示している。Koss らの研究では,初期 AD 患者に対し甘味と酸味の検知閾値 を計測しているが,それぞれの閾値は健常者と有意な差を認めなかった 24。 Schiffman らは,認知症者を対象にグルタミン酸と塩酸キニーネの検知閾値を計 測し,グルタミン酸は閾値が高いが,AD に特異的ではなく他の認知症でもみら れ,塩酸キニーネに関しては健常者と差はないことを示した 25。Lang らは,基 本4 味覚(甘味・塩味・酸味・苦味)の認知閾値は AD と非 AD では差がみられ ないと報告している26。一方で,Steinbach らは AD と MCI の基本 4 味覚(甘味・ 塩味・酸味・苦味)の認知閾値を計測し,AD,MCI ともにいずれの味覚も健常 者よりも有意に高いという結果を示した27。また,Sakai らは AD の基本 4 味覚 の検知閾値,認知閾値を計測し,検知閾値では甘味・酸味・苦味,認知閾値では 甘味・酸味が健常者よりも有意に高いと報告している28。検索した限りではAD 以外の認知症に関して味覚機能を直接検討した研究は認められず,また,味覚機 能と食行動異常の関連を検討した報告もみられない。 本研究では,認知症の中でも特に食行動異常を呈する頻度が高いSD や AD の 嗜好の変化,特に甘味への嗜好が味覚機能の低下の影響によるものではないか と仮説を立て,味覚機能と味の嗜好に関する調査を行った。特に,まだ研究報告 のないSD に焦点を当て,基本 4 味覚(甘味,塩味,酸味,苦味)の閾値の測定, 味覚の識別課題や味覚の同定課題を実施し,SD の重症度や脳萎縮の左右による 味覚機能の差を検討するとともに,AD および健常者(Control)の成績と比較し て,その特徴を検討した。味の嗜好に関しては,味を呈示し,快・不快を選択さ せる「好きな味覚の選択課題」,さらに味覚機能検査で使用した絵を呈示し,好 きな食べ物と嫌いな食べ物を選択させる「好き・嫌いな食べ物の絵の選択課題」 を行った。また,介護者に対し食行動に関するアンケート調査を行い,SD と AD の比較を行った。
- 4 - Ⅱ.研究方法 認知症患者に神経心理学検査と味覚機能検査を行うとともに,主たる介護者 に対し日常の食行動に関するアンケート調査を行った。 本研究は,大阪府立大学倫理委員会による研究計画の承認を受けて行った。 検査に際しては,研究の主旨と個人情報に関する項目を対象者と介護者の両者 に対し,口頭ならびに文書を用いて説明し,書面にて同意を取得した。 1.対象 1)対象者 SD 群 18 名(左萎縮優位 11 名,右萎縮優位 7 名)は,2009 年 9 月から 2013 年11 月までの間に,浅香山病院,愛媛大学医学部附属病院,大阪大学医学部附 属病院,熊本大学医学部附属病院,東京慈恵医科大学附属病院,西播磨リハビリ テーション病院および済生会茨木病院に通院中の患者からリクルートした。SD 群については,SD の診断基準を満たし29,30,臨床症状およびMRI 画像により他 の認知症疾患の合併がないこと,CDR31 (Clinical Dementia Rating) 0.5~1 である こと(CDR2,3 は課題の理解が困難のため),とした。AD 群は,SD 群と同じ 2009 年 9 月から 2013 年 11 月までの間に,大阪大学医学部附属病院に通院中の 患者から以下の基準を満たすものをリクルートした。すなわちNINCDS-ADRDA の probable AD の診断基準32を満たし,臨床症状およびMRI 画像により他の認 知症疾患の合併が除外できること,CDR は 0.5~1 であること,とした。Control 群として,地域からリクルートした脳血管障害や精神疾患の既往のない健常者 22 名を対象とした。なお,AD 群と Control 群は,SD 群の性別と年齢の構成に 近似するように配慮した。検査に影響を及ぼすような身体的合併症や NINDS-AIREN criteria33 による脳血管障害あるいはレビー小体型認知症(dementia with
Lewy bodies:DLB)の診断基準による DLB34など,他の認知症は除外した。
2)基本情報
- 5 - 取した(表1)。3 群間の年齢・性別・教育歴・飲酒歴・喫煙歴に有意差は認めな かった。AD 群と SD 群間では,罹病期間と CDR に有意差を認めなかった。 表1 対象者基本情報 SD (n=18) AD (n=18) Control (n=22) 年齢 66.7 ± 7.7 69.8 ± 6.8 68.0 ± 8.0 NSa 性別(男:女) 8:10 7:11 9:13 NSb 罹病期間(年) 3.1 ± 1.4 2.5 ± 1.8 - NSa CDR (0.5: 1) 14:4 11:7 - NSb 教育歴(年) 12.7 ± 2.3 13.2 ± 3.1 13.3 ± 2.8 NSa 飲酒歴(N) 5 9 6 NSb 喫煙歴(N) 2 2 3 NSb 平均 ± 標準偏差, a Krusukal-Wallis 検定, bχ2検定 ; SD:意味性認知症; AD:アルツハイマー型認知症;CDR: Clinical Dementia Rating
2.認知機能検査
すべての対象者に対し,Mini-Mental State Examination (MMSE) 35,数唱(順唱, 逆唱),ウェクスラー成人知能検査(Wechsler Adult Intelligence Scale-III:WAIS-III)の知識問題,語想起課題(動物名,「か」のつく単語をそれぞれ 1 分間にで き る だ け 多 く 想 起 ) を そ れ ぞ れ 対 象 者 に 実 施 し た 。 行 動 や 精 神 症 状 は Neuropsychiatric Inventory (NPI) 12, 13を用いて評価した。
- 6 - 3.味覚機能検査 1) 味覚閾値検査 テーストディスク®(三和化学研究所,名古屋)を使用して,基本4 味覚(甘 味, 塩味, 酸味, 苦味)の閾値を測定した。テーストディスク®は4 味質(甘味液: 精製白糖,塩味液:塩化ナトリウム,酸味液:酒石酸,苦味液:塩酸キニーネ) のおのおのの味について,溶液No. 1(最低濃度)~No. 5(最高濃度)の 5 段階 の刺激素材からなっている。方法としては,ピンセットで直径5mm の円形濾紙 をつまみ溶液を滴下して,この濾紙の溶液を滴下した部分を被検者の舌尖から 2cm の左舌縁部に 2~3 秒置き,味質指示表(甘い,塩辛い,酸っぱい,苦い, 無味,なにかわからない味がする)のうち1 個の答えを指示させた。正答が得ら れないときは濃度を上昇させ,No. 5 で認知不能の場合は溶液をピペットで直接 舌に滴下した。測定順序は甘味液から開始し,塩味液,酸味液,最後に苦味液の 順で行った。味の種類を変える際には残味防止のため水で含嗽させた。ピンセッ トは味質ごとに1 本使用した。No. 1 で認知した場合は味覚閾値 1,No. 2 で認知 した場合は味覚閾値2,というように味覚閾値を定めた。ピペットで滴下するこ とにより正答した場合は味覚閾値 6 とし,それでも正答しない場合は scale out とした。scale out は便宜上味覚閾値 7 とした。テーストディスクは味の種類を答 える(同定する)ことのできる濃度,つまり「認知閾値」を計測するものである が,本研究ではこの閾値に加えて,何の味であるか同定できなくとも何らかの味 を感じた濃度を「検知閾値」として計測した。また,Steinbach らの方法27に倣 ってtotal threshold(以下 total)を算出し,群間比較を行った。
以上の手順で実施したが,本来のテーストディスク®の手順に従うとするなら, 大錐体神経支配領域である軟口蓋,舌咽神経支配領域である奥舌部,鼓索神経支 配領域である舌尖部(舌尖から 2cm 付近)の左右全て計 6 ヶ所で行わなければ ならない。本研究では左舌尖部から 2cm の 1 ヶ所のみと簡略化した。紙片を置 く場所を決定した理由について以下に記述する。 味覚神経は,特に舌尖部の正中から左右 2cm の範囲では,左右の鼓索神経が 対側まで交差して分布しているため,舌尖部の味覚は両側支配とされている36。 さらに,一側鼓索神経切断例のMEG による一次味覚野の側性の研究では,片側
- 7 - の鼓索神経からの味覚情報は,左右の一次味覚野にほぼ同時に投射する可能性 が高いとも報告されている 37 など,一側の舌への刺激呈示でも両側の一次味覚 野に到達することが明らかになっている。また対象者が認知症患者であり,軟口 蓋に濾紙を置くことは困難かつ危険であること,さらに検者が右利きであり対 象者の左側への操作が容易であることから,舌の左側に紙片を置くこととした。 各味覚の検知に関しては,1984 年にKiesow が甘味は舌尖部,酸味は舌縁部, 苦味は舌根部で感受性が高く,塩味は舌の部位であまり差はないと報告した後, Schneider によって描かれた舌の味覚地図などが現在まで国内外で広く信じられ ている。その後多くの味覚研究がなされているが,4 基本味質の認知閾値が舌面 上においてどのような分布をしているかについては,研究者によって見解の相 違が生じている38。しかし,同じ濾紙ディスク法によって評価された味覚閾値に 関する研究では,各味覚とも舌尖における味覚閾値が低いと報告されている 39, 40ことから,本研究においても刺激呈示の位置は鼓索神経領域とした。 なお,以下の検査はこの検査で得られた認知味覚閾値より 1 段階上の濃度の 溶液を使用して行った。 2)味覚の識別課題(味の異同弁別課題) テーストディスク®の2 つの味刺激(異なる味の組み合わせ 6 組と同じ味の組 み合わせ4 組の計 10 組)をランダムに呈示し,それらの味が同じか異なるかを 口頭で答えるように指示した。施行回数は各組 1 回であるので最高正答数は 10 となる。味が呈示されるごとに水で含嗽させた。 3)味覚の同定課題(味覚と食べ物の絵の照合課題) 各味について3 枚ずつ計 12 枚の絵を準備し,ランダムに呈示されたテースト ディスク®の味が, 4 枚の絵(4 味覚に該当する食物の絵を各 1 枚ずつ)の中から どの絵の味に近いかを選択させた。使用した絵は,甘味はケーキ,飴,砂糖,塩 味は,塩,漬物,塩昆布,酸味はレモン,梅干し,ミカン,苦味は薬,コーヒー, ピーマンの各味覚,計12 枚とした。それぞれの絵が 1 回ずつ正答となるよう計 12 試行を行なわせた。味覚別正答数を 3 点満点,合計正答数を 12 点満点で算出 した。味が呈示されるごとに水で含嗽させた。
- 8 - 4)好きな味覚の選択課題 テーストディスク®の各味をランダムに 2 回ずつ計 8 回呈示し,その味が好き か嫌いかを選択させた。味が呈示されるごとに水で含嗽させた。 5)好き・嫌いな食べ物の絵の選択課題 本検査で用いた全12 枚の絵を一度に並べて呈示し,その中から好きあるいは 嫌いな食べ物を1 枚ずつ選択させた。 6)食行動に関するアンケート調査 Ikeda ら 18の食行動評価尺度(日本語版 41)を用いて,主たる介護者に対し, 対象者の食行動に関するアンケート調査を行った。 質問紙の内容は,(A)嚥下障害,(B)食欲の変化,(C)嗜好の変化,(D)食 習慣の変化,(E)他の関連行動の 5 つの大項目に分類される計 36 の項目から構 成されており,各項目で示される患者の食行動の頻度を0~4 の 5 段階〔0:全く ない,1:たまに(週 1 回よりは少ない),2:ときどき(週に 1 回程度),3:し ばしば(週に何度もあったが,毎日ではない),4:非常にしばしば(毎日 1 回以 上あるいは,常に)〕,その重症度を1~3 の 3 段階(1:軽度,2:中等度,3:重 度)で評価するというものである。 4.解析方法 各属性,認知機能や味覚機能データの 3 群間の比較にはχ2 検定と,Kruskal Wallis 検定および post-hoc 検定として Mann-Whitney U 検定(Two-way)を用い, 食行動アンケート結果についてはSD,AD の 2 群間の比較を Mann-Whitney U 検 定(Two-way)を用いて行った。各群の味覚閾値と食行動アンケート結果との相 関をSpearman の相関係数によって検討した。味覚閾値に影響を与える因子を見 出すために,検知閾値と認知閾値の各 total threshold を従属変数とし,年齢,性 別,罹病期間,飲酒歴,喫煙歴,および,CDR(健常者は CDR 0)を独立変数と して順序ロジスティック回帰分析を施行した。CDR 0, 0.5, 1 の 3 群間の比較を Kruskal Wallis 検定および Mann-Whitney U 検定(Two-way)を用いて行った。SD
- 9 - 群の萎縮の左右分布による下位群間の比較にはMann-Whitney U 検定(Two-way) を用いた。有意水準はp<0.05 とした。解析には SPSS Ver. 23 を使用した。 Ⅲ.結 果 1.認知機能 認知機能検査の結果を表 2 に示す。MMSE,数唱(順唱,逆唱),WAIS-Ⅲの 知識問題,語想起課題(動物名,「か」のつく単語をそれぞれ1 分間にできるだ け多く想起する)は3 群間で有意差を認めた(p<0.001)。なお,SD 群について, 脳萎縮が左右のいずれの半球に優位であるかによって下位群に分け,両群間の 比較を行ったが,語想起課題の「か」のつく単語において左優位の萎縮群が右優 位の萎縮群より有意に成績が低かった(p=0.044)。 表 2 認知機能検査結果 SD AD Control Kruskal
Wallis H Post Hoc analyses
MMSE (/30) 21.9 ± 6.2 22.3 ± 2.9 28.1 ± 2.1 28.8 ** SD, AD < Control
数唱: 順唱
4.8 ± 1.1 4.7 ± 1.1 5.9 ± 1.1 12.9 ** SD, AD < Control
逆唱 3.4 ± 1.1 3.0 ± 0.8 4.0 ± 0.9 12.6 ** SD, AD < Control
WAIS- III 知識 3.8 ± 1.5 7.6 ± 2.0 10.9 ± 3.0 38.8 *** SD < AD < Control
語想起: 動物名 6.2 ± 4.3 11.5 ± 4.4 17.3 ± 5.4 30.4 *** SD < AD < Control 「か」 3.6 ± 2.3 8.8 ± 4.0 11.8 ± 0.4 24.6 *** SD < AD, Control 平均 ± 標準偏差, *** p < 0.001, ** p < 0.01;SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型 認知症;MMSE: Mini-Mental State Examination
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2.味覚閾値
1)total threshold
各群における各味覚閾値の平均値を表3 に示す。検知閾値(表 3A)について は,Control 群と比較して,SD 群と AD 群のいずれも検知・認知の total threshold が著明に上昇していた。検知閾値については,SD の CDR0.5 群は Control 群より 著しく上昇していたが,AD の CDR0.5 群は著明な上昇はみられなかった(図 1A)。CDR1 については SD 群,AD 群とも著しい上昇は認めなかった。認知閾値 に関しては,SD,AD の CDR0.5 群のいずれも著明な上昇を認めた。CDR1 群に ついてはAD 群のみ著しい上昇がみられた。 順序ロジスティック回帰分析では,CDR のみが検知,認知閾値において有意 な主効果を認めたが(p<0.05),年齢,性別,飲酒,喫煙では有意な効果はみら れなかった。さらに,CDR は他の因子を共変量として補正しても依然として検 知閾値,認知閾値に対する主効果を有していた。
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表3 味覚閾値 A 検知閾値
SD AD Control
Kruskal
Wallis H Post Hoc analyses
total 7.8 ± 2.4 7.2 ± 2.5 5.5 ± 1.6 11.8 ** SD, AD > Control 甘味 2.1 ± 0.8 2.1 ± 1.3 1.4 ± 0.7 8.2 * SD > Control 塩味 1.8 ± 0.7 1.4 ± 0.9 1.1 ± 0.3 12.2 ** SD > Control 酸味 1.9 ± 0.8 1.6 ± 0.8 1.4 ± 0.6 NS NA 苦味 2.0 ± 1.1 2.1 ± 0.6 1.6 ± 0.8 NS NA B 認知閾値 SD AD Control Kruskal
Wallis H Post Hoc analyses
total 14.4 ± 4.5 13.8 ± 3.7 9.9 ± 2.8 16.0 *** SD, AD > Control 甘味 3.0 ± 1.6 2.9 ± 1.2 2.3 ± 0.8 NS NA 塩味 4.2 ± 2.2 3.3 ± 1.9 2.1 ± 1.0 12.8 ** SD, AD > Control 酸味 4.1 ± 1.9 4.3 ± 1.8 2.9 ± 1.0 8.5 * SD, AD > Control 苦味 3.2 ± 1.0 3.4 ± 1.5 2.5 ± 0.9 (5.881)✝ (SD p = 0.037) 平均 ± 標準偏差, *** p < 0.001, ** p < 0.01,* p < 0.05, ✝p=0.053 (tendency of difference) ; SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症
- 12 - A 検知閾値 B 認知閾値 図1 重症度(CDR)別の total の検知閾値と認知閾値 SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症 0 2 4 6 8 10 12 14 SD AD SD AD Control CDR0.5 CDR1 p<0.001 p=0.058 p=0.811 p=0.070 4 6 8 10 12 14 16 18 20 22 24 SD AD SD AD Control CDR0.5 CDR1 p<0.000 p=0.021 p=0.130 p=0.002
- 13 - 2)各味覚の閾値 検知閾値については,Control 群と比較して,SD 群は甘味と塩味で有意差を認 めたが,AD ではみられなかった(表3A)。SD 群と AD 群間の比較ではいずれ の味も有意差を認めなかった。また,SD 群の脳萎縮の左右による比較でも,い ずれの味覚も有意差を認めなかった(甘味;p=0.791,塩味;p=0.375,酸味;p=0.930, 苦味;p=0.126,total;p=0.285)。 認知閾値については,Control 群と比較して,SD 群は塩味・酸味・苦味で有意 差を認め,AD 群では塩味,酸味で有意差を認めた(表3B)。SD 群と AD 群の 比較ではいずれの味覚も有意差を認めなかった。SD 群の脳萎縮の左右による下 位群間の比較では,いずれの味覚も有意差を認めなかった(甘味;p=0.596,塩 味;p=0.246,酸味;p=0.425,苦味;p=0.104,total;p=0.724)。 3.味覚の識別課題 結果を表4 に示す。3 群間のいずれにも有意差は認めなかった。SD 群の脳萎 縮の左右による下位群間の比較においても有意差を認めなかった(p=0.479)。 表 4 味覚の識別課題の結果 SD AD Control Kruskal
Wallis H Post Hoc analyses
味 覚 の 識 別 課 題 (/10) 8.2 ± 1.3 8.4 ± 1.3 8.8 ± 1.2 - NS 平均 ± 標準偏差 ; SD:意味性認知症; AD:アルツハイマー型認知症 4.味覚の同定課題 各群における4 味覚の合計正答数の平均値を表 5 に示す。3 群間のいずれの比 較でも有意差を認めた。また,SD 群の脳萎縮の左右による下位群間の比較では 有意差を認めなかった(p=0.328)。
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表 5 味覚の同定課題の結果
SD AD Control
Kruskal
Wallis H Post Hoc analyses
味 覚 の 同 定 課 題 (/12) 5.2 ± 2.1 7.7 ±1.8 9.9 ± 1.9 30.7*** SD < AD < Control 平均 ± 標準偏差, *** p < 0.001; SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症 5.好きな味覚の選択課題 結果を表6に示す。いずれの群も甘味はほぼ全て「好き」であると回答し,苦 みは大多数が「嫌い」と回答した。群間比較においてAD 群は苦味を有意に嫌悪 し,酸味も有意差には至らなかったが嫌悪する傾向がうかがわれた。Control 群 は他群に比べて酸味を有意に好むという結果を示した。 表 6 好きな味覚 SD (n=18) AD (n=18) Control (n=22) 甘味 36/36 34/36 43/44 塩味 23/36 17/36 28/44 酸味 13/36 10/36✝ 23/44* 苦味 7/36 1/36* 6/44 *p<0.05,✝p<0.1 χ2検定;SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型 認知症
- 15 - 6.好き・嫌いな食べ物の絵の選択課題 結果を表 7 に示す。好きな食べ物については,Control 群では他群に比して甘 味が有意に少なく,酸味が有意に多かった。嫌いな食べ物については,SD 群は 塩味が有意に多く,苦味が有意に少なかった。Control 群は塩味が有意に少なか った。 表 7 好き・嫌いな食べ物の絵の選択 SD (n=18) AD (n=18) Control (n=22) 好きな食べ物の絵 ケ ー キ:4 ケ ー キ:12 蜜 柑:10 蜜 柑:4 蜜 柑:3 ケ ー キ: 7 砂 糖:3 塩 昆 布:2 塩 昆 布: 2 飴 :2 コーヒー:1 漬 物: 1 漬 物:2 梅 干 : 1 塩 :1 コーヒー: 1 コーヒー:1 無反応:1 (味覚別) 甘味 9 12 7* 塩味 3 2 3 酸味 4 3 11* 苦味 1 1 1
- 16 - 嫌いな食べ物の絵 薬 : 5 薬 : 14 薬 : 16 コーヒー: 4 ピーマン: 1 レ モ ン : 2 塩昆布: 3 塩 : 1 コーヒー: 2 塩 : 3 無反応: 2 飴 : 1 飴 : 1 ピーマン: 1 ピーマン: 1 無反応: 1 (味覚別) 甘味 1 0 1 塩味 6** 1 0* 酸味 0 0 2 苦味 10* 15 19 **p<0.01 *p<0.05 χ2検定;SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症 7.食行動アンケートに関する調査 SD 群と AD 群における食行動異常の大項目における出現頻度を比較した(図 2)。SD 群と AD 群の食行動異常出現頻度の割合(少なくとも 1 項目の食行動 異常がある患者の全患者に対する割合を算出)を表8に示す。出現頻度に関して は,SD 群と AD 群間で(C)嗜好の変化に有意差がみられた。下位項目では有 意差はみられなかった。
- 17 - 図 2 食行動アンケートに基づく異常の出現頻度 SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症 表 8 食行動異常出現頻度(%) SD (n=17) AD (n=18) (A) 嚥下障害 11.8 27.8 食べ物を飲み込みにくそうにする 5.9 16.7 お茶やお汁が飲み込みにくい 0.0 5.6 飲み込む時に咳をしたりむせこむ 5.9 22.2 食べ物や飲み物を飲み込むのに時間がかかる 0.0 11.1 噛まないで口の中に食べ物が残る 5.9 5.6 0 10 20 30 40 50 60 70 80 (A) 嚥下障害 (B)食欲の変化 (C)嗜好の変化 (D)食習慣 (E)他の関連行動 SD AD (%) %) *p<0.05
- 18 - 食べ物を飲み込まないで噛んでばかりいる 0.0 16.7 (B) 食欲の変化 58.8 72.2 食欲の低下がある 5.9 16.7 食欲の亢進がある 0.0 11.1 間食に食物を探し求める 29.4 27.8 食事の時に食べすぎる 11.8 5.6 給仕の際に以前より多量に要求したりおかわりを求める 5.9 11.1 空腹を訴える 23.5 50.0 満腹になったと言う 17.6 33.3 むちゃ食いなど他に変化がある 5.9 5.6 食物制限をしている 0.0 5.6 (C) 嗜好の変化 64.7* 27.8* 以前に比べ甘い食べ物を好む 35.3 16.7 甘い飲み物を以前よりたくさん飲む 5.9 11.1 コーヒー・紅茶・お茶を以前よりたくさん飲む 11.8 11.1 他に食べ物の好みに変化がみられる 29.4 5.6 食事にさらに味付けを加える 5.9 16.7 他に好きになった食べ物がある 11.8 5.6
- 19 - 甘いお菓子や食べ物を溜め込む 11.8 11.1 以前よりたくさんお酒を飲む 5.9 0.0 (D) 食習慣の変化 58.8 44.4 毎日同じものを作ろうとしたり食べたがる 35.3 27.8 食べ物を同じ順序で食べたがる 5.9 5.6 毎日同じ時間に食べたがる 17.6 11.1 テーブルマナーが悪くなった 29.4 5.6 食事を手づかみで食べる 0.0 0.0 他に好きになった食べ物がある 5.9 5.6 食べるのに通常より長い時間がかかる 17.6 16.7 (E) 他の関連行動 17.6 11.1 食べ物で口をあふれるほどいっぱいにする 11.8 0.0 食べようとしないで物を噛んだり吸ったりすることがある 5.9 0.0 食べ物ではないものや一般的に食べないものを食べたことがある 5.9 5.6 手の届く範囲にある食べ物をひったくったり,つかむ 0.0 0.0 以前より煙草を吸う本数が増えたり,再び吸い始めたりした 0.0 5.6 自然に嘔吐したことがある 0.0 0.0 自分の口の中に指を入れて嘔吐したことがある 0.0 0.0 *p<0.05 χ2検定;SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症
- 20 - SD 群と AD 群の食行動スコア(頻度×重症度)の大項目別の平均得点を図 3 に示す。 図 3 食行動スコアの比較 SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症 食行動スコアにおいてSD 群と AD 群間で有意差はみられなかったが,SD 群 では(C)嗜好の変化が圧倒的に高く,次いで(D)食習慣,(B)食欲の変化, (E)他の関連行動と続き,最も低かったのは(A)嚥下障害であった。一方, AD 群では(B)食欲の変化,(A)嚥下障害,(C)嗜好の変化,(D)食習慣と続 き,(E)他の関連行動の順にスコアが高かった。このように SD 群と AD 群はス コアの順に相違がみられた。 味覚閾値と食行動スコアとの関連について,相関があった項目を表9 に示す。 AD においては,認知閾値はどの項目も相関はみられなかった。 点
- 21 - 表 9 味覚閾値と相関を示した食行動スコア A 検知閾値 味覚閾値 食行動スコア Spearman’s ρ SD 甘味 (B)食事の時に食べすぎる - .518* 苦味 (D)食べるのに通常より長い時間がかかる .522* AD 塩味 (B)満腹になったと言う .645** (E)食べ物ではないものや一般的に食べないものを 食べたことがある .505* 酸味 (A)下位項目の総合計 -.524* (D)下位項目の総合計 -.732** (D)毎日同じものを作ろうとしたり食べたがる -.526* 苦味 (C)以前に比べ甘い食べ物を好む -.483* (C)コーヒー・紅茶・お茶を以前よりたくさん飲む -.587* B 認知閾値 味覚閾値 食行動スコア SD 甘味 (D)下位項目の総合計 .496* (D)毎日同じものを作ろうとしたり食べたがる .551* (D)毎日同じ時間に食べたがる .544* 酸味 (B)食事の時に食べすぎる .569* (E)下位項目の総合計 .489* **p<0.01,*p<0.05;SD:意味性認知症;AD:アルツハイマー型認知症
- 22 - なお,Control 群でのアンケート結果は,ほとんどの項目が頻度 0 であり,2 名 のみがいくつかの項目に記入していた。1 名は(A)「飲み込むときに咳をしたり むせこむ」「食べ物や飲み物を飲み込むのに時間がかかる」,(B)「食欲の低下が ある」「食事の時に食べすぎる」,(C)「コーヒー・紅茶・お茶を以前よりもたく さん飲む」,(D)「食べるのに通常より長い時間がかかる」,もう 1 名は(C)の 「以前に比べ甘い食べ物を好む」,「コーヒー・紅茶・お茶を以前よりもたくさん 飲む」であった。いずれも頻度・重症度とも1 であった。 アンケートの自由記述の中で,AD 群において病前ビールを飲んでいたが,現 在飲まなくなった患者(10 名)と継続している患者(3 名)がみられた。その 2 群の各味覚閾値を分析すると,苦味の認知閾値に有意差がみられ(p<0.05),飲 まなくなった群はより閾値が低かった。 Ⅳ.考 察 1.SD の味覚機能 検索する限り,SD における味覚閾値を測定した研究は本研究が初めてである。 SD では初期から食物の嗜好の変化が多いとされる18など味覚と関連する食行動 異常を認め,味覚について検討することはSD の食行動異常の解明に一石を投じ ることになるかもしれない。 本研究では食行動異常(例えば甘味への嗜好)と基本的味覚機能に関連がある と仮定し,味を感じたと報告する検知閾値とどのような味がしたかを同定する 認知閾値を計測し,さらに 2 つの味を呈示して同じか異なるかを判断する異同 識別課題,味を呈示してどの種類の味と同じか食物の絵を選択するという味覚 同定課題を実施した。 味覚ごとの閾値に関しては,検知閾値検査の結果,SD における甘味と塩味の 刺激に対する基礎的な感度の低下を示したが,酸味・苦味に対しては比較的感度 が保たれていた。そして,認知閾値の結果から,SD において甘味を同定する能 力は比較的保たれていたが,塩味・酸味・苦味については味の種類を同定する機 能が低下していることが示された。AD も両閾値で Control 群といくつかの味に 差はあったが,SD との差はなかった。
- 23 - このような味覚閾値の障害は SD の初期の段階でみられるということを本研 究の結果は示唆している。Control 群に比べ,SD の CDR0.5 群は total 検知閾値 と認知閾値で有意に高く,AD の CDR0.5 群は total の認知閾値のみが有意に高く なっていた。SD の CDR1 群では健常者との間に有意差がみられなかったが,対 象者数が4 名という少数であったためと思われる。AD では病状の進行とともに 味覚機能低下が進行することが報告されている27,28が,SD では味覚機能の低下 はより初期に認められ,SD の診断にとって有益な情報の 1 つとなるかもしれな い。 SD の味覚障害における神経解剖生理学的病態を本研究の所見から以下に考察 する。ヒトの一次味覚野(primary gustatory area: PGA)は前頭弁蓋部と島皮質に 存在する42が,ここでは味の質や強度が識別されるという。SD 群の甘味・塩味 の検知閾値がControl 群に比べ鈍くなっていたものの,検知後の味の異同識別は Control 群と有意差を認めなかった。このことは,PGA は初期の段階ではまだ根 本的な損傷を受けていないということを示唆している。二次味覚野(secondary gustatory area: SGA)と想定される前頭葉眼窩部は嗅覚,体性感覚,内臓感覚の 情報も同時に入力する連合野であるため,味覚情報が保持されているかどうか を個別に確認することは難しい。 SD の味覚生理学的機能を直接検討した研究報告がみられないため,側頭葉切 除術患者の報告を参考として病態を検討する。Henkin らは難治性てんかんの治 療として側頭葉切除術を行った患者らに対し,基本 4 味覚の閾値検査を実施し ている43。検知閾値は健常者と類似した成績であったが,認知閾値は酸味と苦味 で上昇し,このことから側頭葉切除術を受けても味を検知する能力は低下しな いが,味を認知する能力が障害されると報告している。そして,左側頭葉切除術 を受けた患者の方が右側頭葉切除よりも認知閾値が上昇したとしている。Small らは,右あるいは左側頭葉切除術患者に対し酸味の閾値について計測した結果, 検知閾値は健常者と同程度であったが,認知閾値は右前方側頭葉切除術患者群 で上昇がみられたと報告している44。Small らは左側頭葉内側面前方部を切除し た患者に酸味のみの検知閾値と認知閾値を計測し,検知閾値は術前と変化はな かったが,術後は認知閾値が確認できないほど障害されており,さらには,基本 4 味覚である甘味,酸味,塩味や苦味の同定課題ではほとんど誤りを認めたと報
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告している 45。Henkin ら 43と Small ら 44は味の認知は側頭葉前方部(anterior temporal lobe: ATL)が関与していることを示唆している。Small らの研究44にお
いて,検知閾値が障害されたという患者が 1 名いたが,その例では ATL 以外に 島皮質の一部も切除されていたと報告されている。著者らは,PGA(島・前頭弁 蓋部)から SGA(前頭葉眼窩部)への線維連絡の損傷が味覚障害を引き起こし たことを示唆している。SD の病理学的変化は ATL,前頭葉眼窩部や島にもみら れる46,47ことから,本研究の検知閾値における障害もSD の病理学的変化の影響 によるものと考えられる。また,同定課題である食物と絵のマッチング課題で成 績低下を認めた。この結果も上記の先行研究の切除部位とも概ね一致する。本研 究の結果からも,味覚の認知にはATL との関連が重要であると推測される。 これらの研究は味覚認知の側性化についても言及している。Henkin ら43は味 の認知には左側頭葉の役割を重要視し,一方,Small ら44は右側頭葉の重要性を 強調している。しかし,本研究の結果ではすべての味の検知および認知閾値に関 して SD の左右の脳萎縮による有意な差はみられなかった。本研究の結果は SD の病理はたとえ一側に萎縮が目立っている場合でも両側性に進行していること を反映しているのかもしれない。また,あるいは,味覚はヒトにおいて大脳半球 が機能分化される以前に発達した原始的な生理機能であって一側に側性化され ていないのかもしれない。 味により閾値の変化が異なったことについては,それぞれの味が有する生体 的な意義の差を反映している可能性があると思われる。甘味と塩味はそれぞれ 高栄養とミネラル分を示唆するマーカーであり,いずれも生体が高頻度に摂取 すべきものである。それに対して,酸味と苦味はおのおの腐敗と毒物の存在を示 唆するマーカーであり,本来生体にとっては忌避すべきものである。積極的に摂 取すべき甘味,少量を摂取すべき塩味,そして微量でも忌避すべき酸味・苦味の それぞれに対して生体が必要とする検出感度および認知能力は異なるであろう。 本能的に忌避すべき味に酸味・苦味という名称を与えて認知し,料理や薬として それらの味を享受できるようになる時期は,進化的にも発達的にも甘味を認知 できる時期よりも後の段階であると考えられる。本研究の結果で示されたSD に おける酸味・苦味に対する検出感度と甘味の同定能力が比較的保存されている という傾向は,われわれが成長とともに多様な味覚の認知を発達させた過程が
- 25 - 崩壊し,前段階へと退行したことを示唆しているように思われる。 SD についてはその主要な症状である意味記憶障害に関して,種々の感覚様式 の側面から検討がなされており,chemosensory に関する研究も認められる。嗅覚 および flavour では,識別は可能であるが同定が障害されていることが報告され ている48-51。本研究で検討した基本味覚に関しても識別は可能であるが同定が障 害されていることから,味覚の意味記憶も他の意味記憶と同様に障害されてい ることが示唆される。このことについては,Omar らによる SD の flavour に関す る研究でも,同定障害に関連のある脳部位は側頭極であることを示唆している 51。特に ATL は意味との統合の部位であるとされていること 52からも,味の意 味記憶が障害されていることが想定されるであろう。 2.嗜好と食行動の特徴 本研究では実際に各味覚を呈示し,好きか嫌いかを問う課題に加え,絵を呈示 して好き・嫌いな食べ物を選択するという課題も行った。実際に味わった課題で は,いずれの群も甘味はほとんどが快い味であると回答したが,AD 群は他群に 比べ苦味を有意に嫌悪し,Control 群は酸味を有意に好むという結果となった。 また,好きな食べ物の選択課題においてControl 群は甘味が有意に少なく,酸味 が有意に多かった。嫌いな食べ物については,SD 群で塩味が有意に多く,苦味 が有意に少なかった。Control 群では塩味が有意に少なかった。以上の結果から, 甘味は認知症者に限らず快い味であるが,健常高齢者と認知症者の違いは,健常 高齢者は甘味に著しい偏倚がなく,酸味を好ましく感じる割合が高いという結 果となった。つまり認知症者は食べ物の味を快く感じる範囲が狭くなっている ということが示唆される。 本研究の対象者はCDR0.5 と 1 であり,まだ認知症の初期の段階である。この 段階においても既に快い味の偏倚がみられるということは,病状の進行ととも に快い味と感じる味がさらに限定される可能性がある。また,一般的に「認知症」 と一括され,「甘味への嗜好が強い」と報告されている SD と AD でも快く感じ る味の傾向が異なることが本研究では示された。 今回行ったアンケート調査はIkeda ら18が英語版で作成して英国におけるSD と AD に関する調査を行い,また, Shinagawa ら 53は日本語版を用いてSD と
- 26 - AD における調査を行っている。SD 群に関して,食行動異常の種類の大項目を 得点順に並べると,本研究はIkeda らと同じく(C)嗜好の変化,(D)食習慣の 変化,(B)食欲の変化の順序となった。Shinagawa らの結果では最も高値だった 項目は(D)食習慣で,次いで(C)嗜好の変化,(B)食欲の変化の順序であり, 若干順位が異なるが,概ね傾向は同じであったと言える。AD 群に関しては,Ikeda らとShinagawa らの調査結果では(D)食習慣が最も高値であったが,他の項目 との間に目立った差はなかった。本研究においては(B)食欲の変化が高値であ ったが,この項目を含めて(A)から(D)の項目の間に目立った差を認めず, 彼らの研究結果と類似している。SD 群と AD 群で有意差がみられた項目は, Ikeda らの報告では(B)食欲の変化,(C)嗜好の変化,(D)食習慣であり,Shinagawa らの報告では(C)嗜好の変化,(D)食習慣であった。しかし,本研究ではいず れの項目にも有意差を認めなかった。Ikeda ら,Shinagawa らの研究ではいずれ もCDR0.5 から 3(軽症から重症)の患者を対象としているが,本研究では CDR0.5 から1(軽症)のみを対象としたことにより両群に有意差がみられなかったので あろう。しかし,項目間の順序は本研究でも同じ傾向を示したことから,SD 群 と AD 群のいずれも,病状が進行しても食行動異常の傾向は変わらないのかも しれない。 味覚閾値と食行動アンケートの関連については,SD 群では,甘味・苦味の検 知閾値と,甘味・酸味の認知閾値がいくつかの下位項目と相関していたが,それ らの項目間の関連性には一定の傾向を見い出しがたかった。AD 群では,塩味・ 酸味・苦味の検知閾値が以下に述べる下位項目と相関していたが,認知閾値と相 関する下位項目はみられなかった。すなわちAD 群においては,塩味と異食(食 べ物ではないものや一般的に食べないものを食べたことがある),苦味と偏食 (以前に比べ甘い食べ物を好む,コーヒー・紅茶・お茶を以前よりたくさん飲む) と有意な相関を示し,味覚閾値の上昇が異食や偏食と関連を有する可能性が示 唆された。 先行研究と同様に 18-21,SD と AD における甘味への嗜好(以前に比べ甘い食 べ物を好む)が本研究でも示され,また,同じく18SD 群は AD 群の 2 倍以上の 頻度がみられた。 アンケートの自由記述で報告されたビールの摂取状況については,AD 群の中
- 27 - で以前ビールを飲んでいたが飲まなくなった患者群と,摂取を継続している患 者群では苦味の認知閾値に有意差がみられ,前者の患者群は苦味の認知閾値が 低く,後者の患者群は閾値が高かった。前者のビールの摂取をやめた 3 名は結 果には示さなかったが,Control 群の苦味の認知閾値の平均値よりも低く,この ことは苦味の認知が保たれている,あるいはより敏感になって,苦い味を快く感 じる範囲が狭小化したため,ビールを嫌うようになった可能性がある。 3.まとめ 検索しえた限りでは,本研究がSD における味覚閾値を検討した初めての研究 である。味覚の障害はSD の初期症候の 1 つである可能性があり,感覚と意味レ ベルの両方において障害されていることが明らかにされた。SD 群では甘味を検 知することが困難であったが,他の味より同定しやすかった。これらはSD にお ける味覚閾値の変化が甘味への嗜好に関連していることを示唆しているのかも しれない。 一般的に「認知症」と一括りにされがちなSD と AD でも BPSD の内容が異な ることと同様に,味覚閾値,快く感じる味や食行動異常の特徴も異なる。このこ とは,SD と AD の病態の差異を反映している可能性があり,味覚障害の傾向や 味の偏倚などを含めた行動を詳細に観察すれば疾患鑑別の一助となるかもしれ ない。また,特に食行動異常の中でも,異食行動や偏食などを特徴とするSD に 対しては,初期から対応を工夫することにより,それらの食行動異常を少しでも 緩和することができるかもしれない。 Ⅴ.研究の限界 今回の研究の限界として,特にSD 患者に見られた言語機能の問題が味覚の諸 検査に与えた影響を排除することができなかった。疾患の性質を考慮すれば,こ の問題を十分に克服することは困難と思われる。また,画像による病巣解析の手 段を用いなかったため,詳しい病理変化と味覚障害との関連を詳細に検討する ことができなかった。
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- 32 - 謝 辞 本研究に際し,終始ご懇篤なるご指導,ご鞭撻を賜りました大阪府立大学大学 院総合リハビリテーション学研究科西川隆教授に,心より謹んで感謝の意を表 します。 そして,本研究の実施に際し,協力いただいた大阪大学医学部附属病院の池田 学先生,数井裕光先生,浅香山病院の釜江和恵先生,財団新居浜病院の小森憲治 郎先生,東京慈恵医科大学精神医学講座品川俊一郎先生,兵庫県立リハビリテー ション西播磨病院樫林哲雄先生をはじめとする諸先生方,研究に快く協力いた だいた患者さまやそのご家族さま,健常被検者の皆様に,心より感謝申し上げま す。