「大学教育」に関する一考察
著者
千明 誠
著者別名
Chigira Makoto
雑誌名
経済論集
巻
30
号
2
ページ
1-15
発行年
2005-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00005340/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止1 は じ め に
文部科学省の最新の試算によると,2007 年度に日本の大学は「全入時代」を迎える見通しであ る。この数字は大学をとりまく競争環境が一段と厳しくなっていくことを示している。こうした 状況の下で,各大学はどのような方向に進んでいけばよいのだろうか。 大学とは,一言で言えば「知の創造と伝承」の場である。知の創造とは研究活動によって新た な知を生み出すことであり,知の伝承とは教育活動を通じて既存の知を社会に伝えていくと同時 に,新たな知を生み出すための社会的基盤を形成していくことである。このように,大学の活動 は研究面と教育面からなり,本来,両者は密接に関連している。しかし,本稿では大学のあり方 に関して教育活動面に絞って議論することにしたい。近年,経済成長論の研究分野では,物的資 本だけでなく人的資本の蓄積が経済成長にとって重要であることが,理論・実証の両面から明ら かにされている1)。また,政策面でも,政府はこれからの国家戦略のひとつとして「知財立国」 を掲げ,知的財産の創出・保護・活用に積極的に取り組んでいく姿勢を示している。知的財産に「大学教育」に関する一考察
千 明 誠
目 次 1 は じ め に 2 大学の現状 3 教育機関としての大学の役割と課題 4 「ひと造り」システムとしての大学 5 お わ り によって経済成長を促進していくために,その基盤形成としての教育活動は必要不可欠,かつ最も 重要なものであろう。本稿は,大学の教育活動を経済学・経営学の道具を使って考察し,今後の 大学のあり方を検討する際に有益であると思われるひとつの視点を提供することを目的としてい る。 本稿の構成は以下の通りである。2章では大学の現状をごく簡単に概観する。3章では,教育 サービスの提供に関する大学の役割と課題について,経済学の考え方・枠組みを用いて議論する。 4章では,大学教育のあり方について,経営学の分野で用いられている情報転写論とアーキテク チャ論の視点から検討し,そうした視点の必要性を示す。5章では,まとめとして,本稿で得ら れた結論の要約と今後の課題について議論する。
2 大学の現状
2007 年度に「大学全入時代」を迎えるとの文部科学省の試算が公表された。これまでの試算で は 2009 年であった見通しが2年早まったことになる。その理由として, 少子化の進展, 学生 の進路選択の多様化等による大学進学率の伸び悩み,が指摘されている。 図1によると,18 歳人口は 1992 年(平成 4 年)の 205 万人を境として,2008 年以降に 120 万 人前後で安定するまで,減少を続けていることが確認できる。次に,大学・短大への進学率は 90 年代に入ってから上昇を続けてきたが,90 年代末から横ばいとなり,2003 年度の 49.0 %が示すよ うに,50 %を若干下回る値で推移している。これに対して,高専・専門学校を含めた進学率は 90 年代末以降も上昇を続け,2003 年度は 72.9 %となり 70 %を超えている。二つの進学率の乖離は高 専・専門学校への進学率の増加を表しており,経済環境の悪化の影響を考慮しても,学生の進路 選択の多様化が大学進学率の伸び悩みを引き起こしていると考えることができよう。このような 現実を背景として,今回の試算では現役高校生の大学・短大志願率の予想を引下げたため,大 学・短大全体の志願者数と合格者数が同数となる「大学全入」の時期が2年早まったのである。 この数字は二つの意味で大学に対して問題を投げかけているように思われる。第一に,経営面 からすると,この数字は需要の減少を意味するので,「生き残り」をかけた大学間の競争は一層激 化することが予想される。この点は私立大学の定員割れが拡大している事実からも明らかである。 日本私立学校振興・共済事業団の調査によると,定員割れしている私立四年制大学の比率は 90 年 代末より急速に増加し,2004 年度入試は過去最高の 155 校となり,全体の 29.1 %を占めた。 第二に,こうした状況に対して,各大学は教育プログラムの改革などにより学生に魅力ある大 学作りに努力してきた。にもかかわらず,先の数字は学生が大学よりも専門学校を選択している ことを示しており,大学の教育改革努力が全体としては実を結んでいない可能性があることを示図1 18歳人口及び高等教育機関への入学者數・進学率の推移 出所)文部科学省[2004]p.3より引用 (万人) 300 250 200 150 100 50 0 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 元 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 100 80 60 40 20 0 (%) (文部科学省「学校基本調査」,国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」より作成) ● 18歳人口= ● 進学率1= ● 進学率2= ○ 現役志願率 = ○ 合 格 率= 3年前の中学校卒業者数 当該年度の大学・短大・専門学校の入学者,高専4年次在学者数 3年前の中学校卒業者数 当該年度の大学・短大の入学者数 3年前の中学校卒業者数 当該年度の高校卒業者数のうち大学・短大へ願書を提出したものの数 当該年度の高校卒業者数 当該年度の大学・短大入学者数 当該年度の大学・短大志願者数 ×100 ×100 ×100 ×100 合格率(大学+短大) 進学率1(大学+短大+高専+専門学校) 現役志願率(大学+短大) 進学率2(大学+短大) 84.0% 大学:41.3% 短大:7.7% 高専4年次:0.8% 専門学校:23.1% 大学:47.3% 短大:8.4% 大学:41.3% 短大:7.7% 72.9% 55.7% 49.0% 18歳人口(万人) 高校卒業者数(万人) 短大入学者数(万人) 大学入学者数(万人) 専門学校入学者数(万人) 高専4年次在学者数(万人)
唆している。 現在進行中の大学改革の動きは 1984 年の臨時教育審議会(臨教審)の設置にまでさかのぼるこ とができる。臨教審は戦後の教育システム全般の改革を目指したものであるが,その基調には浅 野[2002]が指摘するように「選択の自由」があった。戦後,大学に関しては 1956 年制定の大学 設置基準や 1970 年代以降の高等教育計画等によって,一定程度の教育・研究の質を確保しつつ量 的整備を図る政策が行われてきた。その結果,大学の量的拡大は抑制され,70 年代後半から 90 年 代初めまで大学・短大への進学率は 35 ∼ 36 %前後で推移し,合格率は 70 %前後から 60 %前半 まで緩やかな低下傾向を示した。大学に対する需給関係を反映して,大学の序列化は一層進展し, 「受験地獄と学歴社会の問題」を引き起こしたが,超過需要の存在と規制による横並びは,大学自 身に自ら改革を起すインセンティブを与えなかった。臨教審以降の改革は,少子化による需給関 係の変化を背景として,大学に対して競争環境を導入することで,それまでの供給サイドの都合 による教育から消費者中心の教育への転換を図ろうとするものと解釈できる。具体的には,1991 年の大学設置基準の改正=「大綱化」により,教育課程編成が自由化されたのを契機に,教育面 での競争が本格的にスタートし,大学は「競争的環境の中で個性が輝く大学」を目指して改革を 重ねていくことになった。 さらに,近年は別の要因によって,大学は一層の競争環境に晒されつつある。IT 革命による情 報技術の急速な進歩は,グローバルな大学教育サービスの提供競争を促進し,さらに,従来の大 学以外の機関による高等教育サービスの提供を容易にすることで,大学間という枠組みを超えた 教育サービス提供競争を生み出しつつある。例えば,インターネットを利用した教育サービスは, 「何時でも,何処でも」という環境を利用することで,いわゆる「学校」という枠組みに制限され た従来型の教育サービスとは異なる利便性を消費者に提供することができる。また,ビジネス・ 労働環境の変化により,企業入社時に必要とされる(求められる)能力も多様化している。大学 設置基準の「大綱化」は,別の視点からすると,こうした環境の変化に対応するための枠組み整 備と捉えることができる。しかし,大学と同時に専門学校に通ういわゆる「ダブル・スクール」 の学生や,大学卒業後に専門学校に入学する学生が増加している現状からしても,今日の大学は, 社会環境の変化に対応した,社会が求める教育サービスを十分には提供できていないのではない だろうか。
3 教育機関としての大学の役割と課題
それでは,大学に求められる教育サービスとはどのようなものなのであろうか。経済学の考え 方によると,大学を含めた教育に対しては主として二つの考え方が存在する。ひとつはベッカー(G. Becker)による「人的資本モデル」の考え方であり,もうひとつはスペンス(M. Spence)に よる「シグナリング・モデル」の考え方である2)。 Becker[1964]らによる人的資本モデルは,個人の生産性を高める投資活動として教育を捉え る点に基本的な特徴がある。個人の労働生産性は,単に知識や技能等だけではなく,それらを用 いる際の思考力や態度等にも依存する。人々は教育を通じて,こうした人的資本を獲得して生産 性を高めることにより,生涯にわたってより高い賃金を獲得することが可能となる。これが教育 の便益である。一方,教育の費用は入学金・授業料等の直接的な費用と教育を受けることによる 機会費用の合計となる3)。人々は教育の費用と便益を比較して最適な教育投資水準=人的資本レ ベルを決定する。ただし, 教育の便益や費用は異時点間にまたがるので,費用と便益の比較に は割引現在価値を用いる必要があること。 個人は教育の「私的な」便益と費用に基づいて教育 投資水準を決定するが,「社会的な」便益や費用は「私的な」それとは異なる可能性が高いので, 社会的に望ましい教育投資水準は個人にとって最適な教育投資水準と異なる可能性が高いこと。 さらに,資本市場が不完全な場合には,現実の教育投資水準は個人にとって最適な教育投資水 準以下となり,親の所得や家族構成等の様々な要因から影響を受けること,に注意する必要があ る。 一方,Spence[1973]らによるシグナリング・モデルは,情報の非対称性が存在する状況にお いて,個人の生産性を社会に伝達するシグナルとして教育を捉える点に基本的な特徴がある。例 えば,各個人は自分の生産性を十分に知っているが,企業(他人)はそれを直接知ることができ ないという,情報の非対称性が存在する場合を想定しよう。ここで,教育費用(=教育水準・学 歴)と個人の生産性の間に負の相関関係がある,すなわち,生産性の高い人ほど教育費用が低い とする。企業は,この関係をもとにして教育水準が高い人ほど生産性が高いと想定し,教育水準 の高い人ほど高額の賃金を支払う。一方,各個人は教育の便益である賃金と費用を比較して最適 な教育水準を決定する。その結果,生産性の高い人は高い教育水準を選択するので,企業の想定 が現実のものとなるシグナリング均衡が達成される。Spence の分析では,教育は生産性の向上に 貢献するのではなく,その違いを明らかにする(選別する)ためのシグナルとしてのみ機能する 設定になっているが,シグナリング・モデルに人的資本の側面も取り入れることは可能である4)。 現実の教育は人的資本の形成とシグナリングという異なる機能を併せ持っており,教育の段階 や目的に応じてそのウェイトが異なると理解すべきであろう。したがって,経済学的な視点から すると,大学教育の役割は, 学生の人的資本形成のために知識・技能等を提供すること。 大 2)人的資本モデルとシグナリング・モデルの詳しい解説は,荒井[1995],小佐野[2003]等を参照。二つの考え方以外 に,教育を消費として捉える議論も存在する。例えば小塩[1999]を参照。 3)大学進学の機会費用とは,仮に大学に進学しなければ得られたであろう所得を含めた費用のことである。 4)荒井[1995],伊藤[2003]を参照。
学教育を通じて獲得された知識・技能を含めて,学生の人的資本を正しく評価(選別・区別)す ることにある。こうした役割をいかに果たしていくかということが,大学に課せられた課題であ ると言えるだろう。別の表現を使うと,大学にとっての課題は, 「何を教えるか」=教育内容, 「どのように教えるか」=教育方法, 「どのように評価するか」=評価基準・方法,という 教育機関として当然の問いにどのように応えるかという問題として解釈することができる。その 際,最も重要な点は,大学教育に対する社会のニーズと自身の供給能力を考慮した上で,提供す る教育サービスのあり方を考える必要があることである。 例えば,仮に大学教育の役割を人的資本の形成に限定した場合,教育サービスは,提供される 情報・技能等の教育内容と,その内容を受け手に理解させ,主体的に利用できるようにするため の教育方法,という二つの要素によって構成されると考えることができる。教育サービスをこの ように定義すると,その需要と供給は,二つの要素をそれぞれ縦軸と横軸で表した,標準的な経 済学の枠組みを使って表現することができる(図2)。一般に,消費者は一方の要素に偏ったサー ビスよりは各要素がほどほどに組合されたサービスを求めるので,消費者の選好=社会的ニーズ5) は図のような無差別曲線で表現される。無差別曲線の形状は消費者を取り巻く個人的環境や社会 情勢から影響を受ける。 一方,大学自身の供給能力は生産可能性曲線によって表現される。教育サービスの提供に利用 可能な資源を所与とすると,教育内容と教育方法の間にはトレードオフの関係が存在するであろ う。それぞれの限界生産力が逓減するとすれば,大学にとって提供可能な教育内容と教育方法の 組合せを表す生産可能性曲線は,図のような曲線になる。生産能力は教員・職員等の人的資源, 設備・備品等の物的資源(インフラ),組織のあり方や教育ノウハウ等の知的資源から影響を受け 5)ここでの社会的ニーズは,学生だけでなく,企業,地域社会,国家などの教育に対する様々なニーズにより構成され ると考える。よって,多様なニーズを想定することができよう。 図2 教育サービスの決定 教育内容 生産可能曲線 均衡点 無差別曲線 教育方法
るので,生産可能性曲線の形状は大学ごとに異なる。大学はこれらの要因に影響を与えることで, 生産可能性曲線の形状を変化させることができるが,それは多くの場合,調整コストを伴うので, 瞬時に変更できるというよりは時間を通じた動学的調整の形をとるであろう。 社会的ニーズを反映した望ましい教育サービスは無差別曲線と生産可能性曲線の交点で求める ことができる。ただし,社会的ニーズは多様化しており,供給能力も大学ごとに異なるので,唯 一の解は存在しない。したがって,大学は自らの供給能力を正確に把握し,どのような社会的ニ ーズに応えることが自身にとって最適であるかを十分検討した上で教育のあり方を決定する必要 がある6)。超過需要の存在と規制による横並びの時代には,多くの大学では社会的ニーズを真剣 に意識することなく,解は各教員の裁量に任されていた。しかし,競争環境の下では,需要を意 識しない大学はやがて市場によって淘汰されることになるだろう。ただし,教育サービスに関し ては,通常の経済学が想定するような意味での価格の役割を果たす尺度は存在しないので,調整 (競争)メカニズムは価格を通じたものではなく,別のメカニズムを想定する必要がある。
4 「ひと造り」システムとしての大学
−情報転写とアーキテクチャの発想− 90 年代に入って「大学競争時代」が本格的にスタートしてから,多くの大学は社会的ニーズを 考慮しつつ個性的な大学づくりを目指した教育改革を行ってきた。また,文部科学省もこうした 取組みを推進するために様々な制度改革を行い,平成 15 年度からは「特色ある大学教育支援プロ グラム」を実施している。 しかし,そうした改革は,これまでのところ,全体として大きな成果をあげているようには思 われない。これは消費者重視の教育を目指す大学が,実は仕組みのうえでは長年続いてきた供給 サイドの発想から完全に脱却できていないこと,あるいは,新しい環境に適した仕組みを構築で きていないことに一因があるのではないだろうか。社会的ニーズに基づいた教育を行おうとする のであれば,前章の考え方に基づいて実際にサービスを提供するための仕組みが必要となる。す なわち, 社会ニーズ(無差別曲線)と自身の供給能力(生産可能性曲線)を適切に把握し, 需要側と供給側の双方の要因を考慮して,大学のあり方に関する長期的ビジョンを形成し, そ れに基づいてサービスの向上と生産能力の改善に努めることを組織的に行うための仕組みがそれ である。ところで,こうした仕組みはビジネスの世界で成功する企業にとっても必要なものであ 6)例えば,最先端の高度な内容まで提供する「内容重視」型サービスを提供するのか,受け手の高い理解度を目指して 精選した内容を様々な工夫を凝らした教育方法によって教える「理解度重視」型サービスを提供するのかといった点で ある。また,その際,社会状況の変化等に伴う消費者ニーズの変化に比べて,大学の供給能力の変化には一定の限度が あるので,長期的な視点(継続性・改善可能性)と同時に,一時的な需給ギャップの存在に対応できるような柔軟性も 考慮する必要があるだろう。る。企業,特に製造業の基本は「もの造り」であるのに対し,教育は「ひと造り」であると言え る。とすれば,「もの造り」の分析道具を「ひと造り」の分析・構想に用いることで,有用な概念 整理や新しい視点を得ることができるのではないだろうか。 藤本[2003]は,日本の自動車産業を例にあげ,その生産システムの競争力=「もの造りの組 織能力」の特徴を分析している。そこでは企業の生産活動を単なる「もの」というハードの視点 から分析するのではなく,「情報」というソフトの視点から分析する手法が用いられている。具体 的には,企業の生産活動の成果である製品を,「製品設計情報が素材すなわち媒体(メディア)のな かに埋め込まれたもの」として捉え,生産システムを情報の創造と転写のための一種の「情報シ ステム」として捉えた分析が展開されている7)。 教育サービスには「何を教えるか」という教育内容(情報)と,「どのように教えるか」という 教育方法(伝達・転写)の二つの要素が存在している。したがって,教育活動を設計情報(教育 内容)の転写という視点から捉え,大学教育の仕組みを情報システムとして分析することは可能 である。ただし,大学の教育活動に関しては以下の点に注意する必要がある。第一に,教育の場 合,最終的な転写対象は学生である。設計された教育内容(情報)はテキスト・講義ノート等の 教材に転写され,次に教材を使った授業等の場を通じて学生に転写される。つまりそのプロセス は性格の異なる対象に対する二段階の転写となる。第二に,二段階目の教材を使った学生に対す る転写活動(主として授業)は,単なる情報(知識)の伝達だけではなく,学生の理解度を高め ることや情報を主体的に利用するための応用力を養成するための活動も含まれる。したがって, 本来は個別性が高く双方向のコミュニケーションを必要とする面が大きい。第三に,教育は教育 内容を学生に転写するだけでなく,転写の程度=学生への定着度について正しく評価する必要が ある。 これらの点を考慮すると,教育活動とは「教育内容を創造し,それを教材等の様々な媒介(メ ディア)を通じて最終的に学生に転写し,転写の程度について評価をくだすこと」,と定義するこ とができる。大学教育の仕組みを考えることは,こうした活動に関わる様々な行為を組織として どのように実行していくか,そのためにはどのような仕組みを構築すべきかを考えることと解釈 できる。 情報転写の観点から,学部・学科の教育活動を,講義科目を念頭に置いて整理すると,設計, 生産,評価の三段階のプロセスに分けることができる(表1)。設計段階では,教育目標や開講科 目,学年配当,必修・選択の区別等の全体の設計図(全体図)を作成し,それに基づいて各科目 の内容に関する詳細な設計図(部品図)を作成する。生産段階では,設計段階で構想された教育 7)藤本によれば,情報転写説にしたがえば「世のなかすべての産業は広義の情報産業だとみることも可能」(藤本 [2003], p.30)である。
内容を教材に転写し,それを用いて授業等の場で学生に転写する。最後に,評価段階では試験等 を通じて学生への転写の程度を把握し,個々の学生の格付けを行う。 教育改革以前の教育活動は,設計段階のうちの全体設計については,教授会等を通じて教員全 員が組織的関与する仕組みになっていたが,それ以降のプロセスについては,多くの場合,各科 目を担当する教員に任されていた。事実,多くの教員は他の教員の教育活動(個別設計内容・生 産・評価)についてほとんど情報を持っておらず,組織的な発想や仕組みを検討する前提条件が 満たされていなかった。これは,大学教育の場合,各教員が担当科目の設計,生産,評価のすべ ての工程をひとりで行うのが慣例であり,企業における分業体制とは基本的に違いがあることも その一因であろう。ただし,この場合の教育効果はほとんど個々の教員の能力・努力のみに依存 する。しかし,そのような仕組みが競争時代の今日において適切なものであるか否かは,検討の 必要がある。そのためには,教育活動の仕組みを設計から評価までのひとつのシステムとして捉 えて検討する,システムの発想が重要である。 システムの発想の重要性は別の面からも確認できる。20 世紀末に起こった IT 革命は ハードが 処理できる情報量の飛躍的拡大, インターネット等の新たな情報伝達メディアの出現(メディ アの多様化), 情報伝達(発信・入手)コストの低減(限りなくゼロに近づく)等により,我々 の知的活動をとりまく環境を劇的に変化させつつある。e−ラーニング等の新手段の利用により 設計段階(情報創造) 1.全体設計 コンセプト作り(教育目標,教育機能) カリキュラム作成(開講科目,単位数,学年配当,各科目の位置付け(必 修・選択)) 2.個別科目設計 シラバス作成(内容,教授法,スケジュール,評価方法) 生産段階(転写) 3.教材作成(第一段階の転写) (講義ノート,配布資料,課題) 4.授業(第二段階の転写) 形式(講義,対話・質疑応答,作業) メディア選択(板書,OHP,PC,テープ,ハンドアウト,教科書) 方法・手順(進行,構成) 5.学習支援 課題,オフィスアワー 評価段階 6.評価(測定) 形式(試験,レポート,授業態度) 方法(短答式,選択式(マークシート),穴埋め式,記述式,論述式(小 論文)) 基準(何段階,絶対評価,相対評価,評価基準・結果の公表,不合格者 の取扱) 表1 情報転写説による教育活動プロセスの整理
教育機会の多様化がもたらされた結果,国境を越えたグローバルな競争や国内の大学以外の機関 との競争が今後一段と高まっている。つまり,大学は「大競争時代」の中で「個性が輝く大学」 を目指さねばならない状況となっている。通常の形態の大学教育の特徴は, 「学校」という物 理的な「場」を通じて教育活動が行われる, カリキュラムを通じて様々な分野の情報(知識・ 技能)をシステムとして提供するという点が,インターネット等の他のメディアを通じた教育と 比較して,ポイントとなると筆者は考える。学校におけるフェイス・トウ・フェイスのコミュニ ケーションは,多様な情報伝達のあり方(転写方法)や「暗黙知」等の定型化されていない情報 の転写を可能とする。また,システムとして教育を提供することは,各科目・各工程間の内容や 関連性のあり方を調整することで教育効果を組織的に向上させる可能性を有している。したがっ て,大学は,これらの特徴を考慮して,教育活動の仕組みをシステムとして設計する必要がある。 すなわち,「アーキテクチャ」の発想が必要となるのである。 アーキテクチャとは,もともとは工学系で用いられてきた概念であるが,近年,経済学や経営 学において,主に製品の設計・生産=「もの造り」に関する分析に用いられるようになった概念 である8)。それは,「もの造り」を設計情報転写説で捉えた場合,設計情報の創造と転写の一連の プロセスをシステムとしてどのように構築するかに関する「基本的なものの考え方」を表す概念 である。具体的に言えば,生産活動における, 構成要素(モジュール)の設計(選択・分割), 機能の設計(必要とする全体機能の設定と各構成要素への機能配分), 構成要素間の相互依存 のあり方(インターフェース)の設計,という点に関する基本的な設計思想のことである。 ここで,藤本によるアーキテクチャの概念図(図3)を用いて,それが教育活動にどのように 図3 藤本[2004]によるアーキテクチャの概念図 機能設計 構造設計 全体機能 インターフェース インターフェース 全体製品 機能・構造の対応関係 サブ機能 (機能要素) 構成部品 (構造要素) 1 モジュラー型(例:パソコン・システム) 2 インテグラル型(例:自動車) 演算 映写 印刷 パソコン プロジェクター プリンター サスペンション ボティ エンジン 走行安定性 乗り心地 燃費 出所)藤本[2004]p.125より引用 8)以下,アーキテクチャの概念に関する詳しい説明は,藤本[2003][2004]を参照。
適用できるかを考えてみよう。先に見たように,教育活動においては,教育目標を設定し,その 目標を達成するために必要な機能(知識・技能・能力)を特定化する必要がある。これは図の左 側の機能設計に相当する。一方で,開講科目の設定や学年配当等の教育課程を作成する必要もあ る。これは図の右側の構造設計に相当する。ここで,教育目標を達成するために必要な機能をど の科目(構成要素)を通じて学生に転写・育成していくかという問題が生じる。また,ある機能 を担う科目が複数にまたがる場合は,各科目の教育内容や科目間のインターフェースをどのよう にデザインするかという問題も生じる。これらの点に関する基本的なものの考え方,「少し抽象的 な言い方をすると,基本設計を通じて設計者によってつくり出される「機能要素と構成部品との 対応関係(マッピング)」や「構成部品間のインターフェースのルール」に関する基本的な構想」 (藤本[2004],p.126)がアーキテクチャなのである。 このように, 教育機能の科目間への配分と 科目間の関連についての基本的な考え方として, 教育活動に関するアーキテクチャを定義することができる。さらに,科目間の関連に関しては, 教育内容,教育方法,評価という活動プロセス間の関連という視点からもアーキテクチャを考え ることができるだろう。すると,教育活動に関するアーキテクチャは図4のように表現すること ができる。教育サービスの基本は知識・技能等の情報伝達にあるが,ある情報の価値は,利用目 的に依存するだけでなく,他の情報との組み合わせにも依存する。よって,アーキテクチャの概 念は教育活動の分析に適している。また,それは前章で提示した大学の課題を検討する際の具体 的な道具となり得る。すなわち,各大学は教育目標の設定(機能設計)において,大学の教育理 念だけでなく,社会的ニーズ等の需要側の要因を反映させる必要がある。一方,科目構成等の決 定(構造設計)においては,教員等の人的資本や設備等の物的資本等の供給側の要因を考慮する 必要がある。需要側と供給側の要因を考慮して教育サービスのあり方を決めることは,アーキテ クチャを決定することに他ならない。 図4 教育活動に関するアーキテクチャの概念図 機能設計 構造設計 教育内容 教育方法 評 価 教育内容 教育方法 評 価 教育内容 教育方法 評 価 教育内容 教育方法 評 価 教育理念 教育目標 機能 1 機能 2 機能 3 科目 1 科目 2 科目 3 科目 4 (複数も可。) 社会的ニーズ
次に,アーキテクチャのタイプについて考えてみよう。「もの造り」におけるアーキテクチャは, 大きく二つのタイプに分類することができる。 各構成要素間の相互依存性が高いため,構成要 素間で相互調整(「擦り合せ」)による最適化を行う必要がある「インテグラル型」と, インタ ーフェースの何らかの標準化によって各構成要素間の相互依存性が低いため,独立性が高い各構 成要素を「寄せ集め」ることで成立する「モジュラー型」の二つである。例えば,図3の下に示 されているように,自動車はインテグラル型,パソコンはモジュール型と考えることができる。 また,インターフェースのあり方が組織内で閉じているか,社会的に標準化されているかによっ て,クローズ型とオープン型に分けることもできる。教育活動をこの分類に従ってタイプ分けす ると, 教育内容と方法に関して科目間で相互調整による擦り合せを行う「クローズ・インテグ ラル型」, 科目ごとの独立性が高く,かつ学内の科目の寄せ集めによって構成される「クロー ズ・モジュラー型」, 科目ごとの独立性が高く,かつ単位互換制度等によって他大学の科目履修 が可能な「オープン・モジュラー型」の3タイプを考えることができよう。 アーキテクチャの決定要因としては,製品・サービスの性質に関する物理的・技術的要因が大 きいが,それだけではなく,企業が自身の戦略に応じて主体的に選択するという,戦略的要因も ある。その他に,アーキテクチャは企業活動の段階に応じて異なるという研究や,製品の進化に 応じてアーキテクチャはサイクルを繰り返すという研究もある9)。よって,教育活動に関する唯 一絶対のアーキテクチャは存在しない。むしろ,「大競争時代」の下では,大学は戦略的にアーキ テクチャを用いる必要がある。 さらに,「アーキテクチャ論」の興味深い点は,製品のアーキテクチャと製品を生み出す組織の 能力=「もの造りの組織能力」の間には相性が存在し,そこから競争力が生じると主張する点に ある。藤本によれば,インテグラル型のアーキテクチャに対しては,相互調整に必要な「濃密な コミュニケーション」「緊密なコーディネーション」「幅広い情報共有」等に強い「チームワーク 重視」の組織能力(「統合型もの造りシステム」)が必要となる。一方,モジュラー型のアーキテ クチャに対しては,最適な構成要素を選択するための「選択眼」や「組合せの妙」によって魅力 的な製品を生み出す「構想力」に強い組織能力が必要となる。このことは,教育活動に関するア ーキテクチャの決定は教育組織のあり方を規定することを意味する。 したがって,大学を含む高等教育サービスの提供をめぐる競争は, アーキテクチャの構想競 争であると同時に, それを実現するための「組織能力構築競争」として捉えることができる。 また,実際の競争もそのように行われる必要があるのではないだろうか。 この点は,大学教育の評価をめぐる議論とも関連する。大学教育を「情報転写」と捉えるなら 9)詳しい議論は,藤本・武石・矢島[2001]に所収の諸論文を参照。
ば,その評価は学生に定着した情報の中身で判断する必要があるだろう。しかし,そのためには 情報の非対称性の問題の他にも, 学生の保有する知識・技能等の情報の中身は大学教育以外の 要因にも依存する, 特に,知識・技能等を用いる際の思考力・態度といった「人的資本」はそ の傾向が強い,さらに, そうした能力は知識・技能等に比べて計測が困難である,といった情 報の中身に関する問題も存在する。この場合,学生に対する成果のみによって教育活動の評価・ 競争を行うことは,「資格取得」等のわかりやすい成果を重視する方向に大学を向かわせ,大学教 育の画一化を招くおそれがある。したがって,大学教育の評価と競争メカニズムは,学生に対す る成果のみを尺度とするのではなく, 教育活動がどのようなアーキテクチャに基づいて構想さ れ, それを提供するために人的・物的・知的資本がどのように形成され, その下で情報が意 図したように正しく流れているか,という情報システムとしての供給能力を含めた総合的な尺度 によって形成される必要がある。 第三者評価機関による評価は,情報システムとしての大学の供給構造を表現するための共通の 枠組みとして用いられるのであれば,競争メカニズムの形成に役立つと考えられる。しかし,そ れが特定の教育のあり方の押し付けや誘導につながるとすれば,大学教育の硬直化・画一化をも たらすという危険性も考えられる。21 世紀の日本にとって,「競争環境の下で個性輝く大学」の存 在が望ましいとするならば,第三者機関評価を「能力構築競争」メカニズムの形成に役立てる必 要がある。そのためには,大学が自ら進んで自己評価を行うと同時に,社会全体が評価方法や評 価機関のあり方に対して関心を持ち続けることにより,その利用と継続的チェックを行っていく 必要があるだろう。 最後に,教育に関するいくつかの問題をアーキテクチャの視点から簡単に考えてみよう。先に 示したように教育改革以前の大学では,各教員が担当科目の設計,生産,評価の全工程をひとり で行い,お互いに干渉しないという形態が一般的であった。これは,一見,科目単位のモジュラ ー型アーキテクチャのように思われる。しかし,モジュラー型アーキテクチャの特徴は,構成要 素同士の相互依存性を減らすために,インターフェースの標準化・ルール化等の工夫がなされて いることである。例えば,教育内容に関して科目間でそれぞれの最低教育内容に関する合意があ れば,それはある種のインターフェース・ルールと考えることができるが,実際には,そうした インターフェースに関する配慮は少なく,システムとして教育活動を捉えるという視点=アーキ テクチャの視点は不十分であったと考えられる。今後の大学競争のあり方が,本章で指摘したよ うなアーキテクチャと組織能力をめぐる競争になるとするならば,このような形態を続けていく ことはおそらく困難であろう。 また,今後の大学教育に大きな影響を与えるであろう,初等中等教育における「ゆとり教育」 については,次のように考えることができる。図2を用いると,ゆとり教育は教育のあり方を,
教育内容の削減と理解度向上のための教育方法の充実という,図の右下の方向へ移動させる政策 と捉えることができる。しかし,その決定に際して, 社会的なニーズを正しく反映したもので あったのか, 事前に,教育方法の工夫に関する検討や準備といった,供給可能曲線に対する十 分な考慮がなされていたのか,という点を指摘することができる。さらに,教育活動には,教育 内容,教育方法に加えて評価が含まれるが, 評価のあり方を含めた教育プロセスに関するトー タルな検討(教育内容,教育方法,評価の相互関連性への認識)は十分であったのか,という点 も指摘できる。仮に,こうした点の検討が不十分であったとするならば,このような点を十分検 討した上で改善や見直しを行う必要があるだろう10)。
5 お わ り に
本稿では,経済学・経営学の道具を用いて,競争時代における大学教育のあり方をどのように 考える必要があるか検討した。本稿の結論を要約すると次のようになる。 大学の競争環境は今後一層厳しさを増すと考えられる。IT 革命によって,海外の大学との 競争や大学以外の機関との競争を含めた「大競争時代」が到来しつつある。 競争的環境の下では,大学は社会的ニーズ等の需要側の要因と大学自身の人的・物的・知 的資本に関する供給側の要因の双方を考慮した上で,長期的な方向性を決定していく必要 がある。ただし,社会的ニーズは多様なので,多様な大学のあり方が必要であり,またそ れは可能である。 そのためには教育活動の仕組みを情報システムとして捉え,教育活動のあり方を,教育機 能の科目間への配分と科目間の関連性,および活動プロセスにおける教育内容・教育方 法・評価の関連性についての基本的考え方から検討する必要がある。すなわち,アーキテ クチャの視点から教育活動のあり型を検討する必要がある。 アーキテクチャの視点から教育活動を検討することは,競争メカニズムの形成に影響を与え る可能性がある。すなわち,教育活動に関するアーキテクチャの構想競争と,それを実現す るための「組織能力構築競争」として大学間の競争メカニズムが機能する可能性がある。 このような競争メカニズムは「競争環境の下で個性化輝く大学」を形成するために意味が あると考えられるが,そのためには教育活動を判断するための共通の尺度が必要となる。 第三者評価制度はそのような尺度として用いられる可能性がある。ただし,具体的な運用 に際しては社会全体の関心によるチェックが必要である。 実際のアーキテクチャの決定は各大学の戦略に依存するので,教育活動に関する唯一絶対のア 10)そうでないと,ゆとり教育の見直しは「つめ込み教育」への単なる逆戻りになりかねない。ーキテクチャというものは存在しない。しかし,教育の目的や状況をより詳しく特定化した上で, その目的を達成するために必要な(最も効率的な)アーキテクチャとはどのようなものなのか, また,そのために必要な組織的能力,および組織のあり方はどのようなものなのか,という形の 問題設定は可能であろう。したがって,そうした問題に対する分析に取り組んでいくことは今後 の課題のひとつである。 また,実際の大学運営のためには,教育活動をアーキテクチャの視点から検討するための道具 を開発する必要がある。そのためには,「もの造り」に関する研究成果と同時に,教育学における 研究成果を取り入れていく必要があるだろう。さらに,そうした道具を用いて,実際の大学教育 活動を実証的に分析していくことは,日本の大学教育の向上に対して,わずかずつではあるかも しれないが,着実な貢献を果たしていくと期待できる。 [参考文献] 浅野清[2003],「教育システム −高等教育の課題」,植草益編『社会経済システムとその改革 21 世紀日本のあり方を問う』,NTT 出版,222-242 頁。 荒井一博[1995],『教育の経済学』,有斐閣。 伊藤隆敏[2003],「日本の高等教育改革」,伊藤隆敏・西村和雄編『教育改革の経済学 シリー ズ:現代経済研究 22』,日本経済新聞社,67-122 頁。 小佐野広[2003],「教育の経済理論 −スクリーニング,シグナリング,人的資本−」,伊藤隆 敏・西村和雄編『教育改革の経済学 シリーズ:現代経済研究 22』,日本経済新聞社,45-66 頁。 小塩隆士[1999],「消費としての教育」,八代尚宏編『市場重視の教育改革』,日本経済新聞社, 47-72 頁。 藤本隆宏・武石彰・青島矢一編[2001],『ビジネス・アーキテクチャ』,有斐閣。 藤本隆宏[2003],『能力構築競争』,中央公論新社。 藤本隆宏[2004],『日本のもの造り哲学』,日本経済新聞社。 文部科学省編[2004],『平成 15 年度文部科学白書』,国立印刷局。
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