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龍谷大学学位請求論文2010.03.20 北村, 文雄「親鸞教義における二諦説と一異の論理」

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親鷺教義における二諦説と一異の論理

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親鷺教義における二諦説と一異の論理

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︻ 博 士 論 文 } L09R518

親鷲教義におけるこ諦説と一異の論理

_....、ー¥ _,.-、 次 、、_",. 司、"" 目 ︹ 序 論 ] [ 本 論 ] 第 一 章 ﹃ 中 論 ﹄ を 通 し て 見 る 龍 樹 教 義 第 一 節 縁 起 思 想 第 二 節 二 諦 説 第 三 節 二 諦 説 の 生 ま れ た 背 景 第 四 節 一 異 の 論 第 二 章 曇 鷺 教 義 第一一節龍樹・天親の融合 第 二 節 曇 鷺 の 中 空 思 想 ・ 縁 起 思 想 第 三 節 二 諦 説 の 展 開 北 村 文 雄 四 三 二 九 七 二 四 六七 七 一 八四

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第三章 親鶯教義における二諦説と一異の論理  第一節 親署教義における馬所の諸問題  ⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮:⋮⋮⋮⋮⋮  第二節 能詮・所詮の考察 ⋮⋮⋮⋮    ⋮⋮・・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・・⋮⋮:  第三節 親鷺の如来観と人間観 ⋮⋮⋮⋮⋮⋮  第四節 二種法身と二諦説 ⋮⋮⋮⋮  第五節 行信における所行と能行 ⋮  第六節 親筆の現世利益と二二説 ⋮  第七節 三経隠顕 ⋮⋮⋮⋮⋮:⋮・⋮  第八節 親驚における﹁仮﹂の重要性 九四 九六 一〇八 一二六 一四一 一五二 一六三 一七五 第四章  第一節  第二節  第三節  第四節  第五節  第六節 真宗教学史における真俗二諦論に寄せて  真俗二諦と仏法・王法との関係  ⋮⋮⋮⋮⋮⋮−⋮⋮⋮⋮⋮⋮:・⋮⋮⋮−⋮−⋮  覚如・存覚の﹁仏法・王法﹂  蓮如の﹁王法・仏法﹂ ⋮⋮⋮  江戸期における﹁王法・仏法﹂  明治以降の﹁真俗二二論﹂ ⋮⋮:  今後の真宗への提言 ⋮⋮⋮⋮ 一七九 一八四 一九〇 一九四 ︷九七 二〇四 [結論] 二〇九

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[序論]  指導教義体系の根幹には、往還二種の廻向があり、そのいずれもが他力によるものである。したがって往相に おいて説かれる本願も当然のことながら﹁他力廻向の本願﹂である。親鶯はそれを明かすために、印度・中国・ 日本の三国にわたる諸経や諸先師の論釈を聖道・浄土の隔たりなく適所に引き、原典に対して誠実で且つ繊細な 解釈を施しつつも、弥陀法の真実を求める点においては独自な解釈を展開している。﹃教巻﹄の壁頭には﹁大無量 寿経”真実の教・浄土真宗﹂の標野が掲げられ、﹃行巻﹄に﹁大無量寿経摺身致、他力真宗之正意也﹂と述べられ ている。これは浄土教の伝統的な中核をなしてきた本願思想を親鷺独自の捉え方で﹁他力廻向の本願﹂へと展開 したものである。この本願思想に基づく絶対他力への帰敬は、浄土教が成立以来たどってきた発展過程において ト       齢 必然的に到達すべき畢寛の境地とも言える。  蟻蜂に於ける他力とは、弥陀の本願力であり、親鶯自身の人間観と宇宙観に基づけば、有限的・相対的存在で       こ ぎ あるが故に愚悪であり虚偽の存在として生きる生身の人間が苦悩や迷いから救われゆく道は、ただ一つ弥陀法に しかないと云う。その弥陀法は真実なるものであり、絶対的・無限的なもので、人間の思惟を超えたものである。 ここに救われる人間の有限・相対性︵虚仮なるもの︶と救う弥陀法の無限・絶対性︵真実なるもの︶とが如何に して遇えるのかという課題があり、浄土教理史上においても論・釈がなされてきたが、親身に至って遂に往還二 廻向に基づく本願他力の行信という明快な救いの道が示されたのである。親鷺がこの本願他力思想を築き上げる

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に際して七祖を選び、その第一祖を龍樹としているが、そこには親鷺の強い意図と必然性が感じ取れる。こうし た経緯により、龍樹教義は親鷺教義を支える重要な基盤になっていると思われる。  例えば次に挙げる﹃高僧和讃﹄﹁龍樹讃﹂四首にもよく顕れている。  菅 弓師龍樹菩薩は 大乗無上の法をとき 歓喜地を証してぞ ひとへに念仏すすめける ︵真草全二酷いO一︶  費 龍樹大士世にいでて 難行易行のみちをしへ 流転輪廻のわれらをば 弘誓のふねにのせたまふ︵同右︶  蚤 本陣龍樹菩薩の をしへをつたへきかんひと 本願こころにかけしめて つねに弥陀を称すべし︵同右︶  管 不退のくらみすみやかに えんとおもはんひとはみな 恭敬の心に執持して 弥陀の名号称すべし        ︵同もいS︶  この和讃では龍樹教義の中でも﹁信仏因縁による易行﹂と﹁称仏名﹂等、浄土教における龍樹の貢献を讃えて ㍗        一 いるが、この他﹃正信偶﹄に﹁悉能捲破有無見﹂︵真聖全二も壼︶と示されていることから龍樹の縁起︵中観︶思 想を重要視していることが窺える。更に﹁宣説大乗無上法 証歓喜地生安楽﹂、﹁顕示難行陸路苦 信樂易行水道 楽﹂、﹁憶念弥陀仏本願 自然即時入必定﹂以上︵真聖全二も糞︶等は和讃と同じく龍樹を讃するとともにその教 義を稟受していることが窺える。  右に見る如く親鶯教義においては特に龍樹教義が深く関わっている。そしてこの龍樹教義がその後の大乗仏教 全般に大きな影響力を持ち、浄土教諸藩たちの教義展開にもその基本となってきたことは看過できない事実であ る。このような流れの中で直接または間接に龍樹の縁起思想が親鷺教義の中に流入していていることも考慮すべ

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きものと思われる。  親鶯教義に取り込まれた龍樹の縁起思想については、既に多くの先輩諸師が研究をされていて、ほとんど論が 尽くされているので、浅学の身が論を挟む余地がないが、むしろその先行研究を参考にしつつ、私なりに見つけ た問題についての提言を試みることにしたい。ここに龍樹の中空観に基づく縁起思想の中でも特に親鶯教義にお いて重要な位置を占めると思われる﹁二諦説﹂と﹁一罪の論﹂を取り上げて研究を進めることにする。  親出教義の真髄に触れるに当たっては先ず﹁同所﹂、﹁真仮﹂、﹁隠顕﹂、﹁行信﹂、﹁仏凡﹂等の如く独特な用い方 がされている語句を正しく理解する必要がある。そのほかに﹁生死即浬藥﹂等の﹁即﹂や﹁二種深意﹂における ﹁機法﹂等、それらの関係はすべて﹁一異の論理﹂で貫かれていて、そこに﹁二諦説﹂の二諦も重要な関わりを もっているように思われる。このような親仁教義の具体的展開の中に﹁落々説﹂と﹁一鞭の論理﹂がどのような 卸        卿 形で根づいているか、またそれらが教義解釈の上でいかに重要な鍵となっているか、を論証することが本研究の 主旨である。このことは教理史における文献を手がかりに進めると共に親鷺以後の教学史的見地に立っての検証 も必要かと思われる。ところで、教理史においても教学史においても文献学的研究が重要視される今日であるが、 文献はあくまで﹁能詮﹂であり、﹁所詮﹂ではない。文献学はその能下上の信慧性を問うものであり、それはまず 第一に尊重されるべきものである。本研究ではそれを前提とするが、その文献学の言及しない所詮を推すことに       けろん より本意に迫りたい。また研究は往々にして主張の固執や対立を生み、激論となり、所詮を見失う類質に陥る危 険性を孕んでいる。そのような戯論の寂滅へと志向する意味においても本研究を役立てたいものである。

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[本論] 第一章  ﹃中論﹄を通して見る龍樹教義 第一節 縁起思想 恥 一 一、﹃中論﹄における縁起と中・空  縁起の法は、釈尊成人の内容として伝えられたものであり、仏教教理の根幹をなすものと云われている。﹁此有 るとき彼有り、此生ずるにより彼生じ、此無きとき彼無く、此滅するにより彼滅する。﹂ *一という言葉で示され ているように、この世の一切の存在は他の物との相依相待の関係によって成り立ち、それ自体としては空である と云う。これが一切のものの理法たり得る所から ﹁縁起を見る者は法を見る、法を見る者は縁起を見る。﹂*二と も云われ、更にこの縁起は ﹁如来世に出つるも出でざるも、常住にして変異なき真の法性なり。﹂*三と云われて いる。ところが、初期仏教・部派仏教の時代に説一切有部や南方上座部の説く縁起説は有為のみを説明するもの

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で、無為︵悟りの世界︶は縁起の中に含まれていなかった。大乗仏教の興起にともない、初期般若経典等では﹁縁 起する諸法の本質は空であり無自性であること﹂を説き、龍樹は、説一切有部の説く﹁諸法に固有の自性を認め た縁起﹂を批判して﹁諸法は空であり無自性であるから縁起し、また縁起するから自性を持たず空である。﹂と説 いた。  龍樹の縁起思想はその主著﹃中沼﹄二十七章、五百偶︵瓜生津説四四九偏、三枝墨差四五∼四四八偶︶の偶頬 の中で、さまざまな個別的教義を問題にしながら詳しく述べられているが、これは龍樹が﹃般若経﹄の思想を受 け継いだものとも言われている。現存する﹃中論﹄の漢訳本は鳩山羅什が漢訳したものであるが、その第二偶に おける鷲崖下暮倒盆は﹁縁起﹂を意味する語である。鳩笛羅什はそれを﹁因縁﹂と訳している。またこのほか のところでは.﹁衆因縁生法﹂とも訳している。       鋲       一  ﹃中塗﹄の書名ζ自。身巨算降鐸倒が示す﹁中︵日き饗︶﹂の思想は即ち﹁中観﹂であり、﹁縁起思想﹂でもあり、       サコ それは﹁空︵喚蜜罵蒜ご、﹁仮︵鷲a臥巷ユごにつながるものでもある。  釈僧叡は﹃中論﹄序において   中を以て奢と為すは其の実を照らすなり。論を以て称と為すは其の言を尽くすなり。巽は奢に非ずんば悟れ   ず、故に中に寄せて以てこれを宣ぶ。言は釈に非ずんば尽きず、故に論を仮りて以てこれを明かす。*四 と釈して、﹁滞惑︵胸にふさがっている惑い︶は倒見︵顛倒の見︶から生じ、偏悟︵偏った悟り︶は小乗に固着し、 それを究極の境地として大乗を求めようとしないが、そのため有無の二際へのとらわれをなくすことができない。

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この﹃言論﹄こそが、そのような偏見や執着から解放されて真実を見る指標となる。﹂︵大正蔵経三〇巻℃一白一∼巴。。 取意︶と述べている。  三枝充恵博士は﹃龍樹・親鷺ノート﹄において﹁中置は縁起1.無自性−空を軸としている。﹂と述べ、更に﹁そ の縁起の論理は帰敬偏の人煙を根抵にして展開される。﹂︵同書コ一一︶と云う。宇井半寿博士は﹃東洋の論理﹄の 中で﹁八不のうち、生滅・去来は時間的であり、群舞・一異は空間的である。﹂︵﹃龍樹・親中ノート﹄勺=一︶と述 べている。したがって、この八不は単なる虚無的否定ではなく、宇宙そのものの原理を示すものであり、何者に も限定されない絶対性・無限性を意味するものである。所謂﹁第一義諦︵妙義諦ごであり、それはまた時空を超 えた阿弥陀仏の無量性とも通ずるものと思われる。この故に、龍樹は﹃易行品﹄弥陀章において

      シタシテラメレバリテ

      ニ  砦是諸佛世尊現在十方清濁世界、皆稻’名詮=念阿彌陀佛本願一如.是。若人念レ我稻レ名自瞬、選入二必定一得昌阿縛 ひ        層   多羅三貌三菩提鴫。︵真聖全丁国い。。︶   もし    ナラント       ジデ  ニ ニ サン ヲ       ス      ヲ     ノ     モ   リテ   シ ク  瀞若人願レ作’佛心念二阿彌陀一磨レ時爲現レ身是故我蹄二宮濃絵本願力一十方諸菩薩來供養聴レ法是   故我稽首﹂︵真聖全 もPαO︶ と讃嘆し、帰敬しているのである。  上田義文博士は﹁八不の各支は同位概念であり、しかも相互に矛盾概念として﹃中論﹄は扱っている。相互に 矛盾しつつ、しかも相盛するという関係は、各項の無自性を顕わにする。﹂︵﹃龍樹・親鷺ノート﹄℃一図要約﹀と 云う。

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﹁中﹂は即ち﹁空﹂のことであるが、両極端を離れ、とらわれを捨てることである。端的には有無のとらわれを        サ みょう 離れることである。即ち、縁起が空性である点において﹁有性見﹂を離れ、仮名であるという点において﹁意見﹂ を離れて、それが中道であるという理が成り立つのである。  稲津紀三豊は﹃中宮と他力信仰﹄を著し、﹁中観一中を観ずること﹂について述べている︵男ωOリム⇔一︶。要約す ると次の七項に収まる。        さま   ①中は不偏の義、かたよりを離れた貌をいう。二辺を離れるとも、相待を絶するともいう。   ②中は平等の義、平らで波立たぬ貌をいう。普く等しくゆきわたる、好き嫌いのないことをいう。   ③中は成満の義、至徳に満ちあふれ欠けるところがないことをいう。   ④中は正直の義、邪を離れ、顛倒を離れて過つところのないことをいう。   ⑤中は和順の義、かたくなを離れ、すべてのものに順応し、寛容で障りのないことをいう。   ⑥中は中実の義、また枢要の義、すべてをまとめる要をいう。故に中は一如・法性であり、浬藥である。   ⑦中は契当の義、まことに契い、まことそのままの貌をいう。    このように中を観ずるは仏を見ることである。そして、中毒で龍樹大士は、仏陀の縁起の教えの上に中が   全現されていることを見られて、縁起の教えに即して中の根本を顕はそうとせられた。 ㍗ 一 この見解は、稲津氏が﹁中﹂を観ずるに当たり、その梵語§a弩餌の辞書的解釈の中で個人的宗教感情を交

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えてその意味を網羅して挙げられたものであるが、﹃中論﹄を読む観点として重要な示唆となるであろう。 二、縁起と八不       くうしよう   け  龍樹は﹃中論﹄において、縁起・空性・仮の在り方を明らかにして、当時の諸思想体系を批判し有無の論をこ とごとく論破している。  ﹁観因縁品第一﹂︵十六偶︶の冒頭において  曇不生出不滅 不常亦不断 不一豊麗異 不図亦不出 能説是因縁 善土取戯論 我稽首禮佛 諸説中第一        ︵大正蔵経三〇巻思三ム∼σミ︶ と説かれている。所謂﹁声言﹂であり、即ち﹁宇宙においては何ものも新たに生ずることなく︵不生︶、何ものも 消滅することなく︵不滅︶、何ものも常なることなく︵不常︶、断ずることなく︵不断︶、何ものもそれ自身と同一 のものではなく︵不一︶、何ものもそれ自身と別のものであることなく︵不着︶、何ものも来ることもなく︵不来︶、        けろん 何ものも去ることもない︵不去︶、よくこの縁起の法を説き、よく諸々の戯論を消滅したまう仏を諸々の説法者の 中の最も勝れた人として敬礼する﹂と云って当時の諸思想体系を批判し、有無の論をことごとく論破するととも に、この法を説かれた釈尊に帰敬しているのである。ここに出てくる﹁八丈﹂は、龍樹が初めて示したものでは なく、﹃般若経﹄の表現を取り入れていると云われている。このことは﹁以畠大乗法一説二因縁相、所謂一切法不生・ 不滅・不一・不適等、畢寛空・無所有曜。如般若波羅蜜解説。﹂︵大正蔵経三〇巻コげまみ口。。︶の文を見れば頷ける

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ことである。  因みに﹃大般若経﹄を見ると、初会︵大正蔵経五巻︶﹁舎利子。是諸法空相不生不滅、不染不浮、不意不減。﹂︵弓Bまき寸︶ とあり、﹁不生不滅﹂のみを数えると四〇回出ている。同第二会︵大正蔵七巻︶では、 軸﹁不生不滅。不染不浮。不増不減。﹂︵℃一轟巴い︶ 晶﹁不生不滅不断不常不一不異不來不去。﹂︵勺ω。。O巴O︶ 晶﹁不生不滅不染不浮不増不減。﹂︵勺おUo一︶ 愚﹁於一切法不向不背、不引藍色、不取不捨。不生不滅、不帰不平、不増嵩減。﹂︵憎い。。刈90∼◎8︶ 愚﹁於一切法不生不滅不成不壊。不向不背不引当遣。不取不捨不垢不浮。不当不事由近業遠。﹂︵。。宝露刈∼90︶ 管﹁自性寂艀不生不滅不取不著遠離我見。観葉平等。天王當知。﹂︵℃O夏島︶       傷        一 瀞﹁便於眼等不畢不下。不生不滅。不行不観。﹂︵国OOい9。Oω︶ 普﹁是諸菩薩不如是見色等法故。便於色等不通不二。不生不滅。﹂︵国OOい。。。。︶ 管﹁是諸菩薩不如是見眼識等法故。便数眼識等不睾筆下。不生不滅。﹂︵謹OOい儲口︶ 等とあり、﹁不生不滅﹂のみを数えると一九三回に及んでいる。﹃大品般若経﹄︵大正蔵経八巻︶においても次に挙 げる通り頻出している。 曇﹁舎利弗。是諸法空相。不生不滅。不垢不浮建増不減。﹂︵3鵠巴い∼巴ひ︶ 芸﹁不生不滅不受不捨不垢不浮不合不散不増不減﹂︵露刈。。爲。。︶ 管﹁非有相非無相。不入不出不増不住。不正不浮不生不滅。不取急捨不住非不住。非實非虚非合非散。非西町不著。

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 非因非不因。非法非不法。非如非不如。︵国O舎這∼9い︶ 普﹁不生不滅不來不去。不増不減不垢不浮。﹂︵℃ω08一ω︶ 帯﹁不生不滅不來不去不増不減不垢不浮。﹂︵℃ω遷げ一〇X℃ω03毬︶ 管﹁不生不滅不來不去不垢不浮不増不減。﹂︵℃ωOOo悼︶

議麗幅誕穫葛先妻曽

︵前に挙げたものを含む︶  このように般若諸経においては﹁功罪﹂に限らず、種々様々な否定が説かれていて、中でも﹁不生不滅﹂が頻 傷        d 出しているのがその特色である。そこに中︵空﹀観思想の土壌があり、両極を固執せず両極から離れるための両 極の否定を説くのである。一切法は相反する事柄のどちらもが成立しないことを主張し、その最も代表的なもの が﹁不生不滅﹂であり、﹃野上﹄もそれに準じて﹁不生不滅﹂を含めた﹁八型﹂を説くに至ったのであろう。       シテ バ         ジテ  龍樹が﹁入不﹂を中観論展開に当たって必須のものと考えていたということは﹁法難冒“無章、略畿入事購則為邑門 破曲舞法こ︵大正蔵経三〇巻憎一・9轟﹀に示される如く明らかであるが、この八事のみ選んだ理由は詳しく説明さ れていない。三論の嘉祥大師吉蔵が﹃前論疏﹄で﹃二曲経﹄﹁佛母品﹂を引いて   二諦とは不一不二不常不断不來不出不生不滅である。*五 と云っている。更に﹃大浬繋経﹄を引き、

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  十二因縁は十不を具足し、五性の義を具えている。*六 と示しているところがら﹃大渥繋経﹄の   十二因縁不出不滅不常不断非一非二不來不是非因非果。︵大正蔵経=一巻北本副い繋・導け・南本団ま。。画一︶ にたどり着くことができる。嘉祥はまた同じ﹃中論疏﹄の中で   八不は既に是れ仏説なり、亦是れ二諦なり*七 と述べ、龍樹の八不を選んだ理由をほのめかしている。しかし、それはあくまで推論であって確かな理由として 断定はできない。﹁八不﹂の中でも筆頭の﹁不生不滅﹂は最も代表的なものとして重要視されている。  なお﹃大智度論﹄にも﹁入不﹂は見られ、﹁不生不滅不断不常不一車掌不去不來﹂︵大正蔵経二五巻勺ミ・寓Pム︾δ︶ の如く﹁常・断﹂の順序が入れ替わっていること、﹁来・出﹂が﹁去・来﹂とあり、﹁出﹂と﹁去﹂の相違と順序 ト        弓 の入れ替わりはあるが、意味は殆ど同じである。また順序については同じ﹃大智度論﹄の中でも﹁群来不去﹂、﹁不 去不来﹂入り交じっていて前者の方が圧倒的に多い。﹁不常不断﹂、﹁不断庄島﹂は数の上ではほぼ同じである。  ﹁八不﹂を説き終わって 次に最初の一句﹁不生不滅﹂の論証に入るが、この句については﹁四不生﹂を以て 説いている。即ち、   諸法は自より生ぜず。また他より生ぜず。共よりならず、無因よりならず。この故に無生と知る。*八 と云う。これをまとめると万物は①それ自体からは生じない、②その他からも生じない、③自と他の二つからも 生じない、④無因からも生じない。次いで﹁諸法の自性は縁の中に在らず、衆縁が和合することによってその名 を得るだけである。自性はそれ自体であるが、衆縁の中に自性がない故に他性もない。﹂と云って﹁自生も他生も

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ないこと﹂を助顕している。  ここに縁起を説く中の不生は自ずから矛盾を孕んでいるのではないかという問題がある。なぜなら縁起には ﹁起﹂という語が含まれていて一般的に﹁事物が生起する﹂という意味があるはずだからである。  このことについて、中村元師はその著﹃龍樹﹄の﹁n−6縁起﹂︵召一〇︶において次のような解釈をしている。    この矛盾を解くために清弁︵切口磐碧山く鼻9バーヴアヴィヴェーカ︶は、﹁縁起﹂とは世俗的真理︵世俗諦︶   の立場で云い、﹁不生﹂とは究極的真理︵第一義諦︶の立場で云うから矛盾はないと解した。これに対して月   称︵O匿脅聾チャンドラキールティ︶は﹁縁起﹂という語を分解して考えないで一語として捉え、﹁生起﹂       じぐく   という意味は含まれていないと考えた。無著︵﹀器お凶アサンガ︶もまた一語として捉え、不生不滅の﹁縁起﹂,   が﹁生起﹂という意味を含むはずはないと云う。      匹        d  このように清弁・月称・無著の三氏の解釈を経て﹁生起の意味を含まない縁起﹂として結論づけている。この 単称の﹁縁起﹂については最近︵平成一八年︶に出された﹃語論釈・明らかなことば皿﹄︵丹治昭義訳註・関西大 学出版部発行︶の中で詳述されているのが注目に値する。  ここに﹃プラサンナパダー﹄二十四章第十八偶に説かれる﹁縁起﹂について、上述の曇﹃中外釈・明らかなこと ば∬﹄︵℃一一い︶から拾ってみる。  軸﹁聖者の真実の考察という第二十四章﹂

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    縁起なるもの、私たちはそれを空性と名づけるのである。        ゑぞんでさけニう     それが依存的仮構であり、その同じものが中道である[D轟.お]   と私たちは教示するであろう。     縁によって生ずるもの、実にそれは不生である。それの生は自性としてはない。     縁に依存するもの、それは実に空性といわれた。        けみょう  これは鳩摩羅什訳﹃中論﹄第二十四章第十八偶﹁衆愚福生法 我説密書 亦為是仮名 亦是中道義﹂に当たる        けみょう      えぞんてきけこう 文の釈であり、﹁因縁生﹂は﹁縁起﹂に、﹁無﹂は﹁空性﹂に、﹁仮名﹂は﹁依存的仮構﹂に、それぞれ同義語と して置き換えることができる。しかも、﹁︵自性として不生と規定される︶空性と依存的仮構と中道というこれらは、 同じ縁起の別称なのである。﹂︵野旨寸︶とも述べられている。このことから、月称が﹁縁起﹂についての祖意をよ 卸        4 り明確に示していると読み取ることができる。  この縁起と空性の関係については、﹃中観と唯識﹄の著者、長尾雅人師は、﹁縁起と空性との即一性﹂で捉え、 唯識的な見地も交えて論を展開されている。この点で、﹁縁起﹂についての理解をより一層深める上で貴重な示唆 が得られるものと思われるので、主な論点を次に抽出して挙げることにする。  曇 空とは 諸法の無自性空にして非存在なることであり、或は空性的に物の有なることが空である.諸法とは   自性・自我から成り立つが、その自我が無となることである。㊨当国︶  磐 真に縁起とは、実は必ず無自性なることを要するのであって、有自性的なものに於いては、縁起とは云い得

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 ない。中観哲学に於いては縁起は一方に於いて﹁此縁生﹂︵凶魯B。箕三惑翫Oの名を以て呼ばれ、他方縁起せる  法を﹁施設有﹂︵因施設ロ冨蓼窟a罫茅戸︶の語を以て表わす。この﹁施設﹂は更に稔専行唯識学派に於いて  ﹁識﹂︵註凱巷ユ︶として考えられた。︵罵︶ 管縁起は必ず何らか有なるものの系列であることに変わりはない。従って作られたもの︵有為︶として、同時  に自ら作り行くものとして、表現的施設的に有的である。それ故にまた輪廻的ということができる。︵りoo︶ 管 縁起は平体そのままが輪廻であるということはできない。縁起には輪廻的な面とその反面にそれを超えた縁  起有とがある。かかる区別がなくては、実は仏というものも考えられない。︵勺oo︶ 善 縁起はもともと因より果へということであって、その限りに於いて何らか作り作られる有為の意味を有つ。 しかし因より果へということは、自性的に主体的なるものが、同じく自性的に客体的なものにはたらくこと躰  ではない。︵男oo︶ 管 自性・自我が無となって、ただ存在するものは自ならぬ﹁他﹂によってのみある如き関係が縁起である。し  かしその﹁他﹂もまた自に対する他であるならば、やはり一つの自性に外ならない。他力という如きも、か  かる意味に於いて絶対他でなければならぬ。自と他との相対するものが消え尽くして、ただ不可思議なる力  のみ存する所、それは私ならぬものとして他力である。︵”O︶ 聾 自性としてこの私に対する他者が他力ならば、これもまた常に思議分別する私の一分としての他に外ならな  い。私以外のものではない。絶対他者はかかる自と他を超えたものである。しかし超えるとは、私の思議分

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 別を否定することではない。思議や分別があらゆる意味で無であるならば、それを超えるということも、そ  れを超えた他者も無意味となるであろう。︵︵℃り︶ 管 かくの如くに自性が否定され、しかもかくの如くに思慮や分別の成り立っていることが、縁起と称せられる。        ︵団O︶ 曹 有的な系列としての縁起が、そのまま直ちに空性であるとの意味が中観にはある。無畏有、すなわち空性即  縁起ということが中観哲学の根本的な立場であるといわねばならない。否定的な無と縁起的な有とが、ここ  では不思議的に即一なのである。︵雲O︶

こ.羨に﹁縁﹂と﹁生.滅三関係が問題として浮上してくゑ      蒔

 ﹃中館﹄では﹁因縁・次第縁・病質・増上縁﹂の無縁があり、この四縁に一切の縁が撮在することを明かして 後、﹁果は縁より生ずるか、非縁より生ずるか。その縁に果があるか、果がないか。﹂の問題を提起し、﹁瓶と水と 土﹂の関係に喩えてそのいずれもが成り立たないことを論証している。  ﹃十二門論﹄﹁観取果無果門﹂においては﹁復興諸法不生。何以故。 先雑則不生 先無早縄生  有無亦不生  誰當有生者﹂︵大正蔵経三〇巻℃一ひO。げミ∼げ這︶と、まず偏を以て諸法が不生であることを説き、次いで長行で詳 しく説いている。即ち、    もし果が因の中に先にあれば生ずることなく、先に無であっても生じない。先に有と無の両方があっても、

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  生じない。何となれば、もし果が因の中に先にあるのに生ずるとすればそれは無窮である。もし果が先に未   生であるのに生ずるとすれば、今生じ終わってまた更に生ずることになる。因中に有であるものが更に生ず   ることは無窮である故、それはあり得ない。もし生じ終わったなら更に生じないで未生であるものが生ずる   と謂うのなら、その中には生ずるという理がない。また両者は有であるのに一方が生じ他方が生じない理は   ない。有と無は相違するものなのに、生じ終わっても有、未生の時も有なら異はなく差別できない。よって   有であるものは生じない。     でいちゅう  びよう     ほ     むしろ と云い、﹁泥中の瓶﹂、﹁平中の席﹂に喩えて論証している。即ち﹁泥﹂は﹁粘土﹂のことで、﹁瓶﹂︵果︶を作 る原料︵因︶であり、﹁蒲﹂は﹁席﹂︵果︶を作る原料︵因︶であるが、その因︵泥・蒲︶中に果︵瓶・席︶がす でにあるとすれば﹁果が生じる﹂とは云えないことの証明である。次に﹁もし因中に果がなければ果は生じない﹂       すな ということを﹁油は必ず麻から取るが、沙を搾ることはない。︵沙を搾っても油は出ない。︶﹂という例を挙げて論 証している。最後に﹁田中有事と無果が共にあっても、果は生じない。﹂ということを﹁図引、苦楽、魚住、縛解 がそれぞれ同時に成り立たない﹂という例によって論証し、畢寛じて﹁不生﹂であるが故に﹁一切の有為法は空 であり、有為法が空なるが故に無為法も空である﹂と結んでいる。しかしここでは﹁不滅﹂については触れてい ない。  ﹁不滅﹂については﹃中論﹄﹁観因縁品﹂に﹁不滅者、若草レ生何得ひ有セ滅。以二二塵生無;滅故。﹂︵大正蔵経三〇巻℃一箪8︶ とあり、﹁生がなければそれと相依の関係にある滅も有るはずがない。﹂と云う。こうして﹁生・滅﹂の無いこと を説き終わって、他の六事﹁常・断、一・異、来・出﹂も同様に無であると略述している。 ひ

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三、無自性と空  ﹁親因縁品﹂に    諸法の自性は衆縁中に在らず。ただ衆縁和合するが故に名宇を得るのみ。自性は即ち是れ自体なり。衆縁   中に自性無し。自性無き故に自より生ぜず。自性無きが故に他性も亦無し。何を以ての故に。自性に因りて        も   他性有り。他性は他において挿櫛れ自性なり。若し自性を破せば即ち他性を蝕するなり。是の故にまさに他       も      なゆ   性より生ずべからず。若し自性と他性とを破せば即ち共の義を平す。無因は則ち大過有り。有因すら尚破す     いか   べし。何に況んや無因をや。四藩中において生は不可得なり。是の故に不生なり。﹂︵大正蔵経三〇巻網・げ8ムu培︶ と説いている。これをまとめると、﹁衆縁の中に①自性無し、②他性無し、③自性・他性共に在るも無し、④無因 ㍗        4 も無し。﹂ということになる。その他  菅﹁観三相品﹂:衆縁より生ずる法は自性無し。自性無きが故に空なり︵同コOo日︶        き   さ しや  曇﹁観作作者品﹂:二事の和合するが故に作と作者とを成ずることを得。若し和合より生ずれば、則ち自性無し。   自性無きが故に空なり。空なれば則ち所生無し。﹂︵同謹ω爲一∼巴じ  畳﹁観世品﹂:一切諸行は虚妄の相なるが故に空なり。諸行は生滅して住せず。自性なきが故に空なり。︵同コぎ一。。︶  .或いは一と言い或いは異と言い、決定の分別あること無し。ただ衆縁より生ずるが故なり。下等の分別は故   に空にして自性無し。﹂︵同男寄畠?o難︶ 等と、無自性が空であることを説いている。

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 ﹃十二門論﹄においては  愚﹁観因縁品第=:空を解釈するにまさに十二門を以て空襲に入るべし。初めに因縁門なり。所謂る、衆縁所   生の法は是れ即ち自性無し。︵大正蔵経三〇巻℃一いO。鴇∼。ま︶  骨﹁観性門第八﹂:是の因縁尽は自性無きが故に我是れを空と説く。︵同巻国ひい窪︶  菅﹁観作並第十﹂:若し衆因縁より生ずれば則ち自性無く、自性無ければ即ち是れ空なり。﹂︵同巻謹ま。ま︶ と、同じく無自性が空であることを説いている。   ごんせつ  けせつ  り みょう 四、言説・仮設・仮名  ﹃中論﹄﹁観四諦品第二十四﹂に       8        4       けみょう    衆因縁生法は我即ち震れ無と説く。また鋳れ仮名と為す。また是れ中道の義なり。未だ曾って一法とし   て因縁より生ぜざるもの有らず。この故に一切法は群れ空ならざる者なし。衆因縁生法は我即ち是れ空と説   く。何となれば、衆縁具足し和合して而して物は生ず。この物は衆因縁に属するが故に無自性なり。無自性       けみょう   なるが故に空なり。空もまたまた空なり。ただ衆生を引導せんが為の故に、仮名を以て説く。有と無との二   辺を離るるが故に名づけて中道と為す。︵大正蔵経三〇巻℃ωωげ一一ムu一。。︶ と説いている。  ﹃大智度論﹄﹁初品中意無擬繹論第十二﹂には

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       けみょう   因縁生法は是れを空相と名づく。また仮名と名づく。また中道と名づく。︵大正蔵経二五巻噌一〇蘭舞曲∼。。一P︶       せせつ      けみょう と偶を以て示し、﹁諸法は因縁和合により施設され、その実体︵自性︶はなく空である、ただ仮名のみがある。﹂ と説いている。同﹁浬繋如化品八十七﹂の釈では、   一切は因縁より生ずる法にしてみな無自性なり。無自性なるが故に畢寛空なり。畢寛麗なるが故にみな化の   如し。︵同団刈ω09?げ嵩︶ と説かれている。  龍樹は、このように世の中の一切の事物が無自性であり、空であるということから本来は実体のない仮の姿と   け せつ    げみょう して仮設され仮名をもって言説されているに過ぎないと言う。即ち言説は仮設されたものであり、言説によって 成立する能詮・所詮の関係もまた仮設に過ぎない。言説は私たちを一切の理解に導くものであり、欠かすことの 9,        けろん       ’− できないものであるが、その反面で言説による私たちの様々な分別が板野を起こし、物事を実体視するもとにも なる。しかし、一切は空であり、その空も亦空であるから実体視したり、執着してはいけないと言う。﹃中墨﹄﹁観 法品第十八﹂の第五偏に﹁分別︵業煩悩︶は戯論よりあり﹂︵羽漢了諦訳︶とあることから、龍樹は﹁戯論が私た ちの妄分別を招く﹂ものと捉えている。私たちが常識的に考えると﹁分別が戯論を起こす﹂ものと捉え勝ちであ るが、龍樹は、その常識も蝕して、﹃分別そのものがすでに戯論によって成り立っている﹂と考えたのであろう。  ここで﹁戯論﹂という言葉の意味を考えてみる。﹁三論﹂とは梵語窟趨臥8の意訳であるが、その原意は、﹁現 われる﹂、﹁現わす﹂、﹁広がる﹂、﹁多様性﹂等の意である︵三枝充恵﹃曲論﹄上︶。あらゆる思惟、定義、論述は

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言葉︵言説︶によらなければ成立しないが、その言葉は本来多元性を含んでいて一種の虚構をはらんでいる。そ のような﹁虚構﹂を用いてなおその言葉を連ねていく論議を﹁戯論﹂と言う。言説は能詮であり、したがって能 詮もこれと同じ宿命性をはらみつつその所詮を求めて能詮を限りなく重ねていく。その能詮のための能詮の繰り 返しが﹁戯論﹂と呼ばれるものである。龍樹はこの﹁戯論﹂を熟知しつつも、しかもそれを言説︵野際︶によっ て明らかにしょうとして﹃中論﹄を説いたのである。この龍樹の意図は、先述の如く学僧叡によっても﹃中論﹄ 序において明らかにされている。  また、同じく﹁観因縁品巻第=では、注釈者の青目が次のように釈している。        ちゃく    仏滅後、後五百歳の像法中には人根うたた鈍にして深く諸法に著し、十二因縁・五陰・十二入・十八界等       ちゃく   の決定相を求む。仏意を知らず、ただ文字のみに著し、大乗法の中に畢寛厚を説くを聞きて何の因縁の故に   空なるやを知らずして、即ち船見を生ず。もしすべて畢寛空ならば、いかんが罪福浜応等あるを分別せんや、   と。かくの如くんば、則ち世諦・第一義諦なし。この空相を取りて而して食著を起こし、畢寛空の中におい   て種々の過を生ぜん。龍樹菩薩はこれらのための故にこの中絶を造る。*九  この外﹃大智度論﹄﹁初品中意無磯繹論第十二﹂において   一切の法を観ずるに空に非ず、不空に非ず、有相に非ず、無相に非ず、有作に非ず、無作に非ず。かくの如        ちゃく      けみょう   く観中の心著せず。これを甚深の法と名づく。偶に説くが如し。因縁生の法はこれ空相と名づく。また仮名   と名づく。また中道と名づく。もし法に実あらば無に還るべからず。今になく先にあり。これを名づけて断 仙

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  となす。常なく断なくまた有無ならず。心事滅する処言説また尽く。*一〇 と説き、同﹁初品中放光繹論第十四之絵﹂では       サみょう   有常、無常、有無、無空、有我、無我なし。もし外道の如く実意を求索すれば、これ得べからず、ただ仮名   あり。種々の因縁和合してあり。*= と説いている。  同﹁繹初品中檀波羅蜜法施之絵﹂においては、       けみょう    有に三種あり。 一には相待有、二には仮名有、三には法有。相待有とは長短、彼此等の如し。実は長短な       けみょう   くまた彼此なし。長は短に因りてあり短また長に因る。彼また此に因り此また彼に因る。⋮⋮中略⋮⋮仮名

有とは酪の色香味触の四事あるが如し.因縁合す叢仮に名づけて酪と究有といへども因縁は薯に同塾

      けみょう   じからず。無といへどもまた兎角亀毛の無き如きにあらず。ただ因縁合するを以ての故に仮名有なり。*=一 と説いている。  以上のことをまとめると、﹁この世の一切諸法は無自性であり空であること﹂が真実であり、空なる真実は人間        げせつ       はみょう にとって分別のしょうがない、その真実に導くには仮設された仮名を以て言説するよりほか方法がないのである。 したがって言説は真実に導く方便として仮設されたものである。ここにおける言説が能詮であり、真実が所詮で あると言えるのであるが、限りない能詮を繰り返しても所詮の真実を言い尽くすことはできないであろう。

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第二節 二諦説 一、﹃中論﹄の二諦説  龍樹は﹃中野﹄﹁観四諦品第二十四﹂ の中で一切諸法の空性について、世俗諦・第一義諦の二野を以て次のよ うに説いている。  蔚諸仏は二諦︵曾。。・昌。︶に依って衆生の為に法を説く。一には世俗諦︵一々嚢・篭眉︶を以てし、二には   第一義諦︵。。亀壱℃雲巨弩薮。・堕巌至善陶・銘書下︶なり。もし人よく二諦を分別することを知らざれば、則ち   深仏法において真実義を知らず。︵第八、九偶︶*一三 ・世俗諦とは、一切の法は性が希なる戦而も世間の顛倒の故に虚妄の法を隻世間においてこれ実なり.⑳   諸の賢聖は真に顛倒の性を知れり。故に知んぬ、一切の法はみな空にして無生なりと。聖人においてこれ   第一義諦にして名づけて実となす。諸仏はこの二諦によって衆生のために法を説く。もし人如実に二諦を分   湿することあたわざれば、即ち甚深の仏法における実の義を知らず。もし一切の法皇生というならば、これ   第一義諦なり。第二の俗諦をもちいずと謂わば、これまたしからず。何を以ての故に。もし俗諦によらざれ   ば第一義を得ず。第一義を得ざれば則ち捏藁を得ず。第一義はみな言説に因る。言説これ世俗なり。この故   にもし世俗に依らざれば、第一義は則ち説くべからず。もし第一義を得ざれば、いかんが佐薬に至るを得。   この故に諸法無生といえども而して二諦あり。*一三

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管 もし俗諦に依らざれば、第一義を得ず。第一義を得ざれば則ち浬繋を得ず。︵第十偶︶*一三       ちゃく 畳汝は懸れ空︵。。雇器︶に著すと謂い、而して盗れ過を生ずと為す。汝の今説く所の過は、空においては則  ち有ることなし。︵第十三偶︶*一三        ちゃく 菅汝は塗れ空に著すと謂うが故に、灯れ過を生ずと為す。我が説く所の性空は、空もまたまた空にして、か  くの如き過なし。*一三 この二丁説︵臥蚕陶曾翅9。︶は、﹃三論︵国訳一切経︶﹄﹁観四諦品第二十四﹂の脚註︵羽翼了諦訳︶によると、世 俗諦︵冥舘豊−轟m唱︶と第一義諦︵堕3葭唱℃鶴霞諺空曇︶とからなると云う。梵語墨更ρ腕3、9唱を﹁諦﹂と訳し ているが、原型のm3彊は形容詞としては﹁実際の、真実の、誠実な等﹂、名詞としては﹁真、実、諦、真諦等﹂

の意味が嚢一方、第義の梵語巌墜暴または嶺登げ・・は蕎の︵完全な︶轟第憂身霧⑳

真諦、真実、真如等﹂の意味があり、意味の上でロ3・oと重複する所がある。﹁真、実﹂は本来﹁最も完成された、 究極のもの﹂を指すが、この唱§巨冨は、その中でも最高の極に達した無二なるを表わす。したがって世俗諦 ︵良器塁山竃馬︶もまた真実の一面であると解すべきである。ここに、世俗のものは縁起生なる故に空であり、        けせっ 無自性であり、仮設されたもの、不実なものでありながら、それがそのまま世の真実である、というのが二口説 ︵塁9牙醸9︶の要義である。親鶯が従来の仏教の概念から脱して、仮︵化︶を真実と共に重要視し、しかも真実 に導く方便としてその価値を高く評価したのも、この二諦説の真意を正しく受け止めていたからであろう。       ち く  龍樹はこのように、﹁空義があるから一切の世間・出世間の法が成り立つ﹂と考えたが、﹁それは空に著してい

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ることである﹂という反論者に対して﹁空心寒空﹂と論駁している。この﹁空剃復空﹂がまさに﹁勝義空﹂の在 り様で空を更に空じて寂滅すると云う。この﹁空亦復空﹂の﹁空性﹂が実相であり真実であり、即ち在りようは 空性である。それを第一義諦︵勝義諦︶と言う。ところが、世間の衆生は顛倒していて虚妄であるにもかかわら ずその実相︵第一義諦︶を知らない。第一義諦は本来、他の何者によっても知られるものでなく、分別を離れた       けせつ ものでなくてはいけない。また世俗において仮設された言説を以て言い表すことのできないものであり、もし言 説されたとしても、それと同時に第一義諦そのものではなくなってしまう。その第一義諦は世俗諦の言説がなけ れば衆生には得られない。第一義諦を得なくては浬繋は得られない。だから仏は衆生のためにこの二諦によって 法を説く、と龍樹は言う。そして言説は世俗諦でありながら第一義諦の真実をよく顕し真実へ導く方便であるこ

とを藷してい互      躰

 この二諦については﹃十二門論﹄﹁観性門芸人﹂においても触れられているが、   二諦有り。 一に世諦、二に第一義諦なり。世諦に因って第一義諦を得。若し世諦に因らずんば、則ち第一義   諦説くことを得ず。若し第一義諦を得ざれば、則ち浬繋を得ず。若し人二戸を知らずんば、則ち自利・他利    ぐ り   ・共利を知らず。かくの如く若し世諦を知らば、則ち第一義諦を知る。第一義諦を知らば、則ち世諦を知る。        みも   汝今世諦を説くを聞き、点れを第一義諦と謂う。この故に失処に堕在す。*一四 の如く﹃中論﹄のそれとほぼ同様であり、いずれも﹃大晶般若経﹄﹁具足品第七十一﹂ の   菩薩摩詞薩は二二中に住して、衆生のために法の世諦と第一義諦とを説く。舎利弗。二諦中、衆生は得べか

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  らずと錐も、菩薩摩詞薩は般若波羅蜜を行じ、方便力を以ての故に、衆生の為に法を説く。*一五 に拠るものと思われる。  ここで、この暴騰を顕す﹁世俗﹂と﹁第一義諦﹄︵﹁勝義﹂とも云う︶の意味についての理解を深め、更に両者 の即一的な関係を明らかにするための整理をしておきたい。  ﹁世俗﹂と﹁第一義諦﹂をごく通常的な言葉で表すならば、﹁世俗﹂は﹁世間﹂のことで、私たちの具体的な生 活の場であり、普通の常識的感覚的な世界を、そのように名づけている。これに対してこのような一切の存在を 成り立たせている本質的なものを﹁第一義諦﹂と云い、それは﹁世間﹂を超越した世界であることから﹁出世間﹂ の概念に相当する。また﹁世俗﹂は有限・相対的で、有為なるもの、﹁第一義諦﹂はすべてを超絶し、無限・絶対 的で無為なるものである。この故に、常識的論理主義の立場から見れば、両者は相矛盾し、その間に大きな隔絶ひ        4 がある。にも拘わらず、両者はいずれも全世界的であり、決して二分したどちらかの一方を指すのではない。同 時に両者が即一性を有するということが、﹃曲論﹄における﹁二諦﹂の基本的な捉え方である。なお、この﹁即一﹂ という言葉は、長尾雅人師が﹃中観と唯識﹄の中でよく用いられている語である。それは、互いに矛盾を孕む異 質なものが因縁の和合により一つの統一体を成り立たせているということであり、もとより無自性のものが罵り       け わこう        けせつ に和合しているので﹁仮和合﹂とか﹁仮設﹂という。これは後で述べる﹁一異﹂に相当するものであり、私とし てはその同意語として考えたい。  この二塁は仏教に於いて古来、いろいろな形で述べられてきたが、中でも特異なものとして鍮伽行派の論書に        じんしょう       によしょう よく見られる﹁尽所有﹂︵黛重事ぴ匡七島讐麟︶と﹁如所有﹂︵望き≦きげ舞舞︶があることを長尾論文の中で述べられて

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いるので、その要点について私見を交え次に挙げる。︵﹃中観と唯識﹄℃ωωもω轟︶  ﹁尽所有﹂は﹁有る限り﹂であり、﹁如所有﹂は﹁有るがまま﹂という意味で、いずれも全世界的である。今問 題とする﹁世俗﹂と﹁勝義﹂もまさしくこれに相応するものであって、﹁尽所有﹂は﹁世俗的な﹂ことを示し、﹁如 所有﹂は﹁勝義的﹂な意味をもつていると云う。﹁尽所有﹂、﹁有る限り﹂とは世間世俗的にあらゆる部門・分野の 一切智に通達して、現実肯定的に世俗に随う菩薩道であると云われ、有為的な縁起の面を云う。﹁有るがまま﹂と は質的に如々の世界を観位する智であり、直ちにものの本質に突き入る諦観の智であり、無為的な空性の面を云 う。それ故に﹁世俗・尽所有﹂が笹掻なるに対して﹁勝義・如所有﹂は甚深の意味が附与せられる。しかし漢訳 仏教に於いては、この両語を﹁世俗﹂・﹁勝義﹂に配して理解することはあまり見られなかったようである。しか るに後世西域に伝えられた教学︵ラマ教︶に於いてはこの両語は直ちに﹁世俗﹂・﹁勝義﹂を意味していると云う。 ひ

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二、﹃大智度論﹄における二諦説  ﹃大智度量﹄は摩詞般若波羅蜜経を龍樹が註釈したものとして伝えられているが、後世仏教の諸思想がこの論 の中にその源を置き、仏教の総持とも呼ばれている。この論の著者については種かの異説があり*一六、中でも ベルギーのラモット博士の説が有力で、多くの支持を得ているようである。このラモット博士の論文﹃仏訳大智 度論﹄第W巻・﹁序文﹂︵加藤純章訳︶に﹁もし訳者羅什の考えたように﹃大智度論﹄の作者が龍樹︵Z甜21毯魯︶ という名前または別名のもとに知られていた人物であったとしても、それは﹃中質﹄の作者の龍樹ではなくて、 多くの他の︽龍樹︾の一人であって、そのような事情が﹁龍樹菩薩造﹂という形で残ったのであろう。﹂という一

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文がその決定的なもので、尊重すべきものである。しかし、このような事情が明らかにされないままに﹁龍樹菩 薩造﹂﹁鳩摩羅結露﹂の﹃大智度論﹄として我が国に伝来し、親里のもとに届いたことから、親鷺はこれが﹃十住 毘婆沙論﹄と共に、同じく南インド出身の龍樹が造ったものであると信じていたものと考えられる。それは、﹃高 僧和讃﹄﹁龍樹讃﹂において﹁本丁龍樹菩薩は智度・十思草婆沙等つくりて⋮⋮⋮﹂︵真聖全二もいO一︶、﹁智豊凶に のたまはく⋮⋮⋮﹂︵真聖全二も蟻8︶とあることからも窺い知ることができる。即ち親鶯は﹃大智度論﹄が﹁龍 樹菩薩造﹂であり、しかも﹁龍樹一人説﹂を信じて疑わなかったものと思われる。このことは、仏教が近代科学 的方法論を用いて解明され、ラモット等の説が世にでるまでは、親鶯のみに限らず、仏教学者のほとんどが信ず るところでもあった。  いずれにせよ、この﹃大智度論﹄はうモット等の説くように作者が﹃中論﹄作者と別人であったとしても、﹃中 弘       4 論﹄の内容に精通した人物の作であることには間違いない、と言えるであろう。 この﹃大智硬論﹄の中に﹃中 論﹄を引用している所があることから﹃中鷺﹄よりも後に、より円熟した思想を表示するものとして出されたも のとも思われる。﹃中論﹄においては、むしろ消極的否定的な面が強調され、批判のみに終始しているかの観もあ るが、﹃大智度論﹄はそれを補い、批判の後に来る所の積極的肯定的な面を展開したものと見られる。この両論の 説く所の般若空はもとより仏陀の無我思想を徹底しようとするものであるが、その般若空に積極的な面を表示し たものがこの﹃大智度論﹄である。したがって﹃語論﹄の二諦説もその理解の十全を求めるならば、﹃大智度論﹄ の二諦説を参照すべきものと思われるので、その主なものを次に列挙する。  士爵第二十;諸法実相の第一義中には則ち衆生なく、また度するもなし。ただ世俗法を以ての故に度する有り

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  と言う。汝は世俗の中に於いて第一義を求むこの事不可得なり。讐えば瓦石の中に珍宝を求むも忍べからざ   るが如し。*一七        え  画聖第二十二・.巧出とは、二諦は相違せざる故なり。所謂世諦第一義諦これなり。智者も壊すること能わず、   愚者も謬を起こさず。故にこの法はまた二辺を攣る。所謂もしは五欲の楽を受け、もしは苦行を受くるも、   また二辺を離る。もしは常、もしは断、もしは我、もしは無我、もしは有、もしは無、かくの如き等の二辺    ちゃく   の著せざる、これを巧出と名づく。*一七  島津第二十二:仏は第一義に随順して演説し給う。世間の法を説くと難もまた餐なし。二諦と相違せざるが故   に。*一七  静巻第二十九:仏法に二諦あり、一には世事、二には第一義諦なり。世諦なるが故に三十二相を説き、第一義 8        2   諦なるが故に無相を説く。二種の道有り。一には衆生をして福を修せしむる道、二つには仁道なり。墾道な   るが故に三十二相を説き、慧道なるが故に無相を説く。*一七  管巻第三十人;仏法の中に二諦あり。一には白黒、二には第一義諦なり。世銀たるが故に、衆生ありと説き、   第一義諦たるが故に衆生は所有なし︵存在しない︶と説く。*一七        けせつ     け みょう ここでは、世間において衆生が存在していると見ることは仮設であり仮名であって、実体としてはないことを説 いている。  普巻第四十三仏法に二種あり。一に世事、二に第一義諦なり。世諦たるが故に般若波羅蜜は菩薩に属す。凡夫        ねが   人の法は種々の過罪ありて清浮ならざるが故に則ち凡夫人に属せず。般若波羅蜜は畢寛清浮にして、凡夫の楽

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  わざる所なり。*一七 ここでは 般若波羅蜜が菩薩に属するものであって、罪過を持ち不清心な凡夫のものではなく、その畢寛の清浮 は凡夫はそれを求めようともしないということを説いている。  畳巻第七十八:世俗諦の中には差別あり、第一義諦は則ち分別なし。*一七 即ち、世俗諦の中では事象の違いを分別することができるが、第一義諦は彼此、能所の分別を超えている、と説 いている。  上巻第八十四:世俗法は語言名相の故に分別すべし。第一義法の中には分別なし。何となれば、第一義の中に   は一切語言の道断じ、一切の心の行ずる所を断ずるを以ての故なり。*一七 即ち、世俗の法は言葉や名、色形となって現われているものだから分別ができるが、第一義の法は言葉で表すこ ともできず心で思惟することもできないので分別を超えたものである、と云う。  誉巻鮨九十一:菩薩野晒薩は難解の中に住して衆生のために法を説く。世諦と第一義諦なり。︵舎利弗よ︶二   諦の中には衆生は不可得なりと錐も、菩薩摩擦薩は般若波羅蜜を行ずるに、方便力を以ての故に、衆生のた   めに法を説く。衆生はこの法を聞く。*一七 ここでは、仁和四十三、釈集散品第九下を受けて、本来なら二諦を得ることのできない衆生のために、菩薩摩詞 章が般若波羅蜜︵智慧の完成︶によって得た方便のカによって法を説き、衆生はそれを聞くことによって二物を 得ることができる、ということを説いて衆生にその道を示している。  幹巻第九十九:仏法の中に二野あり。世諦と第一義諦となり。予熱の故に仏は般若波羅蜜を説くと言ひ、第一 傷

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  義諦の故に諸仏は空・無来無去なりと説く。*一七 即ち、仏の説く二諦は、世諦・第一義諦の二種一具によって成り立つもので、 成法Vを説き、第一義諦の面で二切の事象が空であり無来無去であること﹂ となったものであることを示している。 黒蓋の面で般若波羅蜜︵智慧の完 を説いているが、この両者が一体  右に挙げた文例のように﹃大智度論﹄においては、二諦説について種々様々な角度から、しかもかなり具体的 に論じている。これらは、﹃言論﹄の心乱説がやや抽象的で消極的否定のみに終始していることから生じた説明不 足を補うものでもあり、二更説を正しく理解する上において重要な参考資料であると思われる。 三、無著・天親の楡伽唯識と中観  無著は鍮伽唯識の立場から﹃中論﹄を釈した ﹃順中論﹄の中で    二種諦有り。所謂る世諦、第一義諦なり。もし二二有らば、汝と朋則ち成ず。髄問いて曰く。もし世諦と異        とが   なりて、第一義諦有らば我と朋分かちて成ず。何の過ありと為すや。偶に説きて言うが如し 如來法を説き   たまう時二諦に依りて説きたまう。 謂く一に繋れ世諦、二に第一義諦なり。もし此の理を知らざれば二諦   爾種の實、彼佛の探法において則ち實諦を知らざるなり。*一八 と述べている。ここで﹁二諦﹂を﹁実諦﹂とした所に注目を要する。﹃宗論﹄では﹁真実義﹂と表現されているが、 その意は﹁二諦としての成り立ち﹂そのものを指して﹁真実の義﹂と云うのが順当な解釈のしかたである。とこ 傷 弓

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うが、﹁二立目種の実﹂とか﹁実諦﹂とすれば、二諦即ち﹁第一義諦﹂・﹁世俗諦﹂をダイレクトに﹁実のもの﹂と 捉えられ、﹁無自性﹂、﹁空亦復空﹂という中観的な捉え方とは異なってくる。       らくちヰく  ﹁空亦復空﹂は、もともと﹁空なり﹂という偶像に楽著することなく更にその空をも空と見て、限りなく判ず ることを意味するものである。この﹁空有﹂に関わって中観派と琉伽行唯識派との間に論争、批判が繰り返され てきたのであるが、中観派から唯識派を見れば、唯識は実体論に堕する宗であり、唯識派から中観派を見れば、 中観は空身に堕する徒であると云う。更に中観派は唯識派に対して﹁唯識派においても識の縁起性即ち無自性を 許しているのであるから、識も実は所識能識相依相待なる空無であり、識が有とせられる標準はない。﹂と論難す る。 一方、唯識派においては回忌を認めているが、それは世俗の能所の態であり、﹁有の態﹂である。また第一義 諦が世俗の上に顕されることにカを注ぎ、第一義諦は﹁無の有﹂であることを強調する。このような事情の中に レ        β おける無毒の﹃豊麗﹄釈は、中観派に対立するものというよりは、寧ろ中観思想という同じ流れの中で喩伽行唯 識に傾斜した所の画期的な主張であったとも云えるのではないか。彼の著﹃順中論﹄において、  菅二諦に依りて堅磐法を説きたまう。二諦説に依りて、法の眞如にして、破せず不二なるを説きたまう。もし   其れ二ならば、第一義と異なり、法は眞如と別に、世諦の法有り。眞如一法にして眞如は尚不可得なり。い   ずこに當に二法の眞如ありて、而して得べきや。もし二諦を説くならば、此れかくの如く説かく。穿孔と異   ならず、而して更に別して第一義諦あり。一相を以ての故に、無相と謂うが故に。此れかくの如き義なり。   師偶に説きて言わく、もし人此の二諦の義を知らずば彼れ佛の深法において則ち眞實を知らずとなり。*一九 菅第一義諦を名づけて浬繋と為す。彼の浬藥は、浬繋にして亦空なり。また経中に説有りて言わく。世尊よ、

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  浬藥と言うは、名づけて寂静と為す。 一切の相無く、一切の念無し。また説有りて今わく。此の浬繋は浬繋   にして豊楽る髄は髄に非ず空なり。かくの如き等の説、かくの如く一切種種の思量も、第一義諦の髄を得べ   からず。*二〇 等と述べる中に、﹁二諦が不一不二であり、無相であること﹂、﹁二諦を知らない者は真実を知らない。﹂、﹁第一義 諦は浬繋・寂滅と名づけ、浬藥は空である。﹂等の如く﹃中論﹄の大筋を外していない。  無著は勿論、弟の議事︵世親・︶に大きな影響を与え、無著・天親の﹁喩平行唯識派﹂を築き上げ、天親は﹃唯 識三十頬﹄で唯識論の基本を示し、その他、種々様々の論書を数多く撰述する中でも、﹃浄土論﹄︵無量寿経優婆 提舎願生偏︶を著したことは特筆すべきことである。  龍樹の﹃中論﹄は爾来中観派の指標として重要視されたが、一方では人々を﹁空見﹂に堕する過失を犯さしめ ㍗       6 ることになったのも否めない歴史的事実である。山口益師の﹃般若思想史﹄︵家産︶に引く史伝によると ﹁そこで 無著・世事︵天心︶の鍮伽唯識によって、龍樹−提婆の教説で尽くさなかった所を尽くし、詮ずることのなかっ た所を詮ずることになって、ここに中道の義が完成に至った。﹂と云う。また羽漢了諦師が﹃六十類如理論︵国訳 一切経︶﹄解題の中で、﹁元来、無著・世親両菩薩の唯識論は、龍樹・提婆二菩薩の教説中に含まれていた唯心論 的思想の幼芽を生長発展せしめたものに他ならないのであるから、本論の内容に唯心論的傾向の存することは敢 えて怪しむに足らない。﹂と述べ、龍樹にも唯識論の兆しを認めている。  中観の説く荒切世間が幻の如くして自性は空である﹂とせられるときは、外なるものが幻の如く自性が空で

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あると同様に外なるものを把握する内なる知覚も幻の如く自性として空になるから﹁一切世間が幻の如く空であ り自性のないこと﹂を何によって了得し、どうして無自性の境地に悟入することになるのか、と問いかけた時、 琉伽行唯識においては、自心こそが実であって、それが外なる物の相として顕現していて、心こそが外なる対象 の形相を具して生起しているから、そこに具体的な世俗という田所の世間が作用している。したがって、その能 所の世間として顕現している心以外のいかなるものによっても幻の如き世間が幻の如き世間として覚証せられる ものではないと言う。このような理由のもとに識が主体としてとりあげられた。その識はもとより縁起法であり、 他の因縁によって生起している点で依他起︵嬉費§9︶であるが、その依他起の故に私たちが能所を分別し、有        へんげ と執じている所分別性︵妄分別されるもの︶・龍骨所執︵唱葺巴斜面︶の事体が空無せられていき、そこに空性・真 実性・円成実性の勝義諦︵第一義諦︶が開覚されていく。それ故に唯識である依他起は、私たちの上に空性の開 鋲        弓 顕していく行道である。︵ここに鍮伽唯識が喩群行と言われる所以がある。︶その依他起性に私たちは能所を置い て分別計執する故に逼塞されている雑染の相があり、同時に依他起の上にその雑染の清まりゆく清浮の展開・円        あ びだっま 成実性があり、依他起において迷嘉言浄の開明規定が仕遂げられる。このように唯識説では阿毘達磨︵巴ぽ懇望︶ の識が取り上げられているが、阿毘達磨の中にも識中心に諸法を統一していこうとする傾向はあったが、馳駆倶 有の立場にあった。ところが、いま識のみが採用されているについては、まず識のみがあって境はないとする喰 識無塘説が論定されなくてはならない。唯識では、内識があって外境は実はなく、外壌は内識が外境としての顕 現しているものであるとする。そして外境はそこでは顕現し、知らしめる行相がないので愚行相であり無である。 また内通において顕されている外境が外境として見られている如くには無いのであるから、境として顕現してい

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る内覧は、真実ならざる顕現である。それ故に唯識においては内覧があると云っても、それは聖なる所識に対し て脂識またば識者として箋体挫の立で㊧かる識でばない。即ち識も戯論として寂滅し無となるのである。このよ うにして外境・所識の無いという点からして、能識・識者としての識も寂滅するが、識が境として顕現し、そこ に私たちの世間が経験的に存在している点から云えば識は無ではない。それが無ければ縁起の勝義的︵第一義的︶ な態が実証されるよすがもないからである。識が縁起生法という依他起であり、識において能所の世間が成立す る生縁起、即ち世俗としての縁起である点、龍樹で云えば、空義に相当する一面が与えられねばならない。唯識 説では、識は対象の形相を具して顕れるから所取の相として成立する。その対象としての形相のあるとき、その 形相を因として識は能取の行動において生起する。よって、対象として見られているものがあるときには識があ, り、ないときには識はない。同時に識があるときには対象としての顕現があり、ないときは顕現はない。これに塩        弓 よって能取所取二態の相依相待なる世間が成立する。  山口無印の﹃般若思想史﹄によると、能取と録取とが相依相待し縁起して無始時来の私たちの輪廻的存在が表       けせつ わされている道理を龍樹は仮設︵喝β道§︶と云ったが、唯識論では能識と所識が騒騒相待して無始時来性なる識 の性格が了別・記識︵<重留ロ︶という言葉によって言い表わされている。轟凱払底︵書論︶は﹁識らしむるもの﹂        けせつ であって、それの先行形態の℃雪駄嘗︵仮設︶を受けていると見られるから、仮設において能識.所識の相依相待 が、更に識者・所識・識の三者の相依相待が成り立つと云う。この三者共に無自性であり空とされるから、世俗 的な三者対存の位態にあった尊容としての識が空風捨離されて、三者という概念勝雄の絶レた識恥ぢ勝義空に入 る。この戯論寂滅なる勝義空は、能所内外としての世間の顕現がなくなり、勝義空が顕現することであると云う。

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