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[email protected] (「中国六〇年代と世界」 研究会会員) 二〇一六年一二月一一日、専修大学 今から二百数十年前の一七八九年、フランスで、 『人および市民の権利宣言』 は、 「 す べ て の 市 民 は、 自 由 に 発 言 し、 記 述 し、 印 刷 す る こ と が で き る 」 と 宣 言 し た ( 十 一 条 ) 。 印 刷 は、 人 び と が 長 い 歴 史 の な か で 時 間 を か け て わ が も の に してきた本源的権利である。そして、プロレタリア文化大革命が創造した大字 報(壁新聞)は、 印刷の権利の最高表現であり、 文化大革命はメディア革命だっ たのである。
街
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半 世 紀 前、 大 阪・ 梅 田 地 下 街 ( 通 称 ウ メ チ カ、 一 九 六 三 年 開 業 ) は、 街 自 体 が メ デ ィ ア だ っ た。 地 下街 の 柱 は 新聞 で 埋 め 尽 く さ れ て い た 。夕刊紙 の 競争 は 激 し く 、『 新大阪 』 ( ~ 一九九五年廃刊 ) や 『 大 阪新聞』 ( ~ 二〇〇二年廃刊 ) が任俠、 と く に山口組関係や芸能ゴ シ ッ プ で 競争を繰り広げ 、 名称 は 失念したが在日華僑が出していた左派紙が、当時昂揚していた新左翼系の集会やデモをトップで 報じたりしていた。 『新大阪』 『大阪新聞』 『大阪日日新聞』 『大阪スポーツ』だけではない。柱に は同列に、求人や飼い猫探しなどの手書きのビラも貼り出されていた。梅田地下街は壁新聞の街 だ っ た ( そ の 後 、 花 と 緑 の 万博 ( 国際花 と 緑 の 博覧会 、 一九九〇年 ) を 機 に 、 こ の 風景 は 弾圧=消滅 さ せ ら れ た ) 。 小学校高学年の私が大人の世界を知る入口のひとつは駅前の旭屋書店だったが、これは親公認 のそれ。実はウメチカの壁新聞や、旭屋書店を裏から出ると残っていた〝最後のヤミ市〟的一画 は、刺激に満ちていた。その風景は、中学進学の六六年に開始されたプロレタリア文化大革命の なかで大々的に拡大し、私をワクワクさせた。人びとは手書きの大字報を街に貼りめぐらした。 印刷所をおそって小冊子を印刷して配布した。文化大革命は、私にとってはウメチカの全面拡大 であり、これが、私の生きる原点ともいうべき革命の原風景だった。
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私は小学生のころから新聞が大好きで、中学・高校は新聞部に入っていた。後に、校正や組版 など印刷に関連するさまざまな仕事をやるようになったが、印刷を仕事として熱心に研究してい る人は、政治か宗教にかかわる人たちが少なくなかった。まわりの人たちに自分の考えを伝えた い―ここに印刷の原点があり、印刷する権限の根拠がある。 しかし、左翼の人たちはなぜか、自分の組織や党派の宣伝物を、よその組織や党派の宣伝物の 上 に 貼 っ て ま わ っ た 。自分 と 考 え の あ わ な い 映画 や 本 は 見 る な 読 む な 、 で あ り 、 上映 を 阻止 せ よ 、 と来る。私はとても嫌な感じだった。 街にステッカーを貼って、貼る自由と権利が圧迫されたとき、いろんな組織や党派のものが並 んでいれば、ともに反抗し闘うこともできよう。だが、他組織のものの上に貼ってしまえば、と もに闘えないではないか。かかわっていた組織や党派(複数)に幾度も意見を出したが、無視さ れ続けた。この人たちが政治権力を握った社会を想像して、とても耐えられないなと思った。 印刷の権利を否定する権限は、誰にもない。
文革
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革命
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紅衛兵たちは、既製メディアに対抗して、自分たちのメディアを手書きの大字報に求めた。街 のあらゆる壁や建物は政治広報掲示板に変わった。北京女子二中の紅衛兵の提案によってソ連大 使館前の道の名称を「揚威路」から「反修路」と改称したことを、日本の商業紙誌は訳の分から ん愚行扱いしたが、誤っている。名称の改変は、メディアとしての街の章分けの再編成だったの である。紅衛兵たちは、ときに印刷所をおそって、文字どおり印刷の権利を手にしようとした。 文化大革命は抑えつけられてきた者が、自ら自由に発言できる権利を手にした革命だった。老 紅衛兵 ・ 劉衛東 は 、 文化大革命 を 振 り 返 っ て 、「 造反 は 時代 の 最強音 だ っ た 」 と し て 次 の よ う に 言 っ て い る ( 廖 亦 武 著、 竹 内 実 日 本 語 版 監 修、 劉 燕 子 訳『 中 国 低 層 訪 談 録 イ ン タ ビ ュ ー ど ん 底 の 世 界 』 集 広 舎、 二〇〇八年) 。 「( 毛 主 席 は )「 司 令 部 を 砲 撃 せ よ 」 で、 「( 工 作 組 は ) 革 命 派 を 包 囲 攻 撃 し、 異 な っ た 意 見 を 抑 えつけ、わがもの顔で得意になり、ブルジョア階級の威風を増し、プロレタリア階級の志気を挫 こうとしている 」 など、一つひとつ痛快に語ってくださった。まさに、この発言は、排除され、 抑圧 さ れ 、 甚 だ し く は 独裁下 に 置 か れ た 学生 た ち の 心 を 完全 に つ か ん だ の だ 」「 あ の 時 は 、 み な チ ャンスがあれば積年の恨みを晴らそうとしたものだ」 プロレタリア文化大革命は、素人の専門家に対する、劣等生の優等生に対する、臨時工の本工 に対する叛乱だった。そしてまた、印刷の技術の歴史および、印刷の権利の歴史にとっては、メ ディア自体の変革というひとつの画期的な革命だった。
大字報
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権利
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憲法
中 国 共 産 党 第 九 回 全 国 代 表 大 会 ( 九 全 大 会、 一 九 六 九 年 四 月 ) を 経 て、 一 九 七 〇 年 九 月 六 日、 中 国 共 産 党 第 九 期 中 央 委 員 会 第 二 回 全 体 会 議 は 中 華 人 民 共 和 国 憲 法 修 正 草 案 を 採 択 し、 第 十 三 条 で 「 大 い に 意 見 を の べ、 大 胆 に 意 見 を 発 表 し、 大 い に 弁 論 を し、 大 き な 文 字 の 壁 新 聞 を 貼 る の は、 人民大衆が創造した社会主義革命の新しい形態である」と書いた。そして、一九七五年一月一七 日、中華人民共和国第四期全国人民代表大会第一回会議は「中華人民共和国憲法」を採択した。 第十三条 大 い に 意見 を の べ 、 大胆 に 意見 を 発表 し 、 大 い に 弁論 を し 、 大字報 を は る こ と は 、 人民大衆が創造した社会主義革命の新しい形式である。国家は人民大衆がこの形式を運用す る こ と を 保障 し 、 集中 も あ れ ば 民主 も あ り 、 規律 も あ れ ば 自由 も あ り 、 意思 の 統一 も あ れ ば 、個人の気持ちがのびのびし、生きいきとして活発でもある政治的局面をつくり出して、国家 に た い す る 中国共産党 の 指導 を 強固 に し 、 プ ロ レ タ リ ア 階級独裁 を 強固 に す る の に 役立 て る 。 ところが、一九八〇年九月十日、第五期全国人民代表大会第三回会議において第四十五条修正 が 採 択 さ れ、 「 大 い に 意 見 を の べ、 ……」 を 運 用 す る 権 利 を も つ ―― の 箇 所 は 削 除 さ れ た。 並 行 してストライキ権も削除されていく。なぜか。党が変質し、社会が変色したからである。プロレ タリア文化大革命は裏切られ、資本主義が復活したからである。 プロレタリア文化大革命は、ソ連の社会主義を批判し「社会主義とは何か」と問うた中国によ る 回 答 で も あ っ た。 「 労 働 者 の 国 家 だ か ら ス ト ラ イ キ 権 は い ら な い 」 と い う ソ 連 の 社 会 主 義 に 対 して、 「労働者の国家だからこそストライキ権は必要」というのが中国の社会主義だった。 「全人 民 の 国 家 だ か ら 階 級 闘 争 は な く な る 」 と い う ソ 連 の 社 会 主 義 に 対 し て、 「 資 本 主 義 の 死 に も の ぐ るいの復活に対して階級闘争は激しくなる」というのが中国の社会主義だったのである。 一九七〇年から一九八〇年の十年間、中華人民共和国憲法に記された大字報の権利こそは、人 類が印刷の権利を宣言して以来の闘いの歴史上、 (今のところ)最高の到達点である。 ソ連も中国も社会主義を裏切ってしまったが、歴史の実験のなかで、社会主義への過渡期には
階級闘争はむしろ激しくなるという事実は、革命をやったから初めて得られた教訓だった。
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老紅衛兵・劉衛東は、いまや全否定された文化大革命を賛美してこう言う (前掲書) 。 「 わ し の 青 春、 夢、 熱 狂 と ロ マ ン は、 み な 文 革 に か か わ っ て い る。 お ま え が ど う 思 お う と も、 少 な く と も 文革初期 の 一、 二年間 、 人民 は 十分 な 自由 を 、 ひ い て は 絶対的 な 自由 を 享受 し た ん だ 。 不自由なのは、走資派で、高級幹部の子弟で、特権階層だった。やつらはふだんは高いところに いて、民間の苦しみなんか知らんぷりをしていた。しかし、今やいかなる政治運動とも異なり、 世界が逆転し、やつらにもプロレタリアの鉄拳の味を教えたのだ」 自由か暴力か、とか、民主か独裁か、とか俗耳に入りやすい二分法は虚偽である。素人・劣等 生・臨時工の権利と自由は、専門家・優等生・本工を抑えつけて初めて獲得されたのである。プ ロレタリア文化大革命の三年間は、暴力の中に自由があり、独裁のなかに自由があるという哲学 を事実をもって教えた三年間だったのではないか。 再びみたびあらゆる壁と建物に大字報を! 街にメディアを!資料 竹内実編『中華人民共和国憲法集』蒼蒼社 一九九一年六月 ① 中 国 人 民 政 治 協 商 会 議 共 同 綱 領( 一 九 四 九 年 九 月 二九日、 中国人民政治協商会議第一期全体会議採択) ②中華人民共和国憲法(一九五四年九月二〇日、第一 期全国人民代表大会第一回会議採択) ③中華人民共和国憲法修正草案 (一九七〇年九月六日、 中国共産党第九期中央委員会第二回全体会議採択) ④中華人民共和国憲法(一九七五年一月一七日、中華 人 民 共 和 国 第 四 期 全 国 人 民 代 表 大 会 第 一 回 会 議 採 択) ⑤中華人民共和国憲法(一九七八年三月五日、中華人 民共和国第五期全国人民代表大会第一回会議採択) ⑥中華人民共和国憲法(一九八二年一二月四日、中華 人 民 共 和 国 第 五 期 全 国 人 民 代 表 大 会 第 五 回 会 議 採 択) 壁新聞 労働、 ス ト ラ イ キ に か か わ る 条文抜粋 ①(第一章 総綱) 第五条 中華人民共和国の人民は思想、 言論、 出版、 集会、結社、通信、身体、居住、移転、宗教信仰お よび示威行進の自由権をもつ。 ②(第一章 総綱) 第十六条 労働は中華人民共和国の労働能力をもつ すべての公民の名誉なことがらである。国家は労働 における公民の積極性と創意性を奨励する。 (第三章 公民の基本的な権利と義務)
第 八 十 七 条 中 華 人 民 共 和 国 の 公 民 は 言 論・ 出 版・ 集会・結社・街頭行進・デモの自由をもつ。国家は 必要な物質上の便宜をあたえ、公民がこれらの自由 を享有するのを保証する。 第八十八条 中華人民共和国の公民は宗教信仰の自 由をもつ。 第九十一条 中華人民共和国の公民は労働する権利 をもつ。国家は国民経済の計画的発展をつうじ逐次 労働就業を増大させ、 労働条件と賃金待遇を改善し、 公民がこの権利を享有することを保証する。 ③(第一章 総綱) 第九条 国家は「働かざる者は食うべからず」 、「能 力 に 応 じ て 働 き 」「 労 働 に て ら し て 分 配 す る 」 社 会 主義原則を実行する。 国家は公民の労働による収入、 貯蓄、家屋、さまざまな生活手段の所有権を保護す る。 第 十 三 条 大 い に 意 見 を の べ、 大 胆 に 意 見 を 発 表 し、大いに弁論をし、大きな文字の壁新聞を貼るの は、人民大衆が創造した社会主義革命の新しい形態 である 。国家は人民がこの形態を運用して、集中も あれば民主もあり、規律もあれば自由もあり、統一 的意志もあれば、個人がのびやかでいきいきである と い っ た 政 治 的 局 面 を つ く り だ す こ と を 保 障 す る。 これをもって中国共産党の国家にたいする指導を強 固にし、プロレタリア階級独裁を強固にする。 (第三章 公民の基本的な権利と義務) 第二十八条 公民は言論 ・ 通信 ・ 出版 ・ 集会 ・ 結社 ・ デモ・ストライキの自由をもつ。宗教を信仰する自 由と宗教を信仰せず無神論を宣伝する自由をもつ。 ④(第一章 総綱) 第九条 国家は 「働かざるものは食うべからず」 「能 力に応じて働き、労働に応じて分配する」社会主義 の原則を実行する。 国家は公民の労働収入、貯蓄、家屋、さまざまな生
活手段の所有権を保護する。 第十三条 大いに意見をのべ、 大胆に意見を発表し、 大いに弁論をし、大字報をはることは、人民大衆が 創造した社会主義革命の新しい形式である。国家は 人民大衆がこの形式を運用することを保障し、集中 もあれば民主もあり、規律もあれば自由もあり、意 思の統一もあれば、個人の気持ちがのびのびし、生 きいきとして活発でもある政治的局面をつくり出し て、 国 家 に た い す る 中 国 共 産 党 の 指 導 を 強 固 に し、 プロレタリア階級独裁を強固にするのに役立てる。 (第三章 公民の基本的権利と義務) 第二十八条 公民は 言論 ・ 通信 ・ 出版 ・ 集会 ・ 結社 ・ 行進・デモ・ストライキの自由 をもち、宗教を信仰 する自由と宗教を信仰せず無神論を宣伝する自由を もつ。 ⑤(第一章 総綱) 第十条 国家は 「働かざるものは食うべからず」 「能 力に応じて働き、労働に応じて分配する」社会主義 の原則を実行する。 労働は労働能力のあるすべての公民の光栄ある責務 である。国家は社会主義の労働競争を提唱し、プロ レタリア階級の政治が統率する前提のもとで、精神 的奨励と物質的奨励とを結びつけ、精神的奨励を主 とする方針を実行し、公民の労働における社会主義 の積極性と創意性を奨励する。 (第三章 公民の基本的権利と義務) 第四十五条 公民は言論 ・ 通信 ・ 出版 ・ 集会 ・ 結社 ・ 行 進・ デ モ・ ス ト ラ イ キ の 自 由 を も ち、 「 大 い に 意 見をのべ、大胆に意見を発表し、大いに弁論、大字 報をはる」を運用する権利をもつ。 第四十六条 公民は宗教を信仰する自由と宗教を信 仰せず無神論を宣伝する自由をもつ。 ※ 「大いに意見をのべ、 ……」を運用する権利をもつ。 ――一九八〇年九月十日、第五期全国人民代表大会
第三回会議において第四十五条修正が採択され、こ の箇所を削除。前段は「公民は……ストライキの自 由をもつ。 」となる。 ⑥(第二章 公民の基本的な権利と義務) 第三十五条 中華人民共和国公民は 言論、出版、集 会、結社、行進、デモの自由 をもつ。 第三十六条 中華人民共和国公民は宗教信仰の自由 をもつ。 いかなる国家機関、社会団体または個人であれ、公 民に宗教を信仰すること、または宗教を信仰しない ことを強制してはならず、宗教を信仰する公民、宗 教を信仰しない公民を差別してはならない。 国家は正常な宗教活動を保護する。いかなる者であ れ、宗教を利用して社会秩序を破壊し、公民の身体 の健康に害を与え、あるいは国家の教育制度を妨害 する活動をしてはならない。 宗教団体および宗教事務は外国の勢力による支配を 受けない。 第四十二条 中華人民共和国公民は労働の権利と義 務をもつ。 国家は各種の方途をつうじて労働就業の環境を整備 し、労働保護を強化し、労働環境を改善し、生産を 発展する基礎の上に、労働報酬と福祉待遇を向上す る。 労働は労働能力をもつすべての公民の光栄ある職責 である。国営企業と都市農村の集団経済組織の勤労 者は国家の主人公としての態度をもって自己の労働 に対処っしなければならない。国家は社会主義的労 働競争を提唱し、労働模範および先進的公務員を褒 賞する。国家は公民が勤労奉仕にたずさわるのを提 唱する。 国家は就業前の公民にたいし、必要な労働就業訓練 をおこなう。
大 字 報 の 権 利 を 保 障 し た 文 革 憲 法 ◎ ● 二 〇 一 六 年 一 二 月 一 一 日 〇日 一七年一月一 第二刷 発 行 ◎ ● 発 行 者 前 田 年 昭 ◎ ● 組 版 製本組継本舗◎〒八一 四 ― 〇〇 二 三福岡市早良区原団地 九 三 ― 五〇八 [email protected]