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日本佛教學協會年報 第13号 003青龍虎法「道元禪師の宗敎思想の體系的組織に就て」

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道元禅師の宗教思想の膿系的組織に就て

語、本小論の前宇に属する三昧の意識内容に就ては、道一万繭師鏡仰舎夜行の﹁道元欄師研究論集﹂の拙稿﹁道一元締附の宗 教に於ける本賓の様相﹂に於て迷べたもので、乙ムでは重複する擦はあるが、論の順序として再録する事とした。 道一冗縄師の宗教思想は極めて雑多であり、且つ相矛盾するものも存するが、大まくごつに分類する事が出来る。 印ち因位の法門と果位の法門とである。因位の法門は凡夫中心の思想であり、従因向果の法円であるが、果位の 法門は悌中心の思想であり、従果向果の法円である。蹄師の設かる t A 十が八九の思想は呆位の法門に属する所か ら推定して、果位の法門が樟師の宗教思想の本流を・なして居ると見る事が出来る。因位の法門は騰がて護展的に 解消して果位の法門に統一せらるべきものゑるが故に、果位の法門を以て樟師の宗教思想を代表せしめても差支 は怒い。今と a誌に瞳系的組織をなさんとする思想は、その本流思想をたず呆位の法門に就てどある。 禅師の宗教思想は部分的には幾分組織せられて居るが、金韓的には全く無組織無統一’ ζ 言 っ て よ く 、 南一飛を寄せ集めたる雑行雑思想の宗教売る感が’ないでもたい。今その畢的組織を持たぬ思想を大綱的に数行詮の 一 見 大 小 I 議元締師の宗教思想の燈系的組織に就て 五

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日 本 偽 教 皐 協 曾 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ 五 2 三部門の下に蒐集組織し様と思ふのであるが、然しその組織は唯寧に各 K の部類に麗ずる思想を縄師の御撰述か ら拾ひ集めて韓裁よく組立てると言ふが如き組織ではなく、韓系的組織と言ってゐる様に全韓を有機的関係に於 て組織せんとするのである。か L る有機的組織には思想金韓左統一する統一主韓を要するから、先づ樟師の宗教 思想の中からその統一主鯉を見出し、それを組織の植軸として以て各部門との縦の有機的関係を見、更に各部門 聞の横の有機的関係をも尋ね、と L に縦横の盟系的組織を試みんとするのである。 雑多友行法、雑多ゑ思想を設く縄師の宗教に於ける中心生命卸ち本質と・なり、金韓を有機的に統一する統一主 腫と怒るものは如何たるものであるか。それは騨師が正停し宣停し賢践せるものが何であるか左見れば明瞭ずる であらう。縄師は廿四歳︵皇純一八八一ニ︶入宋して先づ雨断の知識左訪らひ五門の家風をき L 最後に天童如静古悌 の舎下に投じ修道したのであるが、そとで宗門の正惇として聞かされた事は、 との皐偉正直の悌法は最上のたかに最上たり、参見知識のはじめより、さらに焼香櫨拝念悌修機看経をもちゐ 守、もんどし打坐して身心脱落するととをえよ︵排道話︶ と云ふ事であった。縄師の修道はとの箪博正直の打坐に規定され、打坐の一道を幕直に進行して迭に﹁一生参墜 の大事﹂を畢 h y 、自ら之を吾園に正偉せられたのである o 蓋し蹄師に於ける坐蹄三味は﹁悌 k の要機、租々の機 要﹂即ち伸組の生命であり、﹁阿縛菩提乞誰する最上無得の妙楠﹂であり、﹁悌法の全道にして、たらべていふべ き物たき﹂悌組正停の正法であっ売のである。綿師の打坐の正俸には、打坐に封ずる斯の如き自信と不動の信念

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と が も ら れ て 居 先 。 道 話 ︵ 同 一 八 九 ご 開師が廿八歳︵皇純一八八七︶宋より蹄朝せられての最初の撰越は普勘坐棺犠︵同年︶であり、次いで正法眼蔵排 であった。普動坐騨儀は坐禅の儀式作法乞中心にその賓際的方面左説いたもの、排道話は坐縛 の功徳債値を中心にその理論的方面を明かしもんもので、との雨著に依って坐輔の賢際と理論とが整備し、謂はど とれで立教開宗の基礎が確立したのである。其後直接坐禅に闘する書として正法眼戴坐蹄箆、同坐棺儀、同三味 王三味等 b L 著述され、更に興嬰寺、永平寺倶に従来の寺院になき参輔排道の僧堂を創設し、特に永平寺に於ては 排遣法を撰して日 k の行法の中心が坐蹄にある事を示された。 斯く見来る時、打坐に依って一生参皐の大事乞了皐せる蹄師は、打坐を働組の生命として正惇し、之を弘通し 之を賓践せられたのであって、雑行雑思想を説く蹄師の宗教中に於ても打坐がその植軸をたすものと言ってい与 のである。従って禅師の宗教は打坐︵或は坐禅或は三昧︶中心主義の宗教たりと断定して間違はたい。蓋し坐稗三 味を中心とたす限り、それは輔師の宗教のふ一障と関係を持ち、それの統一主慣と友る可きもので放くてはたら ぬ。それでたしには三味中心主義の宗教とたす意義が成立せぬであらう。 謂ふ所の坐蹄は一般的には形式を意味し、三味は内容を一不す言葉であるが、形式あっての内容、内容あっての 3 形式であるから、雨者は不離の闘係に立つものと言ってい L O 従って坐棺と言へば三昧の内容を包含するもので あり、コ一味と言へば坐聞の形式を荷負ふものである。蹄師は﹁との三味に遊化するに、端坐参蹄左正門とせり﹂ 道元輝闘の宗教思想の控系約組織に就て 五 一 一 一

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日 本 係 数 挙 協 舎 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 五 回 4 ハ 燐 道 話 ︶ と も 、 ﹁ 自 受 用 三 味 に 端 坐 依 行 す ﹂ と も 言 は る L が 、 との言葉を味ふに自受用コ一昧に端坐し遊化するのが 坐蹄に外たらぬから、坐棺と一二昧とは左程厳格な匝別を附する必要はたいし、蹄師もとの雨語の使用に就ては特 に直別はされて居たい。 然るに一般には坐騨三昧が多く騨那、緯定とも呼ばれ、其間特別段相違が認められて居ゑいにも拘らや、樺師 は自らの思想を表現する場合決して開那、縛定の語を使用して居ない。それは意識的に使用せられなかったので あ っ て 、 そとに注目すべき思想が蔵されてゐる。そとには大綱的に見てこつの理由がある。︵一︶蹄定は詮道の正 門たる事を得たいからである。働組正停の王三味は﹁蕎然として墨田仲を超越して、悌組の屋裏に大舎費生怒る﹂ ︵ 三 昧 玉 三 味 ︶ ﹁ 直 詮 菩 提 の 修 行 ﹂ ︵ 騨 道 話 ︶ に 外 な ら ぬ が 、 ﹁ 輔 定 を も て 詮 道 を つ く す べ か ら や ﹂ ︵ 悌 道 ︶ と 設 か る L が 如く、開定を以て菩提を直読する修行となす謹にゆかたいのである。︵二︶硝定は修行の一部分にして相封的債値 のものでしか友いからである。開定が直詮菩提の修行でたい事もその理由はとの黙に障する。﹁蹄那は諸行のひと つ ゑ ら ︿ の み ﹂ ︵ 悌 道 ︶ と も 、 ﹁ 鰐 那 い ま だ 悌 法 の 綿 要 に あ ら や ノ ﹂ ︵ 同 ︶ と も 示 さ れ る 様 に 、 開 那 、 蹄 定 は 働 法 修 行 の 一部分、例へば三皐六度の中に於て他の二行、または五行に相封ずる一行であって相封的債値しか持たぬ行法であ る。然るに正停の一ニ昧は悌法の全道であり綿要であって、悌法の全悼を荷負ふ絶封的最高の債値行に外たらぬ。 故に排道話には いまとの如来一大事の正法眼頭、無上の大法を:::六度決よび三墜の蹄定に怒らっていふべきにあらや、との 悌法の相停の嫡意たるとと一代にかくれたし。:::まさにしるべし、とれは備法の全道殺り、たらべていふべ き 物 た し 。

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と設かれてゐる。部分的相封的蹄定とコ一墜六度を固融する事は沿ろか数行誼全韓を統一する金瞳的結封的三味と を同一一線上に於てその慣値左論やる事の不合理念るは一言ふ迄もない。加之、部分的相封的蹄定では他の行法の力 を待もん守しては調立的に直詮菩提乞成就する事は不可能であるから、それ自韓として誰道を藍さないのも明かで ある。そとに開師が蹄那、開定の語を使用せたい所以を見るととが出来る。 開定と三味との比較に依って、梓定が悌教の行法中に於ける部分的相封的行法であり詮道の正門で危い事を知 ると同時に、三味が直誰菩提の正行であり会盟的絶封的債値行である事をも知る事が出来たが、とのコ一味の全瞳 性が教行詩左統一する統一主韓としての可能性を意味するし、そとに三味中心主義の宗教の成立する根撮があ る。然し単に抽象的に三昧が全鰹性のものであると一言ふととだけではとの場合は債値を持た放い、と i A では是非 共その金輯性が具揖的に説明せられ、統一主四回たる事が如置に詮明せられ−怠ければ・ならぬ。その如賓の誰明は三 昧の詮道の過程並に結果乞具韓的に検討する事に依って明かにせるれるであらう。 三昧の誰道の過程は方法論的認識論的方面の宗教的債値を示すもので、相封的差別的たる個樫を解消して絶封 的一元的たる全韓的境地を置現し、異に個障を金四回として生かすととを語るものであり、詮道の結果は形而上畢 的方面の宗教的債値を示オもので、金問問的境地に立てる統一態が結封者として一切の悌菩薩群生並に一明諸法を 統一し教化し、一切の教行詮を創造し統一する最高の債値態である事を語るものである。蓋し誰遣の過程と結果 とはしかく簡単に直別せらるべきものではたいが、今は説明の便宜上直別したに過ぎぬのである。

5 道元締師の宗教思想の鐙系的組織に就て 五 五

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日 本 偽 数 革 協 舎 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ 五 六 6 禅師正侍の坐騨は、多くの強備的工作を必要とせや、正信心、正護心のもとに端的に﹁諸縁左放拾し寓事を休 息して、善惑を思はや是非を管するととなく、心意識の濯轄を停め念想離の測量を止めて作悌在国るととたく﹂ ︵ 普 勤 坐 騨 儀 ︶ 瓦 K として坐定して、﹁箇の不思量底を思量せよ、不思量底如何が思量せん、非思量、此れ乃ち坐輔 の要術怒り﹂︵同︶と言はる如く、一帯直に非思量の絶封的心地に安住し、法界一相の金韓的悌境界を現成するので ある。その非思量の絶封的心地に三昧の一紳秘境が秘められて居るのであるから、非思量の具韓的姿が解明せらる L 事に依って三昧の絶封的意識欣態が自然と明かとたって来るであらう。 今の非思量の語は、葉山と一一惜との聞に交へられた坐蹄の意識欣態に闘する問答の結論的一言葉であるから、そ の問答から非思量の意義に就て参究する事とする。 ヲ カ ク ス ノ ア ク シ ガ セ シ ク 薬山弘道大師坐衣、有借問、正 k 地 思 コ 量 什 慶 ﹁ 師 一 式 、 忠 二 量 箇 不 思 量 底 、 借 目 、 不 思 量 底 如 何 思 量 、 師 一 宮 、 非 思 畳 一 。 との問者の一借は瓦 k 地の意識内容が相封的思量でない事の理解は十分にして質疑して居るのであるから、﹁什 腰をか思量す﹂の質問は坐蹄に於ける相封的意識扶態を越へもん意識扶態の在り姿を質して居るのである。既に質 問が絶封的意識扶態の在り姿を尋ねて居るのであるから、その回答も絶封的立場に於て恕されて居る事は言ふ迄 もたい。従って葉山の﹁箇の不思量底を思量す﹂の不思量も思量も相封的意味の﹁思量せや﹂﹁思量す﹂ではたく、結 封的の不思量、絶射的の思量を意味する事は勿論である。市してとの回答を文字通りに解する限り、絶封思量の内 容が絶封不思量である事を示して居るが、然し結封思量には思量すべき相手の存すべき理は・ないから、との場合 の絶封不思量は絶封思量と封立するもので放くして併かもその全面的内容とたって居るものに外たらぬ。かもふる

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無封立にして絶封思量の全面的内容をたず絶封不思量は皐寛じて結封思量を全面的に限定するものであって、そ れと同一性のものでたくてはたらね。斯く見来る時、﹁不思量を思量す﹂と云ふ思量は、不思量に限定されてゐる 上からは﹁不思量の思量﹂即ち﹁不思量を根擦としての思量﹂の意とたり、同一性の上からは﹁不思量削思量﹂即ち ﹁不思量にして思量﹂の意と解せざるを得ぬ。との際の思量不思量は、思量と言へば不思量を荷負ふものであり、 不思量と云へば思量を字むものであって、相封的思量不思量を越へた上の雨者統一せられたる高・次の思量不思量 に外たらぬ。冗 K 地の思量は﹁不思量而思量﹂を如賓の姿とすとは云へ、表面的には矛盾せる概念の連繋の如くに 見へて如何にも封立的観念の解消し切れたいものが存する。その封立的観念を解消へと誘導するものが一一惜の問 鹿 で あ る 。 借云く、﹁不思量底如何んが思量せん﹂と、との問庭は﹁不思量が如何にも思量に相違ありません﹂、ま売は﹁そ の不思量が全一的思量でありませう﹂ L ι 道得して居るのであるが、道得したがらも問鹿としては﹁不思量底を如 何にして思量するか﹂、﹁不思量が如何にして思量であり得るか﹂と不思量と思量の矛盾の解消を促して居るので ある。翠に於てその封立を全然解泊して葉山は﹁非思量﹂と躍酬した。との非思量の﹁非﹂は﹁あらや﹂の否定概念を 意 味 す る も の で 友 く 、 時 師 が ﹁ 悌 向 上 事 ﹂ の 巻 に 於 け る ﹁ 非 ﹂ の 解 程 の 如 く ﹁ 股 落 ﹂ 又 は ﹁ 超 越 ﹂ の 意 と 解 し て よ く 、 更 に興へて言へば﹁絶封﹂﹁全﹂とも一言ひ得る。国ち非思量とは相封的思量、不思量を股落せる上の高女の﹁不思量而 思量﹂を内含する絶封の思量、全思量の意である。蹄師は﹁坐蹄箆﹂の容に於て非思量を提唱して、 不思量底を思量するには、か友らや非思量をもちゐる怒り、非思量にたれあり、売れわれを保任す と言はる t A が 、 と L に ﹁ 売 れ ﹂ と は ﹁ 不 思 量 底 を 思 量 す る ﹂ と と を 指 し 、 ﹁ わ れ ﹂ は ﹁ 非 思 量 ﹂ 注 意 味 す る 。 従 っ て 前 宇 7 道 一 元 蹄 師 の 宗 教 思 想 の 慢 系 的 組 織 に 就 て 五 七

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日 本 偽 致 事 協 舎 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 五 八 8 から見ても後今から見てもとの文章は﹁不思量底を思量する﹂事即ち﹁不思量而思量﹂が﹁非思量﹂怒る事を明かして ゐる。されば冗々地の意識内容は﹁不思量而思量﹂なる具瞳的姿である。

﹁不思量而思量﹂たる克々地の意識内容を他の一言葉で適切に表現せられたのが宏智の坐蹄箆に於ける﹁不 v ν リ セ ニ 而知、不 v v縁而照﹂の何である。道元締師はとれに和して﹁不思量市現、不回互而成﹂と言はる L が、意味に於 て 異 な る 所 は ・ な い 。 ﹁事に燭れや、縁に封せや﹂の事と縁とは寓事寓縁で客観の一切諸法を指す。主観が客観︵主観それ自らも意識作 用の封象となる限り営然客観として取扱はれ・なければ友らぬ︶を封立せしめて感魔知畳し分別するととが﹁事に鯛 れ、縁に封ずる﹂ととである。今はその否定であるから、主客の二元封立を破壊し感畳し分別する事を停止した 意識競態を不蝿事不封縁とたすのである。主観が客観を感畳し分別する事を停止するととは、主観の心が客観へ と流れ出てそれを縁癒するその心作用を内に揖める事に外怒らぬ。開師はとれを﹁関車道用心集﹂に﹁流をけんして所 知を忘十﹂と一言はれて居る。﹁流を入す﹂とは外客観へ流れ出る心を内主観に揖める事で、即ち揖心である、﹁所 ︵客︶知︵主︶を忘や﹂とは主客の封立の浪絶を意味する。悲に至って主観も客観も現にそとに存在し・ながら、その 坐締人に闘する限り在って在りつぶれとたり、存在に劃して差別的調立的責借問する観念は破壊され、その賓韓 親より来る妾想分別の相封的有心も治減し去る。妾想は不断にして断ぜられてゐるのである。との心境乞絶封無 心 と 一 式 ぴ 、 絶 封 不 思 量 と 一 式 ひ 、 純 粋 意 識 と 呼 ぶ の で あ る 。

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結封無心の心境には既に諸法に劃する賓瞳観的観念は破壊されて居り、主観にも亦客観に封しても固定的我的 観念はあり得ゑいから、坐梓人の営関は正しく人法二無我、無自性不可得、一切皆宰の兵醐極的心地に立ってゐ る。との心地が賓践的たる員室である。真空乞賓践的に具現する事に依ヲて、次の段階売る全韓的開聯の世界、 杢一的統一態の世界が人格的に現成し来るのであるから、冗 K 地の心境は先づ不思量の韓現より準またければた らぬ事は雷然である。多少形式は異たるが蹄宗の看話聞にしても、教宗の止観蹄にしても皆ゑ空観を出護賠とし てゐるのはそれが矯めである。例へば宋朝に於ける看話蹄では先づ越洲の無の公案が工夫せられてゐるし、天台 の三観は星観から始まり椴観中道観に至り、華巌宗の法界三観は異宰観より理事無醍観、周桶含容観に進み、南 山の三観は性宰観、相宰観、唯識観と戎第してゐるのである。 椴りに暗師の立場を教︷一却に擬すれば、天台式には星観より直に賢相観に至り、華巌式には異空観より幕直に周 遍含容観と進む形式と・なる。然し蹄師の員室より妙有へは決して観法ではゑく、行矯的置詮の世界に外たらぬ。

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との絶謝無心若くは真空の賓現には多分に病弊を伴ふ恐れがある。大乗から友身減智樟或は枯木死友騨と言は れてゐる小乗騨がその一つである。小一衆人は凡夫の有心を全面的に煩惜の如く考へ、その意識の全面的停止印ち 枯木死友の如くたるのが究極の蹄定であるかの如く考へて居る。とれは然し角をためて牛を殺すの類であらう。 縄 師 は 二 一 飛 の 心 境 を 評 し て ﹁ 二 乗 は 困 じ て 宰 無 に 堕 す ﹂ ︵ 永 子 贋 録 ︶ と 一 言 は れ て 居 る 。 宰 無 に 堕 す る 事 は 枯 木 の 春 に 逢ふて崩芽せざると同様に不思量より思量への開展の伴はたい心境を言ふのである。開師は枯木死友の談を外道 9 議元締師の宗教思想の僅系的組織に就て 五 九

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日 本 偽 教 挙 協 舎 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ ノ、

10 の所教として 外道のいふととるの枯木と、悌租のいふととるの枯木とはるかにととたるべし、外道は枯木を談やといへども、 枯木をしちゃいはんや龍吟をきかんや、外道は枯木は朽木怒らんとも申もへり、不可逢春と皐せり、悌租遣の枯 木は海枯の参事怒り、海枯は木枯ゑり、木枯は逢春怒り、木の不動著は枯怒り。︵龍吟︶ と 批 判 せ ら る 与 が 、 との外道への批評はそのま L 小乗にも誼用さる L のである。枯木死友輔の病弊は支那樟宗門 に も 存 し た 様 で ‘ ﹁ 悌 経 ﹂ の 巻 に 大宋閣の一一一吉齢年の前後にあらゆる杜撰の息皮袋いはく、祖師の言何、なほと L ろ に も 府 く べ か ら や J、いほん や経教はながくみるべからや、もちゐるべからや、た H L 身心をして枯木死友のごとくたるべし、破木杓脆底桶 いたづらに外道天魔の流類と怒れり、もちゐるべからさるをも のごとくなるべし、かくのごとくのともがら、 と め も ち ゐ る 、 とれによりて悌組の法むたしく狂頴の法とたれり、あはれむべしか友しむべし。 と指摘せられてゐる。二一燕の無心は無心を文字通りに解した不思量の行き過ぎと言ってい与であらう。 更に﹁坐蹄簸﹂の穫には、或る程度の煩慌の除かれて心地の柏 k 平穏無事を得た心境を坐輔の究極の如︿考へて ゐる無事捕を奉げて 近年治ろかたる杜撰いはく、功夫坐輔、得胸襟無事了、使是平穏地也、 人夫一燕よりも劣怒り、いかでか接伸法の漢といはん。 と の 見 解 た ほ 小 一 衆 の 筆 者 に た よ ば 十 、 と評されて居る。とれは小乗輔の如く不思量の行き過ぎではなく、未だ滑滞無垢に磨ぎすまされゑい謂はば不思 量に行き足らぬ心地の坐絹である。またとの傘には﹁息慮撮寂﹂の聞を指摘してゐるが、とれは思慮分別を息め専

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ら寂静

K

沈み精 k 昏昧に陥った坐蹄で、幾分小栗樟に類似するが、賢は無事蹄の心地にも達して居たい蹄であ る。絶封無心の境地を行き過ぎて全面的に意識を停止する事も、或はま先行き足らやして無事に止まり寂静に沈 むで絶封無心の手前に紡穫してゐる事も倶に棉病にして、正停の坐捕の立場からは否定されるの外は友い。要は 絶封不思量の純粋意識は絶封思畳一の全一的意識への開展がたくては怒らぬ。そうした思量を字む不思量とそ﹁不 備事、不劃縁﹂の心境である。 きれば蕊に言ふ絶封不思量は意識の全面的停止ではたく、唯心相即ち心の表象作用左停止した丈であって、心 樫は純粋意識として流れて居るのである。起信論に﹁唯心相減するのみ、心髄の減ずるに非らや﹂とはとの意味を 語るものである。偉心法要に﹁十八界既に宰たり、一切皆た室怒り、唯本心あり蕩然清浮たり﹂と言ふも向趣旨で ある。心韓又は本心まで停止しては全く外道小乗の枯木死友蹄に蹄するから、との意味の無心は絶封に担否せら る tAO 斯、くて人間的有心が否定されると同時に二一来的無心も否定される。信心銘に﹁有縁を埠ふとと勿れ、昼忍 に住ずるとと勿れ﹂と云ふも、撃道用心集に﹁悌法は有心を以ても得べからや、無心友以ても得べからや﹂と説く も、﹁看経﹂の巻に有念無念を否定されるも倶にその意を語るものに外たらぬ。謂ふ所の絶封不思量は喰へば鏡上 の塵換の梯はれたるが如く、大海の波浪の静まれるが如きもので、椴令塵挨が梯拭され売とて鏡身阻闘が消滅した 語でなく、波浪が静寂に蹄したとて海水が減蓋して語でも友い。そとには明々たる固鏡、清澄なる大海が輝きわ たってゐると同様で、無垢清津の純粋意識が流れてゐるのである。 11

道一万輝師の宗教思想の慢系的組織に就て 占 ノ、

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日 本 品 開 教 革 協 舎 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ ム ノ 、 1宮 絶封不思量の純粋意識はそれ自轄に留まるととを許さぬ。それを根操として必然に衣の段階へと飛躍するので ある。飛躍注しには春に逢ふて崩芽せざる枯木と等しく異の純粋意識とはせられたい。絶封無心の純粋意識を根 操として飛躍する弐の段階とは主客固融して全一的統一態乞構成せる会韓意識の世界を指す。との全一的統一意 識は純粋意識を根撮とするととたしには絶封に構成されぬ。さすれば絶封無心の純粋意識は一面には二元封立を 解消する契機であったが、他面には一元的統一態構成の根擦ともたるので、謂はど相封的個的立場を解消して結 封的金陸的立場に立たしむる契機であると言ってい L の で あ る 。 絶封不思量の純粋意識を根操として絶封思量の全樫意識は構成されるから、不思量と思量とは絶封不離の関係 に立つ。前者は後者を苧み、後者は前者在荷負ってゐる。との絶封不離の闘係を示す言葉が﹁不燭事而知、不封 縁市照﹂の伺中に於ける﹁而﹂である。そうして﹁知、照﹂が絶封思量の金一的意識を示す言葉である。 既に言ふが如く﹁知、照﹂は絶酎思量なるが故に、常識的に考へらる L 相 封 的 ﹁ 知 、 照 ﹂ で た い 事 は 一 冨 ふ 迄 も た い 。 故 に ﹁ 坐 蹄 箆 ﹂ の 巻 に は 知は魔知にあらや、莞知は小量怒り、了知の知にあらや、了知は遺作たり、:::との照は照了の照にあらや、 霊照にあらや、不封縁を照とす。 冒 と 設 か る a A O 一 般 的 に ﹁ 知 ﹂ と 言 へ ば 無 形 の 精 一 紳 作 用 の 様 に 考 へ ら る L が、禅師は﹁其知は形怒り、形は山河たり﹂ ︵ 坐 棺 簸 ︶ と 説 き 、 意 外 に も ﹁ 知 ﹂ を 有 形 的 客 観 的 友 も の と し て 表 現 せ ら れ て ゐ る 。 ﹁ 知 ﹂ は 絶 封 的 の も の た る が 故 に 、 謂 ふ 所 の ﹁ 形 ﹂ も 絶 射 的 形 で ・ な け れ ば 怒 ら ぬ が 、 そ の 絶 射 的 形 を ﹁ 山 河 ﹂ ゑ り と 表 現 さ れ た 。 勿 論 と の ﹁ 山 河 ﹂ は 常 識 的特殊相の山叉は河にあら守して、﹁いまの一知わづかに使用するは壷界山河を拍来し霊力して知するゑり﹂︵同︶

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と 一 不 さ る L 如く、霊界山河であり、蓋十方界を意味する。故に轟界山河井﹂言はる L 山河は金韓的普遍的存在の意 味に外たらぬ。克 A 地の不蝿事の境界が、金韓的普遍的存在であるとたすから、それは営然主客国融の統一態を 示すものでたくてはたらぬ。故に﹁知しとは主客融合の金一的統一態即ち金韓意識の現成せる姿を語るものであっ て 、 そ れ を 暫 ︿ 客 観 的 言 葉 の 山 河 で 表 現 し た に 過 ぎ た い の で あ る 。 ﹁ 照 ﹂ ム ﹂ 一 式 ふ も 同 一 意 味 で 、 ﹁ 私 記 ﹂ が ﹁ 森 羅 寓 象を照と談やる怒り﹂と註し、﹁照﹂を謹十方界と解して居るのを見ても明かである。 との人法不二、主客固融の克 k 地 の 境 地 を ﹁ 排 道 話 ﹂ の 巻 で は 、 わづかに一人一時の坐絹たりといへいとも、諸法とあひ冥し、諸時とまどかに通やるがゆゑに、無霊法界の・なか に去来現に、常恒の悌化道事左たす怒り、続々ともに一等の同修たり同誰怒り。 と示されて居る o 郎ち坐蹄人は坐禅の営鹿に於て純粋意識乞現成し、それを契機として時間的には三世と固過し、 昼間的には十方の諸法と冥合し、法界一相の統一態左構成して居るのである。との時個憶としての坐棺人は既に 自我意識を解消し、自己は謹界を以って充足され全樫の立場に立つのである。との具腫的統一世界を玄沙は﹁墨 十 方 世 界 、 是 一 一 期 明 珠 ﹂ と 道 破 し 、 長 沙 は ﹁ 童 十 方 界 、 回 定 沙 門 会 身 、 患 十 方 界 、 是 自 己 光 明 ﹂ と 表 現 し て 居 る 。

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斯く見来る時、坐絹三味の過程結果は﹁不蝿事、不封縁﹂の純粋意識左根擦として﹁知、照﹂の金程意識を構成す る事であり、主客封立の浪絶を契機として主客固融へと開展ずるととであり、絶封無の員室を立場として絶封有 の妙有を現成する事にあったと言ってい L のである。か 4 ふる主客融合せる法界一相の統一態は知見以前の知見、 13 溝型元蹄師の宗教思想の種系的組織に就て ム ノ、

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日 本 品 開 致 事 協 舎 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ , , 、 四 14 思想以前の思想とも稽すべきもので、直接経験者の三味人のみが静かに味ひ得る自受用法柴の世界に外怒らぬが、 それが三味人に依って知見として思想せられ表現せらる L 事に依って初めて飴人にも思想の封象とたり得るので ある。法界一相の統一態の世界は如何たる様相、妙用を持うであらうか、悲に直接経験を持つ縄師の言葉に耳を 傾 け た け れ ば 友 ら ぬ 。 ﹁ 排 道 話 ﹂ の 巻 に 日 く 、 もし人一時たりといふとも、三業に悌印を標し三味に端坐するとき、遍法界みた悌印と友り、謹虚空 ζ と ご と くさとりとなる。ゆゑに諸悌如来注しては本地の法柴をまし、魔道の荘巌をあらたにす。沿よび十方法界、三 詮六道の群類みも仏ともに一時に身心明博にして、大解股地を詮し本来面目現やるとき、諸法みた正賓を詮舎し、 高物ともに伸身を使用して、すみやかに詮舎の謹際乞一超して畳樹王に端坐し、一時に無等等の大法輪を轄じ、 空寛無震の深般若を開演す。とれらの等正覧、さらにかへりてしたしくあひ冥資するみちかよふがゆゑに、との 坐蹄人、曜繭として身心股落し、従来雑践の知見思量を蔵断して天異の伸法に詮舎し、あまねく微塵際そとば くの諸悌如来の道場ごとに、悌事乞助護し、ひろく悌向上の機にかうぶらしめて、よく悌向上の法を激揚す。 とのとき十方法界の土地草木、情壁瓦醸、みた悌事を友すをもて、そのたとすととろの風水の利益にあづかる ともがら、み放甚妙不可思議の悌化に冥資せられて、ちかささとりをあらはず。との水火を受用するたぐひ、 み危本誰の悌化を周旋するゆゑに、とれらのたぐひと共性して閑語するもの、まもんととごとくあひたがひに無 窮の悌徳そたはり、展轄贋作して無蓋無間断、不可思議不可稿量の悌法を遍法界の内外に流通するもの友り 0 ・:・自受用の境界たるをもって、一塵をうごかさや、一相をやぶらや、買大の悌官号、甚深微妙の悌化左たす、 との化道の︾よぶととろの草木土地、ともに大光明をは友ち、深妙法をとくとときはまるとき友し、草木踏壁

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はよく凡墓含霊のために宣揚し、凡塾含霊はかへって草木暗壁のために演暢ナ、自費畳他の境界、もとより詮 相をそ友へでかけたるととなく、誰則たとなはれて訟とたるとき忽からしむ。 と、との甚深微妙の言葉は、開師自内詮の世界に就ての綜合的表現に外怒らや、未詮者の敢て語り得たい大文字 で②る。斯の如く冗々地の三昧に於て行矯的に純粋意識を根操として三世十方園融の統一態を具現し、一切諸 一 切 群 類 、 働、一切諸法と相ひ倶に能化所化とたり、悌行を遇じて相資相依の全開的闘聯の世界を現成せる行態 が悌境界に外たらぬ。三昧がそのま L 悌境界たるが故に、蹄師は﹁諸悌諸組とあるに必や海印三昧たり﹂︵海印三 味︶と説く。またとの三昧が一心と呼ばれ、その統一態を﹁一心一切法、一切法一心﹂とも表現し、その行矯的一 心 を ﹁ 削 心 是 備 ﹂ と 設 か る L のである。輔師に於ては一切左荷負って行じゅく行態の外に悌は存したいので、之を 行悌と稽して居る。コ一味は正に本詮の行備に外たらぬのである。 三味に統一され、それに縁り起つ一切諸法はその行悌の規定を受けて正賞異賓の立場に立たしめられて居る。 そ れ 故 に ﹁ 排 道 話 ﹂ の 傘 に は 、 いまをしふる功夫排道は、詮上に高法をあらしめ、出路に一如乞行やるなり。 と示される、副ちとれは行悌売る能統一の三昧が一切高物左詮上に規定して本詮の存在、たらしめると同時に、 切寓法と一如に同修閑語して向上護展の一路を辿って居るととを示すものである。三味と同修同詮ずる一切寓法 はそれ自ら悌行副ち本誰の妙修を行やる存在に外たらぬから、一切の存在は能統一の三昧に依って本詮の存在と して本詮の妙修を修詮する本語の行悌たり得て居るのである。との事は先きに示す白内詮の綜合的表現の言葉に 於ても充分観取せらる L 。かく見来る時、一切の存在は三味に規定され慣値づけられてその虞賓の立場が奥へら 15 道元締師の宗教思想の強系的組織に就て 六 五

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日 本 偽 敬 拳 協 曾 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 六 六 16 れて居るので、三味は一切存在並に一切行詩の債値的根操と一言ってい L の で あ る 。 かくて三昧人それ自ら本読の存在として本詮の妙修を行やる本詮の行備である事は言ふ迄も友く、それに統一 せ ら る L 一切存在も亦本詮の行悌に外たらぬ。とれを換言すれば三味の統一態は三味人と一切存在と揮然一如の 姿に於て、悌、備を設き、悌を行じ、悌を詮する純粋行の悌世界そのものである。との三味に於ける悌世界|| 白内誰の世界の様々左様相が自由に表現せられて樟師の宗教思想をなすので、謂はど縄師の思想は三味開額の法 円であり、そとに自ら三味と思想との間に有機的関係の存ずる事は言ふ迄もない。今椴りにその思想を存在観 ︵ 教 ︶ 修 謹 観 ︵ 行 ︶ 悌 陀 観 ︵ 詮 ﹀ の 一 二 つ の 立 場 か ら 見 る と 、 そ と に 基 本 綱 要 と し て ﹁ 本 語 の 存 在 ﹂ 観 、 ﹁ 本 詮 の 妙 修 ﹂ 観 、 ﹁ 本 詮 の 行 悌 L 観の三部門の思、想が見出される。之れは正しく三味の統一世界の様相の表現に外注らぬから、三昧 を統一宇一時間としての縦に有機的関係を持つ三部門の組織が成され得るのである。併かもとの三部門の横の相互間 の開係は三位一韓であって、純粋行をもって一貫する不可分の有機的関係に立つものである。本詮の存在でたく ては本誰の妙修が成立したいし、本詮の妙修で・なくては本詮の行備の存し様がたいし、本詮の行伸でたくしては 本詮の存在はあり得ないので、一つを献がは他は成立せたい関係にある。蓋しとれは一一一昧の内面に於ては唯一韓 怒る有機的関係を持つ行悌の投影に外たらね。かくて三昧を植軸として縦横の有機的関係を以って三部門の組織 が成立し得ると思ふのである。

三味を統一主韓として本詮の数行詮の三部門の組織の可能たる事を趨べたが、果して言ふが如く本語の教行詮

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として設かれて居るか否か、その黙を明かにすべて簡単に存在観、修詮観、悌陀観に就て述べる。 存在観は贋く一言へば法界観とたり、狭く見れば衆生観と怒るが、法界も衆生︵棉師に於ては有情も非情も皆た 衆生である︶も存在以外のものではないから、一括して存在の在り姿友設けばい L のである。蹄師の説く一切存 在の在り姿は約言すれば無自性不可得にして金間的関聯を持つ伸行としての存在に外たらぬ。無自性不可得も全 韓的関聯も伸行としての存在売る事も倶に縄師の直詮する所である。無自性不可得の真空思想は存在の在り姿の 金四回的閥聯の積極面に封して消極面左示すもので、調立的固定的存在でたい事を意味する、固定的存在でたいか ら全韓的関聯の世界が構成されるのである。一切存在が無自性不可得左根操として相資相依の関係にありとすれ ば、先づ無自性不可得が設かる L 事 は 自 然 で あ る 。 たほよそ、描壁瓦疎にてある悌心あり、三世諸備ともにとれ左不可得にてありと詮ナ、悌心にである橋壁瓦礁 のみあり、諸悌三世にとれを不可得たりと詮ナ、いはんや山河大地にである不可得のみづからにてある怒り。︵心 不 可 得 ︶ と 、 と L に﹁悌心にてある橋壁瓦磯﹂とは既に会樟的闘聯の存在としての措壁瓦礁といふのであるが、その一面の 在り姿が不可得なるが故に﹁諸備はとれを不可得たりと詮す﹂といはる L o 或は善悪無記の三位の無自性不可得を 提唱して いまいふととろの諸悪は、善性悪性無記性の・なかに悪性あり、 その性とれ無生たり、善性無記性等も無生たり、 17 無漏たり、賓相怒り。 と設かる L が、一ニ性は無生不可得の教に二元的国定的存在でゑく、置に結封善として開展し来る。否定的消極面 道一克縄師の宗教思怒の慢系的組織に就て 六 七

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日 本 偽 教 皐 協 曾 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 六 八 18 はそのま L 肯定的積極面であるから三性の無生はそのま L 無漏賓相として認容せらる与のである。開師に於ては 消極面と積極面との聞に全く差別を見ない、例へば﹁看経﹂の巻に﹁不随衆縁﹂を﹁揮随衆縁﹂と解さる t A が如きがそ れである。不随衆縁は二元封立の破壊された無自性の境地であるが、それをそのま L 全韓的関聯の世界として揮 騎乗縁と説いて居るのである。 一元融合の金韓的関聯の霊界が本詮の存在としての妙有の世界に外たらぬが、とれを縄師は一般悌教の言葉を 以 て し で は ﹁ 諸 法 賓 相 ﹂ と も ﹁ 三 界 唯 心 ﹂ と も 詑 き 、 租 師 の 文 句 を 以 て し で は ﹁ 藍 十 方 界 是 一 一 頼 明 珠 ﹂ と も ﹁ 謹 十 方 界 虞貰人韓﹂とも説くのである。然る楠師は敬宗の如く存在論を説くのに賓相論とか縁起論とかの直別は立てた い、縞じて謹界の諸法はそのま L 賓相にして相資相依の金韓的関聯の存在に外怒らぬと観られて居るのである。と れは一見賓相論と縁起論との綜合統一の思想の如くであるが、その賓直接経験に基づく存在の員賓の在り姿を説 いたまでに過ぎぬのである。開師は金瞳的関聯の能統一者を麗 K 一 心 と し て 説 く 。 一切諸法、寓象森羅ともにた立とれ一心にしてとめやかねぎるととたし、とのもろもろの法門みゑ平等一心怒 り ︵ 排 道 話 ︶ 能統一の一心に一切諸法が統一ぜられてと L に金一的統一揺が構成されて居る。とれ三界唯心である。か t A る 一心一切法、一切法一心の思想が r 表 徴 的 な 問 答 と な っ て 、 曹山元詮大師、因償問、承教有 v言、大海不 v宿コ死屍﹁如何是海、師云、包ニ含寓有入海印三昧︶ と現はれて来、売が、との不宿死屍の海は無自性不可得の一心を表徴せるもので、そとに高有の繰り起つ姿を包含 寓有と示されたのである。 との包含寓有を蹄師は更に﹁包含寓有包含子包含寓有﹂と如何にもや L としく表現さる

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h a 守 、 、 白 3 4 μ とれは﹁包含の寓有が包含の寓有を包含してゐる﹂事を油べたもので、一心に繰り起つ所統一の諸法の一つ 一つが他の諸法を所統一の位置にたいて自ら能統一の立場にある事を示したものに外ならぬ。認に聾界が霊 K 無 畳の金曜的闘聯の存在なるととが物語られて居る。﹁一塵のなかに大千の経巻あり‘ します﹂へ伸経︶のである。とれが本設の存在としての在り姿である。 蓋し本詮の存在の在り姿は諸法相互聞の皐怒る能統所統の関係のみを以てとと足る語ではたい。それは本詮の 名の示すが如く、備としての縁起である事が明かでたくてはたらぬ。能統一の三昧に縁り起つ一切諸法が三昧人 と同修同詮怒る事は既に設く所であるが、 一 塵 の ・ な か に 無 量 の 諸 悌 ま 一切諸法は常に能統一者に依って真賓の立場が輿へられ、悌として悌 行としての存在たらしめられて居る。 一法の作伸たるときは諸法作悌怒り、韓迦牟尼悌言、明星出現時、我典大地有情、同時成道。しかあれば強心 修行菩提浬擦は同時の強心修行菩提浬繋たるべし。︵護無上心︶ 耀牟を能統一冒とする時、一切諸法は耀傘と同時に護心修行菩提謹撰する存在であり、一切諸法の各 K の一と他 との開係も亦同様である、かくて一切諸法は伸行を通じて重 k 無量の縁起関係に立って居る本詮の存在に外怒ら ぬのである o とれは蓋し三味の統一態に於ける内面の様相の開額以外のものではゑい。

19 本謹の妙修の修誰観は本詮の存在の修誰を設くものであるから、本詮の存在の上に基礎をたきて本詮を出護鮪 とするものである事は一言ふ迄もたい。本語妙修の語意は簡単に言へば本詮の存在としての悌が伸の行を行やる意 道元輝師の宗教思想の檀系的組織に就て 六 九

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日 本 偽 教 拳 協 合 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ 七 0 20 味であるが、然し費際にはしかく簡単に解されや、大韓には二様の意味に見られてゐる。︵一︶本詮の存在とし ての衆生が本具の悌性を自己開展して修詮する意味と、会一︶悟れる者が悟後の修詮として更に修詮するの意味 ーとである。﹁普勤坐蹄儀﹂に於ける﹁祇園の生知売る端坐六年の縦跡見つべし﹂は前者の意に解され、﹁少林の心印 を停ふる面壁九歳の聾名尚ほ開ゆ﹂は後者の意に解される。前者は修詮の護生の根源を本詮に依って基礎づけた ものであり、後者は悟れる者が将来に向って無限に修謹する事配示すものであるが、とれはその一を採るべきで 友く爾者を止揚してその意註解すべきである。即ち本誼の妙修とは本謹の存在たる乗生が本兵の悌性を自己開展 し無限に不染汚の妙行を持寵して向上護展しゆくととを意味する。とれは﹁凡夫より伸へ﹂の修詮でなく、﹁悌より 伸へ﹂の無限の純粋行である。縄師の修詮観が詮上に立つ純粋行なる事は衣の言葉に於ても充分理解される。 いまも詮上の修放るがゆえに、初心の畔遣す友はち本設の全韓友り。かるがゆゑに修行の用心をさづくるに も、修のほかに詮をまったもひ−なかれとをしふ、直指の本詮なるがゆゑ友るべし。すでに修の詮、なれば詮にさ はたく、詮の修なれば修にはじめたし。と L をもて樺迦如来、迦葉隼者ともに謹上の修に受用せられ、達磨大 師 、 大 鑑 高 組 私 自 友 じ く 詮 上 の 修 に 引 相 押 せ ら る 。 悌 法 住 持 の あ と み 友 か く の ご と し 。 ︵ 排 道 話 ︶ との文中に明かに観取せらる L ものは﹁詮上の修﹂即ち本詮妙修、修詮不二、修詮無窮の思想である。而して修 詮不二修詮無窮の思想は﹁謹上の修友るゆゑに﹂と言はる L 如く、本詮妙修に基礎を持つもので、謂はピその必然 の道理なるが故に、従ってとの本読妙修は同時に修謹不二、修詮無窮の修詮に外注らぬ。 本詩妙修の内面的妙用在、先づ本諮の立場から一言へば、本設が自己を開展して妙修を現成するのであるが、そ れが矯めに本誰自らが室無に蹄した語でなく、本詮は反って新装せる姿を妙修の中に自現して居る。之を更に妙

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修の立場から一言へば妙修は自己を開展し来れる本詮を内に字み、本詮のあるべをより善き姿を完成し現成しつ t A あるのである。かくて現成せる本譜は更に妙修を自己開展し、その妙修は更に本謹を自己組織し、本譜と妙修と は互に固とたり果とたり、しかも前後を絶して修誰一如に無限の向上進展をなすのである。か tふ る 本 詮 妙 修 の 修 謹は、修の刻々が詮の賓現であって修の外に誰乞待つ必要たき無得無所得の不染汚行でるり、その本源もその行 末も究め謹す事の出来友い無始無絡の無限なる修設である。とれぞ修詮を相封化し有所得化し有限化する﹁凡夫 より悌へ﹂の始畳門的修誰と自ら異たる所である。 本詮の妙修は約言すれば悌行である。開師は坐騨を始め一切の行持を伸行とせらる L 。 ﹁ 諸 宗 坐 輔 、 待 悟 矯 v 則 、 ガ ノ 、 − 7 レ チ : : : 吾 伸 組 坐 禅 不 v 、 是 乃 働 行 也 ﹂ ︵ 永 平 貫 録 傘 八 ︶ と 一 式 ひ 、 ﹁ 坐 は す 放 は ち 伸 行 怒 り 、 坐 は す た は ち 不 矯 捻 り ﹂ ︵ 随 聞記巻二︶とも説く。また﹁われらが行持によりて、諸悌の行持見成し、諸悌の大道通達するたり﹂︵行持︶左越べ、 我等の行持がそのま L 悌の行持怒る事を示されて居る。との伸行を我等の修詮たらしめんとするのが縄師の賓践 論の主眼である。が然し我等一切衆生を現置に反省しもん時、呆して我等の上に本詮妙修の不染汚行が開展し来る とれは確かに本詮妙修論に於ける重要た課題で友ければ友らぬ。弦に縄師は強烈友る護心または正 で あ ら う か 、 信を要請する。今は強心のみに就て述べるが、蓋し縄師に於ける護心は極めて債義に解されるので、縦に云へば 初護心も皐寛も護心であり、横に言へば諸行悉くが護心とぜらる L が 、 と L では専ら初護心が関心事とたる。 護心は具には護菩提心で、それは最高の大生命︵無上菩提︶を専求して精進不退放る道心を護動ナる事を意味す る。との道心の護動なくしては宗教的債値生活は成立せ、ないから護心は債値生活への出護鮪に於ける必須保件売 る事は一言ふ迄もない。それ故に蹄師は﹁夫畢道者、道心震 v ﹂ ︵ 永 子 債 録 巻 三 ︶ と も 、 ﹁ 悌 遣 を も と む る に は 、 ま づ 21 道一元締師の宗教思想の纏系的組織に就て 七

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日 本 悌 数 拳 協 合 年 報 ︵ 第 十 一 一 一 年 ︶ 七 宮古 道心をさきとすべし﹂︵道心︶とも説く o 蓋しとの護心はその心構へが最重要性を持つもので、心構への程度に依 って本詮の護心位に立っか否か Y 分れて来る。開師は心構を設いて、 わが身わがいのちをかろくすべし、法のためには身もいのちもをしまざるべ あ び か ま え て 法 を も 申 も く し て 、 し 。 ︵ 道 心 ︶ と一言はれて居る。との重法軽身、不惜身命の敬慶怒る熱意を以て債値生活へのスタートをきる事が最要の強心情﹂ あ る 。 既 に 重 法 軽 身 、 不 惜 身 命 の 心 構 へ に 立 っ た 時 、 ﹁ 五 口 我 之 心 不 v 生、名利之念不 v 起 ﹂ ︵ 畢 道 用 心 集 ︶ の 菩 提 心 そ れ 自らが護動し、強心者は飛躍的に本詮の護心位に立つ事と怒る。本詮の護心位に立った時﹁初心の排道、すたは ち本詮の全盟友り﹂︵排道話︶と一言ひ得るので、誌に修詮不二の妙行は開展し来るのである。 畢り蹄師の設かる t A 強 心 は 、 現賓の衆生在して自己本兵の菩提心を穫さしめて本詮位に立たしむる事にある が 、 然 し 衆 生 に し て 一 言 は る L 如く護心せざれば、それは﹁法のうるほひ友き﹂衆生にして、悌心を行ぜしむる事は 不可能である、とせたければたらぬ。とは言へ衆生は既に本詮の存在である限り、全︿法のうるほひたき一間提 的存在ではゑい筈である o 弦に向ほ現賓の衆生に就て護心の可能性と宗教的工作が考へられざるを得ぬ。 蹄師所設の強心は目的因売る菩提心を穫す事であったが、その﹁強﹂の場所は何れであるかと言へば、そは一言ふ 迄もたく本詮の身心に外怒らぬ。故に﹁護無上心﹂の傘には、 諸法は有震にあらや、無魚にあらや、賓相たり、賓相は如是賓相ゑり、如是は而今の身心・なり、との身心をも て 護 心 ナ ペ し 。 と設かる t A 。然らばその護心の主躍は何であるかと言へば、﹁菩提心強友り、護菩提心たり﹂︵身心簡単道︶と言はる

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a A が如く、菩提心が菩提心を穫すので、菩提心が護心の主韓である。かく見来ると強心とは菩提心が普提の身心 を遇して菩提心を裂す事に外放らぬが、菩提心の外に菩提の身心と言ふ存在がある課で友いから、結局は﹁菩提 心強菩提心﹂の趣旨に蹄すると言ってい L のである。とすればとの菩提心は最高の生命を求め債値生活をゑさん とする能動的主韓即ち生命カそのものに外たらぬから、謂は w h 強心とは菩提心部ち絶封の生命力が自己本来の要 求として自己自らを開展し、自己のあるべき姿に立ち自己のあるべき生活を・なさんとする事を意味する。従って 本詮の衆生は既にとの絶謝の生命力を本具するが故に、営然自己本然の要請に催されて護心せざるを得たい立場 に沿かれてゐる o との意味に於て本詮の衆生には護心が必然と見らる L と同時に、本詮妙修の可能性が確信さる L のである。そとにまた本詮の衆生と本詮の妙修の聞に不可分闘係が存する事を知る。 如上の立場から見れば本誼の衆生は自然に護心すべきである様に考へらる L が 、 然 し 自 然 に と 一 言 ふ 程 簡 単 に 強 心せらるべきものではたい。本兵の菩提心は菩提を求めて債値生括をたさんとする能動的友生命力ではあるが、 それは何等の刺戟友くしては自己開展を始め友いので、と

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A

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菩提心を開展せしむべき刺戟となる外的縁を必要 とするのである。その外的縁とは知識経巻である。故に護心修行には或従知識、或総経容を必須僚件とする、そ の 事 は ﹁ 看 経 ﹂ 、 ﹁ 伸 経 ﹂ 、 ﹁ 自 詮 三 昧 ﹂ 、 ﹁ 法 性 ﹂ 等 の 倉 に 槙 詑 せ ら る L 所である。内因売る菩提心は外縁、売る経巻知 識に刺戟される事に依ってその本然の生命力を護動し、修費へと精進する事とたるのである。しかも内因売る菩 提心は本語の衆生の本具する所であるから、と L ではその内因を誘護せしむべき外的縁を輿へる事が最要の宗教 23 的工作と怒って来る。縄師が正師の必要を力説せらる所以の一つがと L に存ずる︵正師は印詮者として重責を持 つが、との問題は今は略する︶。衆生に於ける最良の外縁は正師の人格に兵樫的に躍動する伸生命そのものであ 道一元関師の宗教思想の鐙系的組織に就て 七

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日 本 偽 教 事 協 合 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 七 回 24 る。かくて衆生は重法軽身、不惜身命の大菩提心を護し本詮の護心伎に立つ事とたる。 外縁とたるべき経巷知識も換言すれば無上菩提に外たらぬから、縄師所設の護心の始柊は、本兵の菩提心が無 上菩提に従って菩提心を護し無上菩提を修誰する事に障する。而してとの護菩提心を修行の一として見る時、そ れが本設自らの開展である上からは本詮の妙修以外のものではない。かくて初登心も本詮妙修の伸行と友るが、 同時にその内容にしてその開展たる諸行が自ら本詮妙修の悌行事んる事は費言左要したいであらう。 以上は暫く現賓の衆生を考慮に入れて初護心を中心に本詮妙修の開展を説いたのであるが、然し禅師が常にか t A る 論 法 で 本 詮 妙 修 を 設 か れ て 居 る 謹 で は 友 い 。 開 師 は 蕎 直 に ﹁ 悌 が 備 を 設 き ﹂ 、 ﹁ 備 が 悌 を 行 じ ﹂ 、 ﹁ 悌 が 悌 を 詮 し ﹂ ﹁悌が伸と作る﹂事の本詮を基本としての妙修を設かる L のであるが、とれは然し三味の直接経験に於けるそのま L の姿を表現せられ売ものに外たらぬ。 本詮の行備の思想は本詮の存在が本誰妙修する首躍を悌陀観の立場で見事人思想である。との鮪でも行伸と存在 と妙修との不可分闘係を知る。騨師は﹁行悌﹂と言ふ言葉は使用されて居るけれども﹁本詮の行悌﹂と言ふ語は使用 されて居ないが、認に特に本詮の語を使用したのは﹁韓迦牟尼備は七悌己前に成道す﹂︵嗣書︶と言ふ久遠賓成の意 味を現はさんが矯めと、存在観や妙修観と一言葉を調へんが矯に外怒らぬ。 行悌とは﹁行の悌﹂又は﹁行部悌﹂の意味で、本詮妙修の純粋行をそのま L 悌と稿ずるのである。伸と一宮ふ特殊た 存在があって行ゃるのではたく、行やる事が悌友のである。﹁不染汚の修詮とれ悌組たり﹂︵自詮三昧︶とは純粋行

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そのま L を働組となす思想である。 剖心是悌とは護心、修行、菩提、浬繋の諸悌たり、 是 悌 ︶ いまだ護心修行菩提謹撰せざるは即心是悌にあらや。︵剖心 との言葉に於いても諸悌は行中る諸悌怒る事が知らる L 。純粋行の基本は坐棺三昧なるがゆへに、先づ坐棺が そのまヘ行悌とせらる\﹁坐楠箆﹂の傘に﹁作伸をもとめざる行伸あり﹂と言はる L は作悌乞求めざる純粋 性 の 坐 細 仰 を そ の ま L 行悌なりと示されたのである。また悌組が三味の存在たるととを語って﹁諸悌諸組、とあるに との三昧の遊泳に設時あり詮時あり行事あり﹂とも設かれて居る。然し形式的に言へば 坐蹄のみが行では無く、無量の行が存する鐸でそれ等は一様に行悌と言はる L ととは勿論である。然るに此等無 量の行は浬操妙心、菩提心、木石心、悌性、法性等と言はる L 一心の自己現成、なるが故に、心と行と備との三者 は無差別平等にして官然﹁即心是悌﹂とも或は﹁心伸﹂︵古悌心︶とも言ひ得らる L のである。行備も心悌も倶 に人格的存在に外友らぬから、との行備は三昧の一心を本質とする絶封的具種的人格備であると一言ってい L の で か怒らや海印三昧友り。 あ る 。 三味の一心を本質とする行悌は、昼間的には十方と冥合し時間的には三世と園融せる三世十方綜合の全一的統 一者であって普遍性永遠性の存在である事は言ふ迄も怒い。蓋しとの普遍性永遠性は﹁而今﹂の一心中に於ける具 韓的境地であるから、之を抽象して概念通りに昼間的には横に無限の買さと、時間的には縦に無窮の長さを持つ かの様に理解すべきでは放い。普遍は営慮であり永遠は而今である。官鹿市今の行悌がそのま L 普遍永遠の姿に 25 外 た ら ぬ 。 道元樟師の宗教思想の樫系的組織に就て 七 五

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日 本 偽 数 拳 協 曾 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ 七 六 26 統一者たる行備は三世十方の諸法を統一して自ら能統一の立場に立つ事に依って行悌としての自己を自己売ら しめて居る︵唯悌輿悌︶のであるが、一方所統一の寓法は行悌に統一せらる L ととに依って本詮の存在として債値 づけられて居る︵排道話、行持︶のである。それ故に能統一者売る行悌は、一切存在の債値的根操であり、債値的 存在の創造者であると一言ってい L 。との意味に於て行悌は一切寓法の統一者であると同時に創造者である。 方 一切高法は行備の内容であると同時にその顕現である。 三世十方の一切存在は、行悌に統一せられて悉く本詮の存在として現前し、﹁十方み怒伸世界友り﹂︵古伸心︶の 悌世界を出現し、三世十方の諸備の存在が認められ、汎紳的悌陀観の思想が生れる。然しとの汎紳思想は一切の 存在を能統一者から切り離して客観的に眺め、その一一に榊性を認むるが如き抽象的汎神論ではない。﹁いま三世 諸悌といふは、一切諸悌怒り、行備すたはち三世諸悌なり、十方諸備ともに三世にあらざるなし﹂︵行悌威儀︶の 言葉に於て察せらる L 様に、行備がそのまと二世十方の諸悌にして、行備の統一世界以外に三世十方の諸備は存し たいから、一切の存在を能統一者の内に於て眺め、それに縁起して金憧的関聯の世界を構成し、悉く永遠の相と して輝いてゐる業者を諸備として観る兵瞳的汎紳思想である。 開師の悌陀観は能統一者に統一せらる汎紳観であるが、その能統一者を教主であり慈父である糧迦牟尼悌とた すから、三世十方の一切諸悌は悉く韓隼一一仰に統一せらる t A ︵即心是悌︶のである。之を能統一者の統一態から見 れば唯一備であり、所統一の諸悌から見れば無量悌であるが、畢りは一一紳的汎紳観と言ってもい L であらう。悲 に至って一心一切法の思想は一伸一切悌に書きかへても差支ない。その一一牌的汎一脚の具躍的世界は正に韓隼を中 心として統一せる悌界大量茶羅の具韓相である。

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法界統一の行悌としての悌陀は、一般悌較で言ふ所の何れの悌身に相官ずるものであらうか。蓋し蹄師は一般 悌教所設の三身観の如きを設かざるのみたらや、反ってそれ等の一一で友いと否定されて居る︵行悌威儀︶位であ る。それは恐らく或は固定化し概念化せる三身の一一を以て、或はまたその綜合を以て三世十方の墨田作を荷負ひ 無限に向上殻展しゅく創造的具韓的行悌身を表現し得ぬからであらう。謂はど縄問は過去の固定化し概念化せる 死物的三身を否定して、三身超出の生 k 躍動する生命的行悌を建立せられたのである。 生命的行備は無限に向上進展してやむ訟を創建的悌陀である o ﹁伸にい売りてす、みてさらに悌をみるたり﹂ ︵ 悌 向 上 事 ︶ と 設 き 、 ﹁ 働 組 の 極 之 極 を 超 越 す ﹂ ︵ 三 味 玉 三 昧 ︶ と 示 さ る L 事が、その消息を明かに物語ってゐる。行 悌の生活は一切存在を荷負ひ、自に新に日 k に新により良き自己を創造しつヘそれは同時に一切存在を成就し つ L 限りたを生命の旗を檀けるのである。如上の本詮の行悌観は之を先きに引用せる﹁排道話﹂のコ一味に於ける自 その表現に外注らぬ事が首肯されると思ふ。然り而してとの悌陀離が純粋行なしに 内詮の法門と照し合せる時、 は成立せ・ないものである事も充分察せらる L L ι 思 ふ 。 従上、坐蹄三味が純粋意識を根操として金鰻意識の統一世界を構成する事より、その統一世界は純粋行に依る 全瞳的関聯の悌世界、換言すれば本読の存在が妙修する行悌の相資相依の世界売る事を示し、との白内読の法門 の表現が騨師の宗教思想として本詮の存在観、本詮の妙修観、本語の行悌観と成って居る事を見、且つ知つもんの である。さすれば輔師の宗教思想は三昧行自現の教行詮に外注ちゃ、首然三味を統一主樫として有機的に組織し 27 道一克輝師の宗教思想の檀系的組織に就て 七 七

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28 得らる主事は論をまたぬ。 日 本 偽 教 祭 協 合 年 報 ︵ 第 十 三 年 ︶ しかも三昧より出でたるものは擁がて三昧に蹄入統一せらるべきものであるから、開 七 八 師の宗教は三昧より出でと二昧に蹄ずる三味中心主義の法円であると言ってい L の で あ る 。 ︵ 終 ︶

参照

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