日中および相互・株式会社間の効率性 比較からみた相互会社の国際化の評価
久 保 英 也
■アブストラクト
日本の保険会社は停滞する自国市場に危機感を感じ,海外での保険の引き 受けを企図している。それを読み解くポイントを相互会社の海外進出と海外 市場で戦える効率性の有無とに置き,分析を進めた。
その結果,①金太郎飴のような国内戦略に対し海外戦略には独自性があり,
海外の常識が日本の本社にも流入し,グローバルな経営力を有する保険会社 が誕生する期待がある。② 相互牽制 は世の中の摂理であり,株式会社と 相互会社の並存が互いに刺激し合い,牽制しあい,生命保険業界の健全な発 展に寄与する。また,日本では相互会社の効率性が株式会社より高い。③中 国を例に確率的フロンティア生産関数で算出した保険会社の効率性は日本の 保険会社に優位性がある。
一方で,日本の保険会社の海外進出における最重要課題は,現地化を推進 できる人材の 質 と 量 の確保である。多くの中国の留学生を抱える日 本の大学と保険業界の協業を本気で考える時期にある。
■キーワード
グローバル化,確率的フロンティア生産関数,相互会社の効率性
*平成23年10月22日の日本保険学会大会(神戸学院大学)報告による。
/平成24年1月23日原稿受領。
はじめに
日本の損害保険市場はコンバインドレシオが100を越え,また,生命保険 市場では保有契約高がピーク時の3分の2に減少するなど保険市場は停滞し ている。自国市場に危機感を感じた日本の保険会社は,海外での保険の直接 引き受けを企図している。リスクの高いこの戦略の妥当性と成功の可能性を,
①相互性を原点とする相互会社の海外進出の妥当性,②海外市場で戦える効 率性を有しているのかどうか,という2点から検証する。
第1節 相互会社についての歴史的考察(日本,米国,英国)
相互会社の経営環境や経営行動を日本,イギリス,アメリカから歴史的に 考察してみよう。
⑴ 相互会社の歴史的考察:日本
1994年(H6)の保険審議会報告書 相互会社の基本的な考え方 は,① 保険業界を取り巻くリスクに対応するため適正な内部留保を認め(社員配当 の下限規制を緩和),厳格な実費主義を修正。②社員総代会を定款ではなく 保険業法で規定,③保険契約者の権利の一般債権者に対する劣後規定を削除 し,相互会社と株式会社とは同一の規制であること,が盛り込まれた。
1995年(H7)にはそれを具現化した保険業法が改正され,1996年に施行 された。また,1997年(H9)には日本版ビックバン構想に向けた対応とし て,①保険持株会社,②健全性規制,③業務範囲の弾力化についての議論が なされ,保険相互会社と株式会社間で業務範囲に差がなくなった。
2001年(H13)には,金融審議会の 生命保険をめぐる総合的な検討に関 する中間報告 において,①株式会社化の枠組みの積極的活用(自己資本の 充実),②社員配当ルールの弾力化,③ガバナンスの強化,④日本の相互会 社の業務範囲(法制,その他),が議論された。
その結果,業務範囲については,①株式会社は 営利 を存在目的として
おり,これを達成するために株式会社の権利能力はあらゆる範囲に及ぶ(審 議会報告の第2業務)。保険業に定める他業務の禁止原則に抵触しない限り,
いかなる事業も自由である。②一方,相互会社は 社員相互の保険をできる だけ安全かつ効率的に営むことを目的とする非営利法人 であり, 保険事 業に有用な範囲内で保険事業以外の業務を行うこと,あるいは子会社を保有 することは相互会社の目的の範囲内であり,相互性に反しない。(H6年保 険審議会報告), 現実問題として相互会社は市場において株式会社と競争 する存在であり,社員の剰余金の増大を最重要課題とせざるを得ず,保険相 互会社は保険株式会社と同程度の業務範囲が許される(H9年保険審議会報 告),と結論づけられた。
⑵ 相互会社の歴史的考察:イギリス
イギリスにおける相互会社の議論は,1762年オールドエクイタブルの誕生 にさかのぼる。同社は,①安価で科学的な保険料を提示し,大量の新規契約 を獲得,②内部留保を剰余金の3分の1に規定し,相互会社の本質機能であ る収支の各年決算完結性を見直す,などの経営を推進した。しかしながら,
破綻可能性を下げるはずの内部留保の存在が相互会社社員の会社運営へのイ ンセンティブを大幅に低下させると共に社員配当の増配要求のみが行われる いわゆるガバナンスのフリーライドの事態を惹起した。また,③総会参加者 を5,000人に抑制したため,内部統制が甘くなるなど,相互会社機能の本質 が問われることとなった。
イギリスにおける相互会社の経営の甘さは現在まで続き,英国における相 互会社数は33社(2009年の会社数は約200社)で全会社の15%,保険料シェ アは4.1%に過ぎず市場における存在感は非常に薄い。このような事態に至 った理由は,相互会社が外部経営環境の変化に不適合であったことがあげら れる。たとえば,①1990年代の不適正販売(付加年金,住宅ローン保険),
②有配当商品の複雑さと不透明性を放置したことによる消費者不信の惹起,
③欧州株式市場の低迷などを受けた,有配当保険の資産運用競争力の喪失。
④FSA(Financial Services Authority)が行った新会計基準による有配当 保険の将来配当の負債認識という規制強化への不十分な対応,⑤カーペット バガー(Carpetbagger:相互会社の社員権の補填が発生する株式会社化を ある程度の社員権を有しながら相互会社に強要させるグループ)への不十分 な対応,などである。
⑶ 相互会社の歴史的考察:アメリカ
米国の保険相互会社問題は常に株式保険会社との関係で発生している。た とえば,1843年に誕生したアメリカ初の相互会社であるミューチュアルライ フは,誕生の背景に生命保険株式会社への不満があった。すなわち,保険契 約者は,株主配当が契約者からの収奪であり,相互会社においては善良な経 営者により契約者配当は増加すると考え,一方の経営者も少ない資本で事業 が可能かつ契約者への柔軟な利益分配を選択できる,などの株式会社との対 比で相互会社が選択されてきた。
1900年頃には相互会社への批判が逆に高まることになる。すなわち,①契 約者配当は相互会社理念とは異なり期待はずれ,②大きな経営者報酬などに よる事業費の増大,③経営の不透明さと経営者による相互会社支配,に批判 が起こった。1891年のニューヨークライフ(相互会社)公金費消事件は象徴 的な事件であり,株主配当に回さずに済む財源を高額な経営者報酬や販売促 進費に支出するという相互会社の内部統制の無さが問題となった。その結果,
1906年にアームストロング法が成立することとなる。これは,①取締役選挙 の公正運営(加入者リストに容易にアクセス,経営者側候補者の十分な情報 提供,加入者側による対立候補の擁立が可能),②事業費支出の制限,③契 約高の制限,④剰余金制限,などを定めたもので,その後1906年にニューヨ ーク州法第94条に取り入れられた。その後,ニューヨークライフは相互会社 理念に忠実な経営を行い,2000年後半以降はフォーチュン紙の 最も称賛さ れる会社 のトップ5の常連となっている。
3カ国の相互会社の歴史的考察からの示唆は,①日本の相互会社と株式会
社において,子会社による海外進出に法制的な差はない,②相互会社の衰退 の原因は,イギリスでみるように 外部環境への適合力不足 である,③ア メリカにみるように,相互会社理念を実直に経営に反映することで活路を見 出せる,という3点である。また,株式会社と相互会社の2つの組織形態が 存在することで,経営者,株主に牽制が働くメリットがうかがわれる。
第2節 日本における相互会社理念の実現度
前述の通り,法制的には日本の相互会社と株式会社において子会社による 海外進出について差はないが,当然,相互会社が海外進出する際にその本旨,
すなわち 相互性 に反して海外進出を行うとは考えにくい。毎年の内部留 保から海外進出の投資資金を捻出する相互会社が相互会社の本旨である廉価 な保険会社運営を守らず,更にリスクの高い海外保険事業に進出することは 難しいと考えられる。相互会社が海外進出を決断するのは,長期にわたり高 い事業効率性を有し,少なくともその効率性は株式会社のそれより高いはず である。高い 効率性 が相互会社理念の一つの実践結果とみることができ,
相互会社の海外進出の必要条件であると考える。
そこで,相互,株式会社間の効率性に言及した先行論文を見ると,① Nadege Genetay(1994) Ownership structure and performance in UK life offices はイギリスの株式会社27社と相互会社14社の効率性について 分析,相互会社のそれは低いが安定したリターン(1988年〜1992年)を上げ ているとした。また,②フィッチ(2002) Comprehensive Life Insurance Industry Review(North America)-Amended では相互会社で終身保険 を販売している会社の効率性は高い(財務データ分析:アメリカ)ことを証 明し,③William H.Greene(2004) は Profitability and Efficiency in the U.S. Life Insurance Industry において,相互会社と株式会社の効率 性はほぼ同じとしている。使用したのは確率的フロンティア関数で,アメリ カの1995年から1998年の4年間を対象としている。また,⑤Norashikin Ismail, Datuk Syed Othman Alhabshi (2011)は Organization Form
and Efficiency:The Coexistence of Family Takaful and Life Insurance in Malaysia において,マレーシアのイスラム保険のタカフルを運営する 会社(相互会社形態)と一般の生命保険会社(株式会社)との効率性を比較 し,株 式 会 社 の 方 が 効 率 性 は 高 い と し て い る。分 析 に はDEA(Data Envelopment Analysis)の手法を用い,保険会社の2004年から2009年まで の標本を利用している。
このように,海外の先行研究では分析対象の国や推計期間が異なり,結果 もまちまちである。一方,日本において,保険会社の経営スタンスや経営成 果が明確になるほどの長い期間にわたり,相互会社と株式会社との効率性比 較を行った論文は見当たらない。
そこで,本稿では保険業の経営成果を判断できる20年以上の長期の期間に おいて,かつ,すべての生命保険相互会社と株式会社について効率性を計測 する。効率性の計測手法としては,①株価を用いたイベントスタディ,②財 務データを用いたパーフォーマンス分析,③フロンティア関数の推計,④ DEA(Data Envelope Analysis),⑤確率的フロンティア生産関数などが 存在するが,今回の研究目的に鑑み,各社の各年度の効率性を絶対値で示す 確率的フロンティア生産関数を採用することとした。同手法は,最も効率的 な企業の生産関数(フロンティア生産関数)を想定し,個別会社の効率性は 生産関数の残差項に含まれると考える。残差項を推計上の誤差部分(V)と 効率性部分(U)の2つに分け推計するものである。
そのイメージを図1に示した。
また,確率的フロンティア生産関数のアルゴリズムは以下のとおりである。
生産物=f(投入物1,投入物2,・・・・・)+誤差+非効率性 確率的フロンティアモデルを
= β+ −
,(=
1,2,… , ) と表す。ただし,→
(0,σ),→
(0,σ) であるとする。このとき の確率密度関係は,
( )
=
2σ φ − β
σ
−λ
(− β
)σ
⑴となる。この時,σ= σ + σ ,λ=
σ
σ
⑵また,φは標準正規分布の密度関数, は標準正規分布の累積分布関数を表 す。
図1 確率的フロンティア生産関数の概念図
(注)Yiはi番目の保険会社の産出額(売上や利益など),Xiは投入額(資本,労
働,事業費など),εiは推計から得られる誤差項で,vi(正規分布を仮定した 誤差項)とui(フロンティからの乖離幅=保険会社の生産性) とに分けられる。
今,ε=y
− β
とおけば,⑴は,( )=2
σ φ ε
σ − λε
σ
と表される。この対数を求めると,
( )
= 2− σ+ φ ε
σ
+ −λε
σ
となる。したがって,対数尤度関数は,
( )
= ∑ 2− log σ+ og φ ε
σ + − λε
σ
となる。よって,パラメーター
β
,σ,λを最尤法により求めればよい。これによりσ,σ
も求まる。第 主 体 の 効 率 性 は,Battese and Coelli(1988, Journal of Econometrics)が,次のとおり提案している。
= exp( − −
)>=
1− σ − μ σ 1− − μ
σ
exp − μ + 1 2 σ
ここで,μ =−
εσ
σ
,σ =σ σ σ
したがって,パラメーターの最尤推定量を^
β
,σ^,λ^とすれば,^
=
1−
^σ − μ σ
^
1− − μ
^
σ
exp − μ + 1 2
^σ
ただし,μ = −
εσ
^^
σ
,σ^=
^σ
^σ
¯
σ ε= −
^β
である。なお,推計期間は1989年度から2009年度とし,産出要素としては,①基礎 利益(危険準備金調整後),②キャッシュフロー(同左+減価償却),③収入 保険料,の3つを採用し,投入要素としては,①資本は償却資産残高,②労 働は営業関係コスト,内務人件費,事業費,を用いた。その推計結果を表1
に示した。
なお,分析に際し,生命保険各社のデータ(断面データ)を時系列に揃え たパネルデータを用いたため,フロンティア生産関数が示す効率性には,企 業本来の経営努力に加え,各年度の 市場環境の差 が自ずと含まれる。企 業の効率化努力と市場環境の良し悪しは峻別すべきものであるし,過年度で 保険会社の効率性を連続的に評価するには,市場環境の差を調整することが
収入保険料**
キャッシュフロー*
(注1)推計期間は,1999〜2009年度。キャッシャフローは危険準備金反映基礎 利益+減価償却
(注2)資本は各社の減価償却明細表から償却後残高を使用。LIは,Log likeli- hoodの略。
(注3)*=労働について事業費を採用,**=労働について事業費+営業費用 を採用,したことを表す。
生産物
表1 日本の生命保険会社のフロンティア生産関数のパラメータ
資本 労働 定数項
σ λ 標本数,LI
歪度
生産物
資本 労働 定数項
σ λ 標本数,LI
歪度
パラメータ 0.296003
0.87501
‑1.1418 0.674166 1.39369
585,‑987.3
‑1.773339 基礎利益(危準反映後)*
パラメータ 0.310014 0.831344
‑0.811355 0.65677 1.43321
564,‑875.284
‑1.98740 t値 9.03894 19.2974
‑3.59305 28.9596 9.33704
t値 8.81491 16.9863
‑2.44576 31.8487 9.66867
標準誤差 0.032748 0.045343 0.31778 0.02328 0.149264
標準誤差 0.035169 0.048942 0.331739 0.020622 0.148233
パラメータ 0.120379 0.891104 2.94412 1.16949 1.26459
785,‑790.089
‑0.356657 基礎利益(危準反映後)**
パラメータ 0.381217
0.6552 0.582574 0.635511 1.42492
557,‑883.719
‑2.0319378 t値 9.47107 81.7586 22.022 45.977 12.979
t値 11.0494 17.7776 2.29257 30.6028 9.29182
標準誤差 0.01271 0.010899 0.13369 0.025436 0.097433
標準誤差 0.035406 0.036855 0.254114 0.020766 0.15352
は5
キ 5H、
2行 コ ラ ム の 罫線 と
.
ア キ は5.75H ア キ です。
アキが違うの で 訂 正 時 注 意
の 1行 コ ラ ム の 罫線 と の ア
望ましい。そこで,この調整は,生命保険業界合計の効率性を年度別に求め,
同値の1989年度から2009年度までの平均値を基準としたデフレーターを作成 した上で,各社の効率性をこのデフレーターで除すことにより市場環境の影 響を除去した。
標本数は利益効率を表すキャッシュフローと基礎利益が約560,売り上げ 効率を示す収入保険料で780程度と安定的な推計を可能とする十分な数を確 保した。売り上げ効率と利益効率の標本数に差があるのは生産物にマイナス の値は存在しないため,たとえば,利益の実績が負値を取った場合,その標 本は自動的に除かれるためである。したがって,負値をとる標本数が多い場 合には,推計結果にバイアスがかかる可能性は残る。
表1の各説明変数はt値も概して高く,推計は安定している。また,
Waldman,Dの制約要因である残差の歪度が負という条件を検証すると4つ
の式のすべてで負値をとり,この条件を満たしている。
この推計結果に基づき,相互会社全体と株式会社全体の効率性を比較して みよう。1989年度から2009年度までの 全社 の利益の効率性を図示したの が図2である。 全社 の意味は相互会社という一つの会社が算出したフロ
図2 相互会社計,株式会社計の利益効率性
ンティア上に存在すると仮定し効率性を算出産出したもので,利益のプラス 会社とマイナス会社が相互会社という括りで合計されるため,相互会社とい うグループと株式会社というグループの効率性を比較するには最適な数字で ある。その結果,21年間の平均で,相互会社の利益効率性は47.2,株式会社 計の同値は22.5と相互会社の効率性が高いことが分かる。
すなわち,日本の相互会社は21年間の推計期間(1989年度から2009年度)
を見る限り,株式会社より高い効率性を実現しており,その本質を基本的に 守ってきたと言えよう。また,それは事業費や販売促進費の抑制などの経営 努力により実現されている。したがって,法制(相互,株式会社の業務範囲 は同じ)に加え経営姿勢にも問題はなく,今後の相互会社の海外展開も妥当 と考えられる。また,相互会社,株式会社という会社形態に関わらず,第2 節の⑵のイギリス事情でみたとおり,外部環境に適応できない会社は淘汰さ れており,むしろ相互,株式の両会社形態があることが, 両社の経営者 にもそして 株主 にも牽制となる。
第3節 日本の保険会社の国際競争力評価
次に相互会社の海外進出に問題ないとしても,果たして海外の保険会社よ り高い効率性を実現できるのかが重要である。そこで,ここでは世界が注目 する中国市場を分析対象とし,日中生命保険会社の効率性を比較してみよう。
Swiss Re(2010)のレポートによれば,2009年の中国の保険市場は損保市 場が449.9億ドル(世界順位9位),生保市場は1091.8億ドル(世界順位8 位)であり,両市場の合計規模は,1998年885億元から2009年8,144億元 (9.8 兆円程度)に10年強で10倍となっている。ちなみに2009年の世界の収入保険 料のシェアは3.9%(日本:17.1%,アメリカ21.1%,ドイツ4.8%,イタリ ア4.9%)である。WTO加盟に伴い段階的に規制緩和が進んだとされるが 他のアジア諸国に比べると規制は強い。
図3は日中保険市場の構造の一断面を比較したものである。中国市場の成 長率は高いものの,日本市場は規模で中国市場を圧倒している。収入保険料
でみて約3倍,総資産額で約5倍という状況である。棒グラフで示した事業 費を 投入額 ,そして収入保険料(一般企業の売上に相当),総資産額,保 険金の支払額を 産出額 とみなすと,中国では事業費と収入保険料が同じ 割合であるが,日本では,事業費が中国の4倍(2008年)に対し収入保険料 は3倍にとどまり,売上効率が圧倒的に高いとは言いにくい。一方で,総資 産は同9倍と高く,資産運用が会社の収益に大きく影響するため,ダイナミ ックな運用は難しいと考えられる。一方,保険金支払い額は同11倍(2008年 度)とさらに高く保険市場の成熟化の加え,販売している保険商品に差があ ることをうかがわせる。中国で主力として販売されている貯蓄性商品は,満 期まではまだ期間があるのに対し,日本では,すでに長期の保障性商品の満 期や死亡が安定して発生する状況にある等日本の生命保険市場の成熟化が見 て取れる。
それでは,日中保険会社の効率性を,前節で用いた確率的フロンティア生 産関数により評価してみよう。今回使用するモデルの構造は,①推定関数を
図3 日中保険会社の規模比較
シンプルなコブ・ダグラス型の生産関数とする,②最尤法により推計し,効 率性を表すuは半正規分布に従うと仮定する,③各保険会社の年度ごとの クロスセクションデータを時系列で束ねたパネル分析とする。ただ,中国生 命保険市場においては開業後間もない会社が多く,生命保険業の特性として 収益構造が安定していない可能性がある。そこで,分析対象を大手かつ長期 の営業期間(6年以上)を持つ会社(以下,選抜会社と言う,1999年から 2008年で標本数は約120)に絞り推計することとした。一方,日本の生命保 険会社は全社を対象とするが,推計期間の1999年から2008年度における標本 数は約300である。
推計に際し中国側データに制約が多いため,投入要素は,①資本について は当期末残高(貸借対照表の資本計)と金利を反映した資本コスト,②労働 は,営業人件費(営業費用)と以下の方式でみなし計算した内務人件費【平 均賃金(中国統計年鑑,金融・保険業)×従業員数】,そして,③事業費とし た。
産出要素は,①収入保険料(一般企業の売上高に相当),②付加価値(経 常利益+事業費),③責任準備金の純増額(負債)である。
確率的フロンティア生産関数を用いて,日本と中国の生命保険会社を同じ フロンティア上において推計した結果を表2に示した。
4つのフロンティア関数のサンプル数は400から540と十分な数を確保し,
独立変数のt値も高いことから安定した推計となっている。
この関数を利用し,日中の生命保険会社の効率性を年度ごと,会社ごとに プロットしたのが図4である。これは利益効率を表す 付加価値 の関数を 使用した効率性分布である。規模の大きな会社でも非効率な会社は存在する ものの,近似線の決定係数は0.3283で,このような分布図ではまずまずのば らつき度合いである。また,そのカーブは収穫逓減の状況を示している。留 0.055226 0.028368 0.515816 0.017613 0.527529 標準誤差
0.02273 0.016933 0.18175 0.027629 0.120022 標準誤差
7.21961 14.976 8.17124 24.7124 5.74398
t値 3.70462
61.091 4.9849 43.0381 13.6123
t値
398,‑722.660
‑0.23213 0.398707
0.424839 4.21485 0.435247 3.03011 パラメータ
責任準備金の純増**
542,‑49.8410
‑1.45493 0.084207
1.03447 0.906005 1.18909 1.63377 パラメータ
0.012058 0.010235 0.13755 0.013634 0.358878 標準誤差 0.027747 0.015212 0.256466 0.026261 0.175241 標準誤差
15.2083 79.8155 9.63394 67.4978 10.536 t値 12.3877 41.1206 15.6756 32.0805 8.65265
t値
480,‑469.398
‑0.28032 0.183385
0.816948 1.32515 0.92025 3.78113 パラメータ
付加価値(経常利益+事業費)*
531,‑682.380
‑1.28996 0.343717
0.625521 4.02026 0.842463 1.5163 パラメータ
標本数,LI 歪度 資本 労働 定数項
σ λ 生産物 標本数,LI
歪度 資本 労働 定数項
σ λ
生産物 収入保険料* 収入保険料**
(注1)推計期間は,1999年〜2008年。LIは,Log likelihoodの略。
(注2)資本は資本コストを使用。ただし,責任準備金の純増の場合のみ資本額
(ストック)とした。
(注3)*は労働について事業費を採用,**は労働について事業費+営業費用 を採用したことを表す。
(注4)推計は為替換算後の日中保険会社データで行った。
表2 中日生命保険会社の統合フロンティア生産関数のパラメータ
ア キ です
75H が違うの で 訂 正 時 注 意
。 アキ
1行 コ ラ ム の 罫線 と の ア キ は5.5H、
2行 コ ラ ム の 罫線 と の ア キ は5.
意すべき点として,この分布には産出額(この場合は付加価値)が負になる 会社の当該年の業績は含まれない。
この分析から次の2点が明確となった。まず第1に,生命保険業界計(付 加価値がプラスであった保険会社の効率性を合計し,平均を取ったもの)の 1999年〜2008年(日本は年度と読み替える)の10年間の平均売上効率は中国 が0.626,日本が0.625と変わらない。一方,付加価値の同効率性は中国の 0.501に対し日本は0.624と日本が圧倒的に高い。
第2に個別各社の収益構造の安定性である。日中の代表的な会社として最 大規模の会社と中堅だが利益効率が高い会社との効率性を示したのが図5で ある。具体的には,日本については日本生命と富国生命を,中国は中国人寿 と泰康人寿命を取り上げた。年度ごとの効率性に振れはあるものの,日本の 2社の売り上げ効率と利益効率は連動して動いている。この推計期間は日本 の生命保険市場にとって,バブルの崩壊から保険会社の経営破綻が相次いだ 激変期であったにもかかわらず,日本の2社は安定した収益状況を示してい る。これに対し,中国の2社は2つの効率性に連動性がないのに加え,両効
図4 中日統合フロンティアにおける効率性分布(付加価値)
率性が大きく振れていることが分かる。
以上のことから,
⑴中国の生命保険市場は規模的に急拡大を遂げたものの,①売上効率は緩や かに低下,②販売優先の経営方針から,利益効率(付加価値)が大きく低下 している。
⑵効率性の企業間格差は大きいものの,大規模会社が必ずしも優位性を有し ていない。
⑶日中の生命保険会社の売上効率に大きな差が認められないものの,利益効 率では日本の生命保険会社の優位性が明確である。中国保険会社は販売重視,
販売高のシェア重視の姿勢を強めており,健全性や効率性に留意した保険監 督が今後重要と考えられる。
終わりに
シンポジウム グローバリゼーションと保険会社の海外進出 の全体をま 図5 日中個別会社の効率性
とめると,①日本国内では金太郎飴のような戦略をとる日本の保険会社も海 外戦略には独自性が見られる。海外の事業割合,利益割合が増えることで,
海外の常識が日本の本社にも流入し, グローバルな経営力 を有する保険 会社が日本でも誕生する期待がある。また,② 相互牽制 は世の中の摂理 であり,株式会社と相互会社の2つの組織は互いに刺激し合い,牽制しあい,
健全な方向に生命保険業界を向かわせる機能がある。③中国の保険市場は若 いこともあり,日本の保険会社が進出する際に,現地化のための人材育成は 最重要課題となる。現地化を推進できる人材の 質 と 量 をどう確保す るかが重要で,多くの中国の留学生を抱える大学と保険業界の協業も必要で はないかと考える。
この拙稿が日本の保険会社のグローバル化や国際化に関する研究に役立て ば幸いである。
(筆者は滋賀大学大学院経済学研究科教授)
参考 献
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