は じ め に
保険関連のリスク理論として,“ 保険会社の存続問題 ” がある。
初期資産(初期サープラス)をU0 0,
時刻tまでの総保険料収入(保険料過程)をPt , ⑴ 時刻tまでの保険金支払い総額(クレーム支払い額過程)をSt ,
とするとき,保険会社が すべての契約を時刻tで清算した直後の残存資 産(サープラス)Ut は,
⑵
となる1)。このUtが負になった時点で会社は破産するが, 破産せずに,
Ut=U0+Pt−St.
商学論纂(中央大学)第55巻第3号(2014年3月) 635
保険会社の存続問題
西 岡 國 雄 五 十 嵐 徹
目 次 は じ め に 1 存 続 確 率
2 Lundberg modelの積分微分方程式 3 積分微分方程式 ⑽ の解
4 クレーム支払い額が任意の分布の場合 5 コンピューター・シミュレーション
⎫⎜
⎜⎬
⎜⎜
⎭
ずっと存続する確率φ(u) (定義は,後述の ⑶ 式)を計算することが 保 険会社の存続問題 である。
Lundberg model⑷ の場合,このφ(u)は,ある積分微分方程式⑽の解
となる。ところが,その ⑽ を解くことは容易ではなく,クレーム支払い 額の分布が 指数分布 や ガンマ分布 などのごく限られた場合にし か,φ(u)を求めることが出来ない。本論文では,クレーム支払い額の分 布がどのようなものであっても(例えば,過去のデータから得られる分布で も),φ(u)の 任意精度の近似解 が 計算できる形 で得られること
(定理9)を報告する。
1 存 続 確 率
まず存続確率を定義する。u>0を定数,初期サープラスU0=uとする とき,⑵で与えられる確率過程 に対し,
有限期間,
⑶
という,有限期間と無期間,2つの存続確率がある。次の不等式は自明で ある。
本論文で,我々の取り扱う対象は無期限の存在確率 ⑶ である。今後,
⑶を単に 存続確率 と呼ぶ。
1) ここでは資産の運用収益や経費などは無視した。
Ut,t$0
# -
, P ,
u T / Ut$0 t# ;T U0=u
z] g 7 A
, lim
u u T
T 無期間.
/ →
z z
3
] g ] g
, , u$ u T
z] g z] g u lim u T, .
T
=
z → z
3
] g ] g
2 Lundberg modelの積分微分方程式
保険会社にとって,存続確率φ(u)を知ることは重要であり,特に,初 期サープラスuおよび次に述べる 安全割増率θ とφ(u)の関数関係を 知ることが出来れば,経営上で有益である。
1926年にF. Lundbergは,
クレーム支払い額過程Stは複合ポアッソン過程,
保険料過程Pt=κt,κは ⑹ で与えられる正定数, ⑷
と し, 存 続 確 率 φ(u)が 満 た す 積 分 微 分 方 程 式 を 導 出 し た。 こ こ で
Lundbergによって導入された複合ポアッソン過程は,次で定義される確
率過程である。
定義1(複合ポアッソン過程).確率過程{St , t 0}が次の条件を満たすとき,
複合ポアッソン過程という。
複合ポアッソン過程{Nt , t 0}, 独立同分布な確率変数X1,X2, . . . , {Nt , t 0},X1,X2, . . .は互いに独立,
があり,
0 とする. ⑸
注意2.Ntは時刻tまでのクレームの件数であり,X1,X2, . . .は各々の クレームでの支払い額を表している。また,{Nt , t 0}のパラメータをα とすると,E[Nt]=αt,t 0.
クレーム支払い額の平均をμ≡E[X1]とおくと,Lundberg model ⑷の .
St Xk X
k N
0 0
t
= ただし
=
/
/⎫
⎬⎭
単位時間当たりの保険料支払の平均値 はαμとなるので,公平な保険 料はαμである。だが,その保険料のθ倍を 安全割増率 として上乗せ すると,
⑹
が単位時間の保険料となる。つまり⑸の複合ポアッソン過程{St , t 0}と
⑹ の正定数κに対し, 初期サープラスu 0 から出発したサープラスの 時刻tでの値U(u)t は,
⑺
となる。
次に,時刻がtから微少量dtだけ増加したとき,サープラスUt+dt(u)
がどう変化するかを調べよう。⑺から
if St+dt=St that is Nt+dt
=Nt
and its probability is 1−αdt,
= if St+dt=St+X1 that is Nt+dt−Nt
=1 and its probability is αdt, the other case of small order probability,
となる。すなわち,(dt)2以上の微少項を無視すると,サープラスUt+dt(u)
の増減は,
1 l= +] i ang
, .
U ut] g= + −u lt St t$0
Ut+dt]ug= +u l]t+dtg−St+dt
u dt St d St t St
=#] +l g−_ +t− i-+ −l
U ut] +ldtg
U ut] +ldtg−X1
⎧
⎜⎜
⎜⎜
⎜⎜
⎜⎨
⎜⎜
⎜⎜
⎜⎩
クレームが無く,保険収入κdtのみ発生
⑻ ⇒ 初期サープラスがu→u+κdtに増加 と同じ,
クレームと保険収入κdtが発生
⇒ 初期サープラスがu→u+κdt−X1 に変化 と同じ, ⑼
のどちらかが起こる。
すると,初期サープラスuから出発した時刻tでの存続確率
は,⑻および⑼の増減分を初期サープラスとする存続確率に等しいので,
それらの発生確率を考えて,
ここで,X1 の確率分布をFX(x)≡P[0 X1 x]とし,X12)の支払い額がu
+κdt以下との条件も考慮した。上式を整理して,
最後にdt→0として,Lundberg modelの存続確率φ(u)が満たす積分微分 方程式が得られる:
⑽
更に,このφ(u)は以下の境界条件を満たすことが判っている,証明は
2) 最初のクレームと考えている。
for 0
P 0
u= Ut$ 6t$ ;U0=u
z] g 7 A
u= −1 dt u+ dt z] g ] a gz] l g
dt u d t u dt x
+a &
#
0+l z] +l −gdt u dt
u dt
+ u
= +
z] l g−z] g az] l g u dt u dt x dFX x .
−a
#
0+l z] +l −g ] gu u u u x dFX x,
= − 0 −
zl] g cz] g c
#
z] g ] g c/la=]1+1i ng .⎫⎜
⎬⎜
⎭
⎫⎜
⎬⎜
⎭
岩沢(2010)。
命題3.⑽の解φ(u)は次の境界条件を満たしている。
⑾
3 積分微分方程式 ⑽ の解
⑽の解を求めるためLaplace変換を利用する。
Step 1. φ(u)はuに関して連続かつ有界だから,そのLaplace変換 が存在し,次の等式が成立する:
,
以上の計算結果に注意して,⑽の両辺のLaplace変換をとると
について整理し,
⑿
Step 2. 存続確率φ(u)のLaplace変換 は ⑿ で与えられた。残され た問題は のLaplace逆変換を行い,φ(u)の具体型を得ることである。
, ,
1 0 1
= =
3 + /
z z
i
i b
] g ] g 0 .
1 2
= +
z i n
l] i g ]
g
z mt] g
du e u u 0
03 −m zl] g=−z] g+m
# #
03du e−muz]ug=−z]0g+mz mt] g du e u dFX x u xu 0
03 −m
#
] gz] −g#
dFX x e x du e u x
u x
= 0 − − −
−
3 m 3 m
] g ] g
# #
zu t] g
zt] gu zt] gu
φは有界なので,そのLaplace変換の収束座標は 0。よって,任意のc
>0に対し,
⒀
最後の積分が実行出来ると,積分微分方程式⑽の解φ(u)が得られる。
例4.クレーム支払い額が指数分布. η>0 として,クレーム支払い額 X1 の分布を指数分布FX(dx)=ηe−ηxdxとする。するとμ=E[X]=1/η となる。またFX(dx)のLaplace変換は
とし,
は1位の極が,λ=0,γ−1/μにあるので,留数定理より
今後利用するLaplace変換を用意する。集合Aの特性関数をIA(・)と する。
lim
u i d e
21
R
= u
z →
r m z m
3
m t ] g
#
c i−c i+RR ] g.
lim i d
F e
21 0
R X
R u
= c i
− +
→
+
r m
m c c m z
3
m
] ]
g g \
#
c i−Rexp
F x 1x
Xm = 0 − −m
n
] g 3 ( 2
\
#
1ndx=mn1+1.0 / b z] g
u /
1 1
= − + + = z m c c mn −
b
cn
t] g ] g b 1 / .
1 1 1
− − + −
m cn
bcn
m c n zt]
u=1 1−
− −
z cn
bcn cn
] g b exp c−1 u
d nn
( 2
.
exp u
1 11
= − 1
+ −
+
i i
i ] gn
( 2
補題5.nを非負整数,b,cを正定数とする。λ>cのとき
⒁
証明 実際に計算する。y=u−bの変数変換を行い,
⒁の右辺
=⒁の左辺.
例6.クレーム支払い額が定数a。クレーム支払い額は定数a>0とする。
するとXの分布FX(dx)=δa(dx)3)となるので,E[X]=μ,すなわち,
μ=a。また
となるので,
ここで なら, となるので,Laplace反転 公式⒀の被積分関数
は で正則となり,⒀ での積分路の実部, は任意に大きく取
3) δa(dx)は,単位質量がaにあるデルタ分布を表す。
c
e du e
b
u
n 1 0
− =
− −
m + m 3
m
] g
#
)ecu u b nI"u2b,−! n
e dy e y
bc
c y b n
= 0
−
#
3 − −]m g]+g =en−!mb#
03dy e− −]c c yg yn!
n c
e ds e s
b
s n n 1 0
= −
− −
m + m 3
] g
#
Rm2c ;m c c− + exp"−ma,;20
Rm2c Rm=c
れる。よって,⒀の積分路上で となる。
一般に, のとき
⒂
と展開できるので,⒀の被積分関数は
と変形出来る。積分路上で,この級数はλに関して一様に収束するので,
項別積分が行える。
まず
⒃
次に補題5より
⒄
⒃,⒄の被積分関数は共に連続だから,Laplace変換の一意性より
/
exp − a − 11
;c " m , ]m cg;
x 11
; ;
x x x x
11 1 2 1 k k
+ = − + −…+ −] g +…
exp a
1 1
+ −
− m c
c " m ,
. du e e
1 u u
− = 0 −
m c
3 m c
#
e du e
k
k a u
k 1 0
− + − = − m c
c m 3 c
] g
#
! .
e u k e u ka I u
k
ka k
u ka
× c − −
c c] g 2 ] g
) " , 3
z^ hu=z^ h0 ecu 1+ ^−1hk k!
ck e−k ac^u−kahkI"u2k a,^ hu
k=1
/
3* 4.
⎫⎜
⎜⎬
⎜⎜
⎭
4 クレーム支払い額が任意の分布の場合
ク レ ー ム 支 払 い 額 の 確 率 変 数Xの 分 布GX(dx)が 一 般 の 場 合 に,
Lundberg modelの積分微分方程式⑽の近似解を与える。
まず,Xの分布G(dx)X をM個のデルタ分布で近似する。
⒅
と定義し,GX(dx)を近似する分布を
, ⒆
と定める。なお今後は,各成分が非負のM次元ベクトルをp≡(p1, p2, . . ., pM)と表記する。
注意7.
例えば 過去のクレーム支払い額の実績データ など,
G(dx)X がどんな分布であっても,⒆のFX(dx)は定義できる。
F(dx)X はG(dx)X を近似する確率分布で,M→∞のときGX(dx)に弱 収束する。もしE[X]が存在すれば,
主定理を述べるのに必要な記号を定義する。
定義8.
⒤ 自然数nと⒅のMに対し, と定める。
, , , ,
pk GX dx k 1 M 1
k ka
1 = −
− f
/ a ]
] g
#
gpM GX dx
M−1
/ 3 a ]
] g
#
gFX dx pk ka dx,
k M
1
=
/ d
] g
/
] g p1+p2+ +f pM=1M=n2, =a 1/nとおいて
lim x F dx lim
M X
0 =n
→3 →3
3 ] g
#
a k pk E X .k M
1 = =
=
6 @ n
/
, min
M n] g/ "n M,
⎫⎜
⎜⎬
⎜⎜
⎭
各成分が非負整数であるM(n)次元ベクトル
に対し,以下の記号を導入する。
であるようなk(n)全てについて和をと ること。
更に⒅のp≡(p1, p2, …, pM)に対し,以下のように定める。
いよいよ,我々の主結果を述べる。
定理9.クレーム支払い額の分布FX(dx)が⒆の場合,Lundberg modelの 積分微分方程式⑽の解は,以下の通り:
⒇
注意10.これまで存続確率φ(u)が得られているのは,指数分布やガンマ 分布など,ごく限られたクレーム支払い額分布GX(dx)に対してだけであ った。
一方,ここでは,どのようなクレーム支払い額の分布G(dx)X にたいし ても,⒇ の右辺,すなわち存続確率の 任意精度の近似解 が(Mを大き く,aを小さくすることで) 計算出来る形 で得られている。
k]ng/_k1, k2, f, kM n]gi
k^ hn / kj k^ hn!/ kj! ただし0!/1
j=1 M n] g j=1
%
M n] g
/
,n
k n
: は固定し,
)
/
] g j kj n jM n
1 ・ =
=
/
] gpkn pj 0
kj j M n
1 ただし
=
/ ,/
] ]
g g
%
1 =if , 0if .
0 ,$1
p
⎧⎨
⎩
⎫⎜
⎜⎬
⎜⎜
⎭
証明. に注意して,⑿を変形する:
.
Laplace反転公式⒀で,被積分関数 は で
正則だから,積分路の実部 =c>0 はどんなに大きな正数でもよい。
このことと,a>0にも注意すると
for λ=c+iy where y is real となるc>0が取れる。⒂を に使い
右辺をexp{−naλ},n=1, 2…,毎にまとめて,
exp
FX pk ka
k M
1
= −
=
m m
] g " ,
\
/
F 0
X
= − + z m m c c m
t] z
] g ]
g g
\ p exp ka
0
k k M
1
=m c c− + = − m z] g
" ,
/
= m−c z^ h0 1+
m−c
p1e−am+p2e−2am+g+pMe−Mam
* 4−1
/
e u − + FX b m m c c m
_ i ` \] gj Rm2c
Rm
11
+ ^m−ch2
p1e−am+p2e−2am+g+pMe−Mam
` j2
+g4
1 p
0 1 e a
= − −
− − + z m m c
z
m c
c m
t] g ] g=
!
p ! p
2 e
2 a
2
2 12 2
2
− +
−
−
m c c
m c
c m
] g
* 4
+ m−c p3c
+ 1!・1! 2!
m−c
^ h2 p1p2c2
− 3! 3!
m−c
^ h3 p13c3
* 4e−3am
!
! p 22
2 22 2
+ m c− c
] g
の収束はλ=c+iy(y:実数),に関して一様なので,項別積分が可能 である。項別に補題5を適用すると,Laplace変換の一意性より,定理9 の結論が得られる。
5 コンピューター・シミュレーション
コンピューター・シミュレーションにより,定理9によって得られた存 続確率φ(u)の挙動を調べる。
例11(単一クレーム支払い額).クレーム支払い額Xの分布がデルタ分布 δ(dx)1 に 従 う 場 合, ⒇ で 与 え ら れ る 存 続 確 率 φ(u)を 初 期 サ ー プ ラ ス 0 u 15として計算した。なお,安全割増率θ=0.5,0.2,0.1の3種類
g+ ^−1hk] gn
k n] g
/
) kk^ h^ hnn !! pk] gn ck] gnm−c
^ hk] gn e−n am
+gH.
survibal probability
theta=0.5 theta=0.2 theta=0.1
initial surplus 1
0.8
0.6
0.4
0.2
00 2 4 6 8 10 12 14
としている。
⇒ 安全割増率θ=0.2 では 平均支払額の8倍 ,θ=0.1 では 平均支 払い額の14倍 程度の初期サープラスが必要となる。
例12(指数分布).クレーム支払い額Xの分布が指数分布に従う,存続確 率φ(u)は,例4で述べたような簡単な表現が得られている。
ここではμ=1,θ=0.2の場合に 指数分布の99%地点までを9等分し た近似分布 (M=9)に対して求めた我々の解⒇ と厳密解 とを比較 する。⇒よく一致している。
1 .
u exp u
1 11
= − + − z +
i i n
] g ( ] i g 2
survibal probability
initial surplus 1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
Approximation 1−e^{−0.2u/(1+0.2)}/(1+0.2) 2
0 4 6 8 10 12 14
例13(ガンマ分布).クレーム支払い額の分布がガンマ分布Γ(2, 2/μ)
に従う場合にも存続確率φ(u)の簡単な表現が知られている,岩沢(2010):
μ=1,θ=0.2とし,指数分布の時と同様に, 分布の 99%地点まで を9等分した近似分布 (M=9)に対して求めた我々の解⒇と厳密解 を比較する。⇒経営上問題となるφ(u)>0.8以上ではよく一致している。
,
C 2 1
3 4 9 8
2 +
− − − +
/ n i
n in i n
] g D 2 1
3 4 9 8
2 +
− − + +
/ n i
n in i n
] g
A ,
C D D
1
2
− 2
− / n +i
] g] i ng B C CD 1 2.
2
− + / −
i n n i
] g] g
survibal probability
initial surplus 1
0.8
0.6
0.4
0.2
0
Approximation Ae^{−Cu}+Be^{−Du}+1 2
0 4 6 8 10 12 14
参 考 文 献
Cramér, H. (1969), Historical Review of Fillip Lundbergʼs Work on Risk Theory, Skand. Aktua (Suppl.), 52, 6‑12.
Lundberg, F. (1930), Über die Wahrscheinlichkeitsfunktion einer Risikenmasse.
Skand. Aktua, 13, 1‑83.
岩沢宏和(2010)『リスクセオリーの基礎─不確実性に対処するための数理』,培風 館。