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いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について

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(1)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について

杉 本   武    但本語学)

1.はじめに

2.文法関係と格助詞 3.文法関係の徴候と特徴  3.1、主語の特徴

3.2.直接目的語の特徴 3.3.間接目的語の特徴 4.文法関係と有生性,意味役割 5.文法関係と格

6.おわりに

1.はじめに

 統語論における重要な範疇概念の一つとして,主語,目的語などといった

「文法関係(Grammat輌eal Relat輌on)」と呼ばれるものがある。現代の生成文法 の流れを汲む文法理論においても,この概念は,何らかの形で,その理論の中 に位置づけられている。しかし,その位置づけは理論により異なる。標準理論 から現在のGB理論に至るChomskyらの変形文法においては,文法関係は,

統語構造により決定される,言わば二次的な概念として扱われていた。これに

(2)

2       杉  本     武

対して,文法関係の根源性を基に理論を展開したのがPostal, Perlmutterらの 関係文法であり,文法関係に「原始語(primitive term)」としての地位を与え た。この特徴は,語彙文法と共に関係文法の流れも汲む,Bresnan, Kaplanら の語彙機能文法(LFG)にも引き継がれている(1)。また,これらとは別に,言 語類型論においても,文法関係(特に主語)は重要なトピックの一つになって

いる。

 翻って,生成文法による日本語の分析に関して見れば,この文法関係は,極 めて重要な地位を与えられてきていた。それは,第一には,日本語の分析の初 期の段階においては,いわゆるケース・マーキングの問題が中心的な課題と        ノ

なっていたということがある。ケース・マーキングの記述には,文法関係を問 題にしなければならなかったのである。さらに,現在では,照応の問題に焦点 が当てられてきているが,そこでも,ケース・マーキングの場合同様,文法関 係(特に主語)を問題にする必要がある。

 さて,このように重要な範疇概念である文法関係であるが,先にふれたよう に,理論によってその取り扱いが異なる。しかし,いずれの理論においても共 通しているのは,その名称からもわかるように,「文法関係」が,統語論的に 規定可能なものであるか,統語論的にprimitiveなものであるというように,

純粋に統語論的な概念として扱われていることである。これは,従来の研究に おいて,一貫して措定されてきた前提である。

 しかし,本稿では,このような前提に反し,日本語の「文法関係」は,純粋 に統語論的に規定可能な概念ではなく,意味的な要因が関与する概念であるこ とを示したい。

2.文法関係と格助詞

日本語の場合,文中にある構成素(名詞句)について,それの担う文法関係

(1)語彙機能文法においては,「文法機能(Grammatical Function)」と呼ばれている。

(3)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       3 を決定することは決してたやすいことではない。例えば,英語の場合,ある名 詞句がどのような文法関係を担うかは,Ch◇msky(1965)以来言われている

ように,その文の形状(configuration)から決定することができた。ところが,

非形状的言語(Non−Configurational Language)である日本語においては,事 情はそのように単純ではない(2)。

 従来,臼本語においては,しばしば文法関係と表層的な格(格助詞)が同一 視されていた(3)。これに対して,Shibat翻i(1977),柴谷α978),杉本

(1986)は,文法関係と表層的な格が必ずしも一致しないことを説得的に論じ た。つまり,主語が必ずしもガ格名詞句であるわけではなく,また逆に,ガ格 名詞句が必ずしも主語であるわけではないのである。例えば,次の(1)では,尊 敬語化(後述)を誘発しているのがガ格名詞句であるので,主語はガ格名詞句 であるが,(2)では,尊敬語化を誘発しているのが二格名詞句であるので,主語 はガ格名詞句ではなく,二格名詞句と考えられる。

  (1)山田先生が その本を お読みになった。

  (2)山田先生には 別荘が おありになる。

さらに,次の文では,ガ格名詞句「山田先生」は,尊敬語化を誘発しないので,

主語とは考えられない。

  (3)*僕は 山田先生がお好きだ。

 また,直接目的語とヲ格名詞句,間接目的語と二格名詞句についても同様な ことが言える(これらについては後述するが,詳しくは,杉本(1986)を参照

されたい)。

 以上のように考えると,次に,表層的な格と文法関係がこのように食い違っ ているのであれば,文法関係はどのように決定されるのかということが問題に なる。一々の動詞について,主語がどれで直接目的語がどれでということを指 定しておかなければならないのであろうか。例えば,(1)のように「読む」の主

(2)Saito(1985)のように,日本語にも形状性を認める考え方もある。

(3)ガ格名詞句が主語,ヲ格名詞句が直接目的語,二格名詞句が間接目的語というよう

 にである。

(4)

4       杉  本     武

語はガ格名詞句,(2)のように「ある」の主語は二格名詞句であるというように,

それぞれの述語について辞書の中で一々記述しておかなければならないのであ ろうか。これは,あまりありそうなことではない。英語のように文の形状から も決定できず,先に述べたように表層的な格からも決定できないのであれば,

何によって決定されるのであろうか。以下では,文法関係の決定にどのような 要因が働いているのかを見ていくことにしたい。

3.文法関係の徴候と特徴

 柴谷(1984)は,文法関係を「統語特徴やその他の特徴の集合で規定する

(p.66)」という考え方をとっている。柴谷方良氏(4)は,次のような主語の特 徴の集合を提案している(5)。

  (4) i)文頭にある。

    ii)「が」でマークされる     iiD再帰名詞の先行詞になる     iv)所有者上昇を受ける

    v)同一名詞句消去の標的になる     vi)尊敬語化を誘発する

(4)東京言語研究所 1984年度夏季特別講座「日本語と世界諸言語との対照研究」によ  る。

(5)柴谷(1985:8)では,次のような特徴の集合を挙げている。

  ①格助詞「が」で示される         (=(4)ii))

  ②基本語順で文頭に起こる         (=(4)i))

  ③尊敬語化を引き起こす         (=(4)vi))

  ④再帰代名詞の先行詞として働く       (=(4)iii))

  ⑤等位構文においてφとなったり,φの先行詞として働く  (=(4)vii))

  ⑥主文と補文において同一名詞句が要求される構文では,補文のφとなる        (=(4)v))

  ⑦「の」と「が」の交替を許す

  ⑧恣意的なゼロの代名詞がその位置に起こる

(5)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       5     vii)同一指示消去の標的/コントローラーになる

    W輌)数量詞の遊離を許す

柴谷氏は,主語はこれらの特徴全てを満たす必要はないが,これら全てを満た す名詞句を「典型的(prototyical)」な主語と考えている。

 また,Kageyama(1972)も,同様な主語の特徴の集合を提案している。

  (5)i)再帰名詞化を誘発する     ii)数量詞の遊離を許す     iiD「が/の」交替を許す     iv)尊敬語化を誘発する     v)同一名詞句消去を受ける     vi)不定名詞句消去が適用されない

 杉本(1986:331)も,この考え方に倣い,それまで提案されていた特徴を 検討し取捨選択したうえで,次のような主語の特徴の集合を提案した(詳しく は,杉本(1986)を参照されたい)。

  (6)i)尊敬語化を誘発する     ii)再帰名詞化を誘発する     iii)属性化を許さない     iv)同一名詞句消去を受ける

 これによって,文中のどの名詞句が主語であり,どの名詞句が「主語」でな いか判定することはできる。また,柴谷(1985)が「「主語」」という概念をこ のように,種々の統語現象に対して他の名詞句よりも優先的に関与するもの,

というように捉えることが可能である(p.7)」と述べているように,このよう な特徴によって,主語が文中でどのような働きをするものであるのかはわかる。

しかし,どうして主語が種々の統語現象に優先的に関与するのかはわからない のである。この点で,(4)〜(6)で挙げたような項目は,「特徴」と言うより「徴 候(symptom)」と言うべきであろう。ここで挙げられているのは,主語の

「徴候」の集合なのである。

 それでは,主語などの文法関係の「特徴」と言うべきものはどのようなもの

(6)

6       杉  本     武

であろうか。これまでは,文法関係の「特徴」として,ここで言う「徴候」に 類するものが挙げられていた(6)。以下では,「主語」「直接目的語」「間接目的 語」の「特徴」がどのようなものであるのかを考えていきたい。なお,以下で は,関係文法の用語に倣い,主語として機能する名詞句,直接目的語として機 能する名詞句,間接目的語として機能する名詞句を総称して,「文法項」と呼 ぶことにする。また,それ以外の機能を果たす名詞句(副詞的補語など)を

「非文法項」と呼ぶことにする。

3.1.主語の特徴

 ここでは,主語の特徴としてどのようなものがあるのかを考えたい。その前 に,3.で主語の「徴候」として挙げたもの((6))について簡単に説明してお きたい(詳しくは,杉本(1986)を参照されたい)。まず,例を挙げる。

  (7)石井さんが 本を 読んだ。

  (8)a.石井さんが 本を 読んでいらっしゃった。

      (尊敬語化を誘発する)

   b.石井さんiが 自分iの部屋で 本を 読んだ。

       (再帰名詞化を誘発する)

   c.#φ 本を 読んだ。       (属性化を許さない)

   d.石井さんは 本を 読みたかった。  (同一名詞句消去を受ける)

     ([。石井さんは [,石井さんが 本を 読む] たかった])

       φ

(8a)では,ガ格名詞句「石井さん」が尊敬の対象になっている(尊敬の対象を 波線で示す)。つまりガ格名詞句が尊敬語化を誘発している。主語は尊敬語化 を誘発する。(8b)では,再帰名詞「自分」の先行詞は,ガ格名詞句「石井さ

(6)そのほとんどが主語に関するものであった。直接目的語,間接目的語については,

 杉本(1986)を参照されたい。なお,杉本(1986)で「特徴」として挙げているもの

 もここで言う「徴候」に過ぎない。

(7)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       7 ん」である(同一指示をインデックスiで示す)。主語は再帰名詞化を誘発す る。(8c)では,ガ格名詞句が消去されている。主語以外の文法項であれば,消 去して,それ以外の名詞句の属性についての一般的な陳述とする(これを「属 性化」と呼ぶ)ことができることがあるが,主語の場合,それができない。属 性化できないことを # で示す。次の文を比較されたい。

  (9)a.私には この本が おもしろい。  (二格名詞句≠主語)

   b.この本が おもしろい。

  ⑩a.私には この洋服が 似合う。    (二格名詞句;主語)

   b.#この洋服が 似合う。

最後の(8d)は,埋め込み文の例である。問題の主語を含む文(補文〉が他の 文(主文)に埋め込まれ,主文の名詞句と補文の主語が同一指示の場合,補文 の主語が消去される。同一指示なのが補文の主語以外の文法項の場合には,消 去されない。これらの徴候全てを満たす名詞句は,典型的な主語である。いく つかの徴候を満たさない名詞句は,主語であっても典型的な主語ではない。な お,以下では,必要がない限り,主語の徴候は一つ挙げるにとどめる{η。

 主語の特徴として,まず,形式的な特徴を見てみよう。日本語の場合,どの ような格をとるかということである。主語は,典型的には,ガ格をとる。

  ⑪a.山田さんが歩いている。

  ⑫a。鈴木先生が ピアノを ひいた。

このことは,次のような徴候によって確かめられる。

  (11)b.山田さんが歩いていらっしゃる。

  ㈱b.鈴木先生が ピアノを おひきになった。

これは,尊敬語化に関する徴候で,ガ格名詞句が尊敬語化を誘発しているので,

ガ格名詞句が主語である。

 また,二格をとる主語もある。

(7)尊敬語化,再帰名詞化に関する徴候が最もrigidなものであるようなので,これを

 用いる。

(8)

8      杉  本     武   (13a.加藤さんには お子さんが ある。

   b.加藤さんには お子さんが おありになる。

  (14a.田中さんには 息子が 理解できない。

   b.田中さん,には 自分iの息子が 理解できない。

なお,このように,二格名詞句が主語として機能している文を「与格主語構 文」と呼ぶことにする。

 このように,ガ格名詞句,二格名詞句は主語として機能することがある。こ れに対して,ヲ格名詞句などのそれ以外の格をとった名詞句の場合は,主語と

して機能することはない(これについては,5.でふれる)。しかしながら,

主語として機能するのは圧倒的にガ格名詞句が多いので,これを基本的な形式 と考えるのがよいであろう。二格名詞句が主語として機能するのは,状態述語 文の一部に限られる(詳しくは,杉本(1986)を参照)。

 しかしながら,ガ格名詞句であれば,必ず主語として機能するわけではもち ろんない。

  (19橋本さんには この洋服が お似合いになる。

  (1⑤ 伊藤先生が コーヒーが お好きだ。

主語として機能している名詞句を下線で示す。まず,(19は,与格主語構文の場 合である。日本語には,一文中にガ格名詞句(あるいはそれが主題化されたも の)が一つはなくてはならないという制約があるので(8),当然,ガ格名詞句 も現れる。このガ格名詞句(⑮では「この洋服」)は主語として機能しない。

また,(1θは,杉本(1986)で「真性二重主格構文」と呼んだもの(以下,単に

「二重主格構文」と呼ぶ(9))で,ガ格名詞句が一文に二つ現れている。この 場合,一方のガ格名詞句(基本語順(1°)で文頭にあるもの。⑯では「伊藤先生」。

「ガ1格名詞句」と呼ぶ)は主語として機能するが,他方のガ格名詞句(基本

(8)ただし,この例外については,McGloin(1980)を参照。

(9)二重主格構文には,真性二重主格構文の他に「擬i似二重主格構文」と杉本(1986)

 で呼んだものもあるが,本稿では後者は問題にしない。

(10)久野(1973)を参照。

(9)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       9 語順で文頭にないもの。⑯では「コーヒー」。「ガ2格名詞句」と呼ぶ)は主語

として機i能しない。

 このように,ガ格名詞句が主語として機能しないのは,ガ格名詞句であれ,

二格名詞句であれ,主語として機能する名詞句が他に存在する場合である。し たがって,問題は,主語として機能している名詞句と主語として機能していな いガ格名詞句の違いである。どうして,一方が選ばれるのかという問題である。

具体的に言うと,⑮の場合,どうしてガ格名詞句ではなく,二格名詞句が主語 として選ばれるのか,㈹の場合,どうしてガ2格名詞句ではなく,ガ1格名詞句 が主語として選ばれるのかということである。

 この違いを形式的な面から示すことはできない。実質的な面から示す必要が ある。まず,二重主格構文を見てみよう。

  聞 太郎が 映画が 好きだ。

  (18 花子が その本が 欲しかった。

まず,二つのガ格名詞句の実質的な違いとして,それぞれの担う「意味役割」

の違いがある。ガ1格名詞句の意味役割は《経験者》働であろう。それに対し て,ガ2格名詞句の意味役割は《対象》であろう。つまり,《経験者》と《対 象》がある場合, 《経験者》が主語として選ばれている。

 次に,与格主語構文について見てみたい。

  (19井上先生には お孫さんが おありになる。

  ¢0 隣の部屋に 井上先生が いらっしゃる。

⑲は,二格名詞句が主語として機能している場合,つまり与格主語構文である。

これに対して,⑳は,二格名詞句ではなくガ格名詞句が主語として機能してい る場合である。つまり,同じ「〜二 〜ガ V」の形をとる文でも,二格名詞 句が主語として機能したりしなかったりするのである。この2文を比較してみ

ると,二格名詞句の意味役割が異なることがわかる。(19の二格名詞句は「所有 者」であるが,⑳の二格名詞句は単なる《場所》である。なお,ガ格名詞句は

鋤 以下,意味役割は 《》 で括って示す。

(10)

冊       杉  本     武

どちらも《対象》である。ところが,場所理論的に考えれば,「所有者」も一 種の《場所》であろう。これは,⑲と次の存在文との平行性からも示される。

  ⑳ 山の上に 天文台が ある。

しかし,⑲の二格名詞句も⑳のこ格名詞句も《場所》であるとすると,主語の 選択の違いが説明できない。そこで,ここでは,とりあえず,⑲のこ格名詞句

と⑳のこ格名詞句は,同じ《場所》でも性格の異なるものであるとだけ考え,

結論は,4.に引き延ばしたい。

3.2.直接目的語の特徴

 次に,直接目的語の特徴について見てみよう。従来,直接目的語の特徴ある いは徴候を包括的に取り扱ったものは,杉本(1986)程度であった(12)。杉本

(1986)では,次のようなものを直接目的語の特徴として挙げた(このうちii)

は問題があるので括弧に入れ,以下ではふれないことにする)。

  ㈱ i)被使役主の「を」マーキングを許さない。

    ii)(代用形式化を許す)

    iii)直接受動文の主語になる     iv)目的語主格化を許す

しかし,杉本(1986)の議論とは異なり,これも「特徴」ではなく「徴候」に 過ぎないであろう。そこで,やはり,直接目的語の「特徴」が何であるかが問 題になる。その前に,これらの徴候について簡単に説明しておきたい(詳しく は,杉本(1986)を参照されたい)。まず,例文を挙げる。

  ㈱ 太郎は 次郎を ほめた。

  ㈱a.花子は 太郎に/*を 次郎を ほめさせた。

       (被使役主の「を」マーキングを許さない)

   b.次郎は 太郎に ほめられた。   (直接受動文の主語になる)

   c.太郎は 次郎が ほめたかった。  (目的語主格化を許す)

(1力柴谷(1984)でも簡単にふれられている。

(11)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       ll まず,(24a)は使役化である。直接目的語(ここでは「次郎」)が既に存在する 場合,被使役主(ここでは「太郎」)を二格にすることはできるが,ヲ格にす

ることはできない。(24a)を次の文と対照されたい。

  ⑳a.太郎は 雨の中を 走った。  ・

   b.花子は 太郎に/を 雨の中を 走らせた。

㈱の「雨の中」は,ヲ格名詞句であるが,直接目的語ではなく非文法項の「状 況補語」(cf.杉本(1986))である。この場合,被使役主をヲ格にすることも できる。次に,(24b)は直接受動文の例である。直接目的語は直接受動文の主 語にすることができる(13)。最後に,(24c)は,願望の「たい」,可能の「られ

る」のような状態性の助動詞を含む文に埋め込まれた場合である。この場合,

直接目的語はガ格をとることができる。

 まず,主語の場合と同じように,形式的な特徴から見てみよう。直接目的語 は,典型的にはヲ格をとる。

  ⑳a.次郎は その本を 読んだ。

  ⑳a.花子は 花束を 買った。

これは,次のような徴候によって確かめられる。

  ㈱b、太郎は 次郎に/*を その本を 読ませた。

  ⑳b.太郎は 花子に/*を 花束を 買わせた。

しかし,ヲ格名詞句が必ずしも直接目的語として機能するわけではない。例え ば,先の㈱の状況補語は,ヲ格名詞句でありながら直接目的語として機能して いない例である。

 また,杉本(1986:269ff.)では疑問もあるとしたが,ガ格をとる直接目的 語もある⑭。これは,二重主格構文のガ2格名詞句と与格主語構文のガ格名詞 句である。

⑬ ただし,ここではふれないが,直接受動文には他の条件もあるので,直接目的語で  あれば必ず直接受動文の主語になるわけではない。

⑯ 柴谷(1985),Shibat孤i(1986)は,これが目的語であると積極的に主張している。

(12)

12       杉  本     武   ㈱ 太郎は(が) 花子が 好きだ。

  ⑳ 太郎には スペイン語が 話せる。

しかし,ガ格名詞句は主語として機能することもある(と言うより,主語とし て機能することがほとんどである)ので,ガ格名詞句が必ずしも直接目的語と

して機能するわけではない。

 したがって,直接目的語はヲ格とガ格をとるが,ガ格名詞句が直接目的語と して機能するのは状態述語文に限られる(cf.久野(1973))ので,典型的に は,直接目的語はヲ格をとることになる。それでは,実質的に,直接目的語が どのような特徴を持つのかを考えてみたい。

 まず,指摘しなければならないことは,当然のことであるが,直接目的語は 主語が存在しなければ,存在し得ないということである。つまり,直接目的語 は,主語に対して従の地位にあるということである(これは,次節で述べる間 接目的語の場合も同様である)。したがって,まず主語が決定された後に,直 接目的語が決定されるということである。

 意味役割の点から言えば,直接目的語は《対象》であることが多い(15)。同 じヲ格をとっていても,先の状況補語は《対象》ではないので,直接目的語と しては機能しない。

  βOa.子供達は 雪の隆ゑ史を 遊んだ。

   b.母親は 子供達を 雪の降る中を 遊ばせた。

ところが,杉本(1986)の「移動補語」も《経路》や《起点》であるので,

⑮ ただし,次のようなヲ格名詞句にどのような意味役割を設定するかは問題であろう。

   i)太郎は 花子を 驚かした。

 《対象〉であろうか,それとも《経験者》であろうか。次の自動詞文と比較されたい。

   ii)花子は 風の音に 驚いた。

  また,次のような Spray Paint Hypallage の場合も問題になる。

  iii)ペンキを 壁に 塗った。

  iv)ペンキで壁を 塗った。

iv)のヲ格名詞句は, Kageyama(1980)のように,《対象》と《場所》 (あるいは

 《目標》)の「二重役割(dual role)」としなければならないであろう。

(13)

いわゆる「文法閲係」への意味的要因の関与について      {3

《対象》ではない。

  ⑪a、太郎は 校庭を 走らせた。       (《経路》)

   b、?コーチは 太郎を 校庭を 走らせた。

  働a.人工衛星は 軌道を 離れた。      (《起点》)

   b.?彼らは 人工衛星を 軌道を 離れさせた。

しかし,b.のような文は不自然で,(26b)(27b)と同様に,直接目的語のよ うな振る舞いを示す。しかし,(31b)(32b)は,二つのヲ格名詞句の問に他の 要素を介在させると,かなりよくなる。

  倒c.コーチは 太郎を 無理矢理 校庭を 走らせた。

  岡c.彼らは 人工衛星を やっとのことで 軌道を 離れさせた。

このことから,杉本(1986:288ff.)は,ヲ格名詞句が表層的に連続すること を嫌う「「を」格名詞句連続制約」が存在するとしたが,これは,状況補語の 場合の(30b)の自然さを説明できない。杉本(1986:317f.)では,直接目的語 と移動補語は,(直接目的語と状況補語に比べて)機能的に近い関係にあるの ではないかとしたが,これはどのように考えたらよいのであろうか。確かに,

移動補語は直接目的語的な機能を果たしている(しかし,(31c)(32c)に見られ るように,典型的に直接目的語なのではない)。だからこそ,・山田(1922),松 下(1930),後藤α964)のように,移動補語も直接目的語であるとする考え 方もされたのであろう。

 しかし,このように考えると,移動補語が直接目的語的な性格を持つことを 説明しなければならない。先のように,《対象》という意味役割を持つ名詞句 が直接目的語になるという仮説ではうまくいかない。移動補語は, 《経路》や

《起点》であるからである。一つの解決法は,移動補語に《経路/対象》のよ うな二重役割(dual rde)を与える方法である。これは,仮説を保持する解決 法である。もう一つの解決法は,先の仮説を修正し,直接目的語の特徴とし て,《対象》ではなく他の特徴(16)をたてることである。これは,今のところ 明らかではなく,直接目的語の特徴についてはopen questionとしなければな

らない。

(14)

14      杉  本     武

3.3.間接目的語の特徴

 従来,日本語の間接目的語の徴候あるいは特徴について述べたものは,杉本

(1986)以外には見られなかった。また,柴谷(1978)が「このように機能的 な面から見れば,目的語(客語)という範疇を認める必要があると考えられる。

しかし,直接目的語(第一客語)と間接目的語(第二客語)を二つの文法範疇 とする積極的な理由は見当たらない。直接目的語と間接目的語の区別は専ら助 詞「を」と「に」の区別及び語順的な考慮から迫られるものである(p.225)」

と述べているように,間接目的語と直接目的語とは類似した文法項とされるこ とが多かった。このことは,本節の以下の議論でも示されるが,これとは反対 に,間接目的語と直接目的語とは,異なった性格を持つ文法項であることも次 章で示される。

 しかし,間接目的語は,主語や直接目的語と比べると,周辺的な位置にある。

それは,間接目的語と認め得るのが二格名詞句に限られるからである。しかも,

間接目的語の徴候に,二格をとるということを含めざるを得ないからである。

また,示す徴候の数も少ない。間接目的語の徴候としては次のようなものが挙 げられる。

  倒 i)二格をとる

    ii)格下げされた主語である     iii)直接受動文の主語になる

ここで,i)の「二格をとる」というのは,間接目的語の必須条件である。こ の点を確かめる前に,間接目的語の他の徴候について説明しておこう(詳しく は,杉本(1986)を参照されたい)。

 例えば,次の二格名詞句は間接目的語として機能している。

  ⑭ 先生は 生徒に 世界地図を 見せた。

(1θ杉本(1986)で述べた「影響性(affectivlty)」も一つの候補である。「影響性」に

 ついては,Hopper&Thompson(1980)を参照。また,4.で述べるように,「無生

 性」も関わってくるかもしれない。

(15)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       蓋5   陶a.生徒は 世界地図を 見た。    (格下げされた主語である)

   b.生徒は 先生に 世界地図を 見せられた。

      (直接受動文の主語になる)

(35a)は,自動詞と他動詞の対応に関する事実である。「見せる」は複他動詞,

「見る」は単他動詞である(cf.奥津(1967))。単他動詞文(35a)の主語は,

複他動詞文⑭になると二格名詞句になる。これを,主語が非主語に「格下げ」

されたと言う。このような場合の二格名詞句は間接目的語である。また,

(35b)は,直接目的語の場合と同じく,直接受動化に関する事実である。その こ格名詞句が聞接目的語であれば,直接受動文の主語になり得る。

 さて,倒のii)とiii)の徴候は, i)を考慮に入れなければ,直接目的語に も当てはまってしまう。

  陶 警官が 犯人を 捕まえた。

  ㈱a.犯人が 捕まった。

   b.犯人は 警官に 捕まえられた。

(37a)は,閲の他動詞文に対応する自動詞文である。この対応からわかるよう に,陶の直接目的語「犯人」は,自動詞文(37a)の主語が格下げされたもので ある。また,(37b)に示されるように,この直接目的語は直接受動文の主語に なる。したがって,㈲のヲ格名詞句が間接昌的語でないということは,二格で はないということによって保証されなければならない。つまり,間接目的語は,

二格をとるという特徴と切っても切れない関係にあるのである。このように見 てくると,間接目的語は,その名の示す通り,直接目的語と近い関係にあるよ うに見える。

 それでは,間接目的語の特徴を見ていこう。間接目的語と認められるのは,

二格名詞句が有生名詞である場合であるようだ。

  ㈲a.太郎は 次郎に 荷物を 預けた。

   b.次郎は 荷物を 預かった。

  倒a、花子は 娘に 振袖を 着せた。

   b.娘は 振袖を 着た。

(16)

16      杉  本     武 また,次の文を見てみたい。

  ㈲a.その社員は 部外者に 機密文書を 渡した。

   b.機密文書が 部外者に 渡った。

   c.部外者が その社員に 機密文書を 渡された。

(40a)の場合,二格名詞句は,(40b)に示されるように,格下げされた主語で はない。しかし,(40c)に示されるように,直接受動文の主語になるので,間 接目的語と考えられる(17)。しかし,杉本(1986:356f.)でも指摘したが

(40b)の二格名詞句「部外者」には,次の文に示されるように,「部外者の 手」(18)という場所的な読み込みがある。

  ㈲ 機密文書が 部外者の手に 渡った。

ところが,(40a)の二格名詞句を「部外者の手」にすると不自然になる。

  ㈹?その社員は 部外者の手に 機密文書を 渡した。

このことから,「渡す」の場合は,二格名詞句に有生名詞をとり無生名詞をと らないが,「渡る」の場合は,無生名詞をとり,単に「部外者」と言っても無 生名詞的に捉えられていると考えられる。

 また,これと関連して次の文を見てみたい(cf.杉本(1986:357))。

  ⑬a.太郎は その知らせを 次郎に 伝えた。

   b.その知らせは 次郎に 伝わった。

   c.次郎は 太郎に その知らせを 伝えられた。

㈹の場合と同様に,この場合の二格名詞句も,格下げに関する徴候は示さない が,直接受動化に関する徴候は示すので,間接目的語と考えられる。ところが,

他動詞「伝える」には,奇妙な点がある。

  ⑭a.*その爆発は 振動を 10キロ先に 伝えた。

   b.振動は 10キロ先に 伝わった。

つまり,「伝える」は,二格名詞句に無生名詞をとることができないのである。

(1カ しかし,典型的な間接目的語ではない。

⑱ この場合の「手」は,「もと」というような意味であろう。

(17)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       i7

なお,次の場合の二格名詞句「日本」は,場所としての哨本」ではなく,

「日本の人々」と解釈され,有生名詞と同等なものなのであろう。

  ㈲a、宣教師達は キリスト教を 日本に伝えた。

   b.キリスト教が 日本に 伝わった。

   c.?日本は 宣教師達によって キリスト教を 伝えられた。

   d.日本の人々は 宣教師達によって キリスト教を 伝えられた。

 この二つの例が示しているのは,格下げされた主語でなくても,それが有生 名詞であれば,間接目的語として機能するということである。しかし,二格名 詞句が有生名詞であればいいというわけではない。

  ㈹a.太郎は 次郎に 荷物を 届けた。

   b.太郎は 丞邸の家に 荷物を 届けた。

  聞a.太郎は 次郎に ボールを 投げた。

   b.太郎は 次郎の方に ボールを 投げた。

これらの場合,二格名詞句には,有生名詞も無生名詞もとる。この場合,二格 名詞句を直接受動文の主語にすることはできず(19),間接目的語として機能し ていない。

  ㈲c.*次郎は 太郎に 荷物を 届けられた。

  ㈲C.*次郎は 太郎に ボールを 投げられた。

これは,おそらく,表面上二格名詞句に有生名詞をとっていても,場所的に,

つまり無生的に二格名詞句を捉えているためであろう(だから,(46b)(47b)

のように,場所性を明示することができるのである)。さらに,これは,有生 名詞しかとれない二格名詞句の方が有生名詞も無生名詞もとれる二格名詞句よ

り有生性が高いというように言えるかもしれない。

 つまり,二格名詞句が有生名詞で,しかも無生的に捉えられていない場合,

間接目的語として機能するのである。

 さて,これまでは,いわゆる複他動詞文一一間接目的語の他に直接目的語も

⑯次の受動文は,間接受動文の解釈であれば,文法的である。

(18)

18      杉  本     武

存在する文  を見てきたが,次に,直接目的語の存在しない文のこ格名詞句 について見てみたい。従来から,このような場合の二格名詞句が目的語のよう に振る舞うことがあることが指摘されていた(cf.井上(1976:81),井上

(1978:174), Ono (1985))。

  ㈲a.花子は 太郎に 寄り添っている。

   b.太郎は 花子に 寄り添われている。

  働a.息子は 山田さんに 反抗した。

   b.山田さんは 息子に 反抗された。

  6Φa.花子は 太郎に 惚れている。

   b.太郎は 花子に 惚れられている。

これらの例の二格名詞句は直接受動文の主語になる。この二格名詞句は,従来,

間接目的語とされることがあまりなかったが(一般に,間接目的語は,直接目 的語と共起する,もう一つの目的語と考えられていたため),間接目的語とし ての資格は十分にあるだろう。一方,同じような構文をとっていても,次のよ

うな二格名詞句は,間接目的語として機能していない。

  ⑪a.地球は 太陽系に 属している。

   b.*太陽系は 地球に(よって) 属されている。

  ⑬a.学生達は その部屋に 集まった。

   b.*その部屋は 学生達に(よって) 集まられた。

なお,次の(53a)のような二格名詞句は,(53c)に示されるように,有生名詞で も場所的に捉えられていると考えられる。

  63a.警官は 不審な男に 近づいた。

   b.*不審な男は 警官に(よって) 近づかれた。

   c.警官は 倉庫に 近づいた。

 幽〜㈹と⑪〜⑬を比較してわかることは,この場合も有生性が間接目的語

としての機能の決め手になっていることである。したがって,間接目的語の特

徴としては有生性が挙げられよう。

(19)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       き9

4.文法関係と有生性,意味役割

 3.ユ.では,主語の特徴として,意味役割に関するものがあるとした。そこで は,《経験者》と《対象》がある場合,《経験者》が主語として選ばれるとし た。一方,そこではふれなかったが,次のように,《動作主》と《対象》があ る場合は《動作主》が主語として選ばれる。

  ⑭太郎が本を 読んでいる。

   《動作主》 《対象》

また,《対象》と《経路》がある場合は《対象》が主語として選ばれる。

  陶 石が坂道を ころがり落ちた。

   《対象》 《経路》

ここで,考えられるのは,杉本(1986:373)でも述べたように,Jackend◇ff

(1972:43)の Themat輌c Hierarchy の関与である。この階層で高い位置に ある名詞句が主語になるのである。

  ㈹ Thematic Hierarchy

   1.Agent

   2。L◎ca匂◎n, S◎雛ce, G◎al    3. Theme(20)

ただし,この階層は,《経験者》が含まれていないという点,また, L◎ca−

tion, Source, Goal と Theme の階層関係が岡と矛盾するという点で,本稿 の目的には不十分である。そこで,次のような意味役割階層を仮定してみた

い(21)。

  閲 意味役割階層    1.《動作主》

四 本稿の《対象》に相当する。

⑳ ただし, 《経路》 《起点》などにさらに階層関係があるかどうかは不明である。ま

 た,《手段》などをどの位置に置くかも不明である。

(20)

20      杉  本     武    2.《経験者》

   3.《対象》

   4.《場所》

   5. 《経路》 《起点》など

なお,《場所》の名詞句しかない場合は,次のように,それが主語として選ば

れる。

  68 この部屋が 暖かい。

     《場所》

 ところが,ここで問題になるのは,3.1.の03×14で見たような与格主語構文の 場合の取り扱いである。

  ㈲ 山田先生には 別荘が おありになる。

この場合,二格名詞句が主語として機能する。この二格名詞句は「所有者」で あるが,㈹と平行的であるので,一種の《場所》と考えられる。

  ㈹ 山の上に 天文台が ある。

3.1.では,この「所有者」は,《場所》の一種であるが,通常の《場所》(㈹の こ格名詞句)とは性格の異なるものであるとした。しかし,ともあれ《場所》

の一種であるのであれば,69には《場所》と《対象》があるので,意味役割階 層から《対象》であるガ格名詞句が主語として選ばれるはずである。しかし,

事実はそうではない。これは,どのように考えたらよいのであろうか。

 ここで思い起こしたいのは,間接目的語の場合である。

  ㈹ 太郎は 次郎に 本を 貸した。

  ⑰ 太郎は 次郎の家に 荷物を 届けた。

㈹のこ格名詞句は間接目的語として機能するもの,⑰の二格名詞句は間接目的 語として機能しないものである。この違いには,二格名詞句の有生性が関わっ ているとした。ところが,意味役割の上からは,㈹の二格名詞句も⑬の二格名 詞句も《場所》あるいは《目標》であり,同じである。このことから,主語の 場合も,有生性という特徴が決定的になっているのではないかと推測される。

このように考えると,同じ《場所》でも,倒のこ格名詞句は有生的であるので,

(21)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       2蓑 主語として機能するが,㈹の二格名詞句は有生的でないので,主語として機能

しないことになる。

 有生性の考え方を拡張すると,次のような場合も説明できる。

  ㈹ 太郎は 花子が 好きだ。

この場合,主語「太郎」も直接目的語「花子Jも有生的である。ところが,主 語は《経験者》,直接目的語は《対象》であり,意味役割階層㈱を用いなけれ

ば説明できないように見える。しかし,これも次のように考えることができ る。《経験者》はある動作・作用に主体的に(22)参加するが,《対象》はそう ではない。また,《経験者》という役割は有生物しか果たすことができない が,《対象》という役割は無生物でも果たせる。その点で,《経験者》の方が

《対象》より有生的であると言えよう。だから,より有生的な《経験者》が主 語として選ばれるのである。

 また,《動作主》と《経験者》を比べた場合は,《動作主》の方がより有生 的であろう。 《動作主》の方が能動的であるからである。このように考えると,

意味役割階層で説明されることは,有生性でも説明することができる。この有 生性の高い名詞句が主語あるいは間接目的語になるということを「有生性条 件」と呼ぶことにしよう。

 さて,これで主語にも有生性条件が関与していることが明らかになった。そ うすると,主語にも間接目的語にも,有生性条件が関与していることになる。

聞接目的語は,その名称が示すように,従来一種の目的語であると考えられて きた。確かに,間接目的語と直接目的語は同じような徴候を示す。しかし,特 徴としては主語と類似しており,「間接主語」と言ってもよいものである。ま た,この主語と間接目的語の類似性は,間接目的語が格下げされた主語である こと(これは,間接目的語の徴候とされている)にも現れている。すなわち,

主語は有生性の高い名詞句のポジションであり,主語以外に有生性の高い名詞 句がある場合,間接目的語になるのである。

⑳ 決して,意図的・意志的ではないが。

(22)

22      杉  本     武

 また,この有生性条件によって,3.で出した,どうして主語が種々の統語現 象に優先的に関与するのかという疑問にも答えられるだろう。それは,有生性 の高い名詞句ほど,意味的に優位であるからである。人間は,自分に近い存在 ほど優位にみなすのである。

 これに対して,直接目的語はどうであろうか。3.3.でもふれたが,直接目的 語にも,格下げされた主語の場合がある。

  ⑭a.太郎が 戸を 開けた。

   b.戸が 開いた。

  ⑮a.機動隊がバリケードを壊した。

   b.バリケードが壊れた。

しかし,そのような場合,格下げされる前の主語「戸」「バリケード」は《動 作主》ではなく,有生性は低い。すなわち,直接目的語は,間接目的語とは逆

に,有生性の低いポジションなのである。

 さて,以上のように考えると,文法関係には有生性というものが深く関わっ ていることになる。さらに,この有生性には,先に述べたように,意味役割の 有生性という形で,意味役割も関わっている。これは,文法関係という,従来 統語論的な概念と考えられていたものに意味的な要因が関与しているというこ

とを示している。

 伝統文法においては,主語は《動作主》であると言われることがあった。し かし,これは正しい記述方法ではない。なぜかと言えば,文法関係と意味を絶 対的な関係で結び付けているからである。本稿で主張しているのは,文法関係

と意味を相対的な関係で結び付けようとするものである。本稿の考え方では,

より有生的な名詞句が主語になるというように,他の名詞句との言わば力関係 の中で捉えようとするものである。したがって,もし文中に有生的な名詞句が ない場合,無生的な名詞句が主語になることが許されるのである。例えば,一 番顕著な例は,名詞句が一つだけで,それが無生的な場合である。

  (6θ 棒が 曲がった。

この場合,無生的な名詞句でも,それが主語になる。もしも,他に有生的な名

(23)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について       23 詞句があれば,それが主語になるのである。

  (6力太郎が棒を 曲げた。

 さて,ここで,以上の議論を基に,直接受動文について考えてみたい。直接 受動文においては,これまでの議論とは逆に,より有生性の低い名詞句が主語

になる。

  ㈲a.太郎は 次郎に 殴られた。

   b。次郎は 太郎を 殴った。

(68a)の主語「太郎」は《対象》で,間接目的語「次郎」は《動作主》である。

これは,受動化が文法関係を変更する操作であるからである。しかし,有生性 条件は直接受動文の場合にも働いているようだ。と言うのも,受動文でも,⑰ でパラフレーズされるように,主語に動作主的な読みを与えることができるか

らである。

  ㈹ 太郎は 次郎に わざと 殴られた。

このような読みは,(68b)の直接目的語には与えることができない。これは,

有生性条件が「主語は有生的である」というように逆に働いていると考えられ

る。

 最後に,「視点」の問題についてふれておきたい。杉本(1986:37◎ff.〉では,

有生性を視点とのからみで解釈しようとした。そこでは,奥津(1983)の視点 の有標性の序列,Tonoike(1981)の Thematic Role Empathy Hierarchy を 援用して,視点の置きやすい名詞句が主語になるとした。その議論の基になっ

ていた現象は,次のようなものである。

  ㈹a.山田先生には 犬が 5匹も いる。

   b。*山田先生には 犬が 5匹も おいでになる/いらっしゃる。。

       

  ㈹a.山田先生には まだ 御両親が いる。

   b.山田先生には まだ 御両親が おいでになる/いらっしゃる。

  ⑫a.私には 山田先生が いるから 大丈夫だ。

   b.*私には 山田先生がおいでになる/いらっしゃるから 大丈夫      W

    だ。

(24)

24      杉  本     武

これは,柴谷(1978:347)の指摘した現象である(23)。(70b)(71b)から,

(70a)(71a)の主語はガ格名詞句であると考えられる。しかし,(72b)では,ガ 格名詞句「山田先生」を尊敬の対象とすると不適格になる。そして,柴谷

(1978)は,このような現象は,二格名詞句が「話者自身または話者の側にあ る人(例えば家族・友人)を指してい(p.347)」る場合に限られるとしている。

このことから,杉本(1986:371)では,「話者自身または話者の側にある人」

は視点が置きやすい人物であることから,視点の置きやすい名詞句が主語にな るのではないかと考えた。

 しかし,このような現象は,この「いる」の場合に限られるので,主語性と 視点をからめるのには問題があるであろう。本稿では,主語性(そして間接目 的語性)には有生性が関与するとだけしておきたい。

5.文法関係と格

 さて,これまでは,文法関係の特徴として格についてもふれていたが,その 位置づけについては明らかにしなかった。ここでは,格について,若干の speculationを述べたい。

 文法関係において,格はどのような役割を果たしているのであろうか。3.1.

と3・2・で述べたように,主語は典型的にガ格をとり,直接目的語は典型的にヲ 格をとる。また,3.3.で述べたように,間接目的語は常に二格をとる。文法関 係の規定において,格が全く無関係であるということはないであろう。だから こそ,それぞれの文法項がとる典型的な格と言うものが存在するのであろう。

これについては,今後の研究を待ちたいが,おそらく基本的には文法関係は格 によって決まり,そして,有生性などの意味に関する特徴はその補正要因とし て働くのではないだろうか。例えば,次の場合,ガ格名詞句が主語になるはず

㈱ 文法性の判断は柴谷(1978)による。筆者には(74b)の文法性は判断しがたい。

(25)

いわゆる「文法関係」への意味的要因の関与について      25 であるが,二格名詞句の方がより有生的であるので,二格名詞句が主語になる のである。

  ⑬ 太郎には 用事が ある。

しかし,次の場合,有生性の補正要因が働かないので,ガ格名詞句がそのまま 主語になるのである。

  ⑭ 上野に 動物園が ある。

 また,文法関係への格の影響の仕方も次のように考えられる。格には,次の ような階層があり,より階層の高いものが主語になりやすい。

  ⑲格階層    1.ガ格    2.二格    3.ヲ格

ガ格と二格は隣iり合っているので,有生性条件によってこ格がガ格に打ち勝つ ことがあるが,ガ格とヲ格は離れているので,有生性条件によってヲ格がガ格 に打ち勝つことがない。だから,3.1.でふれたように,ガ格名詞句,二格名詞 句が主語として機能することがあるのに,ヲ格名詞句は主語として機能するこ

とがないのではないだろうか。

6.おわりに

 本稿では,主語,直接目的語,間接目的語といった文法関係の「徴候」では なく「特徴」を明らかにしていった。その結果,主語と間接目的語に関しては

「有生性」という意味論的な特徴が認められることを示した。これは,文法関 係は,統語論的な徴候を引き起こすが,もともとは意味論的に規定される概念 であるということであり,統語論に意味論的な概念が入り込んでいることにな る。これは,従来のいわゆる「統語論の自律性」に反するものである。

 本稿に示した「有生性」の概念はまだ荒削りなものである。また,直接目的

語に関しては,まだ決定的な特徴を見出すに至らなかった。今後の検討が必要

(26)

26       杉  本     武 であろう。

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