楽曲の解釈と演奏に関する考察(II)
モーツァルトの弦楽四重奏曲 K.156について
川 瀬 洋
(平成2年2月28日受理)
A Study of Interpretation of a Musical Piece and its Performance(Ⅱ)
―On the Mozart's String Quartet K.156―
Hiroshi KAWASE
(Received, Feb.28,1990)
はじめに
弦楽四重奏を演奏する場合,機能和声(functional harmony)においては原則として純 正律和音を採用する。ところで,弦楽器の調弦法としてはA音を基点として純正五度で合 わせるのが普通である。この調弦法で調弦すると,ViolinのE弦とViola, Violoncelloの
C弦との間の長三度(実際にはViolaとは2オクターヴと長三度, Violoncelloとは3オク ターヴと長三度)が純正三度になり得ないのである。これは音律の問題なのでこの稿での 詳細は割愛するが,実に22セント(半音を100セントとする)の差が生じてハーモニーしな
いのである。そこで筆者の弦楽四重奏団ではVioloncelloが第3弦,第4弦を少し(約2セ ント)狭めて調弦し,他の奏者がこれに合わせると言う方法で解決をはかっている。もち ろんこれは音楽全体から見ればほんの一部門にすぎず,その大部分においては演奏者の耳 の訓練による音感に頼るのは言うまでもない。
この稿では,モーツァルトWolfgang Amadeus Mezart(1756〜1791)が16歳の時に作 曲した初期の作品,ミラノ四重奏曲の中から第2曲ト長調K.156を取り上げて考察するこ
ととした。
なお,使用した楽譜は筆者の前稿と同じく,パート譜としてAndreas MorerとHugo Beckerの監修によるべータース版(Edition Peters),スコアとしてブライトコップ版
(Breitkoph&Harter)モーツァルト全集14編である。
第3番 ト長調K.156
ミラノ四重奏曲は1772年から1773年にかけて,モーツァルトにとっては三回目のイタリ ア旅行の際,主にミラノにおいて作曲された6曲からなる連作である。ミラノの名は主な 作曲地を示しているが,様式的にみてもイタリア風の三楽章形式で書かれており,楽想も イタリア的な歌唱的旋律性に支配されている。
6曲の楽器編成は次のとおりである。
・弦楽四重奏曲としてソロ編成の指示がなされているもの 第2曲(K.156),第6曲(K.160)
・指示の欠けているもの 第3曲(K.157)
・オーケストラと思われるもの 第4曲(K.158),第5曲(K.159)
・violaがvioleに, bassoがvioloncelloに訂正されたもの 第1曲(K.155)
この様に第1,第4,第5曲についてはcontrabassを補強した弦楽オーケストラを想定し て作曲された可能性も残っているものの,モーツァルト自身全曲を書き上げた段階で全6 曲を一組の四重奏曲としてまとめ,楽器編成を訂正して一冊に綴じたものがこのミラノ四 重奏曲である。(名曲解説全集による)
最初からソロ編成の指示がなされているこの第2曲は,第1曲に比べると飛躍的に室内 楽的特色を深めている。
(1)第一楽章
最初の楽章はPresto 8分の3拍子,メトロノームの設定を」.=80とした。ミラノ四重奏 曲ではダイナミックの書き込みが極端に少ない上に,当然書かれていなけれぼならない箇 所に落ちていることがある。譜例1の冒頭では,スコアに()で書き入れられている様 に∫を挿入すべきである。Violin II(Vn II)とViola(Va)の後打ちリズムは決して短か すぎてはならない。それは第二主題(今一2)のVaと対照させるためであるので守るべき である。
譜例 1
Violino I.
Violino II,
Viola,
Violonceno。
Presto.
第一主題の終結部分は半終止であるため4野晒θη40(づ吻.)気味で終わるのが良い。第 二主題に現れる全員のs嬬6α oは珈66α oで短かく軽く演奏する。結尾部のVn IIとVa に出て来る特例3の狩のリズムは,スコアには何の指示もされていないがパート譜にある 吻●,∫のダイナミックに従う方が演奏効果上良いと思われる。
展開部のVn IIからVioloncello(Vcl)に受けつがれるオスティナート・モティーフの 終わりにあるヵは,全員up−bowで軽く演奏する。展開部の和声進行および譜例4のテーマ の演奏は,明るい呈示部と対照的に幻想的な中間部を作り出すために充分な歌い込みが必 要であろう。楽章最後の4小節のρはわずかの7勿嘱侃40(γz .)と共に大変重要である。
譜例 2
譜例 3
譜例 4
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合
(2)第二楽章
ミラノ四重奏曲では,この第2曲から第5曲までの4曲に渡って第二楽章が短調で書か れている。多感なモーツァルトの青年期への移行を彷彿とさせるものもあるが,特にこの 曲の第二楽章は有名である。この楽章は実は二回作曲されており,同じホ短調で書かれた 第一稿を斜線で抹消して,第三楽章の後に書かれたのがこの哀切きわまりない第二稿であ
る。Adagioのtempoは♪=58と設定した。
譜例5。冒頭のダイナミックに充分注意を払いつつ,特にViolin I(Vn I)はこの第一 主題を心ゆくまで歌う べきである。
譜例 5
Aaagio.
譜例 6
乙・・浄 肩口浄●
!
●
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譜例6。第二主題の各声部の入念な取り扱いは,各パート共ただ自分のセクションを練 習するのみにとどまらず,全員がスコアを熟読することが必要であろう。そしてノとρの 箇所を各パート厳密に守って演奏することが肝要である。
展開部ではダイナミックの他に音程が非常に重要な要素となって来る。各パート正確な 音程とダイナミックを堅守しつつ07召s6θπ40(σz召s6.)で減七の和音からなるクライマック スへと進むが,すぐその後に決定的なunisonが控えていることを忘れてはならない。 Vn I,IIのγ鉱を伴ったブリッジの後再現部に入るが,再現部では第二主題もホ短調であるこ とを銘記して情熱的にしめくくることが肝要であろう。悲しみきわまりない楽章であるが,
演奏者としては決して情に溺れることなく,冷静にtempo,ダイナミック,音程共に正確 を期するこのが絶対に必要な楽章である。
(3)第二楽章(第一稿)
第二楽章は前述したごとく抹消されたもう一つの曲が存在するので,これにもふれて置 きたいと思う。単純な伴奏の上にVn Iが叙情的な旋律を歌うこの曲のtempoは♪=72に 設定したい。(譜例7)。Vn II, Vaの16分音符は,∫もヵも耀zzo s耽。α oで演奏するこ
とが望ましい。VclはVn Iの対旋律のつもりで,おそいbowingで情緒豊かに演奏する。
ただし6小節目はVnIの旋律に対して低音の和声音としてスラーをはずす方が良い。
譜例8の箇所には()のごとく4珈.と676so.を入れると一層6ψ76s蜘。の感情が高ま る。終わりの4小節(譜例9)の吻6磁。は充分に魏蜘した音で,なおかつ音と音とが つながらない様に演奏すべきである。もちろん最終小節には4伽.と漉を加える。
譜例 7
V!01ino I.
Violhlo皿,
Vio1幽し.
Viol蝿mcello.
A agio.
譜例 8
(一)
(
)
譜例 9
か
# #. ア
)
ア 一 o)
/ ア
! ア
(4)第三楽章
このミラノ楽派風Menuetto finaleのメトロノームは, menuetto部分」=126, trio l=
124と設定する。前後半共四つの楽器が加わるカノンであることを各パートしっかり認識 し,同じ奏法で演奏しなけれぼならない。冒頭のダイナミックはパート譜に書き込まれて いるとおり(スコアは()で同様の指示),∫で演奏すべきであろう。(譜例10)。
第二部分(譜例11)でパート譜に最初と同様のスラーがかかっているが,これはスコア の装飾音符が正しいと思われるのでそちらを選択してbowingを決定した。第二部分5小 節目のs耽6α oは短かく演奏し,7小節目の下三二はVnIの音形からみてやや長めに演
奏したい。
ト短調に転調する部分は,スコア,パート譜共に指定がないが当然trioと考えられる。
trio前半のVa, Vc1の8分音符は吻6磁。で演奏し, Vn I, IIもその長さを踏襲する。
後半のVn I, IIの8分音符は前半のVa, Vclよりやや長めに演奏し,∫の4分音符は強
譜例 10
Temp・di Menuett・,
鼠紙 11
く長く弾く。最後の4小節は弓の先端を使って短かく演奏すべきであろう。
この第三楽章は第一楽のあの快活さを呼び戻すには至らず,一抹の淋しさを残す曲想で あることを奏者は心得ていなければならない。
むすび
稿の最初にも述べた様に,このミラノ四重奏曲においてはダイナミックの書き込みが極 端に少ない上に,書き落したと見られる箇所も少なくない。そこでAndreas Moserや Hugo Becker達の手になるパート譜や,多くの英知を集めたモーツァルト全集などを参考 に演奏するわけであるが,それだけではもちろんモーツァルト音楽の全容を再現するには 程遠い。そこに永年の演奏経験と考察やAnalyseから得たものを注ぎ込んで演奏法の確立
をはかるわけだが,力不足のため満足には程遠い結果となっている。
モーツァルトの生誕200年を記念して,べ一レンライター社(Barenreiter Verlag)より 10編35部門100巻をこえる新モーツァル全集が刊行されている。筆者もまだこの全集のすべ てを把握していないが,ザルツブルクの国際モーツァルト協会の編集による新全集の企画 は,モーツァルト研究に関する今世紀最大の事業になるであろう。こうした新しい研究や,
演奏,研鐙の場を数多く踏むことによって,次なるステップに進むことも可能になって来 るものと確信してこの稿を終わる。
引用および参考文献 最新名曲解説全集 第11巻 室内楽曲1,音楽之友社
音楽事典 全12巻,平凡社
モーツァルト(改訂) 海老沢敏著,音楽之友社
クヮルテットのたのしみ エルンスト・ハイメラン,ブルーノ・アウリッヒ共著 中野吉郎訳,アカデミア・ミュージック株式会社
長崎大学教育学部人文科学研究報告 第4ユ号
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長崎大学教育学部人文科学研究報告 第41号
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楽曲の解釈と演奏に関する考察(II)(川瀬)47
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