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鹸…鵬咄㎜…嚥…㎝印 田 惚 輔 岡 留 召 師 鍵

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(1)

多島縣の人口動態︵池田︶多島縣の人口動態

一︑は し が き

 長崎縣は寸断〇〇の鳥峰と四つの牟島とから成立っていて︑亭野に乏

しく傾斜地が多い︒こうした性格をもつ長崎.縣をここに小鳥縣と名づけ

たのである︒更に入口仁熊についても特に農家入口の職業移動塑中心に

みて行くことにする︒︑本直農家人口の移動の主流をなすものは職業的地

域的移動であり︑姓含的職業的地位の韓換を求めて行われる察間的地理

的な動きであるからに他ならない︒四ってテーマは﹁長崎縣における農

家人口の職業移動﹂というζとになる︒

二︑長崎労働市場の性格

 そこで農家人口の︑職業移動を示す一指標として総農家籔に封ずる出稼

者のある農家藪の割合を出稼農家輩とすれば︑第−表によってみると長

崎縣は一三・二%の鹿見︐島縣についで九州では第二番目で一一・三%と

いう率を示している事がわかる︒

 更に全國的な位置づけを第∬表によってみれば︑ここでも我汝は長崎

縣が鹿児島縣と共に﹁とくに多い縣﹂に厨している事を知るのである︒︐

︻二幅岡縣は﹁とくに少い縣﹂に干している︒

 かように全國的にも九州に於ても﹁とくに多い縣﹂に凹している長崎

縣を更に郡市別に高い順序に列べてみれば次の通りである︒即ち南松浦

郡一六.二五%︑南高來郡蝋四・四二%︑北高才郡一二・五六%︑諌早

1

戸り数一着家稼隈吹出者る%稼あ家出の農戸り数一 員家帯芯当世

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印 田 惚 輔 岡 留 召 師 鍵

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も  へ梨崎山長

へ  へ潟根新島

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理論㌧福本島︑熊福川畠︑

︑石島田︑徳秋山︑

︑富山城︑歌宮京和

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 13

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18

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大岡

︑福葉︑千山

︑岡森︑青取

︑鳥道︑海底北奈

7

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認⑳

前罪勤徽澄明

銀脈﹁済 市一一・四二%︑以上の

一市三郡がとくに高く︑

これに言いて島原市一〇

・九七%︑西彼杵郡一〇

・八二%︑北松浦郡一〇

・六一%︑萱岐郡九・三

一%︑東彼杵郡八・七九

%である︒更に少し下っ

て封馬六・六四%︑大村

市六・一六%︑縣下で最

も低くなっているのが佐

世保市五・○二%︑長崎

市三・九五%というとこ

ろである︒︵何れも一九五

〇︑世界農業センサスに

よる︶夫汝の郡市の關係

位置を理解に便ならしめるために圖示すれば次頁の図のごとくである︒

 然らば何故長崎縣は出稼農家率の﹁とくに多い縣﹂として顕現するの

であろうか︒それは﹁縣内の勢働市場の性格と出稼者を出すような農業

の構造全般とにかかわる問題である﹄誓

 そこで我汝は先ず縣内の勢働市場の性格についてみることにしよう︒

 乱逆の産業構造を表現する場合︑よく﹁いも﹂︵農業︶﹁船﹂ ︵工業︶

﹁石炭﹂ ︵鑛業︶ ﹁いわし﹂ ︵水産業︶の四つの商品名で代表されてい

る︒ところで雇用者が多いのは非農林業部門たる鑛工業に多いのである

が︑船をとってみても長崎市の三菱造船所や旧佐世保海軍工廠は歴史的

な理由や政治的な支柱によって支えられて出展して來たために︑一方で

多島県の人口動態︵池田︶ は戦雫など景氣の影響を大きく受け他方では地元中小資本の保護育成が顧みられなかったために註.︑雇用市場は極端に狭められた︒﹁現地調辮は天涯力のみ﹂詳.︒といわれながらも今日新しい螢働力を農村から吸引出來る程強くない︒職票以來の経過工が臨時工という形で吸上げられているからである詳4︒ 醜業についてみても職箏との關蓮は密接であり︑職宰に依存して繁榮を績ける事の出來た中小炭鑛の多い本曲の場合は職後の統制撤廃後大手筋又は筑豊系資本に蚕食され︑極度の窮境に追いこまれた︒⁝炭鑛用場を資材についても關連産業の磯達は縣内になく大台を縣外に仰いで雇用市狭めている莚.︒且又巡業從業者についても坑外夫については﹁比較的に炭鑛近傍在住者によって占められている﹂註︑が坑内夫については鹿藤島

︒熊本・宮崎方︑側からの季節的出稼者が可成り入って來ている註7︒縣の

経濟白書も語っているように職工﹁女子失業者が多くなっており︑女子

の就業が困難になって來ている﹂註8がこれは本州に輕工業部門の嚢達が

見られないことに原因するQ嘗て本縣にも長崎紡績倉肚があったが上海

に移心︑鳥原の片倉製糸工場も三江市場の狡隆化のため事業不振を極

め︑缶詰工業もいわし不漁のため陥波し︑漸くみかん缶詰に一部を切替

えて活路を見出している歌態であるQ

 以上見て來たように長崎縣の鑛工業は歴史的政治的な事由によって中

央資本・國家資本に支えられて嚢還して來たのであるが︑元三九州の邊

境にあり地形的にも︑地勢的にも︑國家市場との關連からも︑自然的・

肚禽経濟的條件の悪い縣においては工業の磯展が立ちおくれを示してい

ることは否めない事實である︒從ってか︑る鑛工業の構造的性格を反映

して勢い螢働市場も狡くならぎるを得ない︒

 第1圖の﹁從業上の地位別就業者数﹂の動きは本縣の代表的産業であ

る石炭鑛業と造船業との好・不況により雇傭者の増減となり︑それが業

主や家族從業者にはねがえっている姿が手に取るように伺うことが出來

(3)

多島票の入ロ籔態ρ潅田︶

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ハ      ヨ  ハ   コ           →十万人

30 27

26 22 25

る︒ ここで我汝は選句の螢働市場における需要側の要因から眼を韓じて︑

全章的にも有名な出稼者を出すような虫取農業の構造にふれて行くこと

にしようQ 岸本虫薬は出稼農家率を嚇六%以︑上一六%i一一%︑一一%1六%︑

15

多島県の入口動態︵池田︶ てどちらも一番高い出稼農家率を出している︒南高來郡はこの線がヨリゆるく出て第二位となっている︒ところが岸本氏の所論をもつてするならば軽業率一一・八六%︑水田率二五・五六%︑三反未満農家率三六・三%という如く高率の出稼率を齊らすに好條件を備えた封馬が六・六四%と極めて低率で︑北高來郡︑諌早市の如く水田率・零細農呼率・聖業率 六%以下の四段階に分けて四一の出稼地域の分布圖を作られ︑更に出稼率と︑水田峯︑專業率︑三反未満農家率との間の相關を求められ︑水田率の低いことと三反未満経螢農家率の高い事が原因となって起る出稼率の高い地域と︑主として農家專業牽の低いことと三反未満経螢農家率の高いことが原因となって起る出稼率の高い地域とに匪別して居られる蓄︒今︑氏の方法に習って長崎縣の郡市別の表を作成してみると第3表の通りである︒ 第3表によって我汝は南松浦郡が一六・二五%で丁丁第一の出稼農家率を見せ︑這いて南高來郡の一四・四三%︑北高來郡の一二・五六%︑諌早市の一一・四二%﹁の順となり︑岸本氏の圖式によれば以上が縣下の多離村地域を形成することになる︒ところで第3表を註9の表と較べて見た場合︑南松浦郡は低い水田率と高い零細農家率とに主として依存し比較的低い專業率を從として高い出稼率を出しているようで︑四國の西宇和郡に近似し      ︑  ︑

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(5)

多島県の人口動態︵池田︶

3

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率 率稼業

出 専

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何れに於ても農

業條件としては

寧ろ本縣二二の

好一件に恵まれ

た地方に封馬よ

りも高い出稼率

を示すかについ

ては充分の詮明

が賢聖ないよう

に思われる︒

 こうした疑問

は後の問題とし

て慣して︑我汝

はここでは專ら

高這を示す南松

浦郡と南高來郡

について更に仔

細に見て行くこ

とにしたい︒ 註1 ﹁農民出稼め展開諸形態﹂ ︵近藤康男︑小林謙一︑農林経済研究論集所牧一  二七頁︶註2﹁阪神等先進地帯の関連工業の早期の発展は長崎の地場工業の発展の余地な  からしめたことと︑三菱造船の外註依存率をみても県内外註率三割︑県外七  割となっており︑而も県内外註率のうち主なるものは三菱系内部で消化せら  れ残余の筐かな部分が船舶礒装部門であることは如何に三菱造船と県内産業  との関連性が弱いかを物語っている︒と同時に県内関連産業の未発達がうか  がわれる﹂という引用によっても明らかである︒ ︵﹁長崎県経済の全国︑九  州に占める地位および特質﹂一九五二年入月第四部二六頁九経調︶註3第二次長崎県経済白書入五頁註4 ︵次頁参照︶註5九乱調﹁長崎県経済の全国及九州に占める地位及特質﹂第三部一七頁註6第二次長崎県経済白書四一頁然し長崎県の場合︑福岡県に較べて鉱業従業員  の県内供給率は低い︵九経調前掲書第三部一七頁︶註7南九州からの季節的出稼者も北松の中炭鉱に於ては出稼帰村型脱農化と出稼  定着型とが明確に打出されていると共に︑地元農村からの通勤その他炭鉱へ  の雇傭を押しとfめ雇傭市場を狭めている事については中楯興︑北古賀勝幸  稿﹁申小炭鉱労働力の性格︵上︶i北松炭田を中心として一﹂ ︵九州大学  産業労働研究所報第一一号︑特に五四頁−五五頁参照︶註8第二次長崎県経済白書

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多島県の人口動態︵池田︶

19

上表によってわかるように

五〇〇人以上の階層は工員

数の比率が昭和三年の六四

・一%に対して昭和ご三年

五三%︑昭和二五年四九・

一%と低下し造船関係の大

工場の相対的地位の低下を

示している事がわかる︒ 註9岸本実﹁多離村地域の厨究一Il四国の出稼地域﹂ ︵地理学評論二六巻五号一  九九頁1ご〇六頁︶  氏は出稼率︵出稼者のある農家数の総農家数に対する比率︶一一%以上を多  離村地域と規定し次の表を作成して居られる︒本県との比較検討のため参考  までに掲示することにする︒

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経営耕地別農家 反回㎝︒月

積 積 積    面面 面骨    園田 畑 樹ピ 農家一戸当

三︑農家人口移動の島尻型

 南松浦郡は上五島地域と下五島地域に大別出置る︒前者は漁業の比重が大であり︑後者は農業の比重が大である︒最初にものべたようにここでは農家人口の職業移動を中心にのべて行くことに

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多島県の人口動態︵池田︶

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村  落  落   部  部山  切  山   々  木本  野  久ノダミノ 本 山 村 村  家山備州  抽ノ  ノエ

崎山村

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下五島の農

業地域であ

る本山村︵

野汝切上部

落・久木山

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山村︵村全

体が密集し

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抽出︶註−

の奪回調査

の結果をま

とめてみた

い︒ 第1表を

一町歩で上

下に分けて

見ると縣で

は一町渉以

下が八○・

九%︑南松

浦郡では八

二・一%と 塵倒的な比重を示している︒ところが我汝の調査村である本山村を全体として見れば三九・八%で︑縣や郡の掻敷にも満たない程一町未満耕作農家は少ない︒ 更に我々が且ハ体的に調査した野六切部落についてみると三一・四%﹁︑久木山部落についてみると一七・二%といった且口合にその一町未満農家率は極めて低く︑農家の比重は一町暦以上にかかっている︒このことは崎山村についても同様にいえることで︑一町暦以下が四八・四%でやはりその率は低い︒即ち南松浦郡の場合︑三反未満農家暦が四六・九%と出たのは︑上五島地域の零細な三三兼業農家の比重が重くのしかかって來たからに他ならない︒南松浦郡全体としては一六・二五%という出稼農家率を見たのであるが︑本山村︑崎山村の場合はどうであろうか︒ 第2表で崎山村の出稼農家率が三六・三二%で非常に高く︑本山村は

一〇・三四%で郡李均以下であるが︑野汝切は四四・九%︑久木山は五

一・七%︑崎山村の抽出農家で四八・五%というように非常に高く出て

いる︒水田率では何れも郡雫均以下で崎山村の如きは純然たる畑作の村

である︒そこで農家の作付する作物も一丸︑裸萎︑粟︑大豆等が多くな

る︒︵第3表︶

 ではこのような農業経螢はどのような家族構成によって行われている

のであろうか︒ 全國亭均農業一戸當り世帯人員が六・一人︑長崎縣の場合が五・九人

︵一九五〇年センサス︶に比較すると︑崎山村の七人は高いが︑本山村

の野欧切部落︑久木山部落共に五・六人︑五・五人で縣以下である︒経

螢耕地面積が廣い割に家族人員が少いので一人剃り耕地面積は廣くな

る︒今生産年令家族員一入當り耕地面積を出してみると同じく第4表で

崎山村四・一反︑野女切五・五反︑久木山七反と非常に高い︒然し︑一

町五反以下暦は何れも手紬以下で︑下五島地匿では一町五反以上麿が雫

均以上の農家となる︒そこで廣い耕地面積を耕作する冷めに一町五反以

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(8)

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多島県の人口動態︵池田︶

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多島県の人口動態︵池田︶

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畜当 戸家一機戸り

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 第5表によってみれば一町以上暦から漸く家畜も一戸に一頭入り︑動

力脆穀機や耕転機の生産手段が入りかけ階暦を昇るにつれて増加してい

る︒又被傭人を臨時に入れるのもこの暦からである︒生産手段や家畜の

入り方は︑崎山︑久木山︑野汝切の順になるようである︒一町以下暦は

無装備の歌熊で一人當り三反以下の面積を耕作していることになる︒然

しここで我汝が注意して一町以下暦の農家を見ると︑この地帯では老人

家族か若い世代の農家が非常に多く見られることである︒即ち下五島の

出者 三三経

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男女 男女男女男女男女

C   D   E  F  G

α

(10)

この農業地帯には動く分割相綾の慣習があり︑長男が妻帯すれば爾親は

次男以下をつれ︑本家に隣合せて新家︵普通未家といはれている︶を創設

し︑家産を長男六割︑次男四割の割合で分割するので︑ 一町以下暦にこ

の分家が多い︒從って一町以下暦の分家は本家の農機具︑家畜を共同使

用して耕作する︒或は共同して農業経常が呑まれる︒例えば第六表の一農

家を例にして︑この間の事情を見るとA・Bは兄弟で分割相超している︒Aの子供C・D・Eは分割相績していて︑その面積は婆心一町五反九々︑

一町三反五畝︑五反三畝となっている︒Bの子供F・Gも分割相続して

いて︑ その面積は夫汝二町二反四部門 一町三反五畝となっている︒C

の長男が現在二噛四才なので︑今かりにCが二六才で結婚したと假宣すれ

ばAはCの結婚當時六二才ということになるQ第5表で見たような農機

翼ハは昭和二十七・八年頃多く入っているので︑當時は生産手段は非常に

プリミチープであり︑農産物も﹁いも﹂と変と粟の主穀中心で如何に粗

放経菅が行われても︑多量の螢働力を要した諜であるが主として畑作に

重心がおかれているので農閑期︵﹁いも﹂植付後から最近では煙草植付

時期迄︑水田がある場合は稻の牧穫時期迄︶の磁力利用が問題となる︒

又たとい分家したといっても︑農業の大牛は国初長兄との共同作業で爾

親が見てくれるので︑當事二〇才位のDの日当力は極めて浮動性を持ち

うる⁝詳である︒從って農閑期の余剰〃労力なり︑浮動性をもつ〃労働力の比

較的長期の利用方法が考えられなければならない︒ところが近くに從來

は有名な奈良尾漁港があり︑ここに可成りの螢働力が消化されており︑

更に樟謄製造出稼に九州はもとより︑近畿地方にまでも足跡を証した人

も可なりあるのである︒事實このDは通年樟謄製造出稼で熊本まで行っ

た経験を持っている︒ ︵女子にあっては紡績︑いわし製造がその主体を

なしている︶このDは今日子弟が長ずるにつれ農閑期を利用して季節的

な炭鑛出稼をもしている︒このように主穀中心で生産手段の装備のない

多島県の人口動態︵弛田︶ 段階では分割相績の形で螢働力を浬存しながら季節的出稼㌻通年出稼形

⁝態をとって他出し︑その邊金によって零細農では家計補充︑新分家の場

合は土地振張︑農具︑家畜購入資金に充てられて來たようである︒

 近時大農且ハが導入され商業作物として養蚕に代って煙草︑トウガラシ

グリγピース︑ユリネ︑タマネギ等が奨働導入されて來ると︑耕地を分

割しないで一定の耕地面積を確保しようとする動きが見えて來ている◎

Fの場合次男を高校へ出しているのは︑分割相綾を避けるための手段と

考えられる︒

 かつてこの地帯は鳳流紡績會肚の募集地盤で募集人が駐在していたた

め五十年配の婦人は大抵大阪・岡山方面へ紡績女工として出て行った経

験を持っている︒併し最近では一流紡績會肚も遠くて費用のか︑る當地

方からでなくとも雇傭出馬るようになった關係で︑この地帯の中津卒業

生は愛知縣の中小規模の紡績會肚.へ學校・職安を通じて集團就職してい

る︒ 今その間の事情を具体的に把握するために第7表をみることにしよ

う︒第7表A・B・Cを合計してみると︑先にも二言したようにこの地帯

では一町一一町五反暦が上下の分岐暦のため︑他出経験者ではこの階暦

以下に多い︒ところが現在他出申のものにはこの階暦以上に重心がある

ように見える︒他出者の職業では嘗て樟謄製造水産三三紡績申心に他出していたが︑現在では男子の場合中心がなくなって多種類の職業に分散

しているが︑女子の場合は前よりももっと強く紡績に移行し︑嘗ては一

町未着⁝暦に強かったのが一町五反以上暦に強く表われている︒職後の紡

績螢働力の性格攣更許︒一が然らしめたのであろう︒又他出者は二町−三芋

酒に一番多く出ているが絡じて一町五反以上暦に公務員として他出して

いる者が一〇人あるが︑活歴欄を見てもわかるように高校・大學卒でこ

れらの他出者は回.聞違出稼というよりは離村型の他出である︒これは從

來この地方に見られた分割相室による耕地縮闘乱を避けようとする上暦

D

α

(11)

A

7

多島県の人口動態︵池田︶

29@60

  2535

1 1一91

41

d

  =

戸才15  〜

78@21

39 R9

131一6    1P0P159

り0り乙 民﹂74354

︵05 4=﹂ 9ム9ム

24

80∠ 00∩﹂2549

ρ04− 五i4一=18

12 ∩∠2

8

= = 一

男女男女男女

トト 60@  計

ー   農U世帯員数 Q︶RJ卒在在卒高農大卒13高卒在1大高在3

1

中高旧新

7−211113

1一一1

2一 一 一 一 一2

2一1一 一 一3

2﹇1﹇115

一1﹇一 一1

一 一 ﹇1一 1

﹇ 一 一 一 一

造工夫緊緊員膿  二二孟母鉱店車事他出経験者

2 2

413151−15123

一一一一一一 一1一1

2一2一2一1一3一10

︸一一一一一一一一一−

一1 一31一一1一6

1一一一一一一一一一1

1一一1一︸一14

一一一一︼一一一一

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2461222213日36

1一1一一一一一一一一2

一32一へ一11一1412

一一一一一一一一一134

11一一12一一4劉

一一1一一一1一一一一2

一 211一一一一1一5

一一一一一一一﹇一一一一

内市市市内県県県府押明   保    岡本知阪京 計 江崎   世郡福長佐野福熊愛大東不

α

(12)

B

7

d

3

2 49 10

12 9

7

冊 ㎜ 32

58 T5 U6 U4 P5 P7 V5

      244232217

14 P4 P7 P2

Q564

10 P3 P7 P2

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12P114152一56

15U9134552

= = = 一

37791128

男女男女男女才15 60  計〜 ト ト  一    農U世帯員数

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1

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2一 一 一

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1一 一 一 一1

2一 一 同一2

11 一13

一 一 一 一 一 一

2一 一215

造曳営業斎鍬藷の計撞半農懸軍他出経験者 131111623735一1  一一一2一一31

一一一一5一一17

一一1一一5一3615

一一一1 3 一一5

一1一一12一一一4

一一一一一一 一一

一一一一一1一一一1

造二手員業績申員明膿転 三蔵撞工運店農煙出公不

他  出  者 QJ 1 4315411411一46

一一一一一一 2 1一一一マ3

一11一一一 11一一一5一9

2一一一一一一11一113716

一一1一一 一11一一1127

一一1一 21一 ︸一12一7

一一一一一 一一一一一一一一一

1

一1一一1一一1︷一1一−企U

内市市市内鮮県県県県県府県明江轟 賀果手早知計郡福長佐県満佐西熊山岡大忌不

多島県の人口動態︵池田︶

α

(13)

C 7

多島県の人自動態︵池田︶

33 7 2

7 6 7

1 3

89@葡 27

47 S2 T6 T9 P3 P4

p

4一68

20 13

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9913142148

888143445

10P1993244

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22321111

男女男女男女

才15 60   計〜伽卵

世帯員数 りむモ

卒士高陸112

卒在在師高大

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リムー卒在高高

2

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25161733239

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一一711一一一9

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121一一一一一 412﹇11

一一﹇一一

一一1  一一1一2

造詣此手績自由業膿碧 攣泣面水運紡女早公他出経験者 一31111324521一一一一一一一一

2 170

一一一一一一2一125

一1一一一一12一15

一一11一一一一︻︻3

一1一 一1一︸一﹇3

一一一一一一一一

一一一一一一一一 12

造弟員工手面出中業他郷轟細の計影面店大運水亭女公其

17R10−61−11152160

一一311一一一一一一一5

6一2一一一1一一32一14

3−2一1一一 ﹇2一﹇9

513一1一一1一2一114

2 1一一31  一一6  一14

一一一一一一 一 一

1一﹇ 一﹇一 一2一︸4

内市市市内孟母県県府都道江崎蘇岡山轟阪京海計郡福長山県福岡滋神大東北

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参照

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