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タウシック=ピグー論争について

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(1)

タウシック=ピグー論争について  

伊勢田    穆  

Ⅰ はじめに 

鉄道運賃学説史上の著名な論争として,タクジツク(Taussig,F.W.)と   ピグー(Pigou,A.C.)との間でたたかわされた論争がある。これはタクシ   ックが「鉄道賃率理論紅寄せて」と題する論文(ユ891年7月)およぴ『経済学原   理(初版)』(1911年)で展開した主張牲たいして,ピグーが『富と福祉』で全   面的な反論を浴びせたことから始まり,1913年紅ほ『クオ−タリー・ジャ」−  

ナル・オブ・エコノミックス』誌上に.おける再三に.わたる応酬がなされたとき   損点に.達した。結局は,多くの論争がそうであるよう紅,この論争も当事恵間   では粘着をみず,ピグーは前記著書の改訂版である『福祉の経済学(初版)』  

(1920年)▼に.,タウンツクは『経済学原理(第3版)』(1921年)紅それぞれ基   本的には自らの主張を堅持した見解を述べあってこの論争に.終止符が打たれた  

のセあったb  

この論争は交通経済学上非常に興味のある論点をめぐってなされただけに・,  

論争直後にも,そしてまたその後においてもそれに言及する論者も多く,また   ごの論争を.主題として取扱った文献もある。1933年時点で当事者以外の論者の  

見解をも含めてレビューしたロックリン(1933),両者の主張を順を追って紹介  

した増井(19畠2);そして丸茂(1972)などがそれである。・そうしたなかにあ   って,あらためてこの論争を検討する−−それが本稿の課題セある−のは,  

直接的にはロックリン(1933)以後,この論争の評価に.関連して注目されるべ   き文献がいくつか出ていること,丸茂(1972)でもこの論争の中心的詩論点に  たいする評価は下されていないと考えられること紅よるが,この論争の検討は   

(2)

タクレツク=ゼグーー論争について  

− β∫ −  

31  

(1)  

「現在のとこ.ろ絶無といってよい」とかつて評され,今なおその状態を脱して   いるとほいえない労働価値説的運賃理論の構築に.とって,あらかじめ解決して   おくべせ1つの課題を提示すると思われることもそれと無関係でほない。   

本稿では両者の見解をわれわれが論争の主要な論点とみなすものに.即してで   きるだけ力念に適うて行くことにする。論争に∴−・定の評価を下すこ.とよりも   一】あえてそれを回避するもの:でほないが一叫われわれが本稿の背後にもつ問   題関心一労働価値説的運賃理論の構築+⊥償.関連して,できるだけ多くのも   のをこの論争の検討を通じて汲みとることの方が,われわれに.とって有益であ   る1と考えるからである。欝4の論点についての評価を留保するのも,またタク   シツクの議論に色濃く紅.じんでいる鉄道資本の弁護論的側面軋一切言及しない   のも,この論争へのそうした接近の仕方による。  

ⅠⅠタワレツク把.よる問題提起  

1891年の論文に.おいセタクシツクが設定したテーマは,鉄道業把おける費用   の特性と賃率との関連という問題であるが、,それ捻次の4つのサブ・テーマ紅   分解しうる。①固定資本経資と個々の輸送品目の贋率との関連の有無,㊥それ   がないとした場合,固軍資本経費を割当てるための原理は何か,⑧この原痙と   営巣経費との関連,④その原理を適用した賃率の現実的忠義ないし帰結。『経   湊学原理(第3版)』でほ第4のものは設備の利用度との関連で提起されること   紅なるが,それらがタウyシクが答えようとした問題である。  

1∴ 固定鹿本経費と資率   

鉄道業に周定された資本ほそれが単永久的でしかも他の用途への転用が不可   能な投資rT「固定資本」(cねitalsunk)とタクシツケはよぶのであるが,そ   れほ鉄道業紅おける投資をこうした特性において把えるための用語で挙る一丁   であるため紅,その経費は運賃に影響を及ぼさないものであるとする考えか初  

(1)中西(1960),35ぺ・−ジ。   

(3)

− 32・−  

第48巻 第1号   32  

期の鉄道業に・はあった。これに.たいしてタクシツクほ,固定資本−もちろん   タウンツク的用語法で中一関係経費をその減価松柏当する部分はもちろん,  

利潤,利子,配当金をも含めて「固定資本(capitalsunk)にたいする報酬」,  

あるいはたんに.「−資本にたいする報酬」とよぶのであるが,それは次の2点を   理由として運贋から回収されるべきであると主張する。「鉄道の投資に.たいす  

る利潤が異常紅高いことが証明されないならば,また配当金と利子を合せたも   のが固定資本に.たいする報酬の異常に.大きな部分を占めないならば,われわれ   は資本にたいする支払いはその全部が鉄道サ−ダイスを生産するため紅必要な  

(2) 経費の一部を構成するといってよい。.」というのが第1。「長期的にほ……鉄道  

業はそれに周定された資本が他の分野で期待される程度の報酬を得なければ,  

(3J 建設・運営されることほないであろう。」というのが算2点である。   

ことまでは当時の新古典派経済学の常識に属する−一平均利潤を費用とみな   す点をも含めて−−−ことであっで,ゼグーと共有する見解である。両者の相違   が発生するのは,タウンツクが個々の輸送品目の賃率に.ついて,「・…‥資本に   たいする報酬は賃率を決定するさいの要因ではないというのは正しくまた重要   である…….」と「■無条件に」結論し,個々の輸送品目についてのト…‥唯一の   問題ほ,それがその輸送費(cost of moving)よりも多くを支払うかどうかで  

(4)  

ある。」と述べるところからである。1891年めタクシツクは,それは当時の鉄道   賃率論議の常識であり,実際,営業経費を支払うかぎりその輸送品目は鉄道会  

(5)  

社に・とbて有利であるという程度の説明しか与えていなかったが,後には鉄道   業の経済的特性の1つを,設備の大規模性に.ともなう利用の弾力性の大きさと  

(6)  

輸送単位当りの費用逓減化傾向として把え,その論拠を督論軍紀補完した。   

2 固定資本経費と結合費原理   

「資本にたいする報酬」が個別的輸送品目にたいする負率の決定要因から除  

(2)Taussig(1891),p.126.  

(\3)Ibid.,p.126.  

(4)Ibid.,p.127.  

(5)Ibid.,p。127.  

(6)Taussig(1911),pp.366〜7.   

(4)

タクシツク=ピグー論争について  

ー ββ −   33  

外するとしても,それほ何らかの原理に.もとづいて個別的輸送項目に.配分・賦   課されなければならない。その原理としてタクシックが採用するのが,J・S・  

ミルによって提示された「結合費の理論」である。   

いうまでもなく,これは,たとえばコ・−・クスと石炭ガス,羊毛と羊肉のよう   に.,1つの生産過程から技術的に.きまった割合で2つの生産物一結合生産物  

(jointproduct)q−が生産されるケ・−スにおけるそれぞれの生産物の「自然   価値」の決定にかんするものである。このようなケーースについてニミルは,「生産   費」に,よる価値の確定は不可能−「結合的生産費」(jointcost of production)  

を分割する原理が欠けている−として,「生産費の法則に先だつ,またそれよ   りももっと根元的な価値法則,すなわち需要と供給の法則に.立戻らなければな   らない。.」と考える。そして,・一斉には2つの生産物がいっしょになって二通常の   利潤を含む経費−これが「生産費」である−を回収しなけれほならないと  

いう条件を,他方に.は両者とも売れのとりが出ないという条件を与え,生産数   盈一両名の生産割合は不変−を変化させ,2つの条件をともに.満足する需  

しrl  

要価格の組合せをもって:それぞれの「自然価値」としたのであった。2つの生   産物の「結合的生産費」の分割に.おいてそれぞれの需要が大きく作用するとい  

うことに.,タクシツクは着目するのである。   

タクシツクは,ミルの考え方は彼のあげているような典型的なケ−スばかり   でなく,「……費用の−・部のみが結合的であるケ・−スにたいしても,その結合  

(8)  

性の度合に.応じて当てはまる。」として,次のようにいう。  

「その適用の条件は,1つの同質の商品ではなぐて,需要の強度を異紅す    る異なる筋からの需要紅応じる数個の商品を生産する大規模な設備があれば    どんな産業に.も存在する。」  

このようなケ」−・スに.おいて,全部価格(totalprice)から個別費(separate cost)  

を回収する諸価格を控除したものが結合賀紅相当するものであって,各商品は   それをイ需要に比例して」分担するであろうから,「…‥・需要の性質がその価  

(7)Mill(1848),ppィ108〜10.㊥254〜6ぺ−ジ。  

(8)Ta11SSig(1891),pp.127〜8.   

(5)

第48巻 第1号  

34  

− 34 −】  

\91  

値にたいして永続的な影響力を及ばす。」とタクシツクはいうのである。   

このように.拡張解釈すれば,「結合費の理論」は鉄道業に.も適用可能となって   くる。タクシツクほいう。   

「鉄道を建設した労働wあるいは同じことを別の言葉でいえば,それに  固定された資本−は.あらゆる輸送品目の輸送に等しく役立ち,その全体の    ための結合費をなす。他方,輸送は,需要の強度を異に・する異なる衝からの    需要に.応じる非常に異なる種類のものである。それゆえ,輸送の種類が異な    れば固定的諸掛り(fixed charges),つまり資本に・たいする報酬一鉄道業で    結合費に.相当する要素−の分担制合が非常に異なるのは,〔結合費にかんす  

(10)   

る〕・一般理論から期待されるとと.ろに.合致している0」   

3 営業経費の結合費的性質  

タクシツクは貨率形成への「結合費の理論」の適用を固定資本経費に限定せ   ず,営業経費(operating expenses)にも結合費的性質があるとして,それも  

(11)  

同じように考えることができると主張する。これの説明は営業経費を①通路保   守,⑧動力,⑧車両保守,④輸送,⑨一般経費および租税に.分類し,それぞれ  

(12)  

の性質を検討することに・よってなされる。   

まず通路保守費に.ついては,通路を構成する路盤,橋梁,軌道,柵の損耗は  主として自然の崩壊作用に.よるものであって,たとえ輸送がまったく行われな   くてもそれは進行することが指摘される。そして,軌条の摩滅も部分的に.ほ輸   送皇の直接的作用であることを認めながらも,「……  それを何らかの測定可能   な方法で特定の輸送品目に.割当ることは不可能である」という理由に.よって−,  

(9)Ibid〃,p.128.  

(10)Ibid・′pp.128〜9・・〔…川‥〕は引用者に・よる挿入。以下同様。  

(11)「鉄道の固定資本(fixed capital)ばかりでなく,営業経費の非常に.大きな部分    が,実際に.はそのずば抜けて大きな部分が各々の輸送品目にたいして個別的ではな  

く,その全体にたいして,あるいはその大きな集団紅たいして共通な(common)支    出をなす。営業経費もまた結合費を構成し,賃率を特別費(specificcost)にたi、  

してというよりはむしろ需要紅たいして適合させることを必要とする。」(ibid.,p.   

129)  

(12)Ibid小,p.131.   

(6)

タクレツク=ピグー論争について  

一 35 −一  

35  

「実際的な目的のために.ほ,この費目ほ,他の通路経費と同様に.,輸送全体に   たいして発生する結合費である。」とされる。   

こうした見地からすれば,一・般費および租税が「輸送量とほ独立的である。」  

という理由で結合費をなすべきものとされるのは当然であるが,他の項目につ   いても同じような理由で結合費性が主張される。すなわち,輸送費紅ついてほ.,  

転轍手や操車係に.かんする経費,信号経費,そして多くの駅関係経費ほ「実際   にははとんどすべてが輸送全体に.役立っている」,また動力費と車両保守費に   ついてこも,そのなかで大きな割合も占める機関車および車両の修繕は「いずれ  

も,明らかに・輸送全体に・よる損耗に・起因するものであって,そのいずれの特定   部分にも割当られない」というわけである。   

もちろん,タクシツクといえども,輸送をたとえば旅客輸送と貨物輸送とい   うように.大きく分類すれば,そうした経費の多くがそれぞれにかんして「個別   的で特別的な経費」(Separate and specific expenses)となることを否定する   ものではないが,そうした場合でも,それぞれの諸個別的輸送にかんしては結  

(13) 合的であることを強調してやまないのである。   

鉄道磨率の論議紅結合費という概念を初めて導入したのはタクシツクであっ  

(14)  

たとされるが,それもこのように徹底したものであった。そうした見地に・立つ   タクVツクK.とって鉄道業の′営業経費を「l−・般費」(パgeneral costs)と「特   別費」(川special costs)に区分し,後者の比重の大きさを指摘するザックス  

(Sax,寧・)も,また,たとえ.ば通路保守費を列車・マイルによって貨物と旅客に配   分するという当時試みられていた方式を一歩進め,そうして貨物に・配分された   費用を総トン・・マイルで除サー−「そして同じ作業を他の費用項目についても行  

う−・ことに.よってl、ン・マイル当りの貨物輸送費を確定する方式の提唱者と   してのフィンク(Fink,A,)も,ともに.批判の対象とされざるをえない。   

ザックスに.たいする批判は,要するに,彼が少しでも輸送盈とともに.変動す  

(13)Ibid叫,p小133.  

(14)Locklin(1933),p.183.29ぺ−汐。   

(7)

ー β6−−  

第48巻 第1弓  

36  

し15\ るものを「特別費」に含めるこ.とに.向けられており,特に.注目すべき主張は認  

められないのだが,フィンク批判に.はタクシツクの重要な方法論的主張が含ま   れている。彼はフィンクの方式の特徴を平均化という操作に.みて,「・平均はま  

(1$)  

ったくの虚構であ」り,そ・うして得られた数値は「……たとえそれがどんなも  

(17) のであれ,其の実体を表わしてはいない。」と批判するのである。タクシツク  

の営業経費の結合費的性質の主張は,平均概念の峻拒によって裏打ちされてい  

(18)  

るのである。   

4 結合費に.よる供給の帰結   

当時支配的であった「運賃負担力主義」(=charging whatthe traffic will   beaI )という名の賃率設定原理は,タクシツクによれば,鉄道業の以上述べ  

(19) たような諸特性に.適合したものであるとみなされる。「『輸送が耐える賃率を課  

す』という表現は,そのうちに貨物の等級づけを−L部として含む一・般的な慣行  

(20) を叙述するための包括的な表現」であるが,そうしたものとしての貨物の等級  

づけにかんしてそれを説明すれば以下のようになるであろう。   

貨物の等級づけ(theclassification offreight)とは,いうまでもなく,輸   送対象である貨物をいくつかの等級に分類し,それぞれに・異なる賃率を設定す   るやり方であるが,そのさいの基準となるのがそ・れぞれの貨物の輸送がどれだ   けの賃率に耐えうるか,つまり運賃負担力である。(この場合,運賃負担力は  

\ −マルクスの表現を借りれば「…‥輸送費が貨物紅付加する相対的価値部分  

(21)  

ほそ・の価値紅反比例する……」ので一  貨物の価値に.よって代表される。)運   賃負担力とは,言葉を代えていえは,輸送用役の需要価格に.はかならないから,  

(15)Taussig(1891),p 132.  

(16)Ibid小,p.133.  

(17)Ibid巾,p..135.  

(18)「・川r‥‥鉄道経 

道賃率を定めたり批判したりするための基礎としては,平均は,鉄道の経営者にとっ   ても経済学の学生に.とっても等しく無益であり無関係である。」(ibid.,p.133.)  

(19)Ibid▲,p.138 

(20)Ibid。,p.139.  

(21)MaI・Ⅹ(1885),S.153.⑤195ぺ・−ジ。   

(8)

タクリック=ピグー論争に.ついて  

ー 37 −  

37  

この賃率設定方式の下でほ「……需要が〔輸送用役の〕価値または価格(本稿   ではこの2つの用語は.無差別紅用いて−さしつかえ.ない)に永続的な影響力を及   

(22) ぼ」しているといえ.るのである。   

需要価格が価格形成に主導的に作用するのは独占のケ−スにおいでである   が,鉄道業に.おいては自由競争の下でもそうなるとするところに.,後に論争相   手となるピグー・た対するタクシツクの特異性がある。タクシツクのそ・うした見   解は鉄道業を結合賓紅よる供給とみなすことに.その論拠をもつことはいうまで  

もないが,また彼自身決して明示的紅語っているわけではないがⅦしたがっ  

てピグー・その他の論者の注意を引くことに.はならなかったのであるが−−−一鉄道   業における自由競争をきわめてユ・ニーークに考えたことに.よることを,後の議論   のために.指摘しておくのは有益であろう。  

タクシックは次のよう、に述べている。  

「われわれは…‥小ひき続き自由競争の諸条件を,つまり鉄道会社の総収入    は.経費−・資本に.たいする報酬を含む経費を回収する程度のものであろうと    仮定すろ。そうすれば総収入は総費用に等しいであろう。しかしその費用  

〔結合賓に相当する部分〕は需要の性質に.従って異なる輸送品目聞に.配分され  

(23)   

るであろう。」  

ここから次のよう匿タクシックの考えを推論することは許されるであろう。す   なわち,自由競争とは個別的鉄道資本に.平均利潤を越える利潤の取得を許さな   い−  逆に言え粛少くともそれほ.保障する−ところのメカニズムであり,し   かもそれは一緒合資での供給であるために.一個々のサーーダイス紅かんして   でほなく全体としてのサTダイスに.かんして実現される,というのがこれであ   る。   

しかしながら,自由競争の下で総収入は経費−もちろんタクシツク的意味   で(以下同様)一に等しい水準に.落ちつくとはいいえても,ある種のサーヴ  

ィス紅その個別的経費を大幅に.上回って設定された賃率が,その下で維持され  

(22)Taussig(1891),p.137.(1)内は原文。  

(23)Ibidりp.137.   

(9)

弟48巻 第1号   38  

−− β∂−  

うるとほいえない。ピグーの批判も1つにほそこに向けられることになるので   あるが,一見矛盾する自由競争の想定とある種のサ・−サィスにたいする相対的   高賃率の持続も,前者の実質的内容をみれば解消する。   

タクシツクは鉄道業における競争の俄烈さの根本原因ほ蒐大な設備が転用不   能な形で固定されていることに.もあるが,それを激化させる要因として,経痩   の大部分が結合費であるためにり「凝争的業務が,その特定め輸送に盾接的に   帰すこ.とのできる少額の経費を上回る収入を少しでももたらすかぎり,鉄道会  

(2り  

社はそれから退出しないであろう。」ということをあげている。鉄道会社間の   競争がそうしたものであれば,競争的諸市琴に・おける賃率は営業経費の結合費   的部分を少しも分担しえない水準にまで競争紅よって押下げられることを意味   する。そうであれば,総収入が総費用と等しくなりうるためにほ.,賃率の低下   がそれを相殺して余りあるだけの需要増加をもたらさないかぎり,競争的諸市   場が負担しえない費用部分を分担するに.充分な程度の独占的諸市場を合せもつ  

ことが必要になる。   

このよう紅タクシツクの議論を推論すれば,彼の自由競争とは,部分的な独   占的諸市場を排除しないばふりか,その存在を不可欠の条件とするものである   と解さなければならない。もちろん,そうしたケ−スを自由競争とよぷのは,  

全体としての市場から得られる利潤−タクシツク的にいえば資本にたいする   報酬−を平均利潤の水準に押しとどめる機能が,この場合でも失なわれない  

ものと想定されているからであるとみなすことができる。   

しかしながら,1891年のタクシツクがこのことを明解に.述べているわけ′でほ   ない。「……鉄道は常にその若干の部分につい七独占している」と述べながら   も,それと貨物の等級づけ−特に・需要の強度が大である貨物に・たいする相対   的高賃率の設定・維持との関連を問題にすることなく,競争の独占への移行お   よび独占的負担力主義を語るのみで,わずかに「特定の賃率はどんなものでも   独占と結合費という2つの要因の作用結果であろう。」というにとどまってい  

(24)Ibid.,pp.139〜40.   

(10)

タクシツク=ピグー論争について   ーー β9 ィ…  

39  

(25) るからである。   

だが,1911年のタクシックが貨物の等級づけととも紅蓮賃負担力主義の産物   である長距離貨物に.たいする特恵賃率にかんして次のように述べていること   ほ,われわれの推論が細論理的整合性を確保するため若干の補足は不可避で   あったとはいえ−不当解釈でなかったことを示すものである。   

「この輸送がそれにともなう個別的経費を少しでも上回る収入を得るかぎ    り,たとえ非常に.低い賃率であっても,鉄道会社はそれを引受けることを有    利に.なると感じるであろう。他方,どこからか結合費つまり『1一般』経費を    回収レなければならない。そこで非競争的輸送が相対的に高い賃率を課され    る。だから,鉄道会社が長距離の輸送よりも短距離のそれにより高い賃率を  

(26)   

課すのが見うけられるのほ稀れではない。」  

ここでタクシツクは,競争的諸市場に.おける相対的低賃率は独占的諸市場に・お   ける相対的高賃率によって可能に.なることを明確に.述べているのである。  

1911年のタクシツクはまた,長距離特恵賃率以外の鉄道会社紅よる荷主に・た   いする差別行為について次のような主張をしている。すなわら,特定の大荷主   にたいする特別賃率の適用も,・一般荷主にたいする独占力の不正な行使という   側面もあるとはいえ,「主として」「結合費という条件のため紅特別に激しくな  

(27)  

っでいる」「鉄道競争の圧迫に.よって与えられ.」たものであり,「運賃割戻し」  

rebate )も「大多数の場合には,鉄道経営者ほ競争路線の競争によって与  

(28) えることを強制されるのである。」というのがそれである。こ.こでタクシツク  

(25)Ibid.,p.140.  

(26)Taussig(1911),p〃374.ただしこの文章を含むセクションはその全体が第3版で   は削除されている。しかし,このことほ見解の変更のためではないとわれわれは考え   る。というのは,ピグー・との論争を経たタクシツクは,結合柴原理が重要な意義をも    つ時期に限定を加える必要性を感じるに至り(ⅠⅠト4を参照),それを含むセクショ   ンを追加したことに.よるスぺ−スの膨張をそう した方法で回避したものと推定でき  

るからである。結合費の回収について述べていることはタクシツクの一周した主張で   あるし,「そこで非競争的…‥い」の部分は彼の議論の延長線上紅当然あるべき命題な    のである。競争的分野と非競争的分野の賃率の相互関連を明瞭に示した文章が,改訂   作業のなかで技術的に脱落して−しまったというだけのことである。  

(27)Ibid.,pp.377〜8.  

(28)Ibid.,p.379.   

(11)

・− 40 −  

寛48巻 策1号   40   は,荷主間差別は.特別に.激しい競争の結果であると主張しているのである。そ  

して,鉄道会社自身にとっても不本意なこうした行為は−競争紅よっ・ででは   なく−一独占に.よって−解消すると次のように述べ,独占への移行の必然性を語   るのである。   

「競争している鉄道会社に.とっての自然な対応ほ,賃率を確定してしまうた    めに結合することに・よって競争を終らせることである。だから,『破滅的』  

( ruinous )または『死宿的』(りcutthroat )競争を終らせるための手段とし    て,鉄道の協定(pooIs)と結合(combinations)が早い時期に.出現したので    ある○……協定が機能するかぎり,それほ特恵荷主にたいして特別賃率を認  

(29)   

める傾向をくい止める。」   

以上みてきたところから容易紅知れるように,タクシツクの議論は貨物の等   級づけであれ何であれ運賃負担力主義を正■当化するための論拠を提供するため   のものであった。1891年のタクシツクはもっばら鉄道業の費用特性から説明し   てきたが,1911年のタクシツクはそれに.もう1つの観点を補完した。それは運   賃負担カ主義と鉄道の設備利用度との関連を明示的に提起することである。彼   ほ運賃負担力主義と均等料金方式(a uniform tollplan)とを比較する。そし   て,後者の下でほ前者による場合に比べて,かさばる貨物の贋率はより高く,  

かさばらず高価な貨物の賃率はより低くなるが,・計れ紅よって前者の貨物は着   るしく減少するのに,後者の貨物ははとんど増加しないため,均等料金方式の下  

(30) では鉄道の設備利用度ほ運賃負担力主義による場合紅比べて劣ると主張する。  

こうした考え方自体ほ1891年のタクシツク紅なかったわけではないが,それを   次のように表現したことは目新しいことであり,それがピグーによる全面的な   タクレック批判を誘発する1つの大きな原因となったものと推測される。 

「運賃負担力主義が正当である理由は……それが鉄道の最大利用を導くこと    にある。この方式によれば,均等賃率方式によるよりも,社会はより多くの  

(81)   

サーーダイスを得るであろう0」  

(29)Ibid.,pp.379〜80  

(30)Ibid.,p.373.  

(31)Ibid.,pp.372〜3.   

(12)

タウンツク=ピグ・一論争について  

− 4ユ ーー    41   

ⅠⅠⅠ論争の展開  

ピグーは,早くも,タクシツクの『経済学原理(初版)』が出版され鱒翌年,  

その『富と福祉』の「鉄道賃率の特殊問題.」と題する章のなかで,われわれが   詳しくみてきたタクシツクの主張に.たいし全面的な批判を浴びせると同時に,  

自己の見解を提示した。これにたいしてタクシツクは,『クオ・−・クリ−・汐ヤ  

−ナル・オブ・エコノミックス』の翌年の2月号に「鉄道賃率と結合費,再論」  

と題する論文を寄せ,すぐさまピグー・に反論を加えた。そして,同誌の同年  

(1913年)3月号および8月号ほ両者の批判と反批判を並べて掲載するに至っ   たことからそ・の・−−・端が知れるように,この論争は両者とも譲ることができない   ような論点をめぐっ・て,激しく争われたのであった。この論争で争われた論点   は次の4つに集約することができる。   

その第iは,鉄道業には結合費原理が適用しうる条件があるか否かという問   題である。第2の論点は,それと不可分の関係に.あるが,鉄道業が生産するの   は1種類の同質なサーーダイスであるか,それとも多数の異質なサ・−ダイスであ   るかについでである。欝3は,タクシックの用語でいえほ自由競争,ピグ⊥に   よれば単純競争の条件の下では,トン・マイル当り均等な真率に帰着するか,  

それともたとえば貨物の等級づけとし)う慣行にみられるように・,提供されるサ   ーヴィスが異なれば賃率カミ異なるのが正常であるかという問題である。そして   最後の論点は,均等な賃率が適用される場合と負担力紅もとづいて異なる賃率   が設定される場合とでほ,いずれが社会的に.望ましいかにかんするものである。  

以下,これらの論点をめぐる両者の主張を順を追って検討する。  

1 結合費原理適用の条件   

すで紅詳しくみたように,鉄道業に結合費原理を適用する条件が存在すると   いう認識紅立脚してタクシツクゐ仝議論は展開されているといっても過言では   ない。これに.たいしてピグ・−・は,そうした根本的認識にまず批判の矢を浴びせ   るのである。   

(13)

ー.ムク ーー  

第48巻 弟1号   42   

大規模なプラントがあって,そこから複数の生産物が生産される場合に.は結   合費の原理が適ノ卦できるというのがタクシックの主張であったが,ピグーはそ 

(32) れだけでは不充分とし次のような設例をあげて説明する。すなわちA地から発  

してB地を経由してC埋に逢する同一・会社に.よって経営される鉄道があり,あ  

る貨物ほB地で消費されるぺくA−B間の輸送が行われ,また別の貨物ほC   地で消費されるぺくA1−BMC間を輸送される場合,A−B間で完結す   る輸送の数嵐がA−B−C間の輸送の全部費用を決定する要因となるか  

ら,A−B間の輸送とB−−C間のそれとは結合的に.供給されるといえるが,  

「実時虹鱒」「何ら評価しうる程度に・」両者は結合生産物ではないとする。そし   て,「ある種の用具がAからBへの輸送とBからCへの輸送に共通私用いられ  

るという事実だけでほ,AからBへの輸送の正常な産出高を増加させるために  費やされる1単位の投資が,必然的にBからCへの輸送の正常な産出高をも増   加させることを意味しない。」と述べ,この引用文の後段に示され串条件を欠  

く場合に.ほ結合費の原理を適用するこ個とはできないと主張したのである。   

これ紅たいしてタクVックは,ピグ.の設例についてA軸BとB−Cと  

がそれぞれ独立して運営しうるものである場合−したがって,たとえB魔で   設備が共用されるにしてもそれぞれの専用設備に対するクエーートは小さい一  

に・かんしてピグーの指揮紅同意するのであるが,A−B問の輸送とA−B  

−C閤のA−・B部分の輸送,およびA−B聞に異なる商品が輸送される  

ケ−スについて,前者にほA−B間の輸送のみでほ設備が完全に利用されな  

(3R)  

いという条件を付して,ともに結合費の原理が適用できると主張したのである。  

ここから容易に判るように,結合費原理適用の条件についてタクシツクほピグ  

小・・・・・の批判を基本的な点で拒否したのである。そればかりか,その後に・おいても  タクシックは自己の見解を再検討することなく,ピグーが結合供給として認め  

るケ−スについてその基本的見解との矛盾を突くにとどまっている。  

ピグ・−が鉄道業における結合供給の事例として指摘するのは,旅客輸送は主  

(32)Pigou(19㍑),p.218.傍点は原文。以下同様。  

(33)Tau8Sig(191飴),pp.379〜80.   

(14)

タクシック=ピグー・論争に.ついて   −43 −   43  

として昼間に・,貨物輸送は主として夜間に行われるとした場合の昼間のサ丁グ  

(84)         (3り イスと夜間のサー・ダイス,および往復輸送である。これにたいしてタクシック  

ほ,復路の輸送について,「鉄道会社は復路の空車に必らず貨物を積むわけで   はない。」こ.とを指摘し,「……鉄蓮会社は,別の種類のサーーダイスを供給する  

とき『必らず』……ある種類のサー・ダイスを市場に.提供するとはいえない0」と  

(3の 述べ,自己の見解を修正する必要のない理由とするのである。タクシツクほこ  

(37)  (38)  

うした考え方に・固執し,最後まで変更することはなかったのである。   

他方,ピグーはタウンックにたいする批判を通じてこの論点にかんす−る自ら   の見解を豊富にし,より明確に定式化する与とができた。ピグー「・の鱒判の第   1点は,「個別的K・配分できないところの多額の補足的経費(suppl?me払tary   expenses)」−−タクVツタが結合費とするところのものをピグー鱒まずこう   把握して∴おく…ほ,鉄道業ばかり−でなく鱒鋼業にも在存するものであるが,  

後者について結合供給を語る者はいないの紅もかかわらず,前考について別の  

(39)  

考えをする理由がないということである。タクシックが同じとみなす銅の輸送   と石炭の輸送の関係と綿繊維と綿種子の生産の関係は,後者に.あってほ一方の   供給を増加させることは同時に・他方の供給を増加させろこと卑し紅ほ不可能で   あるのに反して,前者ほそうした関係に・ない辛いう「基本的な相違」があ挙の  

であって,後者の補足的経費ほ「共通費で奉りまた結合費でもある」のに・たい  

¢0) して前者のそれは「共通費であるにすぎない」とするのが欝2点である。そ・し  

てピグーは,そこで述べたことを一腰的に衰勢することに革って,結合柴原理  

(11) 適用の条件の定式化としたのである。  

(34)Pigou(1912),p.217fn.  

(35)Ibid小,p.219fn。  

(36)Ta11SSig(1913a),p.3弓0.  

(37)Cf.Taussig(1913c),p.694.  

(38)「どんなものであれ大規模な設備が多棟な生産物のため転用いられるとき,そのか    ぎで,それは結合費での生産のケ−スで奉る。」(Taussig(19宰1),p.395).  

(39)Pigouぐ1913b),p.690.  

(40)Ibid.,pp.690〜1.  

(41)Pigou(1920),p.264.  

\   

(15)

ー 44 −  

第48巻 第1号  

44   

2 輸送用役の同質性またほ異質性   

鉄道業紅結合費の原理を適用しうるためには,複数の異質なサーヴィス(=  

輸送用役)がそこで生産されることが必要である。事実,タクシツクも,Il−  

2でみたように・,・そのことは充分に/意識していた。そ・の異質性を指摘したうえで   結合費原理の適用可能性を主張したのである。これに.たいしてピグーは同質性   を主張するのであるが,そうすることはピグー・に.とって鉄道業における結合供   給の条件の不在を証明する手っ取り早い方法でもあったのである。それゆえ,  

この論点は前項の論点から派生したものであるが,輸送用役の本質把握に重要   な関連があるので,それとは切離して検討することにする。   

この論点に/ついてのピグーの主張とその論拠は次の文章で余すところなく示   されているので,長文紅わたるがあえて引用しておく。   

「『重患の輸送』(川carring of tons )のあるものが銅商人に,売られ,またあ    るものが石炭商人紅売られるという事実が2つの異なるサーヴィスが提供   

されていることを意味しないのは,ちょうど無地の綿布のあるものがイング    ランドで売られ,またあるものが外国で売られるという事実が2つの異なる    商品が提供されていることを意味しないのと同じである。というのは,1嘩    類のものが2つの目的で,あるいは2つの異なる集団に.売られるという事実   

は,それを2つの種類のもの忙しないからである。相変らず依然として1種   

類のものが,そしでそれのみが存在するのである。しかしながら,結合供給    は少くとも2種類のものの存在を含意する。明らか把.,どんな商品でもそれ    自身と結合的紅供給されることはできないからである。したがって,当面の   事例にかんして結合性の事実上の欠如が証明されたばかりでなく,さらにそ   の欠如が論理的必然であることも証明されたのである。これと反対の見解如   一般に容認されているのは,たまたまわれわれが,銅商人に売られる輸送と   か石炭商人に売られる廟送とかいわないで,『由ゐ輸送』とか『石炭の輸送J    とかいっているという事実によるだけのことである。言いまわしの偶然性が,  

経済学研究の要事な分野が本質的に不健全な学説に支配される原因をつく,つ   

(16)

ー 45 −  

タクシツク=ピグ一論争について  

45  

(42)  

たのである。」  

ここでピグ・−ほ,輸送用役を一・般の商品とまったく同じもの,それと異なる取   扱いをする必要のないものとして把握することに.よって二,タクシツクを批判す   ることができたのである。   

その後のピグーほ.,前項でみたように,1913年時点でほ結合費原理適用の条   件を明確紅定式化しうるところに.まで到達しており,鉄道業にその条件が欠如  

していることほ.タクシツクに輸送用役の同質性を強いて認めさせなくてこも論証  

できることに気付いていたので「私は.たんに言葉の上だけの問題匪.なりかねな   い議論に.立入りたくほない。したがって(ただ当面の議論のためにのみ)私埠  

2つの輸送は2つのものであり,私がかつて論じたように・1つのものであるに 

(43)  

すぎないのでほないととを認めよう。」とさえいって,その問題をそれ以上究   明しようとはしなかった。そして,上記引用文申の基本部分をはとんどゃゃま  

(44) ま『福祉の経済学』に.再録し,最終見解としたのである。   

これにたいしてニタクシツクは,ピグー的レグェルで輸送用役の同質性を認申  

(45) ながらも,「しかし,私がいいたいのは,当面の目的紅とって重要な意味で−− 

(42)Pigou(1912),pp.216〜7 

(43)Pigou(1913b),p.689.これをもってピグーが「運送サービスの異質性を認め   た」,「強く主張して小た運送サービスの同質性を取り消した」ことを「樽記」する見    解がある(丸茂(1972),113ぺ」−ジおよび114ぺ−ジ)だが,この譲歩なるものが論争    を進める上での便宜的譲歩であることは,本文中(巧闇文で充分に明らかなように,こ    れは誤まりである0この論拠にあえて追加すれは,その後の『福祉の経済学咋も『富    と福祉』と同じ見解を保持していること(本文および次注,参照),およホ輸送用役    の異質性を認めれば次項で取上げる論点にたいするビグ・−・の主張は大きな変更を加え   ることなくしてほ維持されえないが,ピグ・−・はそれを行なっていないこと,これであ   る。  

(44)Pigou(1920),抑−263〜4・ただし,「というのは,1種類のものが2つの目的で…ご・  

…」以下の部分はカットされ,「イングランドでJと「外国で」がそれぞれ「ある買    い手に.」と「別の買い手紅」と訂正されているが,これはこの論点がタクシツタの結    合費説批判に占めるクよ」−トの変化岬『富と福祉』ではタクシツク批判の冒頭に同   

質性の主張が任していた−を反映して力点のおき方が弱くなっている′こ・とを示す   とはいえ,見解の変更を意味するものでは決してない。  

(45)「確か紅,鉄道は常に㌻輸送皿つまり(ときおり教科書でみられる別の用語を用    いれは)『場所的効用』を供給する。この意味で鉄道は単一層類のもの,つまり画質    の商品を供給する 

(17)

第48巻 第1号  

− 46−   46  

すなわち需要の諸条件にかんしてそれは同質な商品またほサーヴィスを供給す   るのではないということである。……もしすべてが同じ需要表をもっているな   らば,そうであれげ,またそうであってほ.じめて,それらはここで考察して:い  

(46)  

る論議の目的に.とって同質な商品であるだろう。」と述べ,自説を譲らない。  

そして,その後,「それら〔蘭の輸送と石炭の輸送〕や;別個の需要者集団紅供給   されるという事実は,両者がともに『輸送』と称されるとほいえ,同質の商品  

(47)  

を構成するものではないという事実を示している紅すぎない。」ともいう。タク  

㌢ツクの輸送用役の異質性の主張は,要するに・,各輸送用役ほ別個の需要者集   団紅供給されるが,その需要表は相互に異なり,そしてそのことはそれぞれの   賃率を異なったものに.するために.,輸挙用役は異質であると把握しなければな  

らないということでしかない。これがピグー吟・たいする反批判として充分で  ったかどうかの検討は次節の課題である。   

ただ,丸茂(1972)に‖おいて,タクVツクがセリグマン(Seligman,E.R.  

A.)に.反論しながら次のように.述べていることが指摘されているのは注目して  

(48)  

おいてよい。  

「しかしこれらの場所の効用ほ,決して同質的なものではない。旅客運送    における場所の効用と貨物運送に.おける場所の効用は,明らかに異なってい    る。さらに.はまた,貨物運送についても,各種の貨物運送た.とって異なるも    のである。貨物運送は,すべて究極的に.は具体化〔実現〕される直接的効用…   

…に.依存する派生的効用あるいは間接的効用を持つ。石炭運送の効用は石炭   

がそ 

ここでタクシツクは輸送用役の異資性を,輸送対象がもつ効用の相違が輸送用   役に.もちこまれるという事実によって説明しようとしていることが判る。ここ  紅ピグーと甲論争では現われなかった見地が1906〜7年のタクシツクに・は存在   

(46)Taussig(1913a),pp.381〜2.  

(47)Taussig(1913b),pp.536〜7.  

(48)丸茂(1972),102ぺ・−ジ。以下の引用もそれによる(ただしT・部省略)。その引用   ほQ〝α′′β′そγ.わ〟′・花〃J扉■風邪細面c∫,Vol.21(1906−7),pp,162〜3からなされて   いる。   

(18)

タクシツク=ピグー論争について  

− 47 −  

47  

していたことが明らかとなる。しかしながら,これを1913年のタクシツクの主張   と関連させて,「……タクシックは・−‥…鉄道の各種の運送サ−ダイス紅は,物理   的にもある程度性貿を異K,する,いわゆるdifferentiation が存在することを   前提とし……」とか,(物理的・化学的に・同一・なものでも需要条件が異なれは   相異なるとしたセリグマンと違って)「……・  タクシックの異質性は多少とも物   理的,化学的に異なった性質を含むものである。たとえば,牛肉紅ついての  

tenderloinとsirloinu…‥,旅客運送サ−・ダイスと貨物運送サーーダイス,電圧を  

(49)  

異に.する家庭用電力と工業用電力etc.。」ということはできない。というのは,  

タクシックは,テンダー一口インもサ・−・ロインも牛肉であり,その意味でほそれ   らは同貿であるとした後すぐに.「■しかしそれらは異なる需要表をもつ」と続け,  

それらの「物理的・化学的性質の相違」に.まったく言及していないし;「電圧   を異に.する……」もタクシック紅忠実であるために.は「昼間の動力用電力と夜   間の照明用電力」とすべきであるが,「2つのものに.たいする需要表ほ.異なる。  

(50)  

この基本的な点紅おいて・むれらほ.同質でほ.ない。」とタウンツクは述べている   のであって,電圧の相違など少しも問題に.していないのである。また貨物輸送   と旅客輸送忙しても,ピグー・とともにタクシツクも前者は夜間に.,後者は昼間   に行われると憩定しているが,そうした時間を異にして供給されるサーダイス   をタクシツクはそのゆえをもって異質的であるとしているのでは.なく,需要の   諸条件の相違のゆえである。したがって,ピグーとの論争に.おいて1906〜7年   のタクシシクは,まったく姿を見せていないことをも合せて考えれは,、セリグマ   ンの主張をタウンックは完全に.受容してピグーに.対したと解するのが妥当であ   る。要する紅;輸送用役の異賓性にかんするタクシックの主張は,徹底して「需   要め諸条件」に.即してなきれているのである。しかしながら次節で検討するよ  

うに.,輸送用役の異質性はその生産過程の分析を経てはじめて,説得的  しうるのである。   

3 自由競争まおほ単純競争の下での賃率 

(49)同前,103ぺ・−・汐およぴ110ぺ−ジ。  

(50)TatlSSig(1913a),pp.3飢γ2.   

(19)

第48巻 第1弓  

l一・Jざ −l   48   

以上みてきた2つの論点は,決してそれ自体として争れたわけではなかった。  

タクシツクにあって:は,ⅠⅠに.おける叙述からも判るよう匿.,運賃負担力主義の   1つの典型的な適用例である貨物の等級づけは,自由競争の下でも行われると   ころの鉄道業の経済的特性紅起因する慣行であることを主張するために,鉄道   業の生産を結合費による生産であることを示す必要があった。そして,それを   示すことに.よつてはじめて,貨物の種類が異なるに応じて異なる賃率を設定す   るこ.とをタクシックは.正当化しえたのである。こ.れに. たいしてピグー・がタク   シックの結合費説を批判することによってご主張するのは.,運賃負担力主義すな  

わち「輸送価値原粗」(the valueofservice 

定ほ「第3級の差別独占」(discriminatingmonopoly of the thirddegree)  

に,はかならず,単純競争の下では賃率は「輸送費用原理」( the cost of service   principle )に・もとづいて定、められ,特殊な場合を除いて,賃率は均等な水車に   落つくほすであるから,そ・れは差別行為に.はかならないということである。し   たがって,論争は現実の賃率設定方式の評価をめノぐってなされたものである   が,タクシックでほ自由競争,ピグーによれば単純競争の下で成立する賃率の   水準は貨物の種類に・よって異なるか否かが,それを左右する決定的な論点とし   て浮びあがってくるのである。   

ピグーの「単純競争」(simple competition)とは.「各々の供給者の産出高が   非常に少ないので」その下では「彼は市場価格を受入れるだけで変更を試みな  

(51)  

い場合」と定義されるが,その下では,すべてのものが同一条件の下で輸送さ   れ,付随的サ−グィ女に何ら差異がないとすれば結合供給でないかぎり,「ト   ン当り賃率は全体を通じて均等となるであろうし,それは需要価格と供給価格  

(52) が一致するようなものであろう。」とピグーは主張する。・そして,たとえ賃率  

の相違があるとしても,山間部を経由するとか需要が時間的紅不規則である路   線,そして需要密度の低い地域や地形的に.水運などの陸上輸送軋代替するもの   が得やすい地城を経由する路線紅は,特別紅高い賃率が適用されるであろう  

(51)Pigou(1920),p.174.  

(52)Ibid.,p.219.   

(20)

タクシツク=ピグ一論争について  

49   

−・告ク ーー  

が,それほ前者については供給価格が特別に高いため,後者ほ需要表が特別に   低く,また供給表も収益逓増を示すからである。さらに.,荷造りの方法や荷扱   い条件さらに.ほ.要東される速度と規則性に応じて貨物紅よって負率が相違する   に.しても費用の相違に.よるものであり,AからBを経由してCまで選ばれる貨   物がA−B間に.かんして二Bで輸送が完了する貨物よりも低い賃率が適用され   るものも,タ−ミナ・ル・チヤ−ジの有線および機関車や設備の相対的遊休期間   の差異がもたらす費用の相違を反映するのであって1攣純競争の下での賃率の  

(53) 相違はそうした場合に.のみ起りうるとピグーほいうのである。   

ところが,現実の賃率はそのように.はなっていない。ピグー・はこの鹿因を  

「第3級の差別独占」が行われていることに.求める。ピグーに.よれば,「こ.の   原理を採用する独占者は彼がサ−ダイスを提供する全市場をいくつかの小市場   に.分割し,その間で差別すること笹.よって,彼の集計的利益をできるだけ多く   するであろう」が,これに.もっとも適合したやり方ほ,「■実際の事情が許すか   ぎり,各々のより高い価格がつけられた市場が,次の市場に含まれるも_つとも   高い需要価格をもつ需要を含むことがもっとも少ないように,個別的市場を配  

(54)  

列することである。」とされる。したがって,この場合,供給価格ではなく需要   価格が決定的な意義をもつこ.とに.なる。貨物の等級づけとは,ピグーに.よれほ,  

「もっとも有利な方式一会社の観点からみて−の追求」が生みだした「手  

(55)  

のこ.んだ分類方式」であるということになる。  

以上のようなピグーの主張は,タクシツクの見解にたいする全面否定である。  

これ吟・たいしてタクシックほ.,結合費説に・立脚する自説を繰返し,ピグーに・た   いする卑論も,ピグーの所説が正しければ鉄道会社は多額な独占収入を得てい   なければならないの紅もかかわらず,実際ほ.そうではないとして,「慣習と伝   統に.よって,さらにその上に世論および公共的規制あるいはそれに.たいする恐  

(53)Ibid.,pp.219〜222.しかし,需要表の低さと供給表に,おける収益逓増畦はピグー   のいうのとは逆に賃率を低める要因である。この点は後において−も正されていない。   

Cf.Pigou(1920),p.258.  

(54)Ibidい,p.222.  

(55)Ibid.,p.223.   

(21)

第48巻 第1号  

50  

ー 50 −  

(56)  

れによって」行動が制約されていると述べる程度で,ピグーに.内在的な反論を   提起しえていない。ただ,ピグーが「…・・・飼の輸送と石炭の輸送の場合に.ほ,  

こうした状況〔多数の競争する売り手による生産−引用者〕の下では,ボン  

(57)  

ド当り等しい価格に.なるであろう。」と述べたのを把えて,「■もし各々の輸送が  

〔鋼の輸送なら銅の輸送だけ,石炭の輸送なら石炭の輸送だけといった具合に〕  

まったくそれだけで行われるとするならば,つまりたとえば荷馬車によっでな  

されるならば,そうなるであろう。……しかし… 

・鉄道に.よ→る輸送はこのよう   に撃純なものでほない。したがって,たとえ競争する売り手がいるとして.も,  

鉄道賃率が2つの貨物について,必ずまたはお・そらく同じになるとほ私に・は思  

(58)  

えない。一」と述べて言いることが注許される。もしこの点を彼の縫合費理論とほ  一席切離してさらに.追究していたとすれば,タクシックほピグーの見解の根幹   に.批判の矢を射ることができたかも知れない。ⅠⅠ・−4でみたよう紅,少なくと  

も1911年のタウンツクをもってすればそれは充分に.可能であっ■たほずである。  

結合費説の固執がそれを不可能に.してしまったといえるかも知れない。   

これに.たいしてピグーは,鉄道会社は独占的収益を得ていないという指摘に   は答える必要を認めなかったが,均等賃率の成立のメカニズムに.ついてほ次の  

ような回答を与えた。  

「自由競争の下では2つの種類の輸送〔銅の輸送と石炭の輸送〕の価格は必    ず同じものに.なるであろうということを直接的に証明できると私はいいた    い。別個の需要表をもついくつかの市場に輸送(あるいははかの何でもよい)   

を供給する相当数の売り手があり,またこれら市場の1つに.おける価格が    他の市場におけるよりも高いとすれば,彼のサーヴィス提供を低い価格がつ   

けられた市場から高い価格がつけられたそれ把修すことは,どの売り手にも   

有利ではないだろうか。この過程は終局的紅は兵なる市場に.おける価格をあ    る水準に導かないであろうか。またこの過程の開始は補足的費用が主要費用  

(56)Taussig(1913a),pp.383〜4.  

(57)Pigou(1913a),p.535.  

(58)TallSSig(1913b),p.537.  

\\   

(22)

タクシツク=ピグー論争について  

− 5J一】   

51  

に比べて大であるかどうかの問題とはまったく無関係ではないだろうか。私  

(59)   

の考えでほ答は明らかに凝りである。」  

こ羊・でピグーは明らか紅すべての市場に競争が存在しているケ−スを想定して   いるが,そうした場合に.成立するとされる「遼,る水準の価格」は,補足的経費   の比重が大であってそれを無視することが許されない場合に.ほ.,平均利潤部分  

−もちろんピグー紅あってもこれも供給価格を構成す・る−のみならず補足   的費用部分も含みえないものではないか,またもしそうであるとすれば,鉄道会   社が主要費用のみならず補足的費用や平均利潤を回収または取得する−これ   はその存在の不可欠の条件であろうー−ものとすれば,その市場はその一・部に  大なり小なり独占的諸市場を含むもの−タクシツク的自由競争の世界一・と   想定しなければならず,その場合の賃率は市場に.よって異なることに.ならない   であろうかといった,1911年のタクシツクから推論しうる疑問を提起し早場   合,それでも賃率は均等になるとピグーが主張しうるとは思えない。   

しかしピグーは,『富と福祉』で述べたこ.とに.上記の均等賃率成立のメヵユズ  

(卯)  

ムについての説明を補足して,第3の論点にかんする最終的見解としたのであ   る。   

4 2つの賃率設定原理の評価  

ⅠⅠ−4で指摘しておいたように.,1911年のタクシツクは設備の完全利用,ひ   いては社会にたいするより多くのサ−ダイスの供給を根拠に.して運賃負担力主   義を正当化する観点を明確紅釘らだしてきた。このときピグーは『富と福祉』  

を執筆中であったのであるが,タクシツクのそうした主張はピグーがそこにお   ける中心デーマである国民分配分の増・減を論じていおうとしていたこととま   ったく正反対のものであったために.,鉄道賃率を論じた章に卜おけるタウンツク   批判があらゆる論点に及び,それがまたタクシツクの反批判を呼んだと推測で  

きなくもない。そゐ意味で上記の3つの論点にたいする両者の論争はこの論点   にかんする主張を正当化するためのものであったということもできる。その意  

(59)Pigou(1913b),p.691.  

(60)Pigo11(1920),p.2(〜5.   

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