は じ め に
カモる人間とカモられる人間を分ける学問
マーケティングやビジネスにおける「目的」は、シンプルに言えば、顧客に何物かを売 り、儲けることである。 むろん、いかなるジャンルの商品であろうと、放っておいて勝手に売れる商品など無い。 世の中には競合商品は山ほどある。顧客に商品の情報を与えたくても、受け入れ側の時間 などの容量に限りがある。また、消費者の財布のヒモは相当カタくなっている。 そこで売る側はマーケティング戦略を構築して、効果的な販売を狙う。魅力的な商品を 開発し、価格や販売チャネルを用意して、それらをコミュニケーションする。それにより、 顧客を買う気にさせ、購買行動を起こさせる。 つまり、商品の存在を知らせ、特徴を理解させ、他の商品との違いを認めさせて、店頭 に足を運ばせるか、通販サイトへのアクセスにより購入させるのだ。 こうして首尾よく、顧客に「商品を買わせる」ことに成功する。目的達成である。 さて、ここで一つの疑問を提出しよう。あなたが売ろうとした商品は、世界で最も優れているうえ、安い、顧客にとって最良の 商品であった、だから顧客はそれを選び、購入した、と言えるのかということだ。 残念ながら、そんなケースはほとんど無い。 少なくとも私が関わってきた700以上のケースの中では無かった。どんなに良い商品 であっても、普通は何かしら劣る点があるものだ。機能やスペックで競合に負ける場合も あるし、商品は総合的に優れていても価格が高いケースもある。おそらく、どんな企業に とっても、論理的に最善を実現することは不可能なのではないか。 にもかかわらず、顧客はあなたの商品を買ったのだ。ベストの商品ではないにもかかわ らず、それを選ぶという選択(非合理な選択)をしたのである。 すなわち顧客の購買行動においては、商品がベストかそうでないかは、まったく重要で は な い。 究 極 の 言 い 方 を す れ ば、 マ ー ケ テ ィ ン グ や ビ ジ ネ ス に お け る「 目 的 」 は、 ( 商 品 がベストでなくとも)顧客が「買う」という選択をし、購買行動を起こせばいいのである。 別 の 言 い 方 を す れ ば、 目 的 達 成 の た め に は、 「 売 る 側 に 都 合 の 良 い『 判 断 や 行 動 』 を、 顧客に起こさせる」ことである。
はじめに であれば、売る側にとっての課題は、顧客におけるこの非合理な行動を、どのように合 理的に起こさせるかである、ということになろう。 この課題に取り組む際、答えやヒントを提供してくれるのが行動経済学なのである。 行動経済学を知れば、人間がいかに非合理的な行動をするかがわかる。それがわかれば、 その心を逆手にとって、合理的に彼ら(顧客)の行動を左右することが可能になるのだ。 行動経済学は、簡単に言うと、経済学と心理学の中間に位置する学問だ。 「経済現象や経済問題の背後にある人間の行動を、人間の特性や心理面から解き明かそう としている経済学」とも言われる。 いわゆる伝統的な経済学は人間を、ラテン語の「ホモ・エコノミカス」という、感情を もたず、経済合理性や打算に従って動く存在とした。それは理論やモデルを組み立てるた めに必要な前提だった。 「ホモ・エコノミカス」は「経済人」と訳される。その意味は、もっぱら経済的な合理性 のみに基づいて行動する、個人主義的な人間である。常に、自分の物質的利益を追求する。 自分をコントロール下におき、何かを選択する際は、いかなる状況であろうと、変わる
ことなく同じ判断をする。あらゆる情報を把握したうえで、常に、最も合理的な意思決定 を行う。また他人の利益を自分のそれよりも優先させることはない。 これは経済学の古典学派によって想定された人間像だ。近代経済学においても、このよ うな人間像を仮定して理論を展開してきた。 しかし、現実の人間はトクするほうばかりを選ぶわけはなく、常にドライな行動をする とは限らない。 「人間はしばしば、非合理な判断や行動をするものである」 これは、私がマーケターとして 25年以上の間、あらゆる業種のさまざまな商品を売る仕 事をしてきて得た実感だ。 行動経済学はこのような人間の非合理なココロを理論化し、さまざまな実験で証明した。 行動経済学を学ぶことによって、人間の非合理な判断や行動のパターン、それらが起き る理由、それらを示す法則を理解できる。これをマスターすることで、顧客を動かすヒン トが数多く得られるのだ。 「行動経済学が9割の人間をカモにできる学問」というのは、こういった理由なのである。
はじめに 行動経済学の考え方を用いてキャンペーン広告を行い、成功した例は多い。ひとつだけ、 アメリカでの例を出しておこう。 カリフォルニア牛乳協会が1993年から始めた牛乳の飲用促進キャンペーンだ。この キャンペーンが始まるまで、1人当たりの牛乳消費量は 15年にわたって減少し続けていた。 協会が手をこまぬいていたわけではなく「健康促進に牛乳はいい」と広告し続け、 90% 以上の人が牛乳と健康との関係を理解し、評価していた。にもかかわらず、消費量は減少 を続けたのである。 そ の 中 で、 「 G O T M I L K 」 キ ャ ン ペ ー ン に 切 り 替 わ っ た。 G O T M I L K? と 疑問形にすると「牛乳、ある? 牛乳、飲んでる?」という意味になる。 いくつかのテレビCMのパターンがあるのだが、あるパターンでは、病院で、全身ギブ スをはめられた主人公が、隣のベッドに見舞いに来た患者の家族から、クッキーをおすそ 分けされる、というのがある。 いただいて食べるうち、だんだん口の中がぱさぱさになる。隣では、みんながクッキー を食べながら、牛乳を飲んでいるのが見える。身動きができず、自分の口もいっぱいなの で、牛乳が欲しいと伝えられない。目を白黒させる主人公。
ここで「GOT MILK?」の文字が映って、CMは終わる。 いずれのCMもコメディ映画やホラー映画の雰囲気を出しているのだが、どれも「牛乳 が飲みたい、でも飲めない」というシチュエーションを強烈に描いている。このキャンペ ーンの結果、牛乳の販売量は上昇を始めたという。 このCMは、行動経済学でいう「時間割引率」をとんでもなく高めた傑作と言っていい。 本 文 中 に 何 度 か 登 場 す る 言 葉 だ が、 時 間 割 引 率 と は、 「 あ る 価 値 を、 い ま 得 る か、 将 来 得るかの欲求度」である。 「牛乳を飲めば健康でいられる」と頭で理解させるのではなく、 誰もが何度も経験していることを思い出させ、共感させる。とにかく、いま牛乳を飲みた い、と行動を惹起させる、つまり時間割引率を急激に高めるCMだったのだ。 ここで、少しだけ自分自身について触れておきたい。 私は、大学卒業後に広告会社でマーケティングや営業を経験し、シンクタンクに転職し てコンサルタントとなった。その後、再び広告会社に戻り、消費者分析やマーケティング、 ブランディングの戦略構築や実施を行っている。 特にマーケティングやブランディングに関する約 25年のキャリアにおいて、消費財から
はじめに 金融や不動産、環境エネルギー関連まで幅広く扱ってきた。ビジネスを行う相手も、民間 企業、官庁や自治体、マスコミまでさまざまだ。 時代的にも、バブルの時期から不況の時期までを幅広く経験している。また、億ション を購入する富裕層から、消費者金融で借入れする生活者まで、多様な人々の消費に関わっ てきた。 さまざまな経験の中で、人間が行うものであれば、それが個人によるものであろうと集 団であろうと、必ずしも合理的な判断によって選択や行動が行われるわけではない、とい うことを身にしみて感じた。 こうしたビジネスで悩むときに指針を与えてくれたのが行動経済学であった。この知見 は深く、かつ実務に活用できるものが多い。ぜひ多様な場面で活かしていただきたい。 現在、行動経済学の知識は主に、金融業界で活用されている。投資家など市場関係者の 判断や行動を把握して市場の分析や予測などを行っている。 しかし、人間の判断や行動は金融に限らず、消費や取引に関わる分野すべてに関係する。 行動経済学は、顧客に向けて何かを販売するビジネスマンに特に薦めたい。 だが、ここで得られる人間心理の知見は、一般生活者にとっても有用である。
人間は無意識のうちに非合理な行動を取ってしまう。その理由や仕組みを知ることによ って、自分にとってのベストな判断を選ぶことができるからだ。 自分がお金を払うときに、 どんな誤りをするかを知っておけば、無駄な出費をすることもないだろう。 人間の人生は、判断の連続だ。毎日、何時に起きて、何を食べ、何を着て、いつ出かけ、 どこに行き、何を買い、誰と会い、何を話すか……。例えば食事だけに限っても、1日に 200以上の決定をしているという研究結果がある。 その中にある非合理な選択を避けることができれば、あなたのビジネスや仕事は、劇的 に変わるのではないだろうか。 行動経済学は、あなた自身の非合理な選択を、あなたが、どんなときにどのように誤る のかを教えてくれる、超実際的な学問なのだ。この本では、マーケティングの実例を用い ながら、行動経済学の面白さを紹介していきたい。 ビジネスに、日常生活に、大いに活用していただきたいと思う。 2014年1月吉日
橋
はし本
もと之
ゆき克
かつはじめに カモる人間とカモられる人間を分ける学問 001 01 行動経済学を学んだ1割だけが生き残る時代 016 情報量の巨大化が判断を狂わせる/ステルス化した情報に操作される常識人/ 安定を求めるほど判断を誤る/行動経済学だけが攻めて守れる最強の武器 02 ソーシャルゲームは行動経済学の基本中の基本 023 「やめられない、とまらない人」急増中/「なめこ栽培」から「パズドラ」まで/ 「コンプリート」と「レアアイテム」の罠/二度と戻らない「時間・お金・労力」の呪縛 03 人間はこんなにも損をしたがる動物なのか 032 ソーシャルゲームの共通点/損はしたくないと言うけれど……/ 持っていたら愛着がわく=保有効果/自分を貫ける人間は多くない/ ソーシャルゲームからゲーミフィケーションへ 9割の人間は行動経済学のカモである 目 次
行動経済学は人間を意のままに動かす最強の学問
第1章04 人間はココロでお金を使っている 046 カジュアルになった借金/だから平気で借金する=異時点間の選択/ 借りた金を浪費してしまうのはなぜか?/浪費を正当化する心理 *第1章のポイント 05 売れたものはすべて「コレ」で説明できる 060 どんな流れで出現した商品なのか/ 時代の流れをつかむ基礎知識=プロスペクト理論/ 「変化」をキーに世界をよく見よ 06 付録付き雑誌がバカ売れした心理 074 なぜこの雑誌が登場したのか/この成功をプロスペクト理論で解剖すると/ 飽きっぽい人の心との戦い 07 飛行機事故を恐れる「ウソの確率論」 084 本当の確率、ウソの確率/リスク評価を誤る理由/リスクを刺激すれば儲けられる 08 保険文脈で儲けるのは誰か? 091
1
割
の
人
間
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」を
知
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て
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第2章「保険」にめっぽう弱い日本人/なぜか保険に加入してしまう3つの理由/ 「保険」と「保健」は字も意味も違うが…… 09 イチローがヒット数を目標にする理由 099 日本最高のプレーヤー・イチロー/イチローの信条/ イチローは巧みに賢い選択をした/イチローから学べることがある *第2章のポイント 10 「よく考えればわかるのに」という失敗 112 さまざまな「早とちり」 「早合点」/気にするポイントがズレている/ 賢い人はヒューリスティクスを使う/顧客側の防衛的なヒューリスティクス/ ヒューリスティクスでスルーされないために 11 消費者がタレント広告に惹かれる罠 129 タレントによるハロー効果/ハロー効果を設計することの重要性 12 AKB総選挙も行動経済学のもとに 133 AKB 48とAKB総選挙/若者の選挙離れ/
犯した過ちはすべて
「ヒューリスティクス」
にある
第3章衆議院選挙にアンカリングするAKB総選挙/ 関与を促進する現代のマーケティング/再び若者の行動促進 *第3章のポイント 13 フレームを把握すれば儲け方が違ってくる 150 ブランディングとフレーミング/ブランドコンセプトをどう作るか/ 表現だけでここまで変わる/フレーミングに関わる心理的なバイアス 14 気がつけばマイルのための無駄遣い 165 ポイントが巨大化する傾向/ポイントは心理の盲点を巧みに突く 15 通販の購入ボタンを押してしまう最強の言葉 176 通販ビジネスの特徴とビジネスのポイント/ あの手この手のフレーミング・テクニック/あえてリスクを取らせる=反転効果 16 無料「お試しセット」の意外な秘密 188 通販はとにかく新規顧客の獲得だ/お試しセットはどんな影響を与えるか *第4章のポイント
「フレーミング理論」
活用の儲かるビジネス
第4章17 時間を制するものは儲けを制す 200 今のトクと未来のトクの違い/重要なのは現在か将来か=双曲割引/ 将来より今が大事だ=現在志向バイアス/トクは拡大したほうがいい=上昇選好/ ピークと最後だけで判断する=ピークエンド効果 18 あわてる乞食は、もらいが少ない 209 あわてる乞食は誰のこと?/マーケティングにおける時間割引率とは?/ マーケティング戦略における時間割引率の使い方/ 爆発的に牛乳を売った「GOT MILK?」キャンペーン *第5章のポイント 19 手数料を気にしない人は金持ちになれない 222 小さいお金を無視するな/選択肢を示すよりストレスを軽くさせる
「時間選好」
を知ったら、
もっと儲けられる
第5章行動経済学で
「儲かる体質」
に変えよ
第6章20 将来の予測は少々悲観的に現実的につくる 230 楽観は良いのか悪いのか 21 「ワケあって安い」の「ワケ」を重視しないワケ 235 ワケがあるから後悔しない気がする/ ワケがあると合理的な判断をした気分になれる/後悔の予測が隠れたポイント/ 後悔しない村上春樹に学ぶ 22 なぜ素人投資家がやられるのか 242 素人投資家がやられる3つのパターン 23 草食男子こそ投資家に向いている 250 投資に失敗する体質とは? *第6章のポイント 参考文献 用語の初出一覧表 カバーデザイン◎岡孝治 本文デザイン◎ムーブ (新田由起子、徳永裕美) 編集協力◎エディット・セブン
行動経済学は人間を
意のままに動かす最強の学問
第1章情報量の巨大化が判断を狂わせる さまざまな経験の中で、人間が行うものである限り、それが個人によるものであろうと 集 団 で あ ろ う と、 必 ず し も 合 理 的 な 判 断 に よ っ て 行 わ れ る わ け で は な い、 と い う こ と を、 私自身、身にしみて感じている。 人間の判断を、合理的でなく非合理にさせてしまう、すなわち判断を誤らせてしまう原 因は、さまざまである。 その原因のあれこれを考えていくと、 世の中が便利になればなるほど、逆に、非合理な 判断が生まれやすいのではないかとさえ思えてくる のだが、非合理な判断を生む社会環境 の代表的なものを、3つほど挙げていこう。
行動経済学を学んだ1割だけが生き残る時代
01第1章 行動経済学は人間を意のままに動かす最強の学問 第一は 「情報量の巨大化」 だ。 情報の多さが判断を狂わせるとは妙な話だが、それが現実だ。 例えば、何かを買おうとしているときの状況を考えていただきたい。ぜひ欲しいと思う 品物があって、少しでも時間があれば、買う前にいろいろ調べることだろう。 そのときに、私たちは膨大な情報に直面することになる。新聞、雑誌、テレビ、Web、 口コミ、店員の説明などだ。 た ま た ま 雑 誌 の 特 集 や テ レ ビ 番 組 で 取 り 上 げ ら れ て い れ ば、 じ っ く り 見 る に 違 い な い。 店頭で実物を類似商品と比較し、店員にも説明を聞くかもしれない。 何よりもまず、Webで検索をする人は多いはずだ。既に買った人の評判や評価が掲載 されているサイトは参考にするだろう。提供する会社のサイトでスペックを確認し、ブロ グや個人サイトをチェックするかもしれない。 しかし、現実には、それだけの情報を集めても、買うべき品物を選ぶための正確な根拠 が得られるかはわからない。情報を集め始めると本当にキリがない。情報は多ければ良い というものでもない。情報の迷路に入り込みかねないのが現代だ。 このような情報過多の状況は、逆に、人間の判断を狂わせてしまいがちなのである。
ステルス化した情報に操作される常識人 判断を狂わせる第二の要因は 「生活者操作のステルス化」 だ。 例えば、ネットメディアである。ネットメディアは、実に身近な存在になったが、その 特徴は、誰もが容易に情報を発信できることだ。 以前、有名タレントがお金をもらって、商品を自分が使ったかのように、良い感想を書 き込んだことが話題になった。その前から、しばしば一般人ブロガーが有償で特定の商品 を「ほめる記事」を書くことがあった。 ネットメディアに親しんでいる一般人は、日常的に、その情報を受け取っており、商品 を買うかどうかの判断をする際に、何らかの影響を受ける。 このように人の判断を左右する情報が、隠れた形で生活者に向けて発信されていること は、 「ステルス・マーケティング(ステマ) 」という呼び名と合わせて、一般に知られ始め ている。 数年前から注目されている、新たな手法「戦略PR」も、その一つだ。
第1章 行動経済学は人間を意のままに動かす最強の学問 PR活動は、広告的な匂いを消しながら商品をアピールする手法であり、昔から頻繁に 使 わ れ て い る。 テ レ ビ の バ ラ エ テ ィ 番 組 な ど で、 司 会 や 共 演 者 が 新 発 売 の 飲 料 を 飲 ん で、 感 想 を 画 面 か ら 伝 え る よ う な も の は 典 型 例 だ。 一 方、 「 戦 略 P R 」 は、 よ り シ ス テ マ テ ィ ックに商品がメディアに取り上げられるように仕込むものである。 ごく簡単に言うと、商品のすべての特徴を洗い出したうえで、さまざまなメディアの志 向やターゲットに合わせて最適な情報を流す。 例として「省エネ家電」での方法を簡単に述べる。 新技術によって、今までの2倍の省エネ効果を持つ家電を開発したとしよう。技術の話 に関心を持つのは男性中高年だ。であれば、彼らがよく読むビジネス雑誌で、新商品の話 を技術の開発のサクセスストーリーなどと合わせて記事にする。 主婦向けには平日昼の情報番組で、1年間に節電で浮く金額を示しながら省エネ効果の 説明をする。 さらに、うまくいけばビジネスマンと主婦が家庭で、この家電について会話するように 情報発信の時期などを調整する。
このように、企業による情報コントロールは複雑で巧妙になる。生活者も、情報があふ れる中で判断をするのが困難になっている。 安定を求めるほど判断を誤る 人間の判断を誤らせる、第三の要素として 「景気の不安定さ」 を挙げたい。 リーマンショックから東日本大震災までダメージを受け続けたことで、不況のムードは 根強く残っている。アベノミクス以降は景気上昇の兆しはあるものの、一般生活者におい ては変化が実感できないという声が多い。 こ う い っ た 未 来 が 読 め な い 状 況 で は、 合 理 的 な 選 択 や、 正 し い 判 断 を す る の が 難 し い。 過剰に防衛的になることも、逆に安定を得ようとして判断を誤ることもある。 わかりやすい例は、詐欺商品の購入だ。 元 本 割 れ が な く 利 益 も 大 き い、 と い う 触 れ 込 み の 投 資 で 騙 さ れ る 事 件 は 後 を 絶 た な い。 被害者のインタビューをニュース番組などで見ると、必ずしも欲の皮が張った輩ではなく、 老後の大切な資金を失った普通の善良そうな老人であったりする。
第1章 行動経済学は人間を意のままに動かす最強の学問 もしかすると、彼らは先の見えない不安を解消したい一心で、リスク商品に手を出した の か も し れ な い。 し か し、 い ず れ に し て も、 販 売 側 が「 景 気 の 不 安 定 さ 」 を 引 き 合 い に、 老後の不安を煽ったであろうことは想像に難くない。 ま た、 普 通 の 一 般 投 資 に お い て も、 「 不 況 」 に よ る 心 理 的 バ イ ア ス の 影 響 を 受 け た 人 は 多いのではないか。不況のさなかは、投資や消費の意欲が冷えている。この状態が長く続 いた後に、アベノミクスによる急激な市況の回復があった。 しかしそこで波に乗れず、投資の仕込みタイミングを逃した人もいるだろう。そのうえ、 さらなる上昇を見込んで高値で株や為替に投資し、下がったまま身動きが取れない人もい ると聞く。 不況による過度な自己防衛心理が、判断を誤らせた可能性がある。 行動経済学だけが攻めて守れる最強の武器 すべての企業は利益を得るために商品を売る。誰もが厳しい環境下で生き残るために行 動している。
しかし、これまで見たように、行動の指針となる情報は多すぎる。そのうえ、操作され ている可能性が高い。景気を含めて未来の予測は難しく、読みは簡単に裏切られる。 それでも我々は、判断をしなければならないのだ。 判断を誤っても責任の転嫁はできない。 大前提として、人間は非合理的な選択をするという動物だ。 そんな状況でこれからも生きていかなければならないならば、最良の策は知識で武装す ることではないだろうか。 少なくとも、自分自身の判断においては最良を目指さなければならない。 判断を左右するバイアスは排除し、いや、場合によっては意識的に活用する。攻めと守 りの知恵と理論を身につけることは、生き残りのカギだ。 企業であれ、個人であれ、行動経済学は生き残りを決意した者にとっての最良の武器と なるだろう。