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【学位論文審査の要旨】

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Academic year: 2021

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【学位論文審査の要旨】

1. 研究の目的

素粒子の間に働く相互作用のうち、強い相互作用(陽子・中性子を束縛する核力の源となる 相互作用でQCDと呼ばれる理論によって記述される)、弱い相互作用(原子核崩壊を引き起こ す相互作用)そして電磁相互作用の3種類は素粒子の標準模型の枠組みで理解されている。相 互作用の強さを特徴付ける量として結合定数がある。弱い相互作用と電磁相互作用の結合定数 は小さいことが知られているため、摂動論という理論的手法により高精度な理論計算と実験結 果の比較が可能である。他方、強い相互作用の結合定数は低エネルギーで非常に大きくなるた めに摂動論を使用することができず、その低エネルギー(約10GeV以下)での現象についての 理論的理解が困難である。例えば、低エネルギーにおいてクォークを単独に観測することはで きず、クォークがハドロンの中に閉じ込められた状況でしか存在し得ないという「クォークの 閉じ込め」の現象をQCDから説明することは未だ成功していない。このように強い相互作用の 非摂動論的効果の理解は素粒子理論の重要な研究課題のうちのひとつとなっている。

強い相互作用の非摂動論的効果には様々なものがあるが、そのひとつに「インスタントン効 果」と呼ばれるものがある。歴史的にはインスタントンは量子力学におけるトンネル効果を取 り扱う手法のひとつとして導入された。例えば、2重井戸型ポテンシャル系のように複数の古 典的基底状態が縮退して存在する場合の量子力学的基底状態は、それらの古典的基底状態の間 のトンネル効果を考慮して決定される。それは量子力学の基本方程式であるシュレーディンガ ー方程式を解くことによって達成できるが、インスタントンを用いて正しい答えを得ることも できる。インスタントンとは時間を純虚数に解析接続した古典的運動方程式の解であり、半古 典近似を用いたトンネル効果を取り扱う手法として有用なものである。ある数学的な理想化を 認めると、強い相互作用の基底状態(真空)は単純ではなく、古典的基底状態が無限個縮退し て存在するものであると結論される。この場合、量子論的な基底状態はそれらの間のトンネル 効果を考慮する必要があり、インスタントンを用いた取り扱いが適用される。このトンネル効 果が物理現象に及ぼす効果が「インスタントン効果」と呼ばれるものであり、軽い中間子の質 量スペクトルを理解するために必要であるとする説がある。インスタントン理論には位相幾何 学と関係しているという数学的な美しさ、場の量子論に関する純理論的な研究の成果(超対称 性と呼ばれる対称性を持つ特定のゲージ場の理論においてインスタントン効果の評価が厳密 解を再現する事実など)、宇宙論への応用(インスタントンの効果によりアクシオンと呼ばれ る粒子が存在し、暗黒物質の候補となっている)等の注目すべき特徴があり、強い相互作用の 非摂動効果にインスタントン効果が重要な役割を果たしているのではないかと予想する研究 者も多い。

強い相互作用におけるインスタントン効果の直接探索は素粒子加速器において行われてき ているが現在まで発見されていない。その一方で、インスタントン効果が軽い中間子の質量ス ペクトルに影響を与えることから、軽い中間子の質量等の実験結果を理論的に解析してその効

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果の大きさに制限を与える研究が行われてきた。本論文の目的は後者の方法の発展として重い 中間子(B中間子)の質量等の実験結果を理論的に解析し、インスタントン効果の大きさへの 制限を得る方法を提案することである。

2. 研究の方法および結果

著者はまず、軽い中間子の質量等の実験結果の理論的な解析によりインスタントン効果の大 きさに制限を与えるこれまでの手法を独自に行うことから始めた。軽い中間子のような低エネ ルギー現象に対しては摂動論的な手法を用いることができないので、強い相互作用が持つカイ ラル対称性とその自発的破れを考慮した低エネルギー有効理論の構成から始める必要がある。

標準模型においては強い相互作用はクォークの間の相互作用として表現されるが、軽い中間子 の低エネルギー有効理論は中間子の間の相互作用として表現される。低エネルギー有効理論の ラグランジアンは場の微分とクォーク質量についてのべき展開で表され、最低次は2次の項と なる。中間子の質量へのインスタントン効果の存在を支持する理論的な事実として、低エネル ギー有効理論に「インスタントン変換」と呼ばれる変換についての対称性の存在がある。イン スタントン変換は4次項まで含めた時に非自明なものになり、インスタントン効果は4次より 高次の項の中でも特にカイラル対称性を破る項に含まれると期待されている(この期待が正し いことは実際に先行研究によってある程度確かめられている)。著者はこの仮定の下で軽い中 間子の質量の実験値と格子QCD(強い相互作用の計算機シミュレーション)の結果を用いてイ ンスタントン効果の大きさに制限を与えた。その方法は先行研究と比較するとより簡便なもの であり、多くの補正(カイラルループの効果等)を含まないものであるが、結果は先行研究の 結果をよく再現している。

次に著者は重い中間子を用いて同様の手法が可能であることを検証するため、重い中間子の 低エネルギー有効理論を構成した。重い中間子の低エネルギー有効理論はやはり強い相互作用 が持つ対称性(カイラル対称性とその自発的破れに加えてクォークの質量が重い極限で出現す るスピン対称性)を利用して構成される。先行研究において構成された重い中間子の低エネル ギー有効理論にはインスタントン変換についての対称性は存在していない。その理由は有効理 論のラグランジアンにおいてカイラル対称性を破る項を全て書き尽くしていなかったためで ある。著者は対称性から可能な全ての4次項、中でも特に軽いクォークの質量について2次の 項、を新たに書き下し、インスタントン変換についての対称性が存在する重い中間子の低エネ ルギー有効理論を初めて構成した。新たに構成した重い中間子の低エネルギー有効理論を用い て3種のB中間子の質量公式を算出し、これを用いてインスタントン効果が大きく寄与してい ると期待される高次項の大きさに制限を与えた。その結果として得られるインスタントン効果 の大きさへの制限は軽い中間子系から得られたものと同程度であることがわかった。重い中間 子の低エネルギー有効理論の高次項へのインスタントン効果の寄与の大きさを基本理論であ る QCD に基づいて詳細に調べるという課題が残されてはいるが、近い将来のBファクトリー 実験による精密測定によってより強い制限が得られる可能性を新たに指摘した。

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3. 審査の結果

本研究において著者は、近未来のBファクトリー実験において期待されるB中間子に関する 物理量の精密測定(および格子QCD計算の発展)によって強い相互作用におけるインスタント ン効果について現在よりも強い制限が得られる可能性を示した。この結果は、強い相互作用に おけるインスタントン効果の存在の是非という問題の決着に向けた新しいアプローチを提案 するもので、大きな意義を持つ。強い相互作用の低エネルギー有効理論の構築という純理論的 な観点からも、重い中間子の低エネルギー有効理論を既知のものよりも完全な形で構成したと いうことは、今後の重い中間子の低エネルギー有効理論の発展に向けた堅実な成果である。な ぜなら、構成された重い中間子の低エネルギー有効理論によってB中間子の物理をより精密に 記述できることになるため、近未来のBファクトリー実験の結果のより精密な解釈を通じてイ ンスタントン効果以外の強い相互作用の物理の理解にも資すると期待できるからである。強い 相互作用の低エネルギーでの物理の理解はその非摂動論的な効果の理解が必要であるために 困難な問題である。本研究はその困難な問題に取り組み、着実な一歩を踏み出したという点で 評価できる。

以上の結果、本論文は博士(理学)の学位に十分値するものと判定した。

4. 試験および試問の結果

本学の学位規定にしたがって、最終試験を行った。公開の席上で論文内容の発表を行い、物 理学専攻教員による質疑応答を行った。また、論文審査委員による本論文および関連分野の試 問を行った。これらの結果を総合的に審査した結果、合格と判定した。

参照

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