古 今 著 聞 集 の 研 究
‑助詞﹁の﹂・﹁が﹂の用法‑(上)
A St ud y of "
Ko ko n‑ Ty om on zy u"
YO SH IK AZ U FU KU DA
福 田 益 和
(一)
古今著聞集における言語表現は説話集といわれるものが重層的構造(依
拠説話の言語表現との二重構造などをさす)を成すという一般的事実を
考慮に入れても︑その表現の基底をかたちづ‑つているものは他ならぬ
編著者成季の言語それ自体であると考えられる︒その意味では本書の言
語表現は十三僅紀半ばの日本語の一端を語るのは無論である︒一方︑成
季の眼は王朝の聖代にそそがれ︑﹁昔・中比﹂(成季の時代意識よりみれば
( 注‑ )
十世紀〜十二世紀の間をふくむ)への憧憎は本書のあちこちに詠嘆的言
辞をもって記されているのである︒それに︑述べたごとき説話集といわ
れるものの内包する重層性がこれに加われば︑成季の語り口の基底を成
すものが成季の生きた時代の言語であるにせよ︑そこに十三世紀といラ
時代を背景とした中世文語の姿をも当然考慮に入れるべきであろうから︑
成季の語り口がつねに新しみをもった表現として本書成立当時の国語を
充全にあらわしたものとは言い切れないであろう︒説話文学についての
古今
著聞
集の
研究
言語の問題の複雑さがここにある︒研究者はこの間の事情をつねに視野
の中に入れ全体を展望する態度が必要であると考えられる︒
その1つの方法としてかって本書の文末の省略表現の実態を構造的に
(注2)とらえようとしたのであるが︑小稿は同じ対象をあつかうに際して古代
より役割を共通的ににないながらそれでいて表現本質のちがいによって
また用法の質的差異をも示して来た﹁の﹂・﹁が﹂助詞に視点をすえて︑
説話表現の重層性という土壌の中でいかに両助詞が働いているかを表覗
類型の上からみきわめようとするものである︒前稿が今昔︑宇治などと
の比較の方法によって古今著聞集独自の説話表現としての特色をきわど
たせようとしたのに対して本稿はあ‑までも記述的立場を中心にしなが
ら成季の語り口としての助詞﹁の﹂・﹁が﹂の用法をつかみたいと考え
る︒その中から成季の対人関係︑それは己が作物に登場する諸々の人物
に対する待遇意識として特立されるであろうもの︑即ち他ならぬ成季の
王朝志向者としての宮人意識をわれわれは看取することができるという
見通しが得られるものと思う︒
福 田 益 和
﹁ の
﹂
・
﹁ が
﹂ 助 詞 の に な う 共 通 的 役 割 と し て 主 格
・ 連 体 格 等 の 用 法 が あ る が
︑ 表 現 構 造 の 面 か ら 言 え ば 両 助 詞 の 働 き に は 差 異 が 見 ら れ
︑ そ れ が 中 世 を 軸 と し て 際 立 っ て く る と い う 事 実 は 周 知 の ご と く で あ る
︒ 即 ち
︑
﹁ が
﹂ 助 詞 は 従 属 句 の 呪 縛 か ら 離 れ て 主 格 助 詞
︑ 更 に は 接 続 助 詞 と し て の 用 法 を 持 ち
︑
﹁ の
﹂ 助 詞 は 連 体 格 助 詞 の 用 法 が つ よ く な っ て き わ だ っ た 対 象 を み せ る の で あ る
︒ こ れ に 応 じ て 両 助 詞 の 使 用 率 に も 大 き な 変 動 ( 注 3 ) が み ら れ る
︒ 大 野 晋 氏 の 調 査 に よ れ ば
︑ い わ ゆ る 古 典 語 の 時 代 の 作 品 ( 土 佐 日 記
︑ 源 氏 物 語
︑ 百 座 法 談
︑ 徒 然 草
︑ 宇 治 拾 遺 物 語
︑ 平 家 物 語 ) で は
﹁ の
﹂ は
﹁ が
﹂ の 2 0 倍 か ら 8 倍 ま で の 使 用 数 を も っ て い た が
︑ 室 町 時 代 以 後 の 口 語 的 な 作 品 ( 天 草 本 平 家 物 語
︑ 天 草 本 伊 曽 保 物 語
︑ 昨 日 は 今 日 の 物 語 等 ) で は 半 減 し て
﹁ の
﹂ は
﹁ が
﹂ の 4 倍
〜 3 倍 に な っ て い る
︑ 即 ち
﹁ が
﹂ 助 詞 の 使 用 が 相 対 的 に 増 加 し て
‑ る
︑ と い う の で あ る
︒ 古 今 著 聞 集 に お け る 両 助 詞 の 実 態 に つ い て も 右 の 国 語 史 的 事 実 を 考 慮 に 入 れ て
︑ そ の 表 現 類 型 の 諸 相 を 対 比 的 に み て い
‑ こ と に す る
︒ ま ず 両 助 詞 の 使 用 率 の 点 で あ る が
︑ 前 記 大 野 氏 の 調 査 に は 本 書 の 場 合 が の せ ら れ て い な い の で 筆 者 の 調 査 結 果 を 述 べ る
︒ 即 ち へ r s
・ R J 紹
﹁ の
﹂ の 倍 率 8
・ 6 こ れ に よ れ ば
︑
﹁ の
﹂ の
﹁ が
﹂ に 対 す る 倍 率 8
・ 9 と い う 数 字 は 大 野 氏 の 調 査 結 果 で は 宇 治 拾 遺 物 語 ( 倍 率 に も っ と も 近 い
︒ 両 書 が 成 立 年 時 も
二
相対的に近‑'いずれも説話文学である点をも考えると首肯されるとこ
ろである︒この結果から本書の﹁の﹂・﹁が﹂両助詞の性格は︑大野氏
のいわゆる﹁古典語的文体の言語﹂の範噂に入ることになる︒本書が中
世説話集とはいいながらその王朝志向による文体的保守性をかいまみる53ことができる︒とはいえ︑土佐日記(L)へ源氏物語(d)︑首座法談
C
O
N
N
(ォ)︑徒然草U)に‑らぶればその倍率はかなり低いのであるから
r
:
3
保守性を内包しながら新しい時代の言語的様相をも有していることにな
るであろう︒両助詞の使用率の変動は上接語の性格の変動に原因の一つ
があると考えられる︒そこで表現類型を上接語の性格に注意しながら分
(注4)類しその実態を眺めることにする︒
(一Il)体言+﹁が﹂+体言(実質名詞)
﹁が
﹂助
詞の
連体
格用
法の
典型
を示
すも
ので
︑全
7
5
2例
の中
約半
数の
36
7
例がこの用法である︒﹁が﹂の上接語には表現主体又はそれに近い人間
(大野氏のいわゆるウチ扱いの人間)が来るのが本来である︒本書につ
(注5)いてもそれは言える︒右上接語たる体言を分類すれば
聞人間(普通人名詞・固有人名詞︑以下おなじ)25 仰 代 名 詞 7 0 期 数 詞 2 両 活 用 語 連 体 形 2
㈱ そ の 他 9
周が大半を占めるのは当然であるが︑仰の代名詞についても一例をの
ぞいて他はすべて人代名詞である︒その内訳は︑
( 自 称 ) ( 対 称 ) ( 他 称 ) わ
︑ わ れ
︑ お の 汝 お の れ
︑ お の お の お れ ら
かれこれら
(不
定称
)
た
おれ
右の中へ自称が七割以上を占める︒唯一の例外とは︑
このうりくひて,U﹂(=うり)がかはりにはこの大般若か(欝(響
朝のように上接語に数詞が‑るのは上代にはなく平安時代以後みられ れで︑(!‑*サ)はこれを中心に眺めるべきである︒主なものは︑○字音語‑‑渡唐'建立︑不遇︑読話︑合戦︑同意等︒連語‑‑これ程へいか程︑昔ながら︑ありのまま︑いなびがたさ
る用法であるが︑本書では
人間に関する数詞1 0
そ の 他 1 0
時 間 に 関 す る 数 詞 9
のごとくである︒国は活用語の連体形が準体言として﹁が﹂に上接する
もので上代よりみられるが︑﹁の﹂助詞にはみられぬ﹁が﹂の独壇場で
ある︒一例を示す︒
盗人をこめをきたるがしはぎ
(響
㈱その他としたのは普通名詞であるが︑いずれも人間に関連あるもの
で例に準ずる︒具体的に示せば︑﹁玄象﹂・﹁良道﹂(琵琶名‑人名よ
り)︑﹁引副が原﹂・﹁剣が党﹂・﹁割がすゑ﹂(成語の一部)︑
﹁父﹂・﹁母﹂(鷹をさす)0
(一I2)体言+﹁の﹂+体言(実質名詞)
全事例︒︒tncDcDの中︑C75C‑LO例(八割強)に達する︒﹁の﹂1接語には表現主体
と一定の距離を隔てたもの(大野氏の︑そと扱いの人物︑事がら)が来
るのが本来である︒上接体言を(一‑1)に従って分類すれば︑
周人間748仰代名詞7
朝数詞2‑1伺その他38‑
﹁が﹂に此して周の比率が低いのは当然であり︑﹁の﹂の上接語は人
間はもとよりその他の種々の体言をとってバラエティーに富む︒国がそ
古今著聞集の研究
ヲ シ マ
︒引用‑‑﹁我不レ愛二身命﹂但シ惜㌶無上道TJ
︒用言‑‑大臣めIUの次に(a)
あなおもしろの等のねや
i.
ほ㍉
.︑
rJ
魚を
とる
<s
ri
)
L ・ 響
かりそめの宿かる我It‑ の義なり︒︒00.
動詞(連用形)
形容詞(語幹)
〟(連用形)
形容動詞(語幹)
︒助動詞‑‑かたの封のさうせち(3)
実長
卿越
かへ
さ打
の思
I(
﹂>
)さ
しも
の弓
ひか
列の
身に
て(
響
︒副詞‑‑封の返事をばのたまはず(3)
蝣R
lふ
t響
そこぱくのねずみを
た ま
︿ の 見 参 に い
(m )
﹁が
﹂に 比し て﹁ の﹂ の上 接語 の幅 の広 さを 知る こと がで きる が︑
﹁が
﹂ へ注 7) にみ られ た活 用語 の連 体形 を上 接語 とす る用 法は 当然 みら れな い︒
﹁の
﹂ (注 8) 助詞 は浅 見徹 氏の 指摘 され るご と‑ 状態 性表 現の 体言 を承 接し 得る
︒故 に︑ 動詞 連用 形︑ 形容 詞語 幹︑ 副詞 等を 上接 語と して とり 得る ので あっ て﹁ の﹂ 本来 の機 能に よる もの であ る︒ (一
‑2 )に つい て他 に注 意す べき 用法 を二 三指 摘し てお
‑0
◎﹁ の﹂ 下接 の体 言が 省略 され 準体 助詞 とし ての 機能 を有 する もの さば べ叫 (﹁ 方﹂ 略) もみ ぎは のか たも (堊 )' 左大 将叫 (﹁ 馬﹂ 略) をぞ 四人 かり わた され にけ るo よの つね 叫(
﹁鷹
﹂略 )に も似 ざり けり 1‑ I in 蝣
◎言 いさ しの 表現 三
福田益和
これらが物語に︑﹁聖覚叫﹂といふを(響
前述の準体助詞に似てはいるが︑これは下につづけて言うべき所を言
いさした表現と考えてよいであろう︒(注9)◎喚体句の中で
あさましの御口のか叫‑さゝやCO
◎﹁の‑‑が﹂連続してあらわれる表現
彼守屋叫逆臣刺邪見<Nl¥つがふ叫馬允刺時(co)
右の事例は︑﹁の﹂・﹁が﹂の尊卑表現にもからんで来るもので'こ
の点については後に詳述する︒
(二Il)体言+﹁が﹂+形式名詞
(一‑1)に対して︑これは﹁が﹂の下接語が形式名詞(こと・やう・
ため・ゆゑ等)となる場合で33例みられる︒これは︑﹁体言+が﹂が下
接の形式名詞の実質内容を示すのである︒上接の体言は︑
聞人間5仰代名詞6
㈹活用語連体形23
刷6例の中5例は人代名詞で(一‑1)と同じ傾向︒他の‑例は指
示代名詞
両こうにかせう石とは︑これ(=かせう石)が事なりCOcO'
注目すべきは朝で︑下接語が形式名詞となった場合︑上接語に活用語
の連体形が来る場合が多‑なることである︒それは下接語が形式名詞な
る故に︑その概念のあいまいさを明確にし︑特立する目的でその機能を
有する﹁が﹂助詞が用いられ︑活用語の連体形が上接する形式となるの
である︒事例を示す︑ 四
其のり物をいましむる刺故に(5)
しかれども慈悲いたりて深き刺故に(﹂)
諸人目をすまさん刺ためにゆるして¥(M/
成語的表現が多‑﹁んがため﹂で1 9例をしめる︒
動詞 (連 体形 ) 形容 詞( 連体 形) 助動 詞( 連体 形)
(二‑2)体言+﹁の﹂+形式名詞
上接体言を類に分てば︑
聞 人 間 1 6 仰 代 名 詞 2
㈹ 数 詞 5 回 そ の 他 2 3
(二‑1)に欠けていた㈹数詞が5例みられるが︑
一の事(5)十の事(9)‑‑・・・自然数(助数詞なし) 三 月 十 五 夜 の 事 ( 9 ) 二 月 の 事
︒
︒
‑
‑ 時 間 に 関 す る も の 従 上 の 四 位 の 所 ( i n )
‑
‑
‑ 位 階 に 関 す る も の
人間自身を示す助数詞を伴った事例はな‑︑最後にあげた位階に関す
る事例が人間関係の事例の唯1のものである︒伺その他としてあげた上
接語の主なものは次のごとくである︒
︒字 音語
‑‑ 参詣
︑析 請︑ 所望
︑読 経︑ 退出 等
︒用 言‑
・・
・封 のま ゝに (L O)
いでたちの事
(5
)動
詞(
連用
形)
刺繍 のこ と( a) 割判 外の 事( 堊) 形容 動詞 (語 幹)
○副詞‑‑とかくのことはいはず
いずれも状態性表現の体言である︒
ば次の通りである︒ (響何の事によりて(堊)﹁
の﹂ 下接 の形 式名 詞を 分類 すれ
1 1 1 , t 丁 , , .
ハhU那611
蝣
r .
!
W
‑
ニ﹁﹁‑‑のこと﹂という表現が一つの文体的基調をなしていることが看
取さ
れる
︒
(三Il)体言+﹁が﹂+準体言
石垣謙二氏のいわゆる﹁形状性名詞句﹂をつ‑る場合の用法で︑﹁の﹂
助詞の場合に多‑みられるものであるが︑﹁が﹂助詞においてもその事例
が若干みられるごと‑である︒﹁が﹂下接の準体言は意義の上では上接
の体言を修飾限定することになる︒事例を示す︑
白きひたたれきたる男の︑たけだちことがらさ・tO体なる刺︑奉行して
ありけるが,ふみを見て立たりけるを
長一尺七八寸ばかりなるものの︑足一つある刺︑かはすがたさすが人
のやうなりながらかわはりのつらに似たるまいりて
(三‑2)体言+﹁の﹂+準体言
(三‑1)と同じ‑形状性名詞句をなす場合の事例であるが﹁の﹂助
詞の方が事例の上でも多‑みられる︒上接の体言は︑人間に関するもの.
人間以外のもの︑いずれも承接し得る︒人間に関するものとしては'
六候の太政のおとゞの中将にて侍りけるもおはしける(<n¥
の他
に︑
長l尺八寸ばかりなる剖(=水餓鬼)の︑足一あるが(LO)
のごと‑擬人化された場合の事例もふ‑む︒
(四Il)活用語連体形+﹁が﹂+ごとし(ごと‑なり)
山田文法の体系に従えば︑形式形容詞﹁ごとし﹂の補格を示す﹁が﹂
古今著聞集の研究 の用法といえる︒﹁ごとし﹂の﹁ごと﹂は本来﹁こと(同一)﹂に由来するといわれるから︑それが発展して形式形容詞となったのである︒﹁が﹂の下接語として形容詞は本来︑来ないのであるから︑﹁がごとし﹂という接続は﹁ごとし﹂を形容詞とみる山田説に従えば異例の接続といえる︒1方︑(二Il)にみられる下接語の形式名詞に対応して︑ここでは形式形容詞が用いられたとみることもできる︒この場合﹁が﹂の上按語に体言は接続しない︒活用語の連体形のみである︒事例を示せば︑
両 刃 が ご と
‑ ( 響 引 が ご と
‑ な ら ば ( 堊 ) 動 詞 ( 連 体 形 )
仕へ
しが
ごと
LK
oo
)死
利別
がご
と‑
なり
けり
(t
‑)
助動
詞(
連体
形)
(四‑2)体言+﹁の﹂+ごとし(ごと‑なり)
﹁の﹂助詞に下接する﹁ごとし﹂は本書では相対的に少ない(7 9例)0
上接
の体
言は
︑ 周 人 間 4 仰 人 間 以 外 7
(注10)
朝 準 体 言 4
周は︑主従・人・力士・夜叉と用いられ︑仰の事例では︑熟語的事例
も多 く︑ 案 の ご と
‑ ( に ) 1 2 も と の ご と
‑ ( に ) 1 0 さ き の ご と
‑ ( に ) 1 0 例 の ご と
‑ ( に ) 3 か た の ご と く 5 つ ね の ご と く
‑ 中 で '
﹁ 案 の ご と
‑ ( に )
﹂ と い う 表 現 は 顕 著 な 事 例 と し て 注 目 さ れ る︒佃の準体言の場合をあげる︒
副 い T の ご と
‑ 2 ) 封 の ご と
‑ に や な り に け ん ( 3 ) 風のごと‑にせめふせてけり(5)
よみ帰りのごと‑にて
五 闇四
福 田 益 和
いずれも状態性表現の体言が来ている︒
(四‑3)副詞+﹁の﹂+ごとし
﹁が﹂助詞にはみられない︒本書におけるこの用法はすべて﹁割の
ごとし﹂の形であらわれ'1 8例に達する︒中で︑
か‑のごと‑諸僧宝号をとなへ(E)
のごとき用法の他に︑
神明
あは
れみ
給ふ
劃か
くの
ごと
し/
r‑
1¥
秘曲の地に落ざる魂か‑のごとし(堊)
のごと‑﹁ことか‑のごとし﹂の事例もみられる︒
(五‑1)助詞+﹁が﹂+体言
﹁が﹂助詞の上接語に助詞が来るといってもそれは一種の準体助詞的
用法として用いられたもので︑一例があるのみ︑
いろはの連歌ありけるに︑たれ封刊が句に(a)
(五‑2)助詞+﹁の﹂+体言
(五‑1)の﹁が﹂に比して﹁の﹂助詞の場合は上接の助詞も多‑︑
バラエティーに富む︒﹁の﹂助詞の︑他の助詞との結合の強さを示すも
のであろう︒全47例︑内訳は︑ (さ)Lもなど 一﹁
かくばかり
かばかり
注意すべき事例を次に示す︑
天王寺田住吉幻の堺のあひだの事(a)
のをは(S)生可の別を天外に尋れば 八十にてあるかなきかの玉
CO/思がけぬ物にのりて
の申やう(整いづれ上席たる朝刊のよし(響
男の 事に (響
いかでかくばか
右のうち︑﹁ての+体言﹂へ﹁ぞやの+体言﹂の表現は本書において
特に注目をひ‑︒
と
⁚
⁚
⁚ と 9
よれノ
ヽ
4
ヽ
4
カ
⁚
⁚
⁚ カ
(も
)て
(せ
め)
て
て 51日リ1
5 とかやぞややば
か り
(さ
)
ばかり
(数
詞)
ばか
り
1
Ta
1f c
4 B 1
1
I l l
(六‑1)体言+﹁が﹂+用言
いわゆる従属句'条件句等の主語を示す用法である︒﹁が﹂上接の体
言を分類すれば︑
聞 人 間 8 6 伸 代 名 詞 2
㈹ 数 詞 1 回 活 用 語 ( 連 体 形 ) 3
㈱ そ の 他 2
聞人間が上接語として大半を占めるのは当然である︒文構造の上から
いえ
ば︑
◎従属句中で‑‑80
彼男刺いひつるにたがはず(響義光︑時秋刺思所をさとりて(堊)
◎ク(ヤウ)語法中で‑‑5
賀次 刺い は‑ OC O
此男刺思ふやう
◎条件句中で‑‑1
兼方刺しらぎりければ︑兼弘はしらぬはことはりなり 従属 句中 の上 接体 言に は﹁ わ法 師噺
﹂( 堊)
﹁人 劃﹂ (堊 )の ごと き
事例もふ‑まれる︒
仰代名詞はすべて人代名詞である︒内訳は
(自
称)
わ︑われら
おの︑おのれ
みづから
(対
称)
汝︑われ
わ法師め
わ僧
(不
定称
)
た
(一Il)に此して︑自称に対する対称の数が増え︑中で﹁わ法師め﹂・
﹁わ僧﹂の事例は注目すべきである︒㈹数詞は唯一例﹁抽引引がいふ
やう﹂(堊)︑人間に関する数詞があるのみ︒国は﹁の﹂助詞にみられず︑
﹁が﹂独特の用法であるが︑上接の連体形が準体言としてはたら‑︒品
詞別
に分
類す
れば
︑ 動 詞 5 形 容 詞 3 形 容 動 詞 3 助 動 詞 2 8
文脈上略されている体言を検するに人間以外の普通名詞もありへ﹁が﹂
助詞が主格助詞としての独立性をはらんでいることを看過することはで
きない︒人間以外の普通名詞の事例をあげれば︑
人に準ずるもの‑‑‑鬼へ水餓鬼
動 物
‑
‑
‑
‑
‑
‑ 馬
︑ 鳥
︑ 老 狐
︑ 狸
︑ 白 晶 その他‑‑‑‑‑‑歌︑雪︑柿︑松
古今著聞集の研究 さらに︑国の形式は﹁が﹂の接続助詞としての用法を発生させる源流ともなったものであり︑事実︑本書においては接続助詞としての﹁が﹂の事例がみられること後述のごと‑である︒佃は︑﹁もののほしさ﹂︑﹁進退﹂のごとき事例を特に分立させたのである︒(六‑2)体言+﹁が﹂+用言(連体形)文末が連体形で終止する場合の主語を示すが︑文構造上からは︑反語文の中で︑係結の呼応表現の中で︑体言省略の余情表現中で用いられてい.る︒尾張守親隆朝臣刺奉書にぞかきたりける(3)むばら刺いかにうれしかるらむ(9)︹﹁むばら﹂は︑﹁いばら(莱)﹂と﹁乳母ら﹂をかけたもの︺いかでか頼軌刺目をあて候べき(r‑')vcoI
(六‑3)体言+﹁の﹂+用言
(六‑1)に対応するもので従属句︑条件句における主語を示す用法︑
461例︒かりに(丁2)の連体格用法に‑らぶれば一割にもみたない︒
﹁の﹂助詞の主格用法低落の傾向を示している︒上接の体言を類に分て
ば︑
聞人間188伸代名詞3
㈹数詞1回その他26
周を文構造の上からみれば︑従属句中で(5)︑ク(ヤウ)語法で(8)︑
条件句中で(8)のごと‑である︒何が多いのは当然であるが'文構造
上からは︑従属句中で(響︑ク語法中で(‑)︑条件句中で︑
反実仮想法中で(2)とあらわれる︒ここでは'反実仮想法における事
七
福 田 益 和
例を示してお‑0
萩の葉にを‑白露叫たまりせば花のかたみはおもはざらまし(響
古郷の花叫物いふ憧なりせばいかにむかしのことをとはまし(堊)
以上2例とも和歌にみえる場合である︒
(七‑1)体言(連体形)+﹁が﹂+用言
独立文中の主格を示す﹁が﹂助詞の用法である︒﹁が﹂助詞が従属句
(条件匂)の呪縛から解放され独立文の中で用いられる事例は即に中古
にもみられる所であるが︑﹁が﹂助詞が主格助詞としての独立性を保つ
には上接語の拡大とともにこの従属匂からの脱皮が必要であった︒本書
においてこの事例はい‑つかみられる︒即ち︑
聞老狐の毛もなき刺一匹あり(4)白張に立烏帽子きたる男の藁
沓はきたる刺︑立文をもちて来れり(Sn
仰次古鳥蘇︑次胡飲酒'中院右府童にてをはしける刺︑つかうまつ
り給けりen)孝道朝臣︑北面に候て申侍けるは︑﹁(中略・・・‑﹂
とつぶやきける刺,御所さまにもれきこえにけり(a>)
㈹﹁た刺御渡候ぞ﹂((si¥われが便にわれ利きつるぞ(s)
﹁平六刺まいりたるぞ﹂(響
例は(三Il)で述べた形状性名詞句を構成する﹁の﹂下接の準体言
をうけて主格を示す場合の事例である︒伸は独立文中︑準体言に﹁が﹂
が下接した場合の用法で︑その述語はいずれも言い切りの形になってい
る︒朝は述語が﹁ぞ﹂で終った場合で︑この場合は︑﹁ぞ﹂の上に体言
の省略を想定すれば︑あるいは(七‑1)から除‑べきかもしれない︒
(七12)体言+﹁の﹂+用言
独立文中の主格を示す﹁の﹂助詞の用法であるが︑(七‑1)の﹁が﹂ Iノ
助詞に‑らべ︑その文末語の性格からして厳格な意味での独立文中の用
法というには問題がのこる︒すなわち︑
聞僧都は﹁是十羅刺叫我を救給ぞ﹂と申ける(3)
仰﹁まら叫‑る朝刊‑﹂t︒蝣CO
㈹天狗など叫詠侍ける叫刊(I)
伺大方精進せられぎりける人の'頼能早値の後は︑其忌日毎に魚肉
を食せられぎり刷り‑‑(s)
㈱極楽の道のしるべは身をさらぬ心ひとつ叫なをき矧引(x)
価‑‑侍の︑名簿のはしがきに'能は歌よみと書たりけり
< N l ,
㈱ は や 盗 人 の と り て け 引引 引︒ (3 刷﹁ 先生 殿叫 死な せ給 引蘭
﹂L
︒,
<N l‑ 桝白 鼠叫
︑み もな
‑て やせ がれ てい まだ あ
引 /‑
︒¥ 右の 諸事 例の 中に は︑ 文末 述語 に﹁ ぞ﹂
・﹁ ぞや
﹂・
﹁に や﹂ 等が 来 て居 り従 属句 的文 構造 とも 解せ られ るの で︑
﹁の
﹂助 詞は 連体 格的 主格 助詞 の性 格を 脱し 切れ なか った と考 えら れる
︒こ の事 実か らす れば
︑本 書に おけ る﹁ の﹂ 助詞 の主 格助 詞と して の用 法に は限 界が あっ たと 考え ろE 3S I (八 Il )体 言( 連体 形) +﹁ が﹂ +用 言
﹁が
﹂が
︑好 悪の 感情
︑希 望等 の情 意性 の対 象を 承け る場 合が これ に 該当 する
︒そ の為 に﹁ が﹂ 下接 の用 言は 形容 詞( 形容 詞に 準ず る語 )が 来る 場合 が多
‑︑
﹁が
﹂は 対象 橡と して はた らく
︒例 を示 せば
︑ 周い まだ いき たる 刺む ぎん さに (響 伸此 中納 言が 相撲 この む刺 に‑ きに (竪 小法 師原 がと りと ,,
^め
んとし候刺'おかしう候を(a)
朝中将彼島の宝前にて太平楽の曲まはれける刺︑おもしろかりける
事也(S)人ぐ神楽をし侍ける刺いとおもしろ‑て(9)
実利うるはしきがたもつなり
伺それ刺うけ給た‑候て(a)
例は古‑からみえる喚体句的用法の一つとしてとらえるべきでこの型
の原初の姿を示すものといえよう︒刷は好悪の感情の対象を示す事例へ
朝も同列だが︑﹁が﹂の対象格的用法がやゝあいまいで問題をのこす︒
国は希望の対象を示す場合︒
(八‑2)体言+﹁の﹂+用言
(八‑1)に対応する﹁の﹂助詞の対象格的用法であり︑全22例︑﹁が﹂
助詞10例に比して数も多‑︑﹁の﹂助詞の方が優勢である︒上接語は体
言のみ︒
用人叫うらめしさも(in)もの叫ほしさがやみて(響
仰なきこそわたれ数字らぬ身にとよみたるもの叫いとをしき也(6)
世75.おそろし‑(LO)VCO/こぶしの花叫なをいたきかな(響
㈹万秋楽の序叫きゝた‑侍なり(B)Lと叫したかりければ(響
水叫はしう候事
例は成語的表現で︑﹁の﹂下接語として形容詞転成の語が来ている場合.
伸は好悪の感情の対象を示す事例︑佃は希望の対象を示す事例である0
(八‑3)体言+﹁の﹂+用言
﹁の﹂助詞の用法の1つとして客語表示の用法がある︒対象格用法と
はことなるものであるが便宜上(八‑3)としてここにならべることに
古今著聞集の研究 する︒周聖教のもたるゝかぎりいだきもちて(‑‑¥¥o>)
仰ふし柴叫こるばかりなるなげき(a)
㈹なはの海叫雲井になしてながむればVCO﹁を﹂傍注)
何物叫たべられ候はで(響
間伸の﹁の﹂はそれぞれ﹁もたるゝ(かぎり)﹂・﹁こる(ばかり)﹂
の語につづき︑客語を表示している︒朝の場合︑﹁の﹂の右に傍注﹁を﹂
があって﹁の﹂助詞の機能をよく示している︒傍注がいつ誰によって為
されたか明確でないが'傍注者の﹁の﹂助詞に対する観察眼をしり得る
のである︒なお︑右の傍注は古典大系本の底本である宮内庁書陵部蔵0
本にあって校注によれば学習院図書館蔵本は﹁なはの海を﹂とある由︒
何も他に準ずる︒
(九‑1)活用語(連体形)+﹁が﹂+(体言)+用言
接続助詞﹁が﹂の用法である︒主格﹁が﹂助詞より接続﹁が﹂助詞へ
(注ーー)の歴史的変遷の実態については石垣謙二氏の卓論がある通りで︑古今著
聞集の事例についても言及されている︒中古までみられなかった接続助
詞﹁が﹂の用法がこの前後に発生する︒既にみたごと‑︑(六‑1︑エ)
の表現構造が接続助詞としての機能を誘発するのであるが︑﹁が﹂上接の
形状性名詞句の名詞は﹁が﹂の下の叙述の意義上の主体を為すが︑用言
連体形の陳述性が向上して行くに従い上下の結合が弛緩し︑その結果後
述の部分であらたな主体を表現し得ることになり︑接続助詞の機能を有
することになる︒事例を示す︒
聞ないのふりけるさはぎに︑筆をおとしかけたりける刺︑そこにし
九
福 田 益 和
も筆
落て
墨つ
きた
りけ
るが
(i
‑H
) 仰国文が馬轡もを‑て走けるを︑中判官親酒'馬場末を守護して候
ける刺︑その郎等たかまとの九郎'国文が馬のくびにいだきつきて
c v]
九条のかたよりおこりける刺︑京中の家戎はまろび或は柱ばかり残
れる(!3)
ふもとに承仕ありける刺︑件山の嶺より︑やんごとなき老僧出来て
云.
S)
朝日出た‑は書きて候ふ刺︑難少々候(a)
右の中︑例では﹁が﹂上部の客体が下部の主体となって上下の結合が
弛緩し︑伸になると'上下の各主体が異なって対立的となる︒それが朝
に至って上部下部が逆接的な接続のしかたをしている︒すなわち︑本普
においては接続助詞としての﹁が﹂の機能がほゞ完全な形で発揮された
事実を看取することができるのである︒
以上︑﹁の﹂・﹁が﹂両助詞の実態について表現類型の上から記述的
に考察して来たのであるが'寓語史的立場からいえば本書は十三世紀中
葉における言語事象としての﹁の﹂・﹁が﹂両助詞の用法を一応は反咲
しているように思われる︒が一方︑編著者橘成季の語り口にみられる王
朝志向者としての宮人意識は採録説話の重層性の中で微妙にゆれうご‑
はずである︒これがまた﹁の﹂・﹁が﹂両助詞の使いわけの問題ともか
らんで‑ると考えられる︒そこで︑﹁の﹂・﹁が﹂両助詞に上接する語
の性格を更に分析して尊卑表現の立場から以下詳細に検討してゆ‑こと
にす
る︒
2
5
6
7
8
9l印
1
1 十
︹ 注 ︺
拙稿﹁古今著聞集小者‑名義をめぐって﹂(詩文研究37号へ昭和3‑w)
拙稿﹁古今著聞集研究序説﹂(長崎大学教養部紀要捕巷︑昭和O.<N]¥
拙稿﹁古今著聞集の表現に関する一考察‑今昔物語集・宇治拾遺物語との比
較 を 通 し て
〜
﹂ ( 詩 文 研 究 O
>
0 号 へ 昭 サ )
大野晋﹁主格助詞ガの成立﹂上・下(文学45巻6・7号'昭s・ォ>'7)
﹁が﹂助詞の表現類型についてはへ石垣謙二氏の'主格助詞より接続助詞への
推移の実態を解明する目的にそった承接関係︑連続関係のくみあわせによるも
の(主格が助詞より接続が助詞へ﹂助詞の歴史的研究へ所収岩波書店へ昭s
1 1)があるが'本稿は成季の宮人意識を知る目的も有するので︑その類型に従
わず参照するにとどめた︒
ここでは'体言として一括したがへ活用語の連体形なども'それに準ずるもの
としてふ‑めたわけである︒以下もおなじ︒
傍線は筆者へ文例の下のカッコ内の算用数字は古典大系本のページ数︒以下お
なじ
︒
古典大系本の本文に﹁ふるきの狸の毛﹂(堊)の事例があり︑これは形容詞の連
体形が︑﹁の﹂に上接したと解されるが'新訂増補国史大系の本文では﹁古回狸
の毛も‑‑﹂とあって異同がありへ本文に疑問がのこる︒古典大系の本文﹁ふる
きの‑‑﹂は誤写を考えるべきであろう︒
浅見徹﹁広さと狭さ‑上代における連体格助詞の用法についてIL(万葉2
号へ昭3 1)
山田孝雄氏のいわゆる﹁喚体句﹂の中に用いられる﹁の﹂・﹁が﹂両助詞は連
体格助詞︑主格助詞のいずれとみるかについては問題がありへ小塙ではその所
属を裁然としなかった︒
本文にみえる﹁わびぬれば身をうき‑さ叫ねをたえて‑・・・﹂へ﹁難波のみ
っにや‑Lは叫から‑も‑・・・﹂(﹂)等の﹁の﹂は修辞的技法による比喰的用法
と考えられるが'これを﹁の﹂助詞に下接する﹁ごと﹂の略されたものと考え
ればここにふくめてよいかもしれない︒
注4にあげた石垣氏の論文を参照︒
(昭和五十二年九月三十日受理)